ep.38 まつろわぬ亡霊
アクツ村。
王都から西に位置する山を切り崩し、切り立った岩の面に穴を掘り、住居が造られた墓守の村。村の中央の岩肌には、二体の大きな騎士の岩の像があり、二体の像の間に遺跡に繋がる通路が設けられている。
村の上には豊かな緑が生い茂り、山の恵が豊富に存在する。山の向こう側はすぐ海があり、海の幸も豊富に採れる恵まれた土地である。にも関わらず、人口が増えずに村の形態を維持しているのは、遺跡の存在と遺跡を守る墓守の一族の影響が大きい。
死人が現れる。
不穏な言葉を耳にし、高ぶっていた感情は陰りを見せていた。
死人とはいったい何なのか。ニステルに聞いてみたけど「詳しい内容までは知らん。俺が知ってるのは、前に依頼を受けた人物が語った言葉だけなんだよ。皆が寝静まった頃、亡くなったはずの先代国王を見た。とか、戦死した兵士長に追いかけられた。とか、信じられねぇことばかり話してたらしいんだよ」にわかには信じ難いことが語られた。
墓守と死人。関連性のありそうな言葉が並ぶと、噂で片付けられない何かがありそうな気さえしてくる。
そうこうしている内に、アクツ村が見えてきた。黒ずんだ岩肌が死人という言葉と結びつき、やけに厭な雰囲気を漂わせているように感じられる。
「何事も起きなきゃいーんだがなぁ」
ニステルが不穏な言葉を口にした。
ぎょっとし、ニステルの顔を見た。
「ニステル。そういうのをフラグって言うんだよ……」
きょとんとした表情を浮かべるニステル。
「ふらぐ…?何だそれ?」
「気にしなくていい…。次からは不穏な言葉を口にしない方がいいよ。みんなの為に」
そう、何も起こさず淡々と作業をやればいい。そう密かに誓い、馬車を降りていく。
村に着くと、一族の長の側近が出迎えてくれた。藍墨茶色の長髪でパーマのかかった40代半ばの男性。切れ長の目が特徴的だ。黒色のシャツとパンツスタイル。濃紺色の上着には白色で籠目柄が施されている。
灰色の双眸が俺達を見渡し「これだけか」と短い言葉が漏れてきた。馬車に乗っていたのは俺とリア、ニステルの三人のみ。報酬の割に人が集まらないことに、落胆した様子が見て取れた。
「私はマツリビ・ウツシヨ。今回の依頼の一切を任された者だ。まずは長の所まで来てもらおう、付いて来い」
手短く挨拶を済ませると、一族の長の所まで移動を始めた。
「なんか、友好的とは思えないね」
マツリビに聞こえないように小声で二人に声を掛ける。
「余所者が嫌いなのかもしんねぇぜ。ここは一族が守る墓。なるべくなら他人に触らせたくないんだろうよ」
特に気にした様子のないニステルは、大人しくマツリビの後へ続いていく。
「余所者が嫌いなのは態度を見たらわかる。余所者を受け入れざるを得ない状況に、自分達に苛立っている可能性もあるかもな」
ポンッと背中を叩かれ、先を行く二人の後を追い歩き始める。
改めて村全体を見渡すと、鉄や木を扱った建築物が異様に少ないように思えた。住宅は岩を切り崩して造られているし、幾層にも分かれた住宅を繋ぐ階段も岩を切り崩している。街灯すら灯籠のような石造り。村の中に木々はなく、村の上にある山まで行かないと緑は見受けられない。
村の中を進んでいくと、すれ違う村人達の視線が刺さるように注がれている。排他的な雰囲気に、すでに気が滅入りそうだ。
村人の服装はマツリビと同様のものだった。あの衣装が墓守の一族の伝統的な衣装なのかもしれない。
村の中腹辺りの一つの住宅の前で立ち止まった。
「ここが長の家だ」
コンコンコン
「マツリビです。冒険者三名をお連れしました」
さすがに扉を石にするには重たいのか、木製の扉が採用されている。
「中へどうぞ」
男性の声が聞こえてくる。
「失礼します」
扉を開け、マツリビを先頭に長の家の中へと入っていく。
中に入ると、声の主らしき柔らかな表情を浮かべる20歳前後の男性が迎えてくれた。
廊下を抜け、扉を更に抜けると客間にたどり着いた。
中は白い照明に照らされ、岩の家の中でも十分に明るい。山の岩肌の中ということもあり、少し肌寒く感じる。湿気が多少高い気がするけど、住む分には特に気にはならない。
部屋の中央に置かれたテーブルの上座に、藍墨茶色の短髪で60代半ばと思わしき男性が腰をかけていた。頬がこけ、眉間の皺とほうれい線が深く刻まれている。手を組み、威圧的な雰囲気を纏っているように感じられた。
