ep.71 異業の右手
黒い粒子が流れた先へと東壁の方を目指して走っていると、左右から同じように黒い粒子が飛んできた。左右それぞれ2つの粒子の塊が流れていく。一塊が1体と仮定するのであれば、ニステルが倒したのも加えると5体の鬼が既に命を散らしている。その分、力が別の鬼に流れることになるが……。
「どんどん飛んでくんぞ!」
黒い粒子が飛ぶ度にニステルが過敏に反応する。一人で鬼と対峙したことで、その力の一端を体験している。だからこそ、鬼の力が集結すればどうなるのか、リアやカミル以上に想像できてしまう。
一人早足で駆けるニステルに、二人は置いていかれないように足を速める。
「ニステル!急ぎ過ぎ!鬼と対峙した時にバテてちゃ意味ないよ」
ニステルの耳に言葉は届いているはずだが、ペースが落ちる気配がない。ただまっすぐ粒子を追いかけている。
進むほど街並みは崩れ、崩壊した建物の比率は大きくなってきた。とある一画は、瓦礫の広場と化している。より多くの鬼がその場に集まっていたことを察することができる。
視線の先、1体の黒き鬼と2体の浅黒い鬼が皇国軍に囲まれているのが見えてきた。鬼の足元に歩兵が広がり、歩兵から少し距離を取った位置で騎兵が取り囲んでいる。
目の前に広がる鬼達を視認し、ニステルの足が止まった。
「凛童がいない……?」
追いついてきたリアとカミルも足を止める。
「すでに交戦状態か。あの状態だと、私達は邪魔にしかならないよ」
皇国軍は集団で鬼へと対処している。武技や魔法で攻撃に特化した部隊、完全に防御に徹する部隊、支援魔法と回復魔法を担当する部隊というように、それぞれがこなす役割を明確に分けられている。訓練された動きの中に異物が混じれば、動きを阻害しかねない。下手に戦闘に加勢するよりも、大人しくしている方が、皇国軍の為になる。
「ねえ、ダイン達傭兵の姿が見えないよ」
戦場を見渡すカミルがクォルス達ダインの民の姿がないことに気付いた。
「凛童の右手は砦あるから、そっちの守備に回されているのかもね」
「正規軍じゃないのに?」
「それは私に言われてもわからないわ。ダインの力に対する信頼が厚いのかもしれないし」
「いや」
二人の会話を遮り、ニステルが口を挟んだ。
「凛童はここにいねぇ。この鬼どもは囮だってことだ」
そう言うと、ニステルはすぐに反転し、来た道を戻っていく。
「ちょ、ちょっとニステル!?」
リアの呼びかけに反応することなくニステルは遠ざかっていく。
「もうっ!……、カミル、ニステルを追うよ」
腰に両手を添え、リアはご立腹だ。
「うん、追いかけよう。なんかいつものニステルっぽくないし、無茶しないといいんだけど……」
走り去ったニステルを追い、中央にある砦へと急いだ。
― 要塞都市ザントガルツ 北門 ―
「ッてぇー!」
北門上に並ぶ弓兵が、号令と共に矢を放つ。その一つひとつの矢は白く輝き、白の元素が宿っているのがわかる。綺麗な放物線を描く矢の雨は、北門の200m先に佇む蠱惑的な美少年――凛童目掛けて降り注ぐ。
左肩に担いだ黒い大剣を無造作に振る。並み外れた膂力で振るわれる大剣は、風を巻き起こし衝撃波と成り、矢の雨の一部を吹き飛ばす。台風の目のようにぽっかりと空いた穴に凛童が収まり、まるで凛童を避けるかの如く白く輝く矢の雨は大地へと突き刺さった。
「第二部隊、ッてぇー!」
一射目を仕掛けた部隊と入れ替わる様に、控えていた第二部隊が白く輝く矢の雨を放った。それと同時に北門が開き、歩兵部隊が飛び出して行く。弓兵はあくまで足止めが主軸。街中に凛童が攻め込ませないように立ち回る為の部隊に過ぎなかった。副次的に、矢に込められた白の元素で周囲を満たす役割も担っている。鬼の力の源流は黒の元素にある。周囲に満ちる元素の色を描き換え、皇国軍にとって有利な状況を生み出した。
降り注ぐ矢の雨を軽くいなし、凛童は動じずゆっくりと歩き出した。
周囲を取り囲む皇国軍をぐるりと一瞥し、凛童は「はぁ」溜息を漏らす。
