ミントさま
ミントさまhttps://mypage.syosetu.com/2310203/
「ドッグタグはなぁ、その名の通りもともと犬の首に着けるもんだったんだよ。米軍兵士が首から下げてた身元確認票が、犬のそれによく似てるからそう言われるようになったんだと」
「……何ですか、それ。兵士たちは全員、犬扱いってわけですか?」
眉をしかめて尋ねる僕に対し、祖父の友人だというその男は吐き出した紫煙で答える。
このご時世にずいぶん堂々と煙草を吸う奴だ、と思ったが彼にとってはこれが当然の時代だったのだろう。考え直したものの、鼻につくニコチンの香りに不快感を示していたら男はふんと鼻を鳴らしてみせる。なんだかガキだと思われたみたいで、むっとした僕に彼は続けた。
「そうでもしないと身元の判別ができないぐらい、ボロボロの遺体になる可能性があったって話だよ。生きてる間は二枚一組で着けておいて、死んだ奴がいたら片方を回収してもう片方は死んだ奴の口に挟んでおく。そうすることで軍は誰が死んだかを確認できるし、後で遺体を回収する時になってもどれが誰なのかわからないなんてことにならずに済むってわけだ」
腐って骨だけになっちまっても、ドッグタグがあればそいつの証明になるからな。
男はあっさりそう言い切って、また煙草の煙を思い切り吸う。この後に起こる、煙の大噴射を予測しながら僕は死んだ自分がドッグタグを噛まされる様子を想像して少し気分が悪くなった。
「そういう経緯があるから、ドッグタグには身に着けてる奴の名前やら血液型やらが刻まれるようになってんだよ。ま、最近じゃアクセサリー代わりにって好きなキャラやら愛の言葉やら書いてあるパターンもあるみたいだけどな」
「……じゃあ、あなたは祖父になんと彫ってもらったんですか?」
祖父の遺した作品の数々、ずらりと広げられたドッグタグを見やりながら僕は男にそう尋ねる。
「別に、大したもんじゃねぇよ。名前と出身地、それから血液型……ほら、ちょうどこれと同じような退屈でつまらないもんだ」
男が手にしたそれは、ドッグタグの中でも飛びぬけてシンプル。何の特徴もない銀色の板に細い文字が書いてあるだけの、本当に犬が着けてるみたいな奴だった。
「そんなに単純なもので、良かったんですか? せっかく旧友なんだからもっと豪華なのを作ってもらえばよかったのに」
「どんな立派なドッグタグを身に着けてたって、死んじまったら一緒だろ。犬っころと変わらない、むしろ死んじまっただけ『負け犬』だ」
言った直後に、男がこちらの様子を窺う。僕の機嫌を損ねたか、と心配したのかもしれないが気にするなら言う前に考えろと言いたい。こういうところは祖父と一緒、考えなしに発言してしまう時代遅れの男だ。これでも元自衛官というのだから、コンプライアンス違反にも程がある……と思ったが僕はそれでも黙っておく。
職人気質だった祖父は二十世紀に一人だけ取り残されたみたいな、頑固で偏屈で――だけど誰より真面目に、仕事に取り組む人だった。
こうして祖父の死を惜しみ、わざわざ孫の僕にまで会いに来てくれる男がいるぐらいだから間違いない……そんな祖父に思いを馳せながら、僕はドッグタグの一つを手に取る。
「僕も作ってもらえば良かったな」
零れ出た言葉に、男はまた煙草をくゆらせながら「今からでも作ってもらえよ」と笑う。
「あいつほどじゃなくても、他にドッグタグを作ってる奴はいるんだからさ。そいつに作ってもらって、大事に身に着けとけよ。きちんと二枚一組でさ」
その片方を、誰かに受け取ってもらえる日までさ。
そう語る男の首元で、僕の祖父が作ったドッグタグがきらりと光るのが目に入った。
――了――
【生活指導の赤松先生のお言葉】
すまん! あっちを先に読んでしまった!