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ep.47 力を求める者

 アクツ村を離れて王都を目指して馬車が走る。王都までまだ2時間ほどはかかるだろうか。移動時のこののんびりした時間も旅の楽しみなのかもしれないけど、王都の風景と食事が恋しく思える今の状況だと、早く王都につかないものかと考えてしまう。


 時間を余すと色々な話題が出るもので、俺は今ニステルに詰め寄られている。

「で、カミルの蒼い輝きは一体何なんだ?ドムゴブリンにボコられてたってのに、竜は一撃で沈めるとかおかしいだろ?」

「それは俺自身が知りたい。自分の意図した時に使えるならまだしも、特定の条件下でしか使えない力は扱いづらすぎる」

 これは切実な願いでもある。戦ってみないと力が使えるのかわからないなんて、戦術に組み込むことなんてできやしない。

「前は魔族に反応してるとか何とか言ってなかったか?」

 かれこれ1ヶ月ほど旅を共にするリアが呟いた。リアの前で力を使ったのも数える程度でしかない。

「帝都に向かう途中でそれは否定されたでしょう?大型の猿の魔族に為す術無くやられたわけだし」

 かつてハーバー先生の指示の下、魔族と一人で対峙したことがあった。当時発動条件だと仮定した魔族、圧縮魔力、生命の危機の三つをクリアした状況で、蒼い輝きは影を潜め危うく命を落とすところだったのだ。

「あん時は派手にやられてたな」

 当時のことを思い出したのか、リアがクスッと笑う。

「カミルがやられてるのはいつものことなんかよ」

 ニステルが鋭い指摘で心を抉ってくる。俺はただ「あはは」と笑い飛ばすことしかできない。

「でも今回のことで発動条件がまた絞られたよ」

「今度はどんな仮説なんだ?」

 リアが試すように聞いてくる。

「これまであの力が発動したのは、魔族と竜族なんだ。種族にまとまりがないのは気になるけど、すべてに共通することが一つだけある。それは、相手が黒の元素を扱っていること。そこがカギになるんじゃないかと俺は思ってる」

「なんだ」とリアがガッカリしたような表情を浮かべた。

「黒の元素なら私も多少適性があるけど、私と戦った時にはそんな反応は示さなかっただろ?」

 正にそこが自分でも納得できない部分ではある。

「俺もそこはわからない。特殊な黒の元素に反応するのか、明確な殺意を相手に抱けるのかとか、条件を考えたらキリがないからね」

「ふぅむ」

 リアの右手が軽く握られ唇にそっと触れる。

「それって結局アテにならないってことなんじゃ……」

 リアの言葉に俺の心はノックアウト。

 両腕を腿の上に乗せ、身体を丸めて項垂れる。

「リアってサディストなのか?」

「ち、違うわよっ!!」

 焦ったようにすぐに否定する。サディスト扱いは受け入れ難いものがあるようだ。

 因みに俺はマゾヒストではない。

「趣向は人それぞれだから、俺は気にしないぜ」

 何の宣言なんだろか……。

「つまりは、何もわかってないってことでいいのか?」

「そうなんです……。役立たずですんません……」

「こらニステル。トドメを刺すな。カミルからどす黒いオーラが出てるだろ」

 ニステルが自分を指差し「俺ぇ?」信じられないとばかりに抗議の声を上げる。

「悲しくなるので、もうこの話は止めましょう……」

 俺の訴えに二人揃って「「はい」」と賛同してくれた。


「お金は山分けでいいとして、鱗はどうする?現金化してから再度分配するしかないけど」

 リアが報酬としてもらった11枚の鱗の処理についてニステルと相談している。

「いや、俺は3枚でいいから2人で4枚ずつにしろよ。俺は直接戦ったわけじゃねぇし、戦ったとしても勝てる相手じゃなかったしな。これはカミルの大金星だろ?」

「ニステルがそれでいいならいいけど」

「お零れがもらえるだけマシさ」

 ニステルはお金にそこまでの執着がないのかも知れないな。それなら何故この依頼を受けたのだろうか?閉鎖的なアクツ村では娯楽が少ないことは分かりきっていたし、何か別の目的が……?

