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ep.57 色が混ざる刻

 青竜の瞳に映る虹彩まで肉眼で確認できるほどの至近距離。息づかいまでもが感じ取れる。身動きが取れなかった。指一本でも動かせば、即座に鋭い牙が覗く(あぎと)に喰い殺されるかもしれない。脳裏に宙を舞う蜥蜴が一瞬で命を刈り取られた情景が蘇った。

 蛇に睨まれた蛙。恐怖で身動きを取ることができず、動けたとしても先に動いてしまえば確実に狩られるだろう。だから、青竜が興味を失って飛び去ってくれることを祈るしかない。

 青竜に覗き込まれてからどれだけの時間が経っただろうか……?ただ待つということが、これ程長く感じたことはない。

 早くどっか行ってくれ………!

 心の底からの願望に鼓動が速くなる。


 カミルの心の機微を感じ取ったのか、青竜の目が鋭くなった。直感的に命の危機を感じ取り、咄嗟にカミルは目を強く瞑った。


 来るべく衝撃に耐える為に目を閉じたにも関わらず、目の前にいる青竜に目立った動きは無い。この重苦しい空気を破ったのは低く重たい地響きの音だった。

 うなるような地響きに閉じていた目を開ける。青竜は音のする方に顔を向け、状況の確認をしていた。

 距離を取るチャンスだッ!

 そう思った時、地響きの音が大きくなり、それは姿を現した。


 海面を突き破り、熱泉を吹き飛ばす。その衝撃で生まれた穴から劫火の柱が立ち昇る。その中に一つの影が蠢いている。

 青竜はカミルの下から飛び立ち、真っ直ぐに海面から昇る炎に向かい始めた。無数の氷の刃を生み出し、躊躇無く炎の中の蠢く存在に向かって飛ばしていく。炎が発する熱に氷が徐々に溶かされ、炎に到達するまでに大きさを半分ほどに縮ませてしまっている。

 攻撃を察知し、炎の中の影が動く。炎の中を更に上空へと移動し、氷刃をやり過ごす。その直後、炎が影に向かって収束し始める。それはまるで、赤の元素を身に纏っていくかのように。炎が消え去り、ようやく姿がはっきりと現れる。炎のように深紅に輝く両の目、頭から伸びる2本の長い角、赤い鱗に覆われた身体から伸びる一対の大きな翼。炎の中から現れたのは赤き竜だった。


 今度は赤竜が現れた!?青竜だけでもどうしようもないってのに!しかも、あの赤竜の元素の密度、青竜に匹敵するほどに濃厚だ。竜の時代に回帰したっていうこの世界はどうなっているんだ……。

 でも、赤竜のおかげで注意がそれてくれた。今の内に逃げるしかない。

「おい、逃げるぞ」

 ニステルも同じ決断を下し、シクロッサさんへと顔を向けた。

「舟はさっきの氷塊のせいで沈みかけだ。水中で呼吸を長く保たせる魔法をかける。潜水して水中を移動するぞ。着いてこい」

 シクロッサさんの手に青の元素が収束し、俺達の身体を包み込むように広がっていく。魔法をかけ終えたシクロッサさんが先導し、海の中へと潜っていく。海の中は静かだった。竜の影響か、泳いでる魚の姿はなく、海藻が揺らめいているのみ。水中を進んでいくと暗礁地帯の岩が広がっていて、進むことができるルートは限られていた。舟で小刻みに左右に揺れたのも納得だ。呼吸を長く保たせる魔法をかけてもらったとはいえ、段々と息が苦しくなってくる。身体を動かした状態では、時間にして5分前後はいけるらしい。空気を求めて浮上する。

 海面から顔を出した瞬間、目に映ったのは陽炎を生み出す赤々と燃え盛る灼熱の渦と、大気を凍てつかせる冷気を放つ(ひょう)の豪雨のぶつかり合いだった。赤と青、2つの元素が大気を変化させ、この海域一体の天候を豹変させている。その煽りを受け暴風が巻き起こる。まるで、この世の終わりを告げるかのような竜同士の争い。乱れた大気の中、海を進むことは不可能だ。シクロッサさんの魔法がなければ俺達はこの場で命を落としていてもおかしくはない。

