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ep.72 炎が躍る戦場

 精霊の力とも天技とも異なる白炎がダインの民の合間を縫って弾丸突き進む。それは白き炎を纏う小さな弾丸。圧縮された小ささ故、白炎は誰にも触れることなくダインの人垣を突破し、凛童の左肩口に着弾した。

「ぬぉぉぉ!?」

 左肩から広がる衝撃に凛童の身体は後方へと流れ、足を引き必死に体勢を整える。何かが左肩にぶつかった、そう認識した途端、身に纏っている袈裟が肩口から一気に燃え上がる。すぐにでも水属性魔法で消火したい凛童だか、既に赤の元素を操り右手に炎を生み出している。異なる元素を同時に操れるほど凛童は器用ではない。そもそも、2つの元素を同時に操れる者など記録上は存在しない。

 凛童の意識が逸れた隙を見逃さず、クォルスは身体を覆う白炎の守りを解き1歩踏み込んだ。紅炎を纏う剣で斬り上げる。

 肩口に広がる白炎、腹部を斬られ燃え上がる紅炎。その身を焦がす炎が凛童に選択を迫っている。

 その瞬間――赤の元素が弾け飛ぶ。

 二人の間に小さな爆発が無数に広がっていく。

 凛童が取った行動は単純なものだった。右手に集めた赤の元素を利用し、火属性爆裂魔法フルディストを発動。自らも爆裂に巻き込まれるのを覚悟の上で放たれた魔法は、爆風に押され二人の身体を引き離していく。

「うぐぅぅ……」

 地面に叩きつけられた凛童は、身体を起こすよりも水属性魔法を発動させることを優先した。今尚燃え広がる炎を止めなければ、被害が蓄積していく。鬼の身体がいくら頑丈だとはいえ、驕る凛童ではなかった。



「おい!貴様!俺達に向かって魔法をぶっ放すとはどういうつもりだ!」

 ダインの民の一人がカミルへと非難の声を上げた。それに同調するように「ふざけんな!」「イキったヒュムのクソガキが!」「これだから信用ならねーんだ」不満の声で溢れ出した。

 呆れ顔のニステルは首を横に振る。

「さすがに今のやり方は不味いだろ。急にどうした?」

「当たらないという自負はあったよ。放つならあの瞬間しかなかったんだ」

 クォルスさんを守る白炎。あれはクヴァの操る白炎と同じ不思議な()()を感じる。あの白炎が火の精霊ジスタードの加護によるものだとしたら、クヴァが操るあの白炎もきっと……。

「自負だぁ?そんなことで撃たれたら堪ったもんじゃない!」

「それなら貴方達がやって下さいよ。クォルスさんだけに任せて何もやってないじゃないですか」

 ダインの眉がピクっと動く。

「何もやってない?俺達が何で動かないか知りもしないで勝手なこと言ってんじゃねえ!!俺達は黒の元素を抑え込んでんだよ!この場の黒の元素を武技を発動させることで扱える元素の量を減らしてんだ!武技の発動には魔力が必要だ。俺達は交代要員として待機する必要性がある。お前達と違ってな!」

 怒りは伝播し、周囲のダインの民に睨まれる形となった。

「それじゃ、大人しくそこで観戦してればいいよ。俺は凛童と戦って来るから」

 圧縮魔力を足へと集め「駿動走駆(しゅんどうそうく)」武技で跳び上がりダインの民を飛び越え凛童の前へと躍り出た。


 クォルスと凛童の姿は煤けていた。炎のぶつかり合いなのだから当然ではあるが、凛童の衣服の損傷が激しい。左肩と腹部の衣服が燃え、肌が露出している。それ以上に目を引くのは、顔の右側が炭化し直視するのも(おぞ)ましい姿だ。見た目でなら凛童が劣勢のようにカミルの目には映った。

 凛童がカミルへと視線を動かす。

「この間のヒュムではないか。何だ?貴様も戦いたいのか?」

「ああ、戦いたいさ。お前を倒す為に」

 黎架(れいか)を引き抜き、圧縮魔力を纏わせ構えた。

「くぅはっはっはっは!中々面白いことを言うではないか」

 愉しげな言葉とは裏腹に、凛童の目は鋭さを増していく。炭化した顔半分の表情が動かないこともあってより不気味さが際立っている。

「右手を落としたくらいで調子に乗るでない。すぐに同じ目に合わしてやろぅ」

 凛童が素早くカミルへと飛び掛かる。左手に握られた黒い大剣を後方へと引き、真横からカミルの脇腹目掛けて振るわれた。

硬殻防壁(こうかくぼうへき)

