ep.60 黄を司る竜
翌日、手早く身支度を整えると南門を目指した。約束の時間までには余裕がある。でも、遅れたらニステルに何を言われるかわからない。あれでも元軍人みたいだし、時間に対して厳しい一面がある。
南門に到着すると、案の定ニステルはすでに到着していた。その足元には採掘道具の鞄が2つ置かれている。
「おはようさん。時間に余裕を持って来たか。まぁ、見所ありか」
人の顔を見るなり値踏みするような発言が飛んでくる。
「おはよう。何があるか分からないからね。余裕を持って行動するのは大人の嗜みでしょ」
時間の管理は大人として当然。ましてや、約束を破るのは人として恥ずべき行動なのである。普段の行動一つひとつが、人としての信頼を築いていくのだから。
「そりゃそうだ。自覚があるなら言うことはない。さ、さっさと採掘に向かおうぜ」
8時を回る前に王都を発ち、ザイーツ洞穴に向かって歩き出した。
「何でここにカミュンがいるの?」
ザイーツ洞穴に到着し、腕と頭に照明を装着し昨日下見した採掘可能場所まで進むと、カミュンと大人のエルフの男性と出会した。男は長い金髪をポニーテイルにし、切れ長の目も相俟って怜悧な美貌を誇っている。
「だって、カミル達がまた洞穴に来るかもしれなかったから、その前にーて思ってたのに来ちゃうんだもん」
口を尖らせ拗ねたように答えた。
「竜の活動が激しくなってるって言ったでしょ?危ないからこれ以上は入っちゃダメだからね!」
そう言えば、昨日そんなこと言われた気がする。てっきり年頃の子供のごっこ遊びみたいなものかと思っていたけど、当の本人からしたら本気だったらしい。
「そんなこと言っても、俺達もオミナ鉱石を採掘しないといけないからな〜」
子供の言うことを無下にすることはしたくないけど、こっちも朝早くから足を運んでいる手前、そう簡単に折れることはできない。
「私からも忠告しておこう。カミュンの言うことは聞いておけ。死ぬのが嫌だったらな」
無表情で冷たく言い放つこの男は何だ?
「ハロルド〜」
カミュンはハロルドと呼ばれた男へ振り返り抗議の目を送っている。どうやら力関係はカミュンの方が上らしい。
「事実だろう?下手をすればこの場も危ういと言うのに、これ以上私達の邪魔をするな」
「黙って聞いてれば散々な物言いじゃねぇか。お前らがオミナ鉱石をこの場で差し出すって言うなら、今すぐこの場から去ってやるよ。どうせできねぇだろうがな」
喧嘩腰のハロルドに、揶揄うようにニステルは食いついた。だけど、ハロルドは表情ひとつ変えることは無かった。まるで感情を感じさせない。
「まあまあ、ニステルもそんなこと言うもんじゃないって。オミナ鉱石がどれだけ貴重なものなのかわかってるでしょ?」
「ぁ……」
カミュンが気不味そうに声を漏らした。
すると、ハロルドは懐から金色に輝く直径4cmほどの鉱石を取り出した。
「こんな物が欲しいのか?ほらッ」
腕を振り鉱石をニステルの方へと放った。放物線を描き、鉱石は地面に激突し跳ねながらニステルの足元に転がり落ちた。
ニステルが一度視線を落とし、ハロルドを睨みつけた。
「都合良くオミナ鉱石を持ってるわけねぇだろッ!おちょくってんのかッ!!」
ニステルの怒りに呼応するように大地がグラグラと揺れ始める。洞穴内に岩の軋む音が響き、崩れた欠片が砂埃と一緒に落ちてきた。
「うわぁぁあ!?」
身体が左右に揺さぶられ、反射的にしゃがみ込んだ。