 不意に足が引っ張られ身体が海中に僅かに沈み込む。そのすぐ後、ニステルが海面へと顔を覗かせる。

「何やってやがる!さっさと行くぞ!」

 息を吸い込むとニステルが再び海の中へと消えていく。俺もその後を追い海の中へと戻って行った。


 幾度か息継ぎの為に海面に顔を出し、暗礁地帯を抜けることに成功した。数十分潜水を行っていたのにも関わらず、シクロッサさんは数えるほどの息継ぎをする様子が見られなかった。これがネブラの持つ種族特性の一つなんだろう。水中での活動時間が長く、他者に水中での活動を補佐する魔法を扱える。海辺で重宝されるのも納得だ。

 赤竜の登場で暗礁地帯のすぐ近くにあった熱泉は鳴りを潜めている。だけど、海水温は暖かいを通り越して熱い。炎の柱が立ち昇った影響なのだろう。

「暗礁地帯を越えたから、こっからは仰向けになって浮いてろ。水流で押し流してやっからよ」

 シクロッサさんの指示に従い、仰向けになり身体の力を抜いた。空では相変わらず竜同士の戦いが繰り広げられている。

 すぅーっと身体が流されていく。ただ浮いているだけだから、海の中にいた時よりも遥かに楽に速く移動していく。今なら話しかけることもできそうだ。

「シクロッサさん、あの竜達は何なんですか?」

「詳しいことはわからないが、青い方は青の元素を司る竜『ミルティースマーバルン』の生まれ変わりと言われている。お前達も感じただろ?規格外の青の元素の力の波動を。この海域に極稀に現れるって噂だったが、俺も遭遇するのは初めてだ。赤い方はわからねーな。力の波動から察するに、あれが赤の元素を司る竜『ダータレストルティンガレス』の生まれ変わりなのかもしれねーな」

 シクロッサさんの口から出てくる言葉が、上手く飲み込めない。それは俺がアルフでの座学を半年しか受けていないのが原因かもしれないわけだけど……。少なくとも色を司る竜の名前なんて習った覚えがない。

「おい……、竜が現れるかもなんて聞いてねぇぞ?」

 恨みがましい言葉を投げるニステル。顔を見なくてもわかる、間違いなく眉間に皺を寄せてシクロッサさんを睨んでいるのだろう。

「はははっ、初めての海で元素の代行者みたいな存在に出会えるなんて幸運なんだなっ!」

 ニステルの言葉を明るく笑い飛ばした。

「それは、こいつのせいだ」

 ニステルからの視線を感じるけど、気付かないふりをするのがベストだろう。視線を竜達に固定させたまま動かさない。


 赤竜の身体が突如として燃え上がった。身に纏った炎が次第に白炎へと変化していき、白き炎の竜へと姿を変えると青竜に向かって突撃していく。それに呼応するかのように青竜の身体にも変化が訪れた。全身が水に覆われ、牙や爪、尻尾、刃状の翼といった攻撃を行う部位は、光沢のある朧花(おぼろはな)色に包まれている。

 突っ込んでいく赤竜に、身体を回転させ、遠心力を乗せた青竜の尻尾が叩きつけられる。白炎と朧花(おぼろはな)色の尻尾がぶつかり合った瞬間、その中心点に空間の歪んだ大きな穴が出現した。

 その穴を見て、カミルは既視感に襲われた。


 周囲の元素や海水を巻き上げながら、穴に向かって吸い込まれている……?あれはどこかで―――そうだ!帝城の庭園に現れた穴だ!あの穴に良く似ている。あれに飛び込めば元の時代に戻れるかも……?

 帰れる可能性が脳裏をよぎり、甘い誘惑に心が揺れ動く。


 ………、………。


 それは出来ない。リアを残して帰るなんて、そんなこと出来ない。そもそも、あの穴に飛び込んだからといって元の時代に戻れる保証なんてない。

 空を翔ける2匹の竜は動じた様子はない。身に纏う白炎と水が吸い込まれるばかりで、身体が吸い込まれる様子はなかった。何ら影響を受けずに戦闘を繰り返す。2つ元素がぶつかり合う度に、空いた穴は大きさを増していく。

