ep.67 鬼の手
周囲を漂っていた黒い霧は薄まり、オルトと鬼の戦闘が見えるようになってきた。だが、それも今はどうでも良くなってしまった。ローリエンスさんが発した「元素の剣」という言葉。それはかつて、オーウェンやゼーゼマンが帝城で発していた言葉と同じだったからだ。
黎架の元となった黒い日本刀。あの刀はどんなに使っても刃毀れひとつしない特殊な代物だった。リアの話では元素の加護を受けたものでない限り、そんな刃は存在しないという。
謎多きあの刀の真相に迫る良い機会なのかも知れない。
「元素の剣、というのはどういった意味ですか?」
ローリエンスさんの表情が呆けたものへと変わった。
「元素の剣を知らない……?そんなものを持っていながら?」
「実はこれ、譲られた刀を駄目にしてしまって打ち直したものなんです。だから、元の刀がどういったものなのか知らないんですよ」
「そうか、それは宝の持ち腐れだな。おそらく、それは黒の元素の加護を受けた剣の一種だ。駄目にしたというのが気になるが、黒の力への干渉力が非常に強いはずだ」
「黒の元素を取り込むこの力も、その干渉力とかいうもののお陰?」
ローリエンスさんが頷く。
「俺も元素の剣の現物を見たことあるわけじゃないから確かなことは言えん。だが、状況だけ見ればそれに類する力を秘めているのだろう」
この刀の力の一端は理解したけど、そんな刀を何故サティが持っていたのか、何故貴重な刀を渡してきたのかがますます分からなくなった。これが緑の元素に属する刀であればまだ納得はできるというのに……。
「元素の剣について知りたければ、帰ってからクォルスさんに聞いてみるんだな。俺なんかよりも遥かに詳しい」
ドゴォンッ
地響きのような低く重たい音が響いた。
音のする方に視線を向けると、オルトの右拳が鬼の腹部に突き刺さっていた。鬼の身体がくの字に曲がり、一撃の重さを表している。硬化した皮膚に被害を与えられずとも、拳が生み出す衝撃までは防ぎきれない。
痛みに歪む鬼の顔を見てオルトがしたり顔を浮かべている。
オルトが更に一歩右足を踏み込み、左拳で追撃を仕掛けた。その軌道は鬼の胸部に向かっている。同じ体格の者同士であれば顔面を狙えただろうが、肥大化した鬼の身体には腕の長さが足りていない。
左拳が届く寸前の所で、オルトの動きは止められた。くの字に曲がった状態から鬼の頭が振り下ろされたのだ。勢い良くオルトの脳天に鬼の額が叩きつけられる。鬼の力の前に、オルトの身体が地面へと崩れ落ちた。
「あれ、大丈夫なんですか!?」
ローリエンスさんに問いかけるも、言葉は返ってこない。ただ、事の成り行きを見守っている。
「まだ一撃もらっただけだろ?」
シューワさんもまだ動く気配はない。あの程度は日常茶飯事なのかも知れない。
視線を鬼に戻すと、倒れ込んだオルトに対して足を持ち上げ踏みつけようと動かしていた。
「危ないッ!」
思わず声を荒げた。
「黒葬」
臥した身体から声が響き、オルトの身体を黒の元素が包み込んでいく。
黒い塊と化したオルトを鬼が踏みつける。踏み締める圧力にオルトを包み込む黒塊はビクともしない。だが、あの状況を打破できる手段とも思えない。守りに力を割いてはいるものの、上から押し付けられている以上脱出は困難な筈だ。
「シューワ」
ローリエンスさんの呼び掛けに「分かってますって」ようやくシューワさんが戦闘態勢へと入ってくれた。
「あの状態があと10秒ほど続いたら参戦しますよ」
そう言いながらも、シューワさんの両の拳に黒の元素が纏わりついていく。オルトのように拳が膨らむようなことはない。
鬼は踏み潰せないのを悟り、足を再び持ち上げていく。
そして、振り下ろす。
何度も、何度も、オルトを包む黒の元素を踏み壊すが如く繰り返し踏み締める。
ドンッドンッドンッ。音は響くが黒の元素が霧散する気配はない。沈黙を守っているのみだ。
「んじゃ、行ってきまーすッ」
