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ep.63 真実と向き合う刻

 南門からほど近く、庭から高く伸びた一本の木が平屋を覆っている特徴的な建物。そこに目的の人物、歴史研究家であるグラットル・イェルが住んでいる。精霊の刻印―――紋様を解く手がかりを持つ人物だ。紋様に込められた緑の元素を取り除く方法を教える代わりに、グラットルが求めたのは希少な鉱石であるオミナ鉱石だった。ザイーツ洞穴で1ヶ月採掘を行って1個出てくれば良いとされるほど、入手することが困難な代物を要求されたのだ。何故か、ハロルドの手から齎されたオミナ鉱石を持ち、カミル、リアはニステルを引き連れて南門近くまで来ている。


「あの木が平屋を飲み込んでるのが、グラットルさんの家だ」

 先頭を歩き案内をするリアの足は、心做(こころな)しか弾んでいるかのように見える。ニステルと合流した時には、いつもの調子で「ありがとな」感謝の気持ちを伝え、その感情を上手く隠していたというのに。

 リアの後を歩いていくと、ニステルが耳打ちをしてきた。

「なあ、あれって明らかに喜んでるよな?」

 いつもとは違うリアの様子にニステルが不審がる。まるで気持ちの悪いものを見たとばかりに歪む表情が物語っている。

 リアへと視線を向ける。

 今のリアの姿を見た人なら誰しも、何か良いことがあったんだと感じるはずだ。時折見せる控えめなスキップが、抑えられない感情を良く表している。

「本来の自分の姿を、それだけ待ち望んでいたってことでしょ?無理もないって」

 居心地が悪そうなニステルの手には、グラットルさんへの手土産として『オモイカネ』の酒が握られている。

「まあ、無愛想な顔されるよかマシか」

「そうそう。穏やかなのが一番さ」


 グラットルさんの家に着き、リアが扉をノックした。中からごそごそと音がし、玄関に向かって歩いてくる音が響いてくる。

「はぁーい」

 初めて訪れた時と同じ間延びした返事と共に扉が開かれた。長い金髪をポニーテイルにした見た目が30歳ほどのエルフ―――グラットルさんが顔を覗かせる。こちらの顔を一通り見回す。

「ん?どちらさんだったかね?」

 首を傾げ悩み始めた。どうやら俺達のことを忘れているらしい。

「リアスターナ・フィブロです。オミナ鉱石の採掘を頼まれた者ですよ」

 精霊の刻印が施されている左手でオミナ鉱石を握り締め、グラットルさんに見せつけた。

 途端にグラットルさん瞳が鋭くなった。目を細め、鉱石が本物かどうか見定めようと顔を近づけている。

「ふぅむ、とりあえず中に入れ。詳しい話を聞きたい」

 グラットルさんに促され、家の中へと入っていく。前回来た時と同じ、10人ほどが座れるテーブルがある部屋へと通された。

「まあ、適当にかけてくれ」

 グラットルさんの対面にリア、左右にニステルと俺が腰を下ろす。

「前回来た精霊の刻印持ちのエルフだったな?」

「はい。約束通りの品をお持ちしました。お納めください」

 リアがニステルに向かって顎で指示する。

 ニステルは面倒くさそうに頭を掻くと、テーブルの上に置いていた酒をグラットルさんの方へと差し出した。

「『オモイカネ』の中でも、高品質の1本です」

 グラットルさんの頬が緩む。

「催促したようで悪いね」

 実際に催促したような態度ではあったんだけど、そこをツッコむのは、ね?

