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ep.88 エジカロス大森林南部鬼掃討作戦9

 駿動走駆(しゅんどうそうく)の影響により、烙葉(らくは)との距離が離れたカミルは全速力で駆けていた。一手遅れれば烙葉を追い詰めることができなくなる可能性があるのだ。出来る限り素早く戻り、攻撃に参加しなければならなかった。

 だが、烙葉と戦うアリィ、カナタのその奥で黒の力が展開されているのを目撃したカミルは、鞘に圧縮魔力を込め投擲した。ただ単に投げるだけでは届かない距離だが、理外(りがい)の力である念動力で飛ばせば届く距離である。

 鞘が闇に触れるのを確認し、カミルは意識を烙葉へと戻すのだった。



 両の細剣が白く煌めき、アリィの存在を際立たせている。烙葉はこの細剣に力を削ぐ力があると思っているらしいが、そんなものは細剣にはない。魔力を流せば白の宝石が白の力を付与してくれるだけである。

「確かに業物ですが、そんな力はこの剣にはありませんよ?これは私自身の力です」

 烙葉は訝しむ。

 それは当然であった。敵の言葉を鵜呑みにするほど愚かではない。ましてや自分の力のことなど秘密にしておくものだ。ペラペラと喋る必要性はないのだ。だからこそ烙葉は警戒する。

 さあ、悩みなさい。私の力なのか、それとも剣の力なのか、絞れないのならすべてに警戒しなければなりませんからね。

 アリィは言葉を重ねる。

「これは私の血筋なんですよ。とある使命を帯びた力、とでも申しましょうか。だから剣では無くても良いのです」

 烙葉に微笑み、警戒心を煽る。

 これでもう特定することは困難になったはずです。烙葉はどう動きますかね。

 そこで身体が異様に重たくなるのを感じた。

 それはカナタも同じだった。

 それが意味するのは、土の極致魔法グルムカラカが途絶えたことを意味する。

 烙葉の口がニタァと歪む。

「お仲間が倒れたよぅやねぇ」

 烙葉が大地を駆る。

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおッ!!!!!!」

 カナタがゴアグレイドを大地に突き刺し魔力を注ぎ始めた。

 烙葉の異能を緩和し、アリィにかかる負荷が軽減する。

 だが、烙葉はもう目の前まで迫っていた。



 黎架(れいか)に圧縮魔力を込め「いっけぇぇぇッ!!」烙葉へ投擲する。

 俺の足じゃ届かない。でも、念動力なら行けるはずだッ!!