長はこちらを一瞥すると「座れ」と着席を促してきた。
無言で頷き、ガラガラッと椅子を引き腰を下ろす。
皆が着席したことを確認すると、長が口を開いた。
「私が一族の長であるクニスエ・ウツシヨだ。わざわざ村まで足を運んでもらい有り難く思う」
感謝の言葉を述べている割には表情が硬い。形式的な挨拶をしているだけなんだろう。
「今回お願いしたい内容は、伝えてある通り遺跡の補修作業だ。遺跡には加護の魔法がかけられているが、何らかの影響でその加護が部分的に剥がされておる。原因の特定はこちらで進めておる故、そなたらには再度加護の魔法を展開するのに必要な鉱石を集めてもらいたい」
クニスエの視線が動き、俺達を順に観察していく。
「本来なら一族だけで解決すべき問題なのだが、とある事情で人員を割かねばならん事態に陥っておる。故に、そなたらに協力を求めたい」
頭の後ろで手を組んで話を聞いていたニステルが口を開く。
「それで?俺等は何の鉱石をどこで採ってくればいいわけ?」
ウツシヨ一族の問題には興味がないとばかりに、作業内容の確認をしている。単純に興味がないのか、村人の威圧的な態度が気に食わないのか……。
クニスエはニステルに視線を向けると、
「詮索してこんとは、年齢の割に冒険者というものをわかっておるな」
僅かに驚きの表情を見せ、不敵な笑みを浮かべている。
「採ってきて欲しいのは、この村の地下に眠るニグル鉱石。背丈ほどの籠二つ分もあれば問題ないだろう。ここでは小さな鉱石しか採れんが、補修に使う分なら問題ない」
「はッ!?」
今度はニステルが驚く番だった。クニスエが語る内容を呑気に聞いていたが、ニグル鉱石と聞いて顔をクニスエへと向ける。
「そんな貴重な鉱石が、村の地下からホイホイ出てくるのはおかしいだろ!」
ニグル鉱石。
オミナ鉱石ほどの希少性は無いが、上質な建物や装備を作る上で必要な鉱石である。堅牢性と耐久性を兼ね備え、軽いのが特徴で、産出する鉱山は数える程度とされている。鉱石自体も硬く、加工するには熟練の鍛冶技術が必須となる。鉱石の色は黒く、光にかざすと透き通る紫色に見える。
「天の配剤というものだな。我が一族が、その鉱石を扱うに相応しい存在だと認められているということだ」
余程、自分の一族に誇りを持っているようだ。長ならば当然と言えば当然なのかもしれない。自分達の力を信じ、研鑽を重ねてきた結果、一族だけで村の経営を行うことが可能となったのだろう。貴重らしいニグル鉱石があれば、資金的にも潤っていそうだ。ブロンズの依頼で報酬が良いのも頷ける。
ニステルが納得いかない顔を浮かべているけど、変にツッコんでも面倒臭いから先を促そう。
「地下の入口はどこにあるのですか?」
「遺跡の中だ」
ニステルの目が細まり、訝しむ視線を投げかける。
「遺跡の中って、まさか遺跡を破壊したんじゃねぇだろうな?」
ニステルの発言にクニスエが不機嫌になる。
「我らを侮辱する気か?遺跡を守るのが我らの使命。破壊するわけなかろうが」
「それなら、何で遺跡の中なんかに」
「単純なことだ。遺跡が造られた当初から、この地で採掘が行われてきた証だ。今でこそ霊廟として扱われておるが、かつての王朝があった場所なのだよ。国が積極的に採掘を行ってきた証でもある。我々はそれを受け継いだだけだ」
「霊廟の下から採掘か…。墓を漁ってるみてぇだな」
「どこまでも失礼なヤツだな。遺跡の維持の為の必要な処置だ。私欲で動いているわけではない。……気が乗らないのであれば、今からでも帰るが良い。仕事が終わるまで馬車は出ないがな」
皮肉な言葉にニステルが肩を竦めた。
「依頼は依頼だ。やることはやるさ」
居心地の悪い空気感が辺りを包んでいる。
良くもまあ、初対面の相手にそこまで言えるものだ。少なくとも俺はそうズケズケと言葉を言える方ではないから、羨ましくもある。まあ、この二人が似た者同士なだけかも知れないけどさ。
「それで?いつから作業を始めれば良い?」
静観していたリアが口を開いた。
「準備が出来次第すぐにでもお願いしたい。案内人も用意しておる」
奥の扉に顔を向け「キョウカ」女性と思わしき名前を呼ぶ。
暫くすると、ノブが回され扉が開かれた。
