ep.76 災いを呼ぶ風
アリィローズ、ククレストとの出会いから10日。ザントガルツに変化はなかった。皇都への援軍要請の進展もわからず、悶々とした日々が続いている。傭兵の活動再開の目途も立っていないのが現状である。
冒険者として魔物の討伐をしながら、森で遭遇する鬼を狩り換金し資金を集める毎日だ。
今日もまたいつものように森へと出発しようと南門へと来てみると、いつもとは違った風景が広がっていた。南門へと続く大通りに皇国軍の歩兵が集まっている。5つの部隊に別れており、各部隊は20名ほどである。
異様なのは、その兵士の多くが女性である点だった。
「おい、ありゃなんだ?」
見慣れない皇国軍の集まりにニステルが眉を顰める。
「皇国軍の集まりみたいだけど……、もしかして、皇都からの援軍?」
声が弾み出すリアの表情は明るい。
食堂のやり取りから端を発したリアとニステルのいざこざは、10日の間に自然と空気が和らいだ。時間が解決するってやつなのかもしれないが、明確にお互いに謝罪ができていないことでまたいつ火を噴くかが不安ではある。
「いや、援軍だったらもっと数がいてもおかしくねぇよ。被害の大きさは皇国にも伝わってるはずだし、舐め腐った真似なんてしねぇだろ。先遣隊って可能性は否定できねぇけどよ、女ばかりの編成ってのは妙だ」
元軍属のニステルの言葉なら説得力はある。国は違えど部隊を動かす方向性は似ている部分があるのかもしれない。
規律正しく並ぶ皇国軍を脇目に南門の外へ歩を進める。
門を出る際、先頭で軍をまとめているであろう女性の兵士の姿を目撃した。天色の丸みのあるショートカットでフェイスラインに沿った後れ毛の影響か小顔に見える。くっきりとした大きな目に白く透き通る肌を持ち合わせた活発そうな雰囲気の女性だ。細身であるにも関わらず部隊をまとめるところを見る限り、指揮能力や元素への適正が高い人物なのかもしれない。いや、リアのように特殊な魔法で筋力を補っているのかもしれないが。
「あれだけの人数で動くってなると、凛童あたりまた動き出すかもしれないな……」
ぼそりと呟く声を耳聡くリアが拾った。
「なら、今日は森やめとく?エジカロス大森林の南部に広がる平原なら鬼に出くわす可能性は低くなると思うけど」
「そうすると獲物の数自体減っちまうぞ。ザントガルツまで帰ってくるのに一苦労だし。トランドランまで行ってもいいが、素材を買い取ってくれるギルドはねぇぞ」
エジカロス大森林の南部には港町フィースまで繋がる街道が整備されている。道のりが長い為、中間地点に宿場町であるトランドランが設けられており、行商人の中継地としても広く利用されている。それでもギルドを配置できるほどの規模の町ではなく、依頼の清算をするにはザントガルツまで戻る必要が出てくる。
「それなら―――」
リアは少し考え込むと小さく頷いた。
「すでに南門に皇国軍が集まっているのなら動き出すのは午前中からよね?なら、午前中は平原に行って、午後から森を突き抜ける様にザントガルツまで戻ってくるのはどう?」
「いんじゃねぇの?」
「俺もそれに賛成」
意見がまとまったところで一同は、エジカロス大森林南部を迂回し街道沿いへと足を向けていく。
「皇国軍、何もやらかさねぇといいな」
不穏な言葉を口にするニステルに「毎回フラグ立てるのやめてくれない?」抗議をするカミルであった。
― エジカロス大森林 南東部 ―
100名の兵士を引き連れエジカロス大森林へと踏み入れた女性――ミスズ・サエキは来たる鬼の掃討作戦の前の調査をしていた。彼女はザントガルツ皇国軍における副兵士長の位を頂いている。調査隊として副兵士長自ら部隊を率いているのにはわけがあった。先の凛童の襲撃時に、歩兵を率いていた隊長格の兵士は悉くその命を散らせているである。無事だったのは東区へと割り振られていた部隊のみ。生き残った兵士も怪我こそ治療はできているものの、圧倒的な鬼の力を前に立ちあがる心をへし折られている。
