ep.45 竜に挑む者
ベレスの胸に槍が突き立てられノイズが走る。喉元に広がるノイズと共鳴するように、ノイズが身体全体へと広がって行く。それに伴い次第に色を失う箇所が増えている。
変化するベレスの状況に、ニステルの心に寂しさが募っていく。
一度命が失われた人とまた会えること自体が奇跡のような巡り合わせだろう。これ以上を望むのは烏滸がましいかもしれない。それでも……。
「そっちに行ったら、いっぱい土産話でも聞かせてやるよ」
ベレスが二ッと顔を皺くちゃにしながら笑みを浮かべる。
『でっかい武功を期待しているぞ。それから――リィズ兵士長にもよろしくな』
へっ、最後まで兵士長を気に掛けるのかよ。本当に、良い間柄だったんだな。戦友ってヤツなのか?俺にはそんなヤツできなかったが、もし親父達のように気心知れた仲間がいたら、俺ももう少し兵士を続けられたのかもな……。
「気が向いたらな」
おどけたように微笑んだ。
ノイズが全身を巡り、その後を追うように色が失われていく。足元から光の粒子となり、身体が徐々に消えていく。
『ニステル、強く生きろ――』
それがベレスが残した最期の言葉だった。
光の粒子が大気に消え、元王国軍副兵士長ベレス・フィルオーズは再び黄泉の世界へと旅立った。
もう何度目だろうか。風の極致魔法フィルザードの雷の爪を鉱竜に叩きつけているが、その身体を切断するに至っていない。始めこそ勢いだけで身体の深部、内臓にまでその爪を届かせることはできたが、それ以降傷を負わせる気配がしてこない。表面よりも深部に近いほど硬度が高いのかもしれない。心なしか、雷の爪の長さが短くなってきている気がする。それが意味するのは、魔力の枯渇が始まっているということ。倒しきれる未来が見えない以上、完全に魔力が尽きてしまう前に撤退した方が良いかもしれない。
「カミル!残りの魔力量だと鉱竜を倒しきるのは厳しそうだ。お前は今すぐ遺跡の外へ走れ!ニステル達に声を掛けるのも忘れずにな!」
「それじゃ、リアが!」
「私なら大丈夫だ!早く行け!長くはもたない!」
「わかった」
カミルが遺跡の出入口に向かって走り始めた。
その間にも攻撃を加え続け、気づけば爪の長さが3割ほど短くなっている。
思ってた以上に魔力が残っていない。このままだと、どこまで鉱竜の動きを封じ続けられるかわからない。カミルは駿動走駆を使わずに走っていた。思考が回っていないのか?いや、魔力が心許ないのかもしれない。なら、少なくとも30秒ほどは此処に留めておかないと、外に出るまでに鉱竜が追いついてくるかもしれない。
外骨格を形成する雷を爪を維持する力へと置き換える。外骨格は崩れ、指先から伸びる爪が伸びていく。鉱竜が動けないのであれば、外骨格という防壁に力を回す必要性がない。今は足止めをすることに全力を注ぐ。それがリアが出した結論だ。
出力の上がった雷の爪が深部を叩きつける。先ほどまでは傷一つつくことのなかった身体を抉り始めている。これなら倒しきれるか?瞬間的に湧いてくる考えをリアは瞬時に否定する。
万全の状態で挑めていればその可能性があったかもしれない。嫌なタイミングで出会っちまったな……。不運でしかない。
…9、10秒。
カミルが移動し始めてようやく10秒が経過した。たかが30秒、されど30秒。忍耐強く耐えている間の時間というものは、何故こんなにも時間が経つのが遅いのか。もうこのまま攻撃を止めて撤退を始めてもいいだろ?脳内に甘い囁き声が響いてくる。魅力的な声の誘惑に心が揺さぶられる。ここで引き返したとしても誰からも文句は出ないかもしれない。でも、その選択は選びたくない。そんなことをしてしまえば、また誰かが傷つくかもしれない。守れる命を見放す選択になってしまうかもしれない。その先にあるのは後悔だけ。だから、ギリギリまで粘るんだ。
…19、20秒。
爪に力を回したけど、長さは最初の半分ほどまで短くなってきた。雷の力が弱まっているのか、もはや鉱竜の身体に傷をつけることができなくなっている。加護の魔法を何とか突破し、自由を奪うことしかできていない。
