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ep.53 魔剣スヴォーダ

 オルグと呼ばれた男の手に握られている剣の光の筋を見る限り、あの細剣は間違いなく魔剣だろう。まともにぶつかり合えば、おそらくリアの剣もただでは済まないだろう。だから俺は、刀を握りしめリアの前へと躍り出た。

 刀が影の刃に触れると、そこに込められた黒の元素を奪い去り、影の術式を無力化していく。黒の元素を吸い込み、漆黒に染まった刀身の周りに揺らぎが生じた。それは赤黒い光の筋となって漂っている。

 これは魔剣の輝き。バルディスが持っていた木剣の魔剣や、オルグが持つ細剣が放つ輝きと酷似している。黒の元素ごと魔剣の力さえも吸収した、そうとしか思えなかった。もし、この光の筋で魔法に含まれる元素を霧散させることができるなら、オルグの持つ魔法も意味を成さなくなるのかもしれない。僅かに宿った希望の灯火を胸に、大鎌の男―――オルグ・クワブシと対峙する。


 オルグが刀に纏う光の筋を見つめ納得した様子を浮かべる。

「黒の元素と言い、魔剣の力と言い、力そのものを吸収する化け物じみた武器みてーだな」

 やはりあの細剣は魔剣で間違いないらしい。木剣の上位互換であるのは想像するのは難くない。俺の刀と同じように鍔が無い。大鎌と一体化していたし、擬態させる為に取っ払ったのかもしれない。刀身が鈍い黒色をしている。

「これで条件は同じだろ?」

 オルグは不敵に笑い言葉を吐く。

「同じ?魔法を元素に戻すのが魔剣の力と思ってんじゃねーよな?」

 オルグの言葉を聞き流すことができなかった。

「魔法をぶった切るのは、力の一端にすぎねーんだよッ!」

 オルグがカミルに向かって走り出す。魔剣に黒の元素が集まり出し、魔剣から影が分離する。

 影の魔剣!?

 分離した影の魔剣を左手に握ると、細剣の二刀流となった。だけど、影の魔剣には光の筋は見られない。つまりは単なる影だ。魔剣という力を見せてからの影の魔剣、よく考えられている。先入観に縛られたままだと攻めることを躊躇ってしまうだろう。

 後ろから光弾が飛び出してきた。真っすぐにオルグを目指している。リアが放ったその光の後を追って駆け出した。

 魔剣が光弾に向かって伸びていくと、光の筋が周囲に広がった。赤黒い光の筋に光弾が喰われていく。その間に影の魔剣の対処に動く。刀を振るい影の魔剣へと打ち付けた。刀が黒の元素を奪い始め、見る見る内に刀身が失われていく。刀が影の魔剣を潜り抜け、オルグの腹部に向かって伸びていく。

 魔剣の力を宿している今なら、オルグの身体を吹き飛ばすことができる可能性は十分ある。

 刀がオルグの身体に届く、と思われた瞬間、オルグの身体が真下に消えていき刀が空を斬る。

 消えたッ!?いや、地面に潜った?

 視線を堕とせば、そこにあったのはオルグの影のみ。肝心のオルグの姿はどこにもない。

 真下に消えたように見えたけど、それは見せかけで上に飛んだのか!?

 視線を上げるも、そこにもオルグの姿はない。

 不意にオルグが残した影から左手が現れ、カミルの右足首を掴み引っ張られた。体勢を崩しながら、カミルは足元を見た。

 影の中ッ!?でも、黒の元素由来の技なら、この刀で黒の元素を奪っちまえばッ!!