「それにお前らと違って俺には貯えがあるからな」

 ニステルがニヤッと笑う。

「王国兵の死人(しびと)と戦えただけでも俺には充分なんだ……」

 らしくない寂しげな表情を浮かべる。

 何かの事情でアクツ村に行ったのだけが伝わってくる。でも、何かを語ることなく濁すあたり、俺が踏み込んでいいことではないのだろう。

 リアもそれについて言及することなく外の景色を眺めている。

 一瞬の静寂。馬車が地を蹴る音だけが鳴り響いていた。

「俺は王国兵に戻ろうかと思ってる」

「戻る?」

「そうか、二人には話したことなかったっけな。1ヶ月くらい前まで、俺は王国兵だったんだよ」

 意外な一面だ。兵士と言えば規律を重んじるところだ。正直、ニステルの言葉遣いからは少し想像し辛い。

「その顔、らしくねぇとか思ってんだろ?」

 図星をつかれ愛想笑いを浮かべる。

「ソンナコトナイヨ?」

 棒読みになった挙句、何故か疑問形になってしまった。

「まぁ、こんなだからそう言われても仕方ねぇ部分が多いのも理解してるさ。とある事情で王国兵を辞めて冒険者になったんだが、やっぱり王国兵は兵揃いだったな。特にアクツ村に眠る死人(しびと)の兵士は別格だった………」

 ああ、それがニステルがこの依頼を受けた理由か。

「俺の夢は王国一の、いや、世界一の槍術士になることだ。その為に今一度兵士に志願しようと思う」

「そっか」

 自分の道を見つけられたのなら、それは幸せなこと。応援するべきだ。

「とは言え、さすがに辞めてすぐ戻るのもみっともねぇし、暫くは冒険者を続けるけどな」

「さすがのニステルでもそこは許容できないのな」

 リアの皮肉めいた言葉にニステルがおどける。

「そりゃ、俺は繊細な男なんだぜ?リアのように図太くねぇよ」

 皮肉には皮肉で返すらしい。

 鋭い目つきでニステルを見やる。

「女性の扱いはまだまだお子ちゃまのようだな?」

 リアの煽りにニステルは反応しない。

「俺はまだ18だぜ?これから学んでいけばいいんだよ」

 二人の態度は平行線だ。喧嘩するほど仲が良いと言うし、本当に嫌なら口も利かないだろう。

 それは置いとくとして。

「それじゃ、王都に戻ったら冒険者稼業を続けるの?」

「うーん」と悩むニステルは、俺達の顔を交互に見る。そして一つ頷いた。

「よし、二人が元の時代に戻れるまで手伝ってやるよ」

 ニステルから口から発せられた言葉は予想外のものだった。

「ほう、どういう風の吹き回しだ?私達についてくるなんて、ニステルには利点がないように思えるけど?」

 当然ながらリアが訝しむ。さきほどまでの掛け合いを見ていたら、どういう理由で付いてくるということになるのかわからない。

「言っただろう?俺は世界一の槍術士になるって。その為の修行みたいなもんよ。世界を知らなければ槍の頂にはたどり着けない。そう思っただけだ」

 さきほどまでのおどけた表情から真剣な眼差しに変わっている。槍に関しては嘘や茶化しなどは一切しない。そんな雰囲気が感じ取れた。

「まあ、二人が嫌だってなら無理強いはしねぇよ」

「嫌だなんて言うもんか。ニステルがいてくれるなら心強いよ。そうでしょ?リア」

 視線を向けると、ダルそうな表情をしたリアが「まぁな」と賛同してくれた。皇国を目指すに当たって戦力は欲しいはずだ。1000年という時の流れで生態系が変わっているだろうし、移動には細心の注意を払うことになるだろう。何よりも、精霊の時代には存在していないはずの竜がこの時代には存在する。

