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ep.81 エジカロス大森林南部鬼掃討作戦2

― エジカロス大森林南部 西方 ―


 皇国軍には珍しい朱殷(しゅあん)の髪色を持つドレッドヘアーのドワーフの男性――アランジ・ワナディスは、凛童(りんどう)襲撃時の数少ない歩兵部隊の生き残りである。凛童の放った攻撃を受けた部隊長と共に押し倒される形で地面に伏した為、難を逃れたのだ。

 今回の掃討作戦においては1000人の部隊長として任命されている。元々ザントガルツの歩兵隊の副部隊長をしており、隊をまとめることは慣れつつあった。

 アランジは特殊な体付きをしている為、度々好奇の目で見られることが多い。左肩から手にかけてが異様に発達しているのである。右腕は至って平均的だ。見た目のアンバランスさは本人も気にしているところである。だが、それ故、特殊な武器を扱える。彼の武器は先切(さっきり)型の鎚。頭の部分が大きく、打撃部は50cmにも及ぶ。常人では持ち上げることも困難なほどの重量を誇る鎚を軽々と持ち上げている。付いた二つ名は『鉄鎚のアランジ』。本来二つ名というものは、武功を挙げた者に与えられる名誉な呼び名である。(したが)ってこの呼び名は渾名(あだな)のニュアンスが強い。仲間内で勝手に呼び合うものだ。

 1000人を引き連れ森の中を進んでいく。

 アランジ課せられて使命は、西方エリアの鬼の殲滅にある。南部の中では比較的安全地帯だ。ザントガルツからほど近く、窮地に陥ることがあっても森からすぐに脱出することができる。平地であれば陣形を組みやすく、部隊も被害は受けにくくなる。

 森の奥から幾つもの足音が響き、何かが近づいて来た。

「全軍、戦闘用意!!」

 瞬時に戦闘態勢を取ると、森の奥から駆けて来る鬼の群れが見え始めた。鬼の中では雑兵相当の雑魚扱いである。

「敵は鬼だ!!タイミングを合わせて一気に叩くぞ!!」

 鬼は倒せば黒い粒子となり別の鬼と同化し強力な個体を生み出していく。それを回避する術は、周囲に同化する個体がいない状況を作ればいい。要するに同時に撃破してしまえば同化は発生しない。無に還るだけなのだ。

 皇国軍はリディス族が圧倒的に多い。種族柄、白の元素への適性が高い者が多い傾向にある。浄化の力を宿す上級光属性魔法、その力を遺憾無く発揮できる部隊だ。

 白の元素が部隊を包み込む。上級光属性魔法ルストローアの光弾が各々の武器の先に生まれ、鬼へと降り注いだ。無数の光弾が鬼の群れの頭上に集い、一塊となりて鬼を照らし出す。浄化の作用により鬼の身体は(ただ)れ、表皮から順に黒い粒子と化していく。

 アランジは霧散する鬼を眺め、同化する個体がいないかに注視する。

 黒い粒子は上空へと昇り始め、そして――森の奥へと流れていく。

「奥にまだ鬼がいる!!皆、警戒せよ!!」

 アランジの叫びが響き、森の奥から新たな鬼の群れが姿を現した。

「何だ……?いつもの鬼じゃない……?」

 黒い粒子を取り込み肥大化する鬼の姿は、今までに見たこともない型の鬼だった。黒い髪を後でポニーテイルにまとめ上げ、額には皇国の紋章である日ノ鳥が刻まれた鉢金を括り付けている。崩れた鎧を身に付け、剣や槍を握るその姿は正に兵士そのもの。けれど、肌は灰色をしており、鉢金の奥、こめかみ部分から伸びる角が鬼であることを主張している。黒の粒子を吸い取ったことで1体1体が2mの巨体へと変貌し、およそ100もの波となりて押し寄せる。

 兵隊型の鬼?武装してるあたり、烙葉(らくは)達知能の高い鬼側に近い存在かもしれん。

 アランジは腕を振り上げ号令をかける。

「密集陣形用意!!鬼は武装している!!盾を前面に押し出せ!!動きを止め、固めたところを一気に叩く!!」

 アランジを中心に兵が密集する。最前に盾を構えた兵が腰を落として身を屈め、盾に肩を押し当てぶつかり合いに備える。盾隊が守りを固めるその後方では、再び白の元素が集まり始めていた。

