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ep.95 真なる想い

 暴風の中、元素を撥ね退け受け流す光の衣は優美であった。美しく靡く丈の長い袖が翼のように映り、衣の裾が後方に6つの尾のように分かれ躍っている。その姿は鳳凰と呼ばれる伝説の鳥の姿を模っているかのようだった。

 僅かに風がぶつかってくる。完全には風を防げていない?これは……、イヌワシの羽ばたきか。

 光の衣が撥ね退けるのは元素で生み出された風。物理的に生じた風には効果がないようだ。

 だけど、今はそれで十分。風の影響力が無ければ、簡単に崖へは落ちることはない。これがヒカミ総司令に譲り受けたイヤリングの力か。

 急に動じなくなったカミルに、魔物はより一層翼を羽ばたかせ、緑の元素に働きかけより強力な風を生み出していく。だが、その努力も空しくカミルは涼しい顔を浮かべていた。

 元素で生まれた風の影響はないけど、自分で扱う元素はどうなんだ?

駿動走駆(しゅんどうそうく)

 緑の元素へ働きかけ、脚に風を纏っていく。

 扱える?ならこの光は、自分で操る元素以外の元素を無力化するってことか。

 黎架(れいか)に圧縮魔力を込め、暴風の中、魔物に向かって飛び掛かった。

炎陣裂破(えんじんれっぱ)ぁぁぁッ!!」

 横一閃。黎架が魔物の胸を斬りつけ赤の元素に炎が灯る。腹部を斬り裂きながら傷口を炎により焼かれていく。

 だが、魔物の反応も早かった。黎架が振り抜かれる直前、カミルの腹を蹴り物理的な距離を稼ぐことによって致命傷を避ける。

 傷が浅い!!一歩を稼がれた。

 魔物の鋭い爪が煌めいた。風は効果なしと判断し、物理攻撃へと切り替えたのだ。翼をはためかせ、開かれた爪がカミルを襲う。

 掴まれたらまずい!?

反射反動(はんしゃはんどう)

 魔力で肉体の反射速度を上げ、爪による一撃、捕獲されることを警戒する。予備動作無く突き出された爪に対して、一歩左へと飛び退いた。離れながらも「衝波斬(しょうはざん)」黎架を振り切り、突き出された脚に向かって魔力の斬撃を飛ばす。

「ギュアァンッ!?」

 魔力の斬撃が魔物の足首を傷つけ血飛沫が舞う。

 やっぱり傷が浅いか!?発達した筋肉が攻撃を弾いてしまっている……。

 皮膚が硬いせいもあるが、それ以上に強固なのは発達した筋肉だ。自分の体重よりも遥かに大きな獲物すら持ち上げる筋肉だ。半端な攻撃では傷をつけるのも大変な作業となる。

 着地を決め、再び魔物へと飛び掛かろうとした、その瞬間、一対の光が伸びていく。

翔破連斬(しょうはれんざん)!!」

 光が軌跡を描き、傷ついた魔物の足に向かい高速の6連撃を叩きこんだ。

 だが、魔物は瞬間的に足を引っ込めるも、大したダメージが入っていないことを悟ると、アリィに対して爪で執拗に攻撃を加えていく。

 鋭く速い魔物の足の動きに、アリィは怯まず食らい付く。直接爪を受け止めず、力を受け流し攻撃をいなしている。それこそがアリィの狙いでもあった。彼女の双の細剣は、付与魔法オルヴァースの弱体化の力を纏っている。一撃では体感できないほどの弱体効果しか持たないが、触れる回数を増やしていけばいずれ脱力状態に陥る。ただ単に攻撃を受け流しているのではなく、着実に魔物の力を削いでいるのだ。

