ep.48 交わらない心
絡み酒というものは本当に厄介なもので、フィリカさんが解放してくれるまでに愚痴を聞かされ続けた。船が欠航続きで化粧品が入っこないだとか、職場の上司が気に入らないだとか、良い男が捕まらないだとか、俺ではどうしようもないことばかり話されるものだから、話を聞きキョウカさんに共感するような言葉を並べておいた。ご飯をご馳走してくれたからまだ耐えることはできたが………暫く酒場に近寄りたくない。
その甲斐あって?解放され今に至る。
扉を潜るとすでに外は暗くなっており、街灯が輝き昼間とは違った街並みを見せている。街の明かりで星は多少見づらいが、それを差っ引いても美しい景観には変わりない。
宿に向かって歩いていくと、俺と同い年くらいの男の5人組が広場を駆け抜け東の方へと消えていく。通り過ぎる時に物騒な会話が耳に届いた。
「お前がやれって言ったんだろ!」
「俺はそんなこと言ってない。あれが例のドワーフじゃね?て言っただけだ」
「手出したのはお前だからな!」
「でもこれで金貨1枚くれるってんだから、俺達ついてね?」
「おい、早く戻るぞ」
彼らが来たのは、俺が今から戻る宿の方からだ。ようやく絡み酒から解放されたってのに、厄介事に巻き込まれるのは勘弁してくれよ。
何も事件が起きないことを祈り宿を目指す。
暫く歩いていくも、平和な夜の街並みが続いているのみ。特に変わったところはない。物騒な会話をしていたのも、そういう年頃だったってことだ。誰しもそんな経験をするものだ。こういうのをなんて言ったっけ?くろ…クロ……、そうだ、黒歴史ってやつだ。俺も日本の夢で生活を送っていなかったら、さっきの5人組みたいに痛いことばかり口にしていたんだろうか?
考え事をして歩いていると、路地裏の方から吐息の漏れたような掠れた声が聞こえてくる。
「だ、誰かぁぁ……。誰かぁぁぃませんかぁ……」
路地裏から聞こえるその声に、俺は身体をビクつかせ縮み上がった。ホラーものとか、パニックもののB級映画のような場面に、咄嗟に路地裏から距離を取る。
「聞こえない、きこえなーい」
自分に言い聞かせるように呟き、通り過ぎようと無意識に早足になる。
アクツ村での死人騒動が終わったばかりなのに、何でまたそっち系に首を突っ込まなければならないのか。触らぬ神に祟りなしだ。
「こいつもその小娘の仲間か?」
背後から低い男の声が聞こえてきた。条件反射で振り返ってしまった。
そこにいたのは黒い外套に身を包んだ男と思わしき人影。フードで頭まで覆われ、顔には包帯が巻き付けられている。それ以上に目を引くのは、右手に掴まれている大鎌だ。外見だけなら、俗に言う死神というものに酷似している。
「どうだかね?でもそいつ、例の木剣を持ってるな。なら仲間か?」
路地裏の奥から中性的な男の声が聞こえてくる。視線を向ければ、大鎌を持った男と同様の格好をしている。一つ違うのは、路地裏の方から出てきた男は武装を身に着けておらず、代わりに小さな人影を肩に担いでいる。
「一体何の話をしていらっしゃるのか………」
とりあえず、関係ないことを主張しなければ良くないことに巻き込まれそうだ。
「俺は今日王都に戻ってきたばかりなんですよ?今も酒場で―――」
大鎌が横に薙ぎ払われ、咄嗟に後ろに飛び退いた。一呼吸遅れて大鎌が目の前を通過していく。
「ちょっと!いきなり何するんですか!」
「ほう、今のタイミングで避けるか。面白い」
大鎌を持つ手が捻られ、刃が180度向きを変えた。距離を詰めながら大鎌が再び振るわれる。
応戦しないとやられるッ!?
腰の刀に手をやり抜刀、大鎌の刃に押し当てた。刃の上を滑らせ、大鎌の軌道の外へと逃れた。
「おいおい、そんな子供もヤれねーのかよ」
もう一人の男が呆れたように言葉を投げる。
「いや、コイツはなかなか面白いぞ。それに見てみろ、木剣じゃなくて片刃剣だ。小娘とは関係なさそうだ」
この流れ、俺のことは放っておいてくれるのか?
