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ep.46 理の外へ

 鉱竜(こうりゅう)騒動から一夜明け、再び玉座の間までやってきた。加護の魔法の見学が許可されたのである。昨日、入口付近に放置してきたニグル鉱石は、村の人達の手で運び込まれ玉座の間の中央にある。細かいニグル鉱石を並べて魔法陣を描かいているようだ。

 普段見ることのない加護の魔法ということもあり、村人も続々と遺跡の中へと入ってきている。中には子供連れで見学に来ている家族の姿まである。墓守の一族の中でも稀有な儀式なのかもしれない。魔法陣の傍らには、一族の長のクニスエさん、長の側近のマツリビさん、採掘でお世話になったキョウカさんの姿もあった。これで一週間に渡る依頼も大詰めだ。


 儀式が始まるまでにまだ時間がかかりそうだから、その時間を使って情報収集をしておこう。

「ねえ、フィルヒル。(ことわり)の外の力のこともっと教えてよ」

 昨日は場所しか聞けなかったからもっと深堀したい。

『私自身、最前線に立つ身ではなかったから詳しくはわからぬ。王都で研究されていた力は、魔力を遠隔操作するものだったはずだ』

「遠隔操作……」

『物体に魔力を込めておき離れた位置から魔力を操作したり、衝波斬(しょうはざん)のような魔力そのものを飛ばし軌道を変化させるものだ。魔力のみで発動できる武技との決定的な違いは、精霊――元素への呼びかけが不要な点、魔力さえ込めておけば離れた位置の物体であろうと操作できる点だ。一定時間で込めた魔力は抜けていくようだが、罠を仕掛けるには十分だろう。一人で挟撃する形にも持っていくことさえ可能だ』

「おお~」

 便利そうな力に思わず驚嘆の声を上げる。

『まあ、魔法で似たような行動が取れるから、あくまで代替の技術にしかならぬがな。元素を扱わない分、相手に感知される確率は下がるのが利点と言ったところか』

 日本でいうところの念動力というものに似ている気がする。

『魔力を念じて動かす特訓が必要になる。それが非常に困難だという報告が上がっていたからやるのであれば覚悟して挑むといい』

 聞く限り習得率がかなり低そうな気がするんだけど……。

「因みに………、フィルヒルが生きてた頃の使い手ってどれくらいいたの?」

 フィルヒルの顔が僅かに上がり、視線が右上へと動いていく。過去の記憶から思い出してくれているのだろう。

『まともに扱えたのは二人、兆しがあったのは三人といったところだったな』

「えっ!?そんなに少ないの!?」

 想像以上の少なさに、目を丸くしてギョッとした。

『皆が皆求める力ではないからな、正確な人数は把握できん。あくまで元素の適正がなかった者達の裏技みたいなものだ。まともな魔法が扱えるのなら、その訓練をする時間を別の修練に充てるだろう』

「確かに………」

『学び始めるのは、他の地域の力を知ってからでも遅くないだろう。さっきも言ったが、習得には途方もない時間がかかる。自分にあった力を学ぶといい』

 そうしたいのは山々なんだけど、生憎王国外の情報を得る方法が現状ないんだよな。ナイザーから譲られた竜の力が異端なのかもしれない。そう言えば、フィルヒルは竜の力について何か知らないのだろうか?

「フィルヒルはエルザクスって一族を知らない?」

『エルザクス?』

「竜の血を受け入れた一族って言ってたかな」

『ふーむ、エルザクス、エルザクス……』

 再び考え込んでしまった。フィルヒルの時代には、まだ力を授かっていないのかもしれないな。

『聞き覚えはないな。その一族がどうした?』

「ううん、知らないならいいんだ」

 あれだけの力を行使できる一族だ。知らないという事は、その時代に存在しない力なのだろう。

「ほら、始まるぞ」

 リアの言葉で魔法陣の方へと視線を動かした。

 いつの間にか壮年の男女が10名ほど、魔法陣の外周に均一の距離感で中央を向いて立っている。服装は特に変化がなく、籠目柄が特徴的な一族の伝統的な衣装。右手には黒色の短剣を逆手で握っている。光を浴びて紫色が見えていることから、刀身はおよそニグル鉱石で作られているのだろう。儀式用の短剣、そう考えればおかしなところなどない。

