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ep.65 要塞都市ザントガルツ

 国境門。

 帝元戦争の激戦が繰り広げられたこの場所は、当時の傷跡が残っているのか、大地の至る所が抉れている。魔法を使えば直せる大地をそのままにしているのは、戦争を忘れない為に意図的に残しているのだろう。

 目の前に聳える壁にも、その生々しい傷跡が残されている。何をどうやったら付くのか、巨大な爪で引っ掻かれたような跡まで付いている。その反面、門は綺麗なものだった。当時の戦争で傷付いているはずなのに、交換でもしたんだろうか?傷の少ない門には、竜―――ではなく六色の精霊?が描かれている。さすが、精霊信仰だった王国側の門だ。


 この世界では、古くからある建造物には六色の竜が刻み込まれているか、彫像が配置される傾向にある。精霊が象られるのは稀だ。


 王国兵に身分証であるギルドカードを提示して歴史的な大きな門を通過すると、1kmほど離れた位置にまた大きな門が姿を現した。どうやら、今潜って来たのは王国側の国境門らしい。各々の国で国境門を管理し、2つの門の間の土地は、有事の際の交渉の場として使わられるそうだ。国交が正常であれば特に気にする必要のない場所であるとニステルに教えてもらった。

 皇国側の国境門は、壁に傷という傷は見受けられない。この事から、攻め入ったのが帝国ということもあり、主戦場になったのは王国側の国境門付近だったことがわかる。こういった些細な情報を集めていけば、帝元戦争を回避したり、起こってしまっても戦火を最小に食い止める為に動きやすくなる。


 皇国側の国境門に差し掛かると「止まれ!」皇国兵に止められる。指示に従い、馬車がゆっくりと停車した。どうやら他国からの来訪者に対しての取り締まりは厳しいようだ。まあ、それも当然か。どんな火種を運んでくるかもわからない存在を、容易く通すわけもない。

「身分証を見せろ」

 鋭く強い声色で問う兵士は、およそ40代半ばを過ぎた 男性だ。そのすぐ後に20〜30代の兵士が5人控えている。皇国の兵士達が身につけている鎧は、帝国の鎧の面影など無かった。帝国が滅んだ後、生き残った帝国の民が国を興し、皇国を創り上げたわけでは無さそうだ。皇国の鎧は、いわゆる日本式の甲冑と呼ばれる物に近い形状をしている。色合いも紅鳶(べにとび)という控えめなものだ。もしかしたら、建国したのは日本と関わりが強いリディス族なのかもしれない。

 王国側の国境門を通過した時のように、各々ギルドカードを提示した。

 皇国兵は差し出された白いギルドカードを確認すると「魔力を流せ」指示を口にする。

 通常時はただの真っ白なギルドカードも、魔力を流せばギルドに登録されている情報が表示される仕組みだ。登録した本人以外が魔力を流しても情報は表示されない。本人確認と情報の確認を同時に行える便利な魔具である。

 一人ひとりギルドカードの確認を丁寧に行い、納得したのか皇国兵は頷いた。

「それで、皇国へは何をしに向かうんだ?」

「皇国へは一度も行ったことがないので、観光でもしようかと。まずは近場のザントガルツに向かう予定です」

 リアが代表として受け答えをする。

「それにしては身軽なようだが?」

 皇国兵はキャビンの中を訝しげに眺めている。

「なので、ザントガルツで皇国のギルドにも登録するつもりです。ある程度は稼いで来ましたけど、皇国の通貨に換金しないといけません。手持ちがどれだけ残るか不安もありますし、まずは旅費を稼ぎながら皇国の生活に慣れていくつもりです」

 リアの言葉を聞いても、皇国兵の表情は変わらない。

「では、入国税を納めてもらう」


 入国税。

 国を行き来する際に発生する税金である。国によって税率が変わるが、皇国の場合は銀貨30枚を納めることとなる。海を渡り密入国を試みる者もいるが、各国の海兵にいるネブラ族の感知魔法に(ことごと)く発見され、捕まっているのが現状である。密入国で捕まった場合、問答無用で強制送還され、10年の入国制限が課される。