 攻め切れない魔物は再び羽ばたきを強める。緑の元素が風を生み、至近距離から突風がアリィに向かって吹き荒れた。

 アリィの身体が宙に浮き、後方へと吹き飛ばされる――タイミングで彼女の左手首が掴まれた。

「カミル!?」

 掴まれた瞬間、アリィの身体は地上へと舞い戻った。吹き荒れる風をものともせず、優雅に着地すると自由な右手を振りかざす。

閃華殺皇(せんかさっこう)!!」

 振るった刃から光の斬撃が飛び、魔物の足を斬りつけた。そこから突きの追撃が繰り出される。光の斬撃が当たった場所に細剣が突き刺さり、爪の付け根が弾け飛んだ。

「ギュィィィンッ!?」

 強固さを誇った皮膚も筋肉をも突破し、ついには爪の1本を落とすことに成功した。痛みのせいか、目の前で魔物は暴れ回り、翼を羽ばたかせ空へと逃げていく。

「逃がすか!!」

 黎架に魔力を込めたところで、上空に異変が起きていた。風が吹き荒れ、上空から地上に向かって風が流れている。

 そこではたと気付く。

「これ、上級風属性魔法シルフィード?」

 シルフィードは飛行を阻害する力を持つ。誰かが魔法を発動させ、イヌワシ型の魔物を地上へと縫い留めようとしているのだ。

 魔物が地上に舞い戻る。地に足を着け、必死に羽ばたくも飛び上がることはできない。

「なんだ、カミルじゃねぇか」

 不意に名前を呼ばれ、カミルは声のする方へと視線を送る。木々が生い茂る中に人影を見つけた。

「ニステル!?」

 もう一人、その横には―――。

「リア!?」

 依頼をこなしているはずの二人が、何故か人気(ひとけ)のないこの場所にいる。

 リアは墜ちた魔物の首を目掛け飛び掛かり「炎陣裂破(えんじんれっぱ)」その首を難なく斬り落としてしまった。カミルとアリィの姿を一瞥した後、その視線は二人の腕へと注がれている。

「エルフのところに行ってるはずのヤツがなんでここに居るのかしら?」

 言葉は穏やかではあるが、笑顔のリアの表情は冷たいものだった。



 リアとニステルは、イヌワシ型の魔物コークィの討伐依頼を受けていた。だが、なかなか獲物を見つけることができず、歩き回った果てにたどり着いたのが、この調査用の通路の先の木々だった。カミル達とは別のルートから回り込んで来てみれば、すでに誰かがコークィと戦闘中で、その戦闘中の人というのがカミルとアリィだったのだ。

 リアの心は複雑だった。エルフに会いに行っているはずのカミルが知り合いとはいえ女性と二人で行動し、(あまつさ)えアリィの手首を握っていたからである。光の衣を纏う姿には気を止めず、不審なカミルの行動ばかりに目が行ってしまっている。

「腕なんか掴んじゃって、ずいぶんと仲良くなったみたいね」

 指摘されたことで、カミルはアリィの手首を掴んだままだったこととに気付いたのか、慌ててアリィの腕を解放した。それと同時に光の衣も霧散する。

「エルフのところへは行ったさ。話すことはできなかったけど……」

 言い訳染みた言葉がリアの苛立ちを強くする。

「あら、エルフ族のところに行った帰りだったのですね。でも、無駄足になりませんでした?」

 双の細剣を鞘に収めるアリィは困り顔を浮かべていた。リアの刺すような視線に居心地の悪さを感じている。それでもその事には言及できないし、したくもなかった。

「収穫はゼロ。取り付く島もなかったよ」

 アリィの表情を察してか、カミルもまた会話の流れに乗り触れることはない。

「そんで?こんなとこで何やってんだ?」

「任務でこの周辺の街道沿いの調査を行っています。カミルが暇そうだったので、お手伝いをお願いしました」

「部隊長ともあろう方がお供なんているのでしょうか?」

 リアの猜疑心(さいぎしん)に満ちた目がアリィの瞳を捉え続けている。目は口ほどに物を言う。瞳に宿す感情を読み取ろうとしていた。

 苦笑いを浮かべるアリィは「いなくとも何とか任務を回すしかありませんが……、すみません、カミルの好意に甘えてしまいました」頭を下げる。

「掃討作戦以降、皇国軍も人手不足みたいでさ。エルフと話ができなくて手持無沙汰だったから手伝うことにしたんだよ」

「まあ、俺達だけに依頼をこなさせるのも心苦しかったんじゃねぇのか?」

 私が知りたいのはそんなことじゃない。頼まれたのがアリィだったから引き受けたかどうかなんだ。カミルが善意から手伝ってるのはわかってる。でも、それだけで納得できない自分がいる。胸のざわめきが治まらないのよ。