「始める」

 クニスエさんの一言で魔法陣に並ぶ男女が一斉に握った短剣を胸元へ引き寄せる。魔力を短剣に流しているのか、短剣全体を淡い白色で包まれている。そして、詠唱が始まった。


≪白を司りしアリアミーナレス、黄を司りしオミナムーヘル、黒を司りしニグルヴァーパレス、極光の天蓋、斥力の渦、破滅の鎧袖(がいしゅう)。三柱の神威を以って災いを跳ね飛ばす障壁を張らん≫


 詠唱を始めると、次第に短剣に帯びた淡い白色の魔力が漆黒に染まっていく。

 完全に染まりきるタイミングで、魔法陣の中へ入らないように片膝を着き、外周に置かれているニグル鉱石へと短剣を突き立てた。衝撃で刀身に使われているニグル鉱石が砕け散り、魔法陣にニグル鉱石の山作っていく。短剣に込めた魔力が、ニグル鉱石を通して魔法陣へと流れていく。魔力が流れた個所から魔法陣が紫色に輝き出し、魔法陣全体へと広がって行った。


≪血の盟約の下、我等は聖域を護る門番と化す≫


 左手の親指を口に近づけていくと、犬歯で指の腹へと突き立てた。傷口から血が溢れ、血が滴る親指の腹を魔法陣へと押し付ける。

 魔法陣が血を吸収し、紫色の光が変化し金色の輝きを放つ。

 光は玉座の間全体へと広がって行き、光はやがて白く輝き出した。


 呆気に取られ、ただ呆然とその光景を眺めていた。変化する光は、まるで元素が詠唱に応えているかのようで、神々しい儀式のように感じられる。


 魔法陣が天に向かって登り始め、天井をすり抜け姿を消した。周囲を覆っていた光は、壁に吸い込まれるように輝きを失っていく。


『私もこれでお別れのようだ』

 その言葉に顔をフィルヒルの方へと向けると、死人(しびと)が消え去る時と同じように、フィルヒルの身体から色が失われていっている。この遺跡こそが、現世(うつしよ)と黄泉を隔てる境界線であり聖域。その予想は当たっていたらしい。穴の空いた加護の魔法の隙間から死人(しびと)が紛れ込んできたのであろう。今回の事件の全体像が見えた気がする。

『其方等との時間は悪くはなかった。世話になったな』

「こちらこそ、良き助言をありがとうございました」

 フィルヒルと出会えたことで詠唱の重要性を知り、(ことわり)の外の力という道標を得ることが出来たんだ。確かにこの時代ではお別れかもしれない。でも、本来の時代に帰れれば、再びフィルヒルと顔を合わせる機会が訪れるかもしれないし。

「カミルが世話になったな」

 あまり関係性が良くなかったリアが別れの挨拶をする。こういったところでリアの本当の人間性が垣間見える。礼節を重んじる。自然とこなせるリアは人間性は素敵だと思う。

『自分達の時代に戻れたら、私が治める王国を見に来るといい。自慢の国だ、その目で焼き付けてもらいたい』

「はい、いつか必ず」

「気が向いたらな」

 俺達は笑い合った。

 一週間しか時間を共にしていないけど、それでも別れは寂しいものがある。

『汝等にアリアミーナレスの御加護があらんことを』

 その言葉を最期に、フィルヒルの身体は光の粒子となり消え去った。


 儀式を見守っていたキョウカさんがこちらへと歩いてくる。特段疲れているようには見えない。儀式に直接関与したわけではないから当然か。

「以上で儀式は終わりとなります。後ほど宿の方にお伺いいたしますので、その際は荷物をまとめておいてください」

 アクツ村での最後の時を告げられる。

 冒険者になって初めての依頼。不安と期待が入り混じった落ち着かない心境だったけど、終わりが近づいてくると寂しさが込み上げてくる。フィルヒルとの別れがそうだったように、自分が進むべき道を歩んでいかなければならない。


