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ep.51 影に生きる者

 影法師。その言葉を耳にしたことはある。でも、それが何なのか理解はしていない。影と言うくらいだから、それに類する力を扱うはずだ。現に木剣の男は影から実体を持つ分身体を生み出している。それも複数の。影は自立して動くことができ、男は高みの見物を決め込んでいる。

 この数的不利をどうやって覆す……?

 カミルは思考を巡らせる。だが、新たに生まれた影男――影男弐号はカミルにゆっくりと考える時間を与えてはくれない。

 弐号が左手を突き出すと黒の元素が集まり出した。

 その攻撃ならさっき見た。魔法の発動は速いが射出速度は遅い。

 カミルは距離を稼ぐ為に後ろに向かって走り出した。その直線上に本体の木剣の男が不敵に笑っているのが見える。

「そんなにあの攻撃が怖いのですか?でも、これならどうです?」

 男の赤い目がギラっと輝くと、男の影から影男参号が姿を現した。

「三体目!?」

 驚きながらも足を止め、直角に方向転換して弐号と参号との距離を確保していく。

「さあ、さあ、お逃げなさい!」

 男の煽り声を背中に受け、反転する。

 このまま逃げ続けても体力が尽きればそれで詰む。そうでなくてもこれ以上影男の数が増えれば対処のしようもない。ならいっそ、本体である木剣の男を攻撃するしかない。そこにしか活路がない。

 戦場全体に意識を向けると、吹き飛ばした壱号が弐号のすぐ後ろから迫っていた。もはや迷っている時間はない。

 魔力を圧縮し、刀を突き出した構えで駆け出した。圧縮した魔力を足に流していく。意表を突くのに最適な武技、圧縮魔力で「駿動走駆(しゅんどうそうく)」を発動させ男に向かって突貫を仕掛ける。

 爆発的な加速を生み出し、弾けるように飛び出すカミルが低空を飛んでいく。一瞬で参号の横をすり抜け、木剣の男の前へと迫る。突き出された刀は男の腹のすぐ脇を通過し、カミルと共に背後へと消えていく。カミルの攻撃は木剣の男には当たらなかった。

 本来の武技の用途ではない為、狙いを定めるのが難しい。飛び出す角度が狂えば、目標に向かって飛び出すことが困難であることは想像するに難くない。

 さすがの木剣の男も軽口を叩けなかった。一瞬で自分に迫るほどの移動手段を持ち合わせているのだから当然である。今回は自分に飛んで来なかったからいいものの、今の攻撃が当たっていたらヘタをすれば意識を刈り取られている。それがわかっているから口を噤まざるを得なかった。

 千載一遇のチャンスを逃してしまった。

 地面を滑った身体を起こし男の動きに備える。

 今の攻撃は意表を突くからこそ成功する可能性があるんだ。一度手の内を見せてしまえば、足に緑の元素が集まれば警戒されてしまう。

 ふと、男に違和感を覚える。影男を生み出してからあの場所から移動していない?挟撃を避けるために走った時も、アイツは頭を動かすだけで足を動かすことをしていなかった。………影男を生み出すには両足を地に着けておく必要があるのか………?油断させるブラフである可能性も捨てきれない。ならッ!

 左手で拳銃の形を作り木剣の男へと突き出し魔力を圧縮する。

 幸いにして派手にぶっ飛んだおかげで距離は十分離れている。

 視線を影男らに移す。

 どの個体も近寄って来ているが、こちらまで近寄って来るには時間がかかりそうだ。今の内に仮説が正しいか確かめてやる。


― 灼熱の意志よ 我が道塞ぐ禍の者に豪火の鉄槌を フランツ ―


 人差し指の先に赤の元素が集まり人差し指大の炎が生まれる。揺らぐ炎を木剣の男へと向けると、片目を瞑り木剣の男に狙いを絞る。

 相手が動けないのなら当たるはずだ。さあ、どう転ぶ?

