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賢闘都市アルフ

 巡業者一行が村を去ってから数週間が経つ。燿光の兆しとの邂逅を経て、剣の型の練習を続けてきた。

 先天的な剣の才が無いのはわかっていた。それでもひたむきにも練習していたおかげで衝波斬が発動することができるまで成長はできた。他の武技を両親に頼み込み練習を続けている。

 確かな技術の上にしか武技が成り立たないということ。それを骨身に染みて理解した。

 衝波斬を成功させたからといって、他の武技がすぐに発動できるわけもなく、ある程度形になってきてはいるが、学園入学までにモノにするのは難しいかもしれない。

 父さんを初め、村にいる武技が使える人達にも話を聞いてみたけど、学園で習得できたのは数える程度ということだった。第一線で活躍する冒険者や国へ仕官する人達が、どれほど狭き門を通ってきたのかが窺い知れる。

 入学早々注目される計画はすでに頓挫ぎみだ。

 俺はどこまで通用するだろうか?元素の適正も武術の才も一般的。それでも、人よりも少しは秀でた存在になりたい。特別な存在でありたいと願うのは贅沢だろうか?

 諦めたくはない。

 国に仕官して力を試してみる。そんなことができたら最善なんだろうけど、それが叶わなくとも冒険者として名を馳せたい。



 15歳を迎え、俺は今、賢闘(けんとう)都市アルフまで来ている。

 学園で自身を鍛え身を守る術を身につける者。闘技場で賞金や仕官を狙う者。冒険者組合(ギルド)で依頼を受ける者。様々な思惑で溢れる活気ある武が集う都市、それがアルフ。

 多くの人の動きがあり、武具や食料、回復薬なども集まってくる。定期的に武術大会が開催されており、宿泊施設も充実している。俺達、学園に通う者用に寮が完備されて、学園特区が形成されている。


 今日からセルヴィナ学園の学生として、アルフを拠点とする生活が始まった。


 学園は実力ごとにクラス分けされており、国が手厚く支援すべきと判断された者が集うSクラス、成績上位者が集うAクラス、平均的な実力のBクラス、基礎を叩きこむレベルのCクラスが存在する。

 入学の際、適正試験が行われ、俺はCクラスへの配属が決められた。魔法の腕だけならBクラス入りもできただろうけど、武術の方が心許なく、今一度基礎から叩き込んだ方が良いと判断されたらしい。圧縮魔法との出会いが偏った自己鍛錬に繋がってしまったのだから仕方がない。


 武の鍛錬の場である学園でも、ただ技術だけを磨けば良いというものではない。しっかりとした理論を理解して体現していった方が効率も良く、習得も早い。その為、座学に関しても比較的に重点をおいている。元素や魔力についての初歩的な知識から学びなおし、誤った知識が付かないよう配慮されている。

 セルヴィナ学園での初めての講義。

 決まった席というものは存在しない。座学は苦手な人も多いためか、講義室の後ろの方に人が集まっている。身体を動かして学びたい人が多いのは仕方のないことだと思う。知識もなくただ闇雲に練習したところで、遠回りになることが多いというのに…。努力するベクトルが一致しているなら、比較的早く習得できるかもしれないが、発展系の武技や魔法を習得する時に足を引っ張りかねない。

 基礎を軽んじてはいけない。

 急がば回れ。

 日本での五年という長い夢を見続けたせいか、そこに住んでいた人達の精神が、俺の物の考え方に影響を受けている。地道にコツコツ。クラスメイトの行動に流されず、自分をしっかり保っていこう。

 最前ど真ん中の席を陣取った。

 Cクラスともなると、貪欲に知識を得ようとするものは少ないらしく、周りの席はかなり空いている。自由に使える空間が広いのは嬉しいものだ、とお気楽なことを考えていると、不意に声をかけられる。

「隣を使わせてもらってもいいかしら?」

 顔を向けると、背中まで伸ばした亜麻色の髪を持つ女性が立っている。毛先にウェーブがかかっており、お洒落な雰囲気を漂わせている。表情から察するに、たぶんこの女性は勝気なタイプだ。