「シクロッサさん!もっと飛ばしてください!あの穴に飲み込まれたらどうなるかわかりませんッ!」

 前方を向いていたシクロッサさんが振り返り、空に空いた穴を見て目が見開かれた。

「飛ばすぜ!跳ねる水を吸い込まねーように、少し息を止めてろ!」

 途端に、身体を包んでいた水が荒れ始め、海に大きな波を作り上げていく。

「いっくぜぇぇぇぇっ!」

 シクロッサさんの声が響くと、大きな波に乗り猛スピードで海を移動していく。視界が波で遮られ、竜と穴の状態が確認できない。竜同士のぶつかり合いの音が響いているあたり、空に空いた穴は広がり続けているのだろう。

「カミル、あの穴は何なんだ?」

「あれは……」

 シクロッサさんの姿を一瞥する。水流を操作するのに意識を集中しているのか、こちらを気にしている素振りはない。これなら声も聞こえないか。

「たぶん、あれに飲み込まれると時を越えることができるかもしれないんだ」

「……あれにお前達は飲み込まれたのか?」

「そう。今よりももっと近い場所に穴が空いちゃって、耐えきれずに吸い込まれたんだ。気づいたらアマツ平原だったってわけ」

「……今なら戻れるかも知れねぇぜ?いいのか?」

 首を横に振り否定する。

「本当に帰れるかもわからないし、何よりリアを置いて行けないって」

「そりゃそうだが………、お前がその選択を選んだのなら俺が口を出せるわけねぇが、チャンスはそう何度も巡ってくるとは限らないんだぜ?後悔だけはすんなよ」

「わかってる。ありがとう、ニステル」

「ふんっ」

 感謝を伝えるとニステルがそっぽを向いた。

「俺は何もしてねぇよ」

「ははっ、素直じゃないね」

 ニステルはそっぽを向いたまま返答はなかった。根っこは優しいヤツなのに、本当に口調で損してるよな。


 気づけば竜の戦闘の音も遠ざかり、肌に感じていた圧も弱くなっている。遠くにジスタークの影が見えてきた。ようやく命の危機から解放された、そう思うと自然と表情も緩んでくる。


 ドゴォォォォンッ


 遠くで何かが爆発した音がした。その直後、強烈な爆風が吹き荒れる。風が波の壁を押し退け、衝撃となって身体を揺さぶっていく。波は形を維持できず、三人は波に飲まれる形で海面へと叩きつけられた。


 世界が暗転する。衝撃を感じた次の瞬間には海に飲まれ、水中で身体が回転していく。海に突っ込んだ拍子に鼻から海水を吸い上げてしまい、鼻の奥がツンと痛むのを感じる。沈み込んだ身体が浮力の影響で浮かび始めた。

 一体何が……。

 海面に顔を出し、口で思いっきり息を吸い込んだ。そして、盛大に(むせ)た。吸い込んだ海水が気管に入りかけたのだ。

 ゲホゲホと咳き込んでいると、ニステルとシクロッサさんが海面から顔を出す。

「っはぁ、はぁ……。何が……、起きやがった」

 ニステルが息を整えながら現状を把握しようとしている。

「空を見てみろ。あんなに激しいぶつかり合いをしていた竜も、ぽっかりと空いた穴も消えている」

 海に叩きつけられたというのに、シクロッサさんに動揺はなかった。それどころか呼吸一つ乱していない。長時間の水中で行動しているから、とうに水中での呼吸なんてできなくなっているはずなのに。

 竜達がいたであろう空を見上げる。そこにあったのは一点の雲もない空。さっきまでの灼熱も凍てつく空気もない碧空(へきくう)。残されたのは暗礁地帯の地形を大きく変え、熱泉までもが失われていた。そのおかげか、海面も穏やかな姿を見せている。

「助かった……?」

 誰に問いかけるでもなく言葉が漏れた。

「そのようだな」

 張り詰めていた緊張の糸が切れ、どっと疲れが襲ってくる。いや、まだ陸にたどり着いていない。気を抜くのは早すぎる。呼吸を挟み、今一度気を引き締めた。

「シクロッサ、とりあえず港まで運んでくれよ」

「そうしてやりたいのは山々なんだが、魔力が枯渇気味なんだ。すぐそこの砂浜から一旦陸に上がろう」

 遠くに見えるジスタークから左に逸れた砂浜を指差し、水流を操作し始めた。歩いてジスタークまで向かうには少々遠い気もするけど、海で魔力切れを起こされるよりも遥かにマシだ。大人しく水流に身を任せ陸地を目指していく。


