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瞬発力企画!  作者: しいな ここみ
第九回目『大型トラック』
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かぐつち・マナぱさま

かぐつち・マナぱさまhttps://mypage.syosetu.com/2075012/



 題:赤い大型トラックと幸せの青い大空(前編)



・・『美心(ミココ)』がそのトラックを見たのは、五歳の冬のことだった。


その日は、よく晴れた土曜日。

母と一緒にスーパーへお買い物に行った帰り道・・・


「ミコね、この子に“ももちゃん”って名前つけたの!」


帰り際、スーパーの入り口でもらった風船。

ピンク色で、ハートの形。


「よい子にどうぞ」と言われて手渡されたそれが、ミココはたまらなく嬉しくて、何度も何度も、母に見せびらかしていた。


小さな手にしっかりと握りしめて、少し浮かんで揺れる風船に、にっこにこの笑顔。


母も優しく笑いながら、ミココの手をしっかり握っていた。


そのまま、二人で夕焼けの中をゆっくり歩きながら帰る途中。



家の近くの交差点に差しかかった、そのとき・・・


曲がり角の向こうから、重々しいエンジン音と共に巨大な影が現れた。


ドドドドドド・・・


まるで雷のような轟音。


真っ赤な車体がギラリと光り、日差しを受けたウイングのアルミがまばゆく反射する。


「ひゃっ・・・あっ!、ももちゃん!?」


まるで地面が唸るような音に、ミココは驚き、思わず紐を握る手を緩めてしまう。


そして、ミココの手から、ふわりと――


「まって!、ももちゃん!!」


風船が空へ舞った。


「あっ!?・・ダメっ!、危ない!!!」


ブワァァアアアアン!!!


母の叫びが遠くで聞こえたような気がしたが、ミココの目にはただ、迫りくる赤い巨人が全てだった。


ものすごい音を立てて、向かってくるトラックから、けたたましいクラクションが鳴り響いた。


ミココは反射的に耳をふさぎ、しゃがみこんでしまった。


体が動かない。怖くて。


「――ミココっ――!?」


キキキキキキキッーー!!!


目の前を巨大な赤いトラックが止まっていた。


空気がぐわんと震えて、まるで地面が唸るような音に、小さな身体はすくみあがってしまった。


「みここ!?、大丈夫よ!、大丈夫!」


まさに紙一重・・・急ブレーキが間に合った奇跡であった。


息がうまく吸えなかった。


母が強く抱きしめてくれた、瞬間、ミココは泣き出していた。


怖くて、恐ろしくて・・いつまでも泣き続けていた。



後から聞いた話では、そのトラックは何かの急ぎの仕事で走っていたらしい。



運転手はすぐに車を止め、母に深々と頭を下げていたという。


だが、ミココの記憶には、ただ「大型トラック=怖いもの」として、深く刻まれた。


特に、あの時に出会った『真っ赤なウイングが開くタイプ』のものが、彼女の心のどこかにずっと棲みついていた。


とても「怖いもの」として。



・・・そして、月日は流れていった。



**************



中学一年の春。


ミココは引っ越してきたばかりの街で、新しい生活にまだ慣れずにいた。


転校生というのは、どうしてこうも注目されるのだろう。


自己紹介のあと、クラスメイトの目が一斉にこちらを向いた瞬間、ミココの背中にはひやりと冷たい汗が流れた。


でも、それ以上に彼女を緊張させたのは、教室の窓の外に見えた――あの『赤いウイング車』だった。


体育館の裏、荷物の搬入か何かで停まっていたそのトラックを見て、心臓が早鐘を打つ。


「あれは・・・」


幼い日の記憶が、胸の奥でざらついた声を上げる。


休み時間、校庭の隅でそのトラックを凝視していたミココに、声をかけてきたのは、同じクラスの少年――『ソウタ』だった。


「それ、いいトラックだよな。四菱の大型ウイング。パワーゲート付き。」


ミココは驚いて振り向く。


小柄な体に、少しクセのある黒髪。

整った制服の着こなし。まっすぐな目をした少年だった。


「・・よく、わかるね・・・」


「うん。好きなんだ、トラック。おじいちゃんが運転手だったから。今は俺、写真とか集めてる。図鑑もあるよ。」


ソウタはにこにこと笑って、まるで友達に宝物の話でもするように話し続けた。


ミココはその横顔を、少し不思議な気持ちで見つめていた。


(この子は、怖くないのだろうか?