「じゃ、そういうことでこれからもよろしくぅ」

 飄飄(ひょうひょう)とした態度のニステルに、俺達はただ笑い合った。


 日が暮れる前に王都へとたどり着いた。

「ここに署名をお願いしますね」

 御者が書類を持ってこちらへやってきた。依頼人がクニスエさんということもあり、王都へ送り届けたという証明が必要なのだ。リアが代表して署名をする。

「はい確かに。ご利用ありがとうございました。こちらはアクツ村のクニスエ様からお預かりしている書類となります。お納めください」

 受け取るリアの背後から覗き込むと、アクツ村での依頼終了の証明書だった。この書類をギルドに渡すことで依頼が完了という形となる。

「またのご利用をお待ちしております」

 頭を深く下げると馬車を移動させ始めた。

「ギルドに向かうか」

 リアの言葉に頷き、王都の中へと入っていく。


「はい、確かに。依頼は完了です。初めての依頼の達成お疲れ様でした」

 受付をしてくれるティアニカさんが頭を下げる。

「ありがとう。また来るよ」

 エルフ族同士通じ合っているのか、リアの表情も心なしか柔らかいものになっている。軽く挨拶を交わし、受付を後にした。

「二人は宿に泊まるんだろ?俺は一旦家に戻るわ」

 王国民であるニステルには住むべき場所がある。俺達と違って要らぬ出費を抑えることができるのだ。

「わかった。なら、また明日の朝にギルドに集合でいいか?」

「ああ、それでいいさ。久々の家だ、のんびりしてくるよ」

 手をひらひらと動かしニステルはギルドの出入口に向かっていく。

「私達も宿探しに行くぞ。あんまり遅くなると碌な宿しか取れなくなる。一先ず、アクツ村に向かう前に泊まっていた宿にでも行くか。馴染みもあるし」

「俺はある程度妥協しても問題ないよ」

「私は問題あるんだよ。汚い部屋で何か寝られるか」

「はははっ、部屋空いてるといいね」

 俺達は一週間前に泊まっていた宿を目指し歩き始めた。

 アズ村じゃあるまいし、王都でそんなに汚れた部屋を探す方が難しいと思うけど。


「残念だけど、一部屋しか空いてないよ。お客さん達と入れ替わりでキャラバンが到着してね、その人達が宿に収まっちまってるから、この辺の宿はどこも空いてないんじゃないかね」

 リアが膝から崩れ落ちる。

「そんなぁ〜」

 めずらしく悲哀に満ちた声を上げている。

「まあ、一部屋空いてるならリアが泊まりなよ。俺なら野宿でもいいし」

 本音を言えば俺もベッドで休みたい。でも、一つしかないのなら譲るべきだろう。ヤローだったら外で寝ていても襲われる確率は低いだろうし………、王都の治安はどうだったかな………。