現状を打破できていないことを確認すると、シューワさんが鬼に向かって駆け出した。
距離はそう遠くない。一息で駆け抜ければ鬼の首を圧し折れる。
不意に鬼は踏み降ろした足を止め、こちらに向かって2本の指を突き出した。
勘付かれたか……。
指先に黒の元素が満ちていく。小さな球体が生まれ、蠢きながら少しずつ大きくなっていく。
形成された黒き球体に怯むことはない。球体の規模は小さい。だったら放たれてからでも避けられる。
鬼の指先、黒の元素の塊から一筋の闇が放たれた。球体から途切れることなく伸びる闇が、シューワの胸部へと迫っていく。
球体の動きを注視していたシューワは、身体を横へずらし射線上から避難した。身体の横を闇が通り過ぎていく。
シューワの拳に闇が集う。皮膚が黒化し、魔力の反応が跳ね上がった。鬼を間合いに捉え、拳を振りかぶった。
その時、鬼の指先がシューワの方へと動き始めた。その動きに追従し、指先から伸びる闇もシューワの方へと移動を始める。それは宛ら長く伸びた黒い細剣。
「はっ!そう簡単に終わったら面白くないよなぁッ!」
一歩踏み込み振りかぶった右拳を引っ込めた。上半身を捻り、迫る闇の一筋に向けて黒化した左拳を突き出した。
拳と伸びた闇がぶつかり合う。
拳が闇の一部を吹き飛ばし、黒の元素が霧となって周囲を漂う。威力を削がれた闇は、ウネウネと揺らぎながらも霧散することなく形を保っている。
思ったよりも元素と魔力の結びつきが強い。オルトの一撃で沈まないはずだ。なら、大元の黒い球体をぶっ飛ばす!
「纏!」
魔力が右腕を包み込む。腕力が強化された右拳を、黒い球体に向かって突き出した。
弾力のあるボールのように拳が当たった場所が凹み、拳圧で闇の塊が変形していく。そして、端から黒の元素が霧となって噴き出した。球体であったものが見る見る内に萎んでいく。
鬼がオルトを踏みつけていた足を上げ前蹴りを試みるも、足の動きに気づいたシューワが軽やかに後方へと飛び退いた。
その瞬間、オルトが黒葬を解き、立ち上がりながら素早くシューワの方へと距離を取った。
「一人でやれるんじゃなかったのか?」
「うっせー!アレが予想よりも元素の扱いが上手かっただけだろッ!」
シューワの皮肉でオルトが顔を顰めている。あれだけの啖呵を切ったにも関わらず、鬼に良いようにされたのだから、心穏やかでいられる筈もない。
「そこも考慮して戦ってこそ一人前なんだよ」
「………」
さすがに言い返すことができず、オルトは口を噤むしか無かった。
「上から何か来るッ!備えろッ!!」
ローリエンスの叫び声に一同が空を見上げた。
濃密な黒の元素を纏い、それは上空から落ちて来た。
先ほどまで戦っていた鬼を頭から容赦なく踏み潰し、血肉の塊となって飛び散った。肉片が黒い粒子へと変化し、踏み潰した存在へと吸収されていく。
上空から落下してきたのは、身長が2mほどに達する大男の姿をした鬼だった。黒い髪に赤く輝く瞳、袈裟のような服装に身を包んだ浅黒い肌。何よりも目を引くのは、身長と同じくらいの大きさの黒い大剣を左手に握り締めていることだ。並の人間では到底振るうことのできそうにない大剣も、鬼はいとも容易く肩に担いでいる。
誰しも、鬼の姿に気圧され立ち尽くしていた。単独行動を取っていることを考えれば、目の前に現れた鬼は知能が高い存在であることが伺い知れる。
鬼の赤き眼が迷う事なくカミルの姿を捉え、その手に握られた黎架へと向けられた。
「――見つけた」
鬼の口から発せられた声は、その図体からは想像し辛いほど高めだ。声変わりする前の少年のような響きに似ている。
徐に鬼が一歩踏み出した。動き始めを見ていたはずなのに、気が付けばカミルの目と鼻の先まで移動している。反射的に黎架を構え―――右腕に痛みが走った。
「ぐぁぁぁッ!?」
肘の先がずり落ち、身体から離れていく。
その瞬間、カミルは決断する。
戻れ、戻れ……。戻れぇぇぇぇッ!!
