かぐつち・マナぱさま2
赤い大型トラックと幸せの青い大空(後編)
・・イベントの後、ミココとソウタは、川沿いの道をゆっくり歩いていた。
風が少し冷たくなりはじめた夕暮れ。
「・・今日は、ありがとう。・・楽しかった」
ミココがぽつりとソウタに言った。
「そう?、最初は緊張しているみたいに見えたけど」
ソウタが少し笑う。
直接的な言葉はなかったけど、ソウタが自分のことを気遣ってくれていることを、ミココは感じていた。
ミココは下を向いたまま、口を引き結んで、そして小さく言った。
「・・うん。でもね、本当は・・まだ怖いの、トラック」
少しだけ、ソウタが驚いた表情をしたが何も言わず、黙ってその続きを待っていた。
じっと自分のことを真剣に見てくれているソウタに、ゆっくりとミココは言葉を伝えていく。
「まだ5歳のとき、スーパーでもらった風船がね、トラックの音に驚いて、手から離れちゃったの・・真っ赤な大きなトラック。すごく大きくて、音もすごくて・・」
ミココの声はだんだん震え出す。
「大事な風船が飛んでっちゃって、それを追いかけて、道路に出ちゃって・・お母さんにも、すごく心配かけちゃって・・涙が止まらなくて・・すごく悲しくて・・」
ソウタはゆっくり立ち止まり、彼女の前に回った。
「そっか。・・そんなことがあったんだな」
ミココの目には涙がうっすら浮かんでいた。
「バカみたいでしょ?。でもそれから、ずっとトラックを見ると、胸がぎゅってして・・」
震えた声を出す、ミココにソウタは、ふっと優しく笑った。
「バカなんかじゃないよ。ちゃんと、理由があったんだな」
彼はポケットからハンカチを出し、そっとミココの目元に差し出した。
「でも、今日ミココがイベントでいろんなトラック見てたの、俺、知ってる。怖がりながらでも、ちゃんと見ようとしてたよな」
涙を拭った、ミココはハンカチを握りしめ、静かに頷いた。
「・・ありがとう。聞いてくれて。・・ソウタが一緒だったから、見てみようって思えたのかも」
夕暮れの揺れる日の光に、ソウタの姿が、ミココには眩しく見えた。
『大型トラック』を好きな、ソウタという少年・・
今までとはまるで正反対の、「安心」をくれる光だった。
——あぁ、たぶん、私はこの人が好きなんだ。
ソウタがふと真剣な表情で言った。
「ミココちゃんさ・・将来、トラックの運転手になったらどう?」
「えっ?」
「うん。似合うと思う。さっきの真剣な顔、すごくよかったよ。」
不意打ちのようなその言葉に、ミココは戸惑いながらも、ふと笑った。
「そっちこそ、もうなってるみたいだったけど。」
「えっ、俺?」
「うん。あんなに詳しくて、あんなに嬉しそうに話せるんだもん。」
ソウタは照れくさそうに笑い、空を見上げた。
「いつかさ、二人で同じ道路を走ってみたいな。違う目的地でも、同じ空の下でさ。」
その言葉が胸の奥に残った。
「うん。走ってみたいね。ふたりとも大型トラックに乗って・・ってすごくジャマじゃない?」
「あはははっ!、それもそうか!、それじゃあさ、ふたりで一緒の車に乗って・・」
「えっ!?、そ、ソウタ・・それって・・?」
・・・そんな会話をした二人の顔を紅く染めたのは、夕日のせい、ばかりではないだろう・・
ミココはその夜、こっそりインターネットで「大型トラック 運転免許 女性」と検索してみた。
(――なれるのだろうか。――わたしにも、できるのだろうか。)
画面に並ぶ女性ドライバーの笑顔が、不思議とまぶしかった。
そのとき、ミココの心に「怖い」よりも強く、「やってみたい」が芽生えていた。
「・・あれ?。このトラックは・・・」
続けて検索して表示された画像を見て、ミココは独り呟いていた。
*****************
高校を卒業した春、ミココはとある運送会社に就職した。