目に見えて爪の長さが短くなって来やがったな……。
加護の魔法を撃ち破る度に雷が削ぎ落とされていく。爪の長さはすでに7割方は消え失せ、爪という形の形成すら怪しくなってきた。
…25、26秒。
辛うじて形を成してきた爪も1割ほどしか残っていない。もう限界だ。
リアは鉱竜の身体に足を掛け、蹴り飛ばす反動を利用して反転する。手に集中させていた雷を足へと移していく。攻撃に注いでいた力を、今度は移動の為の力として利用する。移動に全力を注げば、駿動走駆を上回る速力得ることも可能だ。
足を地に着け踏み出せば、圧力がかかると同時に青緑色の雷が迸る。素早く移動できる反面、隠密行動には圧倒的に不利になる。
一歩、また一歩と踏み出せば、その都度雷が発生し、それはまるで雲の中の稲光が駆けているかのように光が走る。先を走るカミルの姿がグングンと近づいてくる。
「ニステル!急いで撤退だ!あの竜は倒しきれない!」
叫ぶカミルの背中までもう一歩と迫った時、背後に強い殺意の波動を感じ取った。振り返らなくてもわかる。この殺意を向けてくる相手は鉱竜だ。一方的に殴りつけた挙句、倒せないとわかれば尻尾を巻いて逃げていく。そんなことをすれば誰だって怒りを感じるだろう。
顔を背後へと捻れば、もう目と鼻の先に鉱竜の姿が見える。
フィルザードで強化した移動速度なんだぞ!?コイツの身体能力はどうなってる!?
不意に背後を向いたリアの視界の中にカミルの姿が入って来た。鉱竜に意識を向けすぎたあまり、カミルを追い越してしまったようだ。
不味い!このままだとカミルが……。
カミルがゆっくりと振り返る。そのすぐ背後に深手を負った鉱竜がいるとは思わずに。
「ニステル!急いで撤退だ!あの竜は倒しきれない!」
リアに言われた通り、走りながらニステルへと声を荒げ呼びかけた。俺の声に反応してニステルの視線が俺の背後、その奥にいるであろう鉱竜に向けられた。瞬間的に指示に従える人間はそうはいない。訓練を積んだ者か、素直に相手の言う事を聞くことができる者くらいだ。多くの人は言葉を理解するのに時間を要する。でも、ニステルは視線を送りながらも瞬時に出入口の方へと身体を向け、移動しようと行動を起こせていた。
だけど、ニステルの表情が気になった。険しい表情を浮かべ焦ったような雰囲気を感じる。何だろうか?
顔を捻り背後へと視線を向ける。
「なッ!?」
視界に映ったのは怒り狂ったように追いかけてくる鉱竜の姿だった。いつの間にかリアの姿はなく、その安否が気がかりだ。でも、その前にこの状況を打破しなければならない。ニステルもその背後の墓守の一族の人達もまだ避難を開始しきれていない。そんな状況で俺だけ逃げてしまえば、確実に標的はニステル達の方へと向いてしまう。一体どうすれば……。
カミルに標的を定めた鉱竜の口が大きく開かれていく。鋭い牙が覗き、上下の牙の間には唾液が糸を引き伸びている。その少し手前の空間に黒い球体が生まれ、徐々に膨れ上がっていく。
あれはリアに向かって攻撃していたものと同一のものだ!直撃の直前に弾け飛び、黒い雨を降らせていた。回避しきるのはきつい。
胸に違和感を覚えた。
胸の辺りが熱い。
これは幾度か感じたことのある感覚だ。
鉱竜が首を左右に小刻みに揺らしながら黒い球体を発射した。放たれた球体は真っすぐカミルを目指して突き進んで来る。球体が近づけど、弾ける様子が見られない。
これは俺に対しての侮辱だ。素早いリアには黒い雨にして確実に攻撃が届くように変化させていた。つまりは……。
「薄鈍には雨にする必要はないっていうのか!?」
確かに鉱竜という存在は、リアですら倒せなかった。だけど、手を抜かれて軽んじられるのは腹が立つ。弱肉強食のこの世界、強い者が正義なんだろうが、敬意の欠片もないこんなふざけた攻撃でやられるわけにはいかない!
胸に感じる熱に意識を向ける。
蒼い輝きよ、この舐め腐った蜥蜴モドキを叩き潰す力を貸してくれ。この戦いを生き残り、この蜥蜴モドキに侮ったことを後悔させてやる為にッ!!