視界が歪み始め、世界が白く染まっていく――
次に目に映ったのは、大鬼が鬼を踏み潰した直後だった。
視線を右腕に向ければ、きちんと繋がった腕が存在している。
巻き戻りは成功だ。だが、悠長に構えている時間はない。戻ったのは数秒、今行動を起こさなければ確実に右腕が飛んでしまう。
誰もが鬼に気圧される中、カミルの口が動く。
「反射反動!硬殻防壁!」
圧縮魔力で武技を発動させ、反応速度を上げ、防御力を高めた。
カミルの叫びにも似た武技の発動に、仲間の身体の硬直が解けていく。
声に反応したのは仲間だけではなかった。鬼の視線がカミルを捉える。
そして……、鬼の足が踏み出された。
一同の目の前に幾重もの岩の壁が出現した。旅を通して何度も見てきたニステルが得意とする魔法の使い方だ。防御面では申し分ないが、視界を遮られるのが玉に瑕である。
「距離を取る!引けッ!」
ローリエンスの叫びで皆が一斉に後退を始めた。
ゴォンッ バキバキバキッ
背後から岩の壁が砕ける音が響いて来る。走りながら後方を確認すると、岩の壁に大剣を叩きつけ突破してくる大鬼の姿があった。大鬼の左腕が動き、黒い大剣が天へと伸びる。ピタリと僅かな時間大剣の動きが止まったと思えば、もの凄い速さで腕が肩の高さまで振り下ろされた。左手から大剣が解き放たれ、縦に回転しながら飛んでくる。2mもの大きさの剣ともなると、重量もそれ相応となる。鉄の塊が勢い良く回転しながら飛んできているのだ。生命の危機を感じ取り、カミルは咄嗟に叫ぶ。
「横に飛び退けぇぇぇぇッ!」
各々が左右に散り散りとなり飛び退いた。
その直後、回転が加えられた大剣が地面を抉り、反動で大地を跳ねあがる。木を薙ぎ倒しながら、ようやく大剣は地面へと転がった。
「来るぞッ!迎撃態勢を取れッ!」
ローリエンスの号令で大鬼へと向き直る。大鬼はすぐそこまで接近していた。
黎架に圧縮魔力を流し込み、黒の元素を奪う準備を整える。
大鬼は身体の大きさを活かして突進してきた。右手は握られ、振りかぶられている。
大鬼の進行上の何もない空間に眩い光球が突如として現れた。徐々に輝きは広がり大鬼へと迫っていく。黒の元素には白の元素をぶつけるのがセオリーだ。上級光属性魔法なら浄化の力も宿している。上手く当たれば力を削ぐことも可能だろう。
今このメンツで、これだけの光を操れるのはリアだけだ。対魔族?においてこれほど頼りになるものはない。
怯むことなく大鬼は光球の発生源へと突き進む。振りかぶった右拳を開き、掌を光球へと突き出した。
その瞬間、光が揺らぎ形を保てずに歪な姿へと変貌していく。
「浄化が効いてない!?」
驚きの声を上げるリアは目を見張った。大鬼の掌に触れた白の元素が、魔力との繋がりを絶たれ霧散していっているのだ。程なくして、リアの放った光は完全に消え去ってしまった。
黒の元素とぶつける事で対消滅させたのならまだ理解できる。でも、単純な対消滅じゃなかったのは確かだ。
思考に時間を割いている間にも大鬼が差し迫っている。