「「「「「「「「硬殻防壁(こうかくぼうへき)!!」」」」」」」」

 盾隊が黄の元素を身に纏い守りを強固なものとすると、鬼との距離が詰まり2つの軍勢の激突が始まった。

 振り下ろされる剣、突っ込む勢いを乗せた槍が盾隊を強襲する。

 衝撃に盾隊の身体が後方へと押し出された。だが盾隊も踏み留まる。最低限の押し出しで踏み留まり、鬼が持つ武器の動きを抑制した。腕を動かし力を伝えることで武器が持つ力を最大限に発揮できる。その動きを抑えてしまえばそれほどの脅威とは成りえない。ましてや盾による壁である。守りの強度を上回る力を発揮できなければ突破も難しい。

「攻撃開始だ!!喰らい尽くせ!!」

 アランジの号令で再び周囲は光に包まれた。

 だが、鬼兵は盾隊に武器を突き立て続けている。

 効いてない!?

 良く見れば鎧で覆われていない部位の皮膚は(ただ)れている。まったく効いていないわけでもなかった。

 あの鎧が白への耐性があるのか!!厄介な……。

 ただ、鬼兵の顔には変化が見られない。剥き出しのはずの皮膚は傷を負わずに、時間が経っても変わらなかった。

 日ノ鳥の鉢金の影響か……、あれが頭を守っているに違いない。

 日ノ鳥。それは皇国の紋章であり、白炎を纏う聖なる鳥である。皇国の建国時に現れた聖なる鳥をモデルとしており、世界の復興と秩序を齎す存在として皇国民に愛されている。紋章を刻む際、白の力を付与することがあり、鬼兵の鉢金にも同様の効果があるものと推測される。

 日ノ鳥の鉢金と白に耐性を持つ鎧によって守られた鬼兵は、執拗に武器を叩きつけ、ついには硬殻防壁(こうかくぼうへき)の守りを突破してきた。勢いは止まらず、盾が次第に凹み堪える兵にも疲労が滲んでくる。

「奴らの装備は白を物ともしない!!可能な限り別の色の力を使え!!」

 アランジの号令により、各色様々な魔法が飛び始めた。それでも森の中をということもあり、火が飛ぶことはない。魔法に次いで、弓兵による物理的な矢の雨も放たれる。それでも盾隊に被害が出ることを怖れ、せめぎ合う鬼兵に攻撃が届いていない。これではもし後方の鬼が命を落とすようなことがあれば、盾隊の目の前にいる鬼が強化される恐れがある。

「何をやっている!!同時に倒さねば相手の思うツボだ!!仲間に当たるのを怖れるな!!鬼が強化されては、盾隊に余計な負担がかかる!!仲間を思うのであれば、撃てぇぇぇッ!!撃てぇぇぇぇぇぇッ!!」

