ep.84 エジカロス大森林南部鬼掃討作戦5
2mもの黒い大剣を肩に担ぎ、凛童の闘気に満ちた眼光が隊士達を射抜く。
「吾がど畜生?くぅはっはっはっは!!飼われておるのはそちらであろぅ?大人しく暮らしておれば、ここまで人が死ぬことはなかったというのにのぅ」
ニステルの視線は、復活した魔断の右手に吸い込まれる。
他の鬼の処理すら追いついてねぇのに、元素まで封じ込まれたらお手上げだ。なんとか凛童以外の鬼を潰さねぇと後がねぇ……。
「凛童は俺が引き受ける。お前達は引き続き鬼の兵をやれ」
「「了解ッ!!」」
躊躇もなく二人の騎兵団長はセイヤの指示を受け入れた。
「おい!!ちょっと待て!!凛童を舐めすぎだろ!!一人で凌げるほど、あいつの膂力は弱くない!!」
セイヤがニステルへ視線を送る。
「舐めてんのは貴様だろ。これでもシキイヅノメの部隊長だ。鬼1体相手に遅れは取らん」
「吠えおるな。吾もザントガルツの兵士の不甲斐なさに辟易しておったでな。骨があるヤツと戦いたいと思ぉとったわ。貴様はどうかのぅ?」
大剣をトントンと肩の上で跳ねさせ値踏みする。
「黙れ小鬼。今から躾の時間だ。せいぜい粋がってろ」
剣を横へと伸ばし、魔力を込める。
「衝波裂覇斬」
剣が振るわれ刃から魔力の斬撃が飛び出した。込められた魔力が膨張し、10mほどの三日月型の斬撃が鬼を襲う。凛童はふわりと跳躍し、難なく躱してしまう。地割れに足掻く10体の鬼の首を撥ね飛ばし、黒い粒子となり残り3体の鬼に吸収されていく。
「隊長、今まで手抜いてたか?人が悪い。最初からやってくれたら良かったのに」
コーラルは愚痴るように不満を垂れた。
「件の3体との戦闘が控えているかもしれんのに、んなことするわけないだろう。着実に削り、まとまったところを瞬間火力で消し炭にするのが最前なんだよ」
セイヤはこの戦場を越えた烙葉達との戦闘を見据えていた。
「だが、こうやって自ら狩られに来るのであれば話は別だ。こっからは全力で潰しにいくぜぇ」
確かに、クォルスがシキイヅノメの士官の実力は質が違うというだけのことはあんな。抑えられた力を解放して振るうだけで、あの鬼を瞬殺しやがった。
着地と同時に屈んでいる凛童は「準備は終わったのか?」余裕そうにセイヤに問い質す。
「問題ない。さあ、さっさと始めようぜ。こっちも時間がないんで、なッ!!」
剣を構えセイヤが駆ける。
「くぅはっはっはっは。精々足掻いてみせよッ!!愚かな人間よッ!!」
凛童は屈んだ状態から片足を後方へ伸ばし大地を蹴り飛び出して行く。
「絶破衝!!」
魔力を注ぎ込んだ剣による刺突が、凛童の振るった大剣と激突した。セイヤの剣が魔力を起爆剤として大剣を弾き飛ばす。
弾かれた大剣と共に左腕が後方へと流れる。反動で右半身が回転し、前へと押し出された。それを逆手に取り、魔断の右手で拳を作り剣の腹へと叩きこむ。
今度はセイヤの剣が弾き出された、
凛童は弾かれた大剣の遠心力を利用し、その場で一回転すると逆手の状態で大剣をセイヤへと叩きつけた。
バギィバギバキバキッ。
セイヤの鎧を砕き、吹き飛ばす。
「ぬぉ!?」
セイヤは宙を舞い、身体を捻り着地に成功した。
一瞬の攻防にニステルは生唾を飲む。
「なんだつまらぬ。派手に吹っ飛んでくれると思ぉたのに」
パラパラと崩れ落ちる鎧の合金の下に鎖帷子が覗いている。
「生憎と俺は下準備がいいんでな。黒への対策はしてんだよ」
その時、セイヤの背後で影が動いた。
「危ねぇ!!」
ニステルの心配も杞憂に終わる。
鬼は振りかざした剣をセイヤの頭上から叩き落すも、最小の動きで剣を躱す。それと同時に灼熱の炎が鬼を包み込んだ。深い森の中で炎を使えばヘタをすれば火事を引き起こす。その危険性を知ってなお火属性の魔法を行使できるのは、セイヤの魔法のへの絶対的な自信の表れでもある。鬼は瞬時に灰燼と化し、黒い粒子となり残りの鬼へと同化していく。
「魔力を無駄に使っていいのか?吾相手では、いくら魔力があっても足りぬぞ?」
凛童の意見は尤もだ。俺達で残りの鬼を始末しねぇと。
「隊長は凛童に集中を!!鬼は俺らに任せなッ!!」
ソラトが槍を構え駆け出した。
コーラルがその後に続き、ニステルもまた二人の後を追いかけた。
「うぉぉぉぉりゃぁぁぁぁぁッ!!!!」
突如として鬼の後方から気合の入った叫びが響く。
ドゴォォオンッ!!