 手で合図をしながら「空いてますよ、どうぞ」と促す。女性は一礼だけして席に着く。

 初日ともあって、自己紹介をきっかけに談笑を楽しむこともできたのかもしれない。でも、彼女から話しかけるなオーラが出ている。気難しい人とクラスメイトになってしまったようだ。

 講義の内容は初歩の初歩といったところだ。一通り聞いてはいたが、特に学ぶべきところはない。復習も兼ねて講義を受ける程度。

 何事もなく最初の講義は終わった。


 あれから隣の女性と話すことも無く、休みを挟んで次の実技の時間が始まる。

 今回は武技に関する授業のようだ。先ほどまでは大人しかったクラスメイト達も意気揚々としている。初回の実技で活気出す生徒の前に実技の先生がやってくる。

 男性ながら銀髪をポニーテイルにした30代半ばの先生だ。

「実技の授業を始める。今回は初回ということで、武技の基礎である纏をやってもらう」

 予想通りの纏に関する授業。先生が纏の説明をし、実演してから生徒が纏を行う。その後、生徒一人ひとりが纏を行えるかの確認のようだ。

 基礎の武技ということでほとんどの生徒は難なくクリアしていく中、一人の女子生徒が手こずっているのが伺えた。

 講義で隣に座っていた亜麻色の髪の女性。見たところ、魔力の制御はできているし、魔力の移動にも問題はない。できてない部分と言えば、魔力を身体の一部に留めること。線の細い女性だから身体を鍛えているとは思えない。肉体の感覚の方が掴み切れていないのかもしれない。助言をすることなど何もない。回数をこなして感覚を掴むだけなのだから。

「次、カミル・クレスト」

 俺の番になり、先生の前へと進む。

「では、纏を見せてもらおう」

 拳をガッツポーズのように前に出し、意識を集中する。

 ……せっかくなら圧縮式の武技を試してみるか?もしかすると先生のように教える立場の人なら見たことがあるかもしれない。反応を見てみよう。

 魔力を圧縮させ、拳に魔力を移動させ留める。

「纏!」

 言葉を発すると拳を包むように魔力で覆われる。燿光の兆しの面々の前で行った圧縮武技。連日の武技の訓練で基礎的な部分が底上げされたのか、前よりも輝きが増して見える。

 先生がどんな反応をするのか気になるところだが、何故か先生が固まっている。デジャヴ…アゼストさんも同じ反応をしていたような…?

「せ、先生?俺の纏、どうなんですか?」

 固まっていた先生は、はっと我に返り咳ばらいを挟んで答える。

「纏は成功だ。成功は成功だが…これは何だ?」

 この反応からすると、今までに見たことがないってところか。魔力を圧縮するという概念が今までになかったのかもしれない。魔力をその状態のまま流すことが当たり前になりすぎているのか、新たな魔法が生まれることがあっても、プロセスを見なおすことはあまりされないのかもしれない。

「何だ?とは?俺は普通に纏をしただけなんですけど……。おかしな点でもありました?」

 今はまだ魔力を圧縮するということは広めるつもりはない。今はまだね。

「魔力の制御に問題はない。纏が発動できており、発動後の纏も安定している。纏は魔力そのもので覆い、身体能力を強化するもので霞がかった白い光に包まれる。だが、お前が発動させた纏は輝き方が強く感じられる」