胸のペンダントから蒼い輝きが放たれた。胸元から光が満ち、全身を覆っていく。
「何だッ!?あの輝きは!」
近くでニステルの叫び声が聞こえる。
そういえば、この力はニステルは知らないんだっけ。
迫り来る黒い球体。その背後には、球体に続くように蜥蜴モドキがすぐ後ろを追尾している。大方、球体をくらって動けなくなったところを叩き潰すつもりなんだろう。でも、お前の思い通りに事を運ばせるつもりはない。
目の前に迫る黒い球体に左手を伸ばした。
カミルの左手が黒い球体に触れる。
勝利を確信したのか、鉱竜が「グォォォォオッ!!」と地響きのような咆哮を上げた。だが、その声もすぐに収まった。
触れたカミルの左手から黒い球体が徐々に吸い込まれていく。正確には、蒼い輝きに触れた黒い球体の黒の元素が吸いこまれ、蒼い輝きへと還元されている。黒い球体が小さくなるほど蒼い輝きは増し、黒の元素は蒼い輝きに飲み込まれる。
消えゆく黒い球体を目撃し、鉱竜の瞳に殺意の炎が燃え上がった。ニグル鉱石を取り込み、加護の魔法で高められたその硬度と大きな身体を武器に、カミル目掛けて突っ込んで行く。勢いのついた硬度と質量を持ったその頭は、もはや大きな鉄球のようなもの。そんなものが生身の人間に突っ込めば、肉も骨も摺り潰されてしまうだろう。
けれど、カミルは動かない。
この蒼い輝きが持つ力を知っているから。何をすればこの窮地を脱することができるのか理解しているのだから。
右の拳に意識を集中する。蒼い輝きはカミルの意思に従うように拳に集い始めた。
この輝きに飲まれた魔族はどうなった?この輝きに飲まれた怨竜はどうなった?
触れたモノすべてを飲み込み消し去って来ただろう?
この力がどんな条件で発動しているのかはわからない。でも、発動したからには、この力を利用するべきだ。
右の拳を振りかぶり、頭から突っ込んで来る鉱竜に向けて拳を突き出した。
鉱竜の頭が勢いそのままにカミルの拳目掛けて突っ込んでいく。
トンッ
拳に鉱竜の鼻先が触れる。蒼い輝きに触れた先から、元素が根刮ぎ光に吸収されていく。細胞が一つ一つ分解され、鉱竜の顔が形を失っていく。元素を奪った分だけ蒼い輝きは広がり、鉱竜の身体を飲み込んでいく。顔が消え去り、首が消え、地表に出ている身体のすべてを蒼い輝きが喰らい尽くしていく。鉄壁を誇る加護の魔法もニグル鉱石の堅牢さも、蒼い輝きの前では無力だった。
猛威を奮った鉱竜の姿は、細胞一つ残さず無に還っていった。
『やはり、カミルがそうなのか』
蒼い輝きを放つカミルの姿を見つめ、何かに納得したようにフィルヒルはぼそりと呟いた。
そうであるなら、何故カミルがこの時代にいる?それでは乗り越えられぬはずだ……。あの二人が此処にいるのも何か意味があるとでも………?
鉱竜が消滅したことにより、蒼い輝きがカミルの身体から霧散して消えていった。突き出した拳を引き戻すと、ゆっくりと拳を開いていく。
この力、やっぱり特定の何かに反応している。現時点で力を使うことができたのは一部の魔族と竜のみだ。魔族に反応していると思っていたけど、竜にまで反応している。単純な種族じゃなくて特定の元素に反応しているのか?……一つだけ共通している部分がある。魔族にしろ、竜にしろ、黒の元素を得意とする存在だった。黒の元素に反応するのであれば、人だろうが魔物だろうが反応していただろう。黒の元素の中でも特殊な元素を持ち合わせていた……?