 黄の元素による守りを固め、迫り来る大剣に黎架を押し当て受け止める。凛童の姿は少年のように映るが鬼に変わりない。ふっと浮遊する感覚が襲い、カミルを吹き飛ばした。

 パリィン。地面へと打ち付けるも、硬殻防壁(こうかくぼうへき)を張っていたことで大した被害は受けていない。即座に立ち上がると再び黎架を構え直す。

 凛童の首元に炎が揺らめいた。

 クォルスの紅炎を纏う剣が凛童の背後から首を狩り取ろうと動いている。

「甘いわぁぁぁ!」

 上半身を折り、クォルスの剣をやり過ごす。振り切った大剣の遠心力を利用し、そのままクォルスの脚へと動かし続ける。

 大剣の動きを追っていたクォルスは膝を曲げ上半身をぶらさず跳び上がった。足の下を通過する大剣を踏みつけ無力化させ、手首を返し剣を背中へと突き立てた。

「ぬぅぅぅ!」

 ガキィィィン。剣は凛童の強固な胸骨へと激突し、その動きを止めた。だが、剣に纏う紅炎が暴虐の限りを尽くす。肉を焼き、熱が肺を焼いていく。

「うぉぉぉおおりゃぁぁ!」

 凛童の背中に無数の爆裂が咲き誇る。2度目の捨て身の攻撃にクォルスが激しく吹き飛び宙を舞う。魔法を放った凛童も爆風に押され地面へと突っ伏した。


 凛童が地に臥せている間に、周囲を囲むダインの民が前後を入れ替える。

 黒葬(こくそう)で守りを固めているとはいえ、常に魔力を消費する。後方に控えていたダインの民と交代し、回復薬で魔力を補充して次の交代に備える流れだ。街中の戦闘での被害を抑える為には必要な措置となる。加護の魔法さえかけられていれば街を壊すこともないだろうが、街全体に施す為の資金も物資もザントガルツにはなかった。


 凛童が倒れ込んだのを見てカミルが黎架を構えて「駿動走駆(しゅんどうそうく)」で一気に距離を詰める。

 これで終わらせる!

 刀身に赤の元素が集っていく。

 幾度も炎を交えたこの場には赤の元素が満ちている。最大限に活かした武技―――。

炎陣裂破(えんじんれっぱ)ッ!!」

 赤の元素を纏う黎架が凛童の頭頂目指して振り下ろされた。

 ガギィン、ギギギギギ。

 凛童の右掌が黎架を受け止め、握り締められた。エジカロス大森林では斬り飛ばせた凛童の皮膚も、異形の右手の鱗の前では刃が通らない。

 摩擦熱が赤の元素を炎へと変化させる。燃え広がる炎が凛童の右手を覆い尽くすが、その手に宿る力に翳りは無かった。

「くぅはっはっはっは!同じ技でやられると思ぉたか?」

「うぉぉぉおおッ!!」

 力の限りを尽くすも、完全に受け止められてしまった黎架は動かない。

(まとい)ぃぃ!」

 諦めきれないカミルは武技で筋力を補う。

 それでも凛童の膂力には及ばず黎架が降りていく様子はない。

「ヒュムの力で(われ)の力に勝てると本気で思ぉたか?滑稽よのぉ」

 凛童の右手を包んでいた炎が霧散する。

「ほれ、お返しだ。業魔掌(ごうましょう)!」

 凛童の右掌に赤の元素が集い、炎が燃え上がった。ただの炎ではない。赤の元素に黒の元素が混ざり合った邪悪な黒き炎。まるで炎が穢れを纏っているかのようだ。

 黎架を押し上げ、凛童が体勢を整えていく。

 黒い炎!?

 広がる黒炎が黎架を包み込む。

 その瞬間、黒炎から黒の元素の反応が消え始めた。黎架が黒の元素を喰らっていく。黒炎の内側に吸い込まれる様に、外炎から順に一般的な赤き炎へと成り下がった。

 凛童が目を剝いた。

「なんとっ!?吾の炎が……、炎がぁぁ……」

 黒炎の変化に気を取られたその隙に言葉を紡ぐ。


― 豪然たる水の意志 其は冷酷なる刃の狩人 アプラース ―


 黎架の刀身を水が包み込み、赤き炎を押し戻す。青と赤の力が拮抗し、水と炎の対消滅が始まった。

 黒の元素が鬼の力の根源なら!