 先生は拳を前に出し「纏」の言葉と共に武技を発動する。

「これが一般的な纏だ。魔力操作さえできれば誰にでも平等に恩恵が受けられる武技だ。この薄く霞がかった輝き方こそが纏の特徴だ。だったというべきか?」

 纏の輝きが消え、呼吸を挟むと言葉を続ける。

「今日ここに例外が生まれた。お前は無意識に何かを行っているのかもしれん。何が原因なのか……非常に気になるところだ」

 満面の笑みを浮かべ、ワクワクしているような雰囲気が伝わってくる。

 求めていた反応ではない、面倒くさい反応をされている。変に目を付けられなければいいんだけど、きっと無理なんだろうな。


 特に得るものもなく先生との対話が終わると同時に授業も終了した。

 武技の練習には力を注いでいる人が多いのか、残って自主練に励む者が多い。

「特殊な纏を披露してたんだってな。ちょっと見せてくれないか?」

 魔力を圧縮していると不意に声がかかる。顔を向けると白銅色のツンツン髪の男が立っている。身長は高く筋肉質な体形をしている。

「おっと、俺はゼル・クラーク。よろしくな!」

 拳を作り前に出してくる。

「俺はカミル・クレスト。よろしく」

 拳を作り、出された拳に軽く押し当てた。俺はやったことなかったけど、きっと挨拶みたいなものだろう。

「纏をやってくれって言われても、普通に纏をやっただけだよ。それでもいいのか?」

「ぜひやってほしい。武技に関しちゃ、俺は人一倍自信があったんだ。なのに普通とは違う纏をしたやつがいたって話が聞こえてきたら、居ても立っても居られないって」

 悔しそうな表情を浮かべたと思ったら、今度はソワソワしている。見た目通り感情表現が豊かな男だ。

 どうしたものか。魔力を圧縮することはまだ公にする気はないからな……見せるだけなら、まあいいか。

「わかった、大差はないと思うけどな」

 拳を前に突き出し「纏!」の言葉で白き輝きを纏う。

「おお、確かに輝き方が強い気がするな」

 キラキラした眼差しで様々な角度から纏を眺めている。目新しいものを前にした少年のような反応だ。

「他は通常の纏と変わりなさげか……」

 先生ですら知らないのだから、さすがにクラスメイトが圧縮武技を見たことがあるわけない。小さな交流から友達関係を広がっていくものだ。入学したてなら尚更積極的に交友関係を広げるべきだろう。

「そうだ!なあ、纏で覆った拳同士をぶつけてみないか?」

 何かを感じ取ったのか、ゼルが実験的なことを提案してきた。今まで村のカカシに拳をぶつけてみたことはあったが、俺が殴ったところで何も起き様子はなかった。確かに対人で圧縮武技を試したことはない。ナイスだ、ゼル!

「面白そうだし、やってみようか」

 カミルの言葉にゼルはやる気に満ちた笑顔を見せた。

「よし!そうこなくっちゃな!なら俺も…纏!」

 ゼルも拳に纏を発動させ距離を取る。不敵な笑みを浮かべている。筋力には自信があるのだろう。魔力を込めれば纏の強化量が増すが、その分大きな光に包まれる。見たところ、俺達の纏の光の大きさには大差がない。だが、こっちは圧縮魔力。密度が高まる分、同じ大きさの纏でも込められる魔力量が全然違う。純粋な魔力しか扱わない纏では魔力量が威力に直結してくる。カミルの大方の予想は、拳がぶつかったあとジリジリとゼルの拳を押し返していく、というものだ。

 纏のぶつけあいで怪我をしたとしても、セルヴィナ学園には閃族が常駐しているため、学生価格で回復魔法をかけてもらえる。

 カミルは拳を引き、重心を後ろに乗せる。

「いくぞ!」

 ゼルの言葉で互いに踏み込み拳を突き出す。筋肉量の違いか、ゼルの拳を突き出すスピードが速い気がする。こちらの拳が伸びきる前に纏同士がぶつかり合うことになった。


 ドンッ!!


