ep.55 黒に連なる刀
私が鍛冶の技術を身に着け始めたのは、10歳になった頃からだった。エルフたる者、自分の命を預ける相棒は自分で鍛え上げろという父の教えの影響が大きかった。周りのエルフの仲間も鍛冶の技術は一級品で、それがエルフという種族の中では普通のことなんだと子供ながらに思ったものだ。
剣術と魔法の鍛錬を一日置きにこなし、夕方から父にくっついて鍛冶の技術を学ぶという日が続いていった。それから幾度となく鉄を叩き続け、納得のいく剣を生み出せるようになったのは冒険者として一人旅ができるようになってからだった。エルフが生み出す武具が優れた物だと知ったのは、15歳になりアルフでの学園生活が始まってから。街で見かける剣と自分が打ち出した剣を比較した時、遜色がないことに気づいたのだ。高々5年しか鍛冶師として修行してない自分の力量が、アルフでは上等品として扱われている。一度も納得のいく剣を打ち出したこともないのに、行き交う冒険者達はそれを誇らしげに掲げているものだから、正直がっかりしたのを覚えている。だから私は、自分が身に着ける武具以外打つことを止めた。武具の価値を見極められない人の為に、打つ気なんて起きない。
でも、この日本刀は別だ。カミルはこの日本刀という種類の剣の価値に気付いていた。だからこそ、砕け散った時に取り乱したのだ。私自身もこの剣が放つ力は気になるところでもある。初めて見た時から不気味な感覚はあった。他の剣とは一線を画す業物であることは明確だった。たとえ前の持ち主がいけ好かないエルフだったとしても、今コイツの相棒はカミルだ。なら、私の持てる技術を以って打ち直す価値はある。
「え?お父さん、今家にいないの?」
食堂から帰ってきてからすぐ、工房の使用許可をもらおうとイヴリスさんの父親に話をするつもりだった。その父親がいないのは予想外だ。
「剣の納品でミトス大陸のゼラルドまで出向いているのよ。あと2、3日したら帰ってくるから、用があるならその時にしなさいな」
イヴリスさんが申し訳なさそうに振り返る。
「だそうです………。どうされますか?」
「それぇならぁしかたぁなぃれすね」
呂律が回ってない。どうやら飲み過ぎたようだ。自分でも何を言ってるのか聞き取れず、自分の発言に思わずクスクスと笑ってしまった。こんな時、ユリカが居てくれたら回復も早いのにな。
「今日は諦めて、ほらっ部屋に向かうよ」
カミルに支えられ、千鳥足状態の私はゆっくり、ゆっくりと廊下を歩いていく。
「ああはなりたくねぇな」
背後からニステルの声が耳に届いた。うん、明日覚えてろよ。
階段の前まで来ると「失礼します」断りを入れられ身体がふわっと宙に浮いた。すぐに身体が沈み込み、私はカミルの背中に身体を預ける形となった。おんぶされるのなんて、一体何時ぶりだろう?幼少の頃に父の背中にしがみ付いて遊んだ記憶はある。大きくて広い背中から伝わる体温が安心感をくれる。そのせいもあって、よく背中で寝てしまっていたな。大人になってからはおんぶされたことはない。今みたいに酔いが回ったとしても、ユリカの魔法でまともに歩けなくなることも少なくなった。久しく忘れていたおんぶされる感覚に、どこか懐かしさを感じてしまう。カミルの背中はまだ成長しきっていないせいか、身体を預けるには頼りない感じはある。でも、それも悪くない。
ゆっくり一歩ずつトンットンットンッと階段を登る振動が心地良く響いてくる。テンポ良く揺れる身体はその心地良さから微睡の中へと入りかけていた。それも束の間、階段を登りきると「降ろすよ」声がかかった。一気に現実に引き戻されていく。もう少し心地良さに身を任せていたい私は―――。
「このぉまぁ、べっどぁでふぁこべぇ」
自分が与えられた部屋を指さし、呂律の回らない口でベッドまで運ぶことを指示していた。
「んー?ベッド?部屋まで運べっての?」
うまく聞き取れなかったのか確認をしてくる。
「そぉー」
「はいはい、わかったよ。次からこんなになるまで飲み続けるの禁止ね」