10秒ほど揺れは続き、洞穴内に静けさが戻ってきた。
ハロルドは天井をぐるりと見渡し、洞穴内の状態を確認している。
「思ったよりも近いな。カミュン、準備をしろ」
カミュンは頷き掌を開いた。緑の元素が粒子となって現れ、緑色をした大きな弓を模っていく。その弓は淡く緑色の光に包まれ、エルフが持つに相応しい細やかな意匠が施されている。
カミュンがこちらへ振り向いた。
「それ、本物のオミナ鉱石だから、それ拾って早く外に行って!じゃないと巻き込まれちゃうよ!」
いつもの無邪気な雰囲気は鳴りを潜め、目つきが鋭く引き締まった表情に変わっていた。その佇まいは歴戦の猛者のように、見つめられるだけで圧を感じてしまうほどだ。
ニステルがおすおずとオミナ鉱石を拾い懐へとしまう。カミュンの姿を見つめるも、言葉はかけずただその姿を見つめていた。
「行くぞ」
ニステルは身を翻すと、出入り口に向かって静かに走り出した。
走り去るニステルからカミュンへと視線を向ける。
「私達は大丈夫。慣れてるからね」
その声から不安は感じ取れない。いつもより僅かに低く穏やかな声。落ち着いたカミュンの雰囲気は、なぜか安心感を齎してくれる。
「わかった。気を付けて、無理しないでね」
踵を返し、ニステルの後を追って駆け出した。
少し走ると、先に移動を開始したニステルにすぐに追いつくことができた。俺が追いつくまで加減して走ってくれていたらしい。
「ごめん、お待たせ」
「何が起こってるかわからねぇが、一先ず外に出るぞ。アイツらが何者なのかはその後考えればいい」
「うん、そうだね」
出入口まで少なくとも2kmほどある。道が崩れないことを祈るしかない。
再び地面が揺れ始めた。カミュン達の言い分を信じるのなら、この揺れを引き起こしているのは竜ということになる。肉眼で把握ができていないにも関わらず、何故そう断言できるのかもわからない。
ふと、ニステルの足が止まった。俺もそれに倣い足を止める。
「どうしたの?」
ニステルの目つきが鋭くなった。
「何か来るぞ!戦闘の準備をしろ!」
反射的に黒鷺に手が伸びた。グリップを握り、ゆっくりと剣を引き抜いた。
地面の揺れが一瞬大きくなると、10mほど先の地面が盛り上がり、中からキューブ状の黄金の塊が飛び出してきた。形状を加工された金属のような見た目をしており、表面に光沢がある。魔物の類ではないことに、内心安堵しながらも、何故こんなものが飛び出してきたのか不思議で仕方なかった。
ニステルは槍を構えたまま様子を窺っている。
「油断するんじゃねぇぞ。意味もなく起こる現象じゃねぇ。アレの動きに注視してろ」
ニステルの言葉が終わるのを待たずに、黄金のキューブに変化が訪れた。キューブの表面に幾つかの直線が入っていき、可動させながら形を変えていく。頭と尻尾、四肢を模っていき、生き物の骨のような形へと変形した。周囲の黄の元素が集まり出し、元素が肉を形作っていく。
「………竜?」
思わず口から言葉が漏れる。姿を変えて現れたのは、体長50cmほどの小型の竜。形だけを見るなら地を這う蜥蜴の方が近いけど、頭から伸びる2本の角と、体表を覆う鱗が、蜥蜴とは別の存在であることを物語っている。
「にしては小さくねぇか?」
今まで遭遇した竜と呼ばれる存在は、一様にして巨大な肉体を誇っていた。けれど、今目の前にいる竜は圧倒的に小さい。幼竜なのだろうか?いや、そもそもキューブ状態から変化する竜なんて存在するのか……?