 振り上げられた陣鎌(じんがま)がアリィの顔へと迫る。

 アリィに焦る様子はない。そこに在るのは闘志に燃える鋭い眼光。両耳の細長いスクエア型のイヤリングが揺れ動き、白の力が行使された。

 上級光属性魔法ルストローアの浄化の光がアリィの身体を包み込んでいく。

 アリィもまたカウンターとして白の力を備えていた。魔性の存在である鬼討伐に向かうのだから当然と言えば当然である。

 烙葉が僅かに顔を(しか)めると、光にぶつかる前に陣鎌が形を失う。黒の粒子と化し漂い、烙葉の足へと集まっていく。

 黒を纏う足で光を踏むと、そのまま跳ね、アリィの頭上を飛び越えた。

「ふふっ、なんや、黒を纏えば耐えれるもんやね。警戒し過ぎたのが阿呆らしいわぁ」

「簡易発動だと白の力が足りないってところかしら。こちらも勉強になりました」

「勤勉な()やね。凛童(りんどう)嗣桜(しおう)も、あんさんみたいな人やったらもっと強ぉなれたんにねぇ。残念や」

 烙葉に念動力で操られた黎架が飛んでいく。危なげなく(かわ)すし、右手に再び陣鎌が形成されていく。飛び去る黎架を叩きつけ、カナタの方へと撥ね飛ばした。

 カナタに黎架が迫るも、カミルの意思により引き戻され手の中に戻る。アリィのカウンターにより、カミルの行動は意味を成さなかった。

 不自然にカミルの下へ戻る黎架を烙葉は眺めていた。

「手で振らんでも操れるん?ちぃとばかし面倒やな」

 カミルの行動は要らぬ警戒を生み出すこととなった。

「助けるつもりだったんですけどね、ははは」

 カミルがようやく戦線に復帰する。アリィの横に並び立ち黎架を構える。

 シドウさんが重力に対応してるってことは、ニステルの意識は飛んでいることになる。

 カミルは奥で凛童との戦いが行われているであろう場所へと視線を移す。そこに映る光景は、凛童含め戦ったすべての者が倒れている姿だった。

 カミルはドクンと強く脈打つのを感じた。ただ倒れているのか、命を落としたのか、ここからでは判別がつかなかった。

「カミル、今は烙葉に集中して」

 アリィに指摘され、カミルはかぶりを振る。

 そうだ、今は烙葉に集中しないと……。そうじゃなきゃ、自分の命が簡単に飛ぶ。

「二人にはおいそれと近寄れんなぁ」

 烙葉の影に穢れが落ちる。影と混ざり揺らぎ、広がり始めた。

「それなら、近寄らんどけばいいだけの話や」

 カミルとアリィに向かって影が伸びていく。

「挟み込むわよ!!カミルは反対に回って!!」

 アリィが右へ、カミルが左へと影を避け回り込む。

 影は2つに分かれ、追尾を始めた。

 この影、まるでオルグみたいな影の操り方だ。

 オルグ・クワブシ。かつて王都アルアスターで襲撃を受け、港町ジスタークにて死闘を繰り広げた相手である。魔剣スヴォーダを携え影を操った男だ。元素の剣――黒い日本刀が砕けた原因でもある。

 となれば、攻撃方法は読みやすい。

 影が地面を離れ、カミルに向かって鋭利な刃となり襲い掛かる。

 黎架を影にぶつけ、黒の元素を奪い取る。黎架の刀身に僅かに闇が籠る。

 影は力を失い、烙葉の下へと縮んでいった。

 やっぱり基本は同じか。なら、分身体を作る可能性も考えてた方がいい。

 苦労してオルグと戦った経験が、烙葉との戦闘に活かされている。カミル自身も強くそのことを実感する。

「あら?攻撃読みはったん?なんやつまらんなぁ」

 カミルとは対象的に、アリィは浄化の光で影を散らしている。

 黎架に圧縮魔力を送り込み、烙葉の懐へと飛び込んだ。

 烙葉が身体を丸め前宙しながら飛び掛かって来る。

反射反動(はんしゃはんどう)

 素早い烙葉に対して、身体の反応速度上げ動きに対応する。

 陣鎌の一振りがカミルの頭を狙うも、サイドステップで回避する。

 影が蠢き刃と化す。地面から伸びた刃が着地した直後にカミルを襲った。

 反射的に黎架で斬り払い、黒の元素を奪って行く。

 烙葉は着地と同時に再び跳ねる。執拗にカミルを狙い陣鎌を振りかぶる。

 カミルは着地の反動ですぐには動けず判断に迷った。

 黎架で受け止めるしかない!!

