ep.92 少年の願い
深い森を抜け、小高い丘を登ると視界が開けてくる。道は断崖沿いを通り、山へと続いている。崖下に広がるエジカロス大森林から視線を上へと移動させると、山の連なりが続くその先に大きな都市の形が確認できた。壁に覆われて街の全容は確認できないが、恐らくあそこがアシハラフヅチ皇国の都、皇都シキイヅノメなのだろう。高い壁には太陽と、皇国の紋章である日ノ鳥が無数に刻まれている。皇都のすぐ脇の断崖の下には湖が広がっており、伝え聞く帝都跡がアルス湖に呑まれた位置であることが推測される。
「あれが、皇都シキイヅノメ……」
ザイアス王国から始まった未来の世界での旅路。目標と定めた場所が近づき、カミルは感慨に耽る。
「目的地ではあるけど、元の時代に戻る為の始まりの地でもあるのよ。気を抜かないでね」
皇都にたどり着くまでに、あと何日も山を進まなければならない。だが、道が整備されていることもあり、エジカロス大森林よりも遥かに魔物との遭遇率が低くなる。森から皇都までの道は皇国軍の巡回ルートになっているらしく、騎兵が安全を守っているようだ。
ザントガルツを旅立ってすぐに、鬼人との苛烈な戦いが行われたエジカロス大森林の中を進んで来た。1週間が経ったとはいえ、亡骸をすべて回収することは困難である。森を進めば進むほど、腐乱した遺体や魔物に食い荒らされた亡骸が彼処に横たわっていた。その都度足を止め、食い散らかされないように焼却し、その場に簡易的な墓を建てながら進んだのだ。静かな森の雰囲気は変わり果て、死臭と亡骸の溢れた死の森と化している。今まで現れなかった亡者が森を徘徊するようになってしまっている。リアの浄化の力があるお陰で苦労することはないものの、ほんの少し前まで仲間として共に戦った者達の成れの果てに、遣る瀬無い想いが渦巻いていた。
死の森を抜け、山へと伸びる整備された道を進むことで、心がようやく解放されることとなった。生に執着心の強いカミルにとって、死が渦巻くエジカロス大森林は苦手な場所となってしまった。
それから数日後、カミル達は皇都シキイヅノメにたどり着いた。死者の埋葬を行いながら進んだ為、2週間に及ぶ旅路となってしまった。
皇都を覆う壁は10mほどの高さがあり、外敵を完全に遮断する形だ。併せて加護の魔法による結界が張られており、難攻不落さに拍車をかけている。
皇都を出入りするのはカミル達のような冒険者や行商人ばかりだ。山の中ということもあり、出入りする人数も多くはない。カミル達の前に行商人の荷馬車がいるくらいだ。その行商人が中へと入って行き「次、前へ来い」促され門番の前へと歩み出る。
「身分証の確認を行います」
カミル達はそれぞれの真っ白なギルドガードを提示した。
「魔力を流せ」
ギルドカードは魔力を流すと登録された情報が浮かび上がる仕組みだ。登録した本人の魔力にしか反応せず、盗難にあったところで使い物にならなくなる。
「確かに――ん?」
カミル達のギルドカードを確認した門番が、三人の顔をまじまじと確認し始めた。
途端に不安に駆られる。
後ろめたいことなどありはしないが、どうも確認がすんなりと終わらないと不安だ。
「何か不備でもありましたか?」
リアが訪ねると、顔を凝視されてしまう。
「あの~、大丈夫ですか?」
恐る恐るカミルが近寄り声を掛けると、触れ動く丸鏡のイヤリングが日の光を反射し、門番の目を襲った。堪らず手で光を遮り顔を背けた。
「あ……、すみません。眩しかったですよね」
これで悪い印象を与えて入れてもらえなくなるのは勘弁だぞ……。