 左手を腰に差さっている鞘へと伸ばす。

「その力!奪い尽くすッ!」

 逆手で鞘を抜き、凛童の右腕に叩きつけた。

 鬼と対峙するにはあまりに非力。傷ひとつとして被害を与えられるものではない。

「その程度の打撃で怯むと思ぉてるんか?」

 驚愕していた凛童の表情が変わり、小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。

 右手に握る黎架が押し戻され始めた。片手では凛童の膂力に耐えきれない。

「仕舞いだ」

 黒い大剣を振り上げ―――左手の中から零れ落ちていく。

 ドォン。大剣が地面に落下した。

「ははっ」

 思惑通りの結果が見え、思わず声が漏れた。

「黒の元素を奪われる気分はどう?」

 凛童の鋭い眼光がカミルを睨みつける。

「貴様ぁぁぁッ!!」

 黎架の鞘にも砕けた黒い日本刀の破片が利用されている。比率こそ刀身には及ばないものの、黒の元素を吸収する力は宿っていた。掴まれた刀身と叩きつけた鞘により、凛童から黒の元素が引き抜かれていく。

 凛童が激高し、黎架を握っていた右手が開かれる。その直後、腹部に強烈な痛みが走り身体が後方へと吹き飛ばされていく。

 蹴りをもらった。そう理解した瞬間、カミルは背中から黒葬(こくそう)で身を固めたダインに思い切り激突し意識を手放した。



 はぁ、はぁ……。矢張りあの剣は元素の剣。あれさえあれば、吾も、烙葉も……。

 体内の黒の元素を奪われ、凛童は息を荒げていた。黒の元素は鬼の力の源。それを奪われてしまえば十全の力を振るうことはできない。

 カミルの意識が途切れたのは凛童にとって幸運だ。濃密な黒の元素を纏っているとはいえ、元素を奪われ続ければいずれ鬼としての力を振るうことができなくなる。

 口惜しいが、まずは右手を奪い返すのが先か。

 意識の飛んだカミルから視線を外し、爆裂魔法で吹き飛んだクォルスの姿を探す。周囲を囲むダイン達の手前まで吹き飛んだらしく、剣を突き立て片膝を着いていた。至近距離からの2度の爆裂魔法が思いの外効いているようだ。精霊の加護を宿す剣を扱うにも、何かしらの代償が必要なのかもしれない。

 これは好機か?今なら右手の回収に向かえるが……。

 頭をよぎった()()という言葉に、凛童は顔を顰めた。

 何を臆することがある?吾の前に跪いたクォルスと意識の無いヒュムの小僧ぞ?このまま喰ろぅてやれば良いではないか。

 落とした大剣を拾い上げ、クォルスに飛び掛かった。

 大剣の重量と振り下ろす力が加わった一撃。手負いのクォルスにはそれだけで十分だと高を括っていた。

 クォルスの口角が上がる。凛童の攻撃を待っていたとばかりのにやけ顔を浮かべた。

 余裕を浮かべるクォルスに、イラつきのあまりこめかみがぴくつく。

「そのまま散れぇぇぇ!」

 叫び声も空しく、地中から噴き出した白き炎の柱の勢いに阻まれ大剣はその勢いを失った。

「吾を舐めるでないッ!」

 大剣を握る拳に力が籠る。

 凛童の鬼としての誇り高い想いが肉体に力を与えていた。

 徐々に、でも確かに大剣は白き炎の柱の中へと沈み込む。

 左手から肘にかけての皮膚が熱で(ただ)れ、整った容姿は最早見る影もなくなった。其処にいるのは勝利への執念に憑りつかれた醜き鬼、悪鬼である。

 大剣が白炎を断っていく。ただ剣を振るうだけでは魔法は斬れない。それを可能とするのは、元素や魔法、もしくは魔力を纏わせた攻撃だ。白炎を斬っているということは、凛童の持つ大剣にも何か絡繰りがあるということになる。

