ep.94 日ノ鳥の輝きを
目の前に広がる青い湖。陽の光を反射し、水面がキラキラと揺れ動く。1羽の鳥が水中目掛けて飛び込み、バシャンと水飛沫を跳ねさせた。宙を舞う水玉が日差しを受け煌めかせる。水中から飛び上がる鳥の嘴には魚が咥えられており、狩りを終え悠々と空へと帰っていく。
皇都シキイヅノメに到着してから早5日。冒険者としてオオカミや蜘蛛の討伐、時には工場の作業員として皇都の産業の歯車となって働いた。身体を高地に慣らす為に、命の危険度が低い、いわゆるライン作業なるものをメインの仕事として街に溶け込んでいる。
身体が高地に順応してきた為、遠出をする運びとなった。そこで目指したのが、当初の目的のひとつでもあった帝都跡地であるアルス湖だ。精霊時代ですら巨大な湖であったが、帝元戦争時の魔導兵器の暴発により、帝都を巻き込み大地に大きな爪跡を残している。そこに湖の水が流れ込み、対岸が見えないほどの湖と化した。
「言った通りだろ?帝都は消し飛んだ。あるのは広大な湖のみ。これが現実だ」
「そうだね。エジック山脈の一部まで巻き込んでる当たり、その規模の大きさが伝わって来るわ」
リアは視線を湖から断崖の方へと移していく。
「あの橋を渡れば湖の向こう側に行けるのかしら?」
断崖のすぐ下に石でできた橋が架かっている。歩いて渡れるものの、距離が距離だけに気安く移動するものはいない。
「行けるって話だが……、まさか、行く気か?」
ニステルが面倒臭そうな表情を浮かべている。
「いや、確認しただけよ。地図を見る限り、私達が見に行きたかった場所も消え去っているみたいだし」
帝都イクス・ガンナから北上し、エジック山脈から流れるミツハ川沿いを歩いていけば、目的の家があった。精霊時代のエジカロス大森林で出会った金髪のエルフ、サティエリュース・イル・フルールが住む家が。家が残っているのであれば、彼女の血縁の者がまだ住んでいるかもしれないとリアは考えていたのだ。
「サティの子孫がいるなら、少し話してみたかったね」
「皇都に移り住んでる可能性もあるから、探してみるのもいいかも」
「なんだ?そのサティエなんたらってのは?」
やたらと長い名前のせいか、普段無関心のニステルが食いついた。
「精霊時代のエルフは」
リアは自身の髪を手に絡め、すぐに解放する。
「私みたいな銀髪で耳もヒュムと変わらない形なのよ。あの時代に金髪姿のエルフが存在するはずがないの。でも、サティエリュースというエルフだけは違ったわ。金髪姿に尖った耳、本来の姿のままのエルフだった」
「だが、お前も姿を取り戻しつつある。偶然そんな状況になったって不思議じゃねぇだろ?」
リアが首を振る。
「うぅん、偶然本来の姿を取り戻したのなら納得できるのよ。でも、アイツは精霊時代のエルフの私を見て自称エルフなんて言ってたわ。それって、自分の姿が本来のエルフの姿だって知ってないと言えないでしょ?だから、確実にアイツは解呪の方法を知っていたのよ。その上で解呪の方法を伝えず愉悦に浸っていたってことは、私達の敵ってことよ!!」
始めこそ穏やかな口調であったものの、次第に感情的になり口調がきつくなる。
「まぁ、そうかもな。同族であるのに伝えないってことは、裏切り者か――エルフの中で諍いがあったか、だろうな」
「そう単純な話でもないんだよ」
カミルは黎架の柄に手を添える。
「オルグとの一戦で砕けた黒い日本刀、あれはサティから譲り受けた物なんだ」
ニステルの視線が黎架へと向かう。
「鬼人達が恐れた元素の剣をか?そんな代物を何で持ってんだ?てか、寄越すか?」
そう、元素の剣と知った今、この刀が譲られた意味がまったく解らなかった。黒の元素の剣ならば、この世に2つと無い一振りだろう。サティはなぜ、そんなものを持っていたのか、軽々しく俺なんかに渡せたのか謎である。希少性を考えれば、何らかの意図があって渡された物だとは思うけど……。
「それはサティに聞かないと理由はわからない。もらった時は、そんな代物なんて思ってなかったんだよ」
「結果としてお前はその剣に助けられている。渡された意味がわからないのは気持ちわりぃが、感謝はすべきかもな」
これまで数多くの戦場において、カミルは譲られた刀に命を救われてきた。並みの剣では越えられなかったであろう死線すら越えることに成功している。
「剣に助けられたからといって、アイツを信用する必要はないよ。素性もわかんないんだしね」
憤慨するリアを宥め、皇都へと戻っていく。
いずれ、この刀を譲られた意味がわかる日が来るのだろうか?