「まさかこんな雑兵で吾を倒せるとは思ぉておらんだろうな?無駄死にが増えてしまうぞ?」
「舐めた口利きやがって!」「侮ってるのはどっちだろうな」「我等は誇り高き皇国兵だ!」「右手を失ったお前なんぞに負けん!」「傲慢が過ぎる」「地面の味を教えてやるよ」「ガキは帰って寝てな」
煽られ口々に反応する皇国軍の兵士達。
こんな阿呆な連中しか寄越さぬとは、皇国の兵の質も落ちたものよ……。
「もう良いわ。さっさと掛かって来い」
凛童の言葉を口火に、歩兵達の手から無数の光弾が飛び出した。凛童にぶつかり収束し、ひとつの大きな光の玉と化す。
「右手が無けりゃ光に塗れるか!」「大口叩いて成す術無しか?」「おいおい、もう終わりとか言うんじゃないだろう?」
魔力と元素の繋がりを断つ右手を失った凛童は、光を打ち消すことができない。その身は光に包まれ、白に飲まれている。皇国軍の多くは白の元素への適性が高いリディス族の集まりだ。上級光属性魔法を始めとする浄化の力を操る兵士を多く擁す。白の元素を纏った矢の雨の効果もあり、白に属する力は底上げされた状態だ。並の鬼では抗うことはできないだろう。
「くぅはっは!」
光の中から凛童の声が響く。声色から苦しむ様子を感じ取れない。むしろこの状況を楽しんでいる節が見られた。
光の中に一点の黒い靄が生まれた。黒が白を侵食し、光が闇に飲まれる。
「足りぬ、足りぬぞ!もっと死力を尽くせ!準備運動にすらならぬは!」
闇の中から凛童が歩み出る。その姿に外傷は見られない。
「ハッタリだ!手を休めず撃ち続けろ!」
言葉を皮切りに光弾の集中砲火が始まった。絶え間ない光の嵐に、凛童の姿は再び光に塗れていく。
「学ばぬ愚かしさ、その身を以て味わうが良い!」
光の中に影が蠢いた。
ブゥン
風を切る音が響く。
その直後、黒い巨大な衝撃波が皇国軍に向かって放たれることとなる。
黒い大剣を無造作に横に一振り、刃が光を斬り裂き黒い衝撃波が生まれ戦場を駆け抜ける。目の前に展開していた歩兵達の首が、鮮血を撒き散らしながら宙に舞った。距離が離れていた歩兵は、咄嗟にしゃがみ難を逃れている。それでも少なくとも二十人近くの歩兵が一振りで命を散らしている。
「は、話が違う……」「武技や魔法の類は使えないんじゃないのかよ!」
皇国軍には1つの情報が共有されていた。
『凛童は武技や魔法といった元素を含む攻撃が一切行えない』
と言うものだった。
長きに渡る鬼との戦いの中で、凛童本人から齎された情報だ。実際にこれまでその様な力を振るわれたことが無かった。物理的な攻撃しか行えないという事実に基づいて、囲んでの人海戦術で対処してきたのが現状である。
歩兵は動揺し、身体を縮こまらせている。
「ああ、前に吾がそんなこと言ったことがあったな。あの時と今では状況が違う」
右手を顔の前まで持ち上げ、皇国軍に見えるように掲げる。本来の右手とは違う、3本指の黒い鱗を纏った異形の右手。
「大事な右手を斬り落としてくれたんは貴様らだろう?右手の影響が消えて、いつもとは違う力が振るえて愉しぅわ!」
右手を斬り落としたことで元素を用いた攻撃が通るようになった代わりに、凛童自身も元素を扱った攻撃が行えるようになっている。右手の存在は、力の象徴であり枷でもあった。
折角元素を扱えるようになったのだ。この期に元素を使ってひと暴れしてやろぉ。
「さあ、もう少し愉しませて貰おうか!」
大剣を振るう度、黒い斬撃が戦場を飛び交った。普段は振るうことが出来ない力を存分に愉しむように。それはまるで、新しいおもちゃを与えられた子供のように無邪気に黒の元素が周囲を翔ける。
皇国軍兵士の亡骸が積み重なり、北門前は血で赤く大地を染め上げていくのであった。
― 要塞都市ザントガルツ 砦付近 ―