鬼の脚を真横から鎚を叩きこむ朱殷のドレッドヘアーの男が現れた。左腕が異様に発達した男――アランジ・ワナディスは鬼を地面へと崩れさせると鎚に魔力を収束させる。
「爆砕華衝!!」
魔力に黄の元素が纏わり付き、鎚の硬度と破壊力を上げていく。鎚を振り上げ飛び掛かる。落下の力をプラスさせ、巨大な鎚が鬼の頭を打ち抜いた。鬼の頭は圧迫され脳みそを撒き散らしながら弾け飛ぶ。そして、黒い粒子と化して残りの鬼へと同化する。
「あれは1000人隊のワナディス部隊長か」
特徴的な見た目から、ソラトは瞬時にアランジだと理解した。
アランジは、その独特なヘアースタイルとドワーフ族ということもあり、ザントガルツの軍ではそれなりに有名な人物であった。
「目標は前方の巨大な鬼だ!!全軍!!突撃ぃぃぃッ!!ぶちかませ!!」
それとは別の方から号令をかける集団が現れた。
藍御納戸の短髪をセンター分けにしたくせ毛の青年――ショウマ・ミクナダ1000人隊部隊長が隊士を引き連れ鬼へと突貫していく。野心を宿したギラつく目で鬼を見据えると、引き締まった細身の身体から槍が繰り出された。それに続き、隊士も槍を振るう。
「「「「「「破貫衝!!」」」」」」
数百もの突貫力のある衝撃波が鬼の身体を貫いていき、ショウマが鬼へと飛び掛かる。
「鋼牙爆砕衝!!」
穂に黄の元素が集まり巨大化していく。大きな鬼に対して頭を狙うには長さが足りない。足りない分を元素でカバーし、鬼の頭を粉砕した。
「ふんっ、カガミんとこのガキか。悪くないタイミングであったぞ」
ショウマは18歳ながら、シキイヅノメで第6部隊の副隊長を務めるほどの実力を持つ。野心家であり、確実に実績を積み上げ隊長を狙う男だ。若さ故の勢いと、思い切りの良さで部隊を支えている。
「これで小鬼、お前以外の鬼は死滅したぞ?覚悟は良いか?」
「ふんっ、倒すまで待ってやったというのに、それもわからぬ阿呆か。雑兵が群れようが吾の敵ではないわッ!!」
凛童が纏う黒の元素が急速に増していく。
来るッ!!
「破貫衝!!」
ニステルは槍に纏わせた衝撃波を凛童へと飛ばす。
だが、凛童は破貫衝が到達する前にセイヤへと飛び込んでいく。ニステルなど眼中にない、そう言わんばかりだ。
「では行くぞ。斬皇牙!!」
黒い大剣が魔力纏いセイヤへと振り下ろされた。
凛童が武技を!?……元素は使えずとも、魔力のみの武技はいけんのか。条件は俺達と同じってことかよ。
「纏」
セイヤの腕に魔力が宿り、重量を伴う大剣の重たい一撃を受け止める。そこで大剣の軌道が変化する。凛童は手首を素早く返すと、刃の向きが90度回転しセイヤの首目掛けて突き進む。
セイヤは咄嗟に身体を反らす。顔の真上を大剣が通過していく。
ニステルは魔断の右手の位置を確認し、凛童の真下から岩の槍を生み出しセイヤを支援した。
黄の元素の反応に、魔断の右手が地面へと伸びる。
ちょんと触れれば岩の槍は形を保てず霧散する。
ちっ、元素への感知能力が高すぎる。
魔断の右手が下に伸びたことで、即座にコーラル、ソラト両名が上級光属性魔法ルストローアを凛童の頭上から落下させるように浄化の力で攻撃を仕掛ける。
当然白の力を感知した凛童は、振り切った大剣を引き戻し、穢れを纏わせ2つの光を斬り裂いた。
光は霧散し世界へと溶けていく。
「絶破衝」
体勢を立て直したセイヤが凛童の胸目掛けて剣を突き立てた。胸に僅かに触れ、凛童は反射的に後方へ飛ぶ。だが、剣に触れたことで魔力が衝撃波を生み出し吹き飛ばされた。
「ぬぉぉ!?」
空中で体勢を立て直すも、背後から「衝打破塵喪!!」巨大な鎚が凛童に迫っていた。
「反射反動」
身体の反応速度を高め、魔断の右手に穢れを纏う。迫り来る鎚の打撃部目掛けて正拳突きを打ち出した。
ドォオンッ!!
