ep.85 エジカロス大森林南部鬼掃討作戦6
澄んだ森を進み、一際開けた場所にたどり着いた。長径500mほどの円形に、中央に大樹が1本天高く伸びているのみだ。まったく黒の元素を感じないこの場所に、本当に烙葉がいるのか不安になる。深部にいるという情報が間違っていたら、他の部隊が烙葉達と遭遇しているかもしれない。それだけが心配だった。
リョウジを先頭に警戒しながら馬を進める。蹄の音と鎧がぶつかり合う金属音、風に靡く葉が擦れる音のみが場を支配している。
大樹まで30mまで迫った時、大樹の中からひとつの人影が現れた。
毛先を巻いた肩甲骨まで伸びる黒髪をハーフアップし黒のドレスを身に纏う女性型の鬼――烙葉だ。豊かな双丘にくびれた腰、黒のドレスから覗く白い肌が妖艶な雰囲気を醸し出している。森の中において異質なハイヒールを履いていた。
烙葉は討伐隊を見渡すと口を開いた。
「あら、意外と少ないんやね。もっと大勢で来るもんやと思ぉとったのに」
討伐隊の編成は、指揮官のリョウジ・ロクシマ ザントガルツ兵士長、カナタ・シドウ太極騎士、コウキ・ナミシマ シキイヅノメ第4部隊長、クォルス・ダーダイン、カミル・クレストの五人のみだ。烙葉の言うように極めて少ない人数で挑むこととなる。
カミルは周囲を見渡し、凛童、嗣桜がいないことに不安を覚えた。
リア、ニステル。無事でいてくれよ……。
「お前の仲間のせいでこの人数になっちまったんだよ。これが望んだ展開か?」
ふふっ。妖しく微笑む烙葉は「嫌やわ~、そんなことあるわけないやん」愉しげに否定する。
ゆっくりと討伐隊に一直線に向かって歩き出す。背筋が伸びリズミカルに優雅に歩く振る舞いは、鬼という凶悪な存在とはかけ離れた上流貴族のようだ。そんな姿にカミルは見惚れてしまっていた。
「総員!!戦闘用意!!」
リョウジの号令にカミルは現実に引き戻された。
「気ぃ早いなぁ。もう始めるん?もう少しおしゃべりせーへんの?」
僅かに傾げた首の動きに長い髪がさらりと流れる。
「お前達が人を喰わないという話し合いが進められるなら構わないが?」
「ふふっ、それは無理な話やねぇ。それができたならどんだけ良い関係が築けたか」
リョウジの表情が引き締まる。それは不毛な言葉のキャッチボールの終わりを告げるものとなる。
「なら、話し合いなど無用だ。さっさと死合おうぞ」
リョウジは馬から降り剣を構える。
「あら?馬から降りんのぉ?お優しいことやね」
烙葉の言葉を無視して「お前達も降りろ。帰りの馬が無くなるぞ」馬を離れた位置に連れていく。
「そんなとこは駄目。森まで離れんと巻き添え食らうよ?」
意外な発言にカミルは戸惑う。
なんで馬の心配なんかするんだ……?少なくとも俺達に気を遣ってのことじゃない。単純に馬が好きなのか?
