かぐつち・マナぱさまのコンパス
かぐつち・マナぱさまhttps://mypage.syosetu.com/2075012/
題名:コンパスと呼ばれた私が世界を描く。
(以下、本文)
・・・静まり返るリンク。
さっきまで響いていた拍手と歓声が、彼女の名前と共に波が引くように消えた。
氷に響くスケート靴の音だけが、静寂の中に残る。
観客は息をひそめ、まるで氷の上の一瞬一瞬を見逃さぬよう、目を凝らしている。
スポットライトに照らされ、彼女は深く息を吸った。
(大丈夫・・やってきたことを信じて・・)
高い身長。長い手足。
それは幼い頃から彼女のコンプレックスだった。
教室では「コンパス」とからかわれ、皆の輪から少しずつ外れていった。
自分の身体が嫌いだった。
そう思う日々が続いた。
家に帰ると、鏡の前で自分の姿を見つめ、ため息をついた。
自分の身体が、どうしても好きになれなかった。
・・・だが、初めてスケートリンクに立ったとき、何かが変わった。
氷の上では身体が軽く、風の中を自由に舞えた。
「君は、氷の上で羽ばたける」
コーチの「その手足は美しい」という言葉が、彼女の、世界の見え方を変えた。
・・・しかし、ジャンプは難しかった。
特に高身長の彼女には空中でのバランスが難しく、何度も転んだ・・・
でも、そのたびに立ち上がった。
そして今、挑むのは女子でも数人しか成功していない高難度ジャンプ。
特に小柄な子の方が成功率が高いとされている技・・・既に統計でもハッキリと表されている。
実況の声も止まり、ただ、その空気の張り詰めた重みだけが会場を支配している。
心臓の鼓動が、胸の奥で強く、速く響いている。
全ての緊張と期待、不安と希望。
(ここに立っている。それだけでも、夢だった場所にいる)
氷の冷たさを足裏に感じるたび、現実の感覚が戻ってくる。
一瞬だけ目を閉じ、心の中で静かにスイッチを入れる。
観客も、コーチも、過去の失敗も、今は関係ない。
ただ、自分と氷だけの世界。
音楽が鳴り出すその刹那、すべての感情がひとつにまとまり、彼女の体が自然に動き出す。
・・・練習では何度も転んだ。
回転が抜ける。
高さはあるのに、回転が足りない。
何度も氷に叩きつけられた身体は、そのたびに言い訳をしたくなった。
・・・でも、今日この舞台で逃げれば、一生自分を許せない。
「身長が高いから不利」・・・それが常識なら、私はその常識を覆す!
最初のステップに入ると、頭の中の雑音がふっと消えた。
すべての感情が渦巻きながらも、体は覚えている。
何度も何度も繰り返したルーティン。
スピードが乗っていく。
観客席の気配が遠のく。
高難度のジャンプへの助走。
(跳べ!!!)
リンクの風を切って彼女の影が光の中で跳ぶ。
空中で身体が回転し、氷を切るエッジの音が、鋭く会場に響く。
耳元をかすめる風の音が、過去のすべてを吹き飛ばすようだった。
・・わずかに揺れたが・・・
着氷。
堪えた。
観客のどよめきが起こる。
・・・・けれど演技はまだ続く。
呼吸が乱れ、心臓が痛いほど打つ。
それでも手足は止まらない。
ステップ。
長い手足がリンクを大きく使って舞うたびに、動きに力と繊細さが共存していく。
スピン。
音楽と完全に一体となったその滑りに、観客たちは吸い込まれるように目を奪われる。
彼女の動きが、音楽と一つになってリンクを満たす。
最後のポーズ。
・・・・・・・・・・・・・・静寂。
そして──歓声が爆発した。
(やりきった…)
汗と涙が照明に滲む。
高難度ジャンプ・・・完璧ではなかった。
それでも、自分の身長と向き合い、武器に変えた演技だった。
スクリーンに高得点が表示される。
コーチの微笑み。
観客の割れんばかりの拍手。
解説席の声が興奮気味に響く。
「女子選手でこのジャンプをこの身長で決めたのは、非常に稀なことなんです。今日の彼女の滑りは、技術だけでなく、“姿勢”として多くの人の心を打ったと思います」
支えてくれた人たちの声援。
・・・テレビの前の少女が目を輝かせて呟く。
「私も、いつかあの氷に立ちたい」
そう思わせるだけのものが、確かに彼女の演技にはあった。
・・・彼女の挑戦は続く。
けれどもう迷わない。
「私は、私の身体を信じる」
それが彼女がスケートを通じて学んだ、最も大切なことだった。
【しいなの感想】
おめでとう!
ところでつまようじでも飛べるかしら(*´艸`*)
ちなみに締切は朝8時ですので、ちっとも遅刻ではありませんでしたよ。