あくる日、カミルは独りエルフの居住区のある上層へと足を伸ばしている。リアを連れてくる方が良さそうではあるが、銀髪のエルフは悪目立ちするのとサティの血縁者がいる可能性を踏まえ、ニステルと共にギルドで依頼をこなしてもらっている。
皇都にいるエルフ達なら、帝元戦争時の情報を持っている可能性が高い。何とか聞き出したいところだ。
だが、この考えが甘かったことを痛感することとなる。
其処は街の中で異端の場所。覆う壁により、完全に街から隔絶されたエルフの居住区。皇都の中にある小さなエルフの国であった。
耳の尖った金髪姿の二人のエルフが門の前で左右に分かれ厳重に守っている。波風立てないように、ゆっくりと落ち着いた雰囲気のまま接近して行くと―――。
「ヒュムが近寄るでない!!」
開口一番、拒絶の言葉を浴びせられてしまった。憎々し気に歪む表情から、ヒュムに対して相当な恨みがあることが伝わってくる。
「ちょ、ちょっと……。話くらいさせてもらえませんか?」
「ヒュムと交わす言葉など無い。即刻帰れ!!」
魔力が膨れ上がり、緑の元素が集い始めた。明らかな威圧である。
「待ってください!?争う気はありませんから!!」
両手を上げ敵意が無いことを示すも、エルフ達が魔力を抑えることはない。
「最期通告だ。即刻帰れ!!さもなくば―――」
風が吹き荒れ、周囲は風に包まれる。
「風がお前の喉を切り裂くッ!!」
「わかった!?わかったから!!」
上げた両手を前へと突き出しながら後ずさりをしていく。エルフとの接触を諦め、反転し来た道を戻る。
なんであそこまでヒュムを毛嫌いしてるんだ……?
門からかなり離れた位置まで移動しているのにも関わらず、エルフの警戒心が解けることはなかった。
完全に視界の外に出るまでこっちを見てる気かよ……。
心の中で悪態をつきながら歩いていく。
「はっはっは。あんたも馬鹿やったな。ヒュムの身でエルフんとこ行くなんて、命知らずにもほどがあんぜ」
高らかな笑い声を上げ話しかけてきたのは、街の清掃員らしき40代後半と思わしき男性だった。彼の暗い髪色から察するに、恐らくはリディス族だろう。
「エルフってヒュムが嫌いだったんですか……?」
「嫌いも何も、嫌われる原因を作ったのはおめぇ達ヒュムじゃねーか。ちゃんと歴史を勉強したんか?」
ヒュムが嫌われる原因を作った?なんだそれ?