 激を飛ばされ、兵士達の目の色が変わった。良かれと思った自分の行いが、仲間に負担がかかるものだと気付かされ腹を括ったのだ。

 放たれた矢が盾隊とぶつかり合う鬼兵に降り注ぐ。当然、肉薄している盾隊にも矢の被害が出始めた。

「怯むな!!命さえ失わなければ回復させることはできる!!今は全力で目の前の鬼兵を撃ち破れ!!」

 絶え間ない矢と魔法の嵐の前にも鬼兵の勢いが衰えることはなかった。だが、腕は裂け、足を引きずる姿が見られ、着実にダメージの蓄積には成功している。

「支援隊!!皆にムーバルとインパクトを!!」

 胸の前に作った拳を開きながら腕を振る。

「全軍打って出る!!合図と共に盾隊は左右に展開!!出し惜しみ無しだ!!一気に畳み掛けよ!!」

 支援魔法の光を部隊を覆っていく。

「全軍、突撃ぃぃぃぃぃいいッ!!!!」

 号令と共に盾士が一度身体をぐっと屈め、盾越しに鬼兵に体当たりを浴びせバランスを崩させた。その隙に盾隊は左右に展開。鬼兵への道を作り上げていく。

 移動速度と攻撃力を強化され、アランジは吠える。

「うぉぉぉぉぉぉぉぉおおッ!!駿動走駆(しゅんどうそうく)!!」

 更に脚に風を纏わせ、巨大な鎚を担ぎながら誰よりも素早く鬼兵へと迫る。

 両手で握り締めた柄に力を込め、鎚が天に向かって持ち上がっていく。

爆砕華衝(ばっさいかしょう)!!」

 打撃部に黄の元素を収束し、より強固に、より破壊力を持たせていく。眼前の鬼兵の頭上から力の限り振り下ろした。

 ゴキィバキバキィッ。鎧もろとも鬼兵の身体を砕き潰し、地面を叩く。血肉が弾け骨を粉々に粉砕しく。衝撃が大地にまで伝わり、地面はひび割れ盛り上がり大きなクレーターを生み出した。アランジの鎚は留まることなく破壊を齎す。集った黄の元素が爆散し、ひび割れた岩塊が前方へと押し出していく。砲弾に等しい岩塊が容赦なく前方の鬼兵を巻き込みその身を潰し始めた。

「「「「うぉぉぉぉぉぉぉおお!!!!」」」」

 アランジの攻撃に感化され、兵士達が雄たけびを上げ飛び出して行く。弱った鬼兵の顔面に、喉元に、鎧の隙間に兵士の刃が突き刺す。

 それでも鬼兵は藻掻きながらも生き続ける。

 仕留め切れずとも兵士は足を止めずに更に奥にいる鬼兵に向かって駆け抜けていく。たとえ自分の刃で仕留め切れずとも、後続の仲間に任せればいい。今はただ前の鬼兵に集中する。黒い粒子となり同化されてしまえば被害が大きくなってしまうのだから。

 ひたすらに手を、脚を動かし続け、100もの鬼兵の大半を死へと追いやった。次々と黒い粒子と化し、同化する対象を求めて彷徨い続ける。

 入り乱れる戦場においては敵の生き残りの居場所を瞬時に把握するのは困難を極める。兵士達もまた、仲間の姿がブラインドとなり、倒すべき鬼兵がどこにいるのか把握できずにいた。

 さすがに全部を同時とはいかないか……。なら―――。

「黒い粒子を追え!!そこに鬼兵の生き残りがいる!!同化され変化が起こるまでに僅かな時間がかかるはずだ!!その瞬間に畳み掛けろ!!」

 アランジの号令に被せるように「ぐあぁぁぁ!?」「ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙!!」悲鳴が木霊する。

 周囲を見渡せば、仕留めそこなった鬼兵共の刃が仲間を斬り裂いている。鎧で致命傷は裂けられているものの、仲間がやられたことに斬り裂いた鬼兵へと兵士の刃が集中する。

「馬鹿やろう!!散れ!!一匹残らず殲滅するんだよッ!!」

 アランジの叫びも空しく、頭に血の登った兵士は視野が狭い。皆が一様に同じ鬼兵へと攻撃をしてしまう。

 その間にも黒い粒子は移動し続けてる。

 不味いッ!?このままではより強力な個体を生み出しちまう……。

 とある場所に向かって粒子が集まり始めていた。そこには傷つき倒れた鬼兵が倒れ込んでいる。粒子は渦を描き、鬼兵へと吸収されていく。同化の始まりか、身体が膨らみ負った傷が塞がりつつあった。

 焦燥感に駆られアランジが奮起する。巨大な鎚を担ぎ、仲間を押し退け同化の始まった鬼兵の下までたどり着いた。

 鬼兵の皮膚が蠢き、筋肉が盛り上がる。

「やらせるかよッ!!」

 鎚を振り上げ、叩きつける。血肉は不快な音を立て潰れていく。だが、鎚に伝わる硬い感触。それが仕留め切れていないことを無情に告げてくる。

 骨を潰せてねえ!?

 鎚を押し退け鬼兵の身体が膨らむ。潰れた筋組織は再生され、4mはあろうかという巨大な鬼へと変貌した。最早容易く頭や首を狙えない。強固な皮膚と鎧に閉ざされた心の臓を狙うにしても、それ相応の力が必要となる。必然的に消耗戦へとシフトしていく。

 くっ、もうやるっきゃない!!

