ep.52 魔法を断つ剣
私は生まれながら風の元素との親和性が非常に高かった。エルフ族であれば風との相性が良いのは当り前。むしろ上手く扱えない者は精霊に見放された忌み子として扱われた。
それに加えて私には光の元素とも親和性が高いことが10歳になった頃に判明した。両親の魔物狩りに同行し、狩りの仕方を教えてもらっていた時だ。猪の姿をした魔族が現れ、闇に対して光で対応するのが効率が良いと教わった。元素には優劣が存在し、有利な属性で対処していく方が魔力の消費を少なく抑えることができる。私もそれに倣い、初級光属性魔法ルイズを初めて発動させると眩い光が魔族を包み込んだ。明らかにルイズの規模を超えたその輝きに、両親は光の元素の練習も行うことを決意したらしい。
私は元素に愛された存在。幼少の頃からそう信じ、力を磨いてきた。その甲斐もあって今では名の知れた冒険者としての地位を確立している。
恵まれた才能、それは誰もが享受できるものではない。それは重々に承知している。この才能を十分に活かして国の為、世界の秩序の維持の為に力を使っていくつもりだ。
だからこそ、力がありながら私欲で行動する大鎌の男の所業が許せない。その力は壊す為に使うのではなく、護る為に使うべきなのだ。
周囲を覆い尽くす黒の元素に対して硬殻防壁を展開したが、黄の元素の守りも黒の元素の圧縮により砕ける音を立て、身体の表面を僅かに覆うだけ残っている。
首の皮一枚繋がったか………。
上半身を動かそうと試みるも、黒の元素と黄の元素が拮抗しているのか身体を動かすことができない。
黒には白を、闇には光を、幼い頃から刻み込まれた記憶を力に魔力を宝石へと流し込んでいく。
― 我欲すは導きの光 閉ざされし心に輝きを 照らし出せ ルストローア ―
胸の中の宝石を中心に光が溢れ出す。黄の元素に包まれた身体は白の元素に塗り替わり、黒の元素を押し始めた。
漏れ出る光を認識すると、男は黒への呼びかけを始めた。
― 我は闇を誘う者 汝は光無き世界を漂うだろう
黒に飲まれ 破滅の回廊を彷徨うがいい ズフィルード ―
リアの周囲に黒い霧が立ち上る。
上級光属性魔法ルストローアの光が黒の元素を撃ち破り、リアが黒の球体を脱出した。だが、すでに周囲を黒い霧が覆い、リアの身体を蝕み始めた。
霧に触れた瞬間、リアの体中の力を奪っていく。幸いにして黒への適正有しているリアの身体は、上級闇属性魔法ズフィルードの影響を受け辛い。ルストローアの光に包まれていたおかげでもある。それでも瞬時に身体を動かすことができない。
魔力が奪われていく………。
身体を蝕まれ、魔力を奪われたリアの身体がふらつきかける。倒れまいと踏ん張り身体を支える。
「ほーう、ズフィルードにさえも耐えうるか。相当元素に気に入られてそうだな」
黒い霧の影響に、表情が歪みかけながらも必死に笑みを浮かべる。
「いい女ってのは、人だけじゃなくて元素まで魅了してしまうもんさ」
耐えろ。必死なのが伝われば、一気に畳みかけられる。余裕ぶれ。笑みを浮かべろ。お前の攻撃なんて通用しない、そう思わせるんだ!
「へっ、そうかい」
男は興味なさげに大鎌を握り直す。
「でもまさか、俺の攻撃がもう終わったと思ってねーよな?」
不敵なその言葉に、リアは眉を顰める。
黒い霧が集まり、人の形を成していく。1体の影男が生まれ、影の左右に更にもう1体ずつ。合計3体の影男が大鎌を掲げた状態で誕生し、リアへと襲い掛かる。
3つの大鎌が頭上へと振り下ろされ、リアは咄嗟に後ろへ飛んだ。大鎌は空を刈り、地面へと突き刺さる。途端に大地が黒く染まって行く。
大地が穢れたッ!?
