スイッチくんさま
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# 夢見がちな冒険 〜高橋遊園地にて〜
「お父さん、あれに乗りたい!」
真紅の風船を両手で握りしめた陽菜は、興奮気味に指さした。その先には、昭和の面影を残す髙橋遊園地の名物アトラクション「夢幻タワー」が聳え立っていた。古びた木造の塔は、まるで成層圏まで届きそうな高さに見える。少なくとも、五歳の陽菜の目にはそう映っていた。
「あれはね、不思議なんだよ」と優しく微笑んだ父親の健太。「あの塔の上では、コンパスが効かないって言われているんだ」
「うそ!どうして?」陽菜の瞳が好奇心で輝いた。
「それはね、魔法が使われているからだって」
陽菜は夢見がちな表情で塔を見上げた。東京の片隅にある、この小さな遊園地は、陽菜と健太の特別な場所だった。健太が子供の頃からある古い遊園地で、その前は大型トラックの駐車場や倉庫街だったと聞いている。今では観光客より地元の人たちで賑わう、隠れた名所だった。
風船を手に、二人は夢幻タワーへと向かった。らせん状の階段を登ると、東京の街並みが一望できる展望台に出る。陽菜はきゃっきゃと喜びながら、都会の迷路のような風景を指さした。
「お父さん見て!あれが私たちの家かな?」
健太は頷きながら、ポケットからコンパスを取り出した。「ほら、見てごらん。針がぐるぐる回っているだろう?」
陽菜は目を丸くして、混乱するコンパスを見つめた。「すごい!本当に魔法だね!」
タワーを降りた二人は、園内を散策した。カラフルなメリーゴーランド、懐かしいゲームコーナー、そして甘い匂いの漂うクレープスタンド。すべてが陽菜にとっては魔法の国のようだった。
夕方近く、遊園地の中央広場でショーが始まった。「勇者と魔王」という古典的な演目だ。派手な衣装を着た役者たちが登場し、観客を沸かせる。
ところが、黒いマントをひるがえし、角の生えた仮面をつけた魔王が現れた瞬間、陽菜は突然泣き出した。大きな声と迫力のある動きに怯えたのだ。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ」健太はすぐに陽菜を抱きしめた。「怖くないよ。お父さんがここにいるから」
彼は陽菜の前に立ち、まるで盾のように身体を張った。まるで本当の勇者のように。
「見て、魔王さんも演技をしているだけなんだよ。本当は優しい人なんだ」と囁く健太。
劇は続き、やがて勇者が魔王を倒す場面になった。観客の歓声が上がる中、陽菜の涙はいつしか止まっていた。
帰り道、夕暮れの遊園地を後にしながら、陽菜は風船を見つめ、小さな声でつぶやいた。
「お父さんは、私の勇者さんだね」
健太は胸が熱くなるのを感じた。彼にとって、娘の笑顔こそが、この世界で一番守りたい宝物だった。
東京の夜景が徐々に灯りを増す中、親子の影は長く伸びていった。陽菜の手から離れた風船が、成層圏を目指すかのように夜空へと舞い上がっていった。
【しいなの感想】
魔王……出しにくかった?