「一応他の宿を探してくるよ。リアはここにいて」

 声を掛けると俺は宿から出ていった。可能性はゼロではない。団体客であるのならポッカリと一部屋だけ空いてるとか、そんなことがあったりするもんだ。うん。


「無かった………」

 走り回った挙句、どこの宿も余すことなく部屋が埋まっていた。むしろここが空いているの方が奇跡に近いものだったのだ。

「だから言ったのに」

 受付の女性が憐れむような目で見ている。

「無いものは仕方ない。リアはその部屋使って、俺は広場で野宿してくるよ」

 ここは腹を決めて野宿をする決断をした。荷物を持ち、外へと向かおうとすると………。

「ちょい待ち」

 肩をグッと掴まれ身体から揺れる。

 振り返れば受付に話しかけるリアの姿が目に入ってきた。

「ねえ、ここって相部屋で泊まることはできるかしら?」

「ええ。二人分の宿泊費を払ってくれるなら可能ですけど、ベッドは一つしかありませんよ?」

 リアが頷く。

「構わない。相部屋でお願いします」

 リアの提案に戸惑っていると、リアの顔がこちらを向いた。

「というわけだ。部屋に行くぞ」

 それだけ言うと、受付で部屋の鍵を受け取り階段の方へと足早に歩き出した。僅かに朱に染まるリアの横顔に、俺もドギマギとさせられる。

「はい」

 何故か丁寧な口調で言葉を返すのであった。



 カミルが野宿をすると言った時、私は咄嗟に肩を掴んで引き留めた。さすがに一人で野宿させるのは躊躇われた。かと言って自分が野宿する気もさらさら湧いてこなかった。

「ねえ、ここって相部屋で泊まることはできるかしら?」

 悩んだ末に出た言葉が相部屋だった。男の人と相部屋をするとか、後で思い返せば「何やってんだぁぁ」と自分に言ってやりたくなる選択だっただろう。

 受付の人と会話をする度に、自分が取った行動の恥ずかしさで顔の温度が上がっているのがわかった。傍から見れば、私が男を誘っているように見えるだろう。そそくさと鍵を受け取ると、階段に向かって歩き出す。背後から「シーツは汚し過ぎないように」という声が聞こえてきたが聞こえなかったフリをした。

 階段を登っていくと、すぐ後ろで聞こえる足音に嫌でも心音が跳ね上がる。カミルとそういうことをする気はないけど、カミルがどう思ったのかが気になる。年齢的にそういった知識を持っていてもおかしくはない。

 考え事をしているとすぐに部屋の前へとたどり着いてしまった。緊張していることを悟られまいと、努めて冷静を装って鍵を開け部屋の中へと入っていく。

「お邪魔しまぁ〜す」

 か弱いカミルの声が響いてきた。その声色からカミルも緊張しているのが伝わってくる。

 荷物を置き、備え付けられたテーブルの脇の椅子へと腰を掛けた。

 どう振る舞えばいいのか良いのだろう………。

 リアは100年生きてきて男と同じ部屋に泊まることなど一度もなかった。寿命の長いエルフからしてみれば、人でいう20歳みたいなものだから仕方のないことなのかも知れない。

 男と密室で二人きり、そう考えると体温がどうしても上がってしまう。

 本来であればすぐにでもシャワーを浴びて汚れを落としたかった。でも、カミルが同じ部屋にいるとなると躊躇われた。シャワーを浴びる音がカミルの耳に届いてしまう。そう思うと行動に移す気になれない。かと言って、自分から相部屋にしておいて、シャワーを浴びるから部屋から出ていろと言うのも気が引ける。

 カミルが荷物を置きこちらを向いた。

「俺、ちょっと行くとこあるので出かけてきますね」

「ああ、気をつけてな」

 日本刀だけを持ちカミルが部屋から出ていった。

 カミルの背中を見送ると「はぁぁ〜」盛大にため息ついた。

「何やってんだろ、わたし」

 でも、これはシャワーを浴びる好機ではある。カミルが帰って来る前にささっとシャワーを終えてしまおう。

 入浴道具一式を持ち浴室へ向かった。



 いきなりの相部屋に、どう反応していいものかわからずついて行ってしまった。あの選択が正しかったのか、未だにわからない。気まずい空気に耐えきれず、とりあえず出てきたけど……、どこへ行こうか?王都での知り合いは多い方ではない。

 悩んだ末に、フィリカさんがいるかも知れない酒場『ツラナミ』へと足を運ぶことにした。ナイザーから託された心技という力について知りたくなったのだ。心技もまた(ことわり)の外の力なのでは?という疑問が生まれたからだ。街は宵の時間に入りつつある。この時間なら酒場が開いている可能性は十分あるだろう。未成年の俺一人で入れるかは謎ではあるが。

 訪れてからそんなに経っていないこともあり、迷わずツラナミへとたどり着けた。灯りが点いているみたいだし、営業は始めているみたいだけどフィリカさんはいるだろうか?