「念の為に防御を固めておくぞ」
二人して「硬殻防壁」を発動させる。黄の元素を身に纏っていく―――その時、唐突に竜がこちらに向かって突進を仕掛けてきた。
咄嗟に採掘用の道具の入った鞄を投げ捨て、いつでも戦闘に移れるようにしておいた。
竜は素早く、瞬く間に二人の間合いに到達する。狙いはニステル。大地を蹴り上げ腹部を目掛けて飛びかかる。
「うらぁぁぁ!」
槍の尖端を突き出し、竜の突進する速度と質量を利用して竜の額に一撃を見舞う。鱗によって穂が突き刺さることはなかった。それでも、突進する軌道を逸らし、ニステルの脇を掠めて通り過ぎていく。
「小せぇ割に力はあんぞッ!気を付けろッ!」
背後に消えた竜の姿を追い顔を後へと向ける。竜を追うわけではない。姿を捉え続け、出入り口に向かって走る為だ。
「ニステル、行こう。無理に戦う必要なんてないよ」
「わかってる。仮にも竜を冠する相手に、逃げ場のない場所で戦うなんて阿呆のすることだ」
優先すべきは洞穴内から脱出すること。竜相手に狭いところで戦うのは不利すぎる。
お互いに「駿動走駆」を発動させ大地を蹴り上げ、只管に走る。何度も背後を振り返り、竜の動きを確認することは忘れない。突進する速度を見たのだから慢心することはないけど、それでも出入口に近づけば近づくほど、緊張感が薄れていくのを感じる。このまま逃げ切れる、淡い期待が胸の内から湧いてきている。
顔を左右に振り、甘い考えを追いやる。これまで何度もそれで痛い目に遭って来ただろ!甘えを捨てろッ!
背後に濃密な黄の元素を感じ取り、咄嗟に振り返った。
駿動走駆ですら振り切れていない。地を這い迫る竜の角が金色に光り輝いた。バチバチッと火花が飛び散るように黄の元素が弾けると、眩い閃光となって洞穴内を瞬間的に照らし出す。その直後、竜の目の前に岩の柱が地面から突き出し、徐々にこちらに迫ってくるように次々と無数の岩の柱が地面から突き出して来る。
岩の柱を作り上げるってことは、黄の元素に特化した竜の可能性が高い。なら、魔法の主導権を奪ってやればいい。
カミルの後へと身体を入れ、左手を後方へ突き出した。
魔力を介して竜が操る黄の元素に干渉していく。魔力が元素に触れ、魔法の向きを反転させ竜の方へと突き出すように変化を加えようと試みた。
んだこれッ!?魔法に込められた命令が重すぎる……。
魔法を発動させる際、魔力を介して元素に働きかける。込められた魔力量が多いほど、魔法の制御力が増し、外的要因を跳ね除ける力となる。
ニステルが込めた魔力量よりも、竜が込めた魔力量が多過ぎた為に、魔法に干渉することができなかったのだ。
「あんな形でも竜は竜ってことかよッ!」
愚痴るニステルを嘲笑うかのように、竜と岩の柱が迫ってくる。自ら作り上げた岩の柱が行く手を阻んだが、構わず突進し岩を砕きながら追いかけて来る。砕けた岩が霧散していき、黄の元素へと戻っていく。その黄の元素を角を通じて回収。集めた元素で再び魔法が発動されている。
魔力の消費は激しそうだが、元素に困ることは無いってわけか。派手に魔法を乱打する竜の魔力量からすると、魔力切れを狙うのは現実的じゃねぇか……。
そして、岩の柱に追いつかれた。
地面から突き出る岩の柱を横に飛び回避する。だが、瞬時に次に飛び出てくる岩の柱が追いかけて来た。着地した瞬間、地面が隆起し足に乗る重心が踵へと移ってしまった。
チィッ。後方に飛ばざるを得えない状況に、心の中で舌打ちをする。