 皇国兵に銀貨を渡すと、若い兵士二人を呼び付け金額の確認作業が始まった。三人分で90枚ともなると、数えるのも面倒だろう。

「最近、皇国では鬼の動きが活発だ。ザントガルツに着いたら鬼の情報を集めることを勧める。鬼との戦闘経験はあるか?」

 確認作業を部下に任せ、年長の兵士が問いかけてきた。

 鬼と聞いて真っ先に思い浮かんだのは、学園の技能講習で現れた角付の魔族。あれを鬼と呼ぶのであれば、強大な力を秘めた存在だろう。

「ありません。皇国は鬼が良く現れるのですか?」

「他国に比べて多い傾向にある。特に皇都のあるエジック山脈やエジカロス大森林のような木が生い茂る場所を好む傾向があるから、もし、皇都を目指すのであれば注意してくれ」

「ご忠告ありがとうございます」

 リアが兵士に微笑むと、「枚数の確認終わりました」勘定をしていた兵達から声がかかった。年長の兵士は頷く。

「では、通行を許可する。くれぐれも問題を起こさんようにな。皇国の民は温厚だが、限度を越えれば一気に牙を剥く。物理的にな」

 そう告げ、門の両脇へと整列していく。馬車が動き出し、その間を通り抜けていく。


 皇国。

 かつて帝国と呼ばれた土地は、1000年の歳月がどんな影響を与えているのか。自分が過ごした街並みは残っているのか。故郷のアズ村がどんな姿になっているのか。期待や不安、懐かしさとか、色んな感情が湧いて来る。どんな姿になっていたとしても、この目に焼き付けていかなければならない。いつか帰れるであろう元の時代をより良いものにする為に。

 変わらぬ青空を眺め、馬車はザントガルツを目指し進んでいく。



 王都を出て8日が過ぎ、遠目に要塞都市ザントガルツの姿が見えてきた。高い外壁に囲われ街の姿は確認することはできない。それでも外壁でも覆えないほどの特異な2本の巨樹が天高く伸びている。1本は緑が生い茂る青々とした生命力溢れる樹だ。大きさを除けば普通の木と変わらないのかもしれない。だが、もう1本の樹は明らかに可笑しい。灰色の幹が黒い葉で覆われているのだ。所々に赤い実を成らせ、毒々しい様相を呈している。あれが、魔族―――ダインとの共生の影響なのかも知れない。到着したら、まずはあの樹の情報を集めよう。人体にどんな影響を与えるか分かったもんじゃない。


 門の前に到着し、その開かれた大きな扉に目が奪われた。両開きの造り門の片方には、今までに何度も見てきた竜の姿が描かれている。だが、竜の数が足りない。黒だ、黒を司る竜の姿が無い。もしやと思い、もう片方の扉へと視線を動かしていく。すると、そこには黒色の竜と人が描かれている。人に身体を纏わり付けるように黒竜が戯れていた。特殊な意匠の扉ではあるけど、重要なのはそこじゃない。そこに描かれている人物が問題なのだ。


 扉に描かれている人物、それはオーウェン・イヴェスターだった。


 エジカロス大森林で遭遇し、帝城でゼーゼマンとやり合っていた人の言葉を介す魔族。それが何故ザントガルツの扉に描かれているのだろうか?帝元戦争時にダインが占領したと聞かされたけど、それは一時的なもの。この扉を造る時間的余裕も、造る意義も無いように感じる。造られたのはおそらく帝元戦争の後に起こる精霊の黄昏を越えた先だろう。


 オーウェンが扉に姿を刻まれるほどの何かを成した?