「全軍!!巨大鬼兵に集中砲火を仕掛ける!!俺に続―――ッ!?」

 その瞬間、アランジは宙を舞っていた。

 ただ一振り。巨大化した鬼兵の腕一本にアランジは吹き飛ばされていた。木の幹に激突し、地面へと崩れ落ちる。隊長であるアランジの状態は、そのまま隊の士気へと直結する。

 ぅ…うぅ……。立てよ、アランジ……。お前の一挙一動が隊の力を左右すんだ……。

 片膝を立て、膝に手を乗せ立ち上がる。鬼の膂力に晒され木に激しく身体を打ち付けている。いくら鎧に身を包んでいるとはいえ、身体の内部にかかる負担は計り知れない。

 アランジが吹き飛ばされたことで、兵士は各々の判断で攻撃を始めていた。叩きつけた刃は表皮に阻まれ、飛び交う魔法に鬼兵が嫌がる素振りを見せる。

 アランジの鋭い眼光がその差異に気付く。

「全軍!!物理攻撃を止め、魔法攻撃に切り替えろ!!」

 号令に従い攻撃方法が魔法主体へと移り変わる。

「盾隊前へ!!全力を以って攻撃を耐え抜くんだ!!」

 再び盾士が鬼兵の前へと躍り出る。「硬殻防壁(こうかくぼうへき)」を張り直し、盾隊の前に幾重にも岩の壁、水の壁が鬼兵を隔てるように現れた。

 その時、鬼兵の瞳が怪しく輝いた。

「生温イワッ!!」

 鬼兵の足が大地をひと突きすれば、地面が砕け、衝撃が窪みを作りあげていく。それは、明らかな元素の行使。魔力を地面へと流し、黄の元素と結びつき水と岩の壁を突き崩す。

 砕け降り注ぐ岩の破片を盾隊が防ぎ、皇国軍には被害はない。だが、それ以上に―――。

「しゃべった……?」

 兵士の誰かが呟いた。

 鬼が喋り出す、それが意味するところは、新たな知能の高い鬼の誕生である。幸い、未だ片言であることを考えれば、烙葉(らくは)達と同等の力を持ち得ていない。

「攻撃の手を休めるな!!今ならまだ俺達で倒せる!!自分の力を信じろ!!祖国の平和を掴み取るぞッ!!」

 そう檄を飛ばすも、アランジは内心焦り始めていた。

 浄化も聞かなければ、黄の元素をも操り始めた。少なくとも、黄の元素の適正を持つ鬼ということだ。高い適性を持っていれば、その色の力への高い耐性を持ち合わせることとなる。アランジは黄の元素に高い適正を持ち合わせているが、他の色への適正は高くない。つまり、得意の色の最大火力を出そうとも、鬼兵には大した被害を与えることができないのだ。

 まともに攻撃を加えようとすんなら、近寄らないといけないか……。

 アランジは腹を括り、柄を握る手に力を込めた。

 鬼兵は飛び交う魔法を鬱陶しそうに手で叩き落しながら、剣を上空へと伸ばしていく。巨大化に伴い小さくなった剣に穢れを流し込むと、刀身が膨らみ黒い刃へと変貌する。

「ゴミノ様ニ散レェェイッ!!」

 黒い刃が部隊へと叩きつけられる。盾ごと兵士を押し潰し、魔法を放つ兵士を斬り裂いた。叩きつけた黒い刃が大地を砕き、それと同時に地面から鋭利な岩の柱が飛び出し兵士の身体を貫いていく。

 たった一度の鬼兵の攻撃が、アランジ隊に100をも超える犠牲者を生み出した。盾隊はほぼ壊滅状態、前線を張れる兵の多くは没している。

「あああぁぁぁぁ!?」「ちくしょーッ!!ちくしょーッ!!」「ぜってぇ許さねーッ!!」

 唐突に訪れた仲間の死に、部隊は悲しみと憎悪に包まれる。

 その中においてアランジは迷いなく駆け出していた。

 盾隊を失った今、持久戦になれば部隊は壊滅しちまう……!!

