雑貨屋カルニ・ニギラ
アルフの学園特区との境界線付近の道沿い。道を挟んで学生と冒険者の行き交う割合が変化する。学園特区にも冒険者や住民の出入りはあるが、そこまで多くの人の出入りがあるわけではない。特区外から中に入ってくる理由としては、学園を運営する現地で働く大人であったり、物資の搬送を行う者、それから特区内の有名な店への来訪くらいなものだ。
特区内は学生に好かれるカフェや雑貨屋が所狭しと並んでいる。俺が目指しているのは境界線付近の雑貨屋。先日お世話になったばかりのジョアンの両親が経営する『カルニ・ニギラ』。学生向けの商品と冒険者向けの商品、どちらも一通り揃えられていることから、学園内外からの出入りも激しい。特に何かが欲しかったわけではないが、カルニ・ニギラには一度も行ったことが無かったことに気づいた。ジョアンとの縁もあったことだし、足を延ばしてみることにした。
建物自体は変わった外見はしておらず、街に溶け込む造りをしている。硝子張りの壁には光を浴びると煌めく小物が並べられており、道沿いからでも開放的で煌びやかな商品を見ることができ、見る者を店内へと導いてくる。
街のいくつかのお店には硝子張りの壁が採用されている。割れやすそうで防犯面が気になるところだが、カカシと同じように加護の魔法がかけられており、破壊することはほぼ困難になっている。
出入口までの道には角の取れた丸い石を踏み石として設置されており、滑り止めのためか石の表面には細かい凹凸が施されている。取っ手に手をかけ扉を押す。
ちりんちりんとベルの音が響く。店の奥から「いらっしゃいませ」と元気な声が聞こえてきた。にこやかな笑顔で出迎えてくれたのは同い年くらいの学生だろうか?ジョアンに兄弟に聞いたことはないけど、こちらから聞いたこともなかった。
「ゆっくり見て行ってくださいね」
学園に通う者の大半が生活費を稼ぐためにバイトをしている。国が半分は負担してくれているので、生活を切り詰める必要はない。友達と交流したり、自分の趣味に費やすための資金源として働くのがほとんどだ。彼女もまたその部類の人間なのだろう。
一通り店内の商品を見て回ってみよう。
生活に役立てる小物から、回復薬、衣類、装飾品、おまじない系の石類など、多種に渡る商品がならんでいる。一番の目玉商品は、会計所の横に鍵付きのショーケースに収められている装飾剣といったところかな。鍔の部分の意匠が見る者の目を奪う。小さな六色の宝石が散りばめられており、照明の光で綺羅綺羅と反射している。宝石の大きさ的に魔法の発動を補助する物ではなく、親和性を上げるのが目的なのかもしれない。六属性を網羅しているし、持つ者選ぶとかそんな類の剣ではなさそうだ。富の象徴。そんな雰囲気を感じ取る。
店内をうろうろしていて目に留まったのは装飾品コーナーにあった一つの商品。勾玉?のペンダント。掌より少し小さい勾玉に、左右に一回り小さい勾玉一つずつ取り付けられている。日本の三種の神器として扱われる八尺瓊勾玉を想起させる形だ。
「へえ、カミル君はそれに興味があるんだ?」
不意に声をかけられ振り向くと、ジョアンが覗き込むように立っていた。
「なかなか見ない形のペンダントでしょう?でも、みんな見るだけで誰も購入はしてくれなくてね。父が店を引き継いだ頃に流れてきた商品だから、もう十五年から二十年は経っているかな」
「でもこれ、経年劣化を全然感じないんだけど?」
ジョアンの目がきらんと輝いたような気がした。
「そう、そこがこのペンダントの特徴でもあるんです。展示しているわけですから埃を被ったり、試着なんかで人が触りますから、手の油とか付くのが普通なんです。手入れはしっかりと行ってますから汚れはありません。でも、このペンダントは違います。我々が手入れをしなくてもずっと綺麗なままなのです。仕入れた時からそうだと父から伝え聞いています」
「何か不思議な力があるの?」
ジョアンは首を横に振る。