 いや、それなら歴史に名が残っていてもおかしくはない。

 ふと、グラットルさんの言葉が脳裏をよぎった。

『意図的に歴史を消し去らないといけない何かが起きた』

 帝元戦争、精霊の黄昏。一体何が起きたというのだろうか。オーウェンの名が残らないほどの何か……。


 考え事をしていると、門兵に止められ馬車がゆっくりと停まった。

「身分証の確認を行う」

 その言葉に思考が現実へと引き戻されていった。

「もしかして……、俺達王国のギルドカードしか持ってないから、また大金積まないといけない?」

 ギルドカードを得るまで、身分証を持たない俺達は王都を出入りするのに大金が必要だった。それならば、皇国でも同じ扱いをされる可能性だって十分にある。

「はははっ、王国でギルドカードを手に入れているのなら大丈夫。それは世界共通の身分証だからな」

 兵士の言葉に、ほっと胸を撫で下ろした。

「へぇ、そうだったのか」

 どうやらニステルも知らなかったらしい。

「私も初耳だ」

「え?リアも知らなかったの?」

 長く冒険者をやっているリアが知らないのは意外だった。

「私も国を跨ぐの初めて出しな」

 リアは気恥ずかしそうに視線を外し頭を掻いた。

 身分の確認が終わると「通っていいぞ」街に入る許可が得られた。馬車が動き出し、街の広場を目指し進んでいく。

 門を抜けたことで、石造りの住宅街が続いていく姿を確認することができた。建物は高くて3階建て。ザントガルツでは青い屋根が主流らしい。道幅はかなり広い。要塞都市ということもあり、物資の運搬がし易い設計になっているのだろう。中央には一際大きい城を想起させる建物―――砦が聳え立っている。要塞としての心臓部があの砦に収束されていることが容易に想像がつく。その証拠に左右の屋上に魔導兵器が配置されている。帝城で見たものよりも小型ではあるものの、1000年もの歳月で小型化に成功している可能性もある。小さいからと言って侮ることはできない。正面から見えるのは2機だが、おそらく背面側にも同じものが2機はありそうだ。すべての方角に対応していると思ってた方がいいだろう。

 門の外からでも姿を確認できた2本の樹は、中央の建物の東西に位置しているようだ。東の山側に緑の樹、西の国境門側に黒い樹となっている。

「ねえ、リア。あの樹って昔からあるものなの?」

 リアが顔を上げ、聳える2つの樹に視線を向けた。

「昔は1本の樹しか無かった。エジカロス大森林に住むエルフの手を借りて、ザントガルツに植え替えたらしい。私が産まれる遥か昔からあるみたいだし、少なくとも樹齢は2000年近くにはなっていると思う。だけど―――」

 黒い樹へと顔が向けられる。

「同等の大きさのあの黒い樹。少なくとも、帝国内にはあんな樹は存在してなかった筈だ。黒の元素の反応が強いから、魔族に占領されてから持ち込まれた樹なんだろうよ」

「魔族の樹……か」

 そんなものがあるのは正直怖い。でも、街中にはヒュムを初めとする様々な種族が行き交っている。顔色も良く、健康面での影響を受けているとは思えない。この街の環境に適応している可能性も捨てきれないけど、必要以上に警戒はしなくてもいいのかも知れない。


 南門側の広場に到着し馬車を降りた。

 広がる街並みを眺め、一歩帝国へと近づいたんだとしみじみと感じた。皇国にたどり着くまでの苦労を思い出され、少し感傷的になっているのかも知れない。

「ここが要塞都市ザントガルツか……」

 ファティやティナさんは、この街で生まれ育たんだ。血筋が続いているのなら、この街のどこかにアロシュタット家の屋敷があるかもしれない。ちょっと探してみたいかも。アロシュタットが名家であるなら、ニステルが何か知ってるかも?