「うぉぉぉぉぉぉぉぉおおおッ!!」

 アランジは吠え、転がる仲間の躯の合間を駆け抜ける。自分自身を鼓舞するように、仲間に希望を灯すように言葉を紡ぎ出す。

衝打破塵喪(しょうだはじんそう)ぉぉぉおお!!」

 鎚の柄を反転させ、先切(さっきり)の細く尖った部位に魔力を注ぎ込むと武技が発動する。元素の力に頼らない純粋な魔力による破壊の力を鎚に纏わせ、鬼兵の眼前へと飛び出した。叩きつけられた黒い刃を横目に鬼兵の懐へ踏み込み、破壊の力を一点集中させた鎚を振り抜く。

 不意に訪れる衝撃。鬼兵の足の裏がアランジの拳もろとも鎚の柄へと叩きつけられた。

「ぐぅぬ……」

 アランジの視界が暗転する。拳を圧迫されたことで血流に乱れが生じ眩暈を発生させたのだ。

 瞬間的に意識と視界に不調を来したが、祖国を守る使命感がアランジを現実へと引き戻す。

 柄を押さえられ、振り抜いた勢いも殺されている。武技は不発に終わり、攻撃は失敗する――はずだった。

 まだだ…、俺の鎚はこんなもんじゃねえ!!

 アランジは更に「衝打破塵喪(しょうだはじんそう)ッ!!」不発に終わった武技を再度発動させ、魔力をそのまま再利用する。押さえられた鬼兵の足を支点として、鎚を投げつけるように回転させ切っ先を足の甲へと叩きつけた。

「グォォォォォォオオッ!?」

 鬼兵の足の甲に大きな窪みを生み出し、衝撃で甲全体が蜘蛛の巣状に皮膚を砕いていく。

 鎚が回転したことにより、砕けた鬼兵の足がアランジ目掛けて降りて来る。

 そして――右肩から先を踏み潰されながらアランジはその場に倒れ込んだ。

「ぐぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙!!!!!!」

 濁った叫び声が辺りを包む。

 悶えるも、腕は潰されただけで繋がっている。アランジはその場を離れることも、起き上がることもできない。

「「「「隊長ぉぉぉ!!!!」」」」

 兵士達は叫びながらもアランジを助け出す為に魔法で応戦する。腕力に自信のある兵士達がアランジの下へと駆け寄り、鬼の足を何とかしてどかそうと力の限り上へと引っ張る。だが、鬼の力の前に無力だった。

「……っかヤロー!!俺より先に、鬼を、討てぇぇぇぇぇぇええッ!!」

 魂の叫びだった。

 ここで鬼兵を倒せなかったら、この鬼兵は他の隊を喰いに行くかもしれない。ザントガルツに近いから街へと攻め込みに行くかもしれない。そんなことさせてはダメだ。命を賭してでも、この場で仕留め切らねーとなぁぁ!!

 兵士達は涙ぐみながらも鬼兵へと立ち向かっていく。

 最早感覚の無い右腕、その下から上級土属性魔法グラドオムを発動。無数の鋭利な岩がアランジの腕もろとも鬼兵の足を貫き持ち上げていく。ブチブチと筋繊維が千切れ、肉が持っていかれる。砕けた白い骨が飛び散るのが見えた。自分の腕なのに、何故か他人事のような錯覚に陥っていた。