「カミル!無事か!」
リアが放つ大声に、まとまりかけていた考えが吹っ飛んでいく。
振り返ってみれば、心配そうな顔を浮かべたリアの姿があった。戦闘中にどこに行ったのかと思ったら、どうやら鉱竜の方へと顔を向けた瞬間に通り過ぎていて、俺の視界から外れていたようだ。
心配をかけないように、努めておどけたように答える。
「まあ、何とかね。またあの力に助けられちゃった」
俺の身体を一通り眺めると、傷がないことに安堵したのかリアがほっと息を吐き出した。
「すまない。鉱竜に気を取られすぎて、気づいたらカミルを追い抜いてしまっていた」
「謝る必要なんてないよ。戦場では弱い者から命を散らしていく世界なんだから。そう言った意味では、最初からこの場で一番危うかったのは俺なんだよ」
リアを慰める言葉ではあるけど、これは紛れもない事実。基礎的な力を鍛えていかなければ、いずれ俺は命を落としてしまうだろう。いつもあの力が扱えるわけではないのだから。
「で、さっきの蒼い光は何なんだ?」
ニステルが興味深そうに近づいてきた。死人との戦闘が激しかったのか、疲れが顔に現れている。
「正直よくわからない。危ない状況になるとペンダントから蒼い輝きが溢れてきて、その力を纏うと今みたいに強者が相手でも簡単に消し去ることができるんだ」
服の下から勾玉付きの宝石を取り出しニステルに見せる。
「そんな力があるのなら向かうところ敵なしじゃねぇか。なんでドムゴブリンなんぞにやられてたんだ?」
事情を知らない者からしたら当然の疑問だろう。
「そこが困ったところで、発動条件がイマイチ掴みきれてなくて……。発動せずに死にかけたことも何度もあるんだよ、あはは」
ニステルはぽかんとした表情を浮かべ「頼りになるのかならねぇのかわからんヤツ」とため息をついた。
柱の裏に避難した墓守の一族達に目を向ければ、すでに傷を癒したようで外傷は見当たらなかった。
入り口でキョウカさんと話していた男性が近寄ってくる。
「この度は危ないところを助けていただきありがとうございました」
深々と頭を下げられた。
「でも、犠牲者が出てしまったのが悔やまれます……」
あの状況下では助けることは厳しかったのはわかっている。でも、命が失われることを簡単に割り切れるほど、俺は冒険者としての場数を踏めていない。面識がなかったとは言え、誰かが亡くなるのはツライ……。
「あれは仕方がなかった。そう、仕方のない不運だったんです」
言葉とは裏腹に男性の瞳は伏せられ、拳が強く握られている。瞳を開けると、男性は真っすぐとこちらを見つめてくる。
「竜種を相手に犠牲者が一人で済んだのも、皆さんがいたからなんです。本当にありがとうございました」
再度頭を深く下げられた。後ろに控えている一族の人達も同様に頭を下げてきた。
俺はほぼ何もやっていないに等しい。あの力が俺の鍛錬で習得したものであれば誇ることもできただろう。でもあれは、天から与えられたモノだと考えている。天技や元素への適性が才能だと言うのなら、あの力もそれに類するモノなのかもしれない。でも、完全に制御できていないものを誇れるはずがないのだ。
「顔を上げてください。皆さん疲れているでしょうから、一旦戻って身体を休めませんか?今のままでは加護の魔法の展開に差し支えるかも知れませんし」
リアが休息を取ることを勧める。
一族の人達は頭を上げ、リアの提案に乗ってきた。
「そうするのが良いでしょうな」
男性が一族の人達に視線を送ると、頷き自分達の意思を伝えている。
「では、皆で一旦移籍の外へ向かいましょう」
男性の号令で皆一様に出入口に向かって歩き始めた。
『カミル』
低く響くフィルヒルの声で、カミルは足を止めた。隣を歩くリアもまた同様に足を止める。振り返れば真剣な眼差しを向けるフィルヒルの姿が目に入ってきた。
「何です?」
問いかけるも、言葉を選んでいるのか口を開くまでに一呼吸ほどの沈黙が広がった。
『その力は………、いや、これは其方の問題か』
「途中で言葉を止められると気になるんですけど?」
訝しげにフィルヒルを見つめる。
『いらぬ世話を焼くところだった。忘れてくれ』
この口ぶり、絶対あの力について何か知ってるだろ………。でも、この人は口を割らない頑固な一面がある。詰め寄ったところで語ってはくれまい。
『それよりも。其方の戦いぶりを見ていて感じたのだが、元素への適性が低いだろう?』
人が気にしていることをズバリと言われてしまうと、再認識させられるようで何か辛い。
「ヒュム族が最も適性が高くなる赤の元素への適性も微々たるものでした」
それが示すのは、元素に愛されなかったということ。適性が高い者と低い者では、同じ魔力量を込めた魔法でも、魔法として現れる現象では天と地ほどの差が生まれてしまう。それを補ってきたのが圧縮魔法という独自の魔力の扱い方だ。
『やはりか……。なら、私は理の外の力の習得を勧めたい』
「理の外の力?」
『其方と同様に元素への適性が高くなかった者達が、適性のあるものと対等に戦う為に編み出した技のことだ。簡単に言うならば、元素に依存しない純粋に魔力のみで行使される力の総称だ。元素を扱うよりも遥かに習得難易度は高いが、その分習得に成功すれば一生物の力となる』
そんな力があるのなら、喉から手が出るほど欲しい。
「どこに行けば学ぶことができるのですか?」
フィルヒルが肩を竦める。
『この時代のことは私にはわからない。だが、本来私達が生きている時代でなら、王国なら王都アルアスター、帝国なら帝都イクス・ガンナと賢闘都市アルフ、プラーナ合衆国の国の一つゼラルド。その中で最も盛んに研究されていたのが賢闘都市アルフだ』
帝国内でそんな力の研究がされていたなんて知らなかった。半年もアルフにいたのにそんな名前は聞いた覚えがない。帝国は実力主義なところがあるから元素の扱いがすべて、という風潮がある。もしかしたら、どこかで耳にしているのかも知れないけど、耳に残ることがなかったのかも?