「ああ、大丈夫。ちょっと眩しかっただけだから―――」
門番がカミルの顔を見るなり言葉を詰まらせた。
今度は俺かよ。
そこでカミルは気づいた。顔ではなく、左耳に着けているイヤリングを凝視していることに。
「やっぱりそうか。君達、ザントガルツで鬼人と戦わなかったかい?」
「ええ、掃討作戦に参加してましたけど……なんでそのことを?」
「実はヒカミ総司令より言付けを預かっていまして、名前と風貌の特徴を伝えられていたのです。不躾に眺めてしまって申し訳ございません」
そこでようやく息をついた。
なんだ、言葉を伝える相手かどうかを判断したくて見られていたのか。
「では、ヒカミ総司令より賜った言葉をお伝えします。『中層にミカハヤヒという宿を準備してある。約束の日まで自由に使え』とのことです」
「中層?ミカハヤヒ?」
「はい。皇都の市民は経済力に応じて済む場所を変える傾向にあります。最上層には天子様が御座す屋敷と皇国の運営する為の宮殿があります。上層には貴族や軍の士官達の屋敷が並び、中層には軍の兵士や都市を運営していく有力者が住んでいます。経済力のある市民の一部も中層で暮らしてます。下層は庶民と見習い兵士が暮らす街というイメージです。ですから、用意されたミカハヤヒは格式高い宿となっております。我々は下層暮らしですから、正直羨ましいですね」
共に門番の役目を果たしている兵士が苦笑いを浮かべている。
「では、皇都シキイヅノメを楽しんで行ってください」
敬礼をされ、門の通過が許可された。
門を潜ると、そこには石造りの建物が立ち並んでいた。石畳の道は細く、緩やかな傾斜が上層部と呼ばれているであろう場所まで続いている。荷馬車が通れば、人ひとり通れるくらいの道幅しかない。大人数での移動は困難そうだ。道の端には側溝があり、清らかな水が流れていた。
「なんか、建物がぎゅっと押し込まれてねぇか?人口が多いのか?」
建物と建物の間は狭く、お隣さんとは窓越しで話ができそうなほどだ。
「山の中だからね、土地を有効活用しないと住居が足りなくなるんじゃない?」
カミルはかつて日本で見た住宅を思い出していた。都市部では皇都のように隣の家との距離が近い。部屋の狭さやプライベートが確保され辛いのが難点となっている場所をちらほら見かけたことがある。
「でも、建物は綺麗そうね。道も整備されているし、ゴミが散らかっていることもないわ」
人口が密集すれば街が汚れやすくなる。それでも清潔さを維持できるのは、そこに住んでいる者達の意識の高さが窺い知れる。
「宿が楽しみになってきたかも」
空気が澄み、街は清潔。エルフであるリアでも過ごしやすい環境のようだ。これならばエジカロス大森林に住んでいたエルフ達が移住できたのも納得できるというものだ。
坂道を登っていくと道が幾重にも枝分かれしており、どの道が中層に続いている道なのかがわからない。
「迷路みてぇだな」
「確かに……」
道は右に1本、左に1本、左斜めに1本あり、それぞれの道で更に道が分かれている。ニステルが迷路と称すのも無理はなかった。
「ここは私に任せて」
リアが先導を始め、左斜めの道を進み始めた。そこから分かれた道を右へ進み、大きくカーブを描く道を進んでいく。何時しか道が下り始め、登りの道への分かれ目もない。
「おいおい、本当にこっちで合ってんのか?」
訝しむニステルが声を荒げる。
「そのはずなんだけど……、急に風が途切れたのよね」