「すみません、勉強不足みたいで……。理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
男性は「おいおい……、まじかよ」呆れ顔を浮かべた。
「大昔に、帝元戦争ってのがあったろ?その引き金を引いたのが、帝国の皇帝キーステッド・ログ・クルス、ヒュムだったってわけよ。そん時に使われた魔導兵器っていう元素を燃料とする兵器が、精霊の黄昏を招いたわけだから、元素や自然との共生を心情とするエルフからすると、ヒュムっつーのは忌避する種族になっちまったんだな」
また帝元戦争が根っこにあるんかよ……。
拳を握り締め、悔しさを顕わにした。事あるごとに、原因の根幹を成しているのは帝元戦争だ。それほど世界にとっては、忘れることのできない忌むべき出来事だったということである。
沈んだ顔をするカミルに、男性はばつの悪そうな顔となった。
「まあ、その、なんだ……。お前が悪いことをしたわけでも、エルフに嫌われてるわけでもねーんだぞ。過去にキーステッドを支持したヒュム達が悪いだけさ。それに、エルフに嫌われてるっつっても、皇都に住むエルフだけだ。元々エジカロス大森林に住んでいたエルフだから、森を追われたことを根に持っているのが多いんだよ」
「世界に対しての貢献でしか、エルフ達の信頼回復はできないでしょうね……」
一度失った信頼を取り戻すのは容易くない。それでも一歩ずつ着実に前へ進むしかない。その先にしか、和解の道はないのだから。
「で、何しにエルフんとこ行ったんだ?」
「エルフに、帝元戦争時代のことを聞きたくて……。昔の知識をいろいろと持っていそうなので」
「そりゃ、聞く相手を間違えたな」
男性は「ははは」と笑い飛ばした。
「歴史を知りたければ皇都に住む学者にでも会ってみればいいだろ。会えるかどうかは知らんが、そっちの方がまだ可能性はあるぞ?」
助言を残し、男性は仕事へと戻っていく。
一旦宿に戻ろう。アポなしで行ったところで会えるとは思えないし。1週間後に学者と旅するんだし、今焦って会いに行く必要はない。
上層の中央広場に戻ったところで「あら、カミル」女性の声が耳に届いた。振り向けば、亜麻色の髪にグレージュのメッシュの入った女性兵士――アリィローズ・アロシュタットが立っていた。
「アリィ、久しぶりだね」
「1ヵ月ぶりね。もうあれからそんなに経ってたなんて」
アリィの顔は疲労が溜まっているのかげっそりとしている。
「ちょっとやつれたんじゃない?大丈夫?」
アリィは力なく微笑み「ちょっと連勤が続いてるのよね」そういうと手で口元を隠し、欠伸がを嚙み殺している。
「仮眠を取った後、また勤務なんですよ」
「そう言えば、ヒカミ総司令も軍の再編がどうとか~とか言ってましたね」
「兵士の数が減っちゃったわけですから、落ち着くまでは寝不足が続きそう……」
短く溜息をつき項垂れてしまった。こればかりはカミルに手助けできる術はない。軍に所属できる身でもなく、1週間後には霊峰クシアラナダに旅立つのだから。
あれ?ヒカミ総司令から何も聞かされていないのか?一緒に旅をするというのに。
「それで、カミルは何で皇都にいるの?それも上層なんかに」
「ちょっと人と会いに来たんだけど、もう帰るところだよ」
エルフのところに行って門前払いされたなんて言えない。
「ということは……」
アリィの目が輝いた。
「暇ってことで良いのかしら?」
それはとても爽やかな笑顔だった。やつれているとはいえ、元が整った顔立ちのせいか異性からすれば魅力的な笑顔に映るだろう。カミルも例に漏れず、その姿に二つ返事で「はい」と答えてしまう。
しまった……。つい反射的にはいと答えてしまった……。こんな前振りしてくるってことは、きっと碌なことを言い出しかねない。
「暇なのね、それは良かった。ねえ、カミルぅ~。ちょっとお姉さんのお手伝いをしてくれないかしら?」
甘ったるい声で媚びるようにお願いをされてしまった。暇と答えてしまっている以上、カミルは断ることができず―――。
「……はい」
肯定することしかできなかった。
「助かるわ。一度仮眠を取ってきますから、1時間後にまたこの上層の広場に集合しましょう」
「わかりました。ゆっくり休んでくださいね」
アリィは手を振り上層の住宅街へと歩いていく。
そうか、アリィも第3部隊長だったっけ。華奢な見た目からは想像し辛いけど、烙葉の力を封印するほどの魔法の使い手なんだよな。
純粋な筋肉量では男性に劣りやすいが、世界は元素で成り立っている。この世界では元素への適正こそが力ある者の証明である。そこに男女の差は存在しない。カミルにはそれがない。だからこそ、理外の力に縋るのだ。
アリィの姿が見えなくなるまで見送り戻ることにした。
「カミル、はやくいきなさい」
「ちょ、ちょっと!?アリィ待って!!このままだと―――」
必死に耐えていたものが解放され、浮遊感に包まれた。その直後に身体が落ちていく感覚に襲われた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」「きゃっ!?」
カミルに巻き込まれる形でアリィが巻き添えを食い、共に壁面から地面へと落下していき叩きつけられた。カミル達は今、ミツハ川沿いの道に来ている。その壁の上のエリアの調査をする為によじ登っていたのだが、手元が滑り二人揃って落ちてしまった。
「痛たたたたた……」
落ちた衝撃に耐えながら、身体を起こす為に手を押し付け立ち上がろうとする。その途端「んぅっっ!?」艶めかしい声が耳に届き、手の平には柔らかく温かい感触が伝わってくる。
「ちょっと……。早くどきなさいッ!!」
「ぐへッ!?」
背中を思い切り押されるも身体が起き上がっておらず、力が横に逸れ横に倒れる形となった。それと同時に身体の下からもぞもぞと動き回る感覚が伝わり、冷たい地面へとずり落ちる。
一体なんなんだ……?