 白炎は縦に真っ二つに断ち斬られ、クォルスの胸を斬り裂いていく。

「ぐぁぁぁッ!?」

 痛みに顔を歪め、血飛沫が空を舞う。白炎に降り注ぐ血飛沫がジュウと音を立て瞬時に蒸発していく。漂う血と焦げた臭いに、凛童は恍惚の表情を浮かべた。

「クォルスさん!」「クォルス様ッ!」

 取り囲むダインの民から悲鳴にも似た叫び声が響き渡った。

 クォルスは地に臥せ血溜まりを作り上げていく。

「くく、くぅはっはっはっは!」

 凛童がクォルスを見下ろす。

「愉しぃ戦いであったぞ。クォルス、礼を言う。………聞こえておらぬか」

 クォルスの意識は斬られた拍子に飛んでいた。

 視線を取り囲むダインの民に向け「奪われた黒の元素を回収せねばな」天高く宙に舞った。

 ダインの民はクォルスが倒れたことに動揺し瞬時に動くことができずにいた。それが命取りだった。

 伸身で宙返りしながら大剣を振り下ろし、密集するダインの民へと墜ちていく。

「ぎゃぁぁぁ!」「ぬわぁぁ!」「おわっ!」

 ドゴォォォォォン。大剣が大地を叩きつけ、衝撃が周囲に広がっていく。

 叩きつける際、巻き込まれたダインの一人の身体が縦に真っ二つに別れ左右に傾き倒れた。

「ひぃぃ」

 情けない声を上げ、周囲のダインの民が距離を取り始めた。破壊に特化したダインの民と言えど、すべての者が強靭な精神を持ち合わせているわけではない。心が弱く、争いを好まない者も少なからず存在する。けれど、彼らにも生活があり、仲間を想う心がある。ダインの民にとってエンディス大陸は異国の地。此処で生活していくには鬼と戦うしかない。それがザントガルツにおいてのダインの民の生きる道なのだ。戦いから逃げれば臆病者の烙印を押され、種族の中で孤立を生み出すことになる。異国の地で後ろ指差されて生きていくのは酷なことだ。

 凛童がギロリとダインの民を睨みつける。

「安心せい。すぐに貴様らも同じ所へ行かせてやるからのぉぉぉッ!」

 その瞬間、凛童の周りにいたダインの民達の首が一斉に狩り取られた。

 大剣を横に振りながら身体を一回転させたのだ。

 転がり落ちる頭、噴き出す血飛沫。一瞬にして地獄と化していく。

「あああああああああああああああッ!」

 錯乱し凛童に斬りかかる者。武器も構えず飛び掛かる者。悲鳴を上げながら逃げだす者。戦場は混沌とし、収拾がつかないものへと変貌する。

 感情の高ぶりは視野を狭くする。真っすぐに突っ込んで来る者ほど相手にするのが楽なものはない。最小限の動きで向かって来るダインの攻撃を避け、無造作にダインの腕を掴み力任せに引き千切っていく。腕の肉を口で頬張り、踊るようにダイン達をあしらう。骨だけと化した腕を投げつけ、更に喰らう腕を得ようと次々にダインへと襲いかかった。

 傭兵達は烏合の衆へと成り果ててしまっていた。いくら同族で束ねられていたとしても、圧倒的な恐怖の前に統率は取れず、無闇矢鱈(むやみやたら)と個々で動いてしまっている。これではどう足掻いても太刀打ちできるはずもない。

「落ち着け!陣形を崩すな!ヤツの思う壺だ!」

 ローリエンスが声を張るも、ダインの民達の耳には届いていない。届いていたとしても、落ち着け!と言われて落ち着ける者などいないだろうが。

「シューワ!オルト!クォルスさんの治療を!」

 ローリエンスが直属の部下である二人へと指示を出す。クォルスさえ復活すれば混乱が収まると信じて。

 その間にも凛童は次々にダインの身体を貪り喰う。

「矢張り女子(おなご)の肉に比べて硬いのぅ。まあ、贅沢は言ってられんか」

 顔半分を炭化した状態で人肉を喰らう鬼の姿は醜悪であった。

 仲間を目の前で食われたショックからか、吐瀉物(としゃぶつ)を吐き出しているダインの姿も見られる。そんなダインに残った骨を投げつける凛童は非常に愉快そうだ。

 周囲を見渡し「次は誰が喰われたいん?あンッ?」悪態の限りを尽くす。

 果敢に凛童に挑んだダインの民はすでに喰われ、残った者達は身体を縮み上がらせ動けずにいた。

 食べれば食べるほど、ダインの身体から黒の元素を取り込み、凛童は身体を癒していく。顔の炭化した部位が徐々に元の肌の色を取り戻し始めていた。



 大剣が振るわれる度に血肉が飛び散り、異形の右手に掴まれればその身を喰われる。北門周辺はまるで終末の世界そのもの。為す術なく凛童の武力に呑まれ、抵抗する気力さえも削がれていく。