 黎架を自ら陣鎌にぶつけると、烙葉の膂力が刃を伝い腕を痺れさせる。

 三度影が刃と化し、隙の生じたカミルの腹部を貫いた。

「ぐぁ゙!?」

 身体を駆け抜ける痛みがカミルに危機的状況を生み出した。

 黎架にかける力が弱まり、陣鎌が黎架を押し退ける。首の横を掠め、烙葉がカミルの懐に密着するように飛び込んだ。陣鎌がカミルの背後へ伸びていく。

「仕舞いよ」

 それは冷たく響く死への誘い。L字に曲がる陣鎌の刃がそっと襟足に押し付けれた。

 刃の冷たさと、首を斬られ熱が籠る傷口がカミルに死を告げに来る。それはまるで死神が大鎌を突きつける死の宣告。

 カミルに悪寒が走り、全身に鳥肌が立った。

 これで幾度目かの死の呼びかけに、カミルは全力で抗う。

 左目に宿る力に意識を集中し、強く念じた。


 ―――時よ、巻き戻れ。


 首が斬り裂かれる痛みが全身を襲う中、世界は白くぼやけていく―――。



 白い世界が彩を取り戻す。

 そこに映ったのは陣鎌の一振りがカミルの頭に襲い掛かる瞬間だった。

 時が巻き戻り、世界は再び動き出す。


 まともに受ければ腕が痺れる。なら―――。

 黎架を振るい、陣鎌へと押し付ける。

 烙葉の口元が僅かに緩んだ気がした。

 烙葉、お前の狙いはすでに()()

 黎架に掛かる力を刃の上を滑らし受け流す。

 思惑が外れたのか、烙葉がきょとんとした表情を浮かべカミルと身体の位置が入れ替わった。

駿動走駆(しゅんどうそうく)

 カミルは加速度を以ってアリィの下へと飛んでいく。

 今のカミルでは力では抗うことはできない。ならば、自分が戦える舞台で戦う必要がある。アリィとの数的有利を利用して、確実に、着実に弱体化させていけばいい。

「絶対殺れたと思ぉたんやけどなぁ。逃げんの得意やねぇ」

 烙葉が振り返り、侮蔑の言葉を口にする。

「でもな、女子(おなご)をアテにするんは格好悪いと思わへんの?」

 烙葉の目がぎらつく。獲物を前にして猛るその姿は、人喰いの鬼に相応しい。陣鎌を持っていることもあり、猟奇的な殺人犯にも見えなくもない。人喰いの鬼が繁殖してしまえば、そこはもうディストピアだ。

 カミルは烙葉の言葉を無視し、アリィへ語り掛ける。

「見ての通り、影は伸び刃となって襲ってきます。ここからは予想ではありますが、影を使った分身体を生み出したり、影に潜ることもしてくるかもしれません」

 オルグが用いた戦い方だ。警戒しておくに越したことはない。

「影に詳しいのね。影との戦闘経験があるのかしら?」

「思い出したくもない過去ですよ……」

 カミルはあの時、初めて人を殺めたのだ。手に残る肉を断つ感触、溢れ出る血飛沫は今でも鮮明に思い出すことができる。カミルにとってそれだけ衝撃的な出来事だった。極力触れたくない記憶である。

「あては無視か。まぁええわ。すぐに終わらせてあげるからねぇ」

 烙葉が駆ける。

 カミルやアリィを完全に無視し、一目散にカナタを目指している。

「まずいわ!?」

 アリィが叫んだその瞬間「駿動走駆(しゅんどうそうく)」で飛び出していた。

 これが俺を釣る為の罠なのはわかってるけど、行かなきゃシドウさんがやられてしまう……。

 カミルが一瞬で烙葉に肉薄する。

 烙葉の表情が愉悦に歪んだ。罠に掛かった獲物を狩るように、陣鎌が振られカミルの首を狙っていた。


― 聖なる煌めきよ 悪しき魂に裁きの光を齎したまえ

        我が祈りを糧に 大いなる祝福を ルストローア ―


 黎架で陣鎌を防ぐも、烙葉の膂力を前にカナタを巻き込み吹き飛ばされる。

「おわ!?」「ぐぅッ!?」

 男二人を軽々吹き飛ばす力に、カミルはカナタを下敷きにする形で転がっている。

 僅かに遅れてアリィのルストローアの光弾が射出され、烙葉へと突き進む。詠唱を加えたことにより、その輝きはイヤリングに仕込んだカウンターの光とは一線を画す。

 向かい来る光弾に、烙葉は手を(かざ)した。掌の先に闇が集う。光弾と同等の大きさまで成長させると、烙葉の手から放たれ白と黒がぶつかり合った。お互いの元素を喰い合い霧散していく。