 拳がぶつかり合った瞬間、拳が後方へと流れる。バランスを崩し身体ごと後方へ倒れこむ形となった。もちろんゼルが。

 予想もしていなかったであろうゼルは、受け身を取り切れず背中を強打。「ぐはっ」と息が肺から漏れる。

 派手にぶっ飛んだせいか、周りの視線が二人へと集まる。「おい、ゼルがぶっ飛ばされてるぜ」「単純にこけただけだろ?」「筋肉だけが取柄だったのにな…」とか、色々な言われよう。

「ぶっ飛んだみたいだけど大丈夫か?」

 見たところ後ろに倒れただけのようだが、一応聞いてみた。

「あー、びっくりした」

 ゼルは身体をむくりと起こし、左右に数回頭を振る。

 座り込んだままのゼルに、カミルは手を差し伸べる。

 ゼルが手を取ったのを確認した後、そのまま引っ張り上げた。「さんきゅ!」という言葉にして服に付いた砂を払っている。

「いやー、まさか打ち負けるとはまったく思ってなくてさー、派手にこけたわ」

 ゼルは負けても清々しいほどに明るいヤツだった。

「俺も勝てたのが不思議だよ。ゼルって筋肉質だろ?拳しか纏で強化してなかったから、絶対負けると思ったわ」

「そう!そこなんだよ!ぱっと見負ける要素がなかったから、やっぱりカミルの纏はおかしい」

 負けは認めはしたものの納得はいっていないらしい。そりゃ圧縮武技を使っている分、俺が有利なわけなんだけど、その事実はまだ他の人は知らない。ちょっと輝きが強い纏に体格の良いゼルが負けたという謎しか残らないだろう。

「人と直接ぶつけあったのが初めてだから、俺もその事実に今気づいたよ」

「武技と力にはちょっと自信があったのによー、めっちゃ悔しい!!」

 子供のように地団太を踏んでいる。自信を打ち砕かれたらそうもなるよな。

 目に見える纏の大きさは一緒でも、輝きが強い方が魔力の密度が高い。視覚的情報で威力を予測できるのは非常に勉強になった。ゼルよ、ありがとう。

「俺としては、普通の纏より強いのがわかっただけでも収穫かな」

「俺もその威力の纏が使いてーよ。どんな練習してるんだ?」

「魔力制御を重点的にやってるかな。素早く正確に魔力を操れるように反復練習」

 嘘は言っていない。魔力制御も欠かさず行っている練習の一つだ。嘘を見破る魔法なり魔具がもしあったとしても引っかかることはないだろう。

 心なしか周りのクラスメイトが聞き耳を立てている気がする。ゼルに至っては「魔力制御…」と口走っている。魔力制御も頑張れば、別のところで活かせるだろうし無駄にはならないだろう。

「要するに、できるようになるまでやれ、だな」

 何も答えになっていない回答で煙に巻く。ツッコまれたとしても「それ以外わからない」で通してしまえばいい。

 急にゼルが大人しくなった。たぶん魔力制御の練習を始めたのであろう。単純――無垢な心っていいよな!


 自分も練習に戻ろうとすると、別の人に声をかけられた。

「そんな言葉で騙されてくれるのは凡人だけですよ」

 振り向くとそこにいたのは亜麻色の髪の女性。纏が上手くいっていないせいか不機嫌そうだ。

「騙すなんて人聞きが悪いな。なんでそう思うんだ?」

「名高いパーティーに入っている姉様だってそんな纏はできていませんでした。姉様のパーティーメンバー達もよ?そんな特殊な纏が魔力制御だけでできるとは到底思えません」

 口ぶりからすると、彼女のお姉さんは実力者っぽいな。高い領域の武技を扱える人達との交流があるせいで、魔力制御だけで圧縮武技を扱えないのがバレているようだ。…ということは、先生も知っていて泳がせているのか。抜け目がない。

「そんなこと言われても、自分自身で原因がわかっていないのだからどうしようもないよ」

 両手を上に上げお手上げのポーズをして見せた。

「その言葉を信じるとでも思って?」

「信じようが信じまいが、それは貴女の自由なのでお任せします」

「そう、教える気はないってことでいいかしら?」

 何なんだこの女は…。だるいことこの上ない。

「それでは、勝負をしましょう?」

「は?急に何を言いだすんだ?」

「私が勝ったらもちろんその纏の謎を教えてもらうわ。その代わり、私が負けた場合、願い事を一つだけ叶えてあげます」

 勝負すること前提で話をするのは止めていただきたい。でも、チャンスでもあるのかもしれない。ここで勝てれば、この面倒くさい女性とは授業で必要最低限の交流以外、関りを無くせるかもしれない。貴重な学園での時間を、変な女性との関りで削ることが無くなるのは大きい。