 扉を開け中を覗いてみる。まだ早い時間のせいか、客は誰もおらず店員がグラスを磨いている姿が見えるのみだ。

 少し外で待ってるか。

 そう思い、扉を閉めかけたところで背後から「ちょっと君」と声がかけられた。振り返ると、浅葱(あさぎ)色の髪を姫カットにした女性――フィリカ・エルザクスさんが背後に立っていた。

「おや?君は確か」

 ペコっと頭を下げ名乗る。

「カミルです。ここに来ればフィリカさんに会えるんじゃないかなーて思いまして」

「とりあえず中へ入ろう。ここにいては店に迷惑がかかってしまう」

 どうやら俺は入口を塞いでしまっていたらしい。邪魔にならないように、フィリカさんと共にツラナミの中へと入って行く。

 中はお洒落な大人な空間が広がっている。俺がここにいるのは場違い気がする。

 フィリカさんは慣れた動きで席へ着くとドリンクを頼んでいる。自分の分の注文が終わるとこちらに視線を投げてきた。

「君は何を飲む?」

 何を飲むと言われても、ここのメニューで知ってるのは苺か柚子のモクテルくらいしかないんだよな。そうなると選択肢はほぼないに等しい。

「それじゃ、柚子のモクテルをお願いします」

 前回飲んだものを咄嗟に頼んだ。

 店員さんがお辞儀をして去っていくと、フィリカさんが口を開いた。

「それで?私に何か用だった?」

 フィリカさんの肌は相変わらず青白い。あの日が体調不良ということではなかったようだ。

「心技についてお聞きしたいと思いまして」

「また?」

「簡単な質問なんですけどね。俺にとっては重要なことなので」

「で、心技の何を知りたいの?」

「単純なことなんです。心技って(ことわり)の外の力なんですか?」

 そう、特異な力である心技が元素由来の力なのか知りたかった。元素への適性が低い俺にとっては、心技を使っていく上でとても重要なことだ。もし、元素由来の力であるのなら、心技の力を十全に引き出すことは難しくなる。冒険をしていく上で頼れる力なのかを判断しておくことは大切だ。

「う〜ん」

 頭を傾げ考え出す。

「心技は白を司る竜由来の力なの。そこに元素が介在しているのかと聞かれたら、たぶんしていないと思う」

「結構曖昧なんですね」

「私が最後に心技を使ったのは結構前だし、元素由来かどうかなんて考えたこともなかったわ。でも、今考えてみれば元素の反応はなかったような気がするのよ。君も心技が使えるんだし、自分で確かめてみたらいいじゃない」

「自分で使った時は、元素を感じなかったんですけど、それは俺が適性が低いから感じ取れていない可能性もあったんですよ」

「君も元素が影響してないと考えているわけか」

 心技が扱えるのはこの世界で俺とフィリカさんしかいない。そのどちらも元素は関係ないと判断しているということは、おそらく元素由来の力ではないのであろう。

「ということは、(ことわり)の外の力ってことか………」

「いや、そうとも限らないかもしれない」

 俺の考えを否定したということは、心技には俺が知らない何かがまだあるのかもしれない。

「お待たせしました」

 店員が注文したドリンクを持ってきた。二人分のドリンクをテーブルに置くと「ごゆっくり」と去っていく。

「乾杯しとくか?」

 フィリカさんの提案に「ええ、乾杯しましょう」と賛同する。

 お互いのグラスを近づけていく。

「「乾杯」」

 カチャンッと音を立て、グラスを口元へと運ぶ。

 前回も思ったけど、味と香りのバランスが丁度いい。炭酸ということもあり、口の中で心地よく弾けて飽きさせない一杯だと思う。

「それで、(ことわり)の外の力ではないと思う理由は?」

 グラスをテーブルに戻し、フィリカさんがこちらに視線を向けてくる。直接グラスには口をつけず、ストローで飲んでいたらしく、置いたグラスの衝撃でストローの先が左右に踊る。動くストローの先に視線が奪われ見つめると、唇が触れた部分に口紅の色が付いていた。あまり見つめるものではないと思い、視線をフィリカさんに戻すも自然と唇に視線が奪われていく。

