ep.87 エジカロス大森林南部鬼掃討作戦8
土の極致魔法グルムカラカ。発動者の周囲に濃密な黄の元素の空間を生成し、仲間と認識した者には掛かる重力の負荷を軽減し、敵と認識した者には高負荷を与える。効果範囲は使用者から半径100mほどだ。
ニステルの放ったグルムカラカが、烙葉の重力の異能を相殺していく。
「太極騎士のおっさん、魔力の放出やめていいぞ」
したり顔で皮肉るニステルに、カナタは薄笑いを浮かべた。
「俺をおっさん呼ばわりするとはいい度胸だ。だが、グルムカラカの功績に免じて許してやる。死合が終わるまで耐え抜け」
はっ。ニステルが一笑する。
「おいおい、あんたと一緒にすんなよ。グルムカラカは発動させたら発動者は自由なんだ。俺も戦うぜ」
「んなこと百も承知だっての。お前が潰されたら魔法も消えるんだ。そっちを気にしてんだよ」
そんな会話を交わしている二人を他所に、烙葉がカナタへと飛び掛かった。右手に握られた陣鎌を胸に突き立てるように振り下ろしている。
「うらぁぁぁッ!!」
ゴアグレイドの腹で陣鎌の刃を受け止める。烙葉の膂力に押され身体が沈み込むもカナタを圧倒できるものではなかった。
「呑気に話とったらあかんよ?すぐに首が飛んでまうからねぇ」
突き立てた陣鎌を、大剣の腹の上を滑らせカナタへと押し込んだ。大剣から陣鎌が外れる。その瞬間、烙葉は歪曲した刃部を大剣の端に引っかけ力任せに引っ張り上げる。
「ぬぉッ!?」
大剣がカナタの胸元から離れ、生まれた隙間に烙葉が踏み込んでいく。
烙葉の動きに膝を押し出し蹴りに行くも、感づいた烙葉は膝に足の裏を乗せ後方へと飛び退いた。接触の際、ハイヒール部でカナタの脚に傷を負わせることも忘れていなかった。
烙葉の小ささ故、カナタはやり辛さを感じていた。
的が小さくてすばしっこい。やりづれーったらありゃしねー……。
カナタはニステルに向かって「下がってろ!!」叫び、烙葉に向かって駆け出した。
風の極致魔法フィルザードが解除されたリアは、凛童とどう戦うかを決めかねていた。
魔力がもう心許ない。かと言って、まともに斬り合ったところで刃が強固な皮膚の前に弾かれる。少なくとも刃を強化する武技を使わなければ攻撃は通らないと見とかないと……。
リアが扱える武技の中では鳳刃絶破か宵刃が刃を強化する武技であるものの、鳳刃絶破は消費魔力が大きく、宵刃は黒に属する力なのが懸念材料だ。乱発できるものではない。
「貴様らとも此処で終わりだ。今度こそ喰ろぉてやろぅ」
黒い大剣を横に振るいリアへと踏み込んだ。大剣が凛童の後を追い、追い抜きリアの脇へと迫る。
リアは後ろに飛び退き間合いの外へと離れていく。
大剣が生み出す遠心力を利用し、更に一歩踏み込むと身体を一回転させる。
ブゥン。大気を斬り裂き、大剣が再びリアを目掛けて突き進む。
リアは剣を押し当てるも重い一撃に耐えられず身体が宙に浮き、弾き飛ばされた。受け身を取り、地面を転がり勢いを殺す。
大剣の動きが止まった瞬間を見逃さず、ニステルがシャナイアを前へ突き出し突撃していく。
「剛気!!」
穂に黄の元素が収束し、強度と鋭利さが増す。
頭や首は振り切った腕のせいで狙えねぇ。
視線を無防備な腹部へと移す。
腹を――いや、腰から脚の付け根、そこだッ!!
ビュン。空を裂き腰骨のやや下、脚の付け根の筋肉を狙い突き刺さる。
浅いッ!?