街を駆け抜け、中央にある砦の前に多くのダインの民が集っているのが見えた。鬼の襲来で武家屋敷前に傭兵達が集まってきたのであろう。傭兵に所属するダインの数は200人を越える。積極的に傭兵活動に準じる者はおよそ半数程度。残りの民は、籍だけ残しザントガルツにおけるダインの生活圏を回していく為に尽力している。今回の様な非常時には、招集され共に最前線へと投入される運びとなる。
その中に当然ながらまとめ役のクォルスやローリエンス達の姿もある。シューワの手は快復し、健全な身体を取り戻している。
「クォルスさん、凛童は現れた?」
駆け寄るリアが問いかける。途端に、集まったダインの民の視線がリアへと集まった。見ず知らずのエルフやヒュムが、自分達のまとめ役に気安く声を掛けているのだから気になるのも仕方がない。
「どうやら北門に現れたらしい」
「北門……。やっぱり東に現れた鬼達は陽動なんですね」
「ほう、情報を持っているということは、向かってたのか?」
「まともに交戦はしてないわ。皇国軍が展開していて、凛童の姿が見えないものだから戻ってきたのよ」
「我々はこれから北門へ移動を開始する。来たければ着いて来い」
「そうさせてもらうわ」
クォルスはダインの集団へと向き直ると号令を出す。
「今から北門へ移動する!移動中も隊列を崩さず凛童の襲撃に警戒しろ!この日を以って凛童との戦いの日々に終止符を打つ!気合を入れろ!」
「「「「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉッ」」」」」」
ダイン達が沸き立った。鬨の声を上げる光景に、カミル達も否が応でも感化され士気を高めていく。
彼らと凛童との間にどれだけの因縁があるのかはわからない。それでも、目の前に広がる光景が、待ち焦がれた好機であることを教えてくれる。その想いに応えるためにも、俺も全力を尽くさなくては。
― 要塞都市ザントガルツ 北門 ―
其処に在るのは血に塗れた鬼が1体。数百もの皇国軍兵士の亡骸を築き上げ、返り血で染まるその姿はまるで赤き鬼。
「群れたところでこの程度か。つまらぬは……」
北門に集った皇国軍を壊滅させ、凛童はボヤいた。
北門上に展開していた弓兵も、黒き衝撃波によって余すことなく消し去っている。衝撃波の余波によって既に北門はボロボロだ。辛うじて閉ざされている門でさえ、いつ崩れ落ちてくるかもわからない。
凛童は水属性魔法を操り、大量に浴びた血を洗い流していく。その後、火属性魔法で水分を飛ばし、軽く身なりを整えた。袈裟に付いてしまった血液までは落ちはしないが、見た目を気にする辺りどこか人っぽさを感じさせる。
ブゥン。大剣を一振りすれば、黒い衝撃波が北門の扉を街の内側へと吹き飛ばす。
「さあ、堂々と門から向こぅてやろう」
北門から大きな何かが倒れる音が街へと響く。当然、北門を目指すクォルスやカミル達の耳にも届いている。
「あの派手な音、侵入されたんじゃねぇか?」
ダインの民の後方を追従するカミル達には先の景色を窺うことはできない。壁の内側に立ち昇る砂煙が不安を掻き立てる。
「その可能性は十分あるわ。さっきからザラついた気配が北門の方から漂って来てるし」
エルフの鋭い感覚が、凛童の放つ穢れを感じ取っていた。
「すぐに遭遇するよ。戦闘準備しといて」
凛童と再び見える。そう思うと手に汗をかいてきた。自分でも緊張しているのがわかる。不完全な状態であれほどの強さだった。今回は確実に調子を整えてくる。右手を失ったからと言って、楽観視なんてできない。クォルスは北門に凛童が来たことを知っていた。それは情報が伝達されているということで、情報を伝えた存在がいる。考えるまでもなく皇国軍だろう。肩を並べて鬼と戦ってきた傭兵に情報を流れていても不思議ではない。つまり、北門には既に皇国軍が展開していて、凛童と交戦状態だということ。にも関わらず、壁の内側から砂煙が立ち昇っているという状況は何を意味をするのかわからない面々ではない。
北門に展開している皇国軍が突破され、ザントガルツへの侵入を許した。その事実が一層の緊迫感を漂わせた。
