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瞬発力企画!  作者: しいな ここみ
第七回目『青春』
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かぐつち・マナぱさまの青春

かぐつち・マナぱさまhttps://mypage.syosetu.com/2075012/



題:青春の残暑


・・・蝉の声が、遠くから波のように押し寄せては引いていく。


高三の夏。


最後の大会が終わったその日、俺たちは駅前の古びた喫茶店で時間を共有していた。


「なんかさ、終わっちゃったなって感じするよな」


窓際の席に座り、一息に飲み干したグラスに残る氷をかちかち鳴らしながら、浩平がつぶやく。


まだ汗が額ににじんでいる。


「終わったっていうより、これから始まるって感じだけどな」


俺が返すと、浩平は苦笑した。


「そう思えるの、お前だけだよ。俺は、部活がすべてだったからさ」


テーブルに肘をついて、浩平は窓の外にある空を見上げる。


まるで、何かを探すみたいに。


・・・俺たちは中学からの付き合いで、野球部のバッテリーだった。


浩平はピッチャー、俺はキャッチャー。


いくつもの夏を一緒に戦ってきた。


それでも、今でもたまに思い出すのは——あの雨の日のことだ。



*********



中学2年の春、俺と浩平はまだバッテリーとしての息がまったく合っていなかった。


浩平の球は速かったが、俺にはまだその球を受け止める力も覚悟も足りなかった。


練習中、浩平の剛速球を3球連続で後ろにそらしたとき・・・俺の中の何かがぷつんと切れた。


「もう無理だ」


グラブを投げ捨て、俺はグラウンドを飛び出した。


腹の底から悔しくて、情けなくて、涙がにじんでいた。


(俺には・・俺じゃあ、アイツの球を捕るのはムリだ・・・)


どこへ行くでもなく、気づけば河川敷にいた。


空は灰色、ぽつりぽつりと雨が降り出していた。




・・・しばらくして、背後から泥を跳ねる足音が近づいた。


「おい!」


振り返ると、びしょ濡れの浩平が息を切らして立っていた。


目だけがやけに真剣だった。


「なんで来たんだよ・・・球も捕れないヘボキャッチャーなんて放っとけよ・・・」


 俺が言うと、浩平は少し黙って、下を向いた。


「俺さ、小学生のとき、ピッチャー辞めようと思ったことあるんだ」


「は?」


「速く投げるほど、仲間に嫌がられてさ。誰も捕ってくれなくて、チームも負けて、孤立して・・・怖くなったんだよ、自分の球が。だから、辞めようかって思った。でも、そのときキャッチャーの先輩が言ってくれた。“お前の球を受けられるやつ、必ず現れる”って」


浩平は、泥だらけのグラブを差し出した。


「俺は勝手に、それが“お前”だと思ったんだ。なのに、逃げられて、マジで怖くなった。・・・またひとりになるのかって」


言葉が出なかった。


あんな強気な浩平の、こんな本音は初めてだった。


俺は黙って、足元の水たまりを見つめた。


そこに、自分の情けない顔が映っていた。


「だからさ」


浩平が、泥だらけのグラブを俺に差し出した。


「一緒に練習しよう。今ここで。俺、お前とバッテリー組みたいんだよ。ちゃんと、バッテリーに」


雨が強くなっていた。


無言でグラブを受け取った俺は・・・なぜかもう涙は出なかった。


ただただ、ボールを投げ返した。


浩平もまた受け取って、また投げ返した。


言葉よりも、あのときのボールの重みがすべてを語っていた。



***********



「進路、決めたのか?」


ふいに聞くと、浩平は小さくうなずいた。


「東京の大学、スポーツ推薦で行くことになった。野球、続けるよ」


「そっか。・・・すげぇじゃん」


誇らしい・・そう思う気持ちを感じながらも、少し胸が苦しくなった。


俺は地元の国立大学を目指していて、野球はもうやらないつもりだった。


「寂しくなるな」


 浩平がぽつりと言った。


「何が?」


「お前がいないってこと」


その一言が、不意に胸に刺さった。


俺も、同じ気持ちだったから。


「じゃあ、東京行くのやめるか?」


冗談めかして言うと、浩平は笑った。


「バカ。それはダメだろ」


笑いながらも、目の奥が少し潤んでいた。



少し間が空いたあと、浩平が珍しく真面目な顔をした。


「なあ・・・あの日のこと、覚えてる?」


「・・河川敷の?」


 うなずく浩平。


その目は、まっすぐだった。


「俺さ、あの日すごく怖かったんだよ。お前がいなくなるんじゃないかって」


「・・・・」


「速い球を投げるほど、人が離れていく気がしてた。ずっと。だから、“俺の球を受け止めてくれるやつ”に出会えたと思ったのに、逃げられたって思って、心の底から怖くなった」


浩平は、グラスの中で氷が溶けていくのを見つめながら続けた。


「でもさ、お前は戻ってきてくれた。雨の中で何も言わずに、俺の球、受け止めてくれたろ。あれで決まったんだよ。俺のキャッチャーはお前だって」


浩平の真っ直ぐな言葉が、またあの日の様に俺の心を熱くした。


俺は返事の代わりに、軽く拳を突き出した。


浩平も無言で拳を合わせた。


合わせたふたつの拳の像が、湿って歪むのを感じた。


「・・・雨、降ってねぇのにな・・・」


俺がぽつりと言うと、浩平は笑った。


「あのときも、お前が先に泣いてたろ」


「してねぇよ。あれは雨だって」


「俺には分かる。お前、いつも口だけ強がるからな」


二人で笑った。


笑いながら、胸の奥が少し痛かった。


喫茶店の冷たい風が、汗と熱を帯びた身体を嫌に寒く感じさせた。



************



夏の終わりは、また次の始まりの合図でもある。


青春は永遠じゃないけれど、その一瞬一瞬が、確かに俺たちの中に残っていく。


店を出ると、夕焼けが町を黄金色に染めていた。




・・・蝉の声が、まだどこかで鳴いていた。


風は少しだけ涼しくなったはずなのに、背中には汗がにじんでいた。



夏の残暑は、まるで過ぎた日々が「忘れるなよ」と背中を押してくるみたいだった。


                        (了)


【しいなの感想】


まるで恋!


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>御田文人様へ 確かに大人になると処世術として『辛い、悲しい』や『楽しい、嬉しい』まで素直に言えなくなっちゃっている気がしますから、ストレートに気持ちを伝える人が眩しく見えてきますね~(*'ω'*)<…
>しいな ここみ様へ たぶん恋を題材にした作品が多いのではないかな?っと思って、実際に私が元高校球児さん!にお聞きしたモノをアレンジさせていただきました!٩( ''ω'' )و でもバッテリーを組む…
「寂しくなるな」と素直に言えるヤツってカッコいいなと、オッサンになってから思います。 それにしても、気持ちのいいどストレートな青春物語に感服しました。 豪速球でねじ伏せられたような気分です(野球だけ…
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