「私達に干渉しようとしなかったのにどういう風の吹き回しだ?」
口を挟まず成り行きを見守っていたリアが問う。
歴史について何も話さず、一歩引いたところから眺めているフィルヒルに思うことがあったのかもしれない。
『歴史に直接影響を与えるようなものでない限り答えることはできるぞ?』
リアの方へと振り返る。
「そうだよ。フィルヒルは魔法の助言もくれたんだ。少なくとも、力の扱いに関しては信用してもいいと思うよ」
リアとフィルヒルの視線がぶつかる。
リアの目はまだ信用しきれないのか訝しげだ。暫くフィルヒルを見つめるとため息を一つついた。髪をかき上げそのまま髪をくしゃくしゃと弄る。
「わかった。カミルがそう言うのなら信用しよう」
不承不承と言った感じはあるものの、フィルヒルの言葉を信じてはくれるらしい。
「それで?魔法に関してどんな助言をもらったんだ?」
詠唱をした方が良いこと、詠唱は元素への語り掛けであること、自分の言葉で呼びかければ適正が無くても元素が応えてくれることを簡潔に説明した。
理解してくれているのか、頷きながら説明を聞くリアは納得したような表情を浮かべている。
「それは前々から私も思っていたことだよ。魔法陣で簡略化されたことで魔法の発動は速くなったみたいだけど、魔法そのものの規模が小さくなっているとエルフの仲間の間だと有名だったんだ。それでも、戦闘における魔法発動の速度は戦術そのものを覆すものだ。魔法陣での魔法の行使に慣れた身からすると痛い話だよ」
『何もすべての魔法を詠唱しろと言っているわけではないさ。必要に応じて使い分ければ選択肢が増えるだろう?』
「………考えとく」
そう呟くとそっぽを向いた。信じると言ってはくれたけど、フィルヒルの言葉をまだ素直に飲み込むことに抵抗がありそうだ。
「おい、何やってんだ。帰んぞ」
通路からニステルが現れ声を掛けてきた。
「ごめん、今いく」
「ったく、ちょっと目を離したらいねぇから、また死人でも現れたのかと思ったじゃねぇか」
「あはは、ごめんって。ニステルは本当に優しいなー」
やっぱりニステルは面倒見が良い。まあ、言葉遣いで損をするタイプなんだろうけどね。
「誰が優しいって?」
半眼で睨んでくるけど、言葉と行動が一致してないって。
フィルヒルの方へ向き直る。
「今度こそ失礼させていただきますね」
『ああ、ゆっくり休むと良い』
お辞儀をすると、そっぽを向いているリアを引き連れてニステルの下へと向かう。
「よーし、今日はがっつり食べるぞー!」
拳を握り高く振り上げる。
「なんでお前はそんな元気なんだ……?」
ニステルは呆れ顔だ。
「採掘って大変な作業が終わったから心が軽いんだよ」
「王国に来て初の依頼が終わろうとしてるから、心が浮き立ってるだけでしょ」
「リアだって採掘から解放されてほっとしてくるくせに」
採掘という枷が無くなり、他愛もない会話ができるほど心が解放されている。帝国へ帰るという目的まではまだ遠くとも、着実に一歩を踏み出せている実感を噛みしめていた。