地面を蹴るも、隆起している分うまく蹴り上げることができずに飛距離が出ない。迫る突き上げる岩の柱に柄をぶつけながら受け流し、直撃することは免れた。
その隙に、竜がニステルを間合いに収めた。
「ニステル!うしろっ!」
身体を反転させながら答える。
「んなことッ!わかってるってのッ!」
槍を構え竜と向き合う。動きを止めた俺に対しての岩の柱での攻撃が止んでいる。その代わりに遠ざかる岩が突き上げる音が洞穴内に響き渡っている。見なくたって分かる。魔法の対象をカミルに絞り、確実性を重視したんだ。
「ちょっ!?うわぁぁぁあ!!」
岩の突き上げる音の合間に、大地を踏みしめ叫ぶカミルの声が混ざり合う。その声も遠ざかり、出入口に向かっていることが伝わってきた。
何とか生き延びろよ、カミル。
再び竜が腹部目掛けて飛びかかってきた。
有り難いのは、動きが直線的なこと。軌道が読みやすく避けやすい。右足を半歩後に足を引くと、左足を軸に90度回転させ身体を捻る。身体の横を竜が通過していく。
硬く頑丈な鱗をどう攻略するべきか。普通に突くだけでは弾かれるし、かと言って魔法も俺の得意属性とモロ被ってやがる。魔法に干渉した感じからだと、魔力量も遥かに俺の上を行くときたもんだ……。
だけど、打つ手ならある。未だに安定して発動させることができないが、親父が得意とした竜殺しの力を使えばあるいは……。
魔力を体中に巡らせ、槍にも纏わせていく。
着地した竜が反転し、動きを止めることなく飛びかかってきた。先ほどまでの勢いはない。右前足を振り上げ鋭い3本の爪が牙を剥く。
穂をぶつけ、身体に爪を触れさせずに受け止めた。小さくとも、その力は竜に相違ない。振り切られた足の力に押し負け、ニステルの足が地面を滑り弾き飛ばされた。幸い体勢を崩すことなく飛んだ為、難なく着地に成功する。
ニステルを弾き飛ばした竜の爪が地面に激突し、大地に3本の線状の傷跡を刻み込んだ。
柄で受け止めていたらやばかったな。穂で受けてなかったら、あの爪跡を付けられたのは俺の方だったかもしれねぇ。
また親父に助けられちまったな。
ニステルの持つ槍は、ベレス・フィルオーズの形見である。副兵士長を務めたベレスの槍は、王国を護る力そのものであり、ジスタークの鍛冶職人に頼み込んで作らせた業物だ。その切れ味と強度は折り紙付きで、ベレスの最後の任務となった竜討伐においても、竜を討ち取る功績を挙げている。
親父の息子であるこの俺が、こんな小さな竜1匹倒せねぇでどうする!
体中に巡らせた魔力に生命力を注ぎ込む。2つの力が折り混ざり、新たな氣となってニステルの身体が包まれていく。
これが親父が生み出した竜殺しの力『惡獅氣』。生命力と魔力を力の根源にしているせいで、使っちまうと体力的に厳しくなっちまう。ここぞという時じゃねぇと使えない切り札だ。未だに失敗続きの奥の手だが、今回は形にはなってるみてぇだ。後はこの力が十全に発揮されるかどうかだが……。
竜は攻撃を通すことができなかったことに低く呻り、ニステルを追いかける。左前足が金色に染まり、爪の長さが倍増した。
「おいおい、何でもありかよッ!」
伸びた爪を突き立て、ニステルの胸元目掛けて突進を仕掛けてくる。
槍を動かし穂で爪を受け止める。身体の脇へと受け流しながら、穂を爪に沿って滑らせ竜との距離を詰めた。惡獅氣の氣を纏う槍が竜の額目掛けて振りきった。
キィィィンッ
甲高い音を響かせ、竜の額に槍がぶつかる。硬い鱗に弾かれ、槍が反動で押し戻されている。身体を覆う惡獅氣の氣が霧散しかけていた。
不発ッ!?
