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瞬発力企画!  作者: しいな ここみ
第九回目『大型トラック』
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かぐつち・マナぱさま2


 赤い大型トラックと幸せの青い大空(後編)



・・イベントの後、ミココとソウタは、川沿いの道をゆっくり歩いていた。


風が少し冷たくなりはじめた夕暮れ。


「・・今日は、ありがとう。・・楽しかった」


ミココがぽつりとソウタに言った。


「そう?、最初は緊張しているみたいに見えたけど」


ソウタが少し笑う。


直接的な言葉はなかったけど、ソウタが自分のことを気遣ってくれていることを、ミココは感じていた。


ミココは下を向いたまま、口を引き結んで、そして小さく言った。


「・・うん。でもね、本当は・・まだ怖いの、トラック」


少しだけ、ソウタが驚いた表情をしたが何も言わず、黙ってその続きを待っていた。


じっと自分のことを真剣に見てくれているソウタに、ゆっくりとミココは言葉を伝えていく。


「まだ5歳のとき、スーパーでもらった風船がね、トラックの音に驚いて、手から離れちゃったの・・真っ赤な大きなトラック。すごく大きくて、音もすごくて・・」


ミココの声はだんだん震え出す。


「大事な風船が飛んでっちゃって、それを追いかけて、道路に出ちゃって・・お母さんにも、すごく心配かけちゃって・・涙が止まらなくて・・すごく悲しくて・・」


ソウタはゆっくり立ち止まり、彼女の前に回った。


「そっか。・・そんなことがあったんだな」


ミココの目には涙がうっすら浮かんでいた。


「バカみたいでしょ?。でもそれから、ずっとトラックを見ると、胸がぎゅってして・・」


震えた声を出す、ミココにソウタは、ふっと優しく笑った。


「バカなんかじゃないよ。ちゃんと、理由があったんだな」


彼はポケットからハンカチを出し、そっとミココの目元に差し出した。


「でも、今日ミココがイベントでいろんなトラック見てたの、俺、知ってる。怖がりながらでも、ちゃんと見ようとしてたよな」


涙を拭った、ミココはハンカチを握りしめ、静かに頷いた。


「・・ありがとう。聞いてくれて。・・ソウタが一緒だったから、見てみようって思えたのかも」


夕暮れの揺れる日の光に、ソウタの姿が、ミココには眩しく見えた。


『大型トラック』を好きな、ソウタという少年・・


今までとはまるで正反対の、「安心」をくれる光だった。


——あぁ、たぶん、私はこの人が好きなんだ。


ソウタがふと真剣な表情で言った。


「ミココちゃんさ・・将来、トラックの運転手になったらどう?」


「えっ?」


「うん。似合うと思う。さっきの真剣な顔、すごくよかったよ。」


不意打ちのようなその言葉に、ミココは戸惑いながらも、ふと笑った。


「そっちこそ、もうなってるみたいだったけど。」


「えっ、俺?」


「うん。あんなに詳しくて、あんなに嬉しそうに話せるんだもん。」


ソウタは照れくさそうに笑い、空を見上げた。


「いつかさ、二人で同じ道路を走ってみたいな。違う目的地でも、同じ空の下でさ。」


その言葉が胸の奥に残った。


「うん。走ってみたいね。ふたりとも大型トラックに乗って・・ってすごくジャマじゃない?」


「あはははっ!、それもそうか!、それじゃあさ、ふたりで一緒の車に乗って・・」


「えっ!?、そ、ソウタ・・それって・・?」



・・・そんな会話をした二人の顔を紅く染めたのは、夕日のせい、ばかりではないだろう・・



ミココはその夜、こっそりインターネットで「大型トラック 運転免許 女性」と検索してみた。



(――なれるのだろうか。――わたしにも、できるのだろうか。)