リアは更に一歩、二歩分後方へと距離を取る。
すると、影男が1体へと収束していき、集まった分の影で大鎌が巨大化した。膨らんだ影の影響で大地が削れ盛り上がる。そして、大鎌を身体の横へと引いていくとリアに向かって振り切られる。
大鎌がでかすぎるッ!!あれじゃ、どこへ飛び退こうが躱しきれない。風戯で受け流そうにも、元素の密度が高すぎる………。
迫り来る巨大な大鎌にリアは瞬時に決断することができなかった。というよりも、成す術がないと悟っていた。影男の力が純粋な黒の元素だけだったのなら力を受け流しながら飛ばされれば良かった。でも、影男はズフィルードの性質を引き継いでいるのか、触れた大地を穢している。あの大鎌に触れればその時点で継戦能力を削がれてしまう。けれど、避ける手段が無い。
魔力を宝石に流しルストローアを発動させ、全身が光に覆われていく。
もう大鎌を受け切るしかない。どんだけ力が削がれようが、まずは生き抜かなきゃ勝つ道筋を見つけることなんてできないんだよッ!!
腰を落とし重心を下げ、瞳を閉じ、両腕で頭と胸元を覆った。
ブゥンッ
嫌な音を響かせながら巨大な大鎌が迫ってくる。
歯を食いしばり、来るであろう衝撃に備えた。
濃密な黒の元素が近づき、それを感じ取った皮膚が鳥肌を立てる。
来る………。
………………。
………………………。
……??
どれだけ待とうが、身体に黒の元素が振れることは無かった。
恐る恐る目を開け両腕を顔の前からどかしていく。
目の前にあったのは、黒い木製の柄から伸びる漆黒の片刃。所謂、日本刀と呼ばれる一振りの刀だった。それが巨大な大鎌の刃に突き刺さり、影男の攻撃をせき止めていた。だけど、そこに刀の持ち主であるカミルの姿はなかった。
木剣の男が影男だとわかった瞬間、カミルは駿動走駆を発動させ駆け出していた。
もし、本体がいるとするのなら、それは町の方だ。イヴリスさんを追いかけたのは二人。優男に木剣の影男しかいなかった。町の出入口で待ち伏せをしていたのなら、本体がいるのは間違いなく大鎌の男といることになる。
無意識に刀を握る手に力が入った。
馬車からそう離れた位置でなかったのが幸いし、カミルはすぐに馬車まで戻ってくることができた。でも、それは新たな脅威との遭遇になる。
目の前に広がるのは、圧倒的な黒の元素の力。巨大な大鎌が、身を屈めるリアに向かって突き進んでいるのだ。
このままでは間に合わないッ!!
カミルは刀を握る手の平に意識を集中する。
大事なのは元素への呼びかけだ。
― 我望むは破壊の衝動 荒れ狂う波動を喰らう顎となれ スヴェン ―
刀から溢れる黒の元素を圧縮魔力を介して黒の力へと変換していく。黒の元素が鉱竜のような細長い竜へと変化し刀を覆う。黒い竜となった黒の元素を掌から撃ち出した。収束しきった魔法ほどの速さはないものの、それでも圧縮魔力を使わない魔法よりかは遥かに速い。
竜を模った初級闇属性魔法スヴェンが、影男の大鎌に向かって突き進む。
ザクッ
派手な音も現象も発生せず、竜型のスヴェンの顎が大鎌の切っ先部分に喰らいつく。撃ち出された威力に大鎌の動きが鈍り、その動きを徐々に止めていく。刀が大鎌に触れた途端、黒の元素を奪い始めた。周囲にある黒の元素を吸収し、刀自体が纏う黒の元素も刀身に吸収されていく。竜の模りも崩れ、漆黒の日本刀へと姿が戻って行く。
その間にもカミルは走る。リアと肩を並べ共に戦う為に。
疲れていないわけではない。魔力が十分あるわけでもない。それでも足を動かすことに全力を注ぐ。不思議と足がもたつくことも、縺れることもなかった。
そして、リアの下へとたどり着いた。
気配に気づいたのかリアがこちらに顔を向ける。
「………」
きょとんとした顔でこちらを見つめてくる。そこにはいつもの凛としたリアの姿はなく、困惑している様子だった。
「リア、呆けてる場合じゃないよ。まだ戦闘は終わっていないんだ」