 考え事をしていたら女性が急に顔を赤らめて叫んだ。

「もちろん、はしたない要求などは却下ですからね!」

「しねーよ!」

 思わず叫ぶ。

「わかった、勝負をしよう。それで?勝負の内容は?」

 女性は悪い笑みを浮かべた。何故かその表情はよく似合っているように感じた。悪役令嬢。日本の夢を見ていた頃、それを題材にした漫画などで流行っていた。その表情が正に、今目の前にいる女性そのものだった。この女性が令嬢かどうかは知らないが…。

「貴方、魔力制御を重点的に練習なさっているのよね?お得意の魔力制御でどんな魔法を扱うのか興味があります。魔法での勝負でいかがでしょう?」

「こちらも武技は苦手な部類だ。魔法にしてもらえたら助かる」

「では、魔法での勝負としましょう。貴方、宝石はどれほどの大きさですか?こちらで大きさを合わせます。あとで言い訳されても困りますし」

 上着の下からペンダント型の大きめの宝石を取り出し見せつけてくる。卓球の球くらいの大きさか?

 どこかトゲのある言い方だったが、正々堂々と勝負しようという気概があるのは美点なのかもしれない。

 宝石を準備できるのも実力の内。圧縮魔法もあれば善戦はできるだろう。

 胸元から宝石を取り出し言葉を投げる。

「魔力制御は得意なんだ。この宝石でいい」

「……貴方、勝つ気はあるのかしら?」

 訝し気な表情で睨まれた。侮られたと感じたのかもしれない。

「これでいい。二言はない」

「その志は立派ですけど、私をあまり舐めない方が身のためよ」

 片手を上げてヒラヒラと手を横に振ると距離を取る。

 彼女も少し下がり距離を取る。

 深呼吸を数回し、呼吸のリズムを整える。

「どなたか、合図をお願いできませんか?」

 遠巻きに楽し気に見ている外野さん達はたくさんいる。

「それなら俺がやるよ」

 ゼルが合図役を買って出た。

 ニシシっと笑っている。この男、絶対に楽しんでやがる。暫く纏での勝負を仕掛けて悔しがらせてやるか。

「両者、準備はいいか?」

「おう」「ええ」

「では、勝負、はじめ!!」

 開始と同時に初級火属性魔法のフラムが三連続で飛んできた。

 魔法の発動速度が早い!こちらも圧縮フラムの三連弾で迎撃する。

 魔法発動の度に魔法名を叫ぶ俺に指を差して笑う人の姿がちらつくが、今はそちらに思考を割けない。

 風が吹いたと思えば、風の弾丸が飛んできた。胸と肩に一発ずつ風の弾丸が突き刺さる。視認ができず、魔力や元素を追うことでしか探知できない風属性の魔法。規模が小さいことから、たぶん使われたのは初級風魔法のエスタ。見えないのであれば物理的に風を防げばいい。初級水属性魔法スプラで水の壁を作り出し、風の弾丸を防ぐ。

 入学するまでに俺は初級属性魔法をいくつか覚えることに成功している。火属性だけだったら即負けていたかもしれない。

 魔法発動速度は圧倒的にあちらが上回っている。火属性以外の魔法の威力は大したことなさそうなのが救いだ。宝石が赤色で、複数の宝石を所持していないと見た。攻めるなら火属性以外の魔法、がいいのはわかるが攻めるタイミングが掴めない。

 女性の目の前に岩が形成されカミルに向かって撃ち出される。

 次は岩の弾丸か!初級土属性魔法グラン。こちらも水の弾丸を生み出しぶつけて相殺。岩にぶつかった水の塊が弾け、女性へ向かって無数の小さな弾丸となって襲う。そのまま水の弾丸を連射する。