竜の額には傷一つ付いてはいなかった。練られた氣を完全に制御できずに、攻撃に乗せきれなかったようだ。
ビュンッ
空を裂く音が耳に届き、視線を竜の背後へと移す。視界に入ってきたのは身体を回転させながら振り回される竜の尻尾。
音の正体は予想通りだ。だが、爪みてぇに伸びる可能性を考えると――。
石突を地面に叩きつけ、槍を支柱にして飛び上がり、腕の力で身体を上空に押し上げる。尻尾を飛び越え、竜の背後側に着地した。予想に反し尻尾に変化は見られなかった。
ははっ、仕留め損じちまった……。
全身を襲う倦怠感のせいか、握る槍がやけに重たく感じる。
ったく、自分の未熟さを呪いたいぜ……。
身体の回転を止めた竜がニステルを見据える。伸びた爪はすでに元の大きさまで戻っており、その輝きを失っている。
どうする?もう一度惡獅氣を試すべきか?だが、使っちまったら歩くのもままならない状態に陥るかも知れねぇ……。だからといって、このまま長期戦にもつれ込んだら間違いなくやられる……。
考えをまとめる時間さえ竜は与えてはくれない。金色の輝きが、今度は両の前足を包み込んでいる。
来るッ!
黄の元素を取り込み、竜の前足が膨れ上がって行く。部分的な巨大化だ。両の前足だけで洞穴の穴を塞ぎきれそうな大きさを前に、ニステルは迷わず洞穴の奥へと駆け出していた。
あんなもので攻撃されたら一瞬で肉片にされかねない。大きくなった分、身動きは取りづらくなってるはず。そこに賭けるしかねぇ。
ニステルの後を追うように、右前足が洞穴の天井を削りながら伸びてくる。ニステルの上を覆い、押し潰すように降ろされていく。
走ってたら間に合わねぇ!?
咄嗟に黄の元素を操り魔法を発動させる。地面から岩の柱が斜めに飛び出し、ニステルの身体を背中から叩きつけながら洞穴の奥へと吹き飛ばす。その直後、竜の右前足が岩の柱もろとも地面を叩いた。ドォンッ。地面を叩いた音が洞穴内を駆け巡る。前足が生み出した風の影響で巻き上げられた砂埃が視界を穢していく。それはまるで煙の中に居るかのようだった。
自らの魔法で吹き飛ばされ、ニステルは地面を転がって行く。
っく、立たねぇと……。すぐに竜が来ちまう……。
槍を支えにして片膝を着きながら身体を起こした。最早満身創痍。身体は動かせるものの、竜相手に立ち回れるほどの力など残されてはいなかった。それでもニステルは諦めない。
生き残ることが最優先。兵士は生き残ってこそ市民の、国の役に立てる。俺は親父のような立派な兵士になるんだ。だから、こんな所でくたばってたまるか!!
「駿動走駆」
足に風を纏い、竜から距離を取るために全力を尽くす。奥に行けばあのいけ好かねぇエルフがいる。頼るのは癪だが、何もできずに死んでいくよりは遥かにマシだ。
背後に竜の気配を感じながら奥に向かって駆ける。万全の状態で同等の速度であったことを考えれば、確実に追いつかれる。俺がハロルドとかいうエルフと合流できるかどうかが生死の別れ道。
足が重い。
地面を蹴る足が思うように上がらない。
そのせいか、靴のつま先が地面を擦り、何度も前のめりに転びそうになる。
一度でも転けてしまえばそれで詰み。
俺の身体は竜によって肉片に変えられてしまう。
息もあがって来てやがる。
弱気になるな!前を向け!足を動かせ!
歯を食いしばり、踏みしめる足に力を入れる。
倒れかけた身体を起こしバランスを取る。
まだ走れる、まだ止まれないんだッ!!