 迷わず刀を影へと突き下ろしていく。

 その瞬間、オルグが影の中から飛び上がってくる。右手に握られた魔剣の刃が、首を目掛けて跳ね上がってきた。黒の元素に対しての動きを読まれたカウンター。刀の動きに合わせ影から飛び出すことで、刀を回避しながら攻めに転じている。

 魔剣が喉元に触れる。皮膚に焼けるような熱さを感じた。視界が目眩になった時のように影が差した。でもそれはほんの一瞬の出来事で、瞬きを一つ挟むと視界はクリアになった。

「うらぁぁぁぁぁッ!!」

 リアの叫びと共に身体が後ろへと流されていく。目の前を通過する魔剣を見送り、身体が宙を舞う。視界に映るのは、遠ざかる魔剣と闇を纏う剣を振りかざしたリアの姿だった。

「ぐぁッ!?」

 背中を打ち付け濁った声が漏れた。


 キィィィィンッ


 金属同士がぶつかり合う音が響く。

 痛む身体に鞭を打ち、すぐさま立ち上がった。寝ている暇なんてない。今もリアが戦っているんだ。

「はははッ、影使いに黒の元素で挑むなんて、勇ましいなぁぁぁッ!」

 オルグがリアの剣を押し上げた。

 いけない!あのままではリアがッ!!

 懐の開いたリアの胸元目掛けて魔剣が走る。

「ぐぅッ!」

 オルグのくぐもった声が漏れると、魔剣を振るう腕の動きが止まった。

 背後からニステルが岩の槍を飛ばし、背中に直撃させている。

 その一瞬の隙をリアが見逃すはずがない。

 押し上げられた剣を力任せに振り下ろす。オルグの左肩を斬り裂き、心臓目掛けて突き進む。

 オルグが身体を沈ませながら真横へと飛んだ。心臓を守りつつ、リアの間合いから逃れていく。その代償は大きく、オルグの左肩と左腕が斬り落とされ血が滴っている。

「はぁッ、はぁッ、はぁッ」

 オルグが呼吸を乱し、痛みに顔を歪めている。

 今が攻め時ッ!

駿動走駆(しゅんどうそうく)

 風を足に纏わせ、オルグへと駆け出した。

 この絶好機を逃すわけもなく、リアも弾かれたように駆け出している。剣に纏う闇を払い「鳳刃絶破(ふうじんぜっぱ)」で剣の尖端に緑の元素を収束させ風を纏わせる。突貫力を極大化した突きの一撃を武器に、オルグへと突き進んでいる。

 ニステルもまた動き出した。4本の岩の槍を創り出し、オルグの動きに備えている。

 先陣を切ったのは、オルグから距離の近かったリアだった。駆けた勢いを乗せ、先端に風を纏った剣がオルグの胸目掛けて突き出された。

 オルグの魔剣から光の筋が広がり、風を纏う剣の軌道を逸らしながら風を緑の元素にし霧散させていく。その直後、3本の岩の槍がオルグの背後へと突き刺さった。魔法を元素に戻してしまう魔剣に対して、直接ぶつけることを避け、オルグの行動を阻害することを選ぶ。

 そして、黒の元素と魔剣の力を吸収したカミルの刀がオルグへと迫る。リアの左側からオルグへと近づいていくと、横一文字に刀を振り切った。

 オルグが真上へと飛び上がり、刀が足の下を通過していく。

 だがそれも束の間、頭上から接近する岩の槍がオルグの脳天へと直撃し、身体を真下へと押し戻していく。

「今度こそ終わりだッ!!」

 振るった刀の手首を返し、真上へと軌道を変えていく。落下してくるオルグの股の間を斬り上げ、心臓を斬り裂き、頭が真っ二つとなった。

 斬り裂かれたオルグの身体が左右に分かれて地面へと崩れ去った。血が滴り、地面がその血を飲み込み大地の色を穢していく。オルグの身体が影に変わることも無く、大地に残り続けている。今度こそ本体を倒したのだろう。そう思うと体中の力が抜けていき膝から崩れ地面へと座り込んだ。