 崩壊したダイン達の陣形の合間を縫ってリア、ニステル両名は意識を失ったカミルの下まで駆けつけていた。

 リアがカミルの頸動脈に手を添え脈を測る。ドクンドクンと脈打つ鼓動に頬を緩ませた。

「無事よ。吹き飛ばされた衝撃で気を失っただけみたい」

「ったく……。一人で突っ込んで行った時はヒヤヒヤしたぜ」

「うん。でも、凛童がいる限りまだ安心はできない」

 凛童の魔の手がいつこちらに向くかわからない。この場でのんびりしている場合ではないのだ。

 リアがニステルへ顔を向ける。

「カミル、任せてもいい?」

 立ち上がり剣を引き抜いた。

 ニステルが怪訝な顔を浮かべ問う。

「何をする気だ?真っ向からぶつかり合っても勝ち目はねぇぞ?」

「それはわかってる。私はこれでも『聖なる焔』のパーティーメンバーなのよ?白への適正にはそれなりに自信があるわ」

 ニステルには『聖なる焔』という冒険者パーティーの知識はない。それでも、リアがわざわざチーム名を出すからには、白の力が得意なチームということが窺い知れた。

「それならもっと早く使ってやれよ」

「ダインの民にどんな影響が出るかわからなかったから使えなかったのよ。私達の時代では魔族と呼ばれていたからね」

 精霊時代ではダインの存在を認識していない者の方が圧倒的に多い。赤き瞳を持つ存在を総じて魔族と呼んでいたのだから仕方のないことではあるが。魔族は魔性の存在、浄化の力で被害を受ける。ならダインの民に影響が出るのでは?とリアは考えていたのだ。

「この惨状だともう被害が出ようが出まいが関係ないわ。まずは自分達の命を守ることを優先する」

 幸い凛童はこっちを見ていないわ。十分に時間が取れる。

 リアは魔力を圧縮し宝石へと流し込んでいく。そして、白の元素へと語りかける。


煌煌(こうこう)たる光の(しるべ)よ 時は()けり

      穢れ堕ちた魂に 断罪の光をいま此処に ルノアール ―


 眩い光が生まれリアを包み込む。光は身体から離れ徐々に空へと昇っていく。温かさを感じる光に、その場にいる者すべての視線を釘付けにした。

 凛童も例外では無かった。突如として現れた浄化を宿す眩い光に、異形の右掌を(かざ)し目を細め空を見上げている。

 天へと昇った光は玉を成し、周囲を照らし始める。それはまるで小柄な第2の太陽。人々に希望を、穢れた者には絶望を(もた)す象徴と化した。

駿動走駆(しゅんどうそうく)

 誰もが天を仰ぐ中、静かに脚に風を纏う。

「行ってくる」

「おう、俺もこいつを叩き起こしたらすぐ向かう」

 視線を合わせ頷くと凛童に向かって駆け出した。


「ちっ、この地に白の極致魔法を扱える猛者がおるとは……」

 空を見上げる凛童の顔の大半は元の肌を取り戻し、頬一面にケロイドを残すのみである。焼けた左手もほとんど傷を残していない。あと一歩で傷を癒せるはずだった。天に浮かぶ光の玉が現れるまでは。

 視界の端に動く物体を捉えた。

 咄嗟に左腕を動かし、大剣で動く物体を(はた)く。


 ギィィィン


 金属がぶつかり合う音が響く。

 凛童の一撃は刃によって防がれていた。

「ヒュムの小僧に続いて雷娘(いかずちむすめ)か。貴様で憂さ晴らしするのも悪ぅない」

「変な呼び名を付けるんじゃない。もっとかわいらしいのにしなさいよ」

 刃同士で(せめ)ぎ合う。

 エジカロス大森林で戦った時よりも力が弱い?クォルスとカミルと戦ったから?

「吾としては最大の賛辞のつもりだったんだがッ!」

 異形の右手がフック気味に伸びてくるも「風戯(かぜそばえ)」で受け流す。ぶつけ合っていた大剣さえも風が押し流し、その隙に凛童の左側面へと移動した。奇しくも前回斬り込んだ左脇腹が目の前にある。

鳳刃絶破(ふうじんぜっぱ)ッ!」

 剣先に風が集う。突貫力を極大化した刃を胸元から一気に脇腹に向かって突き出した。

「ぬぁぁぁぁああぁッ!!」

 収束した風が肉を斬り裂き、刃が身体の深部へと突き抜けた。

 二の轍は踏まない!

