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ep.64 旅立ち

 鏡に映る自分の姿に感情が昂った。変化に対する驚きと不安、本来の姿に戻って行く喜び、ここまで協力してくれたカミルとニステルへの感謝。いろんな感情が入り混じり、感情が爆発してどうしたらいいのかわからず、ただ声を漏らすのみだった。

 髪色は銀髪のまま戻っていない。でも、見慣れた耳の先が尖り、伸びていた。ティアニカさんやグラットルさんと同じ耳。本来のエルフの姿を取り戻しつつあるんだ……。

 頬を伝う涙に気付き、自分が泣いていることを理解した。

 産まれてから100年近く付き合ってきた姿との別れはやっぱり寂しい。自分が自分でなくなっていくようで、不安な気持ちは隠せない。でも、それを受け入れてくれる人達がいる。支えてくれる人達がいる。それがとても嬉しかった。だから私は、変化を受け入れることができたんだ。


「すぐには髪色までは戻らねーようだな」

 私の変化を見つめるグラットルさんはペンを走らせ記録をつけていた。

 カミルの持つ手鏡の前で左右に顔を動かし、自分の髪の状態を確認する。髪色がグラデーションになっていることもなく、見慣れた銀髪が広がっている。

「形を捻じ曲げられてた所から変化が起こるってわけなんかね?」

 私の姿を観察しながら、精霊の刻印が解除されるとどうなるのか、考察しながら丁寧に記している。

 そこから髪色の変化は訪れず、銀髪に長耳姿のエルフという異質な姿となっている。左手首の紋様は僅かに色が薄れているような気がする。

「身体の具合はどうだ?違和感がある場所ねーか?」

 全身に意識を向けていく。

「特に変な感じはしないですね」

「そうか……。刻印は単純にヒュムの身体に近づける為の封印みたいなものなのかもな」

「ヒュムの身体に近づける?一体何のことです?」

「エルフに精霊の刻印が施されたのが竜の時代の崩壊の時なのは知ってるな?」

「はい。元素が乱れ、精霊が世界の秩序を守る存在になった時ですよね?」

 グラットルさんは頷き言葉を続けた。

「じゃあ何故、エルフという種族のみに精霊の刻印が施されたのか、という点に疑問が残る」

 確かに、元素が乱れたことが原因なら、他の種族にも似たような刻印がされていても不思議じゃない。他の種族にはない紋様を持つエルフという種族は、選ばれた者として誇りに思って生きてきた。

「こっからはあくまでオレの推測なんだがね」

 前置きをすると、グラットルさんは自分が出した結論を口にし始めた。

「エルフの身体の作りは、他の種族とは違い元素の影響を受けやすい。そのせいか、エルフは精霊に近しい存在となっているんじゃねーかと考えている。元素の影響を受けやすいってことは、竜の時代の崩壊で起きた元素の乱れの影響を色濃く受けたんだと思う。そこで出てくるのが精霊の刻印よ。精霊がエルフという種族を守る為に、元素を分け与え身体に起きた異変を整え、一時的にヒュムに近い身体へと変貌させたんじゃねーんかな」

 筋は通っているように聞こえる。

「エルフの身体の特徴が、竜の時代と精霊の時代じゃ一致しねーんだ。竜の時代はしなやかな細身の身体を持っていたらしい。だが、精霊の時代になると筋骨隆々の身体を持つものが現れ始めるんだ。外見的特徴が一気に変わりすぎている。だからオレは、ヒュムの身体に近づけたんじゃねーかと睨んでる」

 エルフの身体の変質を信じるとして、そこで何故ヒュムという種族が出てくるのか?

「どうしてヒュムだと思われるのですか?」

「んなもん、見た目だよ」

 グラットルさんの視線がサイカさんに注がれる。

「ドワーフに寄せているのなら、身長はもっと低くなるはずだ。手に水掻きがついていないからネブラでもない。リディスに寄せたんなら髪色が正反対だし、回復魔法が使える可能性が高くなる。魔族―――ダインであるなら一目でわかるだろ?消去法でヒュムなんだよ」