 圧縮された魔力を元に爆発的な速度で指先から炎弾が放たれた。それはさながら拳銃から放たれた銃弾のよう。男がフランツの発射に気付く前に炎弾は男の右太腿へと着弾する。

「ぎゃぁぁぁッ!!」

 戦闘が始まって以来、初めて苦痛の叫びを上げた。

 着弾した衝撃に、男の右足が押し出され左足を巻き込み地面へと倒れ込んでいく。触れた炎が衣服へと燃え移り、木剣の男の外套を燃やし始めた。

 地面に倒れ込んだ男は、身体を覆い始めた炎の熱気に気が付き、必死に外套を過ぎ捨て、ボトムに燃え移る炎に魔法で水を生み出し消火した。

 さきほどまで嘲笑っていた男が地に伏せているのは何とも心地良い。

 そうだ。影男らはどうなった?

 視線を右へと移していくと、三体いた影男らの姿が消えている。まさに影も形もなく、その存在が消滅している。

 現状だと男は地に足を着け立ってはいない。でもそれは、仮説が正しいことの証明にはならない。

 魔法の威力が高すぎた、か?

 これでは足が離れたからか、影男らから意識が逸れたからなのか、正直判別がつかないのだ。

「とんだ隠し玉をお持ちのようですね?少々イラッとしましたよ」

 外套を失った男が片膝を立て、ゆっくりと立ち上がる。衣服に付いた砂埃をはたき、こちらを見つめてくる。外套が無くなったことで、男の顔がはっきりと見える。白髪から覗くその表情には今まで無かった怒りが感じ取れる。

「いやー、楽しんでもらえたようで何よりだよ。こういうのを望んでたんだろ?」

「高々一撃当てたくらいでずいぶんと調子に乗られてます?私直々にお仕置きをしなければなりませんね」

 男が木剣に魔力を流していく。すると、木剣の表面に細く赤黒い光の筋が走った。

「いけない!」

 遠くからイヴリスさんの叫び声が響く。

「あれは魔剣の力の一部を宿した木剣なんです!まともに打ち合ってはいけませんッ!!」

「ご説明ご苦労様です。ですが、彼へのお仕置きは決定事項ですよ」

 男は自身の目の前で魔剣を一振りし、魔剣の使い心地を確かめている。木剣に光の筋があるだけで、特別な現象は起きはしなかった。だからこそ、魔剣の威力が不気味でならない。イヴリスさんが手を加えた岩の槍は、大型の魔物を一突きでそのすべてを無に還してしまっている。魔剣を受けていいものかもわからない。

「では、覚悟してくださいね」

 一段階、男の声が低くなった。

 男が地を蹴り駆け出した。影から分身を作ることもなく、自らの手で仕掛けてくる。

 相手の間合いに入るのはまずい。

 再び拳銃の形で左手を突き出すと、詠唱せずにフランツで炎弾を発射する。撃ち出すと同時に右方向へと走り出す。

 イヴリスさんから少しでも遠ざけないと。

 放たれた炎弾は圧縮魔力すら使われておらず、さきほどの炎弾に比べて弾速は目に見えて遅い。

 男はあえて炎弾に向かって進んでいく。手にした魔剣を振りかざし、炎弾へと振り下ろされる。

 炎弾が魔剣とぶつかり合い、赤黒い光の筋が周囲に広がる。魔剣が炎弾の内部に侵入し、内から外に向かって拡散されるように霧散した。

「これはなかなか」

 男は満足し嬉々としてカミルの方へと方向を変える。

 カミルは炎弾が斬られる瞬間を観察していた。

 やはり魔剣の力はあの光の筋が本体だと言ってもいいのだろう。イヴリスさんが施した術式と、魔剣に施されている術式は同じものだと仮定した方がいい。触れれば形を残さず消え去るって、インチキにもほどがある。距離を取って魔法で攻撃するのが無難だろう。でも、こう動き回られてちゃ当たるものも当たらない。撃ったところで、魔剣に薙ぎ払われたら魔法が消えてしまう。

 ………、詰んでね?