「……移動してる最中にでも襲うつもりか?」
「あははははっ。そんな警戒せんでもいぃやろ?あてが今食べたいんは人間だけや。馬は興味ないし、死んでしまうのは可哀そうやろ?」
リョウジのこめかみがピクついた。
「馬が可哀そうで、俺達人間は可哀そうでないとでも言いたいのか?」
「そんなことないわ。可哀そうやと思ぅよ?でも、あても人間食べへんと死んでしまうん。だから仕方ないんや」
「なら、お前らが滅べやええやないか」
コウキが二人の会話に口を挟んだ。
烙葉がコウキに視線を移す。
「死にたくないんは、あんさん達も一緒やろ?何が違うん?」
人は生きる為に他の命を頂き生きている。それは鬼も一緒、生きる為に人を喰うんだと主張する。
弱肉強食。それがこの世の理。弱者は強者に喰われる運命にある。その縮図がザントガルツと鬼の関係であり、捕食者は鬼なのだ。
「死にとうないから、あての所にやってきたんやないの?それなら、あてのやってることをあんさん達は否定できへんはずやのになぁ」
コウキは顔を顰め言葉を詰まらせた。立場が違えどやっていることは同じ、その意見に反論できずに押し黙ることしかできずにいた。
「行くぞ。言葉を重ねても無駄だ」
とぼとぼと森まで戻っていく。
「行っといで、待っててあげるからなぁ」
烙葉から十分離れ、声の届かぬことを確認するとカナタが口を開いた。
「本当にアイツを殺らなきゃならんのか……、気乗りせんぞ」
弱気な発言をするカナタに、リョウジが鋭い視線が向いた。
「今更何を言ってるんですか?少なからず犠牲が出てるんですよ?今更止められるわけがありませんよ」
凄むリョウジの圧に押され、カナタは苦笑いを浮かべる。
「でもよ、烙葉って鬼、かなり人に温情をかけてるじゃねえか。やりづれぇーよ」
「それがあの鬼の策略なんでしょう。同情を引き、落としどころを探させる。かつてのザントガルツがそうしたようにね」
かつてのザントガルツは年に一度、烙葉と凛童に女性を一人ずつ犠牲に捧げる密約を交わしている。それはザントガルツの民を守る為の苦渋の決断であった。それもいつの間にか着物女の知能の高い鬼――嗣桜が増えたことで崩壊しつつある。更なる犠牲を要求される可能性が高い。
「まあ、同じ人間が犠牲になるのは認められたものじゃねーんだけどよ……」
「なら、きちんと仕事をしてくださいね、シドウ太極騎士」
何とも嫌な空気だ。これから力を合わせて烙葉を討ち取らないといけないってのに……。
カミルの腹は決まっていた。烙葉、凛童、嗣桜を倒し、ザントガルツの民が怯えることなく暮らせる日常を取り戻す。ただそれだけである。
森へと到達し馬を括り歩き出す。
「こんなことになってすまないと思う」
唐突にクォルスが謝罪した。
「なぜクォルスが謝るのですか?貴方も被害者でしょうに」
リョウジはクォルスの過去を知っている。かつては他種族に弾圧されかけ、命までもが狙われたことを。その発端は、鬼に危険に晒された心労を解消する為だった。ヒュムの一部がダインの子供を攫い、痛めつけ、最終的には殺害にまで至ってしまった。未遂に終わったとはいえ、最後の被害者はクォルスであった。その事実を、軍の情報とクォルス本人からの話で詳細な話を知りえたのだ。
「俺がケリをつけていれば、お前にこんな苦労させることもなかった」
「それは言いっこなしですよ。倒すことができてないのはこちらも同じなんですから」
「ああ、だから今日で終わりにするぞ。それが皆の願いなのだから」
「はい」
「もう話し合いはええんか?最期の刻になるんやよ?」