不意に風が頬を撫で、激しい風が巻き起こる。周囲の木々がぶつかり合い、葉が擦れ合う。
「光が効かないって言うなら、これならどうよ!」
風が大鬼に向かって吹き荒れる。人であれば、吹き飛ばされないように耐えるしかないほどの強風だ。
大鬼の足が瞬間的に止まった。身体の大きさ故、風の影響も受けやすいのだろう。
リアの口角が上がり笑みが零れた。だが、その笑みも長くは続かなかった。
突き出された大鬼の右の掌の部分から風が勢いを失い始めている。変化は伝播し、魔法を放っているリアの下まで影響が出始めた。
「風が………、消えていく………」
リアの表情が曇る。得意の光属性魔法に続き、風属性魔法までもが無力化されているのだから、当然である。
それでも、大鬼の足を止めることには成功している。
ローリエンスとシューワが左右に分かれ、大鬼の側面に向かって回り込んでいく。
ニステルが3本の岩の槍を生み出し、大鬼に向かって射出する。
まっすぐ胸元へ向かって飛ぶ岩の槍を、大鬼は右手の掌を翳す。岩の槍が掌に触れる瞬間、先端部分から岩が砂へと変わり霧散していく。
その隙をついてローリエンスが右手側に飛び掛かった。ローリエンスの右手もまた、シューワやオルトと同じように黒の元素が集う。皮膚が黒化し、右手が闇に包まれていく。
狙うは肩口。闇を纏う右手で手刀の形を作り振り下ろす。
チッ!?馬鹿みたいな頑丈さだ。
大鬼の肩を切り裂くも傷口は浅い。
大鬼の腕が動く。右手を握り締めると肘を折り、ローリエンスの身体を打ち抜いた。
「ぐぅッ!?」
ローリエンスの身体は吹き飛び、木の幹へと激突。左脇腹を大きく打ち付け、痛みにもがく。
吹き飛ぶローリエンスを目撃しながらも、シューワは自分が成すことを実行する。ローリエンスと同様に右手に黒の元素を集め、闇を纏っていく。
まずは機動力を削ぐ!
右手を手刀の形とし、左足の腱を切断すべく右腕を振り抜いた。大鬼の足の皮膚に阻まれ、シューワの手刀が弾かれた。
「なッ!?通らない!?」
その直後、大鬼の左足が動く。付いた虫でも払うように左足を振り払った。
シューワの身体が宙を舞う。大鬼の体勢が悪かったのか、足に力が入っておらず単純に身体が押し出された形だ。空中で体勢を整え、難なく着地した。
ローリエンスとシューワが動き出した頃、リアは叫ぶ二人に指示を出す。
「カミル!ニステル!同時に魔法で攻撃だ!魔法が掻き消されるなら、物量で攻めるぞ!」
私が放った魔法はいずれも霧散させられた。単純に元素を吹き飛ばすわけではない。魔力が元素へと働き掛ける、その繋がりを絶たれている。今放った魔法はどれも一属性に過ぎない。複数の属性で同時に攻撃したらどうなるか……?
リアは戦いながら情報を集めていた。初見の相手であれば様子を窺いながら、最も効果的な攻撃方法を学んでいく必要性がある。
光も風も霧散させられるなら、まだ可能性のある浄化の力を宿した光属性魔法の方がいい。反応し辛い頭上を狙う!