 グラットルさんの手が酒に伸び、身体の脇へと移動させる。

「それから、こちらが頼まれていたオミナ鉱石です」

 テーブルの中央にオミナ鉱石を置く。

 だが、グラットルさんは訝しげな表情を浮かべている。

「これは本当にオミナ鉱石なのか?半年くらいはかかるもんだと思ってたんだが」

 なるほど、持ってくるのが早すぎて偽造品ではないかと疑われているらしい。貴重な鉱石であれば目にする機会も少ない。一目見だけでは本物のオミナ鉱石と判断できないというわけだ。

「とあるエルフの方から譲られた物なんです」

 グラットルさんがこちらへ向いた。

「エルフ?いや、そこはいいか……。貰いもんなら余計に信用ならねーな」

「では鑑定に出して見ましょうか?」

 正直、俺自身にも本物である確証はない。本物だと信じたのは、命を張って戦っていたカミュンの姿と、感情を表に出さないハロルドさんと正面から対話したからに過ぎない。秩序を守るという六色の竜に関わり、誠実な人の多いエルフという種族であること。それを踏まえて信じる価値はあると判断したのだ。

「いや、それには及ばねーよ。そもそも、オミナ鉱石を欲しがってるのが細工が得意なドワーフでな。そいつは素材の目利きができる。ひとっ走りして呼んで来てくれねーか?」

「構いませんけど、その方はどこにいらっしゃるのですか?」

「広場にある酒場の路地裏に店を構えてんだけど、『ヒメジマ』って貴金属を扱う店なんだが、知ってっか?」

「いや……、わかりません」

「あぁ、あのガキみてぇな店主のとこか?」

 グラットルさんの視線が、ニステルへと向いた。

「知ってんなら話は早い。兄ちゃん、行ってきてくれねーか?」

 ニステルに視線が集まった。

 少なくとも、土地勘のない俺達が向かうよりも速くて確実だ。

 集まる視線に嫌な顔を浮かべながらも「はぁ、わぁったよ。でも、走る気はねぇぞ……」渋々ながらも引き受けてくれる。

「さすがニステル!頼りになる!」

 (おだ)てて機嫌を取ろうとしたけど。

「何こんな時だけ褒めてんだよ。魂胆は見え見えだっつぅの」

 ジト目をされてしまった。

「ニステル」

 リアの呼びかけにニステルが視線を向ける。

「任せてもいい?」

 肩を竦め「わぁったよ」席を立ち、玄関へと歩き出した。


「さぁて、兄ちゃんが戻って来るまでこの酒の味見を―――」

「グラットルさん」

 グラットルさんの言葉に被せるようリアが呼びかける。

 酒に向かっていた視線がリアへ向けられた。

「ニステルが戻って来るまで、帝国の侵攻から精霊の黄昏までの歴史を教えていただけませんか?」

「そー言えば、あんたら教養が無いんだったな……。でもまあ、歴史に興味を持ってくれるのは悪いことではないな」

 グラットルさんは席を立つと、本棚に収められていた分厚い本を1冊取り出し机の上に乗せる。こちらに向きを直して頁を捲っていく。竜の時代から精霊の時代に頁が移っていき、帝国が侵攻を始めた年の記述のところまでやってきた。

「帝国が一番初めに侵攻を開始したのは竜暦1215年。17代皇帝キーステッド・ログ・クルスが即位してすぐのことだった。皇帝が最初に行ったのは戦争の準備だった。挙兵を促し、要塞都市ザントガルツに兵を集結。国境門へと進軍し、アマツ平原にて大規模な攻防が繰り広げられたようだ。クルス帝国には優秀な騎士が多く、ザイアス王国は苦戦を強いられ一時は王都付近まで追いやられた。だが、帝国の行いを良しとしない冒険者達が王国側に加勢したことにより、戦線は押し戻され国境門まで後退。長きに渡り硬直状態が続いたらしい。その状況に耐えかねた帝国側は砂港トゥアスより船団を形成して、スフィラ海峡を南下。港町ジスタークを占拠し、王都アルアスターを直接攻撃し始めたんだ」

 シクロッサさんに聞いた内容のとこだ。戦争が始まってそう間もない頃の出来事だったらしい。

「王国軍が国境門まで出張ってたのが裏目に出て、王都の壁の一部が破壊されたとされている。だが、王都に攻め入る間もなく戻ってきた前線の王国軍との挟撃に遭い、ジスタークまで後退。帝国船団は帝国領へと引いて行ったんだと。その帰りにスフィラ海峡で白い炎の柱がいくつも立ち昇り、帝国船団は壊滅したとされている」