 初めて人をこの手で殺めてしまった。冒険者稼業をしていく上で、いずれはそんな経験をするかも知れないとは思っていた。でも、その覚悟を決めることすらしないまま戦い、結果的に命を奪う結果になった。手に残る肉を断った感触が生々しく未だに手に残っている。オルグがどんな人生を歩んで来たかはわからない。それでも少なからず彼の帰りを待っている人がいたかも知れない。そう思うと、何だかやりきれない思いになる。胃がキリキリと痛み、喉を駆け上がってくるモノを必死に押し留めた。

 握った刀を見つめるカミルにリアが口を開いた。

「冒険者となったからには、相手にするのは魔物だけとは限らない。今回みたいな護衛の依頼だと人と戦うことになる場合もある」

 リアはカミルが生まれて初めて人の命を奪ったことを察していた。アルフの学園の1年生であるのなら、人を殺める経験などまずないだろう。だから、言葉にしておかなければならない。戦場でその手が鈍れば、命を落としてしまうのだから。

「人を殺めることに慣れろとは言わない。でも、自分の命や仲間の命がかかっている場合は迷わず斬れ。そうしなければ殺られるのはお前だ。生きて私達の時代に帰るんでしょ?帰りを待ってる人がいるんでしょ?なら、立ち止まってる時間なんて無いはずよ?」

 リアが言っていることはきっと正しい。でも、簡単に割り切れるほど肝は据わっていない。人の命を奪うということと、もっと向き合わなければならないだと思う。


 ピシィンッ ピシピシィッ


 不意に何かに亀裂が入る音が響いてくる。疲れ切った身体を動かし、音の発生源を探る。そこで刀が軽くなった。

 カランッと甲高い音を響かせ、刀身の中央から砕け尖端部分が地面へと落ちている。

「あああああああッ!!刀が………」

 カミルが思わず叫び声を上げる。今まで刃毀(はこぼ)れ一つ出来なかった刀が、砕け折れてしまっているのだから当然だ。

 黒の元素を吸わせ過ぎた?魔剣の力を取り込んだから?原因を考えればいくつも浮かんでくる。

 リアが傍らに屈み砕けた刃の破片を拾い上げる。

「砕け方からして、負荷に耐えきれなかったみたいだな」

 その言葉だけでは原因までは特定ができない。

「リアってそんなことまでわかるんだ」

 刀の破片を一つずつ丁寧に回収しているリアは、顔をこちらに向けること無く言葉を続ける。

「これでもエルフの端くれだから、鍛冶技術は一通り習得してるんだよ。私が使う剣や鎧なんかは全部私が作り上げたものだし」

 リアが武具を作れることは意外だった。細身のリアからは、武具を仕立てる姿がどうにも想像するすることが難しい。もっと筋肉質な人が金属を激しく打ち付けてるイメージが先行してしまいがちだ。