「ねえ、ニステル。アロシュタット家って知ってる?」

「んなもん知らねぇよ」

 こちらを見ることもなく面倒くさそうな気怠い声が返ってきた。

「帝国では名家で知られてたんだけど、皇国だと存在してないんかな」

「俺は国内の任務に当たってただけだからな、諸外国の情勢はまったく知らねぇんだ」

「アロシュタット家って、ティナの実家だろう?確か砦の北側とか何とか言ってたな」

 リアとティナさんは同じ高位の冒険者パーティーともあって仲が良い。帝都で言葉を交わした時にもお家柄を知ってたっぽいし、屋敷の場所を知っていたとしても不思議ではないか。

「せっかくだから、時間ある時にでも見に行ってみない?」

「そうだな。土産話の一つにするのもありかもな」

 一人蚊帳の外にいるニステルは興味なさげに生あくびをしている。

「とりぃあぇず宿をぉ取らなぃとなぁ」

 あくびをしながら言葉を発したのか、間延びした声で目尻に涙を溜めている。

「ま、今日はのんびり過ごそう。久々にベッドでゆっくり休めそうだしな」

 昔の街並みを知るリアを先頭に、宿街へ向けて歩き出した。


 南門側の広場から道一本裏に回った場所にある宿を取ることができた。ただ、食堂の無い素泊まりのみの宿しか空いて無かった為、情報収集も兼ねて近くの酒場へと足を伸ばしてみた。

 空いている席に腰を落ち着かせ周囲を見渡す。ダインと共生しているという話だったけど、未だにその姿を確認出来ていない。給仕のお姉さんにそれとなく聞いてみれば「ダインの多くは北門側に住んでいるのよ。南門側に顔を出す人もいるけど、そこまで多くはないわね」同族同士固まって生活圏を作り上げているようだ。逆の立場だったら俺もそうするかも知れない。種族が違えば生活スタイルも変わってくる。それなら、同じような環境で生きる者同士が固まって生活していた方が安心感がある。ちょっと見てみたかった気もするけど、それはまたのお楽しみということで―――とはならなかった。

 酒場の扉が開かれ、三人組の男達が入って来た。黒い髪に紅い瞳、仄かに青みが混ざったような肌色の顔。直感的に彼らがダインであることを理解した。完全に感覚で捉えたわけではない。オーウェンという存在を既に見ていたからこそだ。彼の特徴と一致している。唯一違うとするのなら、瞳だろう。酒場に入って来た三人組は確かに紅い瞳をしている。けれど、煌々と赤く輝いてはいないのだ。それを差っ引いたとしても、黒髪を持つヒュムに出会うことはまず無いから、おおよそダインで間違いないと思う。

 彼らは、俺達のすぐ隣のテーブルを囲うとすぐに注文を始めている。

「あの三人はダインだろうな。聞いた外見そのまんまだ」

 ニステルはダイン達を一瞥し、それ以上彼らの方を向くことは無かった。まあ、人のことをジロジロと見るのは良くないだろうし、ニステルもその辺は弁えてのことだと思う。

「本当に共生してるんだ」

 感慨深く呟くリアは、魔族との戦いを思い出しているのかもしれない。

「うん、想像もつかない景色が広がってるね」

 魔族=排除すべき対象と捉えている俺達の時代では到底叶わない光景だ。魔族とダインの違いは何なんなのか。

「そりゃ、お前達の時代じゃ敵対してるんだから仕方ねぇさ」

「そもそも、言葉を交わすことが出来る魔族がいるってのも最近知ったばかりだし」

「まぁ今の形に治まるまでに、かなりの血は流れたみたいだがな」

 話し合いができるのならそれに越したことは無い。でも、言葉が通じない相手とはどう向き合うべきなのか。自分達を殺しに来る存在に対して、穏便に済ませることなど早々にできない。ましてや共生なんて夢のまた夢だ。

「魔族が皆、オーウェンみたいに対話ができれば良いんだけど……」


 ガタンッ


 すぐ近くで大きな物音が響いた。反射的に顔をそちらに向けると、三人組のダインの男達が険しい顔でこちらを眺めている。

 視線がぶつかり合う。

 とても友好的とは言い難いな……。

 店内が不穏な空気で騒めいている。「何だ?」「おっ?喧嘩か?」「余所者がダインに絡まれてるぞ」酒の入った客達は、思い思いに呟いている。

 穏やかなリアの声が店内に響く。

「何か機嫌を損ねるようなことでもしてしまいましたか?」

 こちらの様子を窺っていたダイン達は、少しの間を置いて口を開いた。

「あんたらに話がある」

 ダインの一人が給仕のお姉さんに「奥の別室を借りるぜ」それだけ言うと、カウンターの脇にある扉に向かって歩き出した。その後に続くように連れの二人も奥へと移動を開始している。

