しいなここみのコンパス
『父の方位磁石』
方位磁石職人だった父は、スマホに殺された。
殺されたといっても、大型トラックの運転手として今も生きてはいるけれど。
でも職人技に誇りをもっていた父はもう、どこにもいない。
そんな殺された方位磁石職人の娘の私が、スマホ中毒。
スマホは、いい。
なんでもできる。
画面の中に真円を描いて、世界中のどこへでも送ることもできる。
迷った時には方位磁針のアプリなんか使わなくても、マップアプリが目的地へ導いてくれる。
方角を知る必要があるシチュエーションなんて、イマドキ恵方巻きを食べる時ぐらいじゃないだろうか?
そんな私が樹海で道に迷った。
「うーん……。どっちを見ても、同じ景色だなぁ……」
そんなひとりごとを呟きながら、ただ歩いていた。
ひとりごとをやめたら不安に圧し潰されそうだった。
スマホに方位磁針アプリを入れときゃよかったと思った。でも電波が届いてないから、どっちみちくるくる回るだけなのかな?
深い緑色に濡れた森が、私を取り囲んでいた。
小鳥の声すら聞こえず、どんどん不安になっていた。
スマホを開いたら待ち受け画面に白い服を着た長い髪の女のひとでも映っていそうで、勘を頼りに歩くしかなかった。
私、なんで樹海に来ちゃったんだっけ?
そんなことも忘れた頃──
父の声が聞こえた。
空の上からだ。
「琴美! これを受け取れ!」
方位磁石が、空から降ってきた。
デザインのかわいいやつとかではない、プラスチックさえ使っていない──明治時代ぐらいから変わらないような、銅製のその方位磁石は、私の足元にぽとっと落ちた。それはまさに父の作ったものだ。
それを拾うと、私はその蓋を、ぱかっと開けた。艶のあるガラス面に父の笑顔が映ったような気がした。
宝石のような針が、北をまっすぐ指し示していた。
私は西へ向かい、歩いた。
西へ歩き続ければ国道へ出るはずだ。
ありがとう、父!
あなたの娘でよかった!
今、私を取り込もうとする柔らかな腐葉土の大地に倒れ込みながら、私はそんな夢を見ている。
スマートフォンのメモアプリにこんな遺書を書きながら──
父よ、心から貴方に謝りたい。
ごめんなさい。貴方の方位磁石を、持って来ればよかった……
あぁ……
もう……
充電が切