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伯爵家の令嬢

 圧縮魔力で悪目立ちしてからクラスメイトに追われる時間を過ごしていたが、あまりにも俺が逃げるから諦めたのか、今では入学当初の平和な時間を取り戻した。煩い二人を除いては。

「なあ、カミル。魔力制御の練習をしても中々カミルの纏みたいにならねーんだ。もっとこう、コツとかないのか?」

 纏での一件以来、ゼルはひたむきに魔力制御の練習をしている。前とは比較にならない繊細な魔力の扱いになったようだ。でも、残念ながらそれだけでは同じようにはできないんだよ、ゼル。

「ゼルはカミルの顔を見る度そればかり。自分の努力が足りないのですから、隅で練習してなさいな」

 知らぬ間に仲良く?なっていた二人が騒いでいる。圧縮魔法について知りたいファティと圧縮武技を使いたいゼル。どちらもしつこく聞いてくるものだから、その都度二人は顔を合わせては言い合いをしている。

 せっかく他のクラスメイトが静かになったのに、結果的に煩さは変わらず。


 面倒くさくなり、二人が言い争いをしている間に食堂に避難した。

 国営であるセルヴィナ学園の食堂は、国が費用の半額を負担してくれているため、安価で美味しく、栄養価も考えられた食事が保証されている。育ち盛りの学生にとって聖地と言っても過言ではない。美味しい食事が保障されていれば、訓練や学業のやる気へと繋がる。国に使える騎士や冒険者の質が上がれば国力も上がるという算段だ。

 特に気に入っているのは米。かつて夢で見た日本の美味しい米の味に良く似ている。体感五年も過ごしていたら、米食文化が俺に根付いていた。今日も自然と手が伸びたのは牛丼。出汁の効いたつゆが牛肉に絡み、米がその旨味を受け止めている。七味に似た辛みと香りの良い香辛料が牛丼をより複雑で美味しい味わいへと演出する。

 牛丼をかき込んでいると、ファティとゼルが食堂に入ってくるのが見えた。こちらに気づいたようで、どんどん近づいてくる。

「カミル。また勝手にいなくなって、食堂に行くなら一言声をかけるのが礼儀というものでしょう」

「そうだぜ。こいつと無駄な時間を過ごすこともなかったのによー」

 ファティがゼルに一睨(いちげい)し、また言い争いを始めそうな気配がする。

「ファティ、ゼル。ここは食事をするところだ。食事をしないなら出ていった方がいいよ。席も限られてるんだしさ」

 二人は渋々食事を選びに行った。遠くから「貴方のせいで食事の時間が短くなってしまいましたわ」「そうか。ゆっくり食べたいなら一人で食えよ」「貴方と食事をするなんて一言も言ってません」て会話が聞こえてくる。

 なんでこうややこしい人ばかりなのか。都会って怖い。


 手早く食事を終え、二人が帰ってくるのを待たずに食堂を後にする。牛丼、もっとゆっくり味わいたかったなー。

 校内を歩いていると掲示板に目が留まる。来月行われる冒険者の技能講習についての内容だ。

 学園の特別講習の一つとして、高位の帝国の騎士や冒険者から直接教えてもらえる授業が存在する。任務や依頼をこなす関係上、決まった時期に開催されるものではなく、手が空く期間に講師をしてくれる。来てくれる講師の人数はまちまちで、次回は『聖なる(ほむら)』という五人組の冒険者パーティーが来るみたいだ。

 聖なる焔の特徴は、パーティーの名前の通り火属性と光属性が得意な人々の集まり。閃族が冒険者として参加している稀なチームだと聞いたことがある。

 それ以上に注目すべき人物が一人。カナン・サーストン。聖なる焔のリーダーであり天技を扱う者。



 天技。この世に生を受ける時に天から授かりし御業。他者では再現不可能な力や術のことを指し、授かる技は唯一無二。どれ一つとして同じものは存在しない。天技を持つ者を総称して()()と呼ばれることもある。