「まあ、目撃者は消さねーとな!」
淡い期待を抱いた瞬間、その思いは弾けて消えていく。
再び振るわれる大鎌が水平に移動し迫りくる。
大鎌使いと戦うのは初めてだけど、単調な動きはありがたい。武器の特性上そのような動きになってしまうだけかも知れないが。距離感さえ間違わなければ、大鎌の刃をもらうことはない。
距離を取るためにバックステップで後方に飛ぶ。目の前を大鎌が通過する、はずだった。
大鎌の刃の尖端から水の刃が30cmほど伸びた。大鎌の間合いが一気に広がり、カミルの脇腹目掛けて水刃が迫ってくる。
飛んでしまった後で、伸びた間合い対応するのは難しい。刀で防ぐにも、魔法で防ぐにも時間が足りなさすぎる。
カミルは即座に決断する。
左目に意識を集中させ、そして念じた。
時よ、巻戻れ!
その瞬間、視界が歪み世界が白く染まっていく。
「―――小娘とは関係なさそうだ」
意識が戻ると、黒い男二人の会話が聞こえてくる。目論見通り、大鎌での攻撃の前へと戻れたようだ。目の前の男の行動は分かっている。後ろに飛ぶのがダメなら、前へ突き進め!大鎌を振り切らす前に攻め立てろ!!
「まあ、目撃者は消さねー、っと」
大鎌の動き出しに合わせて刀を長柄にぶつけ、動きを抑制する。
「ははッ、良い読みしてんじゃねーか!」
― 豪然たる水の意志 其は冷酷なる刃の狩人 アプラース ―
間合いの詰まった状態からアプラースで水刃を生成。男の首を斬り裂くべく横一文字に水刃を動かしていく。
男の首元に青の元素が満ち始め、男の首を守る水壁が出現した。
水刃と水壁がぶつかり合う。水壁が水刃の圧に負け、ぐにゃりと変形していく。
だが、男に焦りの色はない。
「詠唱しちまったら手札を教えるようなもんだろ?っにしても、お前の魔法はひ弱だな。後出しで形が定まり切ってねー水壁を破れないとはなっさけなッ」
水壁に青の元素が集まり出し、水の刃を押し戻し始めた。
やはり元素の扱いでは分が悪いか………。
男の腹部を蹴り、反動で後方へ飛び退いた。
大鎌の間合いも元素の扱いも、相手の方が上手だ。長引けば俺の方が不利になるかもしれない。まともな条件下ではなッ!
― 我至るは光芒のその先 導くは聖なる陽光 ルイズ ―
圧縮された魔力が白の元素に働きかけ、眩い光の球を生み出した。白い輝きは闇に染まった街を照らし出す。
「何だ?喧嘩か?」
「おい!誰か巡回兵呼んで来い!宿の前で刃物を振り回してやがる!」
突発的な光源が周りの人達の視線を集め、人通りの少なくなった街に僅かなざわめきを作り出す。
あのまま戦っていれば、間違いなく俺が不利だった。でも、奴らは見る限り人攫いだ。街中での注目を嫌うはず。そこに付け入る隙が生まれるはずなのだ。
「おい!小娘を連れてずらかるぞ!兵士が来たら厄介だ!」
路地裏に逃げ込もうとする二人の男に向かって強い光が飛んでいく。
カミルが出かけたまま帰らない。一週間ぶりの王都でも、街に着いて早々に出かける場所なんてある?まだシャワーすら浴びて無い姿のままで、気持ち悪くないのだろうか?これが男女の違いなのかもしれない。こんなんだったら、もっとゆっくりとシャワーを浴びとけば良かったなー。
一人暇を持て余していると、窓の外から眩い光が注がれた。
なに?夜にイベントでもやっているの?
窓を開け放ち身を乗り出した。
少し離れた位置にある光の方を見てみれば、その中心にいたのはカミルだった。
「アイツ、あんなとこで何を……ッ!?」
カミルの手に握られている日本刀が目に入る。
目の前の大鎌を持った黒い男と戦っている?
