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ep.86 エジカロス大森林南部鬼掃討作戦7

 アリィ隊から敗走した嗣桜(しおう)は、その日の内に烙葉(らくは)の居る大樹の元まで戻っていた。髪は乱れ、片耳が削ぎ落ち、左腕を失っている。小紋は破れ血に染まり、左足の小指を失っているせいか、左足を庇うように重心が右足に乗っている。

 派手にやられた姿に、烙葉はただ笑うのみだった。

 仲間であって仲間でない。個々が独立しており、一緒にいる方が物事を有利に運べることで集まっているだけなのだ。人であればそこに情が生まれることもあるが、鬼である烙葉達には当てはまらない。気まぐれで助けることはあっても、基本的には自己責任で動くのが決まりである。

 だから嗣桜も何かを期待していたわけではない。烙葉を()()すれば自分が助かる確率が上がるからすり寄っただけであった。

「せめて血は落として身綺麗にしとかんとねぇ?小紋もそないにしてはって、替えはないんやろ?皇国軍を追っ払うまでの我慢やねぇ」

「わかってるし……」

 生きて戻れただけで儲けものなのだ。


 身体を治療することもないまま、討伐隊が大樹までやってきた。いくら鬼といえど、損傷率が高ければ簡単に命を落としてしまう。それなのに治療をしないのは――いや、治療できないのには理由があった。大樹のあるこのエリアには、身体を癒すのに必要な黒の元素がほとんど存在しない。森の中を駆け巡れば多少なりとも回復はできただろう。だが、嗣桜は恐れたのだ。アリィ隊のような皇国軍との遭遇を。

 大樹の中から討伐隊を眺め、ひとつの策を思いついた。

 自分が戦わずとも、烙葉に倒してもらえばいいのだ。嗣桜の異能で戦局を有利に導き、確実に殺れるタイミングで殺しきる。

 さっすがあたしね。一時はどうなるかと思ったけど~、これなら確実に殲滅することができる。

 ほくそ笑み、そのタイミングを計る。


 やはり烙葉は強かった。夢の影響があるとはいえ、討伐隊を手玉に取る実力に舌を巻く。

 不意にその瞬間は訪れる。

 烙葉の首が飛ばされたのだ。

「へぇ~」内心驚いた。夢の中の出来事とはいえ、それを覆す者が現れたことに。

 烙葉の首が転がる。それを合図に嗣桜は大樹から飛び降り、鉄扇から生み出された黒き風によってリョウジとコウキの背中を斬り裂いた。鮮血を上げ倒れた二人を確認し、誰に語るわけでもなくいつもの決め台詞吐く。

「良い夢は見れたかしら〜?」



 新たな鬼の登場に、クォルスは警戒心を強めた。

 姿はぼろぼろだが、コイツが件の鬼女――嗣桜なのだろう。女性隊士達が対処に向かったはずだが……、まさかやられたか?

 嗣桜はクォルスが自分の姿を認識しているのに気づき、穢れた手首に注目した。顔だけ烙葉の方に向ける。

「ちょっと~、貴女の()()()()()であたしの力が効いてないじゃないのよ~」

 嗣桜の視線の先、烙葉がいるであろう場所には、烙葉と呼べる鬼の姿はなかった。在るのは120cmほどの小さな女の鬼。着衣は確かに烙葉が着ていたもので間違いないが、風貌が明らかに違った。黒髪を耳の後ろでまとめたアレンジされたツインテイル。ツインテイルを留めるのに臙脂(えんじ)色の蝶の髪飾りで彩られている。