「カミル!伏せろッ!」

 咄嗟に上半身を屈ませる。


 ビュンッ ビュンッ ビュンッ


 頭上を何かが通り過ぎて行く。顔を上げれば少し離れたところにニステルが立っていた。

 背後で何かが砕け散る音が聞こえる。

「おいおい、魔法を斬り裂くってのか!?」

 上体を起こし、背後を確認してみると黄の元素の残滓が消えていく姿が見えた。

「イヴリスさんが、あれは魔剣だって言ってた!」

 離れた位置にいるニステルに声を届ける為に声を張る。

 一人で対処出来なくても、二人なら物量であの男の足を止められるかもしれない。

 ニステルの横まで駆け抜けると反転し男を見据える。

「あの魔剣に触れられたらお終いだ。ニステル、手数で攻めるよ」

「端からそのつもりだよッ!」

 槍を杖のように掲げ、周囲に5本の岩の槍が形成された。1本1本微妙に時間差を作り射出されていく。

 カミルもそれに続き、掌を突き出し水弾を連射する。

 男は足を止めず1本目の岩の槍を魔剣で斬り裂いた。2本目、3本目を身体を捻り回避する。体勢が崩れたところに4本目の岩の槍が突き進む。崩れた体勢では魔剣で薙ぎ払うことも、回避しきるのも困難だ。だが、男は動じない。足元の影が蠢き、4本目の岩の槍に向かって伸びていく。影は形を模って行き刃と化す。鋭く伸びた影の刃が岩の槍とぶつかり合い相殺され霧散する。

 完全に足を止めた男の影から影男が再び現れ、5本目の岩の槍を影男の両手が受け止めた。

 水弾が影男に降り注ぐも、威力が足りないのかただ影男に水がかかっているのみだ。

「なんだあの影は!」

 ニステルの叫びに応えず、即座に詠唱を始めた。


― 我至るは光芒のその先 導くは聖なる陽光 ルイズ ―


 突き出した掌に光が生まれ、影男に向かって撃ち出される。

 カミルにはもう一つ確かめたいことがあった。イヴリスさんが攫われかけたあの日、男二人がどうやって逃走したのか。光に包まれた男達は姿形も無く消え去ってしまっていた。そう、影男らが消え去ったように。そこで一つの仮説を立てたのだ。影ならば光に弱いはず。照らしてしまえば消えてしまうのでは?と。現にニステルを襲っていた優男は、ルイズの光を浴びて動きが止まっていた。少なからず光が何らかの影響を齎すということだろう。光が弱点であるのなら、男の影の術は封じ込めるのは容易いのかもしれない。

 圧縮しきれなかった魔力で生み出されたルイズの弾速は思ったよりも速くはない。それでも、影男を出している以上、男は動けない可能性が十分ある。

 カミルは男に向かって駆け出した。

「おい!カミル!………、ったくよッ!」

 ニステルもカミルの後を追い走り出す。

 ルイズが当たればその性質も判明する。だけど、それまで動かずにいてくれるのかは運次第だ。

 カミルは今一度魔力を圧縮し始めた。

 魔剣であれど、反応できない速度で撃ち抜けばいい。

 圧縮した魔力を宝石へと流していく。

 そう何度も攻撃の機会に恵まれるとは限らない。今俺が放てる最大の魔法で挑むしかない!