リアは風の流れを読んで中層への道を選んでいた。選んでいたはずが、いつの間にか下り道になっており、リア自身も困惑している。
「都市防衛用に感覚を狂わせる機構があるのかも?」
完全に下っていく道となってしまい、三人は足を止める。
「このまま進んでも下るだけだけど」
リアが来た道を振り返る。
「かと言って戻るにしてもかなり歩いて来ちゃったわね」
「しゃあねぇ、誰かに道を尋ねるしかねぇな」
ニステルは首を振り、誰かいないかと探し始めた。とある民家の前で少年が脚を抱えて座り込んでいる。
「ちょうどいい。アイツに聞いてみようぜ」
ニステルに促され少年の下へと移動する。あまり近づき過ぎても警戒されるだけの為、少し離れた位置で止まり、女性であるリアが話しかけてみることになった。身体の大きな男性よりも警戒されないことを願って。
リアは一歩前に出ると少年の目線に合わせるように屈んで問いかける。
「こんにちは。お姉さん達、道に迷っちゃったんだけど、中層までの行き方を教えてくれないかな?」
語り掛ける言葉は柔らかく、ゆったりとした口調だ。カミル達に話しかける時とはまた違った印象を受ける。
少年の視線が上がり、リアの姿を瞳に収めた。警戒しているのか、すぐには言葉が返って来ない。どこか気落ちしているような目を浮かべているのが気になった。
「ついさっき皇都にたどり着いたばかりなの。道が入り組んでて大変よね。大人でも迷子になっちゃうんだもの」
照れ笑いを浮かべたリアの眼差しは優しい。
「―――10枚」
か弱い声が響くも、何と言ったか聞き取れない。
「え?ごめんね、もう一回言ってくれる?」
少年の瞳に力が宿る。
「銅貨10枚くれるなら案内するよ」
突然の金銭の要求にリアは戸惑った。確かに善意に甘えるのは良くない。だが、銅貨10枚という子供が持つには大金を要求されたことが気がかりだ。
「いくら何でも銅貨10枚は吹っ掛けすぎだろ。道案内なら良くて2~3枚だろうが」
ニステルの言葉遣いはいつも通りだった。たとえ子供が相手でも一人の人間として扱うのは素晴らしいことだとは思うけど、頼んだのはこちらだということを忘れているんじゃないかと疑わしくなる。
少年はニステルに視線を向ける。
「嫌なら他の人に聞けばいいだろ?ここは路地裏、大通りから離れてるからこの時間は子供だけしかいないし、他の子は遊びに行っちゃってるよ。どうするかはそっちで決めなよ」
ふてぶてしい態度を取る少年は、こちらに特に興味がないらしい。興味があるのはお金のようだ。中層へ移り住む為のお金を欲しているのかとも考えたが、子供の使いだけで賄えるほど社会というのは甘くはない。何か別の意図を秘めている、カミルはそんな気がした。
「ニステル、あまり子供に高圧的な態度を取らないの」
「俺はただ本当のことを言ったまでだ」
変わらぬニステルの言動にリアは小さく首を振り、少年に視線を戻した。
「わかったわ。銅貨10枚で中層までの道案内をお願いできるかな?」
少年の顔が綻ばせ、立ち上がりお尻に付いた砂を叩き落とす。
「任せとけ。オレの名前はシン。皇都に来たばかりなんだろ?ついでに街を案内してやるよ」
やる気を見せた少年にリアは微笑み「お願いね」優しく呟いた。
カミル達が選んだ道は、どうやら住宅街へと続く道だったらしい。入り組んだ道を戻り、中層、上層へと続く道の目印となるものを教えてもらいながら下層を案内された。最初の別れ道、あそこを左に進んでいれば道が大きく曲がり、大通りへと続いていたらしい。一応看板が出ていたらしいが、見落としていたようだ。
初見殺しすぎないか?
