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瞬発力企画!  作者: しいな ここみ
最終回!
129/132

かぐつち・マナぱさま

かぐつち・マナぱさまhttps://mypage.syosetu.com/2075012/



 題:二匹の犬と、優柔不断な散歩道



秋の夕暮れ前、空がほんのり赤く染まりはじめていた。


小学生高学年ぐらいの年頃の少女が、黒白の子犬と茶色い子犬、二匹の犬を連れている。


黒白の子犬の名前は――『パト』、茶色い子犬のの名前は――『ラッシュ』。


柚葉ゆずはは、二匹を連れて、いつもの川沿いを歩いていた。


パトは前へ前へと元気に引っぱるように進み、ラッシュはマイペースに、柚葉ゆずはの足元をとことこと歩いている。


草の匂い、風の音、犬たちの足音。静かな時間。


だけど柚葉ゆずはの頭の中では、最近のことがぐるぐるしていた。


(お兄ちゃんは、すごいなぁ・・)


兄の直人なおとは、この夏で高校野球を引退した。


最後の試合は負けてしまったけれど、たくさんの声援の中でキャッチャーマスクを脱いだ兄の姿は、まっすぐで、どこか大人びて見えた。


泥だらけになりながら、声を張りあげてボールを受け止めていた姿。


暑くても寒くても、文句も言わずに練習に行っていた後ろ姿。


(・・あこがれって、見てるだけじゃだめなんだろうな)


そして今――兄は机に向かって、毎日遅くまで勉強している。

目指しているのは、地元の国立大学。


(ほんとに、野球やめちゃったんだ・・・)


あんなに大好きだったはずの野球。


あれだけ毎日ボールを受けては投げ返していたのに、グローブは今や押し入れの奥にしまわれている。



この前、犬の散歩から帰ってきたときに、柚葉ゆずははたまらず聞いてみた。


「お兄ちゃん・・野球、もういいの?」


直人は麦茶のコップを置いて、静かに言った。


「・・うん。やりきったと思ってる。でも、東京の大学にスポーツ推薦で行くことになった親友がいてさ。アイツにだけはカッコ悪いところは見せたくない・・負けたくないんだ。」


それを聞いたとき、柚葉ゆずはの胸の奥がきゅっとなった。


(お兄ちゃんは、ちゃんと進んでる)


優柔不断な自分はどうだろう?


最近は、なんとなくテレビを見る時間が増えている。


好きなことや夢中になれることはあるのに、それを誰にも言えず、心の中だけにしまっている。


(やりたいことがあるけど、まだ言えない)


『あのこと』は、誰にも話していない。


ただ、心の中でそっと応援しているだけ。


そんな自分を見せるのが、なんだか恥ずかしくて。



(気分転換に、いつもとは違う道を歩いてみよう・・・)