「なるほど……」

 完全に納得はできないけど、間違っているとも言えない。

「お前さんも本来のエルフの身体に戻りつつあるんだ。元素への感覚が変わるかもしれねー。そん時はまた感想を教えてくれ」

「はい。ですが、近い内に私達は皇国へと旅立つつもりです。こちらに戻ってきた時になるかも知れません」

「それで構わねーよ。こっちも情報を貰えるだけありがてーし」

 許可がいただけたところで席を立つ。

「長々とお時間をいただきありがとうございました。これでおいとまします」

「おうよ。次来る時も、酒を忘れずにな」

 ちゃっかり催促されるも、今はその言葉すら心地良く受け入れられる。

 深々と頭を下げ、グラットル宅を後にした。


「それで?いつ皇国へ旅立つんだ?」

 いつも通りのニステルが問いかけてきた。

 コイツは本当にブレない男だ。散々私がエルフであることを疑っていたのに、いざ耳が長くなっても感想の一つもない。人の事情に深入りしない。それがニステルという男だ。それはそれで有難い時もあるけど、折角エルフの本来の姿を取り戻しつつあるのに、感情を覗かせないのは少し寂しさを覚える。

 だからちょっとだけ意地悪をしたくなる。

「そんなことより、私のこの姿を見て何かないの?」

 髪を耳にかけ、尖った長い耳がよく見えるようにニステルの方へ向け、表情を覗き見た。

 ニステルがチラッとこちらを見た。

「あぁ、本当にエルフだったんだな」

 それだけ言うと興味無さそうに視線を前に戻した。

 えっ?それだけ?コイツは女性を褒めるってことを知らないのか?

「そうじゃないでしょ?男性だったら、女性の容姿に変化があったらすることがあるでしょ?」

「????」

 途端にニステルが難しい表情を浮かべた。

 えっ?本当にわからないの?ニステルって18歳とか言ってたのに、女性関連には疎いの?

 ニステルと過ごした時間の記憶を辿る。

 そんなに長い時間を過ごしたわけじゃないけど、ニステルが女性になびく姿を見たことがない。

「ニステル、リアは褒めて欲しいんだよ。ようやく本来の姿に近づけたんだから」

 見かねたカミルがニステルを諭す。

「あぁ……」

 合点がいったのか、ニステルが再びこちらを向く。

「似合ってんじゃねぇか?知らんけど」

「ニステルーッ!」

 カミルの叫び声にニステルがカミルの方へと顔を向けた。

「んだよ……」

「それ、褒めてない!」

「そうなのか?ったく、女って面倒臭いのな」

「ニステル~ッ!!」

 叫び声が街に響く。恐る恐るカミルの顔がこちらへと向いた。

 そんなカミルに、私は満面の笑みを向ける。

 その笑顔を何と勘違いしたのか、どんどんカミルの顔が青ざめていく。

「まあ、ニステルはそんなヤツだよ」

 ニステルに失礼な反応をされたのに、心は穏やかだった。望んだ反応は返って来なかったけど、今はそんなことどうでも良いくらいに気分が良かった。

 カミルが露骨にほっと胸を撫で下ろしている。

「話は戻すけど、皇国への出発は明日にしようと思ってる」

「俺は別に構わねぇけど、だいぶ急だな」

「王国には馴染んで来たけど、依頼がな……。回転率を高めたところで、そんなに稼げない。それならいっその事、拠点を皇国に移した方がいいと思ってな。皇国の状況もわかるだろうし」

 旅費を稼いでいるのは皇国を見て回る為。王国で稼げないなら、この場にしがみついている必要がない。

「なら、まずは国境門からほど近いザントガルツを目指すのか?」

「この時代のザントガルツは無事なの?帝元戦争時に魔族………、ダインに占領されたらしいけど」

「俺は直接行ったことはねぇが、兵士時代の先輩が任務で向かった時は平和だったみたいだぜ?あぁでも、ダインとの共生をしている都市になってるって言ってたな」

「ダインと共生ね。他の種族が襲われていないなら、良いんだけど……」

 魔族との共生。

 私達の時代では考えられないのよね。そもそも、魔族が言葉を操るなんて信じられない。………でもないか。アルフでの技能講習の折に、初めて言葉を操る魔族を見た。存在しないわけじゃない。でも、言葉を操っていた角付の魔族は、私達に敵対的だったのよね。

