高橋スイッチくん様
スイッチくん様https://mypage.syosetu.com/2687116/
# 高橋村の奇妙な日常
その日、私は地図にも載っていない高橋村に迷い込んでいた。山間の小さな村で、朝もやがかかり、どこか現実離れした雰囲気が漂っている。
村の中心にある古びた神社に足を踏み入れると、拝殿の隅に座る小柄な老婆が目に入った。布の包みから何かを取り出しては、独り言を呟いている。私が賽銭箱に小銭を投げ入れ、手を合わせていると、いつの間にか老婆が私の背後に回り込んで声をかけた。
「おぬしの苗字は、なんじゃ?」
唐突な問いかけに戸惑いながらも、「中田です」と答えた。
その瞬間、老婆の顔が恐ろしいほど歪んだ。目が見開き、しわだらけの顔が引きつり、まるで別人のように変貌した。
「中田じゃと?ここは高橋の地じゃ。余所者は出て行け!」
老婆は杖を振り上げ、私を追いかけ始めた。恐怖に駆られ、私は神社から逃げ出した。村の通りに飛び出すと、そこには不思議な光景が広がっていた。
道沿いの全ての看板に「高橋」の文字。八百屋の看板には「八百屋 たかはし」。隣の店は「高橋パン」、その向かいは「高橋薬局」。プラモデル店も「プロのプラモデルのみせ タカハシ」と書かれている。
息を切らして振り返ると、老婆がなおも追いかけてくる。恐怖で足がもつれそうになりながら、私は村の中を走り回った。どこを見ても「高橋」の文字ばかり。「たかはし肉店」「高橋豆腐店」「電気のタカハシ」―すべてが高橋だった。
村人たちは私を不思議そうに見つめるが、誰も助けてはくれない。彼らの表情にも何か異様なものを感じた。全員が同じ顔をしているようにさえ見える。
「ここから出なければッ」
老婆の呪いのような声が背後から聞こえる。走りながら必死に村の出口を探すが、どの道も同じような風景が続き、迷路に迷い込んだような感覚に襲われた。
そのとき、一軒の建物が目に入った。「美容室 髙橋」―他の「高橋」とは違い、「髙」の字が使われている。何か引き寄せられるように、私はその建物に飛び込んだ。
店内は静かで、誰もいないように見えた。ようやく老婆から逃れられたと安堵したその瞬間、鏡に映った自分の顔が変わり始めた。私の顔が徐々に溶け、別の顔に形作られていく。
「あなたも高橋になるのです」
背後から聞こえた声に振り返ると、美容師の姿をした老婆が立っていた。彼女の手には大きなハサミ。
恐怖の絶頂で、私は目を閉じた。
「中田さん、中田さん!」
目を開けると、そこは電車の中だった。隣に座っていた会社の同僚が私の肩を揺すっていた。
「寝てたよ。もうすぐ駅だから」
窓の外を見ると、見慣れた街並み。私は夢から覚めたことに深い安堵を覚えた。携帯電話を確認すると、画面に映る名前―「中田太郎」。ほっとため息をついた私は、ふと窓ガラスに映った車内の風景を見て凍りついた。
そこには、どこか見覚えのある顔が私の方を向いて睨んでいたのだ。
(終わり)
【しいなの感想】
夢から覚めたそこは髙橋の惑星だったのかもしれない!Σ( •̀ㅁ•́;)