 対消滅で消え去ったと思われたその時、光と闇が消えたその中に突き進む物体があった。

 それは岩の塊だった。闇で覆い隠すように撃ち出されたもうひとつの弾丸。

 不意の攻撃に、アリィはただ(かわ)そうと藻掻いた。カナタの意識がゴアグレイドから逸れた結果、重力を軽減することができなくなり、身体を動かすことすら困難になっている。

 その隙に烙葉は吹き飛んだカミルとカナタの始末をすべく、陣鎌を振り上げ飛び掛かった。

「仲良ぉ逝きんさい」

 振り下ろされる陣鎌を前に、カミルは再び左目に意識を集中させた。

 その時、天から一筋の煌めきが走る。

 ズゴンッ!!

 カミル達と烙葉を隔てるように落ちたそれは、一振りの純白の剣だった。片刃直剣でありながら、内反りの独特な刃の形状をしている。剣から放たれる清浄な光から神々しさすら感じ取れる。

 光溢れる剣を警戒したのか烙葉は飛び退き距離を取った。

 この剣を投げつけたのは誰だ!?

 カミルの記憶の中には、この剣の所有者はいない。独特なこの剣を忘れるはずがない。今回の掃討作戦に参加している皇国軍の者ではないのは確かだった。


「不穏な波動を辿って来れば、不浄なる鬼がおるとはな」


 太く低い声が響いた。その声は大樹の方からやって来る。烙葉の重力場の中を物ともせず、カツッカツッカツッ、確かな足取りで近寄って来る。

「あんさん誰や?ただ者でない雰囲気感じるんやけど」

 剣を投げつけたであろう男がカミルの横に立ち、烙葉と対峙する。

「ふんっ、鬼にも我が力の波動が伝わるか。力を持ちすぎたようだな」

 男が剣の下へ歩いていく。

 視界に男が入ってきた。そこでカミルは驚愕した。

「黒髪ッ!?」

 そう、目の前に現れた男は、黒髪だったのだ。この世界において黒髪の人は稀である。リディス族のように暗い髪色の者はいるものの、ダインや鬼以外で黒髪を持つ者をカミルは初めて目撃したのだ。

 ウルフヘアーの黒髪に両耳に丸い鏡のようなイヤリングが揺れている。特徴的なのは、肌の色が灰色に近いという点である。細部を朱で(ふち)取られた白い甲冑姿の男からは、どこか日本人のような印象を受ける。

 男は剣を回収するとカミルの方へと顔を向けた。

 今度は男の方が驚愕の表情を浮かべた。

「カミル・クレスト?」

「えっ?」

 初対面のはずの男が何で俺のことを知っている……?