「まずは助手席から」
そう言ってくれたのは面接のときの部長で、彼自身も現役のドライバーだった。
「女の子でも通用するってこと、君が証明してくれたら嬉しいな」
その言葉に背中を押されて、ミココは新しい一歩を踏み出した。
最初の仕事は、小型トラックの助手席。
まだ免許も大型ではなかったから、先輩ドライバーの横で地図を読み、荷物を運び、積み下ろしの手伝いをした。
「ミコちゃん、力あるな〜、助かるわ!」
「へへ、体育会系なんで!」
最初は戸惑いもあったが、現場の仲間たちは予想以上に温かかった。
汗をかきながら運ぶ冷蔵ケース、重たい家具、工場からの金属パーツ・・どれもそれぞれに意味がある。
(・・「誰かが待ってるもんを運ぶって、すごいことだよな。」・・)
その言葉を、ふとソウタが言っていたのを思い出す。
1年後。
ミココはついに――大型免許を取得した。
教習所では男性がほとんどで、最初は視線を感じた。
「女性にできるの?」「危なくない?」
そんな目があったのも事実だ。
けれど彼女は、諦めなかった。
大きなハンドルを握るたび、最初は怖さが込み上げた。
何故なら、ミココが運転するのは、あの『赤いウイング車』だった。
雷の様な排気音――
地面を大きく揺らす振動――
ウイングが開くときの金属音――
(もう、大丈夫。・・私はアナタを乗りこなして・・乗り越えてみせる!)
かつて彼女を怯えさせた“あの音”を、“あの巨体”を今は自分でコントロールしている。
「お前さ、運転してる時めちゃくちゃ顔カッコいいよな。」
先輩の冗談混じりの言葉に、思わず吹き出した。
「褒め言葉として受け取っときます!」
「もちろんだよ、“ウイング姉さん”!」
そのあだ名が定着した頃には、もう職場の誰も彼女を“特別扱い”していなかった。
彼女は、プロのドライバーとして、そこにちゃんと“いた”。
ある日の配送で、ミココは偶然にも――消防署の訓練施設でレスキュー用特殊車両を目にした。
ゴツく、重厚で、まるで映画の中の機械のような存在感。
「・・・!!!」
思い出の姿が、彼が夢見ていた姿が、そこにはあった。
そこに立っていたのは、数年ぶりに再会するソウタだった。
「ミココ・・やっぱりお前、運転してたんだな。」
レスキュー隊のユニフォームに身を包んだ彼は、かつての少年とは違って、精悍で、頼もしく見えた。
「見てたの?」
「偶然、搬入口の確認してて。まさか、あの“赤いウイング”を運転してるのがお前だとはな。」
「ふふ。ウイング姉さんって呼ばれてるよ、今じゃ。」
「あははっ!、最高だな、それ。」
二人はしばらく笑い合ったあと、ソウタがふと真面目な顔になった。
「今、俺らも“運ぶ”仕事してる。人の命とか、希望とか。・・ミココも、似たようなこと、してるよな。」
「うん。たぶんね。怖いって思ってたものが、今はちょっと、誇りみたいなものになってる。」
二人の間に、静かな風が吹いた。
「約束おぼえてるか?」「約束おぼえてる?」
あの頃、空を見上げて語った『同じ道路を走る未来』が、いま、目の前にあった。
二人が運ぶのは、『共に大事な未来』に繋がるものだった。
***************
レスキュー隊員として働くソウタと、トラックドライバーとして道を駆けるミココ。
再会を果たした二人は、少しずつ日常を重ねるようになった。
・・・といっても、互いに過酷な勤務スケジュール。
会えるのは月に数回、数時間だけということもあった。
「でもさ、会うたびに話すこと、止まらないよな」
「ほんと。ひと月分ため込んでるんだもん」
それでも、ソウタといる時間はどこか自然で、ミココは心のどこかで「ここが帰る場所なんだ」と思えた。
ある日、ソウタは言った。
「実はさ、今度、結婚式の準備してる同僚がいて。俺らレスキュー隊の特殊車両で花道つくるんだって。かっこよくない?」