「お呼びでしょうか?」
扉の奥から現れたのは、藍墨茶色の髪を腰まで伸ばし、前髪を眉より少し長いくらいの位置でぱっつんにした、俺と歳が近そうな女性が立っている。タレ目で左目の下に泣きぼくろがあるのが特徴的だ。
クニスエに視線が向かった後、その奥にいるカミル達に気づいたように瞳が僅かに開かれた。すぐに表情は戻ったが、その姿からは自分が何で呼ばれたのかを理解した、というのが伝わってくる。
「この御三方が今回の依頼で村にお越しになった方々だ。採掘の案内を任せる。準備が出来次第すぐに向かってもらうぞ」
軽く頭を下げると「承知しました」そう告げると奥の部屋へと戻っていく。
クニスエが顔を戻す。
「マツリビ、この者達を部屋に案内せい」
「はっ」
短く返事をすると廊下への扉へと歩いていく。
「一人一室の空きはある。好きに使うと良い。それから……」
一呼吸挟むと、クニスエの表情が引き締まった。
「日付を跨いだら、日が昇るまで外には出ぬこと」
「何でだ?」
当然の疑問をニステルが問う。
「それはお主らが知らんでいいことだ。命惜しくば素直に言う事を聞いておけ」
噂になっているという死人のことなのか、それとも霊廟にまつわる何かがあるのか。気になるところだけど、今のクニスエからは到底聞き出すことはできないだろう。村人とトラブっても面倒だし、大人しく言う事を聞いておくのが吉だ。
「肝に銘じておきます」
その言葉を残し、用意されているという部屋へと移動を始めた。
部屋に着いて唖然とした。クニスエと村人の対応から用意された部屋に期待していなかったが、目の前に広がる光景は予想とは裏腹に立派な宿泊施設だった。地上から一層目に来客用の宿が用意されており、外観は完全に岩の宿にも関わらず、一歩中へ入ってみると木の温もりが感じられる過ごしやすい空間が広がっていた。内装を木材で固められており、石造りの部屋に慣れないであろう来客用にしっかりと造り込まれている。ロビーから廊下を通じて各部屋へと続いている。少なくとも10部屋はある。それだけの人数が村に訪れるとは考えにくいけど、昔の名残りと思えば納得もいく。
荷物を下ろし、採掘に向かう道具だけを持ちロビーへと向かう。
すでにニステルが待機していた。
内装をチェックしているのか、壁を入念に見ている。
俺の視線に気付いたのか「おう、はえぇな」身体をこちらへ向けた。
「すぐ出てきたつもりだったのに、ニステルはどんだけ早いんだよ」
ニステルは得意げな顔を浮かべる。
「いや、部屋には行ってねぇよ。必要最低限しか持ってきてないし」
「着替えとかは?」
「んなもん、風呂の時に洗ってまた着ればいいだけだろ?」
何を言っているんだ?と不思議そうにこちらを眺めてくる。
まあ、この世界ではそれが一般的だよな。日本の生活が身に付いてる俺からしたら、同じ物を連続で着るのは気持ち悪さを感じてしまう。
「リアはどうした?」
「女性は準備に時間がかかるものでしょ?村に着いたばかりだし、持ち歩くものと置いていく物を分けてるんじゃない?特に今から採掘するわけだし、汚れ対策はいるでしょ」
「そういうもんなのか」
ニステルはあまり女性と縁が無い生活をしているのかもしれない。見た目は悪くないのに、顎髭が清潔感を損なっているのか、物怖じしない物言いがマイナスになっているのか。
「男の俺達とは価値観が違うからね。理解して歩み寄らないと喧嘩ばかりになるよ?」
かく言う俺も女心はまったくわからないけどさ。理解しようとしなければ何も変えられないし。
ロビーで駄弁っていると、宿の出入口が開かれた。
中に入ってきたのはキョウカと呼ばれた女性だった。
「案内役を仰せつかったキョウカ・ウツシヨです。短い間ですが宜しく」
礼儀正しく挨拶すると頭を下げてきた。
「カミル・クレストです。よろしく」
「ニステル・フィルオーズだ」
キョウカさんは他の村人とは違い、物腰が柔らかで接しやすく感じる。初対面って普通はこうだと思うんだけどね。
キョウカさんの瞳がこちらを向いている。俺を見ている?でも視線から察するに……。
「黒髪が珍しい?でも、ウツシヨ一族もかなり暗い髪色だと思うけど?」
「貴方は日本人なのですか?」
「!?」
予想外の言葉に思考が止まる。
「あら?違いました?」
この人は、日本人を知っている……?