画面に並ぶ女性ドライバーの笑顔が、不思議とまぶしかった。


そのとき、ミココの心に「怖い」よりも強く、「やってみたい」が芽生えていた。


「・・あれ?。このトラックは・・・」


続けて検索して表示された画像を見て、ミココは独り呟いていた。



*****************



高校を卒業した春、ミココはとある運送会社に就職した。


「まずは助手席から」


そう言ってくれたのは面接のときの部長で、彼自身も現役のドライバーだった。


「女の子でも通用するってこと、君が証明してくれたら嬉しいな」


その言葉に背中を押されて、ミココは新しい一歩を踏み出した。


最初の仕事は、小型トラックの助手席。


まだ免許も大型ではなかったから、先輩ドライバーの横で地図を読み、荷物を運び、積み下ろしの手伝いをした。


「ミコちゃん、力あるな〜、助かるわ!」


「へへ、体育会系なんで!」


最初は戸惑いもあったが、現場の仲間たちは予想以上に温かかった。


汗をかきながら運ぶ冷蔵ケース、重たい家具、工場からの金属パーツ・・どれもそれぞれに意味がある。


(・・「誰かが待ってるもんを運ぶって、すごいことだよな。」・・)


その言葉を、ふとソウタが言っていたのを思い出す。



1年後。



ミココはついに――大型免許を取得した。


教習所では男性がほとんどで、最初は視線を感じた。


「女性にできるの?」「危なくない?」


そんな目があったのも事実だ。


けれど彼女は、諦めなかった。


大きなハンドルを握るたび、最初は怖さが込み上げた。


何故なら、ミココが運転するのは、あの『赤いウイング車』だった。


雷の様な排気音――


地面を大きく揺らす振動――


ウイングが開くときの金属音――


(もう、大丈夫。・・私はアナタを乗りこなして・・乗り越えてみせる!)