そう思うと、身体が自然と動き出す。窓から飛び降りながら上級光属性魔法ルストローアの光の弾を撃ち出した。
路地裏の方へと動き出した男とルストローアがぶつかり合う。
カミルに当てないように位置をずらしたのが幸いし、逃げ始めた大鎌持ちの男に直撃する形となった。リアからは死角になっていたもう一人の男を巻き込む形で光は膨らみ、男二人を光が飲み込む。
着地を決めると、カミルの方へと駆け出した。
カミルのヤロー、また厄介事に突っ込んでいきやがって。
「カミル!何があった!?」
呼びかけるもカミルは振り向かない。
「人攫いだよ。それに巻き込まれた」
端的に状況を伝えて来る。
となると、黒い男が犯人ってことになる。戦闘に備え「風戯」を発動させ、光を霧散させる。
「………、いない?」
光に包まれたはずの男がいない。男の代わりに小さな女の子がうつ伏せで倒れている。
「攫われかけていたのはこの子か?」
確認の為にカミルに問う。
カミルは日本刀を鞘に戻しながら「俺も詳しくはわからないけどが、担がれていた子で間違いないよ」鞘に収めきると女の子に近寄って行く。
その後を追い、女の子を見下ろした。
「ドワーフ族の女の子?」
鼈甲色の髪を三つ編みした女の子は、ドワーフ族だった。
「何でドワーフ族ってわかるの?」
カミルが不思議そうにこちらを見る。
「ドワーフ族ってのは、黄の元素との親和性が高い種族なんだ。そのせいか、体内に宿す元素の反応が硬い」
騒ぎになったせいか、巡回兵を引き連れて人が集まり出してきた。
「なんだこの騒ぎは?」
壮年の兵士がリアとカミルの姿をギロっと睨むと、倒れている女の子に気が付いた。
「お前らがやったのか?」
疑われるのも無理はない。でもここは冷静に話さないと後々拗れる原因になる。
「いえ、人攫いの犯人と遭遇し戦闘になってしまいました」
女の子に視線を移す。
「犯人には逃げられてしまいましたけど」
兵士は腕組みをすると「うーん」と唸り出した。
「とりあえず、詳しく事情を聞きたい。二人は詰め所に来てもらおうか」
兵士が女の子に近づいていき屈んだ。
「よっと」
女の子を抱えると「ついて来い」と城の方へと歩き出す。
「ちょ、ちょっと待った!」
とあることに気付いて兵士を呼び止めた。
兵士は振り返ると「なんだ?」と怪訝そうな視線を投げてくる。
「靴、取りに行っていい?」
兵士とカミルの視線が私の足へと注がれる。咄嗟の戦闘だったから靴など履く余裕すらなかった。今の私は裸足だ。
「はぁぁぁ」
兵士のため息が漏れる。
「さっさと取りに行け」
兵士に促され、宿に向かって走りだした。
城の外門の前にある兵士の詰め所までやってきている。今回の騒動の調書の為、人攫いとの戦闘について洗いざらい話すこととなった。話すと言っても、現場でほとんどの事は話しているし、特段何かを問い詰められることもなかった。
「王都では人攫いが横行しているのですか?」
奴隷制のある国家は聞いたことはないが、そのように扱う裏の組織があるのは知っている。と言っても、それは私達の時代の話。今の時代だと、奴隷制のある国家が存在していてもおかしくはない。
「いーや、人がいなくなるってのはそう起こることではない。今回のも今年に入って初めての事例だよ」
「なら、なんであの子は攫われたんだ……?」
視線を女の子に向けた。ベッドのない詰め所だから、抱えてきた女の子は椅子を並べた上に横にして眠らせている。身体に傷がないことから、かなり手慣れた連中だったことが窺える。
「大方、奴隷として売り払うか、ドワーフの鍛冶の技術が目当てだったんじゃないか?」
ドワーフの鍛冶の技術?何の話だ?ドワーフが鍛冶をするなんて聞いたことがない。これも精霊の時代が終わった影響なの?
「ちなみに、王国で鍛冶が有名なところってどこなんです?」
「何だ、お前たちは外国から来たのか?王国で鍛冶と言えば『港町ジスターク』だろう。砂の地と草原の境界で海からもほど近い土地だよ。鍛冶の町だからドワーフ族の人口が多いところだぞ。その子ももしかしたらそこから来てるのかもな」
さすが王国の兵士。情報を得るには打って付けの相手だ。ドワーフが鍛冶が得意って認識で間違いなさそうだし、精霊の黄昏ってのは一体何が起こったんだ……?