「ヌゥゥゥ」

 持ち上がった足の影響で鬼兵が後方へと倒れこんだ。

 アランジは立ち上がり叫ぶ。

「ぶち抜けぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええッ!!」

 アランジ隊による総攻撃が始まり、鬼兵の身体が少しずつ削れていく。鎧を砕き、表皮は剥がれ、溢れる血を垂らしながら身体の至るところの部位を失う。

 鬼兵が悪あがきとばかりに黒い刃を横回転させながら投げつける。目の前にいた兵士達の身体を二つに分断し、後方にいた兵士を刻みながら地面へと突き刺さった。

 アランジは真っ二つになるのを回避しているが、刃が左足を掠めた影響で付け根から斬り落とされ再び地面へと倒れ込む。出血の多さからすでに意識は飛んでいた。

「grrrrllllc!!!!」

 最早言葉とは呼べない声を上げ、鬼兵は黒い粒子と化していく。

 その光景を眺めていた兵士達が勝鬨を挙げる。それは魂の解放のような歓喜の叫びだった。


 アランジ隊の鬼との遭遇戦は、多大な被害を出しながらも勝利という形で幕を下ろした。

 リディス族による治療を試みたものの、隊の被害者は250人を越えている。

 アランジは欠損部位を回復し辛うじて命を繋ぎとめることに成功している。精神疲労の影響か意識を取り戻すまでには時間がかかる可能性が高い。

 目覚めぬアランジの代わりに、若い男性の兵士が臨時で隊をまとめ始めた。

「一旦森の外に出るぞ。……仲間を運び出そうとは考えるなよ。まずは俺達が生き延びないといけないんだからよ……」

 遺体を放置すれば、他の鬼や魔物に喰われる可能性がある。でも、今この部隊に回収する余力など無いに等しい。

 凄惨な戦場を眺め、森の外へと撤退を始めた――その時、上空からひとつの影が舞い降りた。

 ドゴンッ!!

 激しい物音に、撤退を始めた兵達も思わず振り向いた。

 そして、凍りつく。

 土煙の中覗くその姿に、誰もが絶望を感じていた。

「なんで……、なんでこんなところに……、凛童が現れるんだよッ!?」

 黒髪をポニーテイルにした蠱惑的(こわくてき)な美少年――凛童が嬉々とした表情でアランジ隊の面々を眺めていた。

「くぅはっはっは!やるではないか!!よもや、()()の軍勢の()()を倒すとは思わなんだ。だからせめてもの褒美に(われ)が相手をしてやろうと思ぉてのぅ。光栄に思ぉがよい!!」

 好戦的な瞳がアランジ隊を射抜いた。

 ありえない遭遇に身体は元より、頭の中まで凍りついてしまった。



― エジカロス大森林南部 中部~深部 ―


 カミル達精鋭部隊は森の中部を抜け、深部の入口に差し掛かろうとしていた。

「う~ん、なんかおかしかないですか?」

 (くり)色の長髪を靡かせ、ふくよかな体躯を揺らすカエル顔の男性――コウキ・ナミシマ シキイヅノメ第4部隊長が周囲を見渡し疑問を口にする。

「矢張り、ナミシマさんもそう感じましたか……」

 リョウジはコウキの意見に賛同し、気持ち悪さを感じていた。

「そりゃそうでしょーよ。深部に近づいてるってのに、鬼の気配どころか黒の元素まで薄くなって来てるでしょうが」

 そう、深部に近づけば近づくに連れ、鬼との遭遇がまったくなくなったのだ。黒の元素は鬼の原動力。にも関わらず深部の方が濃度が低いのだ。烙葉達が吸い尽くした、という理由であるのなら納得はできるのだが、黒の元素が薄い状態で深部に引き籠っているのはおかしい。

「これだけ薄いなら深部にこだわる必要はないはずなのに、深部には一体なにが……」

 深部の調査は、ここ1000年の記録はない。精霊の黄昏後、鬼が誕生し始めた非力な鬼しかいなかった時代のものしか残っていない。ある時を境に知能の高い鬼が深部に棲みつくようになったのだ。なぜ鬼は深部に拘るのか、調査のできない皇国軍には知る由もない。

「これって、オレ達を誘き出す罠なんじゃない?」

 鳩羽鼠(はとばねずみ)の短髪姿の肉付きの悪い縦長の顔の男性――セイヤ・ミシマ シキイヅノメ第5部隊長が呟いた。襟足だけ髪を伸ばした特徴的な髪形をしている為、ヒョロいヤンキーのような印象を受ける。

