大野 錦さまのコンパス
【しいなの告知】
初めて書いたイセコイ作品とのことです。
私のニガテなやつですm(_ _;)m
私の名はマリアンネ・フォン・ポワント。
平凡な子爵家の生まれなのですが、14歳の時に王太子殿下から直々に婚約を申し込まれました。
殿下のお名前はヴァルター・フォン・ヴェスターライヒ。
殿下は当時19歳。
整ったお顔とふさふさの金髪。すらりとした長身で文武両道でございます。
それに比べて私は地味な栗色の髪。年齢より幼く見える顔と華奢な体つき。
勉強も貴族学院では何とか中位グループに入るかどうか、という成績。
ですが、こんな私でも特技がありまして、体が柔らかく、走ったり物を持ち上げるのはダメですが、柔軟体操やダンスに関しては常にトップでした。
この国では貴族の子女は16歳を迎えると、王宮での夜会の舞踏会に参加義務があるのです。
私は今日が初めての舞踏会。
そう、つい先日に私は16歳の誕生日を迎えました……。
◇ ◆ ◇ ◆
舞踏会会場がざわめく。
王太子ヴァルターがエスコートしているのは、地味を絵にかいたような少女。
顔は子供的な愛らしさはあるが、およそ美人とは程遠い。
「あれが、うわさに聞く殿下の婚約者なのか?」
「ヴァルター様、なんであんな地味子を……」
会場の若い貴族の子弟たちはどよめく。
そんな一角にある若者を中心とした一団がいた。
「ふん。今日こそ成功させて見せる。次の王位をいただくのは、このオレだ!」
第二王子のギュンターがつぶやく。
彼は兄の暗殺をもくろんでいた。
「いいか、ダンスでの事故と見せかけるんだ」
「はっ!」
ギュンターの腹心のウルリヒが冷たい目を光らせる。
服の袖の中にギュンターから渡された小刀を仕込む。
この小刀の先には致死量に至る猛毒が染みついている。
ダンス中に王太子のそばにより、これを少しでもかすらせれば、王太子は死ぬだろう。
そして、舞踏会が始まった。
◆ ◇ ◆ ◇
「大丈夫かマリアンネ? そう緊張せず、いつものように。君は体が柔軟なんだから」
私より頭2つ近くは高いヴァルター様がおっしゃります。
ケガをするかもしれないから、と軽いけどかなり頑強な脛当てをヴァルター様自ら私の右足につけてくれました。
ドレスの下のペティコートをめくられ、つけられたときは、少しドキドキしてしまいました。
めいっぱい頭を上げると、ヴァルター様のやさしげな碧色の瞳はキラキラと輝いてます。
ヴァルター様のリードでうまく踊れる私。
周囲の人たちは半ば感心、半ば嫉妬のような視線を私たちに浴びせていました。
ほどなく、周囲の貴族たちも、恋人や婚約者と共にペアで踊り始めました。
「あら、あの方は侯爵令息のウルリヒ・フォン・フォイヒトギーンゲン……」
フォイヒトギーンゲン家はこの国で第一の大貴族でしたが、現当主が様々な横領や不正をしていたことがばれ、今は表に出てこない貴族。
このウルリヒ侯爵令息は確か20代半ばのはず。
裁判の結果、フォイヒトギーンゲン家は10年ほど前に王都から追放され、公爵から侯爵へ位を落とされ、ずっと地方暮らし。
この様な経緯で、ウルリヒ侯爵令息も、当時の婚約者から婚約を破棄され、未だに独身。
それがこの様にお相手を見つけて舞踏会に来るとは、どういうことなのかしら……。
ダンスをしながら私たちに近づいてくるウルリヒ侯爵令息とその相手の女。
すると、ヴァルター様の顔つきが急変したのです。
◇ ◆ ◇ ◆
「マリアンネ! 左足をつま先立ちして、右足を大きく広げるんだ!」
ヴァルターは突然のダンス内容の変更をマリアンネに告げる。
突然のことにおろおろするも、マリアンネは左足でつま先立ちし、右足を大きく横へ広げる。
その姿は左足がまっすくに伸び、右足が左足に対してピッタリ90度の角度で開いている。
「今だ!」
ヴァルターはマリアンネの頭に手を当てると、くるんとその手を回し、マリアンネは回転する。
マリアンネの開いた右足は、軸となった左足の回転で大きく円を描くように振り回された。
ビシッ!
マリアンネの戦闘用の皮革の脛当てに覆われた右足は、ウルリヒのふとももを打ち据え、バランスを崩したウルリヒは相手の女と共に転倒。
「近衛兵! この者の身体を検めるのだ!」
ヴァルターが命じると会場を警護していた近衛兵がウルリヒの身体を検める。
すると、袖の中に毒をしみこませた小刀が出てきた。
「お、王太子殿下! 入場者の身体チェックは入念に行っています! この者についてもそうです!」
「だが、身体チェックがされない者もいるだろう。例えば私とか」
「……あっ!」
周囲は会場内にはいるが、ダンスに参加せず、隅にいた第二王子のギュンターを注視する。
「ギュンター殿下、申し訳ありませんが、少しお話を聞かせてくれませんか?」
近衛隊長が言うと、ギュンターは観念したように膝を落とす。
◆ ◇ ◆ ◇
「すまない、マリアンネ。君をこんなコンパスのように使ってしまって、以前より弟とウルリヒが私の暗殺をもくろんでいたこと知っていたので、こうせざるを得なかった」
真摯に謝るヴァルター様。
「いいのです。ヴァルター様が無事ならば……」
「マリアンネ。君が貴族学院を卒業したら、正式に結婚を申し込みたい」
この時の私の気持ちはどう表せばいいか分かりません。
ちなみに、ギュンター第二王子はヴァルター様を亡き者にして王位についたら、ウルリヒ侯爵令息を宰相にする、と約束していたそうです。
この二人についてのその後の詳細な報告はいらないでしょう。
こうして、私は正式にヴァルター王太子殿下の妻になりました。
王太子妃となり、夜会のたびにあのコンパスのようなダンスを殿下と披露し、いつしか私は「コンパス姫」と呼ばれるようになりました。
おしまい
大野 錦さまhttps://mypage.syosetu.com/1970422/