 刀の破片をすべて拾い上げると「ニステル!ちょっと来てくれ!」ニステルを呼び出した。

 億劫そうな表情を浮かべたニステルがノロノロと近寄ってくる。その後ろにはイヴリスさんも付いてきていた。

「何だ、どうした?」

 リアがいつになくにこやかにニステルに声を掛ける。

「これを運びたいから岩の器を作ってくれ」

 両手に乗せられた細かい刃の欠片と形を残している尖端部分を示す。

 ニステルがジッとリアの顔を見つめる。

「それってただの荷物持ちじゃね?」

「そうだよ」

 にこやかな笑顔を崩さず答える。

「困ってる人を見かけたら助けるのが兵士の勤めだろ?」

「俺はまだ兵士に戻ってねぇし」

「困ってる女性を手助けするのが紳士でしょ?」

「紳士を気取ったこともねぇよ」

 笑顔のリアとだるそうなニステル。時間が止まったかのような僅かな静寂の後、ニステルが「はぁ〜」盛大にため息をついた。

「わかったよ運べば良いんだろ?」

 黄の元素を操り刀の破片が収まる大きさの岩の器を作り出した。

「さすがニステル、頼りになるなぁ」

 破片を器に移しながら甘ったるい声を出すリアに、ニステルの身体がぶるると震え腕で身体を抱えた。

「気色悪い声出すなよ。寒気がしただろぉがよ」

 下手に出ていたリアもさすがに憤慨する。

「ああ?気色悪い声って言ったか?」

 いつものやりとりが始まりそうだ。さすがに戦闘の後でクタクタだし、ここは町に入ることを促す。

「二人ともそれくらいにして町に入らない?」

 二人がこちらに視線を送ってくる。

「お前のせいだろっ!!」

「てめぇが言えたことかッ!!」

 同じタイミングで同じようなことを口にした。ここで相手をすると余計に時間がかかる。

「で、この魔剣はどうする?」

 二人の訴えを無視して、オルグが所持していた魔剣をどうするか聞いてみた。でも、その問いに答えたのはリアでもニステルでもなかった。

「一度状態を確認したいので私が預かってもよろしいでしょうか?」

「確認って、イヴリスさん、魔剣の知識でもあるんですか?」

 イヴリスさんがゆっくりとオルグの亡骸に近づいていき、魔剣のすぐそばで膝を折り身を屈めた。

「はい。何せこの魔剣スヴォーダを打ち出したのは私ですから」

「「えっ?」」「はっ?」

 三者三様の声が重なる。

 イヴリスさんがオルグの手から魔剣を引き抜こうとグイグイ引っ張っている。刃で手を傷付けないように布越しに持っているせいか、思ったように力が伝わらず中々引き抜けないでいた。

「確かに、アマツ平原でニステルの岩の槍に力を付与していけど、あれもやっぱり魔剣の力だったの?」

 それは俺も思っていたことだ。

「そう、ですね!ぁ、いたっ!」

 オルグの手から魔剣が抜け出し、勢い余って後ろへと尻もちを着きながら答えた。スッと立ち上がると付いた砂埃を(はた)き、こちらへ振り向いた。

「でもその魔剣、名前の割に目立った力を発揮してなかったけど、魔剣ってそういった代物なの?」

 リアの問いにイヴリスさんは首を素早く振る。

「オルグはこの魔剣の力を十全に発揮していませんでした。ううん、違うわね。魔剣の力が抑制されてしまっていたの………です」

「わざわざ『です』なんて付けなくていいわ。もっと砕けた喋り方してくれるとこっちも気を使わなくて済むから」

 イヴリスさんは頷くと、視線が砕けた刀の方を向く。

「その剣が魔剣の力を封じ込めたと思うの。魔剣の力を吸収していたでしょう?そのせいだと私は考えてるの」

 折れた刀に視線を落とす。

 何故この刀は力を吸収することができたのだろうか。サティから譲り受けた時に、もう少し詳しい話を聞いておくんだったな。でも、その刀ともここでお別れになるかもしれない。

「なあ、魔剣の力が使えていたら、どんなことができたんだ?」

 ニステルが興味深そうに問いかけた。

「特性はいくつかあるんですけど、1つ目は黒の元素を軸とする剣であること。これは私が黒の魔剣しか打つことができないからなんですけど、その分黒の元素の出力が上がります。2つ目は元素を反転させることができること。これも黒の元素が軸になっていることを利用して白の元素を発生させています。黒と白、相反する力をぶつけて消滅する力を生み出し、元素が消え去る現象に巻き込む形で元素を霧散させています」

 魔法から元素が消え去るのは、消滅に元素が飲まれ世界に還っていくかららしい。

「3つ目は自分の影への潜行できること。これは元素の反転の応用です。光溢れる世界にいるという現実を反転させ、光のない影の世界へと落としています。影に潜ることで攻撃から身を守ることができますから、結構便利なんですよ。潜行状態で影を自分の意思で移動させることもできますから、隠密行動にも向いています。これは一定以上の光量のある場所においてのみという制限はあるんですけどね」