精霊の時代、鍛冶を得意とする種族はエルフ族だった。繊細な感性と屈強な肉体から打ち出される武具は高品質として世界の常識で、エルフ族の人口の少なさも相まって相当な金を積まなければ手にすることができなかった。
「よーし、これで終わりだ。二人ともご苦労様、この子は王国軍が責任を持って預かるよ」
ようやく一段落。席を立ち「それでは失礼します」と声をかけ詰め所を後にした。
城の前ということもあり、現在の場所は街の南部。宿があるのは中央の広場から更に進んだ北部。一日の最後に街を横断しなければならないとは……。
「依頼が終わったその日に面倒事を引き寄せるあたり、カミルは何か持ってるな」
行き場のない感情をカミルに愚痴る。
カミルは申し訳なさそうに頬を掻き「あはは」と笑って誤魔化している。大人しく宿に留まっていたらこんなことにはならなかったのに。………。まぁ、そのおかげで相部屋になった変な空気もなくなったわけだが……。
「にしても、人攫い達はどうやって逃げたんだろうな。光に包まれたからって、人が動けば影が伸びる。少なくとも、あの時はそんなものは見えやしなかった」
「光の中に溶けてった。まるでそんな雰囲気だったね」
ありのままの事実だけ見たらそう言えるかもしれない。でも、人が光に溶けるわけがない。
「わからないことだらけだけど、この件はこれで決着になるかな」
カミルがまた厄介事を引き寄せなければね。
「ようやく俺もシャワーが浴びれそうだ」
「私の後でな」
間髪入れずに補足しておいた。
「ええ〜ッ!?」
カミルがこちらを見つめ不満の声を上げた。
「リアはもう浴びたんじゃないの?」
「浴びたさ。でも、誰かさんが戦闘を始めるもんだから、仕方なく私も参加したんでしょ〜?」
凄みを利かせて言い寄った。
本来なら今日はもう外出することなく、ゆっくりとした時間を過ごすはずだった。
「砂埃と汗で汚れたからまた入り直さなきゃ」
にっこりと笑って言い放った。
これは譲れない案件である。
「だからカミルは、ゆっくり帰ってきていいぞッ!駿動走駆」
言葉を投げかけ武技を発動させた。緑の元素が足に集まり風を纏と一目散に宿へと駆け出した。
カミルが帰ってくるまでにシャワーを終えなくては。
「ちょ、ちょっとリアぁ!ズルい!!」
そんな声が後ろから響いてくる。でも止まることはできない。だって、シャワーを浴びる音を聞かせたくないから。
遠ざかるリアの姿を見送り立ち尽くす。
武技を使ってまで自分が先に使いたい理由って何だよ………。
カミルはまだ、女性の心の機微には疎かった。
まあ、早く帰っても後で何を言われるか分かったものじゃないし、のんびりと夜の街並みを楽しもう。
星を見上げながらゆっくりと歩き出す。
さっきの戦闘では心技の発現はなかったな。切羽詰まった状況かと言われたらそうでもなかったけど、長い目で見ないといけないのかも。右目に違和感はないし、視力が落ちたわけでもない。今のところ、身体に不具合は起きていない。今まで心技を二つ宿した者がいないみたいだし、どんな影響が出てくるかは未知数だ。自分の体調はしっかりと把握しないとな。
視線を腰の刀へと下ろしていく。
あの男達、この刀を見て「例の木剣」とか言ってたな。確かに見た目だけなら木刀なんだけど、これと何を間違えたのか気にはなる。ドワーフの鍛冶の技術と木剣、関係はありそうなんだけど確たる証拠もない。
それ以上に気になるのがこの刀の方だ。エジカロス大森林でサティから受け取ってから、一度も研ぐことなく切れ味が落ちる気配がない。名剣と呼ばれるものでさえ、戦闘を重ねれば傷んで切れ味が落ちるというのに。
ちょっとだけ、鍛冶の町と言われるジスタークに興味が湧いてきた。
「ジスタークでの依頼、探してみようかな」
「ただいま」
宿にたどり着くと、リアはすでに寝間着姿だった。ワッフル生地のセットアップで、トップスはゆったりとした長袖シャツ。ボトムはショートパンツだ。シャツの丈が長く、辛うじて履いてるのが分かるほどの際どい姿に、思わず目を逸らした。
なんちゅう格好してんだよッ!