「おい、俺達はまだ応じるなんて言ってないぜ?」

 ニステルが座ったまま動じることなく言い返す。視線は何故かこちらを向いている。その瞳が「また面倒ごとを呼び込みやがったな……」そんなことを言っているように感じる。

 ダイン達が振り返る。

「別に来なくてもいいが、その場合はこの街のダインすべてを敵に回すことになるぞ。それでもいいのか?」

 有無を言わせぬ圧を感じる。先ほどまで穏やかだった紅い双眸が赤く輝き、俺達の知る魔族という存在を彷彿とさせた。

「ニステル、行くぞ」

 ニステルを促し、リアが席を立った。

「はぁ……」

 短い溜息を挟むと「わぁったよ」渋々と立ち上がった。

 俺もそれに倣い立ち上がると、リアを先頭にダイン達が促した扉の方へと歩いていく。

 その間にも、ダイン達の視線が刺さっている。俺達は何かをしてしまったのか?ダインに対する知識がないからどう判断すべきなのかわからない。

 ダインが前後に分かれ、俺達を挟み込む形で奥の部屋へと入って行く。

 部屋の中は特に変わった様子はない。20人ほどが会食を楽しめるほどの大きさの部屋に、テーブルが4つ離れた状態で置かれている。

 ダインの一人が部屋の奥へと進んでいき、俺達はその後を続く。

 連れのダイン二人は、扉を挟み込むように立っており、大人しく帰してくれるのか、一抹の不安がよぎった。

 部屋の奥にいる男は、腕を組み仁王立ちをして俺達の顔を見渡した。

「それで?俺達をこんな所に引きずり込んで何をしようってんだ?」

 ニステルに臆する様子など無い。

 部屋の奥にいるダインは、ニステルの言葉を無視してこちらを見ている。その瞳には赤い輝きが灯ったままだ。

「何故貴様は、オーウェンの名を知っている?」

 質問の意図がわからなかった。

「何故と言われても……。オーウェンは有名なんじゃないんですか?外門の扉にも姿が刻まれていることですし」

 カミルの言葉を聞き、ダイン達の眼光がより鋭いものへと変わった。

「偶然同じ名を知っている。その可能性も考えていたが……、それは無いようだな。扉に刻まれた()()を指してオーウェンと呼ぶってことは、俺達の知るオーウェン様と貴様の言うオーウェンは同一人物ってことになる」

 同一人物だからって何だって言うのか……。

「もう一度問う。貴様は何故オーウェン様の名を知っている?どこから仕入れた情報だ?」

 答えようのない質問に悩み、リアの顔へと視線を動かす。同じことを思っていたのか、リアと目が合った。

 悩んでいると、事情を少なからず知るニステルが代わりに口を開いた。

「質問の意図がわからねぇよ。オーウェンという名前を知っていたらどうだってんだ?」

 何故オーウェンの名前に拘るのか。様付けで呼ぶということは、ダインの間ではオーウェンは尊ぶ対象である可能性が高い。にも関わらず、名前を知っているだけで半ば強制的にこんな部屋にまで押し込まれた。

「知っていることこそが問題なんだ。存在を消された………、いや、消さざるを得なかった御方の名だ。事と次第によっては、このまますんなりと帰すことはできない」

 オーウェンの存在が消された?