身体を起こし立ち上がると、紅潮させたアリィがそっぽを向いて立っていた。どこか不機嫌そうな表情である。
「アリィが急かすから岩を掴み損ねたじゃないか。……一緒に落ちたみたいだけど、怪我はない?」
「ありません。それよりも他に言うことがあるのではないですか?」
「??。なにを……?」
切れ長の目が鋭さを増しカミルを睨みつけた。
「どさくさに紛れて人の身体を触ったではありませんかッ!!」
「え?じゃあ、さっきの感触は―――」
アリィは皇国軍の鎧を身に着けている。身体は鉄で覆われ、触れられる場所があるとするなら可動域の大きい脚の付け根――太股の内側しかありえない。反射的に手が揉む動きしていたのか、その動きにアリィの手が素早く動く。
パチンッ!?頬に衝撃が走り、ビリビリとした痛みがビンタをされたことを教えてくれる。
「忘れないさい!!その手の動きも止めなさい!!」
顔を真っ赤にして怒る姿がカミルの心を擽った。男というのは女性の羞恥に悶える姿に魅力を感じるものである。怒っているにも関わらずどこか楽しそうな雰囲気のカミルに、アリィは更に感情を高ぶらせていく。
「人が怒っているというのに何ですか!?その態度は!!」
「いや、その……すみませんでした!!」
その場に正座で座り込むと見事なまでの土下座を披露した。そこではたと気が付いた。
やばっ……、この世界で土下座しても伝わらないんだった……。
心配をよそに「次からは気を付けてください」許しの言葉が掛けられた。
あれ?アリィは土下座を知ってる?
顔を上げれば、朱に染まる困り顔を浮かべたアリィの姿が目に入る。
「まあ、協力をお願いしたのはこちらですし、その分身体で払ってもらいますからね」
すっと立ち上がり、カミルは真顔を浮かべた。
「アリィ、その言葉、絶妙にエロいよ」
アリィはきょとんとした顔となる。
「はい?貴方は一体なにを―――」
そこで自分の言葉が持つ意味に思い至ったのであろう。収まりかけていた顔色を、再び朱に染め上げていく。そして、アリィは暫く固まり続けたという。
「今度こそ落下しないように」
壁面の上、岩が突き出したエリアにいるアリィが手を伸ばし、カミルが登ってくる補助をしていた。先ほどの一件でカミルを先行させると巻き添えを食らうことを学習し、アリィが先に登ったのだ。
カミルは手を伸ばし、アリィの手をしっかりと掴んだ。
「今度はさっきよりも慎重に進んでますから大丈夫ですって」
ぐっと身体が持ち上げられ、岩の上へと登りきる。足場はそこまで広くはない。三、四人座れるほど。この足場を起点に更に上に広がる空間へと登っていく。そこに在るのは人が二人並んで歩けるほどの幅の道だった。通常の通路ではなく、自然が作り上げた道である為、柵など存在しない。気を抜けばすぐに崖下にある通路へと転落してしまう。