「お前を斬って明日を迎えるのだから問題ない」
リョウジの力強い反論に、烙葉は「おもろいなぁ。そんな明日は来ぃへんのに」柔らかく否定する。
「ザントガルツの兵士がどうだったか知らんが、僕らシキイヅノメの兵士が同じやと思うなよ」
コウキが剣を抜き去り烙葉へと剣先を向ける。
「皇都の兵隊さんは活きが良いなぁ」
烙葉の切れ長の怜悧な目がコウキを捉えた。
「なら―――」
言葉が途切れると、討伐隊の身体に強烈な圧力が加わった。突然身体が重くなり、片膝を着き烙葉を見上げる形となる。
「こんな状況でも戦えるん?」
烙葉の異能が発動されたのだ。身体は重く、地面に倒れないように耐えるのに精一杯である。
「くっ……」
コウキの必死に耐える姿を烙葉は愉しそうに見下ろしている。
「さぁ、どないするん?このまま首刎ねたっておもろないやん。どう抗ってくれるん?」
「ナミシマさん!!やりますよ!!」
リョウジが合図を送ると、コウキが「ああ!!」応え、魔力を空間に流していく。魔力を介して黄の元素に干渉していくと、身体を押し潰そうとする圧力が和らいだ。
「やはり重力の種は黄の元素か」
クォルスは立ち上がりノヴァズィールを構えた。
「そうやな、確かにこの力は黄の元素が源や。何度も見せたらそらバレるか。でも―――」
烙葉がリョウジとコウキに視線を向ける。
「対処するのに二人も使うなんて非効率なんやない?大丈夫なん?」
異能に対応する為に、リョウジ、コウヤの両名は常に魔力を空間に流している。移動こそはできるものの、魔力の操作に集中している為まともな戦闘は行えない。
「その為の俺達よ」
カナタが大剣を振り上げると銀髪のポニーテイルが揺れ動く。
烙葉がカナタを――大剣を見やり口角が上がった。
「その大剣、土の加護の剣やろ?」
烙葉の言葉にカミルは驚き「加護の剣……?」言葉が漏れていた。
「へっ、鬼ってのはやたらと感知能力が高い見たいだな。バレてんなら隠す必要もない。そうさ、この大剣は土の精霊グラムスの加護を受けている。名は『ゴアグレイド』だ」
まさか、この場に加護の剣が2本も!?
新たな加護の剣の登場に、カミルの心は躍った。
太極騎士と呼ばれるシドウさんがいたら、烙葉を倒せるかもしれない。
「戦う舞台には立てそうやね」
それでも烙葉は飄々としていた。まるで加護の剣があろうと結果は変わらない、そう言いたげな雰囲気さえ漂わせている。
「カミル、構えろ」
クォルスが抜刀を促し、黎架を引き抜いた。
烙葉が黎架を眺め笑みを浮かべる。
「大層な剣を持っとんなぁ。特殊な3本の剣の競演、凛童やなくても心が弾むわ」
「愉しめるのも今の内だけだ。今日、此処がお前の墓場となる!!行くぞッ!!」
クォルスが先陣を切り、刃に赤の元素が満ちていく。
「そんな危ないのを大樹に向けたらあかん」
烙葉がは跳躍し、近づいて来るクォルスの、一行の頭上を飛び越えた。
「やるんなら広いとこでええでしょ?」
大地を踏みしめると、烙葉の力で地面が窪み跳ねるように離れていく。それもそのはず、走るのには不向きなハイヒールだ。足先で跳ねるように移動した方が移動は効率的だろう。烙葉の力に耐えうるヒールの強度が驚異的でもある。
「烙葉の後を追う。ついて来い」
カナタを先頭に、大樹の下から離れていく。
クォルスの持つジスタードの加護の剣が得意とするのは赤の元素であり、火の力を扱う。そんなものを振り回せばすぐに森に火が回る。さすがの烙葉も寝床を失うのを嫌ったのかもしれない。
大樹から100mほど離れた位置で烙葉は振り返り、討伐隊と対峙する。