鎚と拳がぶつかり合い拮抗した。お互いの力が相手を叩きのめそうとジリジリとせめぎ合っている。
これは一対多で戦う凛童にとってはかなり不利である。動きを止められてしまえば、四方八方から攻撃が降り注ぐのだ。
無数の光弾が飛び交い、凛童の背中を焼いていく。纏う袈裟は弾け飛び、爛れた皮膚が姿を見せた。
「ぬうぅぅ……」
魔断の右手が触れれば霧散する元素の力も、触れられなければ消すことはできない。対凛童戦としてこの上なく有利な状況が生まれている。
凛童が身体を半回転させながらアランジの懐に潜り込み、異様に発達した腕を掴んで一本背負いの要領で投げ飛ばした。弧を描きセイヤ達の真上から落下し、一同は横に飛び回避する。
「左右から回り込め!!挟み込むぞ!!」
セイヤは指示を出しながら、すでに凛童へと駆けている。刺突の構えで飛び込み突き出した。ビュン。凛童は横へと動きセイヤの剣が空を突く。更にセイヤが一歩踏み込んだ。身体を捻り回転運動を生み出し刃に魔力を流し込む。
「炎陣裂破ッ!!」
剣の軌道が変化する。直線的な突きから身体の捻りを利用した斬撃が繰り出された。
魔力を帯びる剣が凛童の脇腹に直撃し、魔力が赤の元素と結びつき発火する。
だが、強固な皮膚の前に刃は通らず、皮膚を僅かに焼くだけに留まった。
凛童の前蹴りがセイヤの腹を潰し、蹴り飛ばされる。
やっぱり単純なゴリ押しだけじゃ傷がつけられねぇ……。
凛童の右手側に走り込むニステルが金色の槍を生み出し射出する。
凛童は顔を向けることなく魔断の右手を槍へと差し出し霧散させた。
左手側に回り込んでいたコーラル、ソラト両名が槍を振り上げ飛び掛かる。2本の槍が凛童の肩を狙うも、黒い大剣によって阻まれた。そこから言葉が紡がれ穂に魔力が宿る。
「「槍華連衝散!!」」
距離をゼロにしてからの高速の5連突き。当然、大剣によって阻まれ攻撃は通らない。
何やってんだあのおっさん共は!!