 白い炎。

 思い当たるのは天技の聖火を持つカナンさんかクヴァが扱う白炎だけど、帝国側の人間である二人が船団を攻撃するとは思えない。そう言えば、シクロッサさんは火の精霊ジスタードの逆鱗に触れたとか言ってたっけ。


「すみません」

 唐突にリアがグラットルさんに呼びかける。

「なんだ?」

「紙とペンをお借りしたいのですが、もちろんお金は支払いますから。その、お聞きした内容を忘れないように記しておこう思いまして……」

 その言葉を聞いたグラットルさんは嬉しそうに「ちょっと待っとけ」奥の部屋へと姿を消し、紙とペンをリアへと渡した。

 何であんなに嬉しそうなのか……?歴史研究家だから、歴史に興味を持ってくれたから嬉しいのか?単純に同志と思われたのか?


 コホンッ。咳払いを挟み言葉を続ける。

「海からの侵攻に失敗した帝国に更なる試練が訪れることになる。ルナーナ大陸と呼ばれるエンディス大陸の南東に位置する島から、大量の魔族が帝都イクス・ガンナに向かって侵攻を開始したんだ。魔族は自らをダインの民と名乗り、ルナーナ大陸からほど近い港町フィースから上陸。エジック山脈を迂回するように西へと侵攻し、ザントガルツに押し寄せた。王国と戦争状態の中、ダインの民が流れ込んできたら、帝国がどうなったか予想できるよな?」

「帝国軍に甚大な被害が出た?」

 リアが言葉を口にすると、グラットルさんは頷いた。

「そう。国境門での攻防戦が繰り広げられている最中、ザントガルツからの補給路、退路を断ち切られた。その結果、国境門で孤立した帝国軍は壊滅。ダインの民は王国軍の相手をせず、ザントガルツへ攻め込んだ。王国軍はダインの民が攻めて来ないことから国境門を越えて攻め入ることはせず、帝国とダインの民との戦闘を静観し続けた。兵力を欠いたザントガルツは、ダインの民の侵攻を食い止めることができずに決戦の舞台となる帝都まで後退することになった」

 話を聞く限り帝国は劣勢を強いられたようだ。でも………、帝城で見た巨大な炎弾を生み出していた玉座の間の左右に存在する魔導兵器。あれが戦争で使われたとするなら……。オーウェンの一件で帝城の守りが強化されているなら……。帝都に攻め込むリスクが高すぎる。そこにゼーゼマンが振るっていた装飾剣が加わってしまうと………。


 凄惨な戦場を想起してしまい、カミルの表情が見る見る内に青ざめていく。目の焦点は合わず心此処にあらず、そんな姿を晒していた。

 その姿に気付いたグラットルは「どうした?具合でも悪いのか?」心配そうに声をかけた。

 カミルははっとグラットルの目を見つめた。

「いえ………、ちょっとその光景を想像したら気分が悪くなってしまいまして………」

 リアが心配そうに覗き込む。

「深く考えるなって。これは歴史なんだよ?今カミルが何を考えたって歴史は変わらないでしょ?私達ができるのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それだけなんだから」

 自分達が過ごした時代に戻った時に必要となる知識だから聞いておけ、そう言いたいのだろう。

 顔を両手で叩き、自分に喝を入れる。

「お、おい……。無理する必要なんてないだろ」

 グラットルさんがびっくりした表情を浮かべている。

「い、いえ。大丈夫ですから続けてください」

「まあ、ぶっ倒れねーようにな」

 心配そうな顔はそのままに、続きを語り出した。


「帝都での決戦が始まると、帝都に備えられた魔導兵器がダインの民を屠っていくことになった。曰く『魔導兵器の一撃は1000ものダインの民を消し去った』とされている。回転率は高くなかったとされているが、問題はその数。玉座の間の左右の外壁に取り付けられた2つの砲門に、可動式の4つの砲門が城下町に配置されていたらしい。1つにつき最低1発と考えても、それだけで6000近くのダインの民が犠牲になったと考えられている」