下層の大広場辺りまで来ると、街は喧騒に包まれていた。日用品を扱う商店や武具を扱う店、飲食店が立ち並んでいる。大広場の中央には日ノ鳥のモニュメントが設置されており、皇都に来たことを改めて実感させられる。下層は石造りの街並みで埋め尽くされており、中層を見上げると木造の建物が窺える。階層によって建物の雰囲気が変わりそうだ。
大広場を抜け、中層へと進み始めた。そこで気になっていたことをシンに聞いてみることにした。
「ねえ、シン。君はどうしてそんなにお金が欲しいの?」
その問いに、シンの表情に陰が差す。
「ちょっとカミル。そんなことシンの自由でしょ?私達が聞くようなことじゃないわ」
「でも……」
シンの表情から何か悩み事を抱えているのは確かだろう。
「お姉ちゃん、大丈夫だから。でも、聞いてもつまんないよ?それでもいい?」
カミルは頷き「構わない」と告げる。
シンは一度深呼吸を挟むと語り出す。
「うちには病気の妹がいるんだ。その治療の為にはどうしてもお金が掛かっちゃうんだ」
「え?皇国民はリディスの割合が多いって聞いたけど、それでも治せないの?」
「………うん。妹の病気は元塊病って難しい病気なんだってさ。元素の病気だから回復魔法じゃどうしようもないってお父さん達が言ってたんだ」
元塊病という言葉にニステルが眉を跳ねさせた。幼少の頃、ニステルはその病に散々苦しめられてきた。だからこそ、その病の苦しさを良く理解していた。自身だけではなく、両親に掛かる負担さえも―――。
「だから、オレが多少でも稼げれば、働き詰めのお父さん、お母さんが少しは楽ができるかなって……」
「そう、なんだ」
リアの表情が険しくなる。
でも、俺達が解決してやれる問題ではないな。病気の治療に必要なのは薬だ。薬がどれだけの金額で、どれだけの量が必要かわからない。多少の金銭の援助はできたとしても、俺達も生きていく為にはお金が必要だ。
「そんな顔しないで。つまんない話だって言ったでしょ?こうやって仕事をくれるだけでも嬉しいよ」
シンは晴れやかに笑っていた。自分の家族が置かれている状況を悲観してはいない。
「でも何で家の外にいたんだ?病気の妹がいんなら、中にいた方がいいだろ?」
「苦しそうな姿ばかり見てると、オレの心もギュッとするんだ。だからたまに外でぼーっと何も考えないようにしてる。そうしたらこうやって仕事にありつけたんだから、家に籠りっきりなのも良くないね」
「……そうだな」
「季節的にそろそろ薬草も生えてくる頃だし、どうにかして採ってきてもらわないと」
「採集ができる時期なのか……」
しんみりとした空気の中、一向は中層へと進んでいく。
「この林を抜けると中層に着くよ。オレは中層より上のところはわからないから、誰かに聞いてくれよな」
下層と中層の間には明確な区分けが存在していた。100mほど樹木が並んだ並木道を抜ければすぐに中層らしい。
「ありがとう。助かったわ」
リアは礼を言い銅貨を10枚取り出しシンに手渡した。
受け取った銅貨をしっかりと数え「うん、こっちもありがとう」銅貨を握り締め笑顔を見せた。
「気を付けて帰ってね」
「うん、お姉ちゃん達またね!!」
頭をぺこっと下げ、元気に手を振り駆けて行く。
「リディスでも治せない病も存在するんだね」
「そりゃそうだろ。何でも治せてしまうなら、リディスは神にも等しい存在になっちまうだろ」
精霊時代には世界の人口の1割程度だった。未来のこの時代では4割ほどに増えてはいるものの、それでも癒すことができない病が存在する。元素に由来する病の類だ。物理的な怪我や病で身体に異常をきたし、それが原因で引き起こされるものに対しては回復魔法は作用する。だが、元素が身体に作用する病に対しては、元素に直接作用させなければならない。白に属する回復魔法とはいえ、元素に働きかける力は薄い。
「それじゃ、ミカハヤヒに向かいましょう。商店の人にでも聞けばすぐたどり着けるはずよ」