 そこではたと自分の感情に気付いた。

 私、カミルのことを―――。

「二人こそ、どんな依頼を受けたの?人が来ないような場所まで来ちゃってさ」

 リアの心を置き去りにして、話の流れが依頼へと移り変わって行く。



「俺らの狙いはそいつだよ」

 シャナイアで指し示したのはイヌワシ型の魔物コークィ。

「コークィの討伐依頼が出てたんだが、なかなか見つからなくてな。それで街道の上まで見に来たんだよ」

「この魔物、コークィって言うんだ」

 コークィの名を聞いた途端「そうです!!」アリィが声を荒げた。突然の大声にカミルとニステルは「うぉッ!?」身体をビクつかせ、不審な目をアリィへと注ぐ。

「コークィは(つがい)で行動するはずなんです。近場にもう1体いるかもしれません」

「らしいな。だがよ、俺達はあの木々の中を抜けてきた。それらしい姿は見えなかったぜ?」

「そう、ですか……。すでに誰かが倒してしまったかもしれませんね」

 そこでニステルは思い至った。

 もしかしてコイツは薬草採集に出掛けた日に襲ってきた大鳥なのか?あん時は必死過ぎて鳥の外見なんか気にしてる余裕なんてなかったしな……。

「では、お二人の依頼も完了したと思って構いませんか?」

「まあ、そうだな」

 アリィはひとつ頷くと笑みを浮かべ提案する。

「厚かましいお願いだとは存じますが、このままお二人も調査に同行していただけないでしょうか?」

 確かに厚かましいお願いだ。手伝ったところで俺らに賃金が発生するわけでもねぇ。だが、鬼人の一件で世話にもなった。ここで借りを返しておくのも悪くはねぇな。

「俺は構わねぇが……」

 リアへと顔を向けると、上の空でアリィを見つめていた。

「リアはどうだ?疲れてるなら皇都まで戻るのもありだが」

 声を掛けるとビクッと身体を跳ねさせ「え?なに?」ニステルの顔を見つめ目を(しばたた)せた。

「だから、アリィの任務の手伝いをするかどうかだって。どうした?疲れてんのか?」

「ぁぁ、えっと……。手伝ってもいいかな~?」

 視線が泳ぎ、アリィへとゆっくり移動していく。

 なんで疑問形なんだよ……。

「つーわけで、俺達も同行するぜ」

 笑顔を浮かべたアリィは「感謝します」深々と頭を下げる。



 標高が1500mを越える場所であっても草花は存在する。人が通らない場所であれば尚更である。膝丈ほど伸びきった雑草が悠々と風に揺れている。その中を掻き分けるように進み、岩が積み重なったエリアまで到達する。