「6000……」

 頭がおかしくなりそうな数字だ。魔導兵器だけでその数字なら、戦争全体でどれほどの犠牲者が出てしまったのか………。

 でも、それが戦争なんだ。戦うということは、人の命を奪うということ。そうすることでしか、自分自身を守る術がない。

「強力な魔導兵器が、何の代償も無く稼働させられると思うか?」

「魔法と同様に元素を核としているのなら、大量の元素の利用で周囲の元素濃度が著しく下がる………とか?」

 リアの言葉に、グラットルさんが頷く。

「そうだ。すべての魔導兵器が同時に稼働したとするのなら、帝都周辺の元素が枯渇気味に陥ったはずだ。いくら放った元素が世界に還元されていくとはいえ、極端な元素の消費は元素の調和を乱す。それを敏感に感じ取ったのが、エジック山脈とエジカロス大森林に住むエルフ達だ。緑の元素に選ばれし金髪のエルフが同族を束ね、ダインの民と共に世界を乱す帝国へと攻め入ることになった。精霊時代にも金髪のエルフが登場している辺り、元素の乱れは壊滅的だったのかもしれねーな」

 違う。帝国が戦争状態に入る前にすでに金髪のエルフは存在していた。エジカロス大森林で黒い日本刀を差し出してきた金髪のエルフ―――サティエリュース・イル・フルールと既に出会っているのだから。彼女がどういった経緯で精霊の刻印を取り除いたのかはわからない。でも、エルフを率いて帝国に攻め入ったのは、サティである可能性が高い。


「元素の乱れを感じ取ったのは、エルフだけではない。精霊達もまた、異変の中心地である帝都に集うことになる。精霊達が動くということは、精霊信仰の厚い王国が再び戦争に介入してくるということを意味する。こうして、エンディス大陸全土を巻き込む大きな戦争へとなってしまったわけだ」

「発端は帝国の侵攻で間違いなさそうですけど、侵攻した理由はわかっているのですか?」

 リアがペンを走らせながら問いかける。

「確定的なことは書かれてねーけど、帝国がエンディス大陸を統一したがっていたという記述はあったな」

「理由はわからずですか………」

「わかってねーのはもうひとつある。この帝元戦争がどうやって終結したかなんだ。文献がまったく見当たらねーのよ。行く末を見守ることができた人物が戦争で息絶えたか、或いは意図的に歴史を消し去らないといけない何かが起きたか、だな。この後の出来事は端的にしか書かれていない。帝国が滅びたこと。その際に帝都で大規模な爆発が起きたこと。その後、精霊の黄昏へと繋がっていくこと。そんなところだ。まあ、裏の取れない文献はこの本にも書き記されていないだけだから、各地を巡ればまた新しい情報が出てくるかもしれねーな。何にせよ、17代皇帝キーステッドは皇帝の器じゃなかったということだけは確かだな」

 戦争の進行情報は詳しく聞くことはできなかったけど、事の発端が分かったのは有り難い。元の時代に戻れたら、ラウ騎士団長に相談してみよう。

「「ありがとうございます」」

 リアと共に感謝の言葉を口にした。

「なーに、酒を頂いたからな。オマケってやつだ」

 そう口にしながら傍らの酒へと手が伸びていた。


 竜暦1215年に戦争が始まる。その年は、俺がアルフの学園を卒業して1年後ということになる。元の時代に戻れたとして、期限は5年ほど。それまでに成し遂げなければならないのは、第2皇子であるキーステッド・ログ・クルスの即位を未然に防ぐこと。そこをクリアできれば、帝都が戦場になることはない。魔導兵器が使われなければ、元素が大きく乱れる可能性は低くなるだろう。