「誰ひとり欠けることなく無事に帰還してたから、そんなに心配することはねぇと思うがな。何かしら問題が起きてりゃ、少なくとも王国軍には情報が入ってきてるはずだし」

「それもそうね」

 実際にザントガルツに行ってみればすべてわかること。この目で確かめないと。



 宿の前にたどり着きニステルと別れた。

 俺達も旅立ちの準備をしないとな。宿の扉を開き中に入ろうと踏み出した時、襟をグッと引っ張られ首が思いっきり絞められた。

「ぐへッ……」

「私達はギルドに向かうぞ」

 襟を引っ張るリアの腕にタップして首の解放を訴えた。だが、リアの腕にかかる力が弱まることはなかった。

 しまった……。日本式の降参の意味する合図を送っても通じない。

「ティアニカさん、この耳を見たらどう思うかな?喜んでくれるかな?」

 く、苦しい……。

 リアの意識は完全にギルドにいるティアニカさんに向いているらしい……。

「銀髪で長耳姿なんて、ある意味珍しいよね?ちょっと自慢したくなってきちゃった!」

 ああ、なんだか視界が白んできた……。

「カミルはどんな反応してくれると思う?」

「…………」

「カミル?」

 リアは振り返る。

「ギャーッ!?カミルッ!何があった!?」

 そこでようやく首を締め付けていたリアの手から解放されたのだった。


 危うく落とされるところで持ち直し、ギルドに向かって歩いている。

 舞い上がっていたリアは反省し、しょんぼりとしているが、慰めることはしない。下手をすれば意識を狩られていたのだから。

 そもそも、俺は一旦宿に帰らなければならなかったのだ。エピシロさんに借りた黒鷺を宿に置いたままにしてあり、王都を離れる前にギルドに預けなければならない。

 そのことを伝えると、リアは何度も謝り、宿に黒鷺を取りに走ってくれた。

 (はしゃ)ぐ気持ちはわからなくもないけど、せめてもう少し気を使ってほしいものだ。その細身の腕からは考えられないほどの力を秘めているのだから。


 リアと合流し、ギルドの扉を潜る。

 既に馴染んだ建物内を進み、受付にいるティアニカさんの元へと歩いていく。視線に気づいたのか、ティアニカさんがこちらを向き、リアの姿を見て驚いた。

「リアさん!その耳って!」

 どこか嬉しそうなティアニカさんに、リアが駆け寄っていく。向かい合って手を握り合う。

「そうなのっ!少しだけ戻ってきたっ!」

 そう言うと、二人は喜びを分かち合うように、カウンター越しに抱き合った。

 美形同士のエルフの女性二人が抱き合うと絵になるなぁ。

 女性二人が(はしゃ)ぐものだから、必然的にギルド内の視線が集まっている。当の本人達は気にした様子はない。報告もあるだろうし、俺はテーブルで黒鷺を使った感想でも書いておくかな。

 別の受付で羊皮紙を購入し、ペンを借りてテーブルに移動する。

 書ける内容なんてほんの一握りなんだけどさ。学園で使っていた剣に比べて、遥かに軽く斬れ味が鋭い。黒の元素云々は特に使う機会がなかったけど、魔力の通りは段違いに良かった。これがニグル鉱石由来なのか、エピシロさんの腕なのかわからないけど、俺みたいな未熟な腕でもかなり扱いやすかった。っと、肝心なことを書き忘れていたな。黄を司る竜オミナムーヘルとやり合っても折れはしなかったっと。

 ま、こんなもんだろう。

 書き終え受付に視線を向けると、二人はまだ会話に花を咲かせている。女性というものは、何であそこまで会話が尽きないのだろう?ティアニカさんの仕事に支障が出ない内に切り上げさせないと。