5撃目が大剣にぶつかると、魔力が大きく爆散し、ゼロ距離にいた老兵二人は反動で吹き飛ばされた。
「無駄だ、無駄。貴様らが足掻こうが、並みの力では吾には及ばぬ」
傷を負おうが、リディス族の多い皇国軍はすぐに癒しを受けることができる。
だが、凛童に傷がつかねぇのをどうにかしねぇと、いずれ俺達の方がやられちまう……。ここには凛童の腕をぶった斬ったカミルの黎架もクォルスの加護の剣ノヴァズィールもありはしねぇんだぞ……。考えろ、手はあるはずだ。
凛童は大剣を肩に担ぎ直すと、討伐に来た兵士をぐるりと一巡見やると「はぁ」ため息をついた。
「なんだ、ここも外れか」
侮辱である。この場において自分を傷つけられる者などいないと告げているのだ。
「支援隊の半数はミシマ部隊長のところへ行け!!」
ショウマが指示を出し、セイヤの背後へと移動していく。
凛童は支援隊の動きを目で追い、移動しきるのを待っている。
「次はどんな手で来るのかのぅ?」
セイヤは後方に控える支援隊に向け「インパクトだけでいい。俺が戦闘に移ったら常にかけ続けろ」指示はそれだけだった。
支援魔法の持続時間はおよそ3分。時間は短いが、その分効果が大きいのが特徴的な魔法である。つまりは、3分という制約が途切れることのないように時間の管理をし、掛け直せということだ。
一人の女性支援隊士が回復薬を差し出す。
「疲労感が酷いようなのでお使いください。私が持っていてもこの場においてあまり役に立てませんから」
セイヤは無言で回復薬を受け取り一気に煽った。すると、傷が瞬時に癒え、不足がちだった魔力が戻ってくる。
「こんな上等な回復薬を……。すまない、恩に着る」
「いえ、祖国の敵である鬼を滅することができるのであれば安いものですよ」
鬼を前にし、上官であるセイヤに不敵な笑みを浮かべる辺り、この隊士も狂った部類の女性のようだ。
「ふっ、小鬼を倒すことで借りを返してやるよ」
セイヤが剣を構えると、凛童もまた大剣を構えた。
「もう別れの挨拶は済んだのか?」
「言ってろ、小鬼。強がれんのも今の内だけだ」
セイヤの身体が光に包まれた。筋力を強化し攻撃の威力を底上げする支援魔法――インパクトがかけられた。
「余裕そうなその顔、苦痛に歪ませてやるよ」
「くぅはっはっはっは!!掛かって来るがいい。愚かなる人の子よ」
「「「「「「破貫衝!!」」」」」」
凛童の意識がセイヤに集中した瞬間、衝撃波が飛び出した。ニステルもまたその一人だ。
考えることは皆一緒か。
凛童は右足を持ち上げると大地を力強く踏みしめた。衝撃で地面は窪み、周囲の土が盛り上がる。破貫衝は土壁に阻まれ届かない。大剣を振り回し土壁を押し退ける。土塊と化し、全方位に向けて吹き飛んだ。
ニステルは瞬時に岩の壁を生成し難を逃れる。多くの兵士が魔法を用いて防いでいく。
その中において、セイヤだけがまっすぐ突き進んでいた。
「絶破衝!!」
土塊に向けて切っ先を突き立て、発生した衝撃波が土塊を押し戻した。飛ばす力を殺したに過ぎず、土塊は地面へと崩れ去る。
「突っ込んで来るとは面白いッ!!」
迫るセイヤに向かって駆け出した。大剣を振り上げ、セイヤの剣とぶつかり合う。
振り下ろされた大剣の一撃は重く、受け止めるセイヤの身体が沈み込む。
「纏!!」
足りない力を武技で補い撥ね退ける。
「うぉぉぉぉらぁぁぁぁぁあッ!!」
凛童はほくそ笑む。
「学ばぬなぁ。大剣を弾いたとて、吾の右手をどう防ぐ!!」
魔断の右手がセイヤの脇腹に迫る。
セイヤの足元が揺らぐ。土が盛り上がり、セイヤの身体を真上へと持ち上げた。
魔断の右手が土を吹き飛ばす。
「こうやって防ぐんだよ、小鬼」
足場を失い浮遊感を感じながら剣が振り下ろされる。
大剣と右手を無力化された凛童は、背後に飛ぶ退くほかなかった。
「吾を引かせるか、褒めてやろう」
「舐めやがって」
どこまでいっても傲慢な振る舞いに、剣を握る手に自然と力が籠る。着地と同時に凛童へと飛び掛かる。
背後からはアランジが鎚を振りかぶり、右手側からはコーラル、ソラトが槍を突き出す。ニステルもまた周りと歩幅を合わせて槍を突き出している。
「右手を狙え!!落とせば元素の力で攻められる!!」
各々が右手に的を絞るも、凛童は意に介さずセイヤへと拳を突き出した。
「硬殻防壁」
顔の前で腕をクロスさせ、セイヤは瞬時に防御へと切り替えた。
右手が突き出され離れたことで、皆が一様に元素の力を振るう。
「衝打破塵喪!!」「鋼牙爆砕衝!!」
黄の元素を纏う鎚と槍が右肩を狙い、ルストローアの2つの浄化の光が左肩を狙う。
魔断の右手がセイヤの腕を掴み凛童へと引き寄せられる。身体を入れ替え凛童に放たれた攻撃がセイヤに向かって降りかかる。
「な!?」「ちぃ!?」
パリィン!!