北門にたどり着く前に傭兵達の足が止まった。何故止まったのか。そんなことは分かりきっている。濃密な黒の元素を肌がビリビリと感じ取っている。傭兵の人垣でカミル達はその姿は見ることはできないが、心当たりのある鬼はただの1体だけ。
凛童。
高い知能と力量を併せ持つ人喰いの鬼。
「くぅはっは!クォルスではないか、久しいのぅ」
破顔一笑を見せる凛童。
「こちらとしては出来れば遭いたくはなかったが」
「つれぬことを言うものではないわ。貴様のような男が最前まで出て来れば、くだらぬ命を散らさずに済んだものを」
「悪いが俺は軍属ではないんだ。文句を言うならリョウジ辺りにしてくれ」
「ふっ、まあ良い。これでこの街まで出向いた甲斐があったというもの。さあ、クォルス、構えよ。愉しい命の奪い合いをしようぞッ!」
言い終わると同時に黒い大剣が横に振るわれ、黒い衝撃波がダインの民を襲う。
「総員!伏せろ!!」
凛童との距離は50mほど離れていたが、その距離をいとも容易く無に還す。放たれた衝撃波は瞬く間に隊列を組むダインの民に到達した。
クォルスの叫びに、多くのダインは身を屈め難を逃れたが、それでも被害がゼロになることはなかった。隊列の後ろの方にいたダイン達は、人垣に阻まれ前方の視認性が悪く反応が遅れてしまう。幾人かのダイン達の頭が消し飛び、首無しの死体が崩れるように地面に転がった。
カミル達もまた身を屈め、衝撃波をやり過ごす。
黒い……衝撃波?
カミルはいつか見たエルンスト・ハーバーが放った黒い衝波斬のような武技を思い返していた。
凛童は元素を放つ攻撃ができなかったんじゃ?でもあれは――武技?でもそれなら武技名を言葉に紡ぐ必要があるはずだ。少なくとも俺の耳には聞こえなかった。隊列の最後尾にいたせいかもしれないけど、魔法である可能性も捨てきれない。そもそも、あの右手は何だ?失った右手の代わり?
前回の戦闘とはまた違った凛童に、カミルは警戒心を強めていく。
体勢を立て直したクォルスが剣を抜き去り凛童へと駆ける。
「俺が前に出る!各自凛童を取り囲め!この場で決めるぞ!」
「「「「「「応ッ!」」」」」」
クォルスの後を追い、凛童の周囲に展開。
「「「「「「黒葬」」」」」」
凛童を取り囲んだ最前にいるダイン達が武技を発動させる。破壊を得意とするダインの民の中で異質な守りの力、黒葬。黒の元素を身に纏い、黒い塊と化す。降りかかる破壊の力を破壊する、守りに徹した不動の力である。
凛童との戦闘に備え、自らを壁とし被害の拡大を抑える役割を果たす。
ただ壁になるだけではなく、周囲に満ちる黒の元素を消費することで、扱える黒の元素の量を下げる狙いもある。鬼の力の根源は黒の元素。力の元を断ち、ダイン達の優位性を高める算段だ。もちろん、ダインの民も黒の元素を得意とする種族柄黒の力が制限されるが、それを補うのが元素の力を宿した武器である。クォルスの持つ剣もまた、その内の一振りだ。
クォルスの剣から紅炎が発生し、炎の筋が刃に纏わり付いていく。
「くぅはっはっはっは!吾の右手無き今、ようやくその剣の真価を発揮できよう!」
言葉でのやり取りをシカトし、炎を纏う剣を上段から一気に振り下ろす。
素早く反応した凛童の大剣が攻撃を受け止め、異形の右手から伸びる爪がクォルスを襲う。
ぶつけ合った剣で突き放し、反動で後方へと飛び退いた。
互いに探りのぶつかり合い。元素との繋がりを断つ右手の無い凛童に、元素が霧散させられない環境下で対峙するのはクォルスとしても初めてのことだ。互いの実力がわからず、確かめるように動いていた。
「折角の元素を扱えるというのに、ダインの民では活用するのは難しぃんか?」
凛童は愉快そうな表情を浮かべ煽る。
「その答えはこれからだッ!」
凛童の間合いへと再び踏み込んでいく。
間合いの短い右手の爪よりも、あの大剣が厄介だ。重量があるのに片手剣でも振るうみたいに扱いやがる。間合いに入ったとて油断はできん。
猛る炎が大気を焦がし剣が動く。