「残念ながら身に着けたからといって特に変化はないらしいのです。父が以前、実験的に身に着けていた時期があったのですが、汚れが付かない以外に恩恵はありませんでした。形もどこか儀式めいたようなものですから、好んで身に着けようと思う方が少ないのもわかりますけど…」
普段使いできる形じゃないとさすがに使いづらいのも頷ける。贈り物に選ばれる確率も低いだろう。汚れが付かないというだけでは手を出されない一品。
「単純に高くて売れないだけじゃないの?」
またもジョアンは首を横に振る。
「販売当初は物珍しさから、給金の一か月分ほどにしていたようですが、今ではちょっと贅沢な食事を取るくらいの金額なんです。いっその事捨ててしまおうかと考えたのですが、父が勿体ないことをするな!と騒ぎまして…」
商人であるなら商品を大事に扱うのも頷ける話ではありそう。
ジョアンに助けてもらった恩もあるし、日本との縁もある。
「じゃあ、そのペンダントいただくよ」
え!?とジョアンが大声を出す。店内にいる者すべての視線がジョアンに集まった。
視線に気づいたのかペコペコと謝りこちらに向き直った。
「同情心とかで購入されなくても良いですからね?半ばこの店のお守りみたいなものですから」
「そういうつもりで言ったわけじゃないよ。ちょっとその形の物と縁があって、これも巡り合わせ。俺に買わせてくれないか?」
ジョアンは少し悩んでいたが、うんと一つ頷くと口を開いた。
「わかりました。値が付けばこちらも商品です。お譲りしましょう」
「ありがとう」
商品を持って会計所に移動する。
さきほどの女性が対応してくれた。
「商品はお包みしますか?着けていかれますか?」
どうせなら両親から貰った宝石と一緒に身に着けて行こう。ただ、二つもペンダントをしていると、お互いがぶつかる度に音が鳴ってしまうし、傷が入ってしまうかもしれない。何とか組み合わせて一組にできないものだろうか?
「着けていきます。この宝石のペンダントを組み合わせて一つのペンダントにしたいのですが、可能でしょうか?」
横からジョアンが口を挟む。
「でしたらこの穴の部分に宝石をはめ込むようにするのはどうでしょう?」
ジョアンが勾玉の穴部分に宝石を通してみた。
「少し宝石の方が大きいですけど、金具で組み込めば綺麗に収まりそうです。ちょっと預からせていただきますね。工房で調整してきます」
勾玉と宝石を持って奥へと消えていった。
カンッ!カンッ!と幾度か高い音を響いた後、ジョアンは戻ってきた。
「こんな感じに仕上がりました。着けてみてください」
一体化したペンダントを受け取る。勾玉と宝石の繋ぎとして鋼か何かが使われているらしい。首に通してみる。身体を前後に動かしたり、腕を伸ばしたりして、身体に突き刺さらないか試してみた。
「うん、大丈夫そうだ。ジョアン、ありがとう」
「こちらこそ、お買い上げいただきありがとうございます」
商人モードのジョアンは深々と頭を下げてくれた。会計をしてくれた女性もジョアンに倣って頭を下げる。
「このペンダントを着けて都市外戦闘訓練も頑張るよ」
「はい、初めての現地で魔物と戦いますからね。僕も気合を入れていかないと!」
軽い談笑を終え、店を後にした。
明日は学園に入学して以来、初めて都市外へ出ることになる。目的は魔物との戦闘訓練を積むため。いくら戦闘技能が伸びたとしても、実戦になった瞬間に頭が真っ白になる者いる。場数を踏ませて慣れさせていくのが狙いの授業だ。小規模の冒険者パーティーも引率に加わるらしい。あくまで保険としての戦力。冒険者の駆け出しのパーティーにとっては楽な依頼であり、実績として数えられるので割と人気な依頼のようだ。
アズ村で魔族と戦って以来の対人戦以外の戦闘。期待と不安が渦巻いている。
実戦で武技を成功させることができるのか。武技という選択肢を選ぶ頭が戦場で残っているのか。
考え出すとキリがない。大人しく今日はベッドに滑り込む。万全の状態で挑まないとな。