 黒鷺と感想を書いた羊皮紙を手に取り受付に向かった。

「すみません。荷物を預けたいのですが……」

 二人の会話に割って入った。

 きょとんとしたエルフ二人に見つめられ、少し居心地の悪さを感じる。

「えっと、そういったサービスは行っておりませんが?」

「すみません、何も知らないヤツなんです」

 ひどい言われようである。ギルドに預けろと言ってきたのはリアの方なのに。

「ギルドに依頼という形で荷物の受け渡しをお願いしたいんです。受け取りは―――」

 リアが手続きを済ませていく。

「ほら、黒鷺をテーブルの上に」

 指示通りに黒鷺と感想を(したた)めた羊皮紙をテーブルの上に置いた。

「はい、確かに。依頼料は銀貨1枚となっております」

 懐から銀貨を取り出しテーブルの上へと置く。

「はい、以上で依頼の受け付けは完了しました。ご利用有難うございます」

 リアと(はしゃ)いでいたのが嘘のように、営業用の微笑みを浮かべている。切り替えの早さに脱帽だ。

「それじゃ、金髪姿も楽しみにしてるからね」

 リアに小さく手を振り、俺達を見送ってくれた。

 これで思い残すことなく王都を離れることができそうだ。


 王都での最後の夜。

 荷物をまとめ、あとは寝るだけになった。

 ここ最近、寝る前のルーティンに念動力の鍛錬を組み込んでいる。安定しない蒼き輝きに頼れない以上、理外(りがい)の力の習得が急務となっている。食堂での鍛錬だけでは身に付かないと考え、魔力の続く限り検証をしているのだ。

 ドムゴブリンとの戦闘で起きた偶発的な力の行使。現象が起きた以上、条件さえ見つけることができれば発動させることは可能だと思うんだけどな……。

 意識的に発動させることが未だに出来ない。何がトリガーとなったのか。一番考えられるのは、念の強さだろう。蒼き輝きも命の危機に瀕した時に発動していたし、思いの強さが力に直結しているのは間違いない。でもそれは、発動のトリガーに成り得ていない。扱える者の少なさから、簡単に思いつく限りのアプローチの仕方ではないとは思うけど………。

 砲金色(つつがねいろ)の日本刀―――黎架(れいか)を鞘に収めたまま机の上に置く。ドムゴブリンとの戦闘で動かせたのは黒鷺だ。黎架なら条件が似たような武器だから、同じような条件にすれば動くのでは?という考えである。

 魔力を黎架に通していく。前の黒い日本刀の時よりも、魔力の通りに引っ掛かりがあるのを感じる。鍛冶師三人の努力の結晶とも言える黎架よりも、前の刀を鍛えた人の技量が上なのか、使われている材質の差なのかはわからない。でも、明確なのは魔力の通りが鈍くなったこと。通りにくくなったのなら、魔力に圧をかけてしまえばいい。

 黎架に流す魔力量を高め、一気に刀全体に行き渡るように流し込んだ。

 黎架が淡い白色の光に包まれ輝いているように見えた。

 ん?これって、圧縮魔力と同じ原理が働いたのか?

 魔力の通りが悪いものに、無理やり魔力を注ぎ込むと、圧縮魔力と似たような現象が起こるらしい。新しい発見ではあるけど、今俺が欲しているのはそんなことじゃない。黎架に触れずに操る力が欲しいのだ。


 今日も収穫はなし。

 諦めてベッドに倒れ込んでいく。バフッと沈み込む身体を布団が優しく受け止めてくれる。

 せめてちょっとでも浮かんでくれたのなら、頑張り甲斐があるってのに。

 頭の中で愚痴りながら意識を手放していった。


 カミルが瞳を閉じた頃、魔力を帯びた輝きを放つ黎架は静かに、でも確かに机から3cmほど浮かび上がっていた。当の本人は、その現象に気付いていない。眠りに入る前に、思ったことが現実では起きているというのに。



 夢を見た。

 三重と呼ばれる大地を自動車で移動していた。高速道路を延々と走り、伊勢と呼ばれる場所を目指している。そこは日本ではとても有名な場所。

 そう、かつて彼の中で一緒に向かった思い出の地。俺はそこで聞いたはずなんだ。

 でも、その言葉が思い出せない。忘れちゃいけないと、強く刻み込んだはずなのに。

 その地で祀られる太陽神にまつわる言葉だったような………。


 ガチャンッ


 金属がぶつかり合うような物音で目が覚めた。

 どうやら、布団に倒れ込んでそのまま寝てしまったらしい。

 半身を起こし、音がした方を見てみた。

 机の上にあるのは、念動力の鍛錬で使った黎架だ。それが机の上に転がっている。

 バランスでも崩して倒れたのか?

 駄目だ、眠くて瞼が上がらない。

 一度立ち上がり、布団の中に潜り込んだ。

 途端に意識が微睡みの中へと落ちていく。



 夢の続きを見たような―――、曖昧な記憶のまま目が覚めた。

 とても神聖な場所にいる夢だったような?妙に心が落ち着いている。よく寝れたお陰かな?

