高橋Ajuさま
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『高橋』 Aju
いるのかいないのか、わかんないような影の薄いやつだった。
ふつーの髪型、ふつーの顔。中肉中背‥‥。
ほとんど印象に残らないと言ってもいい。
唯一印象を残しているのは、黒ブチ眼鏡とその奥の伏目がちな目だけだった。
優しいんだろうが、いまいち覇気がない。
そんなことで、このキビシイ世の中生きてゆけるんか? と、他人ごとながら、俺は心配もしていた。
そんな高橋だが、マンガが趣味(いや、オタクと言うべきだな、あれは)らしく、マンガの話になると俄然目が輝いた。
「日本の漫画界の中で、オリジナルと言っていい絵を描いていたのは、なんといっても水木しげる、つげ義春、そして時代は少し後になりますが、諸星大二郎ですね! 最近のマンガはみんな同じような絵柄ばっかりで、その中ではやはり諫山創が‥‥」
とか
「昭和40年代で人物の動きに革命を起こしたのが望月三起也で、他の漫画家たちがスピード感のあるポーズと斜線で動きを表現していた中、高速度カメラで撮影した1コマを取り出したような歪んだポーズの人体を描いて迫力ある動きを表現したんです! その代表作が『ワイルド7』で、これは当時100万部を売る大ヒットになったんですよ! でもこの人はすごい努力家でね、雑誌社主催の100万部突破記念パーティーの翌日、スケッチブックを抱えて近所のクロッキー教室に絵の勉強に出掛けていくような人だったんです!」
とにかく、話し出したら止まらない。
「それで、幻の漫画家と言われているのが‥‥」
「あ〜、高橋。昼休みもそろそろ終わるから、続きは今夜な。ちょうど飲み会やることになってるし‥‥」
「あ‥‥えと‥‥その、僕、あんまり飲めないんで‥‥」
とたんに高橋の目力が失われる。
暴走する高橋を止めるには、飲み会の話がいちばんだ。
そんな高橋だったから、突然会社に出てこなくなっても会社の業務に大した影響はないだろう——と俺はタカをくくっていた。
経理の事務もかなりIT化されたから、事務職なんて生産性のない仕事はもう人手なんて要らないだろうと思っていた。
ところがだ。
あいつが突如姿を消して1週間したら、営業の領収証も交通費も、入金も支払い関係も、じわじわと滞りはじめたのだ。
「こんなバグだらけのソフト、使えませんよ。高橋さん今までよくやってましたよね?」
新しい人が見つかるまで、急きょ人事部門と兼任で経理に入ったおばさんは、金切り声を上げた。
結局、営業が夜遅くまで残って自分で領収証の内容や交通費の精算を打ち込むという事態に陥った。
高橋は、ソフトの欠陥を知り尽くして、それを見事にコントロールする——というはなれ技をやっていたらしいのだ。
文句も言わず、黙々と‥‥。くそ真面目に。
あいつが消えてから2週間になる。
頼む! 帰ってきてくれ〜〜〜〜! タカハシ!
了
【しいなの感想】
役立たずの漫画ヲタクに見えてたひとがじつは物凄いスキルを持っていた──
これも一種の『ざまぁ』なんですかね?(๑•̀ㅂ•́)و✧