 隙が生じた男に向かって烙葉が陣鎌を振り切った。

 キィン!!男は一瞥もすることなく剣を用いて陣鎌を防いだ。烙葉の膂力を物ともせず、片手で攻撃を受け切っている。

「話くらいさせろやッ!!」

 男は力任せに剣圧で吹き飛ばし、烙葉に対して力だけで打ち勝ってしまった。

 烙葉は空中で体勢を立て直し余裕を持って着地する。

「力だけであてを?鎧見ぃ限り皇国の兵隊さんっぽいんやけど、ほんまにあんさん何者なん?」

 再びの烙葉の問いかけを無視し、男は切れ長の黒い瞳がカミルを射抜く。顔をまじまじと観察し、何かに納得したかのように「そういうことか」短い言葉が漏れる。

「ジンム・ヒカミ?何故貴方がここにいる」

 カミルの下から声がした。尻で踏みつけるその下でカナタがジンムと呼ばれた男を見上げていた。

「偶然さ。―――いや、必然なのかもな。この出会いは」

 カナタは首を傾げた。理由を問うたのに、偶然や必然などと帰され困惑している。

「まずは煩いあの鬼を黙らせるとしよう」

 男は烙葉に向き直る。

 烙葉の視線は酷く冷たいものへと変わっていた。二度も無視されればそんな態度も取りたくもなる。それでも警戒心は解けておらず、男の一つひとつの動作を観察し続けている。

「あての力に耐えてるのはすごいんやけど、お仲間は動けへんよ?一人でやるん?」

「ふははははははははは」

 烙葉の言葉を不敵に笑い飛ばす。

「たかが鬼風情が我を止められると思うなよ」

 ジンムの剣に極光が纏わりつく。純白の輝きの中で輝く七色の光が烙葉を威圧する。

 不可思議な光を警戒し、陣鎌により濃密な穢れを纏わせていく。

「そんなん、やってみんとわからんやろ」

 身体をぐっと低く屈め、烙葉が飛び出した。地を蹴り、影が伸びていく。ジンムの間合いに入った影が刃となり襲い掛かった。

 迫り来る影に、ジンムはその場を動かない。ただ右手に握った極光を纏う剣を前へと(かざ)すのみ。それだけで影が光に喰われていく。

衝波斬(しょうはざん)

 独特なイントネーションで言葉を紡ぐと陣鎌を一振りする。魔力の斬撃が穢れを纏い、黒い斬撃がジンムへと飛び出した。

 ジンムが駆け、黒い斬撃を剣のただの一振りで薙ぎ払い烙葉との距離を詰めていく。

 互いの刃がぶつかり合い、白と黒がせめぎ合う。

 だが、それもほんの一瞬の出来事だった。極光に触れた穢れが浄化されていく。気づけば纏った穢れを剥され、黒の元素で作られた陣鎌が残るのみ。

 烙葉は素早さを武器にジンムの周りを駆け出した。速さで翻弄し、背面目掛けて飛び掛かる。

 ガァンッ!!背面から陣鎌で仕掛けるも、ジンムは造作もなく、ただ剣を動かし攻撃を防ぎ切った。その膂力で数多の戦士達を屠ってきた力がカナタの前ではまるで意味を成さない。

「ふんっ、反応し辛い背面側を狙うのは見え見えだ」

「ほんなら、こんなのはどうや?」

 陣鎌から穢れが吐き出される。極光を放つ剣を覆うように広がり光を遮断していく。

「無駄だ」

 その瞬間、光が穢れを撥ね退ける。穢れは霧散し浄化された。

 浄化の光を浴び、烙葉の皮膚が(ただ)れていく。さすがの烙葉も引かざるを得ず、ジンムから距離を取った。

 駆ければ瞬時に間合いを詰め、剣を振れば極光が軌跡を描き烙葉を傷つけていく。圧倒的だった。力も反応速度さえも烙葉を凌駕している。討伐隊が死力を尽くして戦っても届かなかった相手に、たった独りで追い詰めていく。それはまるで、烙葉に稽古をつけているのかと錯覚するほど一方的だ。

 それでも烙葉は倒れることはなかった。(ただ)れた皮膚も、斬られた身体も瞬時に回復している。傷を負ったという事実が無かったかのように超速再生する。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

 烙葉の息が上がり始めた。

「再生させるにも相当力を使うみたいだな」

 その言葉を最後に剣を鞘へと戻してしまった。

「―――正気なんかぁ?あてはまだやられてへんで?」

「それだけ弱れば十分だ。後はあいつらにやらせる」

「やらせるって……、圧にやられて動けへんよ?」

「問題ない」

 両耳に付いたイヤリングの鏡が光を放つ。


 パリィンッ!!


 硝子が砕けるような音が辺りに響く。

 不意にカミルの身体が軽くなる。

 なんだ……?何が起きた……?

 事態を飲み込めないままにカミルとカナタは立ち上がる。

「なにしたん?」

 烙葉は苦虫を噛み潰したような顔になり、ジンムに対して鋭い視線を投げる。

「お前の圧を無効化してやったんだよ」

「!?」

 烙葉は驚愕の顔を浮かべ、穢れを再び操り始めた。

 その度に、


 パリィンッ!!

       パリィンッ!!