 ルイズの光が影男の目前まで迫ると、指を拳銃の形にし詠唱を開始した。


― 我願うは万物を灰燼(かいじん)と化す炎

   進撃を以って 我が意志を指示(さししめ)さん 突き進め フルメシア ―


 指先に魔法陣が投影され、赤の元素が渦巻き炎が舞い上がる。だが、その炎は異質なモノへと変化していく。炎が内側から白い炎へと移り変わり、灼熱の影響か指先の景色が陽炎に揺れる。

 白い炎にカミルの視線が奪われる。

 何で炎がこんな変化を……?クヴァやカナンさんが扱う白炎や聖火に酷似しているような。


 ビュンッ


 カミルの横を岩の槍が飛んでいく。

 そうだ、今はそんなことを気にしている場合じゃない。

 視線を戻すと、影男がルイズに向かって突進していた。

 ルイズが影男に着弾し、影男の上半身を吹き飛ばす。影は霧散し、残った身体は男の影へと戻って行く。

 それを合図に木剣の男が走り出した。


駿動走駆(しゅんどうそうく)

 男は武技を発動させ、加速しながら岩の槍を躱して進む。その手に握られた魔剣の光の筋が不気味に輝く。


 迫り来る男の姿に身体が強張った。

 あの魔剣に触れれば、俺の身体が吹き飛んでしまう……。そう思うと、白炎を宿す左手が震えた。

 不意に男の進行方向の地面が盛り上がった。岩でできた壁、それが1枚、2枚―――6枚の壁が男の進行を阻む。


 男は意に介さず魔剣を1枚目の壁へと突き出した。

 壁に刀身が突き刺さり、光の筋が周囲に広がる。中心から壁が崩壊を始め、砂となり大地へと還っていく。

 魔剣の威力の前に、男の進行を防ぎ切ることができない。2枚目、3枚目も同様に崩れ去っていく。

「焦れったいですね」

 魔剣に魔力が集中し始めた。魔力の供給を受け、光の筋は輝きを強めていく。刀身の周囲に火花のように光の筋が浮かび上がり、バチバチと弾ける音を立て4枚目の壁へと突き立てられた。尖端から光の筋が弾けるように広がっていく。4枚目の壁が弾け飛び、5枚目、6枚目の壁へと光の筋が到達する。その瞬間、すべての岩の壁が砕け散っていく。


 視界から男の姿が消えたことで、何とか心を保つことができた。左腕を前方へと掲げると、指先に集う白炎に意識を集中させる。

 勝負はニステルが張ってくれた壁が突破された瞬間だ。呼吸を深くし、強張る身体の力を抜いていく。

 1枚、また1枚と壁が崩れる音がする。そして、最後の壁を突き破り男の姿が再び視界に入ってきた。

 今ッ!!

 指先の白炎が男に向かって弾け飛ぶ。白炎弾は瞬く間に男の下へとたどり着く。


反射反動(はんしゃはんどう)

 男が武技を発動させ、迫る白炎弾に向け魔剣を振るう。切っ先が白炎弾に触れ、光の筋が広がっていく。

 それはさっき貰いましたからね。元素の反応を察知していればどうとでもなります。

 白炎弾の中心から赤の元素へと強制的に戻されていく。

 変な色をした炎ですが、魔法であるならこれくらい掻き消すくらいどうということでもありませ………、何だ?


 白炎は赤の元素へと変わっていってはいる。だが、白炎が消え去っていくにつれ、その内側から本来の色をした炎がうねりを上げ燃えている。強制的に戻された赤の元素を取り込みながら炎は巨大化していく。

 膨れ上がった炎が魔剣―――光の筋を宿す木剣へと燃え移っていく。

 魔剣に燃え移った瞬間、カミルは駆け出した。

駿動走駆(しゅんどうそうく)!」

 足が緑の元素を纏い、風のように駆け抜けていく。


 魔剣が燃えるッ!?

