クレイジーエンジニアさま
クレイジーエンジニアさまhttps://mypage.syosetu.com/2519094/
題名「犬も毎日を頑張って生きているようです」
僕は失敗した。人生最初で最後のチャンスで致命的な失敗をした。
「会社ガチャハズレだよ。新卒カード返せよチクショウ……」
比較的高い初任給と安い物価に惹かれて、地方都市にある大手企業に新卒入社した。
でも、そこは地獄だった。
「なんで、新卒初任給を既存社員より高くするんだよ。針のむしろじゃないか……」
長年新卒社員が入っていなくて平均年齢高めな部署に配属。新人教育の体制が無くて仕事は先輩の背中見て覚えろみたいな文化。部署の常識が世間の常識と思っている古株社員に囲まれて追いつこうと必死で足掻いたけど、正直ついていけない。
ベテランの人達は異次元過ぎてわけがわからないので、社歴10年未満の中堅の方に教えを乞うも塩対応。
何でかと思って創業時から居るという年配の事務員さんに聞いてみたら、人手不足対策として中堅の給与よりも新卒初任給の方が高く設定されたので、中堅社員のモチベーションが下がっているとか。
もうね。アホかと。バカかと。
そんなことしたら社内に軋轢生じるってわからんのか経営者って人種は。
「まぁ、初任給に惹かれてそんな会社に入った僕が一番バカだなー」
入社から1カ月半。
5月病とはちょっと違うけど会社に居づらくなって休みを取り、朝っぱらから近所の公園のベンチで1人途方に暮れる。
日本海側の地方都市の田舎町。田んぼの向こうに山が見えるのどかな風景。
そんな中に会社の大きな工場。
都会の地元を離れて田舎に就職。変なパターンだけど、この街は気に入ってる。
でも、職場がなぁ……。
「わっふぅ!」
「うわっ!」
気付いたら、目の前に犬が居た。
毛並みの綺麗な白い大型犬だ。
人懐こそうな表情で僕を見上げて尻尾を振っている。
見た目キレイだし、首輪がついているから野良犬ではなさそう。
「……犬はイイよなぁ。気楽でさぁ」
大人気ないと分かっているけど、楽しそうに僕を見上げる犬につい愚痴る。
聞こえているのかどうなのか、座って尻尾を振っている。
周りを見ても飼い主は見えない。
脱走犬かな。
僕は都会育ちで犬を飼ったことは無い。
だからこんなに近くで犬にゆっくり対面したこともない。
犬との正しい接し方とかもよく分からない。
だけど、ふと思った。
この綺麗な毛並みを撫でてみたい。
サッ ヒョイ
犬の首のあたりに手を伸ばしたら避けられた。
「そのキレイな毛並み。ちょっと撫でさせてくれよ。癒されたいんだよ……」
「わっふう」
犬は楽しそうに僕を見る。
危ないのかもしれないけど、一緒に遊んでみたくなったので、立ち上がって距離を詰める。
サッ ヒョイ ダッ シュタタタタ バッ ピョイーン ブン ターン シュババッ ズザァァァ ダダダダダダ パタパタパタパタ
毛並みを撫でたくて追い回してみたけど、全く追いつけない。
逃げ出すわけではないけど、絶妙な距離で上手に回避する。流石は犬だ。
「飼い犬の癖にやるじゃないか」
「わっふう!」
息が上がった僕を犬が誇らしげに見上げる。
よく考えれば、大して運動得意でもない僕が犬に勝てるわけないよな。
「おいデコイ。ここに居たのか。そろそろ仕事に出発するぞー!」
唐突に野太い声が聞こえたのでそちらを見ると、公園前に停めた軽トラからマッチョなおじいちゃんが駆け寄ってきた。
犬もそちらを向いて激しく尻尾を振っている。
飼い主かな。飼い主だな。
でも、デコイってそのネーミングセンスはどうなんだろう。
「良かったな。遊んでもらってたのか」
「ばっふう!」
飼い主に撫でられて嬉しそうに尻尾を振る犬。
毛並みを撫でる権利は飼い主の特権なのかな。
ほほえましい光景に癒されて、僕も犬を飼いたいなぁと思いながら飼い主のトラックを見る。
トラックの荷台には、大型獣用の檻。いや、罠だ。
そして荷台の脇には【猟友会】の文字。
まさか。
「すみません。もしかしてその犬。【猟犬】なんですか?」
「おう。そうだ。見てたけど、お前さん無茶してたな、人間に捕まるほど猟犬はトロくないぞ。はっはっはっ」
「わっふう!」
あの鋭い身のこなしは猟犬だからか。
でもそうなるとちょっと気になることがある。
「でも、その割にはケガの跡とかないし、毛並みも綺麗ですね」
「おう。俺達は【熊】を相手にしているからな。最初の怪我が最期になるんだ」
「わっふぅ」
それってまさか……。
「もしかして、名前の由来って……」
「猟犬は大切なパートナーだ。粗末にはしない。だけど、山に入ったら人も犬も命の保証は無い。コイツの先代も先々代も俺を守るために戦ってくれた」
「わっふう」
この山に熊が居るってのは知ってた。
猟友会所属のハンターが行政と連携して街を守ってるのも引っ越しした時役所で聞いた。
だけど、その現実を考えたことが無かった。
「可哀そうと思うかもしれんが、獣に勝てない人間が山の近くに住み続けるためには必要な仕事だ。街での当たり前の暮らしのために散った命がある事、覚えておいてくれよ」
「わっふう……」
言葉にならない。
「まぁ、そういうわけで、仕事の前には丁寧にブラッシングしてやるんだ。毛並みが綺麗になると喜ぶんでな。ちょっと勝手に出かけてしまったのは、お前さんに毛並みを見せたかったのかもしれん」
「わっふぅ!」
犬は誇らしげに僕を見上げる。
もしかして本当にそうなのかもしれない。
最後になるかもしれない仕事の前に。
誰かに覚えておいてもらうために。
「あんまりゆっくりしとれん。デコイ。気が済んだだろう。そろそろ行くぞ」
「わっふぅ!!」
トラックに向かうマッチョな飼い主の後ろに続く犬。
その背中から何かオーラが出ているのが見えた。
あれは
【己の成せる事を成した自負さえあれば、どのような最期でも悔いは残らないのである と思った時】
のオーラだ。
犬は、頑張って生きている。
僕達がこの街で暮らすために。当たり前の毎日のために。命を懸けてくれている。
僕はこの街が好きだ。ここでの暮らしが好きだ。
だったら、この街を守ってる人達がより良い暮らしができるように己の成せる事をしよう。
まずは、あの会社でがんばろう。
できることはたくさんあるはずだ。
めでたし めでたし
【しいなの感想】
はい! 初任給、10万円多くもらってたことあります\( •̀ㅁ•́;)
「仕事を覚えるために使う金が多いので新人には10万円上乗せしている」と、朝礼で支配人がみんなにバラしてました!
デコイ……、死ぬなよ(¯―¯٥)