「どういうことだ?」

 リョウジはその真意を問う。

「深部にいるって情報を流せば、必然的に主戦力が深部に向かうだろ?その隙に森に入った兵士なり、ザントガルツなり襲えばいいだけの話だからな」

「烙葉や嗣桜(しおう)なら可能性はあるが、凛童はむしろ喜んで残りそうなものだが」

 3体の鬼の内、凛童だけはやたらと好戦的な性格をしている。いわゆる戦闘狂と呼ばれる部類だろう。


 どこからともなく甘い香りが広がるのをリアは敏感に感じ取った。

「この香り、嗣桜がいるよ」

 その言葉に一斉に馬を止め、すべての視線がリアへと集まる。

「香り?何も感じないんだが……?」

 リョウジはクンクンと鼻を鳴らしている。

 他のメンバーも同様に香りに意識を向けるも、お互いに顔を見合わせ首を振り合った。

「エルフの彼女なら、私達に感じ取れない些細な香りも判別できるのでしょう。リアさん、その香りがどこから漂って来るかわかりますか?」

 リアは目を閉じ、香りに感覚を集中していく。僅かな空気の流れを読み、運ばれて来る香りの方角を特定した。

 振り返り、今まで走ってきた道の先を指で示す。

「香りは森の中部……、うぅん、もっと浅いところかもしれないわ」

 リョウジは嗣桜と思わしき香りがザントガルツ寄りの場所から漂って来ることに戸惑いを覚える。

「確か、なのか?」

 リアはコクンと頷く。

「嗣桜が煙に巻く為に何か仕掛けたわけじゃないならだけど」

 リョウジは悩んだ。このまま深部に向かうべきか、部隊を割ってでも嗣桜と思わしき鬼のいる方に向かわせるべきか。

 悩むリョウジにリアが提案する。

「なら、私が向かおうかしら?」

「待て、一人で向かうつもりか?そんなの認められるはずがない」

「私は元々軍属でもないし、いない方が連携が取りやすいんじゃないかしら?」

 連携が取れずとも、少しでも戦力が欲しいのがリョウジの本音である。だがしかし、本当に嗣桜が戻った先にいるのなら、戦えるだけの戦力を送らなければならない。

「………」

 悩むリョウジの背中を押したのは、アリィだった。

「では、私も向かいましょう。そうね……」

 部隊の面子をぐるりと一瞥する。

「ルミ、貴女も来てくれるかしら?」

 灰桜(はいざくら)のふんわりとした耳を覆い隠すショートカットの女性――ルミ・カガミ シキイヅノメ第6部隊長が怪訝な表情を浮かべアリィを見つめる。眉尻が下がったタレ目と厚い唇が特徴的だ。前髪はなく、おでこが覗く。毛先にウェーブがかかっていることもあり、ほんわかとした雰囲気を醸し出している。

「何不思議そうな顔しているの?貴女も鼻が利く方だし、弓なら遠距離で攻撃できるでしょ?幻覚対策には丁度いいじゃない」

 ルミは弓という武器で部隊長にまで登りつめた実力者である。遠くを見通す視力と優れた嗅覚を持ち合わせ、皇国において並ぶほど無しと言わしめた名手である。

「まあ、適役かもですけど」

 見た目に反してテンションの低い声が響く。

「決まりね」

 アリィはリョウジへと向き直る。

「では、三名で嗣桜のとこ「私も行かせてください」」

 アリィの声に被せてミスズが嗣桜討伐への参加を主張した。

「私は嗣桜と因縁があります。できればこの手で断ち切りたいのです」

 ミスズは嗣桜との密約を公言していなかった。できれば知られずに済んで欲しい、そう思っていた。だからこそ、嗣桜を討伐できるチャンスがあるのなら藁にも(すが)る想いで飛びつくのだ。

 リアは内情を察してか「回復役は必須だと思うわ」ミスズの言葉を後押しをした。

 リョウジはゆっくりと頷いている。

「わかった、許可しよう。ただし、生きて戻って来い。これは命令だ」

 それだけ言うとリョウジは前を向く。

「残りの者は引き続き深部を目指す。行くぞ」

 リョウジの号令で一同が走り出す。

「リア、気を付けて」

 カミルは一言声を掛けリョウジの後をついていく。

 小さくなる後ろ姿を見送り、アリィ率いる臨時部隊が嗣桜を追う。

「奇しくも女性だけの部隊になったわね」

 アリィは柔和に笑うと号令をかける。

「さあ、鬼討伐に向かうわよ」

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