 10分ほど水流に乗り、最寄りの砂浜へとたどり着いた。

 地に足を着け、数十分ぶりの陸の安定感に心が安らいだ。ぽたぽたと服を伝い垂れる海水が砂に沁み込んでいく。足の裏にまとわりつく砂の感触も、今の俺達には心地良さを与えてくれる。小高い岩場の上まで移動すると、ようやく腰を落ち着かせることができた。

 誰一人言葉を発する者はいない。それほど憔悴しきっているのだ。

 岩場に背中を預け仰向けに寝転んで瞳を閉じる。海から吹き込む潮風が心地良く、太陽の光が暖かい。心が緩んだせいか、途端に眠気が襲ってきた。こんなところで寝たら間違いなく風邪を引くし、魔物に襲われでもしたらひとたまりもない。頬の肉を甘噛みし、痛みで睡魔を誤魔化した。無理やり上半身を起こし、これからの事を話し合う。

「少し休んだら移動を開始しよう。日が暮れるまでにジスタークに戻った方が安全だ。何か悪いな。祭壇まで連れて行くって約束は果たせ無さそうだ」

「その口ぶりだと、やっぱり海のどっかなのか?」

 シクロッサさんが頷いた。

「ああ、岩礁地帯からほど近い海底に入口があったんだが……」

 視線を海の方へ向け、喪失感溢れる表情を浮かべている。

「竜同士の戦いで地形が大きく変わっちまった。舟が壊れ、祭壇への入口も無事なのかもわからない」

「そうか」

 ニステルは短く返事をすると、それ以上言葉を重ねることはしなかった。

「ここまで地形が変わるのも、帝元(ていげん)戦争以来かもな」

「帝元戦争?」

 聞いたことのない戦だ。これは過去を知るチャンスかもしれない。少し話題を掘り下げていくか。

 怪訝な顔を浮かべるシクロッサさんに、呆れ顔のニステルが「こいつに常識を求めるな」諭すように語り掛けた。それほどまでに有名な戦なのだろうか?

「いいか?帝元戦争ってのは、帝国が王国へ侵攻を始めてから滅びるまでの戦いのことだ」

「なるほど……」

 今一番知りたい内容じゃないか。戦争については歴史書から情報を得ればいい。今聞くべきは、このジスタークで起きた出来事だろう。現地にしか残らない情報や歴史的な建物があれば実際に見ておくべきだ。

「それで、帝元戦争ではどんな風に地形が変わったんですか?」

 シクロッサさんがこちらを見つめる。

「ジスタークの町は、一度壊滅的な状況に陥っている。巨大な船を通す為に海底を削り、ザイアス王国の船諸共港を吹き飛ばした。その結果、ジスタークは一時的にクルス帝国軍の支配下に置かれたんだ。食料と貴金属を略奪し終えた後、住民を避難させることも無く住宅に火を放たれて町は崩壊した。ジスタークに泣き叫ぶ声や苦しむ悲鳴が木霊し、町は地獄絵図と化したようだ。クルス帝国軍はそのまま王都へと侵攻を続けた。だが、ザイアス王国軍の力の前に敗戦。ジスタークから船でクルス帝国領へと逃れようとスフィラ海峡に差し掛かった時、火の精霊ジスタードの逆鱗に触れ、クルス帝国艦隊は海の藻屑と消え去ったという」

 シクロッサさんから語られた内容は衝撃的なものだった。

 憧れた帝国騎士達がそんな所業を………?信じられない。皇帝の人物像はわからないけど、少なくとも元帝国騎士団長のハーバー先生やガナード・ラウ騎士団長は、他国に侵攻するような人物には思えない。


『第二皇子派はザイアス王国への侵攻を目論んでいる』


 かつて、ラウ騎士団長に言われた言葉が脳裏をよぎった。

 第二皇子とゼーゼマンが結託し、帝国を乗っ取ったのか………?元素の剣と呼んでいたあの装飾剣があれば、第二皇子派が勢い付くのも納得はできるけど………。

 嫌な想像に変な汗が噴き出して来る。

 フィルヒルは俺達が帝国の民だということを知った上で、恨み言の一つも言わずに接してくれていた。彼はどれほどの苦悩を乗り越え歩んできたのだろうか……。

 唖然としているとシクロッサさんが言葉を続けた。

「ジスタークは火の精霊ジスタードから名前を借り受け名付けられた町なんだ。熱泉を見ただろ?あれは海底の更に下に眠る火の海の影響を受けて生まれる現象なんだ。昔の人は、そこに火の精霊ジスタードがいると考えていたらしい。今回の赤竜を見る限り、あながち間違いじゃなかったってことなのかもしれん」