穂が突き刺さった瞬間、筋肉が締まりシャナイアの侵入を阻害した。
「足らぬ、足らぬぞッ!!」
大剣を握る左肘がニステルの脇に突き刺さり「ぐぉッ!?」声を漏らし吹き飛んだ。
凛童は炎弾を生み出し、ニステルへと撃ち出し追撃させる。
ニステルは体勢を崩しながらも岩の壁を生み出し炎から身を守った。
右手を失ったとはいえ、凛童の力は衰えてはいない。むしろ、元素を扱えることによって戦闘に幅を齎している。浄化の光に焼かれて体力面では消耗しているが、そのことを感じさせぬ戦いぶりは流石と言わざるを得ない。
消耗しているのはリアや凛童だけではない。ニステルもまた、惡獅氣と極致魔法グルムカラカの発動で体力、魔力共に消耗している。当に回復薬は尽き、ここからは気力が勝敗を左右する。
まずは時間を稼ぐ。そうすりゃ自然と動きが鈍るはずだ。
グルムカラカの効果のひとつに、時間経過で金属製の装備が重くなっていくというものがある。金属がグルムカラカの効果を集めやすいという性質を持っている為である。戦いが長引けば長引くほど、大剣は重くなり、仕舞いには持ち上げることすら困難になる。
それまでどうやって時間を稼ぐかが勝負の別れ道か。
アリィの両手の細剣が光を帯びる。それは細剣の鍔に埋め込まれた白き宝石によるもの。魔力を流せば細剣に白の力を纏わせることが可能となる。
北部の鬼達とはまるで違う存在のようだわ。嗣桜も異質だったのに、烙葉は凛童、嗣桜に比べてまた異質。黒の元素の量以上に、穢れの量が比較にならない……。
「行くぞ!!アリィ、小僧!!遅れんじゃねーぞ!!」
カナタが弾かれるように飛び出して行く。
アリィはそのすぐ後ろに追従する。
一人反応が遅れたのはカミルだ。一呼吸分の差が生まれてしまっている。
ゴアグレイドを振りかぶる。大剣であるが故、その動きは単調なものとなってしまう。だが、その動きを補うのがアリィの両手の細剣だ。カナタの動きに釣られた烙葉に、アリィがカウンターを仕掛ける。その動きすら見破られ、回避に動けばカミルの黎架が牙を剥く。
だが、烙葉はその思惑の上をいく。
地面に転がる小さな石を重力で操り三人に襲い掛かった。
「こんなもんでやられるかよ!!」
烙葉に踏み込み大剣を振り下ろそうとした時、カナタは身体に異変を来した。
振り下ろした大剣の剣筋がぶれる。頭に振り下ろしたはずの大剣は肩口にまで逸れ、烙葉は難なく横に移動し躱している。
烙葉の動きに反応したアリィもまた顔を顰める。カナタの横から飛び出したアリィは、左手の細剣を刺突の構えで突っ込むも剣先の軌道がぶれ、烙葉の顔の横を通過した。すぐさま右手の細剣で二突き目を繰り出すも、陣鎌に軌道を変えられ簡単にあしらわれた。
にも関わらず、カナタとアリィは笑みを浮かべている。
不意に烙葉の背後に2つの光の玉が現れた。上級光属性魔法ルストローア。浄化の光が烙葉の逃げ道を塞ぎ膨張していく。
「お二人は仲良しさんやなぁ。ちょっと焼いてまうよ」
勘付いた烙葉はアリィに向かって前進する。カナタより身体の軽いアリィを吹き飛ばし、空いた空間を利用し浄化の光から逃れるように飛び出して行く。
「駿動走駆」
そこにカミルが黎架を突き出し圧縮魔力を用いた加速力を以って飛び込んだ。
「あてモテモテやん。照れるわぁ」
身体を捻り黎架を掻い潜る。烙葉が恐れるのは黎架であり、カミルではないのだ。カミルと接触しようとも痛くも痒くもない。ぶん殴ってしまえば吹き飛んでくれるのだから。
カミルは烙葉の油断を利用した。軽んじられるからこそ生まれる隙がある。
黎架に纏わせておいた圧縮魔力を利用し、理外の力である念動力で剣先を動かし角度を付ける。それだけで十分。あとは駿動走駆で生まれた突き進む力が仕事をこなしてくれる。
剣先が烙葉の腹部に掛かり斬り裂いていく。傷は浅い。だが、斬るという行為よりも触れたという事実が大事なのだ。触れれば黒の元素を奪えるのだから。
「ぁ゙ぁ゙!?」
僅かに漏れる烙葉の苦痛の声が物語る。黎架の黒の元素を奪う力の威力を。
烙葉は腹部に血を滲ませながら跳ね、距離を取った。
烙葉との戦いにおいて、初めて傷を負わせることに成功した。その事実が三人の心を鼓舞する。
「このまま行くぞ!!」
大剣を振り回し、カナタは烙葉に向かって駆け出した。
吹き飛ばされ離れた位置にいるアリィもまた突撃をかける。
カミルは駿動走駆で飛び出し遠くにおり、体勢を立て直している。
ゴアグレイドを軽くし、素早く烙葉との距離を詰める。
勢いのある内に攻め切る!!