硬殻防壁が黄の元素を相殺し、武器が障壁を突破する。
「ぐぅッ!!」
槍は鎖帷子に阻まれるも、鎚による衝撃がセイヤの身体を打ち抜いた。救いだったのは、元素の力が剥されていたこと。アランジが腕を留めたおかげでセイヤに大した被害を与えていない。
「おぉぉぉりゃぁぁぁ!!」「せいッ!はぁぁぁぁッ!!」
魔法を放った二人の老兵は即座に槍の軌道を変え、凛童の動きに追従する。2本の槍がは右手の付け根に伸びるも、右手は手刀の形を取り槍を弾き飛ばす。
「届かぬ、届かぬなぁ」
コイツは魔断の右手に絶対の自信を持ってやがる。だからこそ、そこに付け入る隙がある!!
「おっさん共どけッ!!俺の槍が右手をぶっ飛ばすのをそこで見てなッ!!惡獅氣!!」
魔力と生命力を掛け合わせた氣を穂に纏わせ、凛童の前へ躍り出る。
「吾の右手をぶっ飛ばす?冗談を言うならもっとうまく言わぬか。下らぬぞ」
魔弾の右手が拳をつくり、ニステルに突き出される。
「はんッ!!その傲慢さ、打ち砕いてやんぜッ!!」
踏み込み、惡獅氣を纏うシャナイアを魔断の右手へと突き出した。
その瞬間、ニステルの身体が光に包まれた。
支援魔法インパクト。
セイヤの付いたショウマの支援隊がニステルにインパクトをかけたのだ。
ドォッゴォォォォンッ!!!!
シャナイアと魔弾の右手がぶつかり合った反動で、辺りの空気をビリビリと震わせた。
拳をつくった魔断の右手の指の隙間に、シャナイアの尖端が挟み込まれ受け止められている。
「くぅはっはっはっは!!」
凛童の顔が愉悦に歪む。
「イキりおって。お前の力は所詮この程度、身の程を弁え―――」
メキメキメキ。嫌な音が響く。
シャナイアに触れた指の表面が崩れ始め、人差し指と中指の付け根が崩壊。せき止めるものの無くなったシャナイアが、握った右手の平にまで突き刺さった。
「ぬぉぉぉッ!?」
凛童は咄嗟に右手を引き、身体を左へ捻り槍を避ける。
「どうしたど畜生ッ!!自慢の右手で防いでみろよぉぉぉぉお!ッ!」
ニステルは腕を捻りシャナイアでそのまま凛童へ追撃を仕掛ける。
凛童は跳び上がり、シャナイアの長い柄に足を掛けると宙返りしながら後方へ飛んだ。
そこにセイヤ達の3つの光弾が撃ち込まれ、凛童は砕けかけた魔弾の右手を広げ霧散させる。
休む暇を与えず、アランジが鎚を振り上げ襲い掛かった。
「死ねぇぇぇッ!!」
振り下ろされる鎚の動きは大きい。身軽な凛童に取って躱すのは簡単だ。鎚の軌道を読み切りバックステップで躱すと、目の前で鎚が大地を叩いた。
左手に握られた黒い大剣が牙を剥く。鎚を握るアランジの両腕を切断し、アランジへ跳躍。振るった回転運動を利用し、回し蹴りを顔面へと浴びせ無力化した。
アランジが倒れたことへの動揺を見せず、セイヤ、コーラル、ソラトが飛び掛かる。
その瞬間、凛童の身体から熱を帯びる黒い霧が吹き荒れる。
「ぐぁッ!?」「あつッ!?」「うぉぉ!?」
黒い霧に押され、三人の身体は弾き返された。
突如として風が吹く。
ショウマ率いる部隊が総じて風属性魔法で黒い霧を押し流し始めたのだ。ここは森の中、周囲に満ちる緑の元素は豊富だ。高い適正が無くともそれなりの風を巻き起こせる。彼の部隊の被害はゼロである。支援隊を除いたとしても、900人を超える魔導師達による風が黒い霧を吹き飛ばした。
数の暴力。小さな力でも集まれば一陣の風にさえ成ることは可能だ。
「小癪な――ッ!?」
巻き起こった風に乗り、シャナイアを振り上げたニステルが飛び掛かっていた。
再びニステルに光が集う。身体の反応速度を上げる支援魔法――アークスにより、凛童の突発的な動きにもついていくのが容易となった。
「斬皇牙」
シャナイアがしなり、凛童を襲う。
後手に回る状況に、凛童は自分自身に対して腸が煮えかえる思いだった。
クソがぁぁぁぁッ!!あの小僧!!真っ先にぶっ殺してやるわッ!!!!