歩き出したカミルから小言が飛んで来たけど、そこは聞かなかったことにする。今はただ、この温もりに包まれた安心感だけを享受したい。
それでも部屋はすぐそこで、ベッドまでたどり着くのはすぐだった。カミルの背中からベッドに腰かけるように降ろされる。名残惜しさはあるけど、我儘はここまでだ。
「ぁりふぁとぅ」
「うん、ゆっくり休みなよ」
それだけ言うとカミルは部屋から出て行った。
一人部屋に取り残された私は、そのまま後ろに倒れていきベッドに身体を預けた。頭の中は未だ思考がぐるぐると渦巻いていて深く物事を考えることができない。横になった反動か、途端に眠気が襲ってくる。お風呂に入りたいけど、この状態だと帰って来られる自信がない。明日、朝一で浴室を借りよう。そう決めて意識を微睡に沈めていった。
イヴリスさんの父親が帰ってくるまで、ジスタークの鍛冶町で足止めを食うことになった。何もせずに待っているのも時間の無駄ということで、観光なり鍛錬なり各々が好きなように過ごしている。刀を失った俺は、観光しつつ魔法の鍛錬に励んでいる。海が近い場所なら上級魔法の発動が可能化もしれないと砂浜で試してみたが、魔法を制御できずに空中で弾けて大量の水を被り続けた。僅かな適正のある火属性のフルメシアは扱うことができるようになったけど、それ以外の進歩はまったくない。詠唱をすれば初級の魔法ならまだ使えるんだけど、魔法陣経由での発動には至っていない。
もどかしい日が2日過ぎ、日が沈む頃にイヴリスさんの父親が帰宅した。
俺達がお世話になっている経緯は伝わっているらしい。
「イヴリスの父のエピシロです。娘が世話をかけましたね。ありがとうございました」
エピシロ・ツァワイル。海老色の髪をソフトモヒカンにし、顎鬚のみを伸ばした風貌だ。正面から見ると顔が綺麗に菱形を模った輪郭を描いている。茶色い瞳をしていることから、イヴリスさんはジュネアさんの血を色濃く引き継いでいることがわかる。
「皆さまがいらっしゃらなかったら、こうして再びイヴリスの顔を見ることができなかったかもしれません」
「礼を言うなら、そっちの黒髪に言ってくれ。トラブルに巻き込まれることに関してはピカイチなんでね、今回の一件もカミルが変に巻き込まれたからなんすよ」
ニステルが遠回しに嫌味を言ってくる。確かに事実だから否定できないけど、そのおかげで人ひとり救えたからいいじゃないか。
「それはそれは、カミルさんの運の悪さに感謝しないといけませんね」
ツァワイル家の人達が笑い合っている。リアとニステルはというと「笑えない……」「笑えねぇ……」顔が引きつっている。
「それでね、オルグとの戦いでカミルさんの剣が砕けちゃって………。直したいんだけど、工房使ってもいいかな?」
「イヴリスが打ち直すのか?」
優しい笑顔を浮かべていたエピシロさんの表情が僅かに険しくなったような気がする。
「いや、私が打ち直そうと思ってます」
リアがエピシロさんに視線を送ると、エピシロさんの目がリアを捉えた。さきほどまでの穏やかな空気感は消え去り、その瞳は鋭さが増している。リアの身体に視線を動かしていき、再びリアの顔を見た。
「申し訳ないが、そんな細身のお嬢さんには荷が重い。止めといた方が良いと思いますが?」
言葉は穏やかだけど、リアには無理だとはっきりと告げている。鍛冶師の職人だからこそ、中途半端に打ち出される武器を良しとしないのだろう。リアの姿はぱっと見では力仕事すら出来なさそうな細身である。何も知らない人がそう判断するのも無理はない。
「私はこれでも一端の冒険者なんですよ」
リアが細い腕を伸ばし、エピシロさんに見せつける。
「確かに見た目は細く見えるかも知れません。でもこれは、私が筋肉がつくことを嫌ってのこと。筋肉をつける代わりに、魔法で筋力を補っています。鍛冶職人であるエピシロさんでしたら、見た目だけでは伝わらないものがあることも承知していると思いますが?」
二人の視線はぶつかり合ったまま沈黙が続いた。