 その存在を知ったのはアルフの街中を歩いている時だった。災害級の魔物を討ち取ってきたと街が騒めいていたときのこと。リーダーのカナンは火属性と光属性に非常に高い適正を持っており、天技の『聖火』は火と光の複合属性の付与魔法と伝え聞く。武器に纏わせることで性能を強化し属性を付与するもので、聖火そのものを衝波斬のように飛ばして攻撃することも可能らしい。

 それだけでも噂になるには十分なんだが、輪をかけて騒がれている理由が彼女の美貌。海棠(かいどう)色の髪を高い位置で纏めたポニーテイル姿の麗人。揺れる髪が天技の名のような聖火に見えるとかなんとか。それで品行方正とくれば男どもの話題を攫っていくのも頷けるというもの。

 高嶺の花。手に入らないものほど欲しくなるスノッブ効果。聖人と釣り合うだけの実力と人間性を併せ持つ人なんて早々いない。言ってしまえば縁遠い天上の人。

 聖火の焔が講師で指導してもらえるだけで幸運だ。噂の聖火を拝めれば御の字。

 視線を移すと、槍の可能性を追究する者求む!、(ことわり)の外へ干渉する術を模索しませんか?、故郷の味奮い合い交流会、魔物のことなら俺に聞け!、とか、サークルの勧誘みたいな文面が目立つ。

 些細な繋がりから交流を広め、卒業後の身の振り方に活かそうとする活動が盛んなようだ。各地から集まる学園という舞台は、仕事の仲間を集めたりコネクション作りをするには打って付けの社交の場でもある。

 次の授業は魔法の実技だ。あの二人に見つかる前に移動しておこう。


 授業までまだ時間があるせいか訓練場にいるクラスメイトは疎ら。普段が騒がしい分、この静けさは清々しく気分が良い。手持ち無沙汰で周りを伺っていると、普段あまり目を向けることのないクラスメイトに意識が向いた。

 髪がきちんと整えられ、服装に乱れもない。さながら営業マンのような空気感を漂わせる鈍色(にびいろ)の髪。あれは確かアルフの雑貨屋の一人息子のジョアン・イスタール。学園には護衛術とコネ作りに来ているとゼルが前に話していたな。

「やあ、ジョアン。今日は何の本を読んでいるの?」

 声をかけられジョアンは顔をこちらへと向ける。

「今から魔法の実技じゃないですか。基礎の復習ですよ」

 ジョアンは見た目通りの生真面目な性格。良く本を読んでいる印象なんだけど、毎回持っている本が代わっている。商人の家系に産まれると、知識を叩き込まれるのだろう。

「実技なんて慣れの部分が大きいわけだし、魔力制御の練習をした方がいいんじゃないか?」

「そこは授業が始まったらやる分野でしょ?実技を始める前に魔法の発動までの流れを再確認しているわけだよ。流れをイメージしながら魔法を使った方が正確になると僕はそう思うんだよね」

 ジョアンの視線が本へと戻っていく。

「それはそうなんだけど……、その復習何度目?」

 視線は本に向いたままだが、しっかりと俺の質問には答えてくれる。

「本の内容を見なくても、正確に魔法の発動までの流れを言葉にできるように練習しているんだよ。これは家柄のせいかな。ほら、商品の説明を間違えると信用に影響が出るからね。何度も読み返して言葉にする練習をしてしまうわけ」

 商人の世界も大変そうだ。畑違いなだけであって、魔物や魔族に遭遇した時に対応を間違えると命の危険がある。それの商人版ってところなんだろう。

 不意にジョアンがカミルへと顔を向けた。

「それはそうと、カミル君はちょっとおかしな魔力の扱いをするって言われてるよね?」

 ちょっとおかしい…真面目なジョアンからですらそんな認識なのか。

「自分ではわからないんだけど、周りからはそう言われてるね」

「今日の魔法の実技でも、何か面白そうなことが起きるかもしれなくてワクワクしてるんだ」

 屈託なく笑うジョアン。繰り返しの学びはやはり退屈なのかもしれない。非日常的な出来事が起これば、良い刺激をもらえるし良い気分転換にもなる。それを俺に期待されてもね。