リアは目をパチパチと瞬たたかせ、顔を左右に振った。
「すまない。助かった」
リアの視線が刀へと移る。
「で、あれは何なんだ?」
刀が大鎌を介して黒の元素を奪っていく。次第に大鎌は形を保つことができなくなり、影が霧散していく。その現象は影男の身体にまで及んだ。
男は消えゆく影男を見つめ、訝しげにカミルの顔を眺める。
「昨日は雑魚だと思ったが、飛んでもねえ武器持ってんな」
そこで男が首を捻る。
「でも待てよ?昨日はそんな力の発動はなかったよな……。お前、街中だからって手でも抜いてたんか?」
「そんなことする利点がないだろ?あの魔剣使いのおかげで成長したんだよ」
もちろんそれはハッタリだ。何故、刀が黒の元素を吸い始めたのか分かっていない。でも今はそれで良い。戦える力であるのなら、俺はそれを利用する。こんなところで死んでやるつもりはない。生きて帝都に、アズ村にいる両親の下へ帰るんだ。
影男の黒の元素を吸い尽くし刀が地面に落ちる。俺は刀を拾い、男に視線を送る。
「……バルディスをやったってのか?」
男の目が鋭くなった。
バルディス、それが木剣の男の名前らしい。
「そんなわけないだろ?影を倒しただけだ。本体がまだ潜んでんだろ?」
「ふっ、ふふ。ふはははははははッ!」
男が急に笑い出した。
「何がおかしい?」
不敵に笑う男を睨む。
「そうか、倒したか」
男の表情が引き締まり、明確な殺意を放つ。
「安心しな。あいつの本体は俺だ」
「!?」
どういうことだ……?バルディスという男は明らかに自我を持ち行動していた。少なくとも普通の影男には無い特徴だった。
「アイツは俺の影法師。使い勝手の良い駒とする為に、自我を与えて意識を切り離していたんだよ!魔剣モドキとは言え、貴重な武器を与えてこれか……」
それが真実だとすると、目の前にいる男はバルディスよりも遥かに強いことになる。それは非常に不味い。
不安からカミルの身体に冷や汗が出始める。
「バルディスをヤったからには、まだまだ隠し玉を持ってんだろ?こりゃ、お前との戦闘は楽しめそうだ」
笑ってやがる……。明らかに戦闘を……、いや、殺し合いを楽しんでいる。
― 浩々たる天翔ける刹那の輝きよ
破滅の音を轟かせ 裁きの力を我が手に フィルザード ―
リアの声が響き、再びフィルザードの輝きを纏う。左腕に外骨格と爪形成し、右手に握る剣には雷を纏わせる。
「そっちの女もやる気満々じゃねーか」
「カミル」
呼びかけてくるもリアの顔は男へと固定されている。視線を外さず、相手の動きに注視しているのかも知れない。
「アイツの黒の元素は強力だ。無理せず引く時は引け。技能講習の時に言ったことは覚えてるか?」
1ヶ月前の記憶を巡らせる。リアは確かこう言っていた。
「戦場で立ち続けられる継戦能力こそが最重要」
「そうだ。まずは命を大事にしろ。生きて依頼を達成するぞッ!」
「おうッ!!」
不安を断ち切るように力強く返事をした。気持ちで負けているようでは話にならない。
「シカトしてんじゃねーよ!!」
大鎌が振るわれ、切っ先から黒い斬撃が飛び出した。真っ直ぐこちらに進んでくる。
リアの雷が迸り、一瞬で視界の右前方を駆けている。
「駿動走駆」
足に風を纏い、リアとは逆方向へと走り出す。常に挟撃を意識をして立ち回りたい。
黒い斬撃が無人の場所へと突き刺さる。
男へと先行するリアが爪を突き出すと雷弾を発射する。離れた位置からの牽制。相手の動きを誘発し、その後の動きを予測する。
男はリアから距離を取るようにカミル側へと飛び退き、一直線にカミルを狙い駆け出した。
狙いはカミルか。
地を滑るように進む勢いを殺していき、足に雷を収束させる。右足を踏み込み雷が走る。爆発的な加速力を生み出し男の側面へと肉薄。
リアの動きを読んでいたのか、左手に黒の元素が満ちている。
また影の術式でも使うのか?