「??」

 視線が唇に注がれていることに気付いたフィリカさんは「女性の唇が気になる年頃なのかしら?」とからかいながら聞いてくる。

 俺は咄嗟に顔を上げ、視線を天井へと向けた。

「そんなことはありませんよ」

 明らかに言行不一致だ。ストローに付いた口紅からフィリカさんの唇を連想してしまい、思わず見つめてしまったらしい。

「そういうことにしといてあげる」

 深く追求してこないことに安堵しながら視線を下げる。今度はしっかりと目を見つめて。

「それでね、心技が(ことわり)の外の力ではないと思う理由は、この力が竜の力だと思ってるからよ」

「竜の力?」

 竜のいなかった俺達の時代には馴染みの薄い言葉だ。

「この力は白を司る竜のものだとさっき言ったわよね?竜という存在は、かつて世界の秩序を護る存在だったのよ。白を司る竜、アリアミーナレス。その力を宿したのがエルザクスの一族よ。心技は元素に由来しない力かもしれない。それと同時に、白を司る存在の竜が持つ力でもあるのよ」

「つまりは……、どちらとも断言できないと?」

「そうなの。元素は使わないけど、元素を司る存在の力。それを(ことわり)の外の力と断言できる?」

 元素はこの世を創り出している源。それを司る存在が(ことわり)の外と言えるのか?そう問われているのだ。

「それはできそうにありませんね」

 肩を竦め答える。

「だから竜の力、それでいいと思うわ」

 フィリカさんの心技を考えたら気にする必要もないことだろう。使いたいと思ってもいないのだから。それよりも………。

「フィリカさんの心技は、死に際を視るというものでしたよね?」

「そうだが、それがとうした?」

 俺はアクツ村で未来を視ることができるというミィのことを説明した。


「私の心技と、そのミィという子の未来視が似ていると?」

「部類は一緒だと思うだけですよ」

 どちらの性質も未来を視るというものなのだから。フィリカさんの力がより局所的ではあるとは思う。その分、精度は高そうなんだけどね。

「ただ、その力は竜由来では無さそうだったので、心技も(ことわり)の外の力なのかと疑問に思ったから会いに来たんです」

 (ことわり)の外の力なら、俺にも後天的に身につけることができるかも?とか淡い期待はあったんだけどね。

 フィリカさんがこちらをジッと見つめてくる。

「君は力に執着するきらいがあるね。力を求めるのは良いことだけど、それに飲まれすぎるのは良くないよ。ナイザーからもらった力があるだろ?それで満足できないの?」

「もらった力は素晴らしいものだけど、それだけでは対応できないことが多いと思うんだ。だから手札を増やしておいたほうがいいと思ったんだ」

 時を巻き戻す力。だけど、数秒戻るのが関の山。意図した時間に戻れるかも不確定なこの力では、本当に必要な時に力が使えるかもわからない。それなら、自分が意図した瞬間に使える力が必要になってくるだろう。

 フィリカさんがテーブルに肘を着き指を組む。

「それが力を求める理由か。………、ならどうだ?私のこの竜の力も受け取ってみるか?」

 フィリカさんの目はマジだ。本当に力が欲しいのか問うているのだ。心を映す竜の力。忌むべき記憶、後悔した体験が力となる不安定な力。だけど、俺は…………。

「頂けるのなら、俺は竜の力を欲します」

 目を背けることなく、力強く見つめて答える。元素の力を存分に使えるわけではない以上、自分が強くなる為なら危険を伴っても挑むべきだ。

「本気のようだな」

 俺は頷き「はい」と答える。

「竜の力を渡すことは(やぶさ)かではないが、注意点を理解してもらってからだよ」

「注意点?前は何も言ってなかった気がするけど」

「一つの力なら大丈夫なんだ。長い歴史の中で、二つ目の力をもらった人はいないのよ。だから、力をもらった後どうなるのかがわからないの。正常に渡すことができるのか、渡ったとして力が覚醒するのかがね。それに……」