「あまり注目されるのも面倒なんだけどなー。煩い人に囲まれるわけだし」

 誰かを連想したのか「ははは、苦労するね」と楽しげである。

「ジョアンのとこの店に煩い人を遠ざける魔具とか置いてないの?」

 大真面目な顔でジョアンに迫る。

「そんな魔具あったら僕がすでに使っていると思わない?」

 確かに、そんな都合の良い物が存在するのならもっと話題に上がっても良いだろう。

「注目されるのも悪くないよ。それを活かしてコネクション作りができるからね。特に先生方との接点はうらやましい限りだよ。実力者との繋がりもありそうですからね」

「聖なる焔が講師をするのも先生の誰かが知りたいだったりするのかね?」

 ジョアンは頷くと「その可能性は十分ありそう」と答えた。

 気づけば人がぞろぞろと集まりつつある。授業の始まりが近そうだ。

「今回の実技も期待してるね!」

 楽し気なジョアンに背を向け手を振りその場を後にした。


 魔法の実技の授業は競技場のような造りの建物の中で行われる。建物全体に加護の魔法がかけられており、極致魔法にも耐えられる耐久性を誇っている。生徒がどれだけ暴れようが暴発させようが、周りに被害が出ないので安全だ。

 授業内容は至ってシンプルで、その日に練習する属性を学園側で絞り、その中で未収得の魔法を実際に魔力を動かして発動するという内容。使った魔法の属性の元素が周囲に満ちてくるという性質があり、使いたい属性の元素が満ちていると魔法が発動しやすくなる。その性質を利用する為、属性を一つに絞り効率よく習得を目指す。

 未収得の魔法は自分の宝石に魔法陣が描かれていないので、物理的に魔法陣を書くか詠唱するかの二択になる。

 今日の授業は火属性。生活をする上で欠かせない火を起こすという行動。魔法が使えなければ物理的に火を起こすしかないため、少しでも生活しやすくするための配慮かもしれない。

 俺が扱える火属性魔法は初級のフラム、中級のフランツの二つ。上級のフルメシアを目指したいところだが、ファティのフルメシアを目の当たりにして無理だと悟った。俺にはまだあの威力の炎を制御できる気がしない。一歩間違えれば高火力の魔法が暴発してしまう。フランツを安定した状態で自由に使えるようになってから挑戦すべきだ。

 訓練場にも村で使っていたカカシがあった。あの加護を施したのは国の関係者ということになる。国に頼めるほど村に資金力があるとは思えない。国防を意識して、各地に訓練用のカカシでも設置したんだろうか?

 フランツを練習するためカカシの前へと移動する。掌を突き出し、魔力を圧縮。宝石へと魔力を移動させ、魔法名を紡ぐ。

「フランツ!」

 人の上半身ほどの炎の塊が生まれ、カカシに向かって飛んでいく。目前まで迫ったところで炎が拡散しカカシを包み込む。じわじわと蝕み炎は爆散した。

 イメージ通りの炎の制御だ。炎の熱気で体力と集中力、視界を奪い、最後は爆発させることで直接的なダメージも狙う。周りに火の元素が集まってきているのであろう。魔法の威力も扱いやすさも三割増しだ。

「やっぱり貴方の魔法は頭一つ抜けた威力を誇りますね」

 いつの間にか後ろにファティが立っていた。

「火の元素の影響でしょ?ほら、みんなが火属性魔法を使っているし」

 ファティは「違います」と首を振る。

「確かに、今、火の元素がこの場に満ちているのでしょう。でも、カミルの魔法は同じ魔法でも威力が突き抜けてしまっているのですよ。普通のフランツはこう…」

 ファティは掌を突き出すと炎が生まれ、カカシに向かって飛んでいく。俺と同じ炎の動きをし、爆散した。連続で同じ魔法の動きをされると比較しやすく、明らかに炎が持つエネルギー量の違いは明白だった。