 使い所が限られる力ではあるけど、実際に戦った身としてはかなり厄介だった。知識がなければどういった能力なのかもわからないから対処に困るのだ。刀が黒の元素を奪ってくれるからすぐに行動に移せたわけだけど………、それが元でピンチになったわけで………。

「4つ目、これが最後の特性なんだけど、はっきり言ってこれが一番厄介だと思うわ」

 イヴリスさんの前置きに、皆一様に固唾を呑んで言葉の続きを待っている。

「斬りつけた相手を一定時間白の元素を跳ね返す状態に落とし込むの。回復魔法を跳ね返し、浄化の力も受け付けない。何よりも、光を跳ね返してしまうから目に光が届かず、一時的に視界が奪われ真っ暗な世界にいるような感覚に陥るわ」

「視界を奪うって………。どれだけの時間見えなくなるの?」

 思わず聞き返してしまった。戦いの最中に視界を奪われたら、それだけで勝負が決まりかねない。

「使い手によるから、これだ〜て定まった時間はないわ。短くて数秒だし、長ければ数分続くこともあったの」

 そんな魔剣と戦っていたことに、今更ながら背中がゾクゾクした。喉元を掠めたあの魔剣、力を奪っていなかったら俺の視界は暗闇に閉ざされ命を散らしていたかもしれない………。

「で?なんでその魔剣を、あんな危ねぇやつなんかが持ってんだ?あんたが作った代物なんだろ?」

 イヴリスさんが目を伏せる。

「それは町に入ってからでいいだろう。この男をこのまま放置するわけにも行かないし、町の警備兵にでも連絡しよう」

 リアが親指で町の入り口を指し示している。

 気づけば、もう地平の彼方に日がほとんど沈んでいた。少なくとも男の亡骸が二体、生死不明の男が一人倒れている。放っておいても魔物に喰われるだけだろうけど、組織だって動いていたのならお尋ね者になっていてもおかしくはない。その生死が分かるだけでも、安心感を与えることができる可能性だってある。

 ニステルが御者に町に入るように促し、リア達に続いてジスタークに向けて歩き出した。


 町の中に入る前に返り血を水属性魔法で洗い流した。衣服に付いてしまったものは落とせなかったけど、魔物との戦闘で傷を負うこともあるだろうから、目立たないと割り切って町の中へと入っていった。

 入口には警備兵はいない。オルグ達が入れ替わる為に襲ったのかもしれない。ふと、門の内側に倒れた壮年の男性二人が横たわっていた。リアが様子を窺うと気絶しているだけだということが分かり、町民に知らせて別の警備兵を呼んできてもらった。その折に、外に倒れている亡骸についても報告をし、穏やかだった町にざわめきが起きていた。

「あとは警備の人に任せて宿を取りに行こう」

 まずは宿の確保。旅の大原則である。宿が取れないと野宿が確定してしまう。今夜こそは何も起きず、起こさず穏やかに眠り朝を迎えたいものである。

「それでしたら、うちに来ませんか?部屋も余っていますし、今回の経緯も説明できますからね」

 顔を見合わせ、リアが小さく頷いた。

「それじゃあ、お願いしようかしら」

 イヴリスさんの提案を二つ返事で受け入れた。


 港町というからには海が近いものだと思っていたが、そうでもないらしい。北と南で区画が分かれており、北区が港町、南区が鍛冶町という括りのようだ。その中間に宿町が形成されている場所があるという。思ったよりも南北に大きく伸びた町並みだ。

 今いるのは南区の鍛冶町。町の至る所に水路が設けられており、港から放射状に伸びているようだ。イヴリスさんの家は入口から北西方面にあるらしく、水路をいくつも越えていく必要がある。宿町からほど近い位置でもある。町中を歩いていく、水路を利用して舟が港へと進んでいく姿が見える。打ち出した商品を舟に乗せ、そのまま港まで運搬をしているようだ。日が暮れる時間帯ということもあり、水路に浮かぶ舟の数は疎らだ。