 でも、それをどうやって実現する?政治的な根回しなんてできるはすない。俺達の声を聞いてくれそうなのは、ガナード・ラウ騎士団長かソル・グロワーズ副騎士団長、クヴァ辺りしかいない。ゼーゼマンが確実に第2皇子を推してくるはずだ。その為にハーバー先生をダシに使って皇帝の権力を削いでいるわけだし……。現時点で既に状況が悪すぎる。

 なら、魔導兵器の有害性を説くのはどうだろうか?元素の乱れを招くこと指摘すれば調査は入るか?………オーウェンの一件があってから、守りを固める動きが活発になりそうなのが痛いところだ。卒業後に騎士団に潜り込んで、戦争前に破壊してしまうか……?でも、6つの砲門すべてを同時に破壊するなんて不可能に近い。

 となると、帝国以外の要人に接触するしか無くなるが………。

 元の時代のフィルヒルに謁見できるだけの身分と成果を出すには1年じゃ短すぎる。学園を諦めたとして、半端な実力で王国軍内で発言力を持つのは現実的ではない。

 頼みの綱はサティ辺りしかない。住んでる場所も分かってる上に、幸い嫌われてはいないだろうし。

 オーウェンは話せれば何とかなりそうだけど、ルナーナ大陸に渡らないといけないとなると、かなり絶望的だ。

 精霊達に接触できる人に巡り会えれば、まだ可能性が出てくるかもしれない。未来視ができる人物がいるかもしれないアクツ村に向かうのが一番なのかもな……。


 得た帝元戦争の情報を元に頭をグルグル働かせていると、玄関の方から扉が開く音が聞こえてきた。そういえば、ニステルが出ていった後に鍵を締めていなかった。

廊下を歩く足音が響き、ニステルともう一人、深紅の短髪をセンター分けにしたちょび髭の男性が入ってきた。見た目は15歳くらいと若いが、ドワーフなら見た目だけでは年齢を判別することができない。

「今戻った」

 ニステルは自分が座っていた席に腰掛け「ふぅ」とため息をつきながら、ぐでんと椅子にもたれ掛かる。

「よう来たな。とりあえずオレの横にでも座ってくれ」

 グラットルさんがドワーフの男性を横に座らせた。

「こいつが『ヒメジマ』の店主のサイカ・ロロタウルだ」

「どうぞ宜しく」

 座りながら頭を下げてきた。

「こちらこそよろしくお願いします」

 こちらを一瞥すると、グラットルさんの方へ向いた。

「で?肝心のオミナ鉱石はどこだ?」

「これだよ、これ」

 酒と一緒に脇に避けられてたオミナ鉱石をサイカさんの前へと持っていく。

 サイカさんはオミナ鉱石を手に取り、重さを確認したり、ルーペで表面を観察し始めた。魔力を流してみたり、ルーペの縁で叩いて反響音を確かめていた。

 カミュン達を疑うわけではないけど、こうして鑑定されながら待つ時間というのは緊張する。これは俺の精神力が未熟なだけかもしれないんだけどね。

 一通り確認し終えると、最後に光に翳して透過具合を確認し始めた。

「どう、ですか?」

 確認が終わる前だと言うのに、ついつい言葉が出てしまう。

 サイカさんはオミナ鉱石をテーブルの上に置く。こちらをみると。

「本物だ」

 短く鑑定結果を伝える。

 その言葉を聞いて胸を撫で下ろした。ここまで来て偽物なんてことになったら、また採掘に向かわなければならない。そうならなくて良かった。

 リアの表情も穏やかなものになっていた。

「それでは、紋様を解く方法を教えていただけるのですね!」

 弾むリアの声が響く。

「紋様?何の話だ?」

 サイカさんはグラットルさんに問いかける。

「目の前の女性は、実はエルフなんだよ。と言っても、何故か昔の姿を維持したままなんで、オレらみたいな本来の姿に戻りたいって言うんでな?それならオミナ鉱石を採りに行けって言ったんだよ」