エピシロさんが「はぁ〜」と短いため息をつく。
「娘を助けてくれた恩もあるし、そもそもそれが原因で剣が砕けたのなら貸さないというのは恩知らずだろう」
イヴリスさんの表情がばっと明るくなった。
「さすがお父さん!物分かりいい」
「但し、打ち直しには私も同行させてもらうのが条件だ」
「そんなことで良いならお安い御用だ」
特にリアは嫌がる素振りも見せずに了承した。
「お父さん、そんなこと言って、リアさんから技術を盗もうとしてるんでしょ?」
いたずらっぽく笑うイヴリスさんが肘でエピシロさんの脇腹を小突く。
「そんなわけあるかっ」
人差し指でイヴリスさんのおでこを小突き返す。
ツァワイル家の関係性は良好なようだ。
「でも、さすがに今日はもう日が暮れてるから明日からにして頂戴。御近所さんに迷惑だから」
工房へ移動し始めた3人に対して、ジュネアさんが制した。この家族の力関係を理解した気がする。
翌日、朝食を終えた3人が意気揚々と工房へと向かっていく。気になって跡をつけると、工房内では砕けた刀を広げて会話が弾んでいた。エピシロさんは見慣れない日本刀に興味深そうに刀身を眺めている。3人で意見を交わし、素材の調査や製法を固めているのだろう。鍛冶の知識の無い俺が出しゃばっても意味がない。ここはあの3人に刀を託し、俺はいつもの鍛錬にでも向かおう。
多少慣れた港町への道。港が近づくにつれ潮の香りが強くなる。船が並ぶ漁港から脇に逸れ、木々の間を暫く歩くと白い砂浜と青い海が顔を出す。いつもの鍛錬場、そこに麦わら帽子を被った無垢の膝丈のワンピースに、無垢のパンプスを履いた女の子が立っていた。腰まで伸びた長い金髪が風に靡いている。その姿はエジカロス大森林で出会ったサティを連想させた。
あー、今日は先客がいたか………。上級魔法の鍛錬だと、魔法の規模の大きさから近くに人がいる状況だと失敗した時に巻き込みかねない。まあ、鍛錬はもう少し後にして、せっかくここまで来たんだし海でも眺めていくか。
砂浜の方に歩いていき、海を見つめる。不審者に思われないように、女の子とはしっかり距離を保っている。寄せては返す波を見つめ、波が作り出す海の音色に耳を傾ける。心を落ち着かせてくれる優しい音。海から離れたアズ村では聞くことは無かったけど、何故か懐かしさを感じる不思議な音だ。
砂浜に入って海に近づいてから女の子からの視線を感じていた。なるべく気にしないようにしていたけど、ここまで露骨に見つめられたら無視をし続けるのも居心地が悪い。ゆっくりと女の子の方に視線を向けていく。碧眼に長い耳、女の子はエルフだった。それだけじゃない、どことなくサティの面影を感じる顔立ちをしている。
「何か用?」
ふわりと風が巻き起こり、女の子は麦わら帽子を押さえながら答える。
「お兄さん、元素に愛されてるんだね」
「えっ!?」
俺は元素への適性が低い。それは産まれてから常に感じてきたことだ。魔法陣での魔法の発動の遅さ、規模の小ささを見れば一目瞭然。詠唱をして初めて六属性すべての魔法を発動させることができるようになったのだから間違いない。ましてや、初めて会う女の子が俺の元素への適性を知りようがない。
「だって、元素がそれだけ集まってるんだもの」
「元素が集まってる??」
突飛なことを言い出した。いくら元素への適性が無くとも、元素を感知することはできる。だからこそ、周囲に満ちる元素を理解できるし、誰かが魔法を使おうとすれば、元素の収束でどんな属性の魔法なのかが推測可能となる。幾度の修練でも、戦闘でも、自分の周りに多くの元素が満ちる感覚は今までに一度足りともない。
女の子は首を傾げ不思議そうにこちらを覗き込んでくる。
「お兄さんには視えないんだね」
「??一体何が見えるのかな?」
「元素だよ」
どうも上手く会話が噛み合わない。呆然としていると女の子はニコッと笑う。
「綺麗な景色も見れたし、私は帰るね」
ばいばいっと手を振り元気に港の方へと駆けていく。