「これがフランツというものです。カミルが使っているのは本当にフランツなのですか?」

 ジロリとファティに睨まれる。俺をにらむ必要性なんてないだろうに。

「正真正銘、ただのフランツだよ」

 何食わぬ顔で言い返す。実際に使っているのはフランツだし、嘘は言っていない。

「フルメシアにしては威力も規模も違うだろ?そもそも、上級以上の魔法が使えるなら前の勝負の時に使ってるって。勝てたら願い事を叶えてくれるって言ってたしね」

「それもそうよね…」

 ファティが顎に手を添えて考え込む仕草を取る。

「一つ聞いても良いかしら?」

「何だい?」

「勝負に勝ててたら何をお願いする予定でしたの?」

 ……特に考えてなかった。成り行きで勝負することになったわけだし。見た目が悪役令嬢だから変なお願いしても、後々の俺への周りの印象が悪くなる可能性がある。だとしたら…。

「一週間お昼奢り、とかそんなところ」

 ファティはきょとんとした表情でカミルを見つめてくる。

「無欲なのか、現実的なのか良くわかりませんね。俺の恋人になれ、とか、姉様との間柄を取り持って、とか、パーティーに入れてくれ、とか、したたかなお願いを考えているかと思っていました」

 ファティの言葉に、びしっと人差し指を立て答える。

「おお、それは妙案だな!次があったらそれにするよ」

 ファティは、え!?と驚いた顔を見せた。そりゃ驚くよな。ティナさん経由で高位冒険者パーティーに入り込もうとする厚かましさ。環境によって武術の成長度合いが変わってくる。歴戦の冒険者のそばにいられるということは、培ってきた知識を吸収できるということだ。それはとても大きな財産になるだろう。

 わなわなと身体を小刻みに震わせているファティだが、何かあったんだろうか?「もしかして…私狙い…?」とか小声で聞こえてくるが、聞かなかったことにしておこう。自意識過剰なのは思春期だからだろう。優しく見守ってあげよう。

「こっちも一つ聞きたいんだけど」

 言葉をかけるとようやく元の世界に戻ってきてくれた。咳払いを挟んで聞いてくる。

「な、何かしら?」

「フルメシアを制御してる時って、一番注意しなければいけないところってどこ?」

 にこっと笑顔をくれるファティ。その刹那、脛に鋭い痛みが走った。声にならない声を上げ、その場に(うずくま)る。痛みに耐えていると、頭上からファティの声が聞こえてきた。

「乙女を弄んだ罰ですよ。その痛みと共に戒めにしてくださいね」

「て、手を出すのは無しだろ…」

「これに懲りたらもうしないでくださいね。それに出したのは足です」

 爽やかで魅力的な笑顔を向けて言葉をかけてくる。手だろうと足だろうと同じじゃないか。そんなこと言おうものなら追撃が来るかもしれない。ここはグッと堪えよう。見た目通り?の攻撃的な一面を身を持って味わった。

 痛みのピークが過ぎたので、よろよろと立ち上がり質問を続ける。

「で、フルメシアの制御で気を付ける点はどこ?」

 ファティはやれやれといった表情を浮かべると、自慢気に語りだす。

「大きな魔力を扱うことになりますから、魔力を移動させる速度が一番気を付けなければならないところです。基本は一定の速度が望ましいのですが、最大限に火力を出したい場面では速度を上げる必要があります。大きな魔力を一定に留めておくには、非常に緻密な魔力制御が必要になることはお分かりですよね?自分が思い描いた魔力の操作ができなければ、元素も魔力も形を維持できずに霧散してしまいます。フランツまででしたら規模が大きくありませんし、魔力の流れを力技で留めることは可能でしょう。中級から上級の壁は思ったよりも高いと理解していただいて構いませんよ」

 自分が思っているよりも慎重になった方が良いのかもしれない。魔力制御の鍛錬は怠ったことはないけど、数か月前にフランツを扱えるようになったばかり。急がば回れ。急いては事を仕損じる。頭ではわかっているんだが、挑戦したい衝動に襲われる。