皇国軍3分の1の犠牲者のほとんどが歩兵であったという事実に、歩兵の士気は大いに下がったままだ。凛童と遭遇しなかっただけの違いなわけではあるが、それだけで納得できるものではない。
ミスズは部隊を5つに別け、1小隊20名で固め広域の調査を行わせている。数で見ればそれなりの人員を割いているものの、知能の高い鬼に襲われれば20名でも足りないだろう。そもそも、今回集まった歩兵の練度は高くはない。その点が大きな不安となっている。
こんな時、頼れる部下さえいれば……。
空を仰ぐも、木々が空を遮り視界に入ってくるのは緑ばかりだ。降り注ぐ木漏れ日だけが晴れぬ心を照らしてくれていた。
今回の調査は、2週間後に行われる予定の掃討作戦の下見である。アリィが皇都に持ち帰った情報を元に、知能の高い鬼の正確な数の把握が急務であった。できればそれにプラスして烙葉の異能を知ることにある。女子供は殺さないという烙葉の行動を元に女性ばかりで編成してはいるものの、藪を突いて無事で済むとは到底思えない。
ミスズはただ皆で無事に帰れることだけを願っていた。
雑兵のような生まれたての鬼を倒しながら、大きな被害を受けることなく調査を進めていく。幸いにして強力な個体に出会うことは今のところないが油断は禁物。気を緩めれば一気に壊滅することもある。その事はミスズもこれまでの経験から重々に把握している。だからこそ、ミスズはこまめに休憩を挟みながら調査を進めていた。
幾度目かの休憩を取っていると、無数の鳥の鳴き声と羽ばたく音が上空から響いてきた。
「な、何だ!?」
若い男性兵士がひどく取り乱す。軍歴が浅いこともあるが、それ以上に森に入ってから気を張り続けていたせいで、精神的に疲弊していた。男女混合の部隊であるミスズの隊には男性が半数以上いる。烙葉や凛童は女性を狙わないというのは軍内でも共通の認識であり、もし遭遇してしまえば必然的に狙われるのは男性ということになる。緊張感に苛まれ続けていれば当然と言えば当然の結果ではある。
「総員戦闘準備!」
号令をかけながら周囲を見渡し鳥が飛び始めた原因を特定しようとしている。
動物は危機回避能力が高いと聞いたことがある。一斉に飛び立ったってことは、何かが鳥たちに迫ったということだわ。
鳥が飛び立つ音の方向を確認し、元凶が現れる方角を絞る。抜剣し最前へと歩み出た。
鬼が出るか、猪が出るか……。
ガサガサガサガサガサ。
枝が擦れる音に反射的に視線を上げる。音は響けどそれを生み出す存在を確認することはできない。
「各自、魔法による射出準備始め!」
色様々な魔法が生み出され、今か今かと攻撃対象が現れるのを待つ。
ガササッ!!
一際大きな音を立て、枝の上に120cmほどの白毛の猿達が現れた。枝の上から見下ろす猿に、腕だけで枝にしがみ付く猿、尻尾でぶら下がる猿。群れてはいるが、自由気ままに動き回り地上にいるミスズ達の姿を眺めている。一見するとただの猿ではあるが、厄介な性質を持ち合わせている。
「総員!撃てぇぇぇぇぇッ!!1匹残らず討ち取れぇぇぇぇぇッ!!」
ミスズの号令でそれぞれが得意とする魔法による乱撃が開始された。
魔法による弾幕が張られ、それを合図に猿達は散開していく。木の枝を巧みに伝い、壁とし、距離を詰めてくる。
頭上でガサガサガサと何かが落ちてくる音がし、兵士達が頭上に視線を送った。
落ちてきたのは――折れた木の枝だった。へし折った枝を上空に投げ、頭上からの強襲を装ったのだ。
兵士達の意識が逸れた僅かな隙に、猿達が一斉に飛び掛かって来た。
魔法による弾幕の前に、猿達はその身を散らしていく。それでもすべての猿達を堕とすことはできず、鋭い爪を以って兵士達は傷を負っていく。近づかれたのに焦ったのか「いやぁぁあ!!」叫びながら女性兵士の一人が剣で斬りかかってしまう。
不味いッ!
ミスズは支援魔法ブラスターを自身にかけ、上級水属性魔法アーリアルを発動させた。身体の周りに渦を描く水流が生まれ、周囲の猿達を水圧で吹き飛ばしていく。
間に合って!