「おぉりゃぁぁぁッ!!」
踏み込み、横に大剣を振り切った。
ガキィン。烙葉の左指が刃を摘まみ大剣を受け止める。衝撃に滑る足が地面を抉り、大剣の勢いを殺しきる。
カナタの懐がガラ空きだが、烙葉は飛び込みはしない。ルストローアで反撃されるのが目に見えている。だから、摘まんだ左手を高く持ち上げた。
「おいおい、大剣を持った大の大人を軽々持ち上げんなよ」
ゴアグレイドの加重を増やし、重さが烙葉に襲い掛かった。
烙葉の両足が地面を割り沈み込む。それでも烙葉は微動だにしない。
「最近の女子は力持ちなんよ。侮っとったら痛い目に遭うよ?」
「んなもん、今体験してんだよ!!」
大剣と地面で挟み込むと、二人の間に浄化の光が溢れ出した。カナタがルストローアを目の前に放ったのだ。抑え込まれた烙葉に逃げ場はない。
「ほな、あてからもプレゼントや」
烙葉の前に黒い霧が溢れ光とぶつかり合う。濃密な黒の元素が光を遮り、浄化の力を阻害した。
ヒュン。空を斬る風音が響く。
いつの間にか接近していたアリィの左の細剣が暗闇に閉ざされた烙葉の下へと飛びて行く。
キィン!!甲高い音が響き、細剣の動きを止めた。黒い霧に阻まれ確認することはできないが、おそらく陣鎌の刃に阻まれたのだろう。
それでもアリィは腕を止めなかった。左手を戻すと同時に右手の細剣が伸びていく。
キィン!!再び響く音に、気配で動きを読まれていることをアリィは理解した。
視認せずとも良いということですか……。それはそれで好都合なんですけどね。
両の細剣に魔力を流し言葉を紡ぐ。
「翔破連斬」
光を纏う細剣が踊る。高速で振るわれる剣技を放つアリィは、まるで舞っているかの如く優雅であった。光の軌跡を描き、6つの連撃で動きが止まった。
それと同時に光と闇が晴れる。
「よう頑張っとったけどなぁ。あてには届いてへんよ?無暗に振るうだけでは相手は倒せんからねぇ」
烙葉の余裕のある助言めいた言葉にアリィは微笑んだ。
「無暗に振るったように見えたのなら、貴女の目は節穴よ。自分の状態を良く見てみるといいわよ」
その瞬間、カナタの前蹴りが烙葉の顔を踏み躙った。大剣を力ずくで抜き去ると、烙葉を蹴り後方へと飛ぶ。
体勢を崩した烙葉が後ろへよろめき、後方に跳び宙返りをして倒れるのを防ぐ。
烙葉は納得がいかないといった顔を浮かべ、アリィへと視線を送る。
その隙をカナタが見逃してくれるはずもない。
ゴアグレイドに魔力を流し地面へと突き立てた。大地を伝い、烙葉の真下で黄の元素が溢れ、無数の金色の刃が襲う。
「宵拳」
烙葉の左拳が黒の外装を纏い、力任せに金色の刃に突き立てた。刃を砕き有り余った衝撃が周囲に拡散していく。金色の刃を次々と破壊し、攻撃を無力化した。
その隙にアリィが駆ける。
細剣に光が灯り「翔破連斬」高速の6連撃が煌めいた。
陣鎌と宵拳を纏う左拳で細剣をいなしていく。その度に烙葉の手が細剣に押され始めた。何とか捌ききると烙葉は謎の現象の絡繰りに気付く。
「あんさんの細剣、あての力を削いでんなぁ。その剣も業物なんやなぁ」
ここまで余裕のある態度だった烙葉に陰りが見え始めた。黎架に黒の元素を奪われ、更には細剣が力を削ぐ。その先に待つのはジリ貧。持久戦に持ち込まれれば不利になるのは明白だった。