三人は中層の街へと踏み入れた。
中層の街は、下層の街に比べて整備されている。下層のように石畳の道ではあるものの、道はまっすぐで側溝にも蓋がされている。計画的に造られた街という印象だ。石造りの建物もあるが、木造の建物も目立つ。門番が言っていた有力者と一般市民で木造住宅と石造りの建物で分かれているのかもしれない。
軒先にいる店員にミカハヤヒの場所を確認し、暫く歩いていくとしっかりとした門構えの木造の屋敷が見えてきた。日本でいう旅館と呼ばれるものに近い印象だ。
門を潜ると建物までの飛び石が並び、そこから覗く庭園が綺麗に整えられ客を歓迎している。
「うわぁ!!すごいっ!!なにこれ!?」
リアが小走りに駆け、中庭の美しさに心を奪われていた。
その後を追い並び立つと、整えられた木と庭石、空が水の張られた池に反射し、美しい風景が広がっていた。池に架かる石橋と僅かに散り落ちた葉がより風情を感じさせる。
日本人の血を受け継ぐリディスの民は、日本の心を受け継いでいるような節がある。細部は形を変えようとも、根差した本質までは変わらないようだ。
「人が住む領域でこの景観かよ」
普段はぶっきら棒なニステルでさえ、中庭の風景に呑まれていた。
中庭に見とれていると、ガラガラと宿の引き戸が開けられる音がする。その音にカミル達は一斉に視線を向ける。
そこには楝色の無地の着物に、玉蜀黍色の帯姿の仲居がいた。穏やかな佇まいのまま深く頭を下げてくる。
「ようこそいらっしゃいました。恐れ入りますが、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
丁寧な振る舞いに、思わず背筋が伸びる。
「店先で騒いでしまってすみません。私達はジンム・ヒカミという軍人の紹介でお伺いしたのですが」
リアも仲居の言葉遣いに引っ張られてか、丁寧な口調へと変わっていた。
「はい、伺っております。カミル・クレスト様、リアスターナ・フィブロ様、ニステル・フィルオーズ様の三名様でお間違いありませんか?」
「はい、間違いありません」
「では、まずは中にお入りください。お部屋へと案内させていただきます」
「よろしくお願いします」
頭を下げ仲居の後をついていく。
屋内に入ると爽やかな木の香りが広がっている。まるで森の中にいるような清浄さに、心が解きほぐされていく。
玄関で靴からスリッパに履き替え、脱いだ靴は別の仲居が下駄箱へと収納する。
正面の受付を通り過ぎ、廊下を歩いていくと幾つかの部屋が並んでいた。造りはどこも和風であり、どこか懐かしさを感じさせる。その間を抜け、最奥にある部屋へと案内される。
仲居が襖を開け「部屋の中では、部屋用のスリッパをご利用ください」促され、スリッパを履き替え部屋の中へと入っていく。
「フィブロ様は別室をご用意させていただいております。こちらへどうぞ」
「荷物を置いて来るから、ちょっと待っててね」
仲居と共にリアは廊下の反対側にある個室へと姿を消した。
荷物を置いて早々、畳の床にニステルが寝転んだ。
「はぁ~、ようやく一息だな」
寝転がりながら身体をぐっと伸ばす姿は宛ら猫のそれである。
「屋根のある部屋は久しぶりだからね。今夜はぐっすり寝れそう」
座布団が敷かれた座椅子に腰を下ろし、窓へと視線を投げた。中庭が綺麗に一望できる。入口側から見る景色とはまた違った景色に、心が躍る。
「俺達は霊峰クシアラナダに向かうけど、ニステルはどうする?王都の更にその先になっちゃうから無理強いはできないけど」
ニステルは「二人が元の時代に戻れるまで手伝ってやるよ」と宣言していたが、目的の場所が王都を越え、ストラウス山脈を進んだその先にある霊峰クシアラナダだ。王都からはおそらく片道1ヵ月以上の道のりになるだろう。仮に俺達が還れたとするなら、帰りは少ない人数で戻って来なければならない。険しい道のりと言われている以上、これ以上付き合わせるのは忍びないとカミルは思っている。