「それに?」

「私が力を渡せば、竜の力は途絶えるわ。私としてはそれで良いと思うけどね」

 継承を行うことができるのはエルザクスの一族だけだと前にフィリカさんの口から伝え聞いている。

「力が途絶えとしても影響が出るものではないから気にしなくてもいいわ。形式的には竜の時代に回帰したとは言え、竜の時代でもないんだから、また違う形で新しい力が世界に芽生えるかもしれないしね」

 ドリンクで口を潤すと、フィリカさんが再び問う。

「それでも君は力を求めるの?」

 俺の答えは揺るがない。

「俺は竜の力を求めます」

 お互いに見つめ合ったまま時間が流れる。

 グラスの中で溶けた氷がぶつかり合い、カランと音を響かせる。

「良いだろう」

 フィリカさんが席を立つとこちらへと歩み寄ってくる。椅子に座る俺の顔を覗き込むように、身体を曲げ青白い顔が近寄って来た。

 呼吸が触れあう距離まで近づいてくると、瞳を見つめてくる。

 心が跳ねる。

 生まれてこの方、女性とここまで顔を近づけることなんてなかった。咄嗟に視線を外すと「瞳を見つめなさい」と注意されてしまった。

 灰色の瞳、その奥にはナイザーと同じ魔法陣が描かれている。フィリカさんの左目が輝き出し、右目に向かって光が移動し始めた。

 これは、白の元素の輝きだ。やはり心技は元素の力が源になっているのかもしれない。それでいて元素に由来しない力を発動させている。良くわからない力だ。

 途端に目の奥がズキッと痛みに襲われた。

 またこの痛み………。暫く痛みは続くけど、これで力の受け渡しは完了したはずだ。

 フィリカさんの顔が遠ざかって行く。だが、その姿を右目では視認できていない。一時的に光に包まれたことで、まだ上手く物を見ることができない。

「これで受け渡しは終わりよ」

 そう言うと、席に戻っていった。

「これでエルザクスの竜との歩みも終わりね」

 その言葉に悲しみは感じられなかった。むしろ、竜の力に振り回されずに済むことに安堵している節すらある。

「心技が発現するといいわね」

「そう願ってます」


 それから冒険者になったこと、初の依頼でアクツ村に行ったことなど話し、宿が無くリアと相部屋になったことを相談した。

「それは間違いなく、彼女が君に気がある証拠よ」

 酔いが回って来たのか、フィリカさんの口が軽やかに動く。

「好きでもない男と相部屋とかありえないから」

「そうなんですかねー?」

 酔っ払いの言うことを真に受けてはいけないことくらいわかっている。ここは軽く流しておこう。

「夜這いをかけられるかもしれないのよ?気を許した相手以外はありえないわよ」

 何故か夜這いをかける前提になっている。

「さすがにいきなり夜這いは敷居が高いというか、何というか」

 夜這いが何なのかは知っている。変なとこで日本の知識が役に立つのだから、世の中どう転ぶかわからないものだ。

「はぁぁぁっ」

 盛大にため息をつかれてしまった。

「そこでヘタレるな。相手は待っているかもしれないんだよ?」

 リアが手を出されるのを待っている………?想像してみても、そんな姿は浮かばない。むしろボッコボコにされそうな気がする。

「雰囲気作ってから流れで行くんだよ。わかった?」

 何故か凄まれる。この人、酒飲んだ時は近寄らない方がいい人だ……。

 気づけばグラスがすでに4つ空になっている。

 世の中の女性ってこんなに酒が強いものなのーッ?

「返事は?」

「はっ、はいッ!!」

 勢いに任せて返事をしてしまった。この場での会話のこと、酒の席ってことで忘れてくれるといいんだけどな。


 その後も暫く付き合わされ、宿に帰ることができたのはそこから更に一時間後であったという。

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