 大人びた姿は変化した姿だったか……。

「せやかて、嗣桜が参戦するなんて思ぉてへんかったからね。しゃーないわぁ。でも、心配することないよ?もう勝負は着いちゃってるからね」

 小さくなったが烙葉は烙葉。クォルスは2体の鬼の会話から情報を得ようと頭を働かせる。

 どういうわけだ?穢れのせいで嗣桜の異能の影響を受けていない?………。そうか、鬼の異能は穢れ由来ってわけだ。烙葉の穢れが、他の鬼の穢れに対する抵抗力として機能しているのか。嗣桜が現れたということは、討伐隊は幻覚を見せられているということ。首を斬り落としただけでアイツらが歓喜していたのは、俺とは違う世界を見せられていたからだ。あっちの世界では既に烙葉の頭も心臓も潰されている。そう考えれば納得はいく。

 烙葉がクォルスに微笑みかけ「あんさん一人仲間外れやね。悪いことしたなぁ」愉しげである。

 烙葉1体でも脅威だというのに嗣桜までもが登場した。当初は3体同時に対応する手筈だったことを踏まえるとまだマシなのだが、戦局は芳しくない。今ここでまともに戦えるのはクォルス一人だ。幻覚に耐性を得たとはいえ、一人で鬼2体の相手は荷が重すぎる。

 だが、やるしかない。ここで俺が倒れれば、皇国に余力はない。鬼に支配される未来が確定してしまう……。

 痛む右腕に力を込め、ノヴァズィールに白炎を纏わせた。

「ふふっ、ええ目やぁ。困難に立ち向かおうとするその瞳、あては好きよ」

 嗣桜が「うぇぇぇ!?」素っ頓狂な声を上げ呆れた様子で烙葉を見つめた。

「あんた、おっさんが趣味なの!?ちょっと意外……。まぁ、趣味はそれぞれだけどさ~」

「嗣桜は嫌いなん?」

「あたし~?あたしはもっと美形が良いわ。ちょっと堀が深くて男臭ささが見えるようなね」

「そこにおるやん」

 嗣桜がクォルスに視線を送った。途端に首を左右に大きく振り「おっさんは対象外に決まってるでしょ~が~!!」烙葉に凄む。

 見た目8歳ほどの女の子に恋バナを求める嗣桜も嗣桜であった。

 目の前でおっさん呼ばわりされたクォルスは意に介さず、視線を外している嗣桜へと一息で踏み込むと白炎を纏う剣を振り切った。

 嗣桜は気配で察知し後方へ飛び退く。

 そこに烙葉がカウンターを合わせていた。手刀の形を取った左手がクォルスの左胸を貫いた。

「ぐぁッ!?」

 反射的に身体を傾けたおかげか、心臓を直撃することなく左肺を潰されただけに留まった。

「ええ反応や。……なぁ、鬼側に付かへんかぁ?あんさん殺すの惜しくなってきたわぁ」

 言葉とは裏腹に烙葉の貫いた左手が捻られる。右へ左へぐりぐりと捻られ、その度に「ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ッ!!!!」クォルスの絶叫が辺りを支配した。胸を貫かれただけでも酷く痛む上、傷口を抉られればそうもなる。だが、それだけに留まらない。烙葉の左手から放たれる穢れに、傷口から冒されていく。穢れに含まれる毒素により、クォルスの神経系が蝕まれ始めている。