 女性に到達する前に、広範囲に炎の壁が出現した。水量が足りず水は蒸発した。

 互いに手が止まり、相手を見据える。

「なかなかやりますね。私の発動速度についてこれるなんて、誇ってもいいことですよ」

「同じ一年生同士だと思って油断してたよ。魔法の発動速度、威力、相手の攻撃に合わせる観察眼と判断力。どれを取っても一年生のレベルじゃないでしょ」

「今更気づいても遅すぎです。貴方の実力もわかってきたことですし、次の一撃で終わらせます。しっかり耐えてみなさい。そうしないと大怪我を負いますわよ?」

 女性は不敵な笑みを浮かべ挑発してくる。

 戦いに熱が籠ったカミルはそれに応じる。

「受けて立とうじゃないか!」

 女性に大きな魔力の流れを感じた。魔力を燃料とし周囲に灼熱の炎の壁が現れ迫ってきた。

「これは……上級火属性魔法フルメシア!?」

「さあ、逃げるなり、魔法をぶつけて威力を削ぐなりしてみなさいな」

 フルメシア。この魔法を防ぎきるのは今の俺ではかなり難しい。さすがにこれを避けても目の前の女性からは何も言われないかもしれない。でも、この壁を凌ぎきりたいと心がざわついている。困難な状況にぶち当たる度に逃げていては強くなれない。

 逃げるな!

 立ち向かえ!

 自分が成長できるかもしれないチャンスを手放すな!

 幸いにしてフルメシアの迫るスピードは速くない。制御が難しいせいなのかもしれない。今ある魔力のすべてを圧縮しきる!

 身体に無駄な力が入っているのか体中の筋肉がぎゅっと固く絞まる。

 無理やり圧縮している反動か、体中の筋肉が小刻みに痙攣し始めていた。

 慎重に極限まで圧縮した全魔力を宝石へと流し込む。

 両の掌を前へ突き出す。

 フルメシアにぶつける炎の壁をイメージして、圧縮魔法を解き放つ。


― すべてを喰らう壁となれ!フランツ! ―


 言葉を紡ぐと、今までにない現象が発生した。宝石の中の魔法陣が投影され、掌の前に展開する。そこから勢いよく炎が噴き出してきた。

 目の前に展開された炎の壁は徐々に広がっていき、フルメシアと同じサイズまで成長した。

 通常であればフランツは威力で押し負ける。だが、今放ったのは圧縮フランツ。亜麻色の髪の女性が放ったフルメシアの魔力量よりも、込められた魔力量で言ってしまえば倍以上フランツの方が上回っていた。上位の魔法にぶつかるも押し負けず均衡を保つ。

 これにはさすがに女性も驚いた。大きな宝石を媒介にした自慢の上級火属性魔法が、小さな宝石が媒介の中級火属性魔法と同等の威力なのだから同然だ。しかも、魔法陣が掌の前に展開されていた。そんなこと、見たり聞いたりしたことなどない。

 ジリジリと焼け付く熱気が周囲を包んでいる。どちらの炎が勝つのか、この場にいる者すべてが固唾を呑んで見守っている。新入生が扱う魔法のレベルを優に超えていた。

 うねりを上げ荒れ狂う炎の殴り合い、終わりは不意に訪れる。均衡が崩れないまま、お互いの炎が小さくなっていく。

 込められた魔力が切れたことによって、元素への働きかけが消えたからだ。徐々に炎は小さくなり、そして消滅する。

 全魔力を込めた圧縮魔力で打ち破れなかった…。これは俺の負けだな。

 カミルは天井を仰ぎ見る。

 清々しい気分にさせてくれる勝負だった。フルメシアが使えるほどの魔導師だ、圧縮魔法が使えるようになったらどうなるか想像もつかない。魔力操作がこれだけできるのに基礎的な武技が苦手そうなのも、今までそっち方面を疎かにしていたせいだろう。世の中の広さを感じる。