 見透かしたようなタイミングで声がかかった。

「そんなにうずうずして、フルメシアに挑戦したいのでしょう?」

「したい……けど、ここは我慢が必要だ」

 ファティは煮え切らない俺を見てため息をつく。

「私がサポートしますから、挑戦してみては如何かしら?」

「よろしくお願いします」

 思わぬ提案に咄嗟に土下座してしまった。

「何かしら?それ」

 顔を上げつつ「最上級の感謝の意思表示です!」と伝えると「変わった風習があるものね…」と困り顔を浮かべていた。


 高位の魔法の訓練になると、魔法が暴走しないようにサポートを置くことがある。発動した魔法の魔力の支配権を奪い、制御するといった方法で事故を未然に防ぐ。支配権を奪った者が未熟な場合、制御しきれずに暴発してしまうこともあるらしい。今回はフルメシアを扱えるファティがサポートに入ってくれるので安心だ。

「準備ができたらいつでもどうぞ」

 ファティからGOの合図を貰った。

 初めて挑戦する上級魔法。

 魔法陣はないので詠唱することを選んだ。

 扱いづらい圧縮魔力は避ける。

 両の掌を突き出し、上級魔法フルメシアに挑む。


― 我願うは万物を灰燼(かいじん)と化す炎

   進撃を以って 我が意志を指示(さししめ)さん 突き進め フルメシア ―


 魔力がズズズっと引っ張られる感覚。フランツよりも遥かに多くの量の魔力を持っていかれるようだ。

 詠唱した言葉が元素を介して燃え盛る炎を顕現させる。

 人の身体を優に超える大きさの炎は弾と成って突き進む。

 うねり霧散しそうになる炎弾。消滅しないように魔力を制御して形を留めようと試みるも、安定した魔力の流れは維持できない。

 炎弾はカカシを目指し突き進みながら、俺から魔力を引き出し続ける。

 引き出された魔力が炎を更に成長させた。

 これ以上魔力を引き出され続ければ制御が利かなくなる!魔力の流れを抑えようと試みるが引き出される力の方が強く失敗。反発力が強すぎて魔力の流れを変えきれない。

 このままでは暴発する!

「まだまだ訓練が足りないみたいね、カミル」

 魔力の流れが緩やかになった?横に視線を向けるとファティがフルメシアの支配権を奪おうとしていた。二人が干渉いるため、幾分か制御しやすくなった。

 これなら暴発することは防げそうだ。いきなりフルメシアの挑戦は無謀すぎた。ファティには感謝しないとな。

 安定してきた炎弾に、気を緩めてしまった。

 瞬間、魔力を引っ張り出すフルメシアが猛威を奮った。

「カミル!だめ!魔力を制御し…………」


 ファティの叫びを聞きながら俺は意識を手放した。



 目が覚めたらベッドの上だった。

 ゆっくりと身体を起こしてみようとしたが、軽い頭痛と倦怠感からか気分が悪かった。ベッドから起き上がれず周りを見渡した。

「あら、目が覚めたようね」

 白衣を着た20歳過ぎくらいの見た目の女性がこちらへと歩いてきた。

「無理して起きなくていいわ。魔力の欠乏で身体がだるいと思うけど、ゆっくり寝ていれば回復するから」

 どうやら俺は魔力が尽きてぶっ倒れたらしい。魔力が少なくなってくると意識が混濁し、尽きてしまうと意識が飛んでしまう。学園の中では良くある光景みたいだ。

「私は治療員のサエ・アマツキよ。よろしくね、新入生の一号君」

 穏やかな笑顔でよくわからない言葉を言われた。

「一号君?」

「貴方が新入生で一番最初に医務室に運ばれた生徒なのよ。例年だと都市外戦闘訓練まで来ることはないんだけど、今年は早かったなーてね」

 いたずらっぽく笑うアマツキ先生はどこか近所のお姉さん感がある。

「意気揚々と上級魔法に手を出して……制御できずに魔力を根こそぎ持っていかれたみたいですね」

「あの後大変だったみたいよ。暴走しかけたフルメシアを天井目掛けて放てたみたいで、他の生徒は怪我人はゼロ。ファティマールさんとジョアン君に感謝しなさいよ?魔法の処理から医務室への担ぎ込みまで二人がやってくれたのだからね」