 途端にサイカさんの目が蔑んだものへと変わっていく。

「お前な……。確かにオミナ鉱石を持ってくれば借金をチャラにしてやるって言ったさ。それはこの鉱石を手に入れる為に、相当な苦労をするはずだからなんだよ!お前の借金癖を治す為に提案したってのに、肝心のお前が楽をしてどうすんだッ!!」

 どうやら、グラットルさんはサイカさんに対して借金癖があるらしい。そのツケを払わされたのが俺達か……。

 はははっ、とグラットルさんは笑い飛ばす。

「賢い選択だったろ?金を稼ぐには頭を使えってな!身体を張ることだけが、稼ぐ手段じゃねーてことさ」

 サイカさんは片手で顔を覆うと、左右に頭を振ってため息をついた。

「というわけで、オミナ鉱石は無事に手に入れたわけだし、精霊の刻印が取り除けるかも知れない手段を教えようじゃねーか」

 そう言うと、席を立ち奥の部屋へと消えていく。ガサゴソと何かを漁る音が聞こえてくる。「あった、あった」何かを見つけたようで、手に何かを握り戻ってきた。

「これを使えば、理論的には緑の元素を取り除ける筈だ」

 テーブルの上に差し出されたのは、光沢のある花緑青(はなろくしょう)の細身のバングルだった。

「これは風縛石(ふうばくせき)と呼ばれる周囲の緑の元素を吸収していく石を材料にして作られているバングルだ。そのまま置いておいても緑の元素を吸い取ってくれるが、触れているものに緑の元素が含まれているものがあれば優先的に吸い取ってくれる代物なんだ」

 リアの視線はバングルに釘付けだ。

「つまり、これを常時身に付けておけば、精霊の刻印から少しずつ緑の元素が取り除かれていくと?」

 リアの手が恐る恐るバングルへと伸びていく。

「前も言ったが前例がないことだから確証はねえ。だが、やってみる価値はあるだろう?」

 グラットルさんの口角がニッと上がる。

「着けてみろ」

 リアの顔がこちらへ向く。いざ目の前に置かれると踏ん切りがつかないようだ。姿が変わるかもしれないのだから、不安なのかもしれない。それでも、リアが望んだことだから、俺はそっと背中を押してあげればいい。

「大丈夫だって。姿が変わったとしても、リアはリアのままなんだから」

 リアは無言で頷き、バングルに手をかけた。左手首にある紋様まで持っていくと、ゆっくりと腕に収まっていく。

「どう、かなぁ?」

 瞳の奥に不安の色が漂っている。

「似合ってるよ。服の色合いとも合ってるし」

 すると、不満そうに顔で訴えてくる。

「ありがとう。でも、そうじゃないでしょ?その……。今の私の姿……、変化してる?」

 そう呟くリアの姿には変化がない。髪色は銀だし、耳も丸みを帯びている―――帯びてるか………?

「リア、耳に変な感触ない?」

「さっきから少し(くすぐ)ったい、かも?」

 その変化は不意に訪れた。

 リアの耳の先が尖り始め、少しずつ伸びているのだ。

 その姿は正にエルフの長耳そのもの。

「グラットルさん!かがみ、鏡ありますか!?」

 俺の叫びに、グラットルさんは奥の部屋へと駆けていく。今度はすぐに戻ってきた。

「ほら!」

 手鏡を渡してくるグラットルさんもどこか興奮しているように見える。

 手鏡を受け取ると、鏡面をリアに向けて言葉をかける。

「自分の目で確かめてみて。今の自分の姿を」

 リアが鏡を覗き込んだ。

 映るのは変わらぬ銀髪と―――尖った長耳をしたリアの姿。

「あっ……、あっ……」

 言葉にならない声が漏れてくる。

 リア自身も感じたことだろう。自分自身の変化を。

 確実に本来のエルフの姿を取り戻し始めたことを。

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