「いつでもどぉぞ。わくわくするもんやね」
構える動作も無ければ、武器すら持っていない。本当に戦う気があるのかさえ疑わしくなる振る舞いだ。
「そのつもりだよ」
カナタが動いた。大剣を身体の後方に置き、地面から僅かに浮かせ駆け抜ける。大剣には黄の元素が満ち、淡い黄色に輝き出している。
烙葉が左足を上げ、大地を踏みしめた。
地面が窪む。力は大地を伝わり無数の鋭利な岩柱が突き上げた。
ゴアグレイドが岩柱を薙ぎ倒す。黄の元素を取り込み、刃の輝きが増す。
「ほな、もういっちょ」
再び大地を踏みしめる。
岩柱が突き上げ、折り重なり壁と化す。
「おちょくってんのか!!」
ゴアグレイドを壁に突き立てると岩が瓦礫と化していく。黄の元素を奪われ、より一層刃が輝いた。
烙葉の狙いはこれか。
烙葉はあえて黄の力を行使する。カナタの持つ加護の大剣ゴアグレイドに力を注ぐ為に。
輝きを増したゴアグレイドを振りかざし、烙葉の懐へと踏み込んだ。
「そんなに見てーなら見せてやんぜ!!ゴアグレイドの力をなッ!!天斬ッ!!」
振り下ろされる一撃は、烙葉の頭目掛けて突き進む。
それでも烙葉は飄々とした雰囲気を崩さない。徐に右手を上げると、ゴアグレイドの刃を素手で受け止めた。大剣の重み、振り下ろす武技に烙葉の身体が僅かに沈み込む。加えてゴアグレイドの特性が発動する。
集めた黄の元素の量に応じて重量の加減を行うことが可能となる。この効果により、一撃を重くでき、軽くすれば素早い動きにもついていくことが可能となる。
カナタが取った行動はもちろん重量の加算。受け止めた烙葉の身体が更に沈み込んでいく。足場は圧により割れ、砕けた地面が宙を舞う。
「まだまだ軽いんやねぇ。もっともっと与えなあかんか?」
烙葉の余裕は消えるどころか、煽る言葉を投げつけてくる始末だ。
そこで烙葉の身体に異変が起きた。
さっきまで余裕そうに立っていた身体が地面に近づいていく。まるで地面に吸い寄せられていくが如く。
「ふんっ、多少この剣の特性を知ってるようだが、こっちの力までは知らなかったようだな」
烙葉の膝が崩れ、片膝を着く形となった。
「これ、あての力と似とるなぁ。重力に属する力やろ?」
カナタは得意げな顔となり「そーいうこった」柄を押し込み烙葉を大地に押し込んでいく。
白炎が迸る。カナタの脇を抜け、背後に回るとまっすぐに烙葉の背中へと突き進む。
白炎が烙葉の背中を捉えた――その瞬間、烙葉は黒い霧となり掻き消えた。白炎は霧散し、大剣が大地に叩きつけれる。
消えたッ!?どこだ、どこ行きやがった!!
大剣の刀身の上に黒い霧が集い、形を成していく。そこに烙葉は現れた。
「おもろい力持ってるなぁ。あてとも相性良さそうやし、あんさんぶっ倒して頂こうか」
「うらぁぁぁぁぁッ!!」
大剣を真上へ振り上げると、烙葉は宙返りをし着地する。
着地を狙い、クォルスの白炎を纏う剣が脚の付根に向けて振るわれた。
ガンッ。烙葉の右足がノヴァズィールを踏みつけ地面に挟み込んだ。
「ややわぁ。真っ先に女の脚狙うん?助平やな」
「そんな凶悪な脚なんていらねーよッ!!」
ノヴァズィールを踏みつける足に大剣を振り下ろすも、烙葉の右手が遮った。
「あんさん、めんこい女子に興味ないん?姐さん好きなん?」
手首を返し、大剣の刃の向きを90度変え、烙葉の首へ向け刃を走らせる。
烙葉が屈む。大剣は頭上を通過し、右手がカナタの首へと伸びた。その瞬間、目の前に眩い浄化の光が現れた。
上級光属性魔法ルストローア。鬼に対してのカウンターとして、カナタが常に発動させる準備をしていたものだ。