猿の肩口に刃が振り降ろされ、キィンッ!!剣が弾き返された。そう、この猿――鋼猿刃には物理的に被害を与えづらい。身体を覆う体毛一つひとつが刃のような強度を誇っている。それ故、斬撃系の武器では対処が難しいのだ。打撃系の武器であれば攻撃は通るものの、大きな成果は期待できない。その反面、魔法による攻撃には弱く、鋼猿刃に対処するには魔法による攻撃が最適なのだ。
鋼猿刃の爪が女性兵士の顔へと迫った。
鮮血が飛び、3本の爪跡が綺麗な頬を赤く染め上げる。
その直後、アーリアルの水流が鋼猿刃に激突した。勢いのある水の塊は一種の鈍器のようなもの。身体を拉げさせ、遠くに弾け飛んでいった。
「ギィ゙ィ゙ィ゙ィ゙ィ゙ィ゙ィ゙ィ゙ィ゙ィ゙ッ!!」
森の中に鋼猿刃の叫び声が響く。
「ちぃっ!!総員撤退!!一旦立て直すッ!!」
鋼猿刃の叫び声にミスズは迷わず撤退の号令を出した。
仕留め損なったのが運の尽きだわ……。
鋼猿刃は劣勢になれば仲間を呼ぶ。これが1番厄介なのだ。あの叫び声は同族であればかなり遠くの声まで拾うことができる。記録上では最大500m先の仲間を呼び寄せたとされている。人の耳に届く音よりも高い音波で仲間を呼んでいるのではないかと専らの噂だ。皇国軍では鋼猿刃の対処は口煩く教え込んでいるのだが、それでも練度の低い若い兵士の中には今回のように物理的な武器に走ってしまう者もいる。確実に倒しきらなければ非常に多くの鋼猿刃を呼び寄せてしまう結果に繋がってしまうのだが、実行できるかは兵士の質に依存するのが現状だ。叫び声を上げられたら即撤退。それが皇国軍での教えである。
すでに四方八方から木々の擦れ合う音が聞こえている。
副兵士長のミスズ自ら殿を務め、追いかけて来る鋼猿刃を1匹1匹確実に処理している。
このまま引き狩りを続ければ何とか持ち堪えはできそうだけど……。
そうなれば調査は先行かなくなる。鬼との遭遇に備え、魔力を極力温存して進まなければならなかったのにこの様である。
ビュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥンッ
その時、一際大きな風音が響き渡った。
風の余波で木々が大きく騒めき、鋼猿刃の群れはその動きを止めていた。
頭上に広がる濃密な緑の元素。圧倒的な存在感。
木々の隙間から覗くそれは、大きな6枚翼と緑の鱗が特徴的な元素を司る緑竜だった。
「………」
有り得ない。何でこんなところに緑竜がいるのよ!?間が悪すぎる!!
竜の時代に回帰して以来、稀に竜種と遭遇することはある。でも、まだ人が抗えるほどの存在だ。人々が協力すれば討伐することはできる。でも今目の前にいるのは次元が違う。そこらにいる竜とは比較できない。緑を司る竜、それは緑の元素の化身と同意義なのだ。人の身では抗えない世界の理。
アリィはただ天災に等しい緑竜が何事もなく通り過ぎてくれるのを祈るしかなかった。
刺激すれば殺られる。それがこの場におけるすべての命ある者の共通認識である。
それでもミスズ達皇国軍は足を動かすことを止めることはできない。鋼猿刃という存在もまた、現状では脅威でしかないのだから。緑竜に殺られるか、鋼猿刃に殺られるかの違いでしかない。
蠢く森の中を必死で駆け抜けた。降り注ぐ折れた木や落ち葉に打たれながら真っすぐ森の外を目指して―――。
― エジカロス大森林 深部 ―
緑竜が上空に現れたことに凛童は辟易としていた。鬼の力といえど、元素の化身たる緑竜には及ばない。自分より上位の存在がいることが気に入らないのだ。
「吾の頭上を飛びやがって……、何たる屈辱よ……」
地面で胡坐をかき、不貞腐れたように腕を組んだ。
「そなこと言ぅたって、あれと同格になりたければ同等の元素量を取り込むか、元素の剣を取り込まんといかんよ?」
大きな岩の上に座る烙葉は凛童を見下ろした。
凛童の口角がニィッと上がっていく。
「当てならあるではないか。ザントガルツにいるヒュムの小僧が持っておる剣、あれがそうなのだろう?」
「あんたも目敏いなぁ」
ふふん、としたり顔を浮かべる凛童は気分よく語り出す。
「あんな力の波動があれば誰でも気づくわ」
「その男の子に負けかけたってのに言うじゃない~」
傍らで自生する野苺のような実を頬張っている嗣桜が傷口に塩を塗る。
ばっと嗣桜の方に顔を向けると凛童が抗議する。
「負けておらぬわ!!完全な状態であれば、あんな下郎共に遅れは取らぬ!!」
「はいはい、そーゆーことにしといてあげるよ」
嗣桜が徐に歩き出す。
「どこ行くん?」
「折角だし、緑竜見てくるよ」
「手出したらあかんよ?いくら嗣桜でも歯が立たんわ」
「わかってる、わかってるぅ~。見るだけだって」
手をひらひらと動かし嗣桜は森の中へと消えていった。
「ふんっ、そのまま片腕くらい捥がれてこればいいのに」
凛童の子供染みた言葉に烙葉はクスクスと笑った。
「凛童はいつまでも子供のようでえぇわ~」
「子供扱いするでない!!」
抗議するも烙葉は笑うことを止めることはなく、森の奥では鬼の声が響いていた。
― トランドラン街道 ―
カミル達は上空にいる3羽の鷲型の魔物カクカと戦いの真っ最中だった。
1羽のカクカが滑空し、ニステルの頭上から急降下を始め飛び掛かってきた。
鋭い爪がニステルの肩を掴もうと伸びてくる。
ニステルはサイドステップで横へ逃れると、着地の反動を利用して跳び上がった。
「うぉぉおりゃぁぁぁッ!!」
ニステルの槍が勢いよく振り下ろされる。だが、思ったよりも素早く槍は空を斬り大地を叩いた。
舞い上がる土埃の中、カミルが瞬時に反応する。下から斬り上げるように黎架がカクカへと迫る。
ブゥンッ!!カミルの攻撃もまた空を斬る。
外したッ!?