 身体を起こし、射し込む朝日を身体に浴びた。

 うん、朝日の気持ちよさは異常だ。心を包みこんでくれる優しさを感じることができる。

 一度伸びをし、頭も身体も目覚めたところで顔を洗いに行く。

 今日は皇国領へ旅立つ日だ。頑張らないと。

 着替えを済ませ、荷物を持って食堂へと降りていった。


 食堂には、既にリアの姿があった。

 目に入ってくるのは、質の良い銀髪の横にある長く伸びた耳。

 そうだ、リアはエルフの姿を一部取り戻したんだ。

 いつもと一緒だけど、いつもと少し違う朝の風景。リアの隣に移動して声をかける。

「おはよう、耳が長い姿も良いね」

 リアの表情が柔らかくなる。

「おはよう。朝っぱらから口説きに来るとは、カミルはよほど長耳エルフ好きと見た」

「ははっ、何それ?でも、俺の中のエルフのイメージはやっぱり長耳だから、あながち間違いじゃないかも?」

 給仕のお姉さんにアイコンタクトして注文を通してもらった。

「日本って夢の中での話でしょ?よく現実の世界まで理想を持ってこれたね。まあ、実際にはカミルの言ってた通りの金髪長耳エルフだったわけだけどさ」

「ヒュムからしたら、それだけ魅力的に見えるんだよ」

「ふ〜ん、そういうものなのか」

 そう言うと顎に手を当て考え込んでいる。

「急にどうしたの?」

 リアがこっちを見たと思ったら、すぐに視線を外された。顔を伏せ気味に、上目遣いで聞いてくる。

「す、少しだけなら、さ、触ってもいいぞ―――」

 ん?リアがバグった??

「なにゆえ?」

 咄嗟に出た言葉がこれだった。

「み、魅力的なんだろ?熱い視線を送ってくるくらいには……」

 長い耳が真っ赤になっている。伸びた分、恥じらいがすぐに耳に出てしまってわかり易い。

 けど………、熱い視線なんて送ったかな?確かにいつもより伸びた耳を見てた気がするけど。

「魅力的だからって、触りたいってことじゃないよ?」

 それではただの変態ではないか。

「そうかい、そうかい。お世辞を真に受けた私が馬鹿だったよっ!」

 顔を真っ赤にしてそっぽを向く姿は可愛らしかった。だからつい………。

「せっかくだし、ちょっと触らせて貰おうかな〜?」

 真っ赤な顔でこちらを睨むと……。

「もう、遅いっ!」

 すごい剣幕で怒鳴られた。


「お客様」


 声のする方へ二人して顔を向けると……。

「他のお客様のご迷惑になります。お静かに」

 笑顔の圧の強い給仕のお姉さんに怒られてしまった。


「「はっ、はい!すみませんでしたっ!」」


 必死に謝り、運ばれてきた朝食を静かに黙々と食べ、宿を後にした。

 なんか、食べた気が全然しないよ……。


 どんよりとした空気のまま、集合場所の北門にたどり着いた。

 既に到着していたニステルに「また何かやらかしたのか?」疑いの目を向けられてしまった。なんでいつも俺がやらかす前提なの!?あながち間違いじゃないけどさっ!

「ザントガルツまでは1週間ほどかかりますが、準備はよろしいですか?」

 事前に依頼しておいた御者に問われると「はい、大丈夫です」不穏な空気のまま答える羽目になってしまった。

 御者はから笑いを浮かべ「どうぞお乗りください」促してもらい、馬車の中へと入っていく。

 馬車で旅する直前に何か気まずい空気になることが多くなってきた気がする。観光気分でのんびりと進みたいんだけどな………。

 世の中うまくいかないものだ。


 馬の(いなな)きと共に馬車が動き出した。

 慣れた土地を離れると、無性に寂しさが募ってくる。

 またここに戻ってこよう。そう思わせてくれる優しい都だった。

 次に向かうザントガルツはどんな都市だろうな。

 確か、ファティとティナさんの実家があるところなんだっけ?そう思うと興味が湧いてくる。

 ザントガルツでも、良い出会いがありますように。

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