「ここで一旦休憩を取ります。この先にミツハ川の始まりの場所があるので、そこまで行ったら今回の調査は終了となります」

 岩の先に広がる景色を眺めながら腰を下ろす。

「ミツハ川か~」

 感慨深く放たれた言葉に、ニステルは「なんだ?思い入れのある場所なのか?」問いかける。

「思い入れというか……」

 言葉を濁すカミルの代わりにリアが口を開く。

「数ヵ月前、私とカミルはミツハ川落ちたのよ。そうね、ここよりももう少し低い高さだったかな」

 リアの発言に「え?」「は?」ニステルとアリィは驚愕の表情を浮かべた。

「でも、お二人は皇国が初めてだと伺ってましたけど?」

「「あぁ~……」」

 カミルとリアはは顔を突き合わせると、自分達が過去からやって来たことを告げた。

「えぇ!?そんなこと……」

 口元を手で覆い、突飛な話を信じられないでいる。

「そりゃ、こんな話信じられないか」

 苦笑を浮かべるカミルは、もうこの手の反応に慣れていた。

「あ、はい……。現実味のあるお話しだとは思えません。ですけど、お二人が私に嘘を言う必要がないこともわかっていますから、その……。うまく言葉にできません」

「そりゃそうだろ。俺だって未だに信じ切れてねぇって。にしても、川に落下したって?くく、あはははははははっ。本当、お前はすげぇよ」

 不意に背中をバシバシと叩かれ、カミルはむせ返った。

「あの時はヒヤヒヤしたものよ。他のメンバーが落ちたのなら、まあ何とかなるだろうって思えるけど。よりにもよって落ちたのが元素の適正が高くない入学したての学生なんですもの。良くもまあ無事だったって思うわ」

 呼吸を整えたカミルは「その節はお世話になりました」頭を地面に擦りつけながら平謝りをする。

「でも無事だったんならそれでいいじゃねぇか」

「良い土産話になったわね。学園に戻ったらクラスメイトにでも語ったら?」

 茶化すリアの表情に、鋭い雰囲気は完全に消え去っていた。

「いやだよ。きっとゼルもファティも揶揄(からか)うに決まってるし」

 あの二人なら確実に弄ってくる。間違いない。

「精霊時代のお話なら、私も興味ありますね。他にどんな面白いお話をお持ちなんですか?」

 精霊時代の話という本来ありえない出来事に、アリィは好奇心を(くすぐ)られたのか瞳を輝かせている。

「やっぱりアリィはファティよりも、ティナさんに似てる気がするんだよね」

 見た目といい、性格といい、本当にファティの子孫なのか?

「うん、それは私も同意するわ。雰囲気は完全にティナなのよね。姉妹だから似るのは当り前なんだけど」

「???。もしかして、先ほどからファティやティナと呼んでいる人物って……、ファティマールとティナリーゼなのですか?」

 カミルは頷き肯定する。

「ファティは俺の同級生なんだよ。アリィとはちょっと違った雰囲気の女性でね。プライドが高くて人付き合いが苦手でさ、いつも同級生のゼルと口論になってたな」

 思い出すことも少なくなってきた友人達の姿が脳裏に朧気に甦る。

「そんな性格だからか鋭い目つきでね、近寄り難い雰囲気だったんだよ」

 ファティの人物像を想像しているのか、視線を右上に上げながら口元を綻ばせている。

「確かに、積極的には関わり合いにはなれないかもしれませんね」

「自分の子孫にまでそんなこと言われて、ぷふぅっ」

 堪え切れずに笑いが漏れる。

「私とティナは帝国では名の知れた冒険者だったのよ?同じパーティーではなかったけどね」

「リアさんの実力を見ればそれも納得できます」

「リアでいいわよ。でも、私以上に名が知れてたのは、私のパーティーのリーダーだったカナン・サーストンね。天技……、と言って通じるのかな?」

「はい。精霊時代に天技という先天的な力を持って産まれてくる人がいたと習いました。竜の時代に回帰してからは産まれることはなくなったようですが」

「そのカナンがね、聖火って天技の持ち主でね、正義感の強い真っすぐな()なのよ。方向音痴が玉に(きず)だけどね」

 嬉々としてカナンについて語るリアは、どこか誇らしげでどれだけ大事な存在なのかが伝わってくる。カナンだけじゃない。聖なる焔の仲間は苦楽を共にした家族のような間柄なのだろう。言葉には出さないが、寂しい想いを抱えていてもおかしくはない。

