ミントさま
ミントさまhttps://mypage.syosetu.com/2310203/
私は「人の人生の残滓が感じられるもの」が好きだ。
古本、古着、蚤の市、リサイクルショップ……一度人の手に渡り、その人物から手放されることとなった品物の数々からは様々なドラマが見ることができる。
かつては一斉を風靡した作品ではあるが紙質がずいぶんとくたびれ、表紙もうっすら変色している単行本。数年前は誰でも着ていたようなありふれた服や、使う頻度が少なく「これを丁寧に保管し続けるのは大変だろう」と感じられる着物やドレス。傷がほとんどなく、大切に扱われていただろう大型家具やブランド品はきっと持ち主がやむを得ない事情で泣く泣く手放すことにしたとのだろう。
そういったドラマを想像し、他人の人生を覗き見るような真似をして悦に浸る私に不動産会社はぴったりな職場だろう。
思ったより多い事故物件。家主の趣味全開で生み出されたであろうやたら凝ったインテリアやエクステリア。そして――先住民の生活が垣間見える、中古物件の間取り。
「先輩。この家の間取り、変じゃないですか?」
そう尋ねる後輩から間取り図を受け取った私は「どれどれ」と、その問題の「間取り」を見てみる。
よくあえる「変な間取り」と言えば、何か用途不明の謎のスペースがあるとか何故か窓がない部屋があるとかそういったものが多いが……私の目に映るそれに、そういったものは見られない。
ただ、気になるのは――突き当りまで真っ直ぐに伸びる妙に広い廊下、その横にドア付きの部屋がそれぞれ配置されているということ。
「廊下が真っすぐにしても、この配置はおかしくないですか? これじゃ狭めのアパートがルームシェアじゃないですか。建売の一見住宅でこんな間取りにすること、普通しませんよ」
確かにねぇ……と相槌を打ちながら私は早速この家の間取りに隠された背景を勝手に想像する。
一つ一つの部屋に、わざわざ開け閉めできるドアがついている。
トイレや風呂場でさえそうだ、大きめの居間兼キッチンだけは辛うじて突き当りを左へ曲がったところにあるがその反対側、突き当りを右へ曲がった方には「収納スペースと」と書かれた部屋がありこちらもドアで開け閉めできるようになっている。その間取りを見ながら私は「ふむ」と考える。
「……どのぐらいの規模かはわからないけど集団生活をしていて、だけど他の住人とは顔を合わせたくないって感じだったんだろうね……」
勝手に始めた私の推理に、後輩は「えっ?」と虚を突かれたような返事をする。
「一緒に住んでいたのは仲の悪い家族か、何かしら目的が合致しただけの他人たちだったか……何にせよ、なんだか胡散臭い物件だね」
「でも、この物件は『心理的瑕疵あり』と明記されているわけじゃないですけど……」
『心理的瑕疵あり物件』は事故物件より広義、近くに墓や刑務所など住人にとって嫌悪される施設があったりする物件も含むがそれすらないとなれば――それがないなら「じゃあ大丈夫じゃない?」と言うしか他ない。
「人が死んだとか、精神的にダメージを与えるような立地にないとかなら『ちょっと変わった間取り』ってだけだし……住むのはお客様なんだから私たちがどうこう言ってもどうしようもないでしょ? 案外、趣味とか私たちには予想だにしない理由でそうなったのかもしれないし。まぁ、気にしない方がいいでしょ」
――私は人の人生を覗き見るのは好きだが、深入りはしない。
調べ始めれば何か、理由はわかるかもしれない。でもそこまでして、私に何の得がある? 私にだって他の仕事があるし、変わった物件でもそれを欲してやまない人はいるかもしれない。なのでこういう時は、適当なところで流すのが賢い生き方だ。だから私は、あれこれ背景を想像してもそれを確かめることはしない。
例えどんなに怪しくても、何か訳ありっぽくても所詮「間取り」は設計図にすぎない。
事故物件でさえ「幽霊なんて信じない」と言って平気で住んでいるような人間も多いのだ。間取りは所詮、人を入れるための箱もの。結局、そこでどういう生活を送るかは当人次第なのだ。
「住めば都、ってよく言うし……こういうことはあくまで自分で想像するだけに留めて、仕事としてはドライに取り扱うのが一番だよ」
先輩らしくそうアドバイスをした私に、後輩は気乗りしない顔でそれでも「そうですよね、そうするしかないですよね」と頷くことしかできないのだった。
――了――
【しいなの感想】
私の実家がそんな感じです