成層圏からのどあめさま
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「成層圏と対流圏の狭間で」
こんな日が来るとわかっていた。
久しぶりに訪れた王都。
カフェテラスにいる彼を見つけた。
都会に溶け込む、上質の生地でできた上着とシャツにタイ。額を見せる様に上げた焦げ茶色の髪は整っている。かつて私を優しく見つめた榛色の目を細めて金髪の令嬢に微笑んでいる。
村では着古して茶色っぽくなった白シャツに同じく着古した茶色のズボン。髪はぼさぼさだった幼なじみ。
「うん、できるよ」
そう言って私が朧気な記憶から話す言葉から色々な魔道具を作ってくれた。
おもちゃ
オルゴール
虫除け
魔道ランプ
幼なじみの彼は私だけの魔法使いだった。
いつか、彼の作った道具の噂は村から隣町、領主様まで伝わって。彼は領主様の援助を受けて王都の魔法学校に入学する事になった。
「魔法使いとして独り立ちしたら必ず君を迎えに行くよ」
その時の彼の言葉に嘘はなかった、と思う。
転生した私はただの村娘。薬草を育て細々とポーションを作る事しかできず村に残った。
はじめの頃こそ、頻繁に届いた手紙は徐々に間隔があいていった。年に一、二度、納品の為に私が王都へ向かう度に迎えに来てくれたのに。いつも用事がある、忙しいと言って会えなくなった。
たまに会えても。
誰かと重ねる眼差しにため息。しきりに時間を気にする素振り。
もう諦めろと家族に言われた。
もう住む世界が違うのだとも言われた。
それでも、彼の言葉が忘れられなくて。思いきれなくて。
鬱々としている時に、本格的に薬師の修行をしないかという話が持ち上がった。
これが最後と出した手紙には
「忙しいから会えない」
今日、こうして彼を見て。終わったのだとわかってよかったのかもしれない。
ふと、彼と目があった様な気がした。
「どうか、幸せに」
そんな思いを籠めて微笑んでから踵を返した。
前世で飛行機に乗った時の光景が脳裏に浮かぶ。
晴れた空が曇り。一転して黒い雲になり。ばたばたと窓に叩きつける雨。
そこを抜けると一面の雲海に降り注ぐ明るい光り。どこまでも静かに飛んで行く飛行機。
今、私は対流圏をぬけて成層圏との狭間にいる。
届かない手紙に、彼の表情に、いちいち振り回される私を捨てたくて。でも捨てられなかった。
変わってしまった彼にすがりつきたかった。変わってしまった気持ちは変えられないと頭でわかってはいても。
今。ただ彼の幸せを願える私に変わったのが我ながら誇らしいと思った。
待ち合わせの広場には黒いローブ姿の老婆がいた。私の師匠だ。
「もういいのかい?」
「はい、区切りがつきました」
晴れ晴れと笑う私に師匠はかつては鮮やかだったであろう緑色の目で見通す様に私を見た。
「お前は若い頃の私に似てるね。それじゃあ 行こうか」
これから、師匠について旅をしながら薬師の修行をする。
せっかく生まれかわったのだもの、自分の生まれた世界をくまなく見てみたい。
見上げれば前世と同じ青い空。
筋雲が飛行機雲の様に広がっていた。
おしまい
【しいなの感想】
意外なことにこれが企画初めてのイセコイ作品!
前世での記憶と現在の景色のシンクロぶりが鮮やかでした(*´艸`*)