表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
瞬発力企画!  作者: しいな ここみ
第九回目『大型トラック』
106/132

スイッチくんさま2

【しいなの感想】


これは『成層圏』だ!Σ( •̀ㅁ•́;)



# 成層圏までの一杯


お父さんの「カフェ・コンパス」は東京の郊外にある。昭和を思わせる内装と、ぐるぐると回るレコードの音色が特徴的なレトロな喫茶店だ。開店から三十年、街の風景が変わっても、お父さんの店だけは時間が止まったように変わらない。


でも最近、お父さんは変わった。「成層圏コーヒー」という希少な豆を手に入れたのだ。標高の高い山で育てられたこの豆は、名前のとおり、飲むと成層圏にいるような感覚になるといわれている。けれど、お父さんはこの豆を一度も上手く淹れられずにいた。


「温度が難しいんだよ、みどり」と、お父さんは言う。「この豆はデリケートすぎる。本当の味が引き出せないんだ」


私は夢見がちな性格だから、その言葉を聞いて想像してしまう。本当の味を知った人は本当に成層圏まで飛んでいけるのだろうか。


その日、店のドアが開き、スーツを着た初老の男性が入ってきた。


「髙橋です。成層圏コーヒーをホットでお願いします」


お父さんの表情が強張る。何度挑戦しても失敗してきた成層圏コーヒー。私はカウンターの奥から、お父さんの苦悩する背中を見つめていた。


案の定、出来上がったコーヒーを一口飲むなり、髙橋さんは顔をしかめた。


「これは成層圏コーヒーではない。ただの苦い水だ」


そう言って千円札を乱雑にカウンターに投げるように置くと、髙橋さんは大型トラックを運転して走り去って行った。


お父さんは肩を落とし、私は胸が痛んだ。その夜、私はYouTubeで「成層圏コーヒー 淹れ方」と検索した。すると「夢見がちな魔王さん」というチャンネルがヒットした。動画の中で、黒いマントを着た青年が丁寧に成層圏コーヒーを淹れていく。


「このコーヒーの秘訣は『待つこと』です。お湯を注いでから、ちょうど三分間。この時間が成層圏への扉を開くんです」


私は翌朝早く起きて、魔王さんの手順を真似てみた。お湯を注いでから三分間、神妙に待つ。その時間はまるで成層圏への旅のように長く感じた。


出来上がったコーヒーの香りは、今までのものとは明らかに違った。甘く、深く、どこか懐かしい香り。一口飲むと、本当に体が宙に浮くような感覚になった。


「お父さん、これを試して」


お父さんは半信半疑でコーヒーを飲み、目を見開いた。


「これだ!これが求めていた味だ!」


その日、私は店のホームページを開き、クレームのセクションで髙橋さんの書き込みを見つけた。


「成層圏コーヒーを味わえると期待していましたが、残念でした」


私は返信した。「改めてご来店いただければ、本物の成層圏コーヒーをお出しします」


一週間後、髙橋さんが再び店を訪れた。お父さんは自信をもって淹れたコーヒーを差し出した。髙橋さんは一口飲むと、その場で目を閉じた。長い沈黙の後、彼は言った。


「これこそ、私が求めていたコーヒーです」


それから髙橋さんは毎週金曜日、必ず店に来るようになった。彼の人生の「コンパス」が、私たちの店を指すようになったのだ。お父さんのコーヒーは、彼を成層圏まで連れていくのかもしれない。


私は思う。人の夢を叶えるのは、時に少しの待ち時間と、あきらめない心なのだと。今日も店には、夢見がちなお客さんたちが訪れる。そして私たちは、彼らを成層圏まで連れていく。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