疲弊しながらも立ち向かうリアとニステルの姿に、クォルスの心臓は強く脈を打つ。
いいのか?こんな所で諦めてしまって……。
リアの剣が大剣を受け止め、ニステルの槍が熊の右手を弾いていく。
皆が死力を尽くして戦っているのに、このまま座り込んでると知ったら同族のみんなはなんて言うか……。
幾度かの剣のぶつかり合いで、リアが持つ剣に罅が入った。
「くぅはっはっは!!どうした?剣の寿命か?こんな時に罅が入るとはつくづく運に見放されておるなッ!!」
更なる一撃がリアの刀身を砕いていく。
「くっ!?」
リアが距離を取る為に後方へ飛ぶ。
リアの動きを見越していたのか、大剣を介して黒き炎弾がリアへと放たれた。
「風でも何でも使って避けやがれ!!」
ニステルの叫びも空しく、すでに発動が間に合う距離ではない。
凛童が嫌な笑みを浮かべた。
「灰燼と化すが良いッ!!」
だが、リアは諦めなかった。少しでも被害を減らそうと身体を捻り無理やり体勢を変えようと努力する。それでも無情にも身体は避けきれない。ぐっと瞳を閉じ迫り来る黒炎を受ける覚悟を決める。
「はぁぁぁぁぁあッ!!」
白炎が迸った。黒炎とぶつかり合い、折り重なり、天に向かって飛んでいく。
凛童の視線が動く。
「死に損ないが今更出しゃばるな」
視線の先に居たのは、ノヴァズィールを振り切ったクォルスだった。
左胸から血を滴らせ、その場から動けずにいる、痛みに耐え、動かぬ身体に鞭を打ちただ一振り、白炎を走らすことをしたに過ぎない。だが、その一振りが無ければリアは黒炎に呑まれただでは済まなかった。
クォルスの心を動かしたのは、劣勢ながらも凛童に挑み続ける勇気と忍耐、同族に恥じない戦士でありたいという誇り高さ故だった。一度は折れた心に火を灯し、クォルスは立ち上がる。回復薬を口に突っ込み命を繋ぐ。回復効果の高い回復薬ではあるものの、命を繋ぎとめたに過ぎない。左胸を貫かれ、内部を抉られているのだ。リディスの回復魔法無しで立てていることが奇跡に近かった。
リアを助ける為の1本。そして立ち向かう為にありったけの回復薬を体内に流し込んでいる。最早奇跡など起こらない。勝負は一合。
「何もせずに此処でくたばってしまえば、ダインの民の名に泥を塗ることになる。それだけは許せない」
ノヴァズィールに白炎が灯る。クォルスの覚悟を体現するかのように強く、激しく猛り狂う。
「命を賭して刻み込んでやる。ダインの民の誇りをなッ!!」
リアは後方へとどんどん距離を取る。
助かったけど、この剣だとまともに打ち合うこともできない……。
砕けた刀身を見てリアは絶望の淵に追いやられている。罅は刃の中心部に入っており、どこにぶつけようが次の一撃で完全にその役目を終えてしまう。
この剣はリアが両親から受け継いだ代々の剣であった。刻が来れば真価を発揮すると言われ託されたものだ。その力を発揮することは長いフィブロ家の歴史において一度としてなかった。銘すら知らぬ剣は役割を終えようとしていた。
せめて最後に凛童に報いたい。託された想いと、共に歩んで来た相棒で一矢報いねば気が収まらない。
魔力が心許ないなんて言ってられない。これが最後の一撃なのよ。振り絞れッ!!