「何だ?ニホンジンって?」
ニステルも興味深そうに聞いてくる。
どう答えるべきなのかわからない。
「俺はニホンジンってやつじゃないよ」
咄嗟に出たのは否定の言葉。俺は日本の知識はあるけど、日本人ではない。生まれも育ちも帝国のアズ村だ。
「……そういうこともあるのですね」
意味深な言葉を呟く。
「俺の見た目が、その日本人ってのに似てるってこと?」
これは探りを入れるチャンスだ。日本について何を知っているのか……。そもそもキョウカという名前も日本人ぽくはある。彼女もまた日本人なのかも知れない。
「はい。我々リディスの民は、比較的暗い色合いの髪を持ちますが、カミルさんのような黒髪は日本人特有だと伝え聞いています」
伝え聞く、か。少なくとも彼女は日本人ではないらしい。それよりも。
「リディスって何です?」
帝国にいた時は聞いたことのない単語だ。言葉のニュアンスから、墓守の一族のことを指す言葉だとは思うけど。
キョウカさんがきょとんとこちらを見つめている。
「ああ、そいつは学が無いんだよ。昔の呼び方でしか、その存在と結びつけられねぇんだ」
横から酷い言葉が飛んでくる。
ニステルは呆れ顔を浮かべながらも言葉を続けてくれた。
「いいか?リディスってのは、かつて閃族と呼ばれた人達のことだ。元素と同じで、精霊の時代が終わったことで本来の種族の名を取り戻したんだ」
「え、種族の名前まで変わったの!?それじゃ……、人族はなんて…?」
恐る恐る訊ねてみた。
「ヒュムと呼ばれている」
割と馴染みのある呼び名だった。英語でいうヒューマンみたいなもんなのかな。
俺達の様子を眺めていたキョウカさんが首を傾げた。
「ニステルさんは、カミルさんの先生何ですか?」
傍から見たら、俺達の関係性はそう映っているのか。
「止めてくれ。そんなの俺のガラじゃねぇよ」
心底面倒臭そうにそっぽを向いた。
「俺としては、若干そんな風に見てた」
言葉は荒いけど、何だかんだで説明してくれる辺り、根は優しい人なんだと俺は思っている。
嫌そうな顔を浮かべながらニステルがこちらを向いた。
「お前はもう少し世の中ってもんを勉強しろ!」
敬礼をしながら「精進いたします。これからもご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします!」茶化すように答える。
「自分で学べ!」
ニステルの叫びと共に、ベチッとデコピンが額に突き刺さった。
「あいたッ!?」
その姿にキョウカさんが軽く握った拳を口に当て、柔らかな笑みを浮かべた。
それから暫くして、リアがロビーに現れた。
「待たせたな」
リアの声が聞こえ、視線を向ける。
「……何でそんな格好してるの?」
バルーン袖のふんわりとした黒いシャーリングブラウスに、濃紺色のデニム生地のショートパンツという出で立ち。暗めの色合いの服装のおかげか、銀髪と白い肌が良く映えている。採掘作業に向かう格好とは到底思えない。
「持ち合わせで汚れが目立ちにくい格好がこれしか無いんだよ。王都で買ってくる手もあったけど、節約しないといけないから我慢したんだ。袖は括っておけばなんとかなるし、これで何とかしてみせるさ」
アクツ村では見慣れない格好なのか、キョウカさんがリアの服装を興味深そうに眺めている。この村では皆同じ格好をしているし、女性としては矢張りファッションは気になるのかも知れない。
「王都ではそのような格好が流行っているのですか?」
リアが顎に手を添え首を傾げる。