それは、そんなたわいのない考えだった。



夕暮れの住宅街の入り口・・街灯の明かりがぽつぽつと灯り始めている。


秋の訪れを知らせるように、木々の葉が色づき始め、ひんやりとした空気が肌を包み込んでいた。


「この辺りも昔より、随分と新しい家が増えたみたい・・あ、新しい家と言えば・・」


まだ四半世紀も生きていない柚葉ゆずはだが、記憶に無い建物から流れゆくを実感して・・


「ミコお姉ちゃんも結婚して、新しい家に引っ越したんだっけ・・たしか、お相手は、中学生時代からの同級生で・・・」


柚葉ゆずはは、最近、結婚した『いとこの女性』のことを思い出した。


旦那様は、レスキュー用の特殊な『大型トラック』を運転する頼もしい人だ。


そして、最近、新居を建てたということを思い出した、その時。


「うん?・・なに、あれ?」


住宅街の静かな路地を進んでいると、ふと前方に一人の人物が目に入った。


全身が黒づくめ・・長身で細身、目深く帽子をかぶり、更に顔は黒いマスクとサングラスでほぼ隠れていた。


その人物は、辺りを伺う様に左右を見渡している。


「ま、まさか・・緊縛強盗!?・・怪しい・・どうしよう・・」


思わず身震いし、しかし、またも柚葉ゆずはの優柔不断さが、行動をためらわせた。


しかし、その人物は帽子を直し、マスクとサングラスを手直すと、音もなく薄暗い路地へと姿を消してしまった。


「あ、消えちゃった・・パト、ラッシュ、あの怪しい人がどこに行ったか分かる?」


胸のざわつきを感じながら、パトとラッシュに視線を向けた。


柚葉ゆずはが尋ねると、パトは興奮気味に鼻を地面に近づけ、今にも走り出すかの様に、地面を搔き始めた。


一方のラッシュは慎重に周囲を警戒しながらも、少し震える足で匂いを嗅ぎ始めた。


必死に相手の匂いをかぎ分けようとする犬たちに、柚葉ゆずはは少しだけ心強さを感じる。


それでも心臓が不安に高鳴るのは収まらず、手のひらにじんわりと汗がにじんでいた。



しかし突然、パトとラッシュが同時にピクリ!と顔を上げ、鋭く周囲を見渡す。



「え?どうしたの、パト、ラッシュ?」


柚葉ゆずはが声をかけると、草むらの生い茂る空き地から、ガササッ!と大きな音を立てて黒い影が飛び出してきた。


鋭い牙を生やした大きな口を開き、粘り気のある唾液がだらりと垂れ落ちている。


「ハアハアハアッ・・」と荒い吐息が路地に響き渡り。


その目はランランと険しい光を放ち、まるで獲物を狙う猛獣のように柚葉たちを睨みつけていた。


大きな野良犬の出現に、パトはシッポをピンと立て、ぎゃんぎゃんと勇ましく吠え返し、

ラッシュは細く震え、シッポを股の下に隠しながらも「わんわん」と吠え、身構えた。


パトとラッシュは小さな体ながらも、必死に柚葉ゆずはを守ろうと前に出たのだ。


二匹とも飼い主である、柚葉ゆずはを守ろうとしている。


(パト!、ラッシュ!・・飼い主の私も、この子たちを守らないと!)


その懸命さに、自分も飼い主として二匹を守りたい!、そう思うのだが・・


自分よりずっと小さな二匹の仔犬に守られていることに、泣きそうなほど、自分への不甲斐なさを感じてしまった。


「だめ!ふたりとも刺激しちゃダメ!」


柚葉ゆずはは慌てて二匹に声をかけながらも、全身に強張りを感じ、冷たい汗が背筋を伝うのを覚えた。


緊迫した空気の中、襲いかかろうとする黒い影は、ますます1人と2匹に大きく迫ってきた。


「来ないでっ!、あっちに行って!」


大きく手振りを加え、必死に叫ぶ柚葉ゆずはであったが。


「ガルルっ!!!」と大きな咆哮を上げ、黒い野良犬は柚葉に向かって飛びかかってきた!