「反射反動!!」
槍の軌道を見極め、ギリギリのところで半歩横へ移動し回避すると、そのままニステルの懐へ向け飛び込んだ。指2本失った魔弾の右手を握り拳を作る。指を失ったことで拳に力は入らない。それでも元々硬い皮膚だ。鬼の膂力と組み合わせれば、大抵の者にはそれで事足りる。
歪な右手をニステルの腹に叩きつけ、黒い霧で弾いた三人もろとも吹き飛ばした。
精鋭部隊として集められた四人が一気に横倒しになる。それは皇国軍にとって致命的だ。
「終わりだな」
黒い大剣を振りかぶり、凛童は倒れた四人へと振り下ろす。
ニステルは咄嗟に岩の壁を生成するも、大剣は無慈悲に壁を軽々突破する。
「うりゃぁぁぁッ!!」
いつの間にか迫っていたショウマが大地を蹴り、凛童の左腕に飛び蹴りを加える。
大剣の軌道が僅かれに逸れる。ニステルの左腕、ソラトの左足を切断し大地を叩いた。
「ぐぁぁぁぁぁぁぁッ!?」「ぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙ッ!?」
激痛に叫びが森へと響いていく。
凛童の瞳が怪しく光る。
「邪魔をするでないッ!!」
魔断の右手が開かれ、ショウマの胸を貫いた。
「ぐぁぁッ!?」
心臓を貫かれ、回復魔法を扱えるリディス族であっても回復させることは困難だ。死が確定すれば回復魔法で蘇ることは無い。
悲鳴を上げながらも、ショウマの顔には笑みが浮かんでいる。気が狂ったわけでもない。その瞳には力が宿っている。
「お前は胸を突かれたのだ、じき死ぬ。なのになぜ笑っておる……?薄気味悪い……」
ショウマの笑みが、凛童には気持ちの悪いものに映っている。死を前にして、誰しも絶望した表情で散っていく。これまで例外なくそうであった。だからこそ、死を前にして笑みを浮かべる神経が理解できず、凛童は恐怖を覚えたのだ。
「ぐふッ……」
ショウマは咳き込み息を漏らし、両手で右二の腕を掴んだ。
「こういうことだよッ!!」
両手に魔力が満ち、赤の元素が膨れ上がる。
凛童は咄嗟に腕を引くも、ショウマの両手がそれを許さない。
こやつ!?もう虫の息だというのに、どこにそんな力が残っておるのだ!?
ショウマの両手を起点に無数の爆発――火属性爆裂魔法フルディストが巻き起こった。
「ぬぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙ッ!?」
堪らず叫ぶ。
凛童の皮膚が破れ、肉を抉り、骨に直接衝撃が届く。
ゼロ距離からのフルディストに、ショウマの両手も弾け飛んだ。
覚悟を決めていたショウマは歯を食いしばり痛みに耐える。だが、動揺は微塵もない。
「クソがぁぁぁ!!」
右腕を振るい、両手を失い右手に突き刺さったままのショウマを振り払う。骨のみで支えるには重すぎたのか骨が軋む。
一旦距離を―――。
背後に飛ぼうとしたその瞬間、光の槍が骨を断ち斬った。
コーラルが倒れたままルストローアを放ったのだ。
「一矢報いてやったぜ……、へへ」
凛童の右手が落ちた。その事実が戦場に広がると、白の元素が急速に膨れ上がった。一面を埋め尽くす白の力が凛童へと牙を剥く。
不味い!?
白の力の濃度に、凛童は反射的に飛び上がった。
だが、900もの光弾を避けきることはできずに直撃してしまう。
「ぬぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ッ!?」
浄化の光が身体を焼き、全身の皮膚を爛れさせた。
被害を受けながらも木の頭頂に飛び乗ると、深部を目指して逃げ延びる。
クソがッ!!クソがッ!!クソがクソがクソがクソガクソガッ!!!!!!