 これは暫く二人に頭が上がらないな。次に顔を見かけたらお礼を言わなくちゃ。

 気恥ずかしくなり頭をポリポリと掻く。

「はい、わかりました。アマツキ先生もありがとうございます」

「私はベッドを貸してるだけだしお礼はいいわ。今日の授業はもう欠席して魔力回復に努めなさい」

 学園は授業を何度欠席しても自動的に進級する。学園に通えるのは入学してから五年間だけ。留年というものは存在しない。五年の間に生きる術を身に付けろ、が帝国の方針だ。その代わり、学びに最適化された教師、施設、資金援助などは惜しみなく提供してくれる。この環境下で伸びなければ、それはその人の潜在的な限界値だと判断される。こうやって授業を受けられない状況は非常に勿体ない時間でしかない。

「お言葉に甘えて休ませてもらいます」

 魔力を回復させることが今は最善。もうお少し睡眠を取っておこう。


「……ミ………ミル……」

 掠れたような、遠いような、誰かの声が聞こえる。

 ドンッ!

「ぐぁっ!!」

 腹部に強い衝撃を受け、意識が覚醒した。

「カミル、もう授業は終りましたよ。起きなさい」

「さっきの一撃でもう起きてるよ!」

 俺の腹の上に鞄を乗せ、顔を覗き込んでいるファティの姿が目に映る。

「起きたのなら帰りましょう。十分寝ていたのだから、もう歩けるでしょ?」

 起きたのを確認したファティは上体を戻し、鞄をどかしてくれた。

 俺は身体を起こし、ベッドから離れた。身体を伸ばし固まっている筋肉をほぐす。

「おかげさまでこの通り。ありがとな」

 遠くでアマツキ先生がニヤニヤしながら眺めていた。

「学園生活を満喫しているみたいだね」

 俺達の姿を見ていた先生は呟いた。

 傍から見たらそんな風に映っているのだろうか?学園に来るまで年代の近い人は限られていたから、同い年の異性がこれほどいたこともなかった。もしかして、自分では気づかない内に楽しんでいたのだろうか?でも、夢で見た日本の彼は異性が近くにいながらそんな素振りが全然なかった。それを傍から眺めていた俺は、学生を楽しんでいるようには見えなかった。大人になると感性が変わるのかもしれない。

「確かに、カミルがやること成すことおかしいな結果にしか成っていませんし、楽しんでいると言われればそうなりますね」

「ふふ、確かに変わってるわ。長年医務員やってきたけど、早々に医務室に運び込まれるし、医務室でいちゃつくし、中々いないわよ。そんな人」

 先生の言葉に茹蛸みたいに顔が赤くなるファティ。

「い、いちゃついてなんていません!」

 必死に反論するファティを先生は子供を諭すように宥めている。でもどこか楽しそうな雰囲気。医務室にいると生徒との交流はそう多くないのかもしれない。先生と話しをしに来るのも悪くないのかも。

「カミル。歩けるなら早く帰るわよ」

 言うだけ言うとそそくさと医務室から出ていった。

 ファティのその態度に先生は笑い転げている。

「やっぱり伯爵の家柄にもなると、立場上同年代の異性との関りはそんなにないのかもしれないわね」

「え、ファティって伯爵家の令嬢なんですか!?」

 視線がファティが去った扉から先生へと移る。

「あら?知らなかったの?要塞都市ザントガルツを治めるアロシュタット伯爵家の令嬢よ」

 15歳にして上級火属性魔法フルメシアを操る技量、立ち振る舞いや口調から感じ取れる教養の高さ、そこそこの身分のお嬢様かと思っていたけどまさか伯爵家の令嬢だったとは。もしかして、やばい人に目を付けられた?

「いいから、ファティマールさんを追いかけてあげて。あまり待たせると怒られるわよ?」

 いたずらっぽいウィンクをして促してきた。

「それは後が怖いですね」

 はははっと笑い合う。

「今日はお世話になりました。では、失礼しますね」

 先生の笑顔で見送られ、出ていったファティの後を追い始める。大方昇降口辺りで待っていてくれるとは思うけど、令嬢とどう接していけばいいのか悩みどころだ。

 伯爵家令嬢ファティマール・アロシュタット、侮り難し。

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