「なら取引しないか?」

 リアの提案に、ダインの男は顔を顰めた。

「取引だと?そんなことが言える立場だと思ってるのか?」

 リアは怯まずに言葉を続ける。

「そっちだって出所がわからないんじゃ気味が悪いんじゃない?ここで私達を消したところで、オーウェンの名を知る人がまた出てきたら困るのは誰だろうね?」

「………」

 ダイン達はオーウェンの名前が広がることを望んでいないように感じる。しかもそれは、この国の歴史に関わっていそうな口振りだ。オーウェンの名が広まれば、不利益を被るのはダイン達なのであろう。

「悩んでいるようだね。取引する気にはなったかい?」

 リアは口元を緩ませながら煽る。

 ダインの男は目を伏せ、一瞬考える素振りを見せると、再びリアの顔を見据えた。

「お前達の望みは何だ……?」

 少しだけ口調が柔らかくなった気がする。

「簡単なことさ。帝元戦争からのダインが辿った歴史が知りたい」

 リアを見つめる瞳に侮蔑の色が浮かんだ。

「お前、俺の話を聞いていたか?オーウェン様の存在が消されたということは、それに関する歴史も消されている。教えられるわけがない」

「そうとも限らないよ。だって私達は帝元戦争が始まる前の時代からやって来たんだから。エジカロス大森林と帝都イクス・ガンナの帝城で、オーウェンの姿を見ているしね」

 リアの発言にぎょっとした。

「リア……、何言ってるの?」

 取引を持ち掛けておきながら、相手が欲しがっている情報をさらっと渡してしまっている。

「ふっ、ふはははははは」

 天井を仰いだダインの男の高笑いが響く。片手で顔を覆いながら項垂れ、首を左右に振った。「はぁ〜」短い溜息をつくと、煌々と輝く赤い瞳をリアへと向けられる。その瞳には怒りが宿り、憎々しげに睨みつけている。

「言うに事欠いて、過去からやって来ただぁ?ふざけるなッ!!」

 男の叫び声が室内に響いた。声は圧と成り空気を震えさせる。

 背後にいる二人の男からも刺さるような視線が向けられている。

 だが、リアは男の反応を気にしていない。

 こうなったら俺も腹を括るしかないか……。

 偽りを言えば一気に信頼を失う。なら、誠意を見せ、信頼を勝ち取るに限る。

 努めて冷静を装い男へと語り掛ける。

「リアが言っていることは本当ですよ」

 男の視線が動きこちらを睨みつける。その眼光に気後れしそうになる心を奮い立たせ言葉を続けた。

「俺達がこの時代にやって来た原因の一端は、オーウェン・イヴェスターにあるんですから」

 情報を小出しにして興味が引けるかどうか……。

「イヴェスター……。良いだろう、話くらいは聞いてやる」

 男の瞳の赤い輝きは鳴りを潜め、紅い瞳に戻っている。

「取引だって言ってるでしょ?信用してもらう為に先に情報を出してやったんだ。もちろんそっちからもそれなりの情報を貰えるんでしょうね?」

 抜け目なくリアが情報提供の確約の確認をしている。

 男の視線がリアへと移り「情報次第だ」譲る気などさらさら無いらしい。

 どちらにせよ、こちらから情報を出さないと話は平行線だろう。

「では、まずは外見的特徴から。左側だけツーブロックにしたゆるいパーマのかかった黒髪で、左耳に黒真珠を抱き込んだ十字架型の耳飾りを付けてました。黒い鎧で全身を覆い、黒い鱗状の大剣を自在に操ってましたね。何よりも特徴的だったのが、背中から生えた翼竜のような黒き翼」

 男の表情が変わることはない。でも―――。

「間違いない。その御方はオーウェン・イヴェスター様だ」

 感触は悪くない。多少は信じてもらえたか?