 予期せぬ出来事に思考が一瞬固まった。それでも無理やり意識を戦闘へと戻していく。

 青年が突っ込んで来てますか。

 その時、足元の地面に黄の元素が満ちているのを感じ取った。

 大方、あの槍術士でしょう。

 右足を上げながら足の裏に黒の元素を集め、盛り上がりかけ始めた地面を踏みつける。黄の元素に黒の元素をぶつけ相殺、現象が起こりきる前に攻撃を潰しきる。そのまま足元に黒の元素を集め、自分の影を操作する。地面に張り付く影が浮かび上がり、青年の頭目掛けて影の刃を伸ばしていく。


 刀に圧縮魔力を込め、いつでも武技を発動できる状態にしておく。攻め手を絞らず柔軟に対応するために。

 男を間合いに収めるまでもう一息。

 男の影が蠢き、刃となって迫ってきた。

 避けている余裕はない。硬殻防壁(こうかくぼうへき)で乗り切るか?

 武技を発動させようか迷っていると、刀に黒の元素が集まってきた。

 黒への適性がないカミルが操作したわけではない。刀が勝手に周囲の黒の元素を巻き取っているのだ。伸びる影の刃に含まれる黒の元素を奪い、影は男の元へと戻っていく。


 なッ!?元素を奪われたッ!?

 さすがの男もこれには驚愕を隠しきれなかった。

 術式を力で奪うならまだしも、元素そのものを奪うだとッ!?何だというのだ、この若造はッ!?

 男のいつもの口調が崩れるほど動揺した。再び黒の元素を集め始めるも、集めたそばから黒の元素が奪われていく。こうなってはお得意の影の術式を封じられたも同然。頼れるのは燃え盛る魔剣のみ。

 男は苦し紛れに迫りくるカミルに向けて魔剣を振るう。


 刀が俺の味方をしてくれている。そうとしか思えない現象が今起きているのだ。

 刀は黒の元素を吸い、刀身を漆黒に染め上げている。光を受け付けないのか、反射もせず漆黒を維持している。

 男の間合いへと踏み込んでいく。

 男は燃える魔剣を無理やり使うつもりなのか、そのまま振りかざしてくる。俺は魔剣と打ち合うべく刀を振るう。普通に打ち合えば、魔剣の力で刀は消し飛び俺の身体も消え去るだろう。でも不思議とそんな未来を想像することはできなかった。漆黒を纏うこの刀が打ち負けるとは到底思えない。そう信じさせる力の波動を感じている。


 カァァァンッ


 漆黒の刀と燃える魔剣がぶつかり合う。一瞬の拮抗を経て刀身部分が吹き飛んだ。

「馬鹿なッ!?魔剣が、魔剣が破れるわけがないッ!!」

 吹き飛んだのは魔剣の方だった。元素に対して絶大な威力を誇った魔剣も、漆黒に染まった刀は断ち切れなかった。

 それでも男は戦いを諦めない。魔剣の残った柄を握ったまま拳を顔目掛けて突き出してきた。

 頬に拳がつきささる。でも俺はあえて避けなかった。それよりも、この男の命を断つチャンスは今しかないのだ。

 刀を横一文字に振り切った。

「がぁぁッ!?」

 刀は男の腹部を斬り裂き、身体を真っ二つにした。はずなのだが………。

 手応えがない?

 刀を振るった手には、まるで抵抗を感じることができなかった。

 嫌な考えが頭をよぎる。

 今になって影法師の言葉の意味を思い出すなんて………。

 影法師、つまりは()()()。それは、こいつもまた影男であることを意味する。

「こんなガキにやられるとはな……」

 捨て台詞を吐き、木剣の男の身体は色を失い影となっていく。大気に溶けるように粒子となり消えていった。

 それなら本体はどこに………?