「綺麗な町並みですね。水路が広がっているおかげか、視界も開けていて広々としているし」

 建物と建物の間が確保されていて、水路もあることから閉塞感の少ない町並みとなっている。キンッキンッと金属を打つ音が町に響いていて、聞き慣れていない俺には少し煩く感じてしまう。

「職人気質の人が多いので、必然的に町作りも凝った形になったのでしょうね。私が産まれた頃にはもうこの町並みになっていたようですし」

 説明を受けながら町の中を進み、赤茶けた屋根の二階建ての一軒家にたどり着いた。住居の横には鍛冶で使うであろう工房まである。

「ここが私の家です。どうぞ、お入りください」

 イヴリスさんに促され、玄関を抜けていく。

「お邪魔します」

 洗面所と二階への階段を横目に廊下をまっすぐと進んでいく。突き当たりの扉を潜り、リビングへと通された。部屋の中央にテーブルとソファが並び、部屋の隅には観葉植物が置かれている。

「あら、おかえり」

 リビングと一体型の台所から顔を出したのは、イヴリスさんと同じ鼈甲色の髪をお団子頭にした女性。瞳も赤く、顔立ちもよく似ている。

「ただいま」

 挨拶を交わすとイヴリスさんが女性の方へと近づいていくと、手の平で女性を示した。

「私の母です」

「イヴリスの母のジュネアです。娘がお世話になっています」

 頭を深々と下げて挨拶をしてくる。見た目的にはイヴリスさんよりも大人びているとは言え、姉妹と言われても納得してしまいそうなほど若く見える。物腰が柔らかく温厚そうな人なのが雰囲気から伝わってくる。

 こちらも手短に自己紹介をし、イヴリスさんが今晩は家に泊まる旨を伝えてくれた。

「あら?そうなのね。でも、困ったわ。今からだと食事を用意する食材が足りないわね」

「あ、お母様。お気遣いなく。私達は外で食べてきますから。各地の料理を味わうのも楽しみの一つですし」

 気を遣わせまいとリアが外食を申し出た。こんな時間に押しかけて食事の準備をさせるわけには行かないよね。

「そーお?お構いもできずにごめんなさいね」

 左手を頬に添え、申し訳なさそうな表情を浮かべている。

「それなら私が案内しますよ。一旦荷物を部屋に運んでしまいましょうか。皆さんこちらです」

 ジュネアさんに軽く頭を下げるとイヴリスさんの後についていく。入ってきた扉を再び潜り、廊下に面した階段を登っていく。登りきると廊下を挟んで左右に2つずつ部屋があった。

「右側に客室が2部屋ありますから、リアさんが1室と……ニステルさんとカミルさんは同室でよろしいですか?」

「ああ、構わないぜ」

「はい、大丈夫です」

 泊めてくれるだけでも有り難いのに。そこまで気を遣わせるのも心苦しい。

「では、荷物を置いて来てください。私は玄関で待っていますから、準備ができたら降りてきてくださいね」

 それだけ言うと、イヴリスさんが階段を降り始め「あっ」短く声を上げた。くるりと半身を捻るとこちらに視線を送ってきた。

「カミルさんは着替えるのも忘れずに。そんな格好では不審者にしか見えませんからね」

 言うだけ言うと、返事を待たずに一階へと姿が消えていく。

 リアとニステルの顔を見て「俺ってそんなに常識ないように見える?」聞いてみるも、「見えなくもない」声を揃えて言われてしまった。

「それじゃ、奥の部屋を使わせてもらうよ」

 リアはそう言うと廊下を歩いていく。扉の前に着く前にはたと止まり、リアが振り返る。

「あ、ニステルは一旦こっちの部屋に刀の破片運んで」

「へいへい、仰せのままに」

 なんかニステルのリアへの反応が丸くなってきたな。

 二人が部屋に入っていくのを見送り、俺も部屋に入り準備をするのであった。

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