その瞬間、柚葉ゆずはは思わず悲鳴をあげた。


「きゃあっ!?」「危ない!!!」


二つの声が重なる中、細く長い足が剣のように鋭く伸びて、黒い野良犬を蹴り飛ばした。


「ギャッン!?」


蹴られた野良犬は、かなりの距離まで吹き飛ばされ、地面を転がっていく。


その拍子に、蹴りを放った人物の深く被っていた帽子が風で飛び、長い髪がふわりと露わになる。


艶やかで長い髪と、スラリとした長身が、柚葉と2匹を守る位置に立っていた。


「私の後ろにいてなさい・・大丈夫?、ケガはしていないかしら?」


凛とした声は、まぎれもなく女性のもの・・黒づくめの人物は女性だったのだと、ようやくに柚葉ゆずはは気付いた。


そんなこちらの様子を気にする余裕も、戦意も無くしたようで、黒い野良犬は「キャンキャン!」と鳴き声を上げ、慌てて走り行ってしまった。


女性は「もう大丈夫そうね?」と言いながら、サングラスとマスクをゆっくりと外した。


「どうやら逃げてくれたようね・・良かった、野良犬でも犬を殺すなんて出来ないから」


そして優しい声で、「あなた、大丈夫?」と柚葉ゆずはに労わるように問いかけた。


柚葉ゆずはは息をのんで、その柔らかな微笑みを見つめた。


「え・・あ、あ、あなたは・・・!?」


驚きと戸惑いと尊敬が入り混じったまま、その美しい顔に見惚れてしまった。


ふつうの女の子よりもずっと背が高くて、手足も長い。その手足を武器にして、氷の上を大きく使ってジャンプし、スピンし、舞うように動く。


ジャンプは完ぺきとは言えなかったけれど、そこには目をそらせない力強さがあった。


その顔はテレビで見たことのある、憧れの女子フィギュア選手そのものだった。


女性は恥ずかしそうに帽子を戻し、マスクをし直しながら答えた。


「普段は、ファンにバレないように変装してロードワークしてるから、怪しまれるのは仕方ないけど…見つかると困るの」


女性は軽く笑って、柚葉ゆずはの目を見ながら、長身を屈ませた。


「貴女は昔の私に少し似ているわ・・今の自分が嫌いで、将来の夢に迷っているみたいね?」


その強い意志を秘めた澄んだ瞳は、何もかも見通してしまいそうで、柚葉ゆずはは怖かった。


「迷ってもいいのよ?、むしろ迷った方が強くなれると思うわ・・心が・・」


彼女は、柚葉ゆずはの手をそっと握った。


「多くのものを見なさい。多くの人に会いなさい。多くの場所に行きなさい。・・そして、迷ったのなら、貴女の戻るべき場所に戻りなさい」


答えの分からない、謎かけのような言葉を言うと、女性は目線を下に下げた。


「正反対のこの子たちみたいにね?・・じゃあ、私はこれで」


足元では、パトとラッシュが大人しく座っていた。


まるで柚葉ゆずはが、二匹の中心にあるように見えた。


「え?、それって、どいうことですか?・・あ、ちょっと!」


意味が分からず、また、憧れの存在に多くの言葉をかけたい。


そんな気持ちの柚葉を置いて、女性は素早く帽子を直し、マスクとサングラスをかけ直す。


「良ければ見ていて・・今度の競技会を」


最後にそう告げると、音もなく薄暗い路地へと彼女は姿を消した。


パトとラッシュが、「わんわん)と楽しそうな声を出した。


手を伸ばしたかったが、二つのリードを持っている柚葉ゆずはは、出来なかった。



******************



柚葉ゆずはは、二匹を連れて、いつもの川沿いを自宅に戻っていた。


(どういう意味だったんだろう・・今度の競技会かぁ・・・)


散歩に出た時以上に、柚葉ゆずはの頭の中では、先ほどののことがぐるぐるしていた。


・・いつの間にか、パトがバタバタと、道ばたの草に顔をつっこむ。


リードがぴんと張られて、柚葉ゆずはの手が引っぱられる。リードの動きが激しくなる。


「ちょっと、パト。落ち着いて!」


・・いつの間にか、ラッシュはのんびりと、流れる川を見ていた。


今度は、柚葉ゆずはの手がリードを引っ張る番だ。リードは一定の場所から動かない。


「もう、ラッシュは動いてよ。置いて行っちゃうよ?」


そう言いながら・・・柚葉ゆずははまた自分が今、犬たちの中心にいることに気づく。


パトの元気さ。


ラッシュの穏やかさ。


その中間を歩いている自分。


――何かが繋がった気がした。


(そうか・・急ぎすぎてもダメだけど、立ち止まってばかりでもダメなんだよね)


・・・まだ・・なにも始められていない。


でも、何かになりたいと思う気持ちは、たしかにある。


柚葉ゆずはは空を見上げた。


赤くなった空の向こう、遠くに銀色の月が見えた。


「いつか、あたしも……始められるかな」


まん丸いお月さまが、キラキラと輝く氷の銀盤に見えてくる。



パトが嬉しそうに尻尾をふって振り返り、ラッシュが控えめに鼻を鳴らす。


「……そうだよね。まずは、ひとつ、やってみるところからだよね」


そう言って笑った柚葉ゆずはの声は、空気の中にふわりと溶けた。


強い意志が込められた言葉ではない・・だけど、決して弱すぎる言葉ではなかった。


足元では、犬たちが彼女を引っ張るように、あるいはそっと寄り添うように、また歩き出していた。



 ――ひとりの少女と、二匹の子犬を受け入れる玄関は、

      ふわりとした風を、いつ吹かそうかと、優しく待ってくれていた――



              ( 了 )



【しいなの感想】


まさかのキャラ2人再登場(*´艸`*)


パトとラッシュに天国行きエンドを予想してしまいましたが……幸せになれそうでよかった(*´ェ`*)


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>【しいな様の感想】へ 私のワンちゃんと言えば、この2人(匹)!(笑) 当初、あの作品のラストで拾ってくれた女の子が、この子という設定で考えて、最初はパトラッシュ原作から絵の関係に…をボツ(あまりに…
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