浄化の光に自ら手を伸ばす形となった烙葉は、瞬時に黒の元素をぶつけて相殺。その隙にカナタは後方に飛び退き一度距離を取る。
「へっ、さすがのお前も浄化にはよえーか」
「弱点のひとつでもあった方が可愛げがあるやろ?」
屈託のない笑みを浮かべ語る烙葉は、自分の弱点すら隠すつもりがないらしい。討伐隊を軽んじているのか、将又自分の力を過信しているのか。
烙葉の視線がクォルスへ向けられる。
ノヴァズィールを押さえられたクォルスは、躊躇なく剣を手放し「宵拳」黒の元素を外装とする拳を烙葉の顔面に叩き込んだ。烙葉の左目部に拳が刺さる。
だが、烙葉は動じない。
「脚の付け根の次は女の顔を狙うんやねぇ。そんないけずなヤツやったん?皆に嫌われてまうよ?」
言葉には似つかわしくない穢れを纏う左手がクォルスの手首を掴む。
「ぅ゙ぅ゙ッ!?」
クォルスの顔が歪む。掴まれた手首を締め上げ、放つ穢れが肉体を蝕んだ。
砲金色の刃が煌めく。クォルスの手首を掴む烙葉の腕目掛けて斬り上げた。
気配で察知していた烙葉は、素早く手を離すと後方へ飛び退いた。
「あぁ怖っ怖っ。その剣だけはあまり触れたないんよ」
カナタは烙葉へ飛び掛かり、大剣を叩きつける。
やはり難なく刃を手で摘まむように止めれ、致命打を与えることは叶わない。
「けっ、そいつを連れて来たのは正解だったってことか。俺らの剣にゃビビらねーくせして、変な形の剣にはビビりやがる」
「あの剣と加護の剣を同率に考えるんは無理あるわ。格ってもんが違うんよ」
「はっ!!そうか、よッ!!」
浄化の光を右足に宿し、烙葉の腹を前蹴りで蹴り飛ばす。それと同時に大剣を振り払い、追撃の一手に動いた。大剣を軽くし、太刀筋の速さでの勝負へと移る。
踏み込むと大剣が煌めいた。素早い縦一閃。
ガキィキキキンッ!!
金属が擦れる嫌なを音を立てながら烙葉の身体に傷をつけていく。額から鼻を掠め胸を斬り裂いた。
皮膚とは思えぬ衝撃が腕を伝い、カナタは不快な表情を浮かべた。
なんだこの金属みてーな皮膚はよー!!まともに斬れねーじゃねーか!!
加護の剣を以ってしても烙葉に残るのは深さ数mm皮膚を斬り裂いた痕跡のみ。唯一まともに斬れたのは、その身に纏う黒いドレスのみだ。谷間に沿うように斬り裂かれ、隙間から白い肌が顕わになっている。
「ふふっ、やるやない。おかげで顔が傷ついてしまったわ」
ニタリと笑う烙葉に、カナタは寒気を感じた。斬り裂いたはずの顔から血が一滴も出ていない。まるで人形に刃を通したかのような焦燥に、冷たい汗が背中を伝う。
「化けもんかよ……」
「あら?女にその言葉はないんやない?」
底知れぬ烙葉という存在に畏れを抱き始めた。
「手首出してください」
クォルスに駆け寄るとカミルは穢れに冒された手首を確認する。穢れを受けた皮膚が黒ずみ変色している。
「これくらい大丈夫だ。太極騎士様が戦っているんだ、加勢しなければならん」
ノヴァズィールを拾おうと手を伸ばすも、痛みからか柄を掴み損じている。
「ならせめてひとつ試させてください」
クォルスの許可を得ることなく、穢れた手首に黎架の切っ先を触れさせた。刃が触れた箇所から血ではなく、黒い液体が流れ出る。
「黒の元素に近い穢れの性質なら、吸い取れるかもしれません」
黎架に魔力を流すと、手首の黒ずみが吸われ幾分か元の皮膚の色に近づいた。
「完全には吸いきれないか……」
性質が似ているとはいえ、黒の元素と穢れは別である。吸い取れきれなかった毒素が体内に残ってしまったのだ。
