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ep.79 掃討会議

 鬼の掃討作戦の為にアシハラフヅチ皇国の武力がザントガルツに集結しつつあった。皇都シキイヅノメを護る精鋭部隊こそ合流はないものの、第3部隊~第6部隊の合計4000名もの人材が派遣されている。その多くはリディス族であり、回復魔法と支援魔法を扱える者も多い。烙葉(らくは)凛童(りんどう)嗣桜(しおう)の3体の知能の高い鬼だけなら戦力が過剰ではあるが、今回は掃討作戦である。エジカロス大森林南部の鬼の殲滅が目的であり、その為の人海戦術でなのだ。

 今のザントガルツには兵士すべてを受け入れる場所がなく、西の壁の外に部隊ごとに野営地を設置し、作戦日まで駐屯してもらう手筈になっている。


 カミル達三人は今、中央砦内にある会議室に居る。直接嗣桜と交戦した数少ない人物ということもあり、掃討会議への出席を求められたのだ。

 カミルはリアに身体を寄せ小声で問いかける。

「ねえ、俺達場違いじゃないの?」

 周りは皇国の鎧に身を包んだ兵士達ばかり。その中でも会議に参加するほどの地位に就いている者である。カミル達を除いての唯一の例外と言えば、ダインの民を率い傭兵として活動をしているクォルスくらいだ。

「私達は軍属でも皇国民でも無いんだし気楽にしていればいいのよ。あくまで協力者の立場でしかないんだし」

 傭兵登録をしていたとしても、ザイアス王国から来た冒険者とあれば作戦の中枢には置かれない。あくまで情報を抜き出す為の装置のようなもの。

 キョロキョロと集まった顔ぶれを確認し、その中に見知った顔が1つあった。第3部隊を率いるアリィローズ・アロシュタット。アロシュタットの血を受け継ぐファティの子孫に当たる存在だ。

 アリィと視線がぶつかると、笑顔で手を振ってくれる。

「あんまり軍の人と深い繋がりは持たない方がいいわよ。何かにつけて利用されるからね」

 リアは軍にあまり良い印象を抱いていないらしい。帝国でも冒険者をしていたし、何で騎士団に入らなかったんだろう?騎士団に入れる実力はあるだろうに。

 リアは皇国軍人には目もくれず、艷やかな銀髪を指でくるくると弄っている。傍から見るとやる気なさそうに見えてしまい、関係性に歪みが出るのではないかとカミルは不安であった。

 ニステルは相変わらず緊張感なく欠伸をしている。これからザントガルツの命運を賭けた作戦の会議だというのにマイペースだ。

 時計の針が9時ちょうどを指し、それと同時に出入口から位の高いであろう兵士が二人入って来た。一人は浅葱鼠(あさぎねず)の髪を持つサラサラの短髪姿の男性だ。細身の優男で風貌に整えられた顎鬚が特徴的だ。もう一人はボサボサの癖毛を後ろで束ねた銀髪のポニーテイル姿の筋骨隆々の男性だ。野性味溢れる巌のような印象を受ける。

 会議室の兵士達が一様に起立して行く姿を見て、カミル達も倣い立ち上がる。周りの雰囲気からしておそらくあの二人のどちらかが指揮官なのだろう。

 二人は奥まで進むと、銀髪の男性の方が口を開いた。

「これよりエジカロス大森林南部鬼掃討作戦の会議を行う。皆、着席してくれ」

 指示に従い着席した。

「今回、指揮官を務めるリョウジ・ロクシマだ。要塞都市ザントガルツにおける兵士長の位に就いている。まず、南部を寝床としている知能の高い鬼について―――」

 烙葉、凛童、嗣桜の基本的な情報が伝えられ、皇都から来ている兵士達は真剣な眼差しでロクシマ兵士長の言葉に耳を傾けている。数日前にあった嗣桜との交戦情報もすでに共有され、掃討作戦の準備は着々と進んでいるようだ。だが、烙葉の情報だけが著しく乏しい。

「3体の鬼共の寝床はこれまでの出没地点から森の深部、エジック山脈の麓だと推測されている」

 嗣桜との交戦があった日、ミスズ達は森の調査を行い情報の精度を高めたという。嗣桜とは別に、烙葉、凛童とも森の各地で戦闘が発生していたらしい。目論見通り、女性隊士は欠けることなく帰還し情報を持ち帰ることに成功した。だが、調査に向かった男性隊士は誰一人還って来なかったという話だ。