持てる圧縮魔力を注ぎ込む。圧縮された魔力のせいか、砕けた刀身のせいか、いつにも増して輝いて見えた。
お前も頑張ってくれるのね……。
砕けた刀身をそっと撫で、そして構えた。
熊の右手が振るわれ、大剣が空を裂き、黒炎が吹き荒れる。
ニステルはシャナイアで隈の右手弾き、大振りの大剣を躱し、岩の壁で黒炎を凌ぐ。
このままじゃ埒が明かねぇ……。このままジリ貧になるよか、勝負を仕掛けるしかねぇ!!
ニステルもまた腹を括る。
このままニステルの命が尽きようが、魔力が尽きようが、烙葉の重力の支配に討伐隊が晒される。そうなれば全滅する危険性が高くなる。なら、せめて凛童を潰すしかないのだ。
右手を大きく弾いたところで、一旦技の発動の為に後方へ飛び退いた。
「そろそろ仕舞いだ。凛童、覚悟を決めろ」
着地と同時に生命力と魔力を「惡獅氣!!」へと変換していく。
凛童は氣を纏うニステルに、森での出来事がフラッシュバックする。
「そいつを外せばお前は終わりだ。死を賭して掛かって来いッ!!」
凛童もまた濃密な黒の元素と穢れを纏う。元素と穢れが混ざり合い、背後に黒い粒子が翼のように闇が蠢いた。
シャナイアを構え、大地を踏みしめ駆け抜ける。
ニステルに応じ、黒い粒子を大剣に纏わせ振り上げ前へと跳ね進む。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおりゃぁぁぁぁぁぁぁああッ!!!!!!」
「消え去れぇぇぇッ!!小僧ぉぉぉぉぉぉおおッ!!!!」
互いの全力を刃に乗せ、槍と大剣がぶつかり合った。
ガギィィィィィィンッ!!!!
刃のぶつかり合い、氣と穢れのぶつかり合いで生じた衝撃波が周囲を駆け抜ける。
大剣を受け止めた衝撃でニステルの身体が地面へと近づいていく。純粋な力比べでは凛童に分がある。その不利を承知で挑んでいるのだ。ニステルに焦りはない。
まずはこの大剣を、圧し折るッ!!
惡獅氣であれば大剣すら砕くことも可能だ。だが、大剣を覆う闇が惡獅氣の氣に対抗している。
圧せッ!!シャナイアッ!!!!竜を討ち取ったその力を示せッ!!!!!!
ニステルの想いを汲むように、大剣の闇が徐々に削れていく。
技の練度で劣ると悟った凛童は透かさず右手を振り上げ、シャナイアを握るその腕へと振り下ろす。
白炎が揺らめく。
ニステルの動き出しに合わせ、クォルスは駆けていた。ノヴァズィール振るい、右手を斬り裂いていく。
堪らず黒炎をクォルスにぶつけるも、白炎が黒炎を食い荒らしていく。
そこに風が吹き荒れた。
飛び込んで来たのは緑の輝きを纏うリアだ。左手を凛童に翳し、ルストローアの浄化の光を叩きこむ。
逃げ場のない状況に、凛童は浄化の光に直撃した。
「ぬぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙ッ!!!!!!」
だが、凛童は耐える。ここで避けようものなら、その隙を突かれ一気に窮地に追い込まれる。それだけは防がなければならなかった。
黒い翼のようなものが凛童の身体を覆い浄化の力に対抗する。
黒の力をどうにかしねぇと致命打を与えられねぇ!?