 宿への帰り道、街道を降って行くと村の子供達に話しかけれた。日中はほとんど坑道に向かって、夜は事実上の外出禁止。子供の姿を見ることはほとんどなかったことに気付いた。

「兄ちゃんたちが魔法のお手伝いしてくれたんだろ?あんがとなー」

 活発そうな短髪の男の子がにこやかな笑顔を浮かべている。頭の後ろで指を組み、身体を左右に揺らしながら見上げてくるのが可愛らしい。

「もうっ!ルーくんはすぐ乱暴な言葉づかいをするんだから~」

 隣にいる女の子が腰に手を当て、ルーくんと呼ばれた男の子を窘める。こちらに身体を向けると手を腰の位置で重ね頭を下げてきた。

「この度はご協力いただきありがとうございました」

 妙に大人びた言葉と仕草は違和感しかない。

「何大人ぶってんだよ。母ちゃんのマネしたって、そんな姿似合ってねーよ」

 そっぽを向きながら言葉をかけるルーくんは、女の子の動きに気付いていない。ルーくんの方へ身体を向けると、鳩尾に向かって拳を突き刺した。

「グォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ッ!?」

 不意の一撃にルーくんは身体をくの字に曲げながら地面へと崩れていく。女の子を睨み据えて見上げた。

「ミィ、何しやがるっ!!」

 ミィと呼ばれた女の子はにっこりと微笑むと……。

「ルーくん、何かあったぁ?」

 まるで何事もなかったかのように問う。その言葉とは裏腹に、微笑みからはどことなく圧を感じる。

 ルーくんの表情は引きつり「いえ、何も………」とさっきまでの勢いが萎んでいく。二人の力関係が垣間見えた瞬間だった。

 ミィはこちらに向き直ると、視線が俺の頭に向かう。

「私達より濃い髪色してる人、初めて見たぁ。染めてるの?」

 目がキラキラと輝き、視線が髪に釘付けだ。俺からしたら、墓守の一族もかなり黒に近い色合いだと思うんだけどな。

「いや、これは生まれつきなんだ。この髪色なのに黒の元素への適性がないのが悲しいよ」

 ちょっと自虐が入ってしまった。

「ふふっ、黒髪の魔導師さん。元気出してっ!」

 ミィの発言に懐かしい気持ちになった。

 黒髪の魔導師。その言葉、久しく耳にしてないな。クヴァは元気でやっているのかな。

 未来という隔絶された世界ということもあり、本来いるべき場所を想うと郷愁に駆られる。

 身体を屈め、ミィの視線に合わせると「ありがとう」と伝えた。

「カミル、そろそろ戻るぞ」

 様子を見守っていたリアが宿へ戻ることを促してきた。屈んだ状態から立ち上がる。

「それじゃ、俺達は帰る準備しなくちゃ。………?」

 ミィがこちらを見上げている。でも、様子がおかしい。瞳が細かく揺れ動き焦点が合っていない。こちらを見上げているにも関わらず、俺ではない何かを見ているようなそんな気がした。

 横にいるミーくんも、ミィの状態に気づいたようだ。

「おい、ミィ」

 ルーくんの呼びかけにミィの焦点が定まる。パチパチと瞬きをすると、俺の顔をまじまじと見つめてきた。

「ミィ、また見えたのか?」

 ミィがルーくんの方を向き短く「うん」と答えると、再び俺の顔に視線を送ってくる。

「黒髪の魔導師さん、灰色の人と戦ったらダメだからね?」

 突飛な発言に困惑する。ミィは一体何の話をしているのだろうか?