 次いで作戦決行日の陣形についてが語られていく。カミル達にはあまり関係ない話である。この会議においてカミル達の出番が来るとするなら、一通りの説明が終わり意見の交換の機会だろう。

 要約すれば、少数精鋭部隊を寝床であるエジック山脈の麓へ向かわせ、それ以外の兵士で森の南部にいるその他の鬼を殲滅させるという単純な作戦だ。烙葉達の対処が困難なだけであり、雑兵のような鬼の脅威度は高くない。命の尽きた時の鬼の力の同化にさえ対処すれば、末端の兵士であっても容易に倒せるはずなのだ。

「先日、今まで確認がされていなかった3体目の知能の高い鬼、嗣桜との初めての戦闘が行われたわけだが」

 ロクシマ兵士長は右手を広げるとカミル達の方を示した。

「そちらの冒険者兼傭兵の3名が交戦している。我が軍のミスズ・サエキ副兵士長も交戦はしているものの、心身共に十分に話せる状況ではない為、サエキ副兵士長に変わり会議に参加していただいている」

 不意に突き刺すような視線に晒され、カミルは萎縮する。反射的に小さく頭をペコっと下げてしまった。

「彼らは嗣桜だけではなく、凛童との戦闘においても著しい戦果を挙げている」

 好奇の視線を集めるかと思われたが、カミル達に強い関心は見せず、ロクシマ兵士長の話を傾聴している。

「質問があれば聞いてもらっても構わない」

 すっと兵士の一人が手を上げる。白髪が目立つ黒鳶(くろとび)色の髪をオールバックで固め、一束の前髪が垂れた男性の老兵。堀が深く、ほうれい線が目立ち皺が多い顔立ちだ。

「ノーストリッジ第一騎兵団長、発言を許す」

「嗣桜とかいう鬼の異能についてですがね、特定が難しそうなこの幻覚と五感を狂わせるという能力ですが、どのようにして特定したものかと思いまして。五感が狂わされている人が自分が置かれている状況を正しく認識できるとは思えないんですよ」

 ノーストリッジの指摘に、会議室の兵達は頷き「確かに」小さく呟く声が響く。

「その質問は尤もだ。異能の特定に至ったわけを説明していただけますか?」

 ロクシマ兵士長がリアへと発言を促した。

「私が幻覚に陥った折に、いくつかの特徴が散見されました。まず、森の中へ入った際にバニラの甘い香りが森中に広がっていました。これは確証を得られませんが、おそらく異能の前兆ではないかと睨んでいます。感覚を刺激し狂わすのが目的であるのなら、臭いだけで事足りるのは脅威でしかありません。もう一つは、嗣桜に近づいた者だけが幻覚を見ている点です。先の交戦で仲間と共に戦闘に当たりました」

 言葉と共にリアの掌がカミル達を指し示す。

「私が嗣桜に接近し、二人は離れた位置におりました。そこで認識の齟齬(そご)があったことを把握したのです。接近した私は嗣桜を斬り裂く幻覚を見せられました。ですが、カミルには空を斬る私の姿が映っていたようです。それでも肉を斬る生々しい感覚と肉が焼ける臭いは残ったままでした。この事から、嗣桜から一定範囲内にいる者に幻覚を見せ、五感を狂わせる異能という結論に至ったわけです。検証の為に、私自身遠距離からの攻撃を試みました。結果は幻覚は見ず、攻撃は正確に自分の狙った位置を捉えることに成功したのです。離れていた距離は15mほど。それ以上の検証はできていない為、どの程度まで近寄っていいのかは不明です」

 リアの発言が終わると、再びノーストリッジが手を挙げ発言が許可された。

「異能の特定方法については納得した。だが、サエキ副兵士長の報告では離れた位置にいた男性兵も幻覚を見せられていたとされておる。本当に正しいのかわからぬではないか」

 ロクシマ兵士長が再びリアへ発言を求めた。

「私はその現場におりませんでしたので詳細はわかりかねます」

「ふむ、幻覚を見るというのは共通しているが、効果範囲の特定まではできんな。なるべく遠距離からの攻撃を意識するしかあるまい」

 ロクシマ兵士長の発言が終わると、今度は別の兵士が手を挙げた。白髪のぱらつく(にび)色をツーブロックにした短髪の老兵の男性だ。顔は平たく綺麗な肌をしている。白髪の量の割に皺が少ないせいか年齢不詳である。

