Ajuさま再び成層圏へ
略
『成層圏のセイレーン』 Aju
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富裕層の間で「宇宙旅行」がブームになって数年が経つ。
中でもスペースセブン社の宇宙旅行は、無事故率99.99999%(セブンナイン)が売り物だった。
しかし、そのスペースセブン社の船で、その「事故」は起きた。
宇宙旅行といっても本格的に宇宙ステーションまで行くわけではなく、成層圏を抜け、地上100キロあたりに2時間ほど滞在してそのまま戻ってくる「日帰りバスツアー」みたいなものだ。
もちろん「宇宙遊泳」なんかしない。
窓から見える青く丸い地球を眺め、世界は一つだ、という実感を満喫して帰ってくるというだけのものである。
その資産家も、そんな体験を求めて高額な費用を払ってチケットを買っただけだった。
「宇宙船」は貸切である。
乗組員はパイロット2人とキャビンアテンダント、そしてお客である彼だけ。
高度100キロで地球を周回する宇宙船の中で、資産家はまるで子どものように窓にへばりついて、青い故郷の星と、真横に見えるオーロラに歓声をあげていた。
とキャビンアテンダントはのちに証言している。
資産家の目に、オーロラのすぐ下を泳ぐように優雅に動く何かが見えた。
それは宇宙船に近づいてくる。
「あれは‥‥?」
資産家がつぶやいたほんの数秒後には、それは宇宙船のすぐそばまでやってきた。
人魚だった。
優雅に泳いで、資産家に微笑みかける。
宇宙に‥‥?
私は、夢を見ているのか?
宇宙空間で聞こえるはずのない「歌」が聞こえる。
まろやかで、水滴が転がるような響き。
招くように差し延べられた人魚の手に、魅入られるように資産家は手を伸ばした。
「本当なんです。まるで吸い込まれるように、あの方は窓の外に出て行ってしまわれたのです。三重ガラスの窓を素通りするように‥‥」
キャビンアテンダントは泣きながら、そう証言した。
成層圏外における資産家失踪事件——は、その後もずっと謎のままなのである。
了
【しいなの感想】
100万回に一回の事故が超常現象(*´艸`*)