「あははははっ!!烙葉、言ってることとやってることが間違ってるわよ~?」

 きょとんとした顔の烙葉は「ほんまやぁ~」目を(しばたた)せた。

「それで、どぅすんの?うちに来るんか?」

 苦痛に歪むクォルスは、烙葉を見つめ「殺れよ……」拒絶する。

 白炎が揺らめく。

 クォルスは目を見開き、全魔力をノヴァズィールに注ぎ始めた。

「だが!!お前も道連れだぁぁぁぁああッ!!!!!!」

 白炎が猛る。

 クォルスと烙葉を中心に白炎が渦を描き、空気を取り込み燃え上がった。立ち昇る白炎の竜巻、火災旋風が起こったのだ。

「ちょっ、ちょっ!?」

 慌てふためく嗣桜は白炎から距離を取る。

 白炎の大きなうねりが大気を揺さぶり、風の流れを乱していく。

 破れた小紋が風に靡き、生地が裂け舞い上がる。宛らミニスカート姿となった嗣桜は裾を押さえ、捲れ上がるのを防ぐ。

 その時、風の音に紛れて雷鳴が轟いた。



 青緑色の(いかずち)が嗣桜目掛けてまっすぐ突き進む。

 新たな元素の反応に、嗣桜は振り向き後ろへ飛んだ。

 一足遅れて(いかずち)を纏う刃が戦場に煌く。

「しまっ―――」

 見開く嗣桜の目が、(いかずち)を纏うリアの姿を映し出す。

 電光石火の一撃が右の二の腕を断ち、宙を舞う。

「ぎゃぁぁぁぁぁッ!?」

 肉が焼ける焦げ臭さが漂うも、白炎の火災旋風が巻き起こす気流に吸い込まれ霧散していく。

 腕を失う痛みと衝撃に、嗣桜は着地に失敗し背中から地面に打ち付ける。

「私から逃げれると思ってるの?」

 倒れた嗣桜に(いかずち)を纏う剣が突き付けられる。

 見上げる嗣桜は怯え切っていた。

「あんた、一体なんなのよ……。あたしの力が効かないなんて、本当にエルフなのッ!?」

 嗣桜はこれまでに様々な種族に対して異能で退けてきた。ヒュムもエルフもドワーフも、ダインでさえ嗣桜の夢の前では無力だった。それなのに、ここにきて例外が二人も生まれてしまった。一人はククレスト・モースター。理外(りがい)の力である真眼(しんがん)によって看破され、追い詰められる事態を招いた。もう一人はリアスターナ・フィブロ。こちらは異能が効かない理由が不明であり、理解できない不気味さからより嗣桜に警戒されている。

 見下ろした先の嗣桜の姿に、リアは嫌な笑みを浮かべた。

「正真正銘のエルフよ。まあ、私のことよりも、あなた、ずいぶんと見窄(みすぼ)らしい姿になったわね」

 左右の腕は消え去り、片耳が削げ、左足の小指も落ちている。自慢の小紋も膝上まで脚を露わにし、品の無さまで出てしまっている。

「煩いッ!!煩いッ!!煩いッ!!」

 屈辱に震える嗣桜に、かつての美麗な雰囲気を感じることはできない。

「とりあえず、その脚、貰うわね」

 言葉よりも早く手が動き、(いかずち)を纏う剣が顕わになった太股を一刀両断する。

「ぐぎゃぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ッ!?」

 もはや可愛い声を上げることもできず、地面の上をじたばたと悶えている。

「なに遊んでいるのですか!!早くトドメを!!」

 リアに遅れて一人の女性隊士が合流する。

 亜麻色の髪をグレージュでメッシュにした女性――アリィローズ・アロシュタットだ。アリィの両手には綺麗な意匠が刻まれた細剣が握られている。ほのかに全身に光を纏い、綺羅綺羅と煌めいていた。

「なにって、この鬼は散々人を苦しめてきたんでしょ?なら、その報いを受けてもらわないとね」

 アリィは不快に顔を歪ませた。

「鬼は嗣桜だけではありません!!離れてください。貴女がやらないのであれば、私がやります」

 前へ出てくるアリィの姿を見て、嗣桜は口角が僅かに上がった。



 あの女なら、あたしの力が通じる。アイツに夢を見せて同士討ちさせちゃえばいいのよ。ふふっ、最後に勝つのはあたしなんだから!!