大鬼の上に光球が現れ、頭頂目指して落ち始めた。
岩の槍が簡単に吹き飛ばされた。なら、より硬度のある槍を生成してやればいい。だが、気になるのは魔法が悉く防がれている―――いや、無力化されていることだ。魔法が当たって効かないというよりも、当たり前に消し去られている印象が強い。この魔法が通じるかわからねぇが、試してみねぇと何も始まんねぇ。
槍を握る右手を引き戻し、反対の左手を突き出した。掌の先に鉱石が生まれ、徐々に槍を模っていく。より硬く、より密度の高い金色に輝く金属製の1本の槍。普段使い慣れている岩の槍よりも魔力を多分に必要とし、生成までに時間がかかる。一人では使う機会が限られるこの魔法も、仲間の協力があれば放つことができる。
これが駄目なら、本格的に魔法に頼る戦術を見直さなければならねぇよな……。
左手を突き出し拳銃の形にする。
胸元の宝石に圧縮魔力を流し、魔法陣を介して青の元素に働き掛ける。
― 豪然たる水の意志 其は冷酷なる刃の狩人 アプラース ―
指先に魔法陣が投影され、水が集い青い球体と化していく。球体から水が伸び、黎架の刀身を模した水刃へと変化した。
本来であれば、最も得意とする赤の力を使うべき何だろうけど……、森の中でぶっ放せる魔法じゃない。引火でもしたらリアに蹴られるどころの騒ぎではないだろう……。
ローリエンスとシューワの攻撃が捌かれると同時に、リアの上級光属性魔法ルストローアが大鬼の頭頂に向けて落下し始めた。
光球の出現に合わせて、カミルの水刃とニステルの金色の槍が射出される。
3つの属性による同時攻撃。
リアが大鬼の動きを注意深く観察する。
大鬼が真っ先に動かしたのは右手だ。頭上へと伸ばし掌が光球に触れると、先ほどと同じように光が揺らぎ形を保てずに霧散していった。
迫りくる水刃と金色の槍に対しては、左手を握り締め、拳をぶつけることで金属製の金色の槍を弾き飛ばし、水刃を水飛沫へと打ち砕いた。
光は消し去ったのに、槍と水刃は物理的に防いだ……?魔法を消し去る絡繰りがあるのは右手だ!
剣を鞘から引き抜き、詠唱を始めた。
― 浩々たる天翔ける刹那の輝きよ
破滅の音を轟かせ 裁きの力を我が手に フィルザード ―
青緑色の雷光がリアの身体を纏う。左手には雷の外骨格と爪が形成され、右手に握る剣に雷が集った。
「近接戦を仕掛ける。魔法で右手の動きを誘発して!」
「はっ、着眼点は同じか。しくじるんじゃねぇぞ?」
槍の穂を突き出すと、槍の周囲に3本の岩の槍が生成された。ニステルが魔法を撃ち出そうとし、その動きを止める。
「おい、見てみろ。大鬼の左手が凍り付いてやがる」
視線を向ければ、ニステルとカミルの攻撃を弾き飛ばした左拳と、身体の至るところが凍り付いている。大鬼が右手を翳しては凍った箇所の氷を霧散させているところを見るに、凍った身体の動きを阻害しているのかもしれない。
「誰が凍らせたんだ……?」
カミルが訝しんだ表情で大鬼を観察している。
「お前だよっ!」「おめぇだよッ!」
リアとニステルの声が重なり、カミルは身体をビクッと跳ねさせた。きょとんとした顔で二人の顔を見つめた。
「青の力を使ったのはカミルでしょ?ククノチの森で水刃が氷刃に変わってたの忘れたの!?」
ニステルが肩を竦め首を左右に振った。
「ああ、あったね……。って、大鬼がこっちに来てるから話は後!」
カミルは左手を再び構えると、詠唱無しで水弾を4発発射させる。
大鬼は、水弾を避けるように横に飛ぶ。身体が凍ったことで、カミルの放つ青の力を警戒しているかのような動きだ。
「カミルは水属性魔法で足だけ狙え!右手の動きは俺が誘発する」
ニステルの岩の槍の1本が、大鬼の身体の真正面へと飛んでいく。それと同時にニステルは右手側へと走り出した。
ニステルの動き始めたことで、リアが左手側へと駆け出した。フィルザードの影響か、ニステルの動きの倍ほど素早く移動していた。
オルトはただ立ち尽くしていた。
種族柄か、黒の元素を敏感に感じ取り、大鬼が持つ強大な力の前に動けずにいる。
散々粋がってたクセに、この様かよ……。
拳を握りしめ、プルプルと震え出した。
ヒュム共でさえ戦っているっていうのに、俺は……何してんだよ……。
握り締めた拳を開き、両の掌で顔を思いきり叩き自分に渇を入れた。頬にジンジンと広がる痛みが恐怖心を上書きしていく。
あいつらよりも優れてることを見せつけてやるんだろ!ローリエンスさんに認めてもらうんだろ!こんな所で立ち止まってる場合じゃないっつーの!