 長話に付き合うアリィも、真面目な顔で聞いている。根が真面目さが滲み出ていた。


 精霊時代の話に興味がないのか、単純に知らない人の話に興味がないのか、ニステルは一人手持無沙汰となっていた。

「そういえば、ニステルは精霊時代のこと聞いてこないよね?興味なし?」

「過去に大きな戦争があったってことだけ知ってれば十分だろ?細かいことまで知ろうとしたら、それこそキリがねぇよ。必要なのは今を生きることだ。より良い国にすることを頑張ればいいんだよ」

「まあ、知ったところで生活に活かせるものなんて少ないしね」

「お前達だってそうだろ?戦争だ、黄昏だ、なんて聞いても、どうしたらいいのかわからねぇよな?なら、そうならねぇように自分ができることをすればいいさ」

「はぁ~……。無事還れたとしても、そこからが大変なんだよな……」

 先のことを考えると胃が痛くなる。でも、考えることは止めちゃいけない。止めたら待っているのは、帝元戦争と精霊の黄昏なんだから。そうなれば数えきれないほどの不幸の連鎖が生まれてしまう。

「未来を知るってのも楽じゃねぇな」

 ニステルの言葉が胸に響くのであった。


 ミツハ川の始まりは皇都よりも僅かに高い位置に存在している。発生源は幾つかあり、複数の岩の割れ目から湧き出る水が集まり一つの川を形成している。その一つひとつを確認し、湧き水の量に異変が無いかを調べていく。エジック山脈の東には、海を隔てて凍てつく大地、クラッカ諸島が存在している。青の領域であり、風に乗って青の元素が運ばれ、定期的に山に恵みの雨を(もたら)している。西にはスフィラ海峡に水の精霊アリューネが祀られた祭壇もある。精霊時代の終焉と共に精霊の力を失ったが、生み出された経路(パス)が地脈に形成されており、クラッカ諸島より青の力の供給は続いているようだ。東西に存在する青の力により、皇都が存在するエンディス大陸は水に悩むことは稀である。水不足に陥るということは元素の乱れを意味し、世界にとって看過できない状況であると判断される。

「うん、ここの水量も安定していますね。これで今回の調査は終了となります。皆さん、ありがとうございました」

 恙無(つつがな)く調査を終えたアリィは深々と頭を下げた。

「カミルがいて何事もなく終わるなんてな」

 ボソっと呟いたニステルの言葉を聞き逃さなかった。

「もうコークィに襲われた後だって……」

 これ以上イレギュラーな出来事は要らないよ。

「まあ、これ以上なにも起こらねぇか」

「ちょっと、ニステル!?そう言うのフラグってやつだから止めて!?」

 途端に食って掛かるカミルに、ニステルはたじたじとなる。

「急になんだよ……。ふらぐ?って何なんだよ。前にもそんなこと言ってた気がするが」

 スンとカミルの表情が落ちる。

「呪いの言葉だよ。口にしたら最期、禍を呼び寄せる力を持たせる言霊……」

「へっ、そんなもんがあってたまるか」


 シャァァァッ


 不意に響く獣の泣き声に「まじかよ……」ニステルは顔を引き攣らせながら声のする方へと視線を移した。

「ほら!?言わんこっちゃない」

「二人とも戦闘準備して」

 一人前へ出るリアに促され、鳴き声を放つ獣へと備えた。



 真新しい浅緑の細身の鞘から細剣を引き抜いた。鞘と同色の刀身に、鍔、柄部はより深い緑色をしている。鍔が風の流れを現すように緩やかに歪曲し、全体的に軽やかな印象を受ける。リアの血脈が受け継いできた剣は、凛童(りんどう)との戦いにおいて砕け、その中から細剣が現れた。


 (とき)が来れば真価を発揮する。


 言葉通り、リアを護る為に強固な刃という鎧から解き放たれ、本当の姿を見せたのだ。刀身には周囲の緑の元素を吸収する風縛石(ふうばくせき)が混ぜられており、刃に緑の元素を纏っている。刃の色に合わせ、鍔と柄を調整した新しいリアの相棒、細剣の名は『ユスティエラ』である。