「イサヌキ第二騎兵団長、発言を許す」

「この黒い風、というのは実際見ただけで判別可能なのか?」

 再びリアが促される。

「闇属性魔法や武技とは明確な差などは無くなかなか難しいと思います。見た目は揺らぐ黒い波ですから、直接黒い風を見るというよりも、風が引き起こす事象に注視するべきでしょう。純粋な黒の力であれば、周囲に揺らぎを生じさせません。ですが、風となれば周囲がざわめきますから」

 今度はアリィが手を挙げ、発言が許された。

「その黒い風の正体は緑と黒の複合魔法なのですか?」

 リアに発言権が与えられる。

「その様に見えますが実際は少し違うかと。黒の元素の反応はありましたが、それは鬼の原動力みたいなものですからね。それ以上に感じられたのは穢れです。穢れは黒の元素と似た性質があるようで、及ぼす影響も酷似しています。ですが、元素ではありません。風に穢れを乗せるのが黒い風という認識でよろしいかと」

 そこで静観していたクォルスが手を挙げた。

「ダーダイン殿、発言を許す」

「黒い風の類似の力として、凛童が放つ黒炎も同様の力であることを補足させていただきたい。凛童もまた、右手を失った状態では炎に穢れを乗せて黒炎を生み出していた。属性が違えど嗣桜も穢れを乗せるという力を持っているのだとしたら、烙葉も同様に属性に穢れを乗せて放つ攻撃が行えるとして行動すべきと進言します」

 ロクシマ兵士長は頷き肯定する。

「烙葉の情報が少ない以上、警戒して望むべきだ」


 入ってくる鬼の情報を整理していると、心に引っ掛かりを覚えた。

 そういえば、凛童と初めて遭遇した日、凛童は魔断の右手がありながら烙葉に「不完全な状態」とか言われていたけど、よくよく考えてみたらおかしくないか?俺達がザントガルツに来る前に傷を負っていたとしても、凛童は黒の元素を吸収してすぐに傷を治すことができていた。十分な時間と黒の元素はあっただろうに、何故不完全な状態だったんだ?………鬼にはまだ俺達の知らない秘密が隠されているのだろうか?


 作戦会議は終わり、各自退室していく。

「お疲れさま、なかなかの熱弁でしたね」

 アリィは柔和に微笑むとリア達へと労いの言葉をかける。

「いえ、命を懸けた戦いになるから情報交換は必須でしょ?鬼と戦う者として当然の行いだわ」

「軍属でもない人が高い意識をを持っているのは喜ばしい」

 ロクシマ兵士長の隣にいた銀髪の男性が会話に交じってくる。

 アリィは銀髪の男性の横へと移動した。

「紹介します。こちらは皇都シキイヅノメ所属のカナタ・シドウ太極騎士です」

「太極騎士?」

 耳馴染みのない役職にリアが訝しみ言葉を繰り返す。

「皇国では白と黒に高い適正を持つ者に『太極騎士』という役職を設けています。ダインの民以外で黒への高い適正持ちは珍しいですし、対を成す白への高い適正を同時に持つ者は世界に数えるほどしかおりません。その希少性から特別な役職を設け、国に引き留めようという魂胆です」

 酷い理由である。

「おいおい、アリィ。もっと言い方ってもんがあるだろうがよ。選ばれし精鋭とか、奇跡を体現する者だとか。それらしい理由にしてくれよ」

「ヒカミ総司令から調子に乗せるなと忠告されてますから」

「野郎……」

 太極騎士という役職の地位がどんなものなのかまったく伝わってこない。話を聞く分には高い力量を持ち合わせていそうなんだけど、シドウって人の扱いが雑なせいでよくわからない。