あの子には一体何が見えていたのだろう?よくわからない子だったけど、いなくなったことだし鍛錬を開始しよう。
海を見据えて直立し、右の掌を正面へと突き出した。魔力を宝石へと流すと詠唱を開始する。
― 命脈揺さぶりし青の奔流よ 無慈悲なる衝撃と化し
その悉くを蹂躙せよ アーリアル ―
元素に呼びかけ、魔法陣を介して術式が起動する。周囲の青の元素を巻き込みながら水が湧き上がり、高さ5mほどの水の壁が形成され正面に向かって波と化し進み始めた。一見すると魔法は発動し、上級水属性魔法アーリアルは成功したかのように見える。だが、進めば進むほど水の規模は小さくなり、勢いも削がれていく。10mも進まない内に青の元素となり霧散していく。
また失敗だ。かれこれ、ここ2日は毎回こんな感じで失敗している。発動までは形として成立している。問題なのは発動した後の青の元素の制御にある。形を留めながら自分が思い描いたように動かすのは難しい。水や土などの重力の影響を受けやすい魔法は苦手だ。重さという観点から魔法の制御がしづらくなる。青の元素への適性が高ければ、込める魔力量も減り幾分か扱いやすくなると言うのに。
エルフの女の子の言葉が頭の中で蘇る。
「元素に愛されてるんだね」
これのどこが元素に愛されてるというのか。
雑念を振り払うように頭を左右に振る。
今は出来ないかも知れない。でも、ここで少しでも感覚を養っておかないと何時まで経っても使えないままだ。
身体を一度脱力させ深呼吸を挟む。何度か繰り返し思考をリセットする。深く呼吸をする、ただそれだけで落ち着くのだから不思議である。
もう一度構え直し、そこから魔法の反復練習を日が傾き始めるまで行っていた。
リアはカミルの剣を作り変えてるし、カミルはカミルでどっかに行っちまった。一人残された俺は、槍を持って町の中をぶらぶらしている。鍛冶町にいてもつまんねぇし、港町まで出向き適当な食堂でも覗いてみるか。
鍛冶町から宿町に入っていくと、町をうろつく種族がガラリと変わる。鍛冶町は専らドワーフの町みてぇな雰囲気を醸し出している。暮らす人はほぼドワーフで、身長が低く幼い顔立ちをしてる人が目立つ。宿町まで来ると、それが逆転する。ドワーフの姿は疎らで、ほとんどがヒュムが町の運営を担っている。港町もほとんど雰囲気は変わらないが、時折ネブラの姿を見かけることもあった。青の元素との親和性が高いせいか、髪色が青系統で爪の色も淡い青色だ。指の間に水掻きもあるから、やたらと目に留まる。海が近いから、水場で活動が盛んなネブラがいるのも不思議じゃねぇが、普段見なれないからどうしても目で追ってしまう。
食堂までやってきたは良いものの、まだ昼までに時間があるせいか開いてる店が見当たらない。別に腹が減ってるわけじゃねぇが、目的の場所が閉まってるとなると手持ち無沙汰になっちまう。どうすっかな。
視線を港に停泊中の船に移す。数は疎らで多くは漁に出ているであろう。
その中で、一際小さな舟の前で難しい顔をしたネブラの男と目が合った。視線が顔から槍に移っていくと、男の口角が上がっていく。怪しい表情のまま、ゆっくり手招きしてくる。
おし、見なかったことにしよう。俺の直感が面倒事だと告げている。時間は有り余っているが、わざわざ厄介な事に首を突っ込むほどお人好しじゃねぇ。
踵を返し、男から視線を外した。
一旦ツァワイル家に戻るとしよう。どうするかはそれから考えれば良い。
「ちょちょちょちょぉっ!」
男がニステルを追いかけ言葉を投げる。
「今、目合っただろ!無視すんなって」
近寄って来た男に首に腕を回され、思わず男を睨みつける。
「そう睨むなって。兄ちゃん、冒険者なんだろ?それだったら話を聞く価値はあるから聞いとけって」
「アンタからは面倒そうな雰囲気しか感じねぇんだよ!わりぃが他当たってくれ」
回された腕を払い除け、早足で宿町を目指し歩き始めた。
「そう邪険にすんなって。水の精霊の祭壇ってやつを見たくないか?」
水の精霊の祭壇?