 四肢を失いながらも嗣桜の異能は失われていなかった。異能を発動させるのに必要な部分が残っていれば、穢れと魔力さえあれば発動させられる。

 穢れと魔力を()()()に流し込む。微振動させながら穢れを含む魔力が空間に広がり始めた。視認できないほど細かな魔力が気づかぬ内に体内へと侵入し、直接脳に干渉する。

 それと同時に肌にも穢れと魔力を流していく。きめ細かい肌から甘い香りのフェロモンが放たれ、体内に侵入すると五感を鈍らせる。

 この2つの性質を併せ、嗣桜は異能を発動させている。その効果は相手の感覚に干渉し、相手の望んだ未来を現実として認識させ夢を見させる。もしくは、望まぬ未来を現実として認識させ夢を見させることが可能となる。

 ククレストのように真実を見極める目を持つ者は、夢を見せられても、それと同時に現実を認識できてしまうという弱点も併せ持つ。

 嗣桜の魔力とフェロモンがアリィを襲う。

 だが、予想外のことが起こった。アリィの纏う光が、嗣桜の魔力とフェロモンを弾いているのだ。

 え…?え……?あたしの力が、弾かれてる……?

 異能の性質上、どちらも体内に取り込ませなければ五感を狂わせることができない。この場に現れた瞬間からアリィは光を纏っていた。その結果、体内に魔力もフェロモンも送ることができなかったのだ。

 なんで?どうして?あたしの力のタネがバレたの……?

 慌てる嗣桜の額に汗が滲んでいる。

 リアとアリィはその表情を見逃すことはなかった。

「やっぱり魔力と元素で身体を覆っていれば、あんたの異能は発動しないのね」

 リアが確信を持った言葉を放つ。

「助かりました。貴女の忠告が無ければ仲間と同士討ちをさせられていたかもしれません」

 対極的に二人の表情には笑みがこぼれている。

「そんな……、嘘よ……」

 首を右へ左へゆっくりと往復する。

「あんたの異能の種はわからない。でも、対抗策なら掴むことができているのよ。諦めなさい」

「嫌ッ!!イヤッ!!」

 拒絶の声を上げるも、四肢を失った今逃げることさえも叶わない。嗣桜の目から涙が零れる。死を前にして絶望し、悲痛な表情へと変わり果てている。

「あんたが殺した人の無念、晴らさせてもらうわ」

 バチバチッ。リアの(いかずち)が弾け、嗣桜を襲う。電撃に身体を痙攣させ「ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ッ!!!!」濁った震える声を漏らす。肉を焼き、髪の毛は縮れ、目玉が白く濁っていく。

 い…たぃ……。く…る……しぃ………。たす……け…て……。

 (いかずち)が思考力を奪って行く。頭は真っ白となり、意識を保つのも困難になっている。



 リアは出来る限り苦しんでもらうために手加減を加えている。やろうと思えば一瞬で黒焦げにすることも可能なのだ。今まで命を失った者達の痛み、絶望を嗣桜を理解させてやるという憎悪から来るものである。