「それはそうと」

 カナタがリアへと視線を向けた。

「その銀髪、生まれつきか?」

「生まれつきでもあり、生まれつきでもありませんよ」

 頓智のようなリアの発言に「??」カナタが不思議そうな顔をしている。

「私は銀髪のエルフなの。でも、その内金髪に戻ると思うわ」

「お、おう?」

 事情を知らない者に説明したところで伝わらない。リアもそのことを承知の上で煙に巻こうとしているのだろう。

「ま、そのなんだ。銀髪同士仲良くしようぜ。中々この髪色のヤツに出会わねーんだよな」

「それはそうでしょう。ここは皇国ですよ?暗い髪色が多いのは当然です」

 アリィが呆れた声をあげる。

「シドウ太極騎士も森の深部に向かうのですか?」

 少数精鋭部隊で挑むというのなら、会議に参加しているこの人も討伐メンバーである可能性が高い。

「はっはっは、そんな仰々しく呼ばなくていいって。カナタって呼んでくれよ」

 どうやらおおらかな人らしい。見た目のイメージと中身が完全に一致する珍しいタイプの人間のようだ。

「もちろん、俺も深部へ向かう一員だ。今回で鬼共を根絶やしにしてやろうぜ」

 気負いのない姿に自然とカミルは笑みをこぼした。カナタの言葉には不思議と人の心を解きほぐす力がある。その性質は困難な任務に向かう際に非常に重要な意味を持つ。緊張感漂う中、余裕のある振る舞いをされれば、感化され周りに伝染する。戦場において心に余裕を持てるのは生存率に影響を与えるだろう。元素の適正よりも、彼が重宝される理由はそこにある、のかもしれない。

「それ、無理ですから。黒の元素が残っている限り鬼は湧いてきますよ」

 アリィが事実を突きつけて能天気な願望を否定すると、カナタは呆然とアリィの姿を見つめる。

「アリィ、空気読もうぜ」

「はい、読みましたとも。読んだ上で読まない選択をしたんですよ。察してください」

 それはもう清々しいほどの微笑みだった。そんなアリィの姿に、ファティの面影を見た。

 学園ではよく似たようなやり取りをしたな。ゼルが何かにつけて絡まれてたっけ。

 ファティとタブるアリィの姿に、カミルは少し胸を締め付けられる。

 ガラガラガラ。唐突にニステルが席を立つ。

「なあ、そろそろ帰ろうぜ。軍人ばかりでさすがに息が詰まるっての」

 会議中も大人しく話を聞いていたニステルが心の内を吐露する。

「ニステルは今日もいつも通りだね」

 変わらぬ安定感は心強い。

「こんなとこで気負っても仕方ねぇよ。戦場で気張ればいいさ」

「うん、そうだね」

 ニステルの態度にアリィとカナタは穏やかな表情を浮かべている。

「頼もしい仲間がいるじゃないか」

「はい、頼れる兄貴分です」

 カミルの言葉に居心地が悪くなったのか「先帰るわ」ぶっきら棒な言葉を残して一人歩き出す。

「ちょっと待ってよ」

 二人に向き直り「鬼討伐頑張りましょう」ぺこっと頭を下げニステルの後を追う。

 そんな二人の姿に、リアは困り顔を浮かべた。

「騒がしい奴等で悪いね。私もそろそろ失礼するよ」

「おう、またな」

「頑張りましょうね」

 二人に別れを告げ、リアは会議室を後にした。


 冒険者の三人を見送り、カナタはアリィに問う。

「銀髪のエルフってのは他にも存在するのか?」

「私が知る限りはいませんね。しかも、その内金髪に戻ると言っていましたし、病気や呪いの類かもしれませんね」

 精霊の黄昏後、穢れがエジカロス大森林に溢れたことで、森に居たエルフ達は皇都に移住している。その中においても、銀髪姿のエルフを見かけたことは一度として無かった。エルフ=金髪、というのは常識であり、リアが異端に見えるのだ。

「そうか?元気そうだったぞ?士官達にも臆することなく発言していたし」

「見た目だけではわからないこともあるのですよ」

「そういうもんか?」

「そういうものです。繊細な事情かもしれませんから、余計な発言は控えてくださいね。彼女達は鬼と戦って生き延びている猛者ですから」

 アリィが釘を刺すと笑顔の奥にある圧を感じ取りカナタはたじろいだ。

「お、おう」

 最前で戦う女性の精神力を甘く見てはいけない。苦難に立ち向かう勇気と乗り越えてきた実績がある。男性よりも筋力で劣ろうとも、それを理由に引き下がる者などいない。

「さあ、私達もやるべきことをこなしましょう。掃討作戦までそう日にちもありませんし」

 アリィは会議室を後にし、自分が率いる部隊の下へと向かって行く。

 一人残されたカナタは呟く。

「女ってのはおっかねぇ生き物だな」



― エジカロス大森林 深部 ―


 時を同じくして3体の鬼達も話し合いが行われていた。

 大きな岩の上に腰を下ろした烙葉は、地面に胡坐をかく凛童と木に(もた)れ掛かる嗣桜を見下ろしている。

「皇国軍が本腰入れてくるとは、厄介なことになったなぁ」

「良いではないか。これで思ぉ存分戦えるというもの。血が(たぎ)る!!」

 皇国軍の動きは鬼側には筒抜けである。北部の森を経由しているとはいえ、森の中を編制して歩いていれば伝わるのも致し方ない。ましてや南部の調査をしている皇国軍との交戦も発生している。近々攻めて来るのは誰がどう見ても理解できるだろう。