「ミィはたまにおかしな景色を見ることがあるんだ」

「景色?」

「うん。知らない景色とか人とか見るんだってさ」

「それって、遠くの景色が見えるってこと?」

 ミィが首をふる。

「違うわ。私が見えるのは今の出来事じゃないんだもの」

 言っていることがいまいち掴めない。

「私が見えるのは、未来の出来事なの」

 理解が追いつかない。未来が視える……?にわかには信じ難い。だってそれは、未来視と呼ばれるものだ。

 ………そこで合点がいった。

 何故フィルヒルが「未来を知りたければ、自分達の時代で未来を見通せる者を探すんだな」と言っていたのか。彼は知っていたんだ。俺達の時代にもミィのような未来を視ることができる人物がいるってことを。彼もまた、俺達と同じ時間を生きた者なのだから。もしかしたら、フィルヒル自身もかつてそういった力を頼っていたのかもしれない。

 なら、ミィの言っている()()()()とは誰を指すのか。その人物と戦ってしまうと俺はどうなるのか………?

「もう少し詳しく教えてくれるかい?」

 ミィは首を横にふる。

「ごめんなさい。私が視えるのは一瞬なの。でも、喉元に刃を突き立てられていたから………」

 ミィが俯く。

 少なくとも良い未来では無さそうだ。

「ごめんね。無理に聞こうとしちゃって。忠告、有難く受け取っておくよ」

 二人に手を振りリアと宿へと向かう。

「元の時代に戻れたら、アクツ村を目指そう」

「ミィの先祖を探すんだね」

 リアが頷き言葉を続ける。

「もしあの力が受け継がれているのなら、おそらくアクツ村に未来を視れる人物がいるはずだ。一族が皆同じ髪色と瞳を持っていることを考えると、よそ者が村に入って来ているとは考えにくいからな」

 そこは同意できる。ミィの能力が突発的に覚醒したものでないのなら。

「なあ、やっぱり二人は過去からやって来たのか?」

 ニステルは未だに俺達が未来にやって来たことを信じてはいない。信じろと言っても無理があることなんだけどね。

「坑道で説明したでしょ?」

 フィルヒルに事情を話した時にニステルの耳にも届いている。

「そりゃ、二人が世界の事に無知なのとも辻褄はあうけどよぉ。そう簡単に信じられねぇって」

「信じようと信じまいと私は構わないけどね。それで何かが変わるわけでもないし」

「そうだな」


 宿に着き、荷物をまとめキョウカさんの到着を待つ。窓のない部屋とも今日でお別れだ。建物自体は申し分なかったけど、窓がない部屋に長期間は精神的にきつかったな。

 宿の扉が開きキョウカさんが姿を現した。

「あら、ロビーにいらしたんですね。お部屋で寛いでいただいててもよろしかったのに」

「それではキョウカさんのお手間を取らせてしまいますからね」

 リアの言葉にキョウカさんは微笑むと「それでは長の下へ参りましょう」と歩き出す。

 昼夜問わず村の中をゆっくりと見ることはなかったけど、外で遊ぶ子供の姿が増えている気がする。階段を登っていると、ルーくんとミィの姿が目に入った。二人もこちらに気づいたのか手を振ってくれた。更に階段を登り、長の家までたどり着いた。

 キョウカさんがノックをする。

「キョウカです。冒険者の皆さんをお連れしました」

 暫くすると「どうぞお入りください」中から若い男性の声が聞こえて来る。

「失礼します」

 扉を開き中へと入って行く。

 扉を抜けると、初めに長の家を訪れた時にもいた20歳前後の男性が迎えてくれた。軽い挨拶を済ませ廊下を進む。その先にある客間へとたどり着いた。

 部屋の中央のテーブルの上座にクニスエさんが座り、傍らにはマツリビさんが控えている。

 クニスエさんはこちらに視線を投げると「座りなさい」と促してきた。初めて会った時は「座れ」と命令口調だっただけに、働きを認めてくれたのか気持ち言葉が柔らかくなった気がする。

「どうぞ」

 キョウカさんも着席を促し、マツリビさんとは反対側に移動する。俺達もその動きに倣って椅子へと腰を下ろした。

「ニグル鉱石の採集及び鉱竜(こうりゅう)退治、ご苦労であった。特に鉱竜(こうりゅう)退治の功績は大きい。あのまま暴れられていたら、一族総出で対処に当たる必要があっただろう。そうなれば被害は比ではなかったと思う。礼を言う」