凛童の顔面を目掛けた突きによる一撃。
より速く、より防ぎ辛い剣の動きに、凛童は顔を左へと傾け回避する。
ギリギリで避けた影響で、炎が凛童の頬を焼き、顔の一部が火傷を負う。
頬が焼けたが凛童は意に介さず、首を傾けた反動を利用し右足を突き出した。
「ぐっ!」
クォルスの腹に蹴りが減り込み後方へ吹き飛んでいく。
小さな身体から繰り出されたものとは思えない重い蹴りに、10mほど飛ばされ着地する。
「狙いは良かったが、吾の反応速度を甘く見過ぎたな」
「ふっ、そうでもないさ」
クォルスが不敵な笑みを浮かべる。
「なに?」
凛童の表情が怪訝なものへと変わった。
その瞬間、凛童の焼けた頬が白き炎に包まれた。
「白い炎!?」「何だありゃ……」「さすがクォルス様」
戦いを見守る同志が口々に感想をもらしていく。ダインの民達は剣の特性を知らなかった。知る機会がなかったのだ。過去の凛童との戦闘では元素を断たれ、烙葉との戦闘を知る仲間は限られている。それ故、目の前に広がる白い炎が神々しく映る。
「ぬぉぉぉぉぉおおぉぉッ!?」
白炎が凛童の顔を焼いていく。頬周辺の皮膚が炭化し、顔の右半分が焦げていく。
咄嗟に水属性魔法を操り、白炎を鎮火させた。
「甘く見過ぎたのはお前だ」
クォルスは剣が凛童に見えるように胸の前へと移動させる。
「コイツは精霊時代の遺産でな。火の精霊ジスタードの加護が宿ってんだ。並みの剣だと思ってたら火傷だけじゃ済まねーぜ?」
「ははっ、はははは」
凛童の口から笑い声が零れた。
「そうだ、そう来なくては面白味がない!精霊無きこの世で、精霊の力とやり合えるとはのぅ!」
笑みを浮かべるその顔は焦げ、焼けた影響か表情筋が動いていない。人の身であれば皮膚は死に、処置をしなければ命に関わるほどの熱傷だ。それでも凛童に焦りはない。あるのは戦いに身を投じる高揚感。
凛童は右手に赤き炎を纏わせていく。
「奇遇も奇遇。吾のこの手も炎を操る。貴様の赤の力、利用させてもらぉう」
顔を焼いた白炎の赤の元素を糧にすることで、自分の力へと変換させている。
「やはり、落とした右手が無ければ元素を操れるようだな」
「然り。吾の権能は右手に宿る。だが、それがどうした?元素を味方につけた吾に勝てると思ぅたんか?矢張り甘く見過ぎているのは貴様らではないか。甘さのツケ、その身を以って味わうが良い!」
放たれた矢のように凛童がクォルスの懐へと入り込む。炎は猛り、纏う炎が肥大化した右手が開かれる。炎がクォルスを握り締めようと狭まっていく。
「うぉぉぉぉぉぉおおッ!!」
ジスタードの加護を宿す剣に魔力を注ぎ込むと、クォルスの周囲に白炎が広がっていく。全身を覆う防護膜と化す。
2つの炎がせめぎ合い、大気が爆発的に熱せられる。炎を操る当事者以外近寄れず、ダインの民はただただ見守ることしかできない。
二人の炎のぶつかり合いをカミルは驚きもなく見守っている。火の精霊ジスタードの加護を宿すという剣は興味深くはあった。ただ、カミルにとって白炎というのは身近なもの。同郷のクヴァの操る白炎に、聖火の天技を宿すカナン、自らの手から放たれた白炎。異質な力が周囲に溢れすぎだ。それ以上に赤竜という、赤の元素の化身のような存在が放つ力を肌身で体験している。今までの経験がカミルの精神に影響を与えているのは間違いない。
周囲に赤の元素は満ちている。
カミルはそっと右手を突き出し拳銃を模った。
意識がクォルスに向いている今が奇襲を仕掛ける好機!
胸の宝石へと圧縮魔力を流し、元素へと語りかける。
― 我願うは万物を灰燼と化す炎
進撃を以って 我が意志を指示さん 突き進め フルメシア ―
指先に魔法陣が投影され小さな白き炎が顕現する。
「カミル?」
「おい!こっから撃つ気か!?ダインの民に当たっちまうぞ!!」
騒ぐ二人に、近くのダイン達がチラチラとカミルの方へと視線を投げてくる。
ニステルの忠告も、周りの視線も受け流し、指先に生まれた白炎を解き放った。