 はっとし、リアのいる町の方へと視線を移す。

「リアが危ない!」



 日が傾き始め、暗くなる世界に青緑の雷光がバチバチと爆ぜ剣から伸びた雷光を元の大きさに戻していく。

 離れた位置にいる大鎌の男が不敵に笑う。

「もう一度聞いておこうか。うちに来る気はないか?」

 肩を竦め即座にリアは否定する。

「私はもっと将来性のある男にしか興味がないのさ」

「そうかい。どうやら男を見る目はないようだ」

 男は大鎌を握り、自身の影から二体の影男を出現させた。

「昨日姿が消えた絡繰りはそれか?」

 男の口角が上がる。

「そうさ。影に危ない仕事をやらせれば、万が一が起ころうとも問題はない」

 影男が大鎌の刃をリアへ向け、左右に別れて歩き出す。

「さあ、お前の本気を見せてみろ。俺を楽しませてみろッ!」

 男の言葉で影男らが走り出す。正面にいる大鎌の男は動かずリアの動きを探っている。

 リアは視線を右手側にいる影男へと向けた。左腕を覆う外骨格があれば、攻撃が直撃することを防ぐことができる。なら、攻撃力に特化させている右手側の影男を先に潰す。

 身体の重心が下がり、踏み込む足に力を入れる。(いかずち)(ほとばし)り、一気に影男に肉薄していく。速度を活かした一点突き、剣を影男の胴目掛けて突き出した。雷光を纏う剣が影男の腹部を穿つ。(いかずち)が影の身体全体に広がり、青緑色に染め上げていく。

 おかしい。あれだけ啖呵を切ったのに、この影はあまりに弱すぎる。

 ふと、影男の身体が揺らぎ霧散する。だが、影が消えたわけではない。黒い粒子となりリアの背後へと流れていき、もう一体の影男に吸収されていく。

 背後の黒の元素の反応が濃くなった!?

 着地と同時に上半身を捻って後方の影男の姿を確認する。

 黒の元素の反応が濃くなったくらいで、影男に目立った変化はない。大鎌を振りかぶりながら迫ってくるのみだ。

 身体を起こし体勢を立て直す。剣を突き出し剣先に(いかずち)を収束させていく。(いかずち)が少しずつ膨れ上がり火花を散らす。影男の身体を覆うほどの大きさにまで成長しきった雷弾を解き放つ。雷弾は影男の身体を目掛け一気に距離を埋めていく。

 迫る雷弾に影男の影が刃へと変化してリアに向かって伸びていくも、影がリアに届くことはなかった。雷弾が影男の身体を飲み込んでいく。(いかずち)が影を吹き飛ばし、その姿を霧散させた。

 だが、伸びる影が消え去ることはなかった。

 影が残ってる?

 そう思った瞬間、影の中から這い上がるように影男が再び姿を現した。

 一体だけ倒したってダメってこと?

 迫る影男が大鎌を振りかぶり、横回転させながらぶん投げた。

 反射的に回転する大鎌の左側へと避ける。

「そんな適当な攻撃で当たるかよ!」

 視線を影男に戻すと、リアは驚愕した。

 影男がいない。それどころか、投げた筈の大鎌が地面へと落ちていくのが見える。

 何が起きた!?

 その瞬間、右肩に痛みが走った。思わず顔が歪む。何かが右肩を押し潰す感覚。視線を右側へと移すと、そこには影男の姿がある。

 わけが分からなかった。先ほどまで離れた位置にいた影男が真横におり、投げた大鎌が影男が立っていた場所に落ちている。………影同士で場所の入れ替えができるの!?

 殴られた衝撃に身体が左へと流されていく。それでもただ殴られただけでは済ませない。傾いていく姿勢のまま右足で影男を蹴り飛ばす。踏ん張りが利かない分、蹴りとしての威力はほぼ皆無。だが、今はフィルザードの(いかずち)を纏っている状態だ。足先から(いかずち)を流し込み、蹴った反動で影男から距離を取る。地面を転がりながら受け身を取ると、すぐさま立ち上がる。

 影男は消えておらず、帯電させた身体でその場に固まっている。

 動きが止まった今がチャンスだッ!