「まぁ、あたしがいれば数は簡単に減らせるっしょ」

 嗣桜の異能で同士討ちをさせてしまえば数の差など気にすることもない。平地ならともかく、森の中では大規模展開にも限界がある。通路は限られ視界も悪い。鬼以外の魔物も当然存在している。地の利を活かせるのは鬼側なのだ。

「そうやね、頼りにしてるよ、嗣桜」

「まっかせて~」

 首を傾げウインクを烙葉に投げる。

「あての軍勢も動かすからねぇ。それで雑兵は仕舞いよ」

「そんなこばっちいのはどうでも良いわ。士官級のが出てくるであろう?今度こそ(われ)の本気を見せてやるわ!!」

 先のザントガルツでの切歯扼腕(せっしゃくわん)を忘れぬ凛童は、雪辱を果たす機会の訪れに奮起していた。

「女の兵士も大量に出てくるからねぇ。今回は殺しちゃってえぇよ。また地道に増やせばいいんやからねぇ」

「女の肉!!」「久しぶりの上質なお肉~」

 凛童と嗣桜は目を輝かせ、滴る涎を腕で拭う。

「俄然やる気が出てきたわ!!待っておれよ、クォルス共。今度こそ息の根を止めてやる!!」

「一緒に戦うのは久しぶりやからねぇ、巻き込まれても恨みっこなしってことでどぅ?」

 烙葉の提案に2体の鬼は頷いた。

「それでいい。巻き込まれたら力が無かっただけ、それだけだ」

「凛童、あたしの邪魔だけはしないでよね」

 派手に暴れ回る凛童は、幾度か森を壊したことがある。森の中においてぽっかりと草木が生えない空間があるのは凛童のせいであった。

「ふんっ、そっちこそ、近づくでないぞ。今回ばかりは最初から全力でいかせてもらうでなぁ」

 いがみ合いう2体の鬼を眺めて、烙葉は「なんや、愉しみになってきたなぁ」穏やかな表情を浮かべるのだった。


 皇国軍が攻めてくるって、当然ミスズちゃんもいるのよね……。

 嗣桜は悩んでいた。折角見つけたお気に入りの女の子を烙葉や凛童に殺されてしまう可能性が高い。それを伝えようものなら、面白がって確実に殺される。何としてでもそれは阻止したかった。

 せめてあたしのところにさえ来てくれれば殺したフリして見逃せるのにね~。



― 要塞都市ザントガルツ 東区 ―


 崩壊した建物が未だ残る東区をカミルは歩いている。

 鬼との戦ともなれば、この爪痕がそのまま討伐隊に向かうことになる。崩壊した街を歩くことで心に戒めを刻み込んでいく。カミル達もまた、傭兵の部隊として掃討作戦に参加することが決まっている。

 油断すれば俺達もこの街並みのように潰されるのか……。

 凛童と嗣桜の力を見せられ、烙葉の圧に晒された。事前にあの空気に触れられたのはある意味では僥倖(ぎょうこう)だったのかもしれない。知ってさえいれば心構えができる。体験していれば身体を動かすこともできるだろう。

 最も恐ろしいのは無知であり未知である。知らないということほど恐ろしいものはない。烙葉の異能が不明なのが正にそれだ。掃討作戦までまだ一週間はある。それまでの準備期間の間に、何が起きても良いように準備をするしかない。

 不安は確かにある。でも、それはどうすることもできない。せめて作戦開始までに鍛錬を続け、自信をつけることで不安に抗うしかないのだ。

 空を見上げれば、いつもと変わらぬ青い空が広がり、じきに1日の終わりを告げる茜空へと移り変わるだろう。

 この当たり前を守り、平和を勝ち取るんだ。

 決意を胸に、カミルは宿へと帰るのだった。

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