             パリィンッ!!


 砕け散る音が鳴り響いた。

「無駄だ。我がいる限り、お前のその力は使えん」

 烙葉は目を見開き、その事実を受け入れた。

「ほんま、何なん?」

「そんなことどうでもいいだろ?」

 ジンムはカミル達の方を向き、近づいていく。

「お前達がこいつを殺れ。これは命令だ」

「命令って……。何で貴方がそんなこと―――「了解した」」

 カミルの言葉に被せるようにカナタが承諾する。

「何で?どういうことです?」

「何でって、そりゃ、あれが俺達皇国軍の総司令だからだよ」

「そ、総司令!?」

 カミルは呆けた顔となる。情報をうまく飲み込めず、理解が追いついていない。

 肩に手が置かれ、振り向けばジンムが目の前に立っていた。

「そう言うことだ。なぁに、元々お前達の獲物だ。自分達で何とかしてみろ。それに―――」

 ジンムがカミルの耳に顔を近づけ「帝国に還る手助けができるかも知れんぞ」小声で呟き離れていく。

 ばっとジンムの顔を追うも、それ以上語ることはせず、少し離れた位置で座り込んだ。

 何故だ、何故俺が帝国からやって来たことを知っている……?どこかで会ったことがある?――いや、あの特徴的な人物を忘れるわけがない。

 カミルは記憶を辿るも、ジンムとの接点を見つけることができなかった。

 だがその代わり、とある人物の言葉が蘇ってきた。


『黒髪の魔導師さん、灰色の人と戦ったらダメだからね?』


 アクツ村で出会ったミィと呼ばれていた未来視ができる少女が放った言葉である。

 灰色の人。それが肌の色を指すのであれば、ミィが指摘した人物はジンムということになる。あの言葉が何を意味するかわからないが、ジンムという人物を信用し過ぎるのは危険かもしれない。だが、帝国に還る為の術を知っているのであれば無視することもできない。

「何やっている。行くぞ」

 いつの間にか先を歩くカナタが呆けているカミルを促した。



 ヒカミ総司令がこの場に現れたってことは、すでにこの戦いは終わったようなもの。そこに華を添えるのが私達の仕事よ。

 重力から解放されたアリィは、両の細剣に魔力を流し込む。注がれた魔力に応じ、宝石から白の力が溢れ出した。そこに相手の力を削ぎ落す付与魔法オルヴァースを白の力の上から付与していく。

 付与魔法オルヴァース。触れれば一時的に脱力状態を付与するアリィ独自の弱体化の魔法だ。一打の弱体化の力は高くないものの、回数を重ねることで蝕まれ、最終的には武器を握ることも困難となる毒に近い性質である。

 アリィは両手に細剣を握ることで手数を稼ぐ戦闘スタイルを取る。細剣には目晦(めくら)ましの為に白の力を持つ宝石が埋め込まれている。

 双の細剣を構え「駿動走駆(しゅんどうそうく)」脚に風を纏わせ戦場を翔る。



 肩で息をする烙葉は見た目こそ無傷ではあるものの消耗している。その姿にカナタはある意味同情する。

「意図せず身体が再生されるってか。そいつは力なんかじゃねー、呪いだな」

 見たところ、魔力や穢れなんかよりも体力を奪われてる。再生の代償が体力か。

「その因果な力も今日までだ。俺が解放してやるよ!!」

 ゴアグレイドに魔力を込め烙葉の頭上へと振り下ろす。

「あんさんにやられてやるつもりぃはないんよ」

 軽やかに大剣を避け、陣鎌を振りカナタの脇腹へと刃を突き立てた。

「ぐッ!?」

 痛みに顔が歪むも腕を引き肘鉄を烙葉の頬に打ち付ける。カナタは陣鎌をあえて避けなかったのだ。強固な皮膚の前では加護の剣での一撃が頼みの綱だ。それは烙葉もよく理解しているだろう。だからこその肘鉄なのだ。一撃は軽くとも確実にダメージを与えることを優先する。