 枝葉がガサガサと揺れ、ひとつの影がカミル達の前へ舞い降りる。

「なんだ?小っちゃえリスかよ」

 体調30cmほどのリスがリアと対峙する。小っちゃいと言えど、リスにしては身体が大きいほどなのだ。

 ニステルは構えたシャナイアを下ろすとやる気を失くしたようにだらけ始めた。

「いけません!!その生物は―――」

 言い切る前に、リスから緑の元素の奔流が周囲を襲う。

「きゃっ!?」

 真っ先に被害を受けたのは、リスの正面に立っていたリアだった。緑の元素から生まれる密度の高い風がリアを吹き飛ばし宙を漂う。

 まずいッ!?川にでも落ちたらどこに流されるかわからないわ!?

 緑の元素に干渉するも、リスの放つ密度の高い緑の元素はリアの味方をしてはくれなかった。

 あの獣の干渉力が強すぎる!?

 風を操り体勢を整えようにも、得意の風属性魔法が発動しない。リアは風の流れのまま後方に飛ばされていく。

 その時、誰かの手が腰に回され、リアをぐっと引き寄せる。その手の持ち主は、カミルだった。

「カミル!?」

 リアの身体を抱き寄せ、二人の顔の距離は触れあうくらいに近づいていた。光の衣を身に纏い、緑の元素の奔流も物ともしていない。

「リア、大丈夫?」

「え、えぇ。大丈夫よ」

 顔が近いっ!?

 戦闘中にも関わらず、リアの頭の中はそれどころではなくなってしまった。

 それどころじゃないのはわかってるけど……、カミルの顔から視線が外せない。カミルと過ごした時間は長くない。けど、それでも旅を通してカミルの人間性は理解してきたつもりよ。自信が無く、頼りない言行が目立つけど、それでも決して逃げ出すことはしなかった。自分の命が危険に晒されても、諦めず前を向いて戦い抜いてきたし。何よりも、未来に来てどうしたらいいのか途方に暮れそうになった時も、同じ境遇のカミルがいることで安心することができた。独りじゃないとそう思えた。……ようやく気付いたわ。いつの間にか、私にとってカミルは、なくてはならない大切な人になっていた。

 カミルがリスを見据える。その横顔に、リアの顔は紅潮していく。



 あのリス、ただの獣じゃない。この山の主?守り神?あの姿は仮初めのものと見ておいて方がいい。幸い、丸鏡のイヤリングが発動しているおかげで緑の元素の影響を受けていない。

 ニステルとアリィに視線を向ければ、二人の前に岩の壁が形成されていた。緑の元素の影響を受けずに済んでいる。リアに至っては、カミルと距離が近いおかげか、風の影響をまるで受けていない。

 触れた人物にも、このイヤリングの力が適用されるのか。だからあの時のアリィも、影響を受けずに攻撃できたんだ。なら―――。

「リア、俺と触れてる間は元素の影響を受けなくなる。だから、手を握ってくれる?一緒にあのリスを退治するよ」

 リアはこくんと頷き。

「わ、わかった」

 ぎこちない返事をし、カミルの左手とリアの右手が重なり合った。

「行くよ、リア!!」

「は、はいっ!!」

 手を繋いだまま、二人はリスへと駆けて行く。元素の奔流を放っているせいか、リスの動きは固まったままだ。間合いを詰め、黎架に魔力を込め振りかぶった。

 降り注ぐ日の光が黎架の刃に反射した、その時――空から無数の矢の雨が降り注いだ。

「なッ!?」

「カミル!!後ろに跳ぶよ!!」

 リアと共に後ろに飛び退いた。直後にドォン!!ドォン!!ドォン!!矢が大地を穿つ。

 あのリス、仲間がいるのか……?


「貴様ら、聖獣様に手を出すとは何たる不敬!!その身を以って(あなが)うがいい」


 リスが現れた木々の中から複数の人影が現れた。弓を構え、いつでも射貫く用意をして近づく者達は、長い金髪と尖った耳が特徴的な種族、エルフ達だった。

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