あと一歩、あと一歩が遠い。
闇に阻まれ浄化の光も届かず、この剣の一撃も凛童には届かないだろう。
何か、何か闇を払う術があれば……。
唐突に砲金色の見慣れた鞘が闇へと突き刺さった。
音もなく近づいた鞘が黒の力へ干渉し、見る見る内に黒の元素を奪って行く。
これが誰の仕業なのか一目瞭然だった。
だからこそ、その後に起きる展開を予想することができる。
「天斬ッ!!いっけぇぇぇぇぇぇぇぇええッ!!!!!!」
緑を纏う剣を、闇に阻まれた凛童に向けて振り下ろす。
その途端、闇が掻き消えた。
大剣を握る左肩口から左胸に向かって刃が進み、凛童の体内で刃が砕け散り止まる。
「うぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙ッ!?」
それでも凛童は諦めない。リアに黒炎を放つ――のだが炎の大きさは酷く小さなものだった。
リアへと意識が逸れた一瞬をニステルは見逃さない。限られた僅かな力を惡獅氣に変換し、死力を尽くす。
「貫けぇぇぇぇぇぇぇぇええッ!!!!!!」
闇を失った大剣を惡獅氣を纏うシャナイアが砕き、凛童の右胸に突き刺さる。強固な皮膚も惡獅氣の前に意味をなさず、血肉を吹き飛ばし、高い硬度であった胸骨すら粉砕した。そこに在るのは無情なる風穴。
そこでニステルの意識は遠くなる。
文字通り全力を出し切り、身体の防御反応として意識が断たれた。
クォルスは二人に感謝した。
凛童を追い詰め、この手で命を狩り取るチャンスをいただけたことに。
これですべてを終わりにする……。
持っていけ、我が命の灯火をッ!!!!
クォルスの身体が見る見る内に肌の張りを失い、筋肉が萎み、頬がこけていく。生命力を魔力へと変換し、白炎の濃度が高くなっていく。
「消え去れぇぇぇぇぇぇぇぇええッ!!!!!!」
ノヴァズィールが白炎を迸らせ軌跡を描く。
凛童の頭頂から斬り裂き、頭を両断し、心臓を抉る。
その結果にクォルスは笑みを浮かべ地面へと臥していく。
黒炎が髪を掠めながら通り過ぎていく。
斬り裂いた!?これで、凛童を討てた!?
高なる鼓動がリアの頭の中を支配する。
だが、黒の元素が、穢れが蠢き、心臓から第3の腕が姿を現した。
リアは完全に不意を突かれた。抵抗する間もなく首を掴まれ足が地面を離れていく。
「そ……ん…な………」
届かなかった……?頭も、首も、心臓まで斬り裂かれてるのに……?
そこでリアは気づく。クォルスの刃が胸で止まっていることを。
斬り…裂けてない……!?
クォルスの放った一撃は確かに心臓を捉えている。だが、断ち斬るまでには至っていなかったのだ。
剣も魔力も失った今、リアに抗う術はなかった。
これで………終わり…………?
脳裏に『死』の一文字が過っていく。
嫌だ、終わりたくない……。皆に逢えないまま死にたくない……。
だが、現実は無情である。
リアの身体が持ち上がり、砕けた剣が凛童の身体から離れ――ることはなかった。
砕けたはずの刃が凛童の身体に引っ掛かり、持ち上げる腕の動きを阻害している。
刻が来れば真価を発揮する。
その刻が今訪れたのだ。
砕けた刃の中に、細い刃が姿を現した。緑の輝きを携え、主の想いに応える為に。
リアは目を見開いた。
あなたはまだ戦えるのね……。
涙が頬を伝う。それは感謝の涙であり、喜びの涙だ。
リアは今一度剣を握る手に力を入れた。
最早剣など振るえない。
だから、握った柄を手放し扱い慣れた魔法の名を紡ぐ。
「エスタ……」
掠れた声の言の葉は風と成りて緑に輝く剣を射出する。
心臓の奥深く、刃の届いていない最下部を今度こそ確実に断ち斬ったのだ。
霧散するように第3の腕が消え、凛童は膝から崩れ地面に倒れていく。
力を振り絞ったリアもまた意識が薄れていくのを感じるのだった。