「へぇ、素敵じゃん」
「で、俺も思ったんだ。もしミココがよければ・・その・・あの・・」
ソウタが真っ赤な顔をして、後で手に何かを取り出すのが見えた。
「俺らの結婚式も、トラックたちに囲まれた場所でやりたいなって」
ソウタの手に握られていたのは、白いビロードの小さなケースだった。
「え?、あ、あ・・っ!?・・ソウタ・・!?」
ミココの目が驚きに大きく開かれる。
ケースの中には、白銀色の大小一対の指輪が、誇らしげに輝いていた。
「ミココ・・俺と結婚してほしい。・・これからの一生、ふたりで一緒の道を歩いて・・いや、走ってかな?、とりあえず、これからも・・」
「あっ!、あっ、嬉しい!。私もソウタがいい!、一緒に未来の道を進んで!・・愛してる!」
ソウタの言葉は、最後まで続けられなかった。
・・同じ道を歩く二つの影が、ひとつに重なったからだった。
****************
結婚式当日。
会場は、地元の物流ターミナルの一角――大きな駐車場だった。
空は快晴。
広々としたアスファルトの上に、さまざまな種類のトラックたちが集結していた。
冷凍車、平ボディ、キャリアカー、タンクローリー。
どれもミココやソウタが関わってきた“仲間”であり、人生を彩ってきた“仕事仲間”だった。
「おーい、ウイング姉さーん! 今日の主役だぞー!」
「出遅れんなよー!」
ドライバー仲間たちが笑いながら声をかけてくる。
皆、きれいに洗車された愛車で集まり、それぞれの車を装飾していた。
そして――
少し遅れて、『真っ赤なウイングゲート車』が静かに駐車場に入ってきた。
ミココが幼い頃に見た、あの“怖かった”トラックと、よく似た姿だった。
いや――たぶん、同じ車両かもしれない。
トラックが中央に止まり、サイドのパネルが、「ゴウン」という音とともに、ゆっくりと開いていく。
左右に大きく広がったウイングの内側には、まるで舞台のようなステージが設置されていた。
・・・出番を待つ、新郎と新婦が話をしている。
「・・よく、こんな演出にしようって思いついたね?」
純白のドレスに身を包んだ新婦が、幸せな呆れ声を出す。
「だってさ、最初にお前が怖がってたあのトラックが――今では一番お前らしくいられる場所になったんだろ?」
ミココはふっと笑った。
「うん。そうだね。トラックと、ソウタがいたから、今の私がある」
「だからさ。結婚式のステージは、お前の“ウイング”で開く。そこから新郎新婦、堂々登場。どう?」
「・・最高だよ、それ、ふふふっ」
後部のパワーリフトが上下し、新郎新婦がゆっくりと上昇していく。
――ミココと、ソウタ。
拍手と歓声が沸き上がる中、ミココの胸の奥に、幼い自分の声がよみがえった。
(こわい・・こわいよ・・)
でも今は、はっきりと思える。
「こわい」ものの中にも、やさしさや、使命がある。
あのとき、赤いトラックはきっと――
誰かの“幸せ”を運んでいた。
だから、あんなにも急いでいたのかもしれない。
ミココは微笑みながら、そっとソウタにささやいた。
「ありがとう。あのときの“こわい”が、今は“しあわせ”になったよ。」
ソウタは静かにうなずいた。
「これからも、二人で“運んで”いこうな。未来も、命も、笑顔も。」
空には白い雲と青空が広がっていた。
ステージには、ウイングが広げた希望の屋根。
“約束の駐車場”に集った仲間たちとともに――
ミココとソウタの物語は、新しく走り出した。
――これは、一台の赤いトラックが運んできた、ひと組の小さなしあわせの物語。
紅い翼を広げた『大型トラック』は、今にも空を翔るようにも見えた。
( 了 )
【しいなの感想】
ありがとうございます(•ᵕᴗᵕ•)⁾⁾ぺこ
ソウタ……こんなやつだったらよかったな(*´艸`*)