本来通るはずのないこの危険な道を何故通っているのかというと、アリィの軍務に街道沿いの調査が含まれているからだ。魔物の巣が作られていないか、自然発生するガスが生まれていないか、落石の危険性のある場所がないかなど調べていく。部下に任せるような仕事ではあるが、今の皇国軍には人手がいない。単騎でこなせる隊長格が足りない人材の穴埋めをしている状況なのだ。冒険者を募ったところで、山中にある皇都まで来る者は少ない。その為、平地にあるザントガルツの兵の多くを皇都へ引き上げ、冒険者が定住しやすいザントガルツの仕事を冒険者に委託している。鬼人との戦いから1ヵ月ほど経ってはいるものの、皇国に流入する冒険者の数が増えていないのが現実である。
細い道を進んでいくと、街道沿いから外れ山の中へ道が進み始めた。
「整備されてませんけど、人が通る分には苦労しませんね」
「ここは軍関係者が定期的に調査に向かう為の通路みたいなものですからね。通るだけなら問題ありませんよ。ただ、休憩できる場所が限られますから、疲れていなくても休憩は定期的に取りますから」
傾斜はきつくないものの、緩やかに続く道のせいか地味に体力を奪われる。大地も岩肌から木々が並び始めている。
「あの木々の中に、鳥型の魔物が棲みつく傾向が強いから注意してくださいね」
クァッ クァッ クァッ クァッ
「言ったそばから……、来るわよ準備して!!」
ガサガサと木々を揺らし、それは上空へと舞い上がった。猛禽類のイヌワシのような魔物がカミル達を見下ろしている。
「イヌワシ?」
「そうね。でも、1羽だけ?」
「群れて行動する魔物なんですか?」
「うぅん、違います。あの魔物は基本的に番で行動するはずなんです。注意してください。周囲にもう1羽いるかもしれません」
黎架を抜刀し、イヌワシを見上げる。100mほど上空を旋回し、二人の様子を窺っている。
イヌワシは遥か上空か。魔法で攻めるにも距離が離れすぎている。それに、あれだけ飛び回られたら狙いを絞り切れない。こんな時リアが居てくれたら、すぐに地上に落としてくれるのにな……。いや、人の力を当てにするな!!自分の力で切り抜けられなければ、いつまで経っても一人前の冒険者になんてなれない。
甘い考えを捨て去り、黎架に圧縮魔力を込めていく。
俺には念動力がある。多少狙いが逸れても、軌道修正ができるはずだ。
カミルの魔力の高まりに、イヌワシ型の魔物は即座に反応する。両翼を激しく羽ばたき、風が巻き起こる。
「こちらは足場が悪い。吹き飛ばしてしまえば終わりということですか」
抜剣した双の細剣を白く輝く中、アリィは水壁を作り上げ風の影響を最小限に抑える。
「さあ、どうしましょうか?」
カミルは迷わず左手で拳銃を模った。
「俺に任せてください」
やる気に満ちたカミルの表情に「うん、任せるわ」アリィはそっと言葉で背中を押す。
左手を魔物に向け、言葉を紡ぐ。
― 我願うは万物を灰燼と化す炎
進撃を以って 我が意志を指示さん 燃え盛れ フルメシア ―
圧縮魔力が赤の元素へと働きかけ、左の人差し指に炎弾が形成されていく。炎は小さく圧縮され、有り余るエネルギーを撃ち出す爆発力へと変化させた。
飛び回っていたのなら当たる可能性は低かった。でも、今は風を生み出す為にその場に留まり続けている。そこに勝機はある!!