 もう限界か。

 ぐったりとした嗣桜を前に、リアは剣を振りかぶる。このまま意識を飛ばしてしまうのは生温い。確実に痛みを与える為に、頭を、首を、心臓を叩き斬る。そう決めていたのだ。

「逝け、人喰いの鬼ッ!!」

 (いかずち)を纏う剣が嗣桜の身体を一刀両断した。

「んぁ゙ぁ゙ッ!?」

 嗣桜の頭をから腰までを斬り裂き絶命に至る。

 呆気なく命を落とした嗣桜を眺め、リアの心は空しさでいっぱいだった。多くの人を殺めた鬼でさえ、死の前では平等なのだ。

「まずは1体ね。次の鬼に向かいましょう」

 感慨に耽ることもなく、アリィは隣で行われている烙葉との戦闘へと向かっていく。

 切り替えの早さはさすがは軍人ってところね。

 アリィに続き、歩き出そうと足を踏み出した時、違和感を覚えた。

「嗣桜の身体が消えてない……?」

 リアは一抹の不安を覚えるのだった。



 魔力を絞り出し、白炎で烙葉の身体を焼いていく。

「まさか、自爆技で挑んでくるとは思わんかったわぁ。あんさんの漢気、敵ながらあっぱれや」

 皮膚が溶け、髪が、衣服が焼ける。その中において烙葉は至って冷静だ。その姿にクォルスは焦りを感じ始めた。

 魔力を使い果たしたとしても……、命を奪い取ることは難しいか……。

「あんさんも気づいてるんやろ?この炎だけであてが死なんこと。炎止めたら、まだ生きられるんよ?はよ諦めんさい」

「ふっ、止めろと言われて止めれるわけがないだろう。最期まで付き合ってもらうぞッ!!」

「いぃや、そうはならんのよ」

 クォルスに突き刺した左手を抜き去り、烙葉は穢れに満ちた魔力を放出する。

 立ち上る火災旋風が揺らぎ始めた。前後左右と揺れ動き、穢れによって白炎は吹き飛ばされてしまった。

「なぁ?大丈夫やったろ?」

 もはや答える元気すらない。死を賭して挑んだのにも関わらず、あっさりと破られてしまったのだからそうもなる。

 これで、終わりか……。

 不思議と悔しさは感じていなかった。全力で挑んだ結果のことならば諦めもつくというもの。クォルスの手からノヴァズィールが離れ、地面にへたり込んでしまった。



 心地良いふわふわとした世界が一瞬にして消え去った。

 地面に倒れた烙葉の身体は霧散し、やたらと大気が熱を持っている。

 一体なにが……?

 カミルは振り向き、目の前に広がる光景に絶句した。

 小さい烙葉のような女の子を前に力無くへたり込むクォルスと、リアとアリィがこちらへと向かい、その奥には身体を引き裂かれた嗣桜が転がっている。

 理解が追いつかず、カミルは困惑する。

「皆さん、お揃いやね」

 烙葉……なのか?かなり縮んでいるけど……、あの姿は変化したものだったのか。

 討伐隊に囲まれる形となった烙葉の表情は柔らかく、歓迎している節すらある。

 烙葉は転がった嗣桜の姿を見つけると「逝ってもうたかぁ」変わらぬ声色で淡々と語る。

「無理に出てこんでも、あてが全部相手したったのになぁ」

「これだけの士官級の隊士に囲まれて、よくもそんな態度が取れるな。もうお仲間が幻覚を見せてくれるわけじゃないんだぜ?」

 カナタが詰め寄りゴアグレイドを構えた。

「そんなん、そっちも同じやろ?」

 その瞬間、身体が押し潰される感覚に襲われた。身体が沈む。まるで地面に引き込まれるようだ。

「重力に対抗しとった兵隊さんは嗣桜にやられとるやろ?そんな状態でどうするん?」

 黄の元素との親和性の高いリョウジ、コウキは、嗣桜が現れた折に黒い風によって斬り裂かれ意識が飛んでしまっている。

「そんなもん、俺一人でなんとかしてやらぁぁッ!!」

 ゴアグレイドを大地に突き立てると、大剣を介して黄の元素に干渉していく。

 すると、身体にかかる圧が薄れる。だが、加護の剣を介しているとはいえ、士官級二人の干渉力までには至らない。

「へぇ、すごいなぁ。一人で持ち直すなんて、あんさん力持ちや」

 カナタ以外が立ち上がる。

 シドウさんの動きは縛られたけど、リアもアリィさんもいる。怯むな、鬼との戦いは此処で終わらせるんだ。

 黎架に圧縮魔力を流し込み構えた。

 そこに、上空から濃密な黒の元素の反応が落ちてくる。

 ドォオンッ!!大地を砕き現れたのは、凛童(りんどう)だった。だが、万全の状態でないのが一目でわかる。魔断の右手が失われ、代わりに熊のような鋭い爪と毛に覆われている。