 クニスエさんが頭を下げた。

「依頼の報酬とは別に、鉱竜(こうりゅう)退治の褒美を出すことにした。とは言え、すぐにお金を用意できぬのが実情だ。それでだ、鉱竜(こうりゅう)の身体に残されたニグル鉱石でできた鱗。それを代替品として渡すつもりだがどうだろうか?」

 クニスエさんの言葉に、マツリビさんは奥の棚に収められていた風呂敷に包まれた物をテーブルの上へ移動させる。結び目を解き、広げられた中には幾枚かの鉱竜(こうりゅう)の鱗が収められていた。1枚、2枚、3枚―――11枚あるみたいだ。

 蒼い輝きに鉱竜(こうりゅう)の身体のほとんどは飲まれていったから、そんなに大量には残っていないとは思っていた。まあ、これだけあれば御の字だろう。

「こちらですぐに現金化することができれば良かったが、王国に売りに出さなければまとまったお金が手に入らん。それでは其方らの出発に間に合わんのでな、これで勘弁してほしい」

「俺はそれで構わねぇぜ。売れるのは確実だしな」

 ニステルの意見に同意。多少持ち運びが面倒になるだけで、報酬としては十分過ぎる。

「俺もそれで構いません」

「私もだ」

 三人の同意が得られ、鉱竜(こうりゅう)退治の報酬は鱗で払われることになった。

「それで、死人(しびと)はもう現れなくなったのですか?」

 加護の魔法の再展開により、フィルヒルは黄泉の国へと帰っていった。結界が張られたことで死人(しびと)現世(うつしよ)へと出てこられなくなったはず。

「経過観察が必要だが、現状では坑道内にも現れた報告は上がっていない。詳しくは夜になって見なければわからぬよ」

「そうですか」

 このまま収束してくれることを祈るばかりである。

「時にカミル殿、腰の()()()()()を見せてはくれぬか?」

「ええ、いいです………」

 刀に手を触れさせ動きと言葉を止める。

 おかしい。何故この黒い木刀を見て、()()()だと見抜いたのか。それ以前に、何故日本刀という日本の武器を知っているのか。途端にクニスエ・ウツシヨという人物がきな臭く感じてくる。そういえばキョウカさんも「日本人ですか?」と聞いてきていたな。このアクツ村という場所は、まだ何かを隠しているのかもしれない。

 刀を見せるべきか悩んだ結果、見せるだけなら害はないかと言い聞かせ、テーブルの上へと刀を置きクニスエさんの方へと差し出した。

「どうぞ」

 クニスエさんは刀を手に取るとまじまじと眺めだした。その瞳は真剣そのもの。外観を見終わると、今度は鞘から刃を覗かせる。ゆっくりと刀が抜かれ、美しい刃紋が現れた。刃紋を眺めるクニスエさんの瞳が、僅かに険しくなったような気がする。

 一通り刀を見終わると、鞘に収め刀をテーブルの上に置き、口を開いた。

「我々の一族の御先祖様は、かつて日本という国で生まれ育ったという」

 その言葉を聞き、俺とリアは顔を見合わせた。

 予想外の言葉に驚きを隠せない。

「その国では戦が絶えず、我らの御先祖様の村まで戦火が広がったらしい。村に留まっていては命が危ないと感じた御先祖様は、村を放棄し近隣の村へと逃れるためにとある森を通ったらしい。その森は昔から神隠しという、人が突如として消えてしまうことがあったようだが、御先祖様達はその神隠しにあってしまったらしい」

 神隠し……。確かに日本ではかつてそういった現象が起きていたらしいけど、それは家出や迷子、誘拐何かが原因だと言われている。ましてや、異世界に消えるというのは少々信じがたいことだ。