男の言葉が耳に残り、ニステルの足が止まった。
「お?興味持ってくれたか?」
男の口車に乗るのは癪だが、本当にそんなものがあるのか気になった。だが………。
男の方へと振り返る。
「そんなもんがあるなら、この町はそれを観光の目玉にしてるはずだろ?んなもん聞いたこともねぇよ。本当にあんのか?」
男がほくそ笑む。その満足そうな顔が気に入らない。
「そりゃ、知ってるヤツの方が少ないからな。俺達ネブラの民にしか伝わってない場所だ。舟もこんな小ささじゃなきゃ近寄れねえときた」
男は自分の所有する舟を指し示し言葉を続ける。
「だから、タダで教えるつもりはない。仕事をこなしてくれたら連れてってやるよ」
この男が本当のことを言っている保証はない。しかも、水の精霊とか抜かしやがる。精霊の時代なんぞ、1000年も前に終わっているというのに。昔の俺なら迷わずそう切り捨てていただろう。でも、カミルとリアの存在のせいで男の発言を聞き流すことができなくなっている。もちろん、精霊時代から来たって話を鵜呑みにするわけじゃねぇが、心の何処かでそうだったら面白いと思っている自分もいる。
逡巡していることを悟られたのか、男はそれ以上絡んで来ることはなかった。
「ならどうだ?もし行く気があるんだったら、明日の正午にまたここに来い。来なかったら別のヤツを探すさ」
さっきはグイグイと誘ってきたくせに、悩んでると分かれば意思を尊重するみたいな態度を取ってきやがる。
「多少危険を伴うが、それでも行く価値はあると思うぜ。何なら仲間を連れてきたって構わない」
「ま、気が向いたら来てやるよ」
身体を翻し男の下から去っていく。俺の一存では決められない。少なくとも金になる仕事とは思えねぇから、あいつらが興味を持つかで行くか決まるだろう。
「おう、待ってるぜ」
やけに機嫌の良くなった男の声が背中越しに響いた。
砂浜での鍛錬を終え、ツァワイル家に戻るとイヴリスさんに工房へと連行された。
カンッ、カンッ、と一定のリズムで鉄を打つ音が鳴り響いている。刀の製作は長い時間を要すると聞きかじったことがある。ま、日本での話なんだけどさ。
中に入ると、むわっと広がる熱気に思わず進む足が止まった。日が暮れ始めたこともあり、室内には照明が灯されている。やや明るさを抑え、バーみたいに気持ち暗めの室内の雰囲気だ。
「カミル、連れてきたよ」
イヴリスさん声を受けて二人の腕の動きが止まった。熱を帯びる鉄が輝きを放ち、見ただけでじんわりと汗が出てくるのを感じる。
「ようやく帰ってきたか」
リアが工具を置き近づいてくる。普段見ないツナギ姿に手拭いを頭に巻いている。
「どうしたの?そのツナギは」
リアが自分の服装へと視線を下げる。
「買ったんだよ。作業服を借りようとしたんだけど、ほら、エピシロさんやジュネアさんとの身長差を考えたら丈が全然足りなくてさ」
ドワーフの平均身長は男女共に150cmほど。180cm近くあるリアが服を借りるなど不可能だろう。
「なかなか様になってるんじゃない?」
腰に手を当てポージングを取るとしたり顔になった。
「着る人の素材がいいからな」
「ツナギ姿を見せつける為に俺は呼ばれたの?」
「おっと」
リアの表情が素に戻る。
「刀について何だが、出来上がるまでに早くて2週間近くかかる」
「それじゃ、それまでジスタークで待機かな」