クォルスは手を何度か握ったり開いたりと動かし「痛みは粗方引いた、問題ない」ノヴァズィールを拾い上げた。
明らかにやせ我慢だ。額に浮き出た汗を見れば一目瞭然だ。痛みは消えていない。それだけ穢れの持つ毒素が強いのだ。だが、それを取り除くだけの術をカミルは持ち合わせていなかった。浄化の力が宿る上級光属性魔法を使えない上、回復薬で傷は治せるが毒素までは取り除けない。この場にいる白の力を扱える者は烙葉との戦いに全力を注いでいる。とてもクォルスの治療に回れるものなどいないのが現状だ。
カミルはそのことを理解している。だからクォルスの心意気を汲み、事実に触れなかった。
「俺が前へ出ます。サポートをお願いします」
ただやれることは、自分が前へ出ること。黎架を脅威と見なしている以上、必ず注意はカミルへと向くだろう。
圧縮魔力を刃に流し、黎架を僅かに引き脇の位置で突きの構えを取る。
カミルの魔力の反応に、烙葉が視線を向けてくる。
「その剣で何やってくれるん?」
高揚感を隠さず烙葉は笑みを浮かべ言葉を掛けた。
元素だけじゃなく、魔力への感知も高い……。正攻法で立ち向かったとしても、鬼の膂力に潰される。なら―――。
「駿動走駆ッ!!」
圧縮魔力を用いた瞬発力で烙葉に向かって弾け飛ぶ。ただまっすぐ、最短ルートで胸元に刃を突き刺す為に。
爆発的な加速で迫るカミルに対して、烙葉もまた超反応を見せた。一瞬で迫った刃の軌道を見極め、半歩身体を引きながら90度回転させ黎架の一撃を避けた。だが、躱せたのは黎架の刃であり、突っ込んで来たカミルの身体と激突し、烙葉は衝撃で後ろに倒れ込む。
その動きに乗じたカナタの大剣が金色の輝きを放ちながら烙葉へと振り下ろされる。
烙葉は横に転がり大剣を避ける。
大剣が大地を叩き、黄の元素が大地に流れていく。向かうはもちろん烙葉の下である。地面から隆起しながら無数の金色の刃が烙葉へ迫る。
烙葉は転がりながら片手で地面を押し、反動で体勢を整えながら着地を決めた。
「ええ連携やっ―――」
言い終える前に、回転しながら迫る黎架によって烙葉の首が切断され、頭が転げ落ちていく。
理外の力『念動力』。魔力を込めた武器を遠隔操作するその力を以って、回転させるように投げた黎架で烙葉の首を斬り落とすことに成功したのである。
初めて烙葉が驚愕した表情を見せた。
黎架の、元素の剣の力で攻めてくると踏んでいた烙葉は、念動力までは見抜けなかった。予想外の攻撃方法に一瞬反応が遅れた。だがそれが首を落とす結果に結びついてしまった。
地面に落下し転がる烙葉の頭を見た討伐隊は歓喜の表情を浮かべ「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!」叫んだ。
首を落とすという大業を成したカミルは、頭から地面に突っ込んだ状態で転がっている。格好のつく姿からは遠く、泥臭い仕事ぶりである。
「へっ!!大金星は一番の若手かよ。よくやった!!」
カナタはカミルの状態に笑いを堪え賞賛を送った。
重力へ対処していたリョウジとコウキは魔力の放出を止め「よくやった!!」「一番の戦功やないですか」賞賛の声が届く。
ただ一人、クォルスだけが警戒心を解かずに叫び出した。
「馬鹿やろーッ!!頭を潰せッ!!心臓を斬り裂けッ!!」
その声は彼らには届いていなかった。
「良い夢は見れたかしら~?」
甘ったるい香りと声が周囲に広がっていく。
次の瞬間、リョウジとコウキは背中に大きな傷を負い地面に倒れていた。
「なッ!?」
そこに現れたのは、ボロボロの姿となった嗣桜だった。