カクカは身体を捻り黎架をひらりと躱して上空へと舞い戻った。
「ああああっもうッ!!うろちょろ飛びやがって鬱陶しい!!」
ニステルは地団太を踏み悔しさを露わにした。
「普段魔法や武技に頼り切ってるとそうなっちゃうのよ。魔力が心許ない時に切り抜けれないと死んじゃうわよ」
「わかってるけど、いきなり空を舞う魔物は無理だって。もっと攻撃を当てられる魔物から練習させてよ」
開けた平原での戦闘ということもあり、リアは二人に魔力の使用禁止を言い渡し討伐に当たらせていた。魔力が枯渇した時の訓練ということもあるが、凛童のように魔法を無力化してくる存在が今後も出くわす可能性がある以上、魔力に依存しない戦い方に慣れておく必要がある。
「魔物からしたらそんなの関係ないでしょ?待って!!と言って待ってくれると思ってるの?口はいいから手と頭を動かしなさい」
「そんなぁぁぁッ!!!!」
カミルの叫びも空しく、カクカが連携しカミルの上空から時間差をつけて突っ込んで来た。
「ちょッ!?まッ!!」
カミルは駆け出した。後ろに向かって全力で。
背を向けて逃げるカミルに向かってカクカが一直線に並び飛び掛かってくる。
「ぎゃぁぁぁッ!!」
カクカがカミルに迫ったその瞬間、2羽目、3羽目のカクカの身体が真っ二つに斬り裂かれた。
ニステルの槍が素早くカクカを両断し、勢いそのままに亡骸は地面へと激突する。
「ナイス囮だ、カミル」
倒したのは2羽。もう1羽残っていることになる。
「ちょッ!!まだいる!!まだいるって!!」
喚きながら駆けるカミルは迎撃態勢を取れないでいた。これでは魔力を使わない討伐訓練ではなく、もはや走り込みである。
「んなもん、自分で何とかしやがれ」
穂先を地面へと振るい、刃に付いた血のりを振り落とす。
「せめて仕切り直しだけでもッ!!」
懇願するカミルに対して二人は笑顔で見守るだけだった。
ビュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥンッ
突如として吹き荒れる風がカミル達を襲う。
「ぬわッ!!」
風に押され、バランスを崩し前のめりに地面へと突っ伏した。
カミルのすぐ後ろを飛んでいたカクカもまた風の影響を受け、大地へと叩きつけられている。
突風は一時的なものだったらしく、すでに辺りは穏やかな空気に戻っていた。
「イタタタタタ……」
身体を起こしたカミルの目に、地面に叩きつけられているカクカの姿が映った。頭を強く打ち付けたのか微動だにしない。
たなぼた!
黎架を振りかぶりカクカの首を断ち斬った。
「ふぅ……」
何か知らないけど助かった。
「何とか倒した…よ……?」
二人に視線を送ると、エジカロス大森林の上空を見つめていた。視線を追って森の上空へと視線を移す。そこには緑色に輝く大きな6枚翼の竜が浮かび上がっていた。
「あれって……まさかッ!!」
クォルスさんが言っていた緑竜!?
濃密な緑の元素が辺り一帯を埋め尽くしている。
緑竜が出たってことは、緑の元素が乱れている?黒の元素じゃなく?考えてみればおかしい。濃密な黒の元素が満ちるこのエンディス大陸に現れるのなら黒竜でなければならないはずなんだ。……、黒竜が動ける状態じゃないってことなのか?