「いや、ジスタークには私だけが残る。カミル達は先に王都に帰って簡単な依頼でもこなして旅の資金を貯めといてくれないか?」
「それはいいんだけど、武器がないから本当に簡単な依頼しかこなせないよ?」
王都周辺のそれなりに見返りの良い依頼は、多くが魔物を討伐する必要がある。魔物の数を減らす、魔物から食料となる肉を得る、魔物から素材を剥ぎ取るなどなど。後は冒険者になる時にこなした下水施設の清掃をはじめとした汚れ仕事くらいだ。実入りの少ない依頼ならその限りではないんだけど、どうにもやる気に繋がらない。
「それならこの剣を持って行ってください」
エピシロさんが壁に飾られていた剣を手に取ると、こちらへ近づいてきた。鞘から刀身を抜き出し造形を見せてくる。
「この剣の刀身にはニグル鉱石が使われています。昔、興味本位であれこれ試しながら打ち出した一振りなんですよ」
鈍い輝きを放つ黒っぽい刀身を持つロングソード。飾り気が全く見られない無骨な剣だ。鍔や握りには使い込まれた汚れや傷があることから、何かの使い回しを嵌め込んだだけなのかも知れない。本当に好奇心で打っただけなのが伝わってくる。
「まあ、見た目は汚れていますが試し斬りくらいしかしてないんで安心してください」
「いや、でも……、貴重な素材を使ってるものを借りるわけには」
ニグル鉱石は貴重な資源だ。借りて何かあっても賠償はできない。
「借りてっても大丈夫よ。どうせ実戦での評価が知りたいだけだろうし。ねえ?」
イヴリスさんがエピシロさんの顔を見つめながら問いかけた。
剣を鞘に収めながら、エピシロさんは言葉を続ける。
「そういうことです。後で使い心地を聞かせていただけたらそれで構いません。せっかく打ち出しても、自分では満足に振るうこともできなくて、工房の装飾品と化してましたから」
そこまで言われたら断る理由は特にない。剣に手を伸ばし「お借りします」そう告げるとエピシロさんの手から剣を受け取った。刀よりもずしりと感じる重み。使いこなすには剣に馴染まないといけなさそうだ。
「砕けたあの剣と同じで、黒の元素との相性は良いはずです。使い慣れた剣に近い性質のものの方が馴染みやすいとも思いますしね」
「あの剣は生まれ変わるぞ。ちょっとした素材を使っているから、より黒の元素との親和性が上がるんじゃないか?」
どこかしらリアがわくわくしている気がする。鍛冶をする姿は今まで見たことなかったけど、打つのは嫌いではなさそうだ。
「私の技術も入ってますからね。当然でしょう」
リアといい、エピシロさんといい、鍛冶師というのは自分の持つ技術に対して絶対的な自信を持つのだろうか?いや、むしろ技術に関しては妥協を許さないはずだ。だから、2人の自信の現れは今まで積み上げてきた時間と経験から来るものだ。
「私の魔剣の技術も入っていることをお忘れなく」
三者三様に口角を上げて笑い合っている。傍から見ていると、ちょっと気持ち悪い。そこまでハマれるものに出会えているという点は羨ましくはあるけどね。俺も何か趣味を持ったほうが良いのかも知れない。
「剣が完成するまでに銘は考えとけよ?黒の元素を連想させる良いのをな」
銘か。そういえば、サティから刀を譲り受けてから今まで名前なんて気にしたことなんてなかったな。
「刀に見劣りしない名前を付けなきゃね。因みに、この剣の銘は?」
「黒鷺だ」