 不敵な笑みを浮かべている彼女に負けを宣言しよう。

「俺の負けだ」「私は降参するわ」

「「え!?」」

 何故か二人の言葉が混ざった。

「いやいや、どう考えてもフルメシアを使った君の勝ちだろう!俺はもう魔力なんて残ってないぞ!」

「私だって魔力切れよ。それに、フランツで私の魔法を凌ぎ切ったわけでしょ?貴方の勝ちでいいわ。認めてあげる」

 何故かお互いに自分が負けの理由を並べ勝ちを譲り合う。魔法での勝負が終わったというのに、今度はにらみ合い討論会を繰り広げている。

「勝ってもいないのに勝ちを譲られて喜ぶかよ……。なら、今回は引き分けってことで手を打たないか?」

 カミルは妥協案を示す。

「貴方の勝ちでいいと言っているのに、頑固者ですね。それで貴方が納得するのでしたら引き分けにしましょうか」

 スッと手を差し出し握手を求めてきた。

 俺はその手を取り健闘を称える。

「これほどの実力者がいるなんて、セルヴィナ学園に来て正解だった」

 カミルの言葉に当然といった表情を浮かべている。

「貴方の魔力の扱い方の謎、掌の前に現れた魔法陣の謎。いずれ解き明かしてみせますわ」

 これって俺を認めてくれてるってことでいいよな?村では競い合える仲間は数える程度だったし、同い年で高め合える仲間がいるのは非常に喜ばしい。

「私はファティマール・アロシュタット。貴方の名前を教えていただけるかしら?」

「俺はカミル・クレスト。よろしくな」

「ファティマールは呼びづらいでしょうから、ファティと呼ぶことを許します」

 許しますって、めっちゃ笑顔で許可してくれてるのはツッコんではダメなんだろうな。

 というか、今、アロシュタットって言ったよな?確か燿光の兆しのティナさんと同じ?もしかして…。

「一つだけ聞いてもいいか?」

「普段なら却下するところですけど、勝負の健闘に対するご褒美です。何なりと」

 先ほどまでとは打って変わっての晴れやかな笑みを浮かべるファティ。

「燿光の兆しの魔導師、ティナリーゼさんはファティのお姉さんか何か?」

 ティナの名前を聞いたファティはカッ!と目が見開き、カミルの手を両手で握り締める。

「さすがは姉様!新入生にも名前が売れているなんて、さすがすぎます!」

 何か変なスイッチを入れてしまったか…?

「故郷の村にいるときに閃族の巡業の護衛として来ていて会ったことがあるんだよ。アロシュタットって名乗っていたからもしかしたら?と思っただけ」

 何故か誇らしげに「閃族の護衛に選ばれるなんてさすが姉様!」とテンション高めである。

「ティナさんも魔導師としての力量がすごかったから、ファティがすごいのも頷けるってもんだ」

 一転、今度は「ティナさん?ティナさんって言いました!?」と迫ってきて何故か凄まれる。

「ティナリーゼだと長いだろうからティナと呼んでと言われただけで他意はない」

 ファティに握られていた手を振りほどき、身体をのけ反らせ、掌を左右に振って否定はしておいた。ファティってティナさんが絡むと人格変わりすぎでは?

「ファティも同じようにしただろう?やっぱり姉妹なんだなーて感じるよ」

 スッと離れ「姉様と一緒」と悦に入る。この短時間でファティの扱い方がわかったような気がする。見た目は悪役令嬢のように腹黒綺麗系なのに、姉が絡むと瞬時に乙女モードに移行する。わかり易過ぎるよ……。


 勝負の後はクラスメイト達から質問攻めに合いそうだったのでダッシュで逃走。授業が終わる度に逃げ回っていた。

 村では味わえなかった個性の強いクラスメイトとの生活が始まった。ここにいる一人ひとりが仲間でありライバルだ。強くなるための術だけでなく、生きていくために必要な人間関係もここで経験していくことになる。まだまだ学園生活ははじまったばかりだ。賢闘都市アルフを楽しみ、村まで名前が届くような魔導師になってやる。

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