左腕の外骨格を身体の前へと動かし防御を固めた。
男の左手がリアへと伸ばされ、黒の元素が広がり男の影が広がる。
影の壁、おそらくはこの影も実体を持っている。今までのアイツの動きからして、単純に壁を生み出したとは思えない。この壁自体にも何らかの術式が練り込まれているに違いない。
それでもリアは止まることができなかった。
ここで足を止めてしまえば、確実に男はカミルの下へたどり着いてしまう。それなら―――。
「壁ごと吹き飛ばしてしまえばいいだけのことだッ!」
防御の為に前方を覆っていた外骨格を動かし、闇の壁に向かって手を翳す。掌に雷を収束させ、渦を描くように雷を回転させていく。
闇の壁が揺らぎ、雷の回転の動きに合わせ黒の元素が削ぎ落され始めた。剥された黒の元素が渦の中心に向かって集まって行き、ぶつかり合う緑と黒の元素が圧縮され続け元素が激しく弾け飛んだ。
元素の奔流がリアの身体を襲う。元素が乱れ、リアが纏う雷が揺らいでいく。
ちッ!不安定になった元素が揺らいでやがる。
必然的に移動に回していた雷の力も弱まり、移動速度が落ちたことで男の背中が遠ざかる。
男が迷わず俺への攻撃を選択した。それは悔しいことだけど、実力を考えれば当然の選択でもある。影とは言え、昨夜俺達はすでに手合わせをしている。リアと実力を比較することも容易だろう。数的不利を逃れる為に、実力で劣る方を狙うのは理に適っている。
それでも、俺が防御に徹すればこちら側が挟撃の形を取り続けられる。
魔力を圧縮し「硬殻防壁」を発動。黄の元素を纏うことで、物理攻撃に対しての防御力を強化した。
黒の元素由来の力なら、この刀が力を奪ってくれる。警戒すべきは青の元素だ。昨日こいつは水を攻撃にも防御にも利用していた。少なからず青への適性を持っている。
男との距離が詰まり、大鎌が影を纏い振りかぶられる。
来るッ!
魔力を圧縮し刀へと流していく。一歩踏み込み、迫る男を迎え撃つ。
左側面から接近してくる大鎌に刀をぶつけ対応する。大鎌に纏う黒の元素を刀が吸収していく。大鎌は何とかなった。でも、攻撃によって右半身を男へと晒す形となってしまった。この隙を見逃してくれるほどこの男は甘くないだろう。
案の定、青の元素がカミルの右肩付近に集まり出した。
この距離から水刃を放たれたら対応する時間がない。
男の魔法が発動し、水が刃の形と化していく。
咄嗟に男の身体に向かい右足を蹴り出し、反動で上半身を大きく逸らす。
ビュンッと頭の上を水刃が通り過ぎていく。
水刃は透けることができた。だが、踏ん張りの利かない体勢になったことで大鎌の力に抵抗することができなくなり、振り切られる大鎌と共に右手側へと吹き飛ばされていく。
大地を跳ね、転がって行く。
硬殻防壁を張っていたから、目立つ傷一つない。
上半身を起こし男に視線を向けると、すでにこちらに向かって大鎌を振り上げている。
その瞬間、バチバチと弾ける音を響かせながら青緑色の雷光が、男に向かって伸びていく。
「私とも遊んでくれよ」
雷を纏う剣が男の頭頂部に向かって振り下ろされていく。すると、男の影が真上に伸び、リアを隔てる壁へと変化した。
リアの剣が影の壁と接触するも、斬り崩すことも雷を通すこともない。
男は影を置き去りにしてカミルへと迫る。
― 豪然たる水の意志 其は冷酷なる刃の狩人 アプラース ―
詠唱しながら身体を起こし、水刃を生み出し男へと飛ばしていく。
昨日の戦いで、俺の水属性魔法では傷つけることが難しいのはわかっている。でも、時間稼ぎくらいになればいい。
飛ぶ水刃は大鎌の一振りで薙ぎ払われる。
その動作の隙に後方へと飛び退く。飛びながら圧縮魔力を足へと流していき、着地と同時に「駿動走駆」発動させた。逃げる為ではない。一瞬で懐に飛び込む為のものだ。