「え?それじゃ、赤の領域に青を司る水の精霊の祭壇があるんですか?」

 相反する二つの色の領域が共存しているのはおかしい。

「それは違う。赤の元素の影響が強すぎたせいで、周囲の土地は人が暮らすには過酷すぎたみたいなんだ。そこで目を付けたのが水の精霊アリューネの御業ってわけ。祭壇を作り、水の精霊アリューネを祀ることで赤の影響力を抑え込んでいるんだ。本来の青の領域はエンディス大陸の北西に位置するクラッカ諸島の永久凍土さ」

 クラッカ諸島。確かアルフから海を東へ進んでいくとあると言われている凍てつく大地だ。火の精霊ジスタードか水の精霊アリューネに選ばれた者だけが踏み入れることが許された自然の要塞。という講義を受けたのを思い出した。

「アリューネのおかげでスフィラ海峡とその周囲の気温が下がり、植物が育つことができる環境が整ったと記されている。詳しい書記は王都にあるから、気になったら調べてみるといい」

 そこまで言うと、シクロッサさんがゆっくりと立ち上がった。

「そろそろ移動を開始しよう。日が暮れるまでに帰れるかは魔物との遭遇次第だな」

「そこは安心してくれ、ぜってぇすんなりジスタークまでは辿りつけないから」

「それのどこが安心するんだ……?」

「約束された魔物との高い遭遇率?」

 散々な言われようである。俺が原因だとは言い切れじゃないか。だから俺も言い返す。

「そうですよ、安心してください。魔物が出たらニステルに丸投げしとけばいいんですから。その為の長物の武器なわけですし」

 ニステルが眉間に皺を寄せ抗議の目を向けてくる。

「あん?もう少し年長者を敬うことはできねぇのか!?」

 肩をすくめ抗議の言葉に反論する。

「いやだな~、先輩の顔を立てて頼ってるんじゃないですかー。頼りにしてますよ?せーんぱいっ」

 言い切る前に笑いが堪えられず、言葉尻が笑いで声が震えてしまった。

「よぉし、舐め腐ったカミルは置いてくか。シクロッサ、早く行くぞ」

 足早に歩き出すニステルに、シクロッサさんが噴き出し後を追っていく。こちらを一瞥すると「絡む相手を間違えると後々めんどくせーぞ?」楽し気に言葉を投げてきた。

「それは……、一理ありますね。って、置いてかないでっ!」

 早足で進む二人の後を追いかけていく。


 それから、幾度の戦闘を繰り返し、ジスタークに着いたのは日が暮れて暫く経ってからだった。


「予想通り、完全に日が暮れちまってるなぁ?」

 ニステルからチクチクとした視線を感じるけど、断じて俺のせいではないと思う。きっと。

「まあ、無事に町に着いたんだからあんまり虐めるのは看過できないな」

 シクロッサさんの言葉に、ニステルは仏頂面を崩さない。

「シクロッサさんもこう言ってるし、今日のところは許しとこうよ?」

「どの面下げて言ってんだ!?」

 おっと、火に油を注いでしまったようだ。

「ほどほどにしとけって。舟を直して海底調査しとくから、数か月後くらいにまた港まで寄ってけよ。今度こそ祭壇に連れてってやっから」

「これは貸しだからな!」

 シクロッサさんに言葉を投げてニステルは歩き出してしまった。

 俺は頭を下げて「すみません。祭壇の件、楽しみにしてますね」それだけ言うとニステルの後を追いかけた。

「次会う時までには、仲良くなってろよぉぉぉぉ!」

 足を止めずに振り返り、手を振ってシクロッサさんへ別れを告げた。



 足早に去って行く二つの影を見送り、ようやく一息ついた。

 あれがカミル・クレストとはねえ。こんな場所で再会を果たすとはな……。まったく、数奇な人生送ってんなアイツも。

 二人が町に消えた方向を眺め、シクロッサの表情は優しいものに変わっている。

 また会おう、カミル・クレスト。茨の道を歩む者よ。

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