「ふんっ、また貴様らか。忌々しい」

 敵意剥き出しの凛童はカミルを睨みつける。

「凛童!?」

 カミルが言葉を口にする瞬間、青緑色の(いかずち)が走る。リアの(いかずち)を纏う剣が凛童を襲っていた。

 キィィィン。反射的に熊の爪で受け切るも、(いかずち)が凛童を焼く。

 だが、凛童は動き出す。(いかずち)を諸共せず、隙の生じたリアの腹部に前蹴りが突き刺さった。

「ぅ゙ぅ゙ッ!?」

 呻き声を漏らし吹き飛んだ。地面を転がり、カミルの目の前で動きを止める。それと同時に纏う(いかずち)が霧散した。

「リア!?」

 すぐさま駆け寄った。

 リアは掌をカミルに翳すと「大丈夫だ」動きを制し、身体を起こすと凛童へと視線を送る。

「油断も隙もない女だ。だが、お前の力も相当尽きかけておるな?前にやった時に比べて力が足りておらぬ」

「こんだけやられたらもう抗う力は残ってへんでしょ?大人しく降参せーへん?あて一人にも敵わんのに、凛童まで来たらお手上げやろ?」

「そんなこと、できるわけがねー!!お前達こそ余力がねーんじゃねーか?そんな提案してくるってことは、もう後がないんだろ?」

 カナタが吠える。重力に抗う彼にやれることは、仲間を鼓舞し気持ちで負けないように言葉をかけるのみ。

「でも、あんさん達のお仲間はもう三人動けへんよ?あんさんも入れたら四人や、戦力半減しとるんよ。それでもやるん?」

「後がないのは百も承知だ。皇国民が苦しんでいる以上、何もせずに帰れはせん!!」

 烙葉の表情が陰る。

「そうか。そりゃしゃーないなぁ。寂しぃならんよう、お友達いっぱい送ってやらんと」

 烙葉が濃密な黒の元素を纏う。それは話し合いの終わりを意味していた。右手に黒の元素が集まり、武器の形を成していく。皆が良く知る形状、俗に鎌と呼ばれる陣鎌(じんがま)だ。

「ほな、始めましょか」

 烙葉の放つ言葉に、場が一気に重くなる。言葉にさえ重力を乗せられるのでは?と錯覚するほどだ。

「クォルス!!立て!!まだ勝負は着いてねー!!」

 カナタが叫ぶも、クォルスはへたり込んだまま動かない。

「カミル!!お前が烙葉を殺れ!!その剣があれば押し負けねー!!皇国の未来を託す!!」

「シドウさん……」

 カミルは頷き黎架を握る手に力を込める。

「俺が烙葉を倒します。もう暫く耐えててください」

 アリィがカミルの横へ並んだ。

「一人で戦うわけではありません。気負い過ぎないように」

 左手の細剣を前方に突き出し、右手の細剣をやや引いた位置で構えた。

「凛童は任せて。絶対にそっちに行かせないわ」

 魔力の尽きかけたリアが強がる。昨日から逃げる嗣桜を追ってほぼ休まずにこの場に駆け付けたのだ。魔力はまったく回復していない。そんな状態で凛童の相手をするのは自殺行為に等しい。カナタが動けない以上、手が空いているのはクォルスのみ。だが、当の本人は心が折られている。戦力に数えるには無理があった。

「たった一人で(われ)の相手をするつもりか?舐められたものよ。後悔する間も無く、その首、叩き斬ってやろぅ」

 凛童もまた黒の元素を纏わせる。

「凛童、さっさと終わらせるからねぇ。遊んどったらあかんよ?」

「わかっておる。早ぅ殺したくてうずうずしておるだけだ」

 戦闘モードに入った2体の鬼が動き出す。


― 重力に縛られし者達よ 裁定は我が手に有り

    枷に苛まれ 汝は束縛に嘆くだろう 捕えよ グルムカラカ ―


 突如として詠唱が響いた。言の葉は魔力と元素と折り重なり、極致の魔法と成りて戦場を覆い尽くしていく。

 討伐隊の身体が軽くなり、鬼の動きは鈍くなる。

 ザッ、ザッ、ザッ、ザッ。

 大地を踏みしめ一人の男が歩み寄る。

 砂色のフェザーパーマをセンター分けにした堀の深い顎鬚の男――ニステル・フィルオーズが姿を現した。

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