 脳を揺さぶられ、烙葉は一瞬世界が暗転した。

 そこに二つの光の軌跡が煌めいた。アリィの両の細剣を烙葉の身体に叩きつける。

翔破連斬(しょうはれんざん)!!」

 光を纏う高速の6連撃。細剣の一撃では皮膚を突破することはできないが、オルヴァースの弱体の効果を積み重ねていく。

 烙葉から熱を帯びた黒い霧が噴出される。アリィを細剣ごと押し戻し剣戟から逃れた。

洒落臭(しゃらくせ)え!!」

 天へと伸びた大剣が浄化の光を纏い振り下ろされた。

 ガキィンッ!!闇を光が相殺し、烙葉の陣鎌によって受け止められる。だが、今までの手応えとは違った。大剣を受け止めた烙葉の身体が沈み込んだのだ。アリィの施した弱体化が効き始めている。



 圧し負けては駄目!!今が攻め時なのよ!!

 熱に焼かれ、黒い霧に押された身体に鞭を打ち、前へ、前へと突き進む。

 カナタの大剣に抑え込まれ、身動きが取れない烙葉に向かい、細剣は孤を描き、一打、また一打と叩きつける。その度に烙葉の身体が沈み込む。

 受け止めきれなくなったのか、烙葉は大剣を流して転がるように離れていく。

 だが、脚力も弱っているのか、転がる際に右手首を大剣によって断たれている。瞬時に再生されるはずの烙葉の肉体にも関わらず、腕は再生されなかった。



「へっ、身体の限界が来てんじゃねーのか?ああッ!?」

 大地を叩いた大剣が跳ね上がり、烙葉を追いかけた。

 烙葉の影が伸びる。カナタの足元狙いうねり近寄っていく。

 カナタは一瞬の間逡巡(しゅんじゅん)する。

 脚をやられようが、今は首を狙うのが先だ。

 影を無視し、一歩踏み込んだ――その時、カナタの腹部に激痛が走った。それでも大剣を動かす腕は止めずに動かし続けた。

 ビュンッ。大剣が空を斬る。痛みで踏み込みきれなかった影響で、首に僅かに届かず烙葉に(かわ)されてしまった。

 クソがッ!!



 砲金色(つつがねいろ)から漆黒に変貌した黎架に圧縮魔力を込めカミルは駆ける。

 カミルは見ていた。伸びる影が烙葉の右手と繋がり操ったことを。

 カナタの腹を貫いたのは、影に操られた烙葉の右手だったのだ。

 あの影、物を操ることができるのか?

 アリィの細剣が煌めく。影を断ち、その足で烙葉へと迫った。

 烙葉は大きく飛び退き、影を伸ばし刃を模る。

 そこだッ!!

破蛇颯濤(はじゃさっとう)

 黎架を振るうと水の斬撃が飛び出していき、着地する烙葉に着弾する。

「なんや!?」

 水が烙葉の身体を這うように巻き付いていき自由を奪った。

 藻掻く烙葉に2つの浄化の光が降り注ぐ。

「ぎゃぁぁぁぁッ!?」

 身体を焼かれ、皮膚が(ただ)れていく。

 そこにトドメとばかりにカミルの刃が烙葉を斬り裂き、刃に引っ張られた水の蛇が身体を締め上げた。黎架が烙葉の黒の元素を奪い、烙葉の肉体は最早限界を迎えようとしている。

「終わりだな」

 カナタの呟きに烙葉が抗う。

「まだ、まだ終わりやない……」

 その瞬間、烙葉の身体が崩れ去り、黒い粒子となり辺りを漂う。

 烙葉の言葉は負け惜しみ、誰もがそう思った時、黒い粒子が人型を模り始めた。

 闇が集い、実体を持たぬ影の烙葉へと変化していく。

「この姿になるんも久しぶりや。覚悟はできてるん?」

 不敵な烙葉の発言に、一同は気を引き締め直す。

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