心の中で引き金を引くと、炎弾は爆発的な加速度を以って撃ち出され、右翼の付け根を貫通。瞬く間に空へと登り霧散した。
「ギュォォオンッ!?」
魔物の叫び声と共に着弾した箇所から炎が噴き出した。
外したか……。
カミルの狙いは身体のど真ん中、心臓だった。だが、吹き荒れる風の影響を受け炎弾は逸れたのだ。
「なに?その魔法……?」
見慣れない魔法の行使に、アリィは目をパチパチとさせ不思議がっている。竜の時代に回帰したこの時代でも、圧縮魔力を扱える人をアリィは見た事がなかったのだ。赤に適性がある者でも、カミルの圧縮魔法ほどの弾速を実現させるのは困難である。
「ちょっと変わったフルメシアですよ。適性の無かった人間が足掻いた末路です」
「足掻いたからってそんな変化をさせる人なんて見た事ありませんよ……」
「そんなことより、少しずつあのイヌワシ、高度が下がり始めましたよ」
見上げれば、徐々に地面に迫る魔物の姿があった。受けた傷の影響なのかもしれない。うまく羽ばたくことができなくなり、風は途絶え、アリィの水壁も解除された。
「あの魔物ってそこまで脅威じゃないんですか?」
「いえ、本来は縦横無尽に飛び回り風を操ってこちらを翻弄するのですよ?カミルの魔法が変なだけです」
「言い方ひどっ!?」
「ほら、魔物から視線を外さないの。手負いの獣ほど怖いものはないのですからね」
「飛べなくなったらこっちのもの。アリィは見てて」
「ちょっと!?さすがに一人だと危険ですよ!?」
アリィの制止を振り切りカミルは飛び出して行く。
俺だって伊達に竜や鬼人と戦った来たわけじゃないんだ。手負いの魔物1匹駆除できなくてどうする。
黎架に魔力を込め「衝波斬」を放った。
魔物は必死に羽ばたき軌道を変え、魔力の斬撃をやり過ごす。
「もらったぁぁぁ!!」
黎架を振りかぶり、魔物の頭頂目掛けて飛び上がった。そこで魔物の鋭い瞳に射貫かれる。その瞳は獲物を狙うハンターそのもの。イヌワシ型の魔物は、決して深手を負ったわけではなかった。魔物の狙いはカミル達を釣る為の擬傷行動。カミルはまんまと魔物に出し抜かれたのだ。
「まず―――」
その瞬間、暴虐な風がカミルを襲う。飛び上がったのが間違いだった。地に足をつけていれば、こんなことにはならなかった。自分を優位だと決めつけ、単調な行動に移ってしまった慢心。すべてはカミルの甘さが招いたこと。
カミルは暴風に押され、宙を舞い、そして――崖下へと落下していく。
「カミルぅぅぅぅうぅぅぅぅぅッ!?」
響くアリィの叫びを聞きながら、意識を左目に集中していく。
―――時よ、巻き戻れ。
落下の恐怖に胃がキリキリと痛む中、世界は白くぼやけていく―――。
白い世界から舞い戻ったのは、魔物へと飛び掛かろうかという瞬間だった。身体が宙を舞う。腹筋で無理やり上半身を引っ張り身体を丸め、せめて高く飛ばないようにと抗うも、飛んでしまっている事実は揺るがない。そこに暴風が吹き荒れた。
くそッ、くそッ、クソぉぉッ!!諦めて堪るかぁぁぁぁッ!!!!抗えッ!!!!!!
再び左目に意識を集中するも、授かった左目の心技は発動する予兆を見せない。
やっぱり連続での使用はできないのか!?
無情にも風に身体が押され始めた。
何か、何かないのか!?この状況を撥ね退ける方法は……。
不意に左耳の丸鏡のイヤリングから光が溢れ出した。それは元素の光ではない。人々を照らし出し、導く日輪の輝き。
『お前に資格があるのなら応えてくれる』
ジンム・ヒカミから譲り受けたイヤリングと言葉、その真価が今示される。
光はカミルの身体を覆い始めた。それと同時に、風に流されていた身体が自然落下を始めた。
なんだ……?なにが起きてる……?
理解ができぬままカミルは転がるように地面へと身体を預ける。
風の影響を受けてない?
魔物が巻き起こす暴風は、依然として吹き荒れている。アリィは再び水壁を生み出し耐えており、木々は騒めき、土煙が巻き起こっている。この場において、風の影響を受けていないのはカミルただ一人である。
そうか!?この光、触れる風すべてを撥ね退けているんだ!!
カミルはゆっくりと起き上がり魔物と対峙する。
あれはどういうこと!?なんでカミルはこの暴風の中立っていられるの?
アリィは今目の前で起きている事実を受け入れられないでいる。風が吹けば身体は押されるし、その力が強ければ立っていることすらままならない。それが自然の摂理であり、それを歪めるのが魔法である。
カミルが纏ってる光が風を寄せ付けないの……?それにあの光の形……、あれではまるで日ノ鳥ではないですか……。カミル、貴方は一体何者なの……?