 腰に差した黎架(れいか)に手を添え、男に見えるように鞘ごと引き抜いた。

「オーウェンは黒い日本刀に興味を示し、前の持ち主を探しているようでした。訳あって形を変えてしまっていますが、これがオーウェンが興味を示した刀なんですよ」

 男は刀を一瞥すると、こちらへと視線を戻した。

「刀については知らんが、確かにその時期にとある人物を探していたのは確かだ」

 刀の事は知らないのか。何か情報が引き出せれば、元素を吸収する仕組みとか聞き出せたかも知れないのに……。

 黎架を腰に戻し、話を俺達がこの時代に飛ばされた経緯の説明へと移した。

「俺達は意図してこの時代に来たわけではありません。言ってしまえば、事故に巻き込まれただけなんです。帝城の玉座の間にオーウェンが襲来し、城が激しく揺れました。状況確認の為に城を駆け上がり、中庭に出たところで空中に浮かぶオーウェンと遭遇したんです。その後、帝国と一悶着あってオーウェンと帝国の貴族であるゼーゼマンが剣を向け合う形になり、激しい元素のぶつかり合いで生じた空間の穴に飲み込まれ、気づけばこの時代で目を覚ましたっていうのが事の顛末なんですよ。どこでオーウェンの名前を知ったかと聞かれれば、帝城でオーウェン自らが名乗ったのを聞いたからとしか言えません」

 そう、俺はオーウェンに直接名乗られたわけじゃない。たまたま帝城の庭園に居合わせて知ったに過ぎない。

 男は無言で何かを考え込んでいるのか、その紅い瞳を上に向け、左右にゆっくりと行ったり来たりを繰り返している。

 不意に男の視線がこちらへと戻ってきた。

「そのゼーゼマンなる人物が握っていた剣について詳しく話せるか?」

「ええ、詳しくは知りませんけど……。鍔にふんだんに宝石があしらわれた黄金に輝く装飾剣で、ゼーゼマンは元素の剣とか呼んでいたかと」

 再び男は考え込んでいる。

「おい、それって、クルス帝国に侵攻を決めた日のことなんじゃ……」

 背後から聞こえた声に、思わず振り返る。すると―――。

「お前は口出しするな」

 背後から静かに威圧する声が響いた。その声に、口を挟んだダインの男は身体をビクッと跳ねさせ「す、すまない……」部屋の奥にいるの男に素直に謝罪した。

 振り返った身体を奥にいる男に戻す。

「へえ〜、あの日の事が歴史に記されてるのか」

 リアの口元が緩んでいる。

 それは俺も同じだ。ダイン達の知識と俺の口にした言葉が確実に結びついている。これなら多少の信頼は勝ち取れそうな気さえしてくる。

「確かに、お前の言っていることは概ね正しいのかもしれん。だがそれで、時を越えたとかいう世迷い言を信じた訳ではない」

 思いとは裏腹に、信頼を得れなかったことが悔しかった。誠心誠意に応えれば思いは届くと信じていた。でも、届くことはなかった。

「なら、私達はダインに追われるの?」

「そうは言っていない。あくまで話のすべてを信じることはできないということだ。仮にお前達の話を信じるとして、お前達の時代に還ることはできるのか?」

「それは……」

 リアは言い淀み、目を伏せた。

「無いのだろう?なら、手を組まないか?」

「はっ?」「えっ?」

 リアと声が重なった。

「どんな理由であれ、オーウェン様のことを知っているのは事実だ。このまま放置することはできない。だからだ。だからこその提案だ。言葉で勝ち取れなかった信頼を、行動で示してみろ。俺達はこの街の治安の維持を任される存在だ。そこにお前達を組み込み、本当に信の置ける存在か見極めさせてもらう」

 男の言葉に、リアは怪訝な顔を浮かべている。

「とか言いつつ、監視下に置きたいだけなんでしょ?」

「ふっ、もちろんそれも込みだ。ここでお前達を放っておくのは、ただの阿呆のすることだろう?信じて欲しければ、せっせと働くことだな」

「ひとつ質問いいか?」

 俺達のやり取りに口を挟まず静観していたニステルが口を開いた。

「何だ?」

「それって給金は出るのか?」

 突飛な質問に、場が沈黙に支配された。

「ニステルって、ブレないよね……」

 あまりにもいつものニステル過ぎて、思ったことがそのまま口に出てしまった。

「都市の治安維持で迎え入れるわけだから、雇い入れることは可能だが……」

 さすがのダインも半ば呆れ気味だ。

 言質を取ったニステルがしたり顔で呟く。


「ならその提案、乗ってやるぜ」

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