「おう、おかえりぃ。って、何故に目を逸らす?」
「さすがに青少年には刺激が強い格好だと思うんですけどッ!」
視線を向けずに心境を吐露した。
「そうか?私は大体こんな寝間着なんだけど」
発した声は、特に恥ずかしがっている感じはない。普段からあんな感じなのは本当らしい。
いつまでも扉付近に立っているわけにもいかない。平常心を意識して視線をリアへと動かしていく。顔を見ようと意識しているのに、どうしても視界の下の方に映る肌色に視線が奪われていく。普段は見ることのない太ももからスラリと伸びる足が艶めかしい。
「見すぎじゃね?」
リアの言葉に我に返った。どうやら無言で足を見つめていたらしい。その証拠に呆れたようなリアの視線が突き刺さっている。
「そ、その足出されたらそりゃ見るでしょ」
美容には気を使っているリアの足は艷やかだ。見るなと言う方が無理だろう。
「そうだろ?手入れは怠っていないし、筋肉もほど良くついてて綺麗な曲線美だろ?」
誇ったように足を見せつけてくる。その姿に、ちょっと心が落ち着いた。いくら美しくても、そこに慎みや恥じらいがなければ魅力は激減するのだ。
俺はリアの自慢を聞き流し「シャワー浴びてくる」と着替えだけ持って浴室に入っていく。
「お、おいっ!」
浴室の外から呼びかけられたが、アクツ村を出てからシャワーを浴びていないんだ。いい加減身体のベタつきが気になる。話は入浴してからで十分だろう。
キュッとレバーを操作して降り注ぐ温かなシャワーで気持ちを切り替えた。
「で、どうだ?」
浴室から出ると、開口一番に飛んできた言葉がそれだ。どうだ?とは。感想ならさっき言った気がするが。
「綺麗な足ですよ。思わず触りたくなるほど」
口を動かしながら、手も動かしていた。汚れた衣服を整理し、洗濯をしなければならない。
「そう思うなら、ちゃんとこっち向いてから言えよっ!」
視線をリアへと、きちんと足へと向けてから顔に視線を戻す。にっこり笑って「素敵な足です」今度はばっちりだろう。それなのにリアは納得しなかったらしい。半眼で睨むと抗議の言葉を口にする。
「うわ〜、何か業務的。心から褒めないと女にモテないぞ?」
その言葉には少しムッとした。今度はこっちが抗議する番だ。
「こっちだって心から褒めてあげたいよ?でも、リアのその『褒めて!』みたいな空気を感じると、心が込められなくなるの。もう少し恥じらいと言うものを要望する」
それでもしっかりとその御足は堪能させていただきますけど。
「綺麗なものを褒めるのに恥じらいが必要なの?」
ああ、これは意見が交わらない平行線なヤツだ。
「こと女性に関してはそうかも?というより、恥じらいがより魅力的に魅せる?みたいな?」
リアがぽかんと「??」な表情をしている。言葉としてはわかるけど、感覚としては理解していないようなそんな感じだろう。
「要は、自然体のままのリアが一番魅力的だってことだよ。よし、洗濯してくるね」
言葉を残すと、そそくさと部屋を出て洗濯室に向かった。
まともな感想を言ってもらえず、カミルは浴室へと入っていった。せっかくの機会だから磨いた美貌を見せつける機会だと思ったのに。
「女心がわかってないなぁ」
それから暫くしてカミルが浴室から出てきた。
今度こそ、どう感じたのかきちんと口にしてもらおう。
「で、どうだ?」
再び聞き返すも、何か心此処にあらずみたいな感想をもらってしまった。だから思わず叫んでしまう。
「そう思うなら、ちゃんとこっち向いてから言えよっ!」
今度は定型文みたいな感想だった。私が欲しいのはそんな言葉じゃない。
「うわ〜、何か業務的。心から褒めないと女にモテないぞ?」
だから少し小馬鹿にするような物言いになってしまった。そのせいか、カミルが露骨に苛ついた表情になってしまった。散々なことまで言われてしまう。
「綺麗なものを褒めるのに恥じらいが必要なの?」
カミルの主張が胸を刺す。言葉の意味はわかるよ?でも、真っ直ぐな言葉を口にしてほしいこっちの気持ちにも気づいてくれてもいいじゃない。
何か、相部屋にしたのは間違いだったかも。恥ずかしさや身の危険も飲み込んで呼び止めたのに、何やってるんだろう私………。
気持ちが下がってきたところでカミルの意外な一言に私の心は跳ね上がった。
「要は、自然体のままのリアが一番魅力的だってことだよ」
この言葉には、どんな意味が込められていたのだろう?