 刃から風は消え、赤の元素が収束していく。

炎陣裂破(えんじんれっぱ)ぁぁぁッ!」

 身体を捻り、剣を思い切り振り抜いた。

「ぐぉぉぉぉおおッ!」

 肉を断ち、剣の勢いで凛童が上空へと吹き飛んでいく。斬り裂いた断面から炎が上がり、身体の内側から熱傷を負わす。僅かに血が飛び散るも、断面を焼かれ出血さえも抑え込んだ。

 高く打ち上がった凛童を天から降り注ぐ浄化を宿した光が焼いていく。

「ぬぉぉぉぉおおぉぉッ!!」

 凛童が三度(みたび)鳴く。

「これで終わりよッ!」

 リアの呼びかけに呼応するように、天に輝く光の玉から一筋の光が飛び出した。収束した光は熱を持ち、凛童目掛けて伸びていく。

 光は煌めき、そして――投げ込まれた刃によって反射した。光は角度をつけ空へと還って行く。

 凛童の持つ黒い大剣のものではない。その刃はザントガルツでは変哲のない一般的な傭兵が持つ剣だった。突如として現れた一振りの剣に阻まれ、凛童は自然落下で大地に打ち付けた。

 瞬時に辺りを見渡すも、それらしい人影はない。剣の角度からして建物の上から投げ込まれたものだ。

 どこから?一体誰が……?

 ザントガルツ内に鬼を支援するような者はいない。考えられるのは東壁側にいた大鬼だが、飛んできた方角は真南。中央にある砦の方からだ。

 砦が攻められてる?……いや、それなら離れていても魔力や元素、土煙なんかの戦闘の痕跡は残るはず。そんなものは無かった。

 そこではっとし、凛童にトドメを刺すべく動き出す――が、その足をすぐ止めることとなる。

 憎々し気に憤怒の形相を浮かべた凛童が既に立ち上がっていた。左脇腹から背面にかけての肉を抉られ、ぽっかりと身体の一部が消え去っている。

「よもや、よもやぞ」

 普段の声よりも幾分か低く冷たい声が響く。声を荒げることはしていないが、その声には確かな怒りを感じ取れた。

「酷い顔しちゃって。折角の色男が台無しよ?」

 皮肉を込めて放った言葉に凛童は反応を示さない。

烙葉(らくは)に女は殺すなと言われておるが、これではできぬ話よ」

 ピキ、ピキピキ。異形の右手から亀裂が入るような音が鳴る。それと同時に右手の鱗が腕を侵食していく。腕は鱗で覆われ、凛童の全身へと広がる。その姿はかつてナイザーが心技を使い、竜人と化した姿と酷似していた。降り注ぐ浄化の光が蝕んでいた身体は、鱗に阻まれその効力が届いていないように見える。

「吾がその血肉、喰ろうてやろぅ」

 凛童が1歩踏み出した。ゆっくりと踏み出された足が大地を踏みしめた瞬間、動きが一気に加速する。踏みしめた石畳は砕け、小さな円形のくぼみを作り出しリアへと迫る。右手で手刀を模り加速力を以って突撃。強固な鱗に覆われた鋭い爪がリアの心臓を狙っていた。

風戯(かぜそばえ)

 風がリアを包み込み、突き出された手刀を受け流す。

 だが、身体に浮遊感を感じるとリアは勢いよく吹き飛ばされた。地面を跳ね、転がるダインの亡骸にぶつかりながら、立ったまま身体を硬直していたダインにぶつかり諸共倒れ込む、突き出された右手によって生じた衝撃波が、風の守りを越えてきたのだ。

 凛童の右手に炎が渦巻き包み込んでいく。リアへと右手を翳すと炎が猛る。

「破ァァッ!」

 掌から火球が放たれた。異形の鬼が放ったそれは、上級火属性魔法フルメシア。人が放つ魔法と遜色ない鬼の力に頼らない元素の力だった。

 真っすぐ突き進む火球は、石畳から天へと伸びる岩の壁の出現によって阻まれる。

 凛童の瞳が動く人影に奪われる。

 駆け寄る男二人。

「いい加減仕舞いにしようじゃねぇか」

 槍を携え歩くニステルと、胸から蒼き輝きを漏れ始めたカミルの姿が其処にあった。

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