武技が発動しきる直前、振るわれた男の大鎌から黒い斬撃が飛び出してきた。身体を地に伏せ何とか避けきると、風が足を包みこんでいく。
無理な姿勢になったけど仕方ない。
刀を突き出し、圧縮魔力の爆発力を以って男の懐へと飛び込んでいく。
影で女を凌いでいる内にガキの方をさっさと片づける。さっきから逃げてばかりで真っ向から立ち回らない。確かにこんなガキでも守りに意識を集中されたら致命傷を与え辛い。女の支援前提のクソみてーな戦い方だ。
男のイラつきを反映するように、周囲に黒の元素が満ちていく。
なら、防御も回避も意味を成さない攻撃を仕掛けてやればいい。
― 豪然たる水の意志 其は冷酷なる刃の狩人 アプラース ―
カミルの前に水刃が形成され男に向かって飛んでいく。
無造作に大鎌を振るい、水刃を蹴散らす。魔力を介して黒の元素を大鎌に纏わせ刃を巨大化させた。
カミルが後方へと飛んでいく。
緑の元素の反応を感じ視線をガキの足元に移す。元素の扱いが雑だな。そんなんじゃ、足に緑の元素を集めて逃げますって言っているようなもんだ。
「駿動走駆」
予想通りの武技を発動させやがった。
逃げ出す前に大鎌を振り切ると、大鎌が纏う黒の元素が飛ぶ斬撃となりカミルに向かって飛び出した。
カミルは咄嗟に身体を地に伏せを斬撃の下を潜る。そして、緑の元素が弾けた。
それは一瞬だった。爆風が起こると同時にガキの姿が目の前にあった。考えてる間もなく、黒の元素を使い影の術式を発動させる。
目の前にいたカミルが消え去り、ジスタークへ続く道が視界に入ってきた。
駿動走駆で飛び掛かった瞬間、男の姿が消え去った。その代わりに躱したはずの黒い斬撃が迫って来る。
「うわぁぁぁぁッ!?」
突き出していた刀が黒い斬撃に触れる。斬撃を形成していた黒の元素が奪われていき、霧散する黒い斬撃の闇の中を突き抜ける。霧散させる速度が追いついていないのか、皮膚や衣服の一部が黒い斬撃の残滓に触れ傷ついていく。被害を受けながらもすり抜け、跳ねる心音を聞きながら地を滑りながら着地した。
何が起きた?二段構えの斬撃だったとしても、男が消えた理由がわからない。
バチバチという音と共に、キィィィィンッとぶつかり合う音が響いてくる。振り返ると、リアが男に向かって斬りかかっていた。男の大鎌の柄で剣を受け止められ、透かさずリアは雷を足へと収束させていく。足元に雷が弾け、前へと踏み出す推進力が剣へと伝わり男の身体を押し始めた。それでも大鎌を吹き飛ばすことができない。リアの力に耐え続け、大鎌の柄が軋み、そして断ち切った。
「もらったぁぁッ!!」
刀身の雷が膨れ上がった。男の胸元目掛け剣が振り下ろされていく。跳ねる雷が黒の元素を吹き飛ばし、無防備になった男へと迫る。
男の首筋から胸元を斬り裂き鮮血が舞う。黒い外套のフードの一部を焼き切り、灰色の髪が覗いている。
雷が男の身体を焼き、その命を奪う―――そう思える一撃だった。
「ぁ゙っぶねぇーなぁッ!!」
男は生きていた。雷を纏う一振りをその身に受けながら、倒れることもなく立ち続けている。
男の振り返り際の狙った一撃。首から胸元を抜け、胴体を一刀両断できるはずだった。だけど……。
「刃………!?」
断ち切ったはずの大鎌の柄の部分から、細く赤黒い光の筋が幾重にも走る細剣が姿を現し剣を受け止めていた。光が剣の雷を吹き飛ばし奪い去っていく。細剣のその輝きを見て、咄嗟に後方へと下がり男から距離を取った。
男の傷跡から白い光が溢れ、輝きは傷全体を覆うと、徐々に傷が塞がっていく。
リアが顔を顰めた。
「回復魔法………だと?お前、リディス族か!?」
「それを知ってどうする?何が変わる?そもそも、俺の言葉を鵜呑みにでもするつもりなのか?」
男の傷が少しずつ塞がり始めている。
アイツの狙いは時間稼ぎかッ!