 両手を左右に伸ばし、剣先と伸びた(いかずち)の爪の先に今生み出している(いかずち)のすべてを収束させていく。身体から雷光は消え、左手の外骨格も消え去る。

 影の片方だけを潰しても駄目だと言うのなら!

 剣と爪の先に収束させた(いかずち)を拡散させながら放出させていく。

 動きを止めている影男の身体を焼き散らし、影そのものを吹き飛ばした。離れた大鎌の下へも瞬時に広がる(いかずち)の波が押し寄せ、その影を完全に消し去った。

 放たれた(いかずち)が消え去り、リアが身に纏っていた雷光は完全に鳴りを潜めた。

「お見事」

 大鎌の男の声が響く。その声色からは驚きとも称賛ともとれる感情が伝わってくる。

 顔を男の方へと向ける。

「影は力こそないが、再生能力だけは自慢だったんだけどな。こうもあっさりと吹き飛ばしてくれるとは意外だったよ」

「その割にずいぶんと余裕そうだな」

 そう、この男に焦る様子なんて一切見られない。まるで遊び道具でも見つけて楽しんでいるような気さえしてくる。

「そうかい?気に触ったのなら謝るさ。でも、そろそろ準備運動は終わりだろ?」

 男に気付かれないようにポシェットにゆっくりと手を伸ばす。

「おや?回復薬が必要なのか?」

 男が嘲笑う。

「良いだろう。ほら、飲めよ。その間待っててやるからよ」

 人を見下した態度には腹が立つが、ここは大人しく回復薬を飲み込むべきだ。少しでも危険の芽は摘む。冒険者として生きていく者なら当然の行為だ。

 回復効果が遅く回復量の多い回復薬で、傷と魔力を回復させていく。

「即効性の回復薬じゃないんでな、どうせ待ってくれるなら回復しきるのを待ってもらいたいね」

 回復薬では体力は回復しない。だから少しでも時間を稼ぎたい。

「そんな回復薬しか持てない暮らしなんだろ?うちに来ればもっとまともな生活ができるというのに」

「誰かに与えられたもので生きていくなんてごめんなんだよ!」

「おー怖い怖い。そんなに暴力的な口調で言われたら、待ってやることなんてできねーんだよ」

 男が大鎌を構え走り出す。

「ちぃッ!」

 剣を構え直し剣先から初級光属性魔法ルイズの光弾を放った。真っ直ぐ男に飛んでいく。

 大鎌を操りルイズを真っ二つに斬り裂いた。

「魔法を斬り裂くなんておかしいだろッ!?」

 理不尽な現象に、反射的にバックステップで距離を取っていた。男の魔法を斬るという意味の分からない行動に押され、思わず身を引いてしまったのだ。

「嬉しい悲鳴だ、ねッ!!」

 迫りくる男が再び大鎌を振り切った。刃の先から影が溢れ、影の斬撃がリアを襲う。

風戯(かぜそばえ)

 完全なる回避の武技を発動し、身に纏った風の流れに乗った影の斬撃が後方へと流れていく。

「おいおい、釣れねーな!せっかくの贈り物を袖に振りやがってよッ!!」

 男が地面を踏みつける。地面を伝いリアの周囲に黒の元素が満ちていき、風を纏うリアの身体が黒い球体に包まれた。

 リアは瞬時に武技を切り替える。

硬殻防壁(こうかくぼうへき)!」

 黄の元素が身体を包んでいく。

 周囲を完全に包まれたら攻撃を受け流すことは難しい。攻撃が気流に乗って自分の周りを駆け巡ってしまう。それならば攻撃を受けきってしまった方がいい。

 男が掌をグッと握り込むと、黒い球体が収縮を始める。徐々に縮んでいき、黒の元素がリアの身体を締め付けていく。


 バキッ バキバキバキンッ


 黄の元素の守りが砕け散る音が響き渡り、リアの身体に黒の元素がまとわりつく。身体の輪郭を浮かび上がらせ、リアの動きの一切が止まってしまった。

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