あんなに大きくて、音もすごくて、人を追い詰めるような機械なのに・・)


「・・私は、あんまり好きじゃない。怖い思いしたことあるから。」


その言葉に、ソウタは一瞬だけ表情を曇らせた。


「うん、わかるよ。大型トラックが迫って来たら、巻き込まれるんじゃないかって怖いよね・・」


けれど、すぐに目を細めてこう言った。


「でもさ、怖いだけの車じゃないんだ。人の荷物運んだり、食べ物運んだり、引っ越し助けたり・・・助けるために走ってることも、あるんだ。」


「助ける・・ために?」


ミココは首をかしげた。


ソウタは少し照れたように笑った。


「うん。例えばさ、災害のときのトラックとか。レスキュー車とか。・・オレ、そういうのに憧れてるんだ。将来、運転したいって思ってる。」



その真っ直ぐで純粋な言葉が、ミココの中の何かを静かに揺らした。



「ふーん・・変わってるね、ソウタくん。」


「よく言われる。・・でも、ミココちゃんもちょっと変わってるよね?」


「えっ、なんで?」


「だって、トラックが怖いのに、ずっと見てたじゃん。あれ、三分くらい見てたでしょ?」


――ドキン。


ミココは顔を赤らめて、慌てて視線をそらした。


「べ、別に・・! ただ、気になっただけ!!」


「気になるってことは、ちょっと好きになるかもしれないってことじゃない?」


「なっ!、なんでそうなるのよ!?・・」



・・・それから二人は、放課後の校庭を歩きながら、いろんな車の話をした。


そこでミココは初めて、トラックの「働く姿」や「支える仕事」について知った。


怖いものの向こう側に、誰かの想いや誇りがある。



それを教えてくれたのは、真面目で優しい、ちょっと変わった男の子だった。



*****************



それからというもの、ミココの世界には『トラック』という存在が少しずつ入り込んできた。


最初はソウタが話してくるたびに、なんとなく聞き流していた。


だけど彼の語るトラックの話は、いつも“人”の話とつながっていた。


「今日、物流センターでトラックの見学やってたんだ。冷凍車のドライバーさん、夜中に魚運んでるって。朝の寿司、あの人たちがいないと食べられないんだってさ。」


「道路の下に潜るようなトンネルで作業するトラックもあるんだよ。あれ、緊急出動もするらしいよ。まるで戦う戦車みたいだよな!」


ソウタの言葉には嘘がなかった。


知識も中学生離れしていて、ミココは気づけば彼の話を心から楽しみにしていた。



そんなある日、放課後・・・



「今度の週末、ドライバー講習の公開デーがあるんだ。一緒に行かない?」


ソウタがそう誘ったとき、ミココは思わず返事に詰まった。


(自分がトラックの講習に行くなんて。・・幼い自分なら考えられなかった。・・けれど、今の自分は・・?)


でも、ソウタのまっすぐな目を見ていると――


少しだけ、行ってみたいかも、と思った。


「うん。行く。」


少し震える声だったけれど、その返事は本物だった。



***************



日曜日の朝。空は雲ひとつない快晴。


ミココは、家の玄関で靴を履きながら、胸がドキドキしていた。


(行くって言っちゃったけど・・ほんとに大丈夫かな)


お母さんが後ろから声をかける。


「気をつけてね。トラックの音、まだ苦手なんでしょ?」


「・・うん。でも、だいじょうぶ。ソウタくんがいっしょだから。」



・・・会場には大型トラックがずらりと並んでいた。



アルミウイング、冷凍車、平ボディ、タンクローリー、ミキサー、キャリアカー。


それぞれが違う形をしていて、それぞれが『何かの役に立つために』ここにいた。


「なあ、あれ見て。あれがパワーゲートつきのウイングボディ。前に学校に停まっていたトラックと同じヤツだよ。」


ソウタが指さす方向に、あの『真っ赤なトラック』(の同タイプ)が停まっていた。


側面のパネルが翼のように開き、内部がステージのように見える。


後部には金属製のゲートが備えられ、荷台と地面の間をゆっくりと昇降していた。


「珍しいね?、女の子がコレに興味を持つなんて。」


過去のトラウマのせいか・・無意識にトラックを凝視していたミココの背後から声が掛けられる。


「あ、・・えぇ・・ちょっと・・でも、お姉さんもドライバーさんなんですか?」


歯切れの悪い言葉を返すミココに、ドライバーと思われる女性が笑いながら説明してくれた。


「重い荷物もこれなら女性でも運べるのよ。安全装置もあるし、慣れれば楽しいから。」


「・・楽しい?」


思わず、ミココが口にした。


「ふふっ、運転しないと、その楽しさは分からないでしょうね。」


そのとき、ドライバーの女性が、ミココの方を向いてウィンクした。


「トラックは貨物を運搬する車。それは必要な物を必要な人に届ける大事な仕事。・・それって、自分が誰かの役に立ってるって実感できるから。ワタシはそれが好きなんだな。」


そう笑顔で語る女性の顔は、自信と誇りに輝き、とても魅力的に見えた。


「必要な人に必要な物を届ける大事な仕事・・運転しないと、その楽しさは分からない・・」


その言葉は、ミココの胸に小さく灯をともした。


“怖いもの”だったはずのトラックが、初めて“頼もしいもの”に見えた瞬間だった。



                           (後編へ続く)

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