剣に再び雷を纏わせ男へと突っ込んで行く。
「無暗に突っ込んではいけませんッ!!」
響く叫び声に足を止めた。馬車の方から聞こえてきた声に視線を送ると、走って来たのかイヴリスさんが両手を膝の上に乗せ肩で息をしていた。傍らにはニステルの姿もある。
男がイヴリスへと振り返った。
「オルグ・クワブシ……!?」
大鎌の男を見たイヴリスが驚きの声を上げる。
意識が逸れた今ならッ!!
剣を突き出し尖端に雷を収束させていく。
緑の元素の反応が膨れ上がったことにより、大鎌の男――オルグがリアへと視線を戻していく。
遅いッ!!
50cmほどの雷弾に収束した雷をオルグへ向けて解き放つ。瞬く間にオルグのもとへと飛んでいく。
オルグは細剣を動かし剣先を突き出した。赤黒い光の筋が周囲に広がっていく。
雷弾が細剣の切っ先に誘導されるように向かっていき、広がる光の筋へと接触した。雷弾が光の筋に侵食され、緑の元素が霧散していく。緑の元素を失い始め、弾の形を維持できなくなり雷は霧散した。
「なッ!?雷弾が消された!?」
何だ、あの細剣は………。魔法を斬り裂く剣、そんなものが存在するのか?いや、それを言うならカミルのあの日本刀もそうだ。私の知らない力がまだこの世界には存在している。
オルグが駆け、リアとの距離を詰める。その手には、光の筋が広がる細剣が異様な輝きを放っている。
距離を稼ぐ為に、前方に雷を拡散しながら後方へ飛ぶ。細剣の力が不明な内は打ち込めない。あれが魔法だけに影響があるものなのかわからない。迂闊に近寄れば魔法みたいに消されてしまうかもしれない。そう思うと、今は距離を取り観察するのが最善だ。
拡散された雷に細剣の光の筋がぶつかる。触れた途端に雷が霧散し始め、オルグの接近を止めることができていない。
魔法が意味をなさないか………。
無造作に大鎌だった刃の方が投げられ、回転しながら飛んでくる。
細剣でないのなら、こんなものッ!
剣を振るい弾き飛ばした。
それを待っていたかのように、細剣に影が纏わり付いて行く。影が刀身部分に集まると、影でできた刃がリアの腹部目掛けて伸び出した。
咄嗟に左腕の外骨格を腹の前へと引き寄せる。影の力だけなら、雷で守りを固めてしまえば耐え抜けるはずだ。
だが、その考えも目の前に広がる光景を前に思惑も瓦解していく。
伸びた影に光の筋が伸びてきているのだ。
リアは息を呑む。
回避せずに防御の決断を下した自分を恨んだ。
迫り来る衝撃を想像し、目を強く瞑った。
身体を纏う緑の元素が消え去って行く感覚が伝わってくる。見なくてもわかる。影の刃が迫って来ていることが………。直に私の身体も貫かれる………。
そう覚悟を決めていたのに、急に目の前に広がる黒の元素の反応が無くなった。
「俺がいる限り、影の術式が通用すると思うなよッ!!」
目を開ければ、黒の元素をカミルの日本刀が喰らい尽くしていた。