「それがこの刀と何か関係あるんですか?」

 クニスエさんがマツリビさんに向かって顎で指示を出す。

 マツリビさんは再び棚の方へと向かい、戸棚の一つを開ける。その中に収められていた細長い麻袋を持ってクニスエさんの前へと置いた。

「これを見てくれ」

 クニスエさんの手が麻袋へと伸びる。ゆっくり紐の結び目を解き口を広げた。中から出てきたのは、黒い鉄製の鞘に収められた日本刀だった。

「日本刀……?」

 クニスエさんが頷く。

「そうだ。我らの御先祖様が日本から来た証拠だ。代々長を務める家系で預かっておる」

 リディス族の祖先が日本人……?確かに濃い髪色も日本人っぽい名前も、祖先が日本人であるのなら説明はつく。でも、日本人には魔力といった概念はない上に魔法なんて使えない。

「見知らぬ土地に来て動転しているだけでも危ないというのに、魔法という摩訶不思議な力の前では、御先祖様達は為す術がなかったという。困っていた御先祖様を助けたのが本来の墓守の一族だったという」

「本来の?」

「そうだ。今の我々は墓守の一族と日本人の血が混じり合っておる。白の元素で聖域の管理をしていた墓守の一族に、日本人という血が混ざりあったことで異能が目覚めたという。それが一族の秘技霊滅(りょうめつ)ノ息吹と呼ばれる死者に対して絶大な力を発揮する力だ。我々はその力を代々継承しておる」

「それが俺の日本刀とどういう繋がりがあるのでしょうか?」

 クニスエさんが俺の顔を、髪をちらりと見やる。

「記録に残る日本人という人物像と其方の姿が似ておるんだ。それでいて鍔こそないが、木で包まれた日本刀を持っておることを考えると、カミル、其方は日本人ではないかと考えておる」

 ああ、それでキョウカさんが聞いてきたのか。探りを入れるために。

 でも確かなのは、俺は日本人ではない。生まれも育ちもアズ村なのだから。

「残念ながら俺は日本人ではありませんよ。この日本刀も、とあるエルフ族から譲り受けたものですし」

「そうか……。同じ匂いを感じたと思ったんだか外れてしまったか」

 どことなく肩を落としたクニスエさんが、マツリビさんへと指示を出す。

 再び棚へと手を伸ばし、新たな麻袋を取り出した。

「これが今回の依頼の報酬だ。納めてくれ」

 クニスエさんが席を立つ。

「今回の依頼、ご苦労だった。帰りの馬車は村の外で待機させてある。準備が出来次第発つといい」

 クニスエさんは再び頭を下げると、奥の部屋の方へと消えていった。

「俺に先祖の面影を感じていたのかな……」

 彼らの先祖がどれくらい前にこの世界にたどり着いたのかはわからない。それでも、俺の中に面影を感じるほど、姿形は変わっていないのだろう。

「長の祖父が黒髪だったんです。それでもしやと思ったんでしょうね」

 マツリビさんが穏やかに微笑みながら答えてくれる。

「ああ、それで……」

 この世界には黒髪を持つ人はそうはいない。黒髪の人を見つけたら、日本人だと疑うのも理解できる。

「ともあれ、依頼は終わったことだし、王都へ帰ろうぜ」

「そうだな」

 二人の言葉に頷き、席を立つ。

「短い間でしたけど、お世話になりました」

「こちらこそ助かりました」

「キョウカさんもお元気で」

「はい、いずれまたお会いしましょう」


 別れの挨拶を交わし、村の外で待つ馬車へとやって来た。荷物を積み込み、今一度村を見渡す。

「初依頼にしちゃ上々だったな」

「リアとニステルが居てこそだったよ。ありがとう」

「もっと感謝しても良いんだぜ?」

「調子のんな!」

 リアのデコピンがニステルの額を打ち抜く。

「った!?」

「リア、暴力は止めよう?」

「これでも命の恩人なはずなんだがな……」

 この依頼を通して、ニステルとは少し仲が深まった気がする。魔法に関しての理解も深まったし、(ことわり)の外の力の情報も得ることができた。アクツ村での出来事は良い経験になったと思う。

「出発しますので、皆様お乗りいただけますか?」

 御者の言葉に従い乗車する。

 ガタガタと揺れ動き始めた馬車から、村の様子が見えなくなるまで窓の外を眺め続けた。

 帝国へ戻るための一歩は確実に踏み出せている。ゆらゆらと揺られながら、王国への帰路につく。

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