「なんでだよ。俺は修行も兼ねてるんだぜ?険しい道のりがなんだ。最後まで付き合うっての」
そう言うと「ふぁ~」大きな欠伸をする。
「王都からでも往復3ヵ月は見ておかないと行けないけどいいの?」
「問題ないって。アリィローズとククレストがいるんだろ?」
「そりゃそうだけどさ」
皇国軍とは言え、アリィとククレストさんは回復魔法が使えない。二人はヒュムだし、人数の少なさが心許ないんだよね。
「そんなに言うなら、行きに魔物を多く倒してくれよ。それで帰り道は楽になるんだし」
スーッと襖が動き、リアが部屋へと入って来る。
「なんだはしたない。入る時くらい声掛けろよ」
「なに?聞かれてまずいことでも言ってたわけ?」
襖を閉めながら悪戯な表情を浮かべている。
ニステルは面倒臭そうに上半身を起こす。
「んなわけねぇだろ。マナーの問題だ。仮に俺達が着替えでもしてたらどうすんだ?」
「ニステルを痴漢扱いする」
無慈悲な言葉にニステルが「なんでそうなる……。もういいや」呆れ顔で呟いた。
そんなニステルを無視してリアが明日の予定を語り出した。
「今日はこのまま休むことにして、明日はどうする?せっかくだし私は観光にでも行って来ようかと思ってるけど」
「俺も観光してみたいかも」
カミルが同意した。
そんな中、ニステルだけが「悪い。俺は少し一人でやりたいことあるからパスするわ」個人で行動することを伝えてくる。
「そう。なら明日は各自で自由行動の日にして、明後日は依頼がないかギルドに行ってみましょう」
「それで構わねぇよ」
「それじゃ、決まりね」
そう言うとリアが立ち上がった。
「ここって大浴場があるみたいだし、早速行ってくるね」
どこかそわそわしている雰囲気があったのは、久しぶりにまともな入浴施設があるかららしい。
足早にリアが襖を越えていなくなった。
「ちょ、ちょっと!?今入浴できるか確認してからの方がいいって!!」
リアの後を追い、カミルが部屋を飛び出して行く。
部屋に一人になったニステルの表情が引き締まる。
元塊病が完治して以来、病のことを調べたことがなかったな。薬草が採れる時期なら、チャンスはあるか。
ニステルは立ち上がり、仲居に冒険者組合の場所を確認し、下層にあるというギルドへと足を運んだ。ギルドというのはどこの国、街であれ、体制は変わらないようだ。依頼が張り出された掲示板へと向かい、薬草採集の依頼がないかチェックする。
薬草採取の依頼は基本的にブロンズの冒険者のこなす依頼である。だが、張り出されている依頼はどれも通常の回復薬生成の為に使われるもので、元塊病に効く快夢草採集の依頼がない。元塊病の症例も少なく、他に使い道のない薬草であることから、依頼がかかることも稀なのだ。依頼者がお金を用意できなければ依頼として成立しない為、シンの両親はまだその資金を貯め切れていないのかもしれない。
待てよ。快夢草は山の断崖に自生する薬草だ。危険性から高いランクに割り振られている可能性が高い。
高ランクの依頼に視線を移していくと、そこに目的の依頼書を発見した。だが、ニステルはその依頼を受けることができない。ニステルのランクは中堅のスチールであり、快夢草採集の依頼は、熟練冒険者のニグルからとなっている。
依頼書を見てニステルは笑みを浮かべた。
別に依頼を受ける必要はない。自生している場所さえわかればいいんだ。
依頼書にはざっくりとした採集可能場所が載っている。ニステルはその情報だけを得てギルドを後にした。
下層の街中を歩き、宿へと歩き出す。
快夢草は日が陰ってからしか花を咲かせないらしい。採集するには日没前に移動を完了させ、待機しておかなければならない。
明日は朝が早くなりそうだな。
夕陽に染まり始めた空を眺め、明日への決意を固めるのだった。