かつて彼女を怯えさせた“あの音”を、“あの巨体”を今は自分でコントロールしている。


「お前さ、運転してる時めちゃくちゃ顔カッコいいよな。」


先輩の冗談混じりの言葉に、思わず吹き出した。


「褒め言葉として受け取っときます!」


「もちろんだよ、“ウイング姉さん”!」


そのあだ名が定着した頃には、もう職場の誰も彼女を“特別扱い”していなかった。


彼女は、プロのドライバーとして、そこにちゃんと“いた”。



ある日の配送で、ミココは偶然にも――消防署の訓練施設でレスキュー用特殊車両を目にした。


ゴツく、重厚で、まるで映画の中の機械のような存在感。


「・・・!!!」


思い出の姿が、彼が夢見ていた姿が、そこにはあった。


そこに立っていたのは、数年ぶりに再会するソウタだった。


「ミココ・・やっぱりお前、運転してたんだな。」


レスキュー隊のユニフォームに身を包んだ彼は、かつての少年とは違って、精悍で、頼もしく見えた。


「見てたの?」


「偶然、搬入口の確認してて。まさか、あの“赤いウイング”を運転してるのがお前だとはな。」


「ふふ。ウイング姉さんって呼ばれてるよ、今じゃ。」


「あははっ!、最高だな、それ。」


二人はしばらく笑い合ったあと、ソウタがふと真面目な顔になった。


「今、俺らも“運ぶ”仕事してる。人の命とか、希望とか。・・ミココも、似たようなこと、してるよな。」


「うん。たぶんね。怖いって思ってたものが、今はちょっと、誇りみたいなものになってる。」



二人の間に、静かな風が吹いた。



「約束おぼえてるか?」「約束おぼえてる?」



あの頃、空を見上げて語った『同じ道路を走る未来』が、いま、目の前にあった。


二人が運ぶのは、『共に大事な未来』に繋がるものだった。



***************



レスキュー隊員として働くソウタと、トラックドライバーとして道を駆けるミココ。


再会を果たした二人は、少しずつ日常を重ねるようになった。


・・・といっても、互いに過酷な勤務スケジュール。


会えるのは月に数回、数時間だけということもあった。


「でもさ、会うたびに話すこと、止まらないよな」


「ほんと。ひと月分ため込んでるんだもん」


それでも、ソウタといる時間はどこか自然で、ミココは心のどこかで「ここが帰る場所なんだ」と思えた。


ある日、ソウタは言った。


「実はさ、今度、結婚式の準備してる同僚がいて。俺らレスキュー隊の特殊車両で花道つくるんだって。かっこよくない?」


「へぇ、素敵じゃん」


「で、俺も思ったんだ。もしミココがよければ・・その・・あの・・」


ソウタが真っ赤な顔をして、後で手に何かを取り出すのが見えた。


「俺らの結婚式も、トラックたちに囲まれた場所でやりたいなって」


ソウタの手に握られていたのは、白いビロードの小さなケースだった。


「え?、あ、あ・・っ!?・・ソウタ・・!?」


ミココの目が驚きに大きく開かれる。


ケースの中には、白銀色の大小一対の指輪が、誇らしげに輝いていた。


「ミココ・・俺と結婚してほしい。・・これからの一生、ふたりで一緒の道を歩いて・・いや、走ってかな?、とりあえず、これからも・・」


「あっ!、あっ、嬉しい!。私もソウタがいい!、一緒に未来の道を進んで!・・愛してる!」


ソウタの言葉は、最後まで続けられなかった。


・・同じ道を歩く二つの影が、ひとつに重なったからだった。



****************



結婚式当日。


会場は、地元の物流ターミナルの一角――大きな駐車場だった。


空は快晴。


広々としたアスファルトの上に、さまざまな種類のトラックたちが集結していた。


冷凍車、平ボディ、キャリアカー、タンクローリー。


どれもミココやソウタが関わってきた“仲間”であり、人生を彩ってきた“仕事仲間”だった。


「おーい、ウイング姉さーん! 今日の主役だぞー!」


「出遅れんなよー!」


ドライバー仲間たちが笑いながら声をかけてくる。


皆、きれいに洗車された愛車で集まり、それぞれの車を装飾していた。



そして――


少し遅れて、『真っ赤なウイングゲート車』が静かに駐車場に入ってきた。


ミココが幼い頃に見た、あの“怖かった”トラックと、よく似た姿だった。


いや――たぶん、同じ車両かもしれない。


トラックが中央に止まり、サイドのパネルが、「ゴウン」という音とともに、ゆっくりと開いていく。


左右に大きく広がったウイングの内側には、まるで舞台のようなステージが設置されていた。



・・・出番を待つ、新郎と新婦が話をしている。



「・・よく、こんな演出にしようって思いついたね?」


純白のドレスに身を包んだ新婦が、幸せな呆れ声を出す。


「だってさ、最初にお前が怖がってたあのトラックが――今では一番お前らしくいられる場所になったんだろ?」


ミココはふっと笑った。


「うん。そうだね。トラックと、ソウタがいたから、今の私がある」


「だからさ。結婚式のステージは、お前の“ウイング”で開く。そこから新郎新婦、堂々登場。どう?」


「・・最高だよ、それ、ふふふっ」



後部のパワーリフトが上下し、新郎新婦がゆっくりと上昇していく。


――ミココと、ソウタ。



拍手と歓声が沸き上がる中、ミココの胸の奥に、幼い自分の声がよみがえった。


(こわい・・こわいよ・・)


でも今は、はっきりと思える。


「こわい」ものの中にも、やさしさや、使命がある。


あのとき、赤いトラックはきっと――


誰かの“幸せ”を運んでいた。


だから、あんなにも急いでいたのかもしれない。


ミココは微笑みながら、そっとソウタにささやいた。


「ありがとう。あのときの“こわい”が、今は“しあわせ”になったよ。」


ソウタは静かにうなずいた。


「これからも、二人で“運んで”いこうな。未来も、命も、笑顔も。」


空には白い雲と青空が広がっていた。


ステージには、ウイングが広げた希望の屋根。



“約束の駐車場”に集った仲間たちとともに――


ミココとソウタの物語は、新しく走り出した。



――これは、一台の赤いトラックが運んできた、ひと組の小さなしあわせの物語。



紅い翼を広げた『大型トラック』は、今にも空を翔るようにも見えた。



                        ( 了 )



【しいなの感想】


ありがとうございます(•ᵕᴗᵕ•)⁾⁾ぺこ


ソウタ……こんなやつだったらよかったな(*´艸`*)


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― 新着の感想 ―
>Aju様へ 正直に申しますと、お恥ずかしながら全くのゼロからスタートでは無く、なろう界の素敵なトラックドライバー、しいな ここみ様を応援する作品として、以前にちょっと下書きをしておいたモノを流用させ…
素敵な物語をありがとうございました。 これが「24時間以内」で書かれたとは! 皆さんの実力、すげーー!
今日も一緒に生きる皆様に感謝を…なろうのウイング姉さまに感謝を…(*人´ω`*)<ありがとうございます♪、気をつけて行ってらっしゃい!
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