人間共にこのザマか……。烙葉に何て言われるか……。
人の力にやられた悔しさと、驕った自分自身の不甲斐なさに凛童は苛立ちを隠せない。
まずは一旦深部に戻らねば。立て直しはそこからだ。
「ちくしょ……。逃したか」
満身創痍の隊士達を前に、セイヤは悔しさを露わにする。
「おいッ!!しっかりしろ!!」
左腕を失ったニステルがショウマに駆け寄った。
「どいてください!!」
怪我をしたニステルを、セイヤに支援魔法を行っていた女性隊士が押し出しすぐに回復を始めた。心臓に直接回復薬をかけつつ宝石に魔力を流していく。
ショウマ隊の兵士が周囲を取り囲み、次々と回復魔法の光がショウマを包み込んでいく。
その中において、ニステルを押し出した隊士は周りと違った行動を取る。
― 光は至高に 癒しは我が手に 穢れは灰に
彼の者は白に属し 白に殉ずる者 聖なる光の導きよ
迷いし生命に寄り添い祝福を与えたまえ ミオストライズ ―
ショウマの胸の上に置かれた女性隊士の右手から極光が広がり、胸の傷を包んでいく。極光は胸の傷にのみ絞られ、心臓の修復に全力が注がれている。だが、胸の傷は中々塞がらない。血色の悪くなった顔色にも変化が無い。回復魔法が効いていないのでは?と錯覚するほどだ。回復魔法は死が確定した瞬間にその力が及ばなくなる。生者にのみに反応する。回復できないのであれば、その者は死を迎えたこととなる。
固唾を飲んで見守る一同は、ショウマの回復を願い祈っている。
ピクっ。
指が動いた気がした。
すると、胸の傷が塞がり始めた。
その光景に歓喜の声が伝播する。
完全に傷を塞ぎきると、隊士達の魔法がようやく収まった。
「傷は塞げました。ですけど、血が足りていません。隊長はここまでです」
目覚めぬショウマに対して言葉をかける。
セイヤへと顔を向けると「兵200を率いて隊長をザントガルツに送り届けます。残りの兵はご自由にお使いください」支援隊の彼女が隊を率いると言う。
「では、シラヌイ。お前に指揮を任せる」
「はっ」
支援隊の女性隊士――カエデ・シラヌイは敬礼をし「その前に回復を終わらせます」ニステルへと向き直った。
冥色のストレートヘアーでぱっつんの前髪。高い鼻筋とつり目ということもあり、プライドが高そうな雰囲気だ。動く度に揺れる白い菱形のイヤリングが煌めいている。
「左腕を回復させます。ぞわぞわと擽ったい感触がありますが、耐えてください」
そう言うと、淡い光が左腕の断面部を覆った。
傷口が熱くなる。
ニステルは欠損部位を治してもらう体験は初めてだ。恐る恐る覗き込んでいると、左腕がむず痒くなる。すると、骨が伸びていき、神経が骨の周囲を走る。そこに血管が張り巡らされ肉が付いていく。不思議な体験に、ただ無言で眺めていた。
やがて腕は完全に復元され「動かして見てください」確認を促された。
「ああ……」
ゆっくりと手を開いては握り、肘を上下させる。
完全に戻ってやがる……。
「違和感はありませんか?」
「ああ、大丈夫だ。ありがとう」
「任務ですから」
素っ気ない言葉を残し、カエデは立ち上がった。
周囲を見渡せば、同じように腕や脚を斬られた隊士は五体満足に戻っている。
「では、我々は隊長をザントガルツに送り届けます。回復薬も渡しておきますので、お役立てください」
カエデに倣い、幾人かの隊士も渡して来る。
「必ず鬼を駆逐して帰る。朗報を待て」
「はい、吉報をお待ちしております。では、ご武運を」
敬礼をし、カエデ率いる部隊はザントガルツへと撤退を始めた。
「で、この腕はどうすんだ?」
地面に落ちている魔断の右手。ザントガルツに持ち帰ってもらうのが一番だったが、奪い返しに来られたら全滅しかねないということでそのままにしてある。
「その辺にでも埋めとけ。お前、黄の元素が得意なんだろ?」
黄の元素を操り、地面に穴を空けた。深さはそこまでない。あとで回収する可能性も考えてのことだ。穴に右手を蹴り落とすと地面を塞いだ。
「これでいいか?」
「十分だ」
セイヤは身を翻し告げる。
「これより深部を目指し移動する!!総員、我に続け!!」
800もの兵士を引き連れ、足止め隊は再び深部を目指して移動を開始する。