ビュゥゥゥゥゥゥゥゥウウゥゥゥゥゥゥゥゥンッビュゥンッ!!!!!!
再び荒れ狂う爆風が辺り一面を襲った。
「うぉおおぉぉッ!?」
身体のバランスを崩し地面へと倒れこむ。先ほどの風よりも明らかに強く、吹き荒れる時間も長い。それでも身体を撫でる風に心地良さを覚えた。優しい緑の元素。これは害する為の風なんかじゃない。緑の元素を遠くまで運ぶ為の風。集まり過ぎている緑の元素を、世界へと散らす為の秩序を齎す風なんだ。
緑竜は役目を終えたとばかりに北の空へと飛び去って行く。
ゆっくりと身体を起こし、飛び去った空を眺める。
「何だったの?あの竜……」
リアはカミュンとハロルドと合ったことがない。ジスターク沖での竜騒動も、ザイーツ洞穴での竜騒動も知らない。六色の竜を目撃するのは初めてだった。
「元素を司る竜だよ」
リアがカミルへ顔を向けた。
「元素を司る竜?」
「元素が乱れた時に現れる元素の秩序を護る存在、かな」
「そっか……。待って、カミルはどこでその話を?」
「リアが黎架を打ってた時期に竜と竜の手伝いをしているエルフに出会ったんだ。その時に少しだけ教えてもらえたんだ」
二人のエルフにはまだ謎が多い。黒竜の存在も気になるけど、二人が何故エジカロス大森林に現れていないのかも気になるところだ。
「私が知らない間にそんなことが……」
緑竜の登場で森の中にどんな変化が起きているかわからない。
「ねえ、キリもいいしそろそろ森の中に行かない?」
「まあ、竜はいなくなったしね、行ってみようか」
「………」
ニステルは返事をせず、ただ森の中を警戒しているようだ。六色の内、短期間にこれで4体目の遭遇だ。竜の力を目の当たりにしているニステルが警戒するのも無理はない。
「それじゃ、行こう」
不安は確かにある。でも、確認しなければ鬼との戦いで不利になるかもしれない。今はただ情報を求めて進むのみ。
三人は森へと踏み出していく。
― エジカロス大森林 中部 ―
「あれぇ~?あれでお終い?なぁーんだつまんないの」
爆風でへし折れた木の幹の上にいる嗣桜は落胆の色を隠せない。元素を司る竜と言えば圧倒的な力の存在。その力の一端を間近で見る為に出向いたのだから、ぼやきのひとつくらい出ても仕方のないことである。
でも、凛童ちゃんが憧れちゃうのも少しわかるかな~。強力な元素を緻密に操る術さえ身に着ければ、私達だってきっと戻れるはずだから……。かつての自分に。
ぐっと身体を天へと伸ばし、地面へと飛び降りた。
「そうだ!折角だしぃ~ひと狩りしていこ~」
ザントガルツの方角へと足を運んでいく。
― エジカロス大森林 入口 ―
緑竜の出現のどさくさに紛れてミスズの部隊は一時森の外まで避難していた。緑竜に釘付けにされた鋼猿刃の群れは、あれから追ってくる気配はなかった。被害をほぼゼロに抑えられたのは運が良かっただけである。被害と言っても、鋼猿刃に引っ掛かれた女性兵士一名と、緑竜の力が吹き荒れた影響で倒れてきた木に激突したくらいなものである。枝や葉による切り傷は無数にあるものの、命に別状はない。皇国軍の大半がリディス族で構成されており、この程度の傷くらいなら自力で治せてしまう。
誰一人欠けることなく自分が率いた小隊は脱出することができた。でも、他の部隊は無事だろうか……。
森の中を眺め未だ姿を現さない仲間達へと想いを馳せる。
森は異様な静けさを取り戻しており、竜や鋼猿刃の件もあり不気味さが増している様にミスズには感じられた。
時間になれば帰還するよう命令は下しているものの、このまま放っておくことはできない。
隊員に向き直ると言葉を紡ぐ。
「我々はもう一度森の中へ入り調査を進めます。鋼猿刃と再び遭遇するかもしれません。けれど焦る必要はないのです。強靭な体毛に守られた魔物ですが、皆さん知っての通り魔法であれば容易く倒せます。1匹1匹確実に倒していきましょう」
「「「「「「はいッ!!」」」」」」
ミスズ率いる小隊は再び森へと足を踏み入れていくのであった。