その想いも、背後に感じた黄の元素の密度に絶望へと変化することとなる。
反射的に振り返るも、舞い上がった砂埃に阻まれ奥を見通すことはできない。だからこそ怖いのだ。この濃密な黄の元素の反応が……。
不意に砂埃を掻き分け、無数の先端の尖った岩が姿を現した。それはまるでニステルが得意とする岩の槍に酷似している。違うのはその規模だ。洞穴の穴一面に広がり飛んでくる岩の槍。逃げ場のない圧倒的な物量での蹂躙。ニステルにはこんな芸当はできない。魔力量の差が激しすぎるのだ。
背後に気を取られたのが災いし、つま先が地面に引っ掛かり、反対の足へとぶつかった。
身体が前のめりに倒れ込んでいく。
足が自分の足に引っ掛かったままで、足を前に出せない。
――くそッ!?俺はなにやってんだ……。
ニステルの身体が地面と激突した。
それが意味するのは、降り注ぐ岩による圧死を迎える未来。
それでもニステルは諦めない。地面を掌で叩きつけ、魔力を流して黄の元素に働きかける。目の前の地面が隆起し、岩の壁を出現させた。魔力が足りないせいか、壁の高さも厚さも不十分な出来。命を守るには心許ない。
「だから逃げてって言ったのに!」
少女の叫びが響き渡った。
一拍遅れて緑色をした風を纏う矢が頭上を飛んでいくのが見えた。矢は速度を保ちながら岩の槍の波に向かって突き進んでいる。
岩の槍と風を纏う矢がぶつかり合う、その瞬間―――岩の槍が崩壊を始めた。槍の尖端から砂のように崩れ去り、穴を埋め尽くすほどの槍の黄の元素を矢が吸収していく。緑色をした矢は徐々に色が変化していき、どちらの色にも染まらず無色へと変わっていった。矢が色を完全に失う頃には、迫り来る槍の波は消え去り、魔法を生み出した竜が姿を現した。
「消え去れぇぇぇぇぇぇぇえっ!」
少女の叫びが洞穴に響き渡ると、再び緑色をした矢が洞穴内を飛んでいく。矢が竜に近づくにつれ、竜が形を失っていく。肉を模っていた黄の元素が奪われ、キューブから変化した骨組みにまで姿が戻っている。
危険を感じ取ったのか、骨組みはキューブに戻り地面へと潜り始める。
矢は竜の放つ元素でも追いかけているのか、軌道を変え地中に消えつつあったキューブに直撃した。黄の元素の反応が消え去っている。そして、場に静寂を取り戻した。
目の前で起こった奇怪な現象を、ただ見つめることしかできなかった。
飛んでいった緑色の矢が元素を奪い去り、引き起こされる現象を鎮めていた。その事実だけがニステルの脳に刻み込まれている。
矢が飛んできた方へ振り向くと、そこに立っているのはカミュンと呼ばれたエルフの少女。緑色をした大きな弓を手にしたその姿は、狩人そのものだった。
カミュンの勇ましい姿に見とれていると、洞穴内に再び大きな揺れが訪れた。
竜がいなくなったのにまだ揺れている?
「今のはオミナムーヘルの分体。本命は奥にいるんだよ」
「オミナムーヘル……。黄を司る竜ってやつか……」
通りで小さくても濃密な黄の元素を纏っているはずだ。でも、何故そのことをこんな小さなエルフの少女が知っている?
「何か聞きたそうな顔してるみたいだけど、その話は次に出会えたらね」
そう言うと、カミュンは身を翻し洞穴の奥へと駆けて行った。
すぐにでも移動したいところだが、この身体では無理だ。
スッとポシェットに手を伸ばすと、回復薬を取り出した。
あのエルフ達の力の謎、解き明かせば王国を守る力になるかもしれねぇ。
回復薬を一気に煽り、身体が癒えるのを待つ。
ある程度回復したところで、ニステルは立ち上がり歩き出した。
エルフ達がオミナムーヘルと戦っているであろう洞穴の奥へと―――。