全身に黒の元素を纏わせていく。魔力と練り合わせることで皮膚に吸収され、身体が膨れ上がっていく。皮膚の色が黒化し、瞬間的に大人の身体へと変化させた。全身にビリビリと不快感が付き纏う。
残りの魔力で動けるのは5分くらいと考えといた方がいいか……。
大鬼との戦いに向け、一歩踏み出した。
大鬼の足に向かって水弾を何発も放つも、1発も当たる気配がない。そもそも動く足に当てるのは困難であり、警戒されているのなら尚更だろう。
足を狙えって言ったって、動く大鬼の足なんて狙えないっての!
不満を垂れながらも、指示された通りに水弾を撃ち続けている。この攻撃で注意力を散らせるのなら無駄にはならない、そう考え撃ち続けるしかない。
正面に放った岩の槍の1本は、右手に阻まれ砂となり霧散した。次いでもう1本、大鬼から見て斜めの方向から射出させた。
カミルの攻撃で足が止まるとは思えねぇ。俺が右手の動きを釘付けにしねぇとな。
時間差をつけて、残りの1本の岩の槍を撃ち出した。
1本目の槍に対して大鬼は右掌を翳した。槍の先端から砂となり霧散していく。直後に2本目の槍が到達する。1本目と同様に霧散していった。
その隙にニステルが駆ける。
全身に魔力を巡らせ、生命力と掛け合わせる。竜殺しの力、惡獅氣がニステルの身体を包み込んでいく。
俺が今持てる全力だ。その土手っ腹に風穴を空けてやんぜッ!
脇の開いた大鬼の脇腹目掛けて穂が走る。
「うぉぉぉぉおおりゃぁぁぁぁッ!!」
槍の尖端が鬼の脇腹に触れる。
惡獅氣が脇腹を喰らい、腹を抉りながら槍が突き刺さっていく。
貫けぇぇぇぇ―――。
ゴォンッ
鈍い音を立て、ニステルの身体が吹き飛んだ。
大鬼の右肘がニステルの身体に突き刺さったのだ。
ニステルの身体はくの字に曲げながら宙を舞う。地面を跳ね、転がりながら大地に臥した。
雷が迸る。
フィルザードで移動速度を強化されたリアは、ニステルが生み出した隙を見逃さない。
瞬時に距離を詰め、一筋の雷が煌めいた。
横一閃。
雷を纏う剣が大鬼の左肘を斬り裂き、左脇腹から斬り裂いていく。
「吹き飛べぇぇぇぇッ!!」
剣を握る手に力が入り、肉を裂く感触が伝わってくる。そして―――斬り裂く刃が動きを止めた。
ガキィィィン
硬い何かにぶつかり甲高い音を響かせる。
「なっ!?」
驚愕するリアに大鬼が声を上げた。
「くぅはっはっはっはっはっはっはっはッ!」
大鬼の笑い声が木霊する。大鬼の首が動き、リアの姿を見下ろした。
「左手を裂いたことは褒めてやろう。だが惜しかったのう。吾の胸骨は頑丈ぞ?其のような刃では物足りぬ」
握る剣が大鬼に引き寄せられる。筋肉を収縮させ、刃を体内に押さえこまれてしまった。
力の限り腕を動かすも、剣はビクともしない。
「もう終わりか?なら吾からのお返しだ。存分に味わうが良い」
大鬼の赤き眼が一際輝きを増した。
剣を引き抜くことは諦め、剣を置き去りに大鬼との距離を取る為に後方へと飛び退いた。
すると、斬り裂いたはずの左手が地面から浮かび上がり、リアに向かって飛んでいく。手は開かれ、リアの身体を掴むべく宙を漂い追いかけ回す。
「へえ、やるじゃん」
一連の流れを視ていたシューワが感嘆の声を上げた。
カミルの脇にいるオルトの身体が膨らんでるのを確認し、短期決戦を決め込む算段なのを理解した。シューワも覚悟を決め、黒の元素を体内に吸収し始めた。
「ダインの戦士の底力はこれからってな」