「う〜ん、人によるかな。私はふんわりとした服装を好むから、この系統の服装は良く着るけど、行く場所で服装は変えるからね。今は手持ちの服がそんなに無いし、その中で汚れても目立たない色合いがこの格好だっただけよ」
「そうなんですね。背中側も見せてもらってもよろしいですか?」
「いいわよ」
二つ返事でくるりと回った。バルーン袖がふわりと動き、華やかな印象を強めた。シャーリングの効果もあってか、ゆるふわな大人かわいいスタイルに見える。
キョウカさんは細部まで見たいのか「腕上げていただいてもよろしいですか?」とか、「少し触ってもよろしいですか?」とか楽しげに裁縫の仕方や生地を確かめているようだ。
リアも久々の女同士での服装の会話に楽しげに付き合っている。
唐突に始まったファッションショー。多少ならいいかと待ってみるも、なかなか終わる気配が無い。どこの世も、待つのは男の宿命みたいなものなのかもね。
痺れを切らしたニステルが「おーい。採掘に行かねぇのかよ」と催促する。
本来の目的を思い出したのか、女性陣がはっとしこちらへ振り向いた。
キョウカさんはにこやかに微笑むと「では、採掘に向かいましょう」と遺跡へと案内を始めた。
二体の騎士の像の間を抜け、遺跡の内部にやってきた。入口を抜けると広い空間が広がっており、中央と左右の三つの通路に分かれている。内部は一面大理石で埋め尽くされていて、高さは40mほどありそうだ。王朝があった場所なら、この広大な建築も納得だ。天井と側面にはどういう仕組みか、白い光が溢れていて、灯りを持たずとも過ごすことができる。中央の通路の側面には、帝城でも見た六体の竜の像が並んでいるのが見える。違うのは、紫に輝く結晶で造られている点だ。
「こちらです」
キョウカさんは左の通路を指し示し歩き始めた。
右手に10mほど進む度に扉があり、三つ扉を過ぎた先にある突き当たりの扉を潜る。
部屋に入ると物置のようなで、昔使われていたであろう武具や農耕器具がそのまま残されている。定期的に清掃が入っているのか、埃がたまっている様子もなく、未だにこの遺跡が機能していてもおかしくはない雰囲気すら感じる。
部屋の奥の一角、そこに地下への入口が口を開いていた。
「ここから先が地下の採掘場になります。横にある棚に採掘道具がありますので、一組ずつ装着してください」
棚に視線を移すと、ランタンのようなベルトに装着する魔具と、背丈の大きさの籠、採掘用のツルハシが納められていた。各々が棚から道具を取り出す。籠は二つ分で十分なので、俺とニステルが背負うことになった。
「このランタンみたいのはなんだ?遺跡の中は明るそうだし、持っていく必要あんの?」
ニステルがランタンを覗き込んでいる。
「さすがに地下まではこの明るさは維持できませんよ。そのランタンは魔力を流すと発光します。単純に照明としても利用しますが、採掘作業で必須になります。……移動しながら説明しましょうか」
キョウカさんもランタンとツルハシを持つと、ランタンに魔力を流して発光させた。
「下りの階段になります。暗くなりますので、足下に注意して進んでくださいね」
キョウカさんの注意を受け、ランタンに光を灯し、闇が覗く空間に足を踏み入れた。
トンッ、トンッ、トンッ、トンッ
階段を降りる度に足音が空間に反響する。地下はさすがに清掃しきれないのか、進むほど土埃が溜まっているのがわかる。湿度が上がり、土埃と僅かな黴臭さが入り混じる。
ランタンの白い光が空間を照らし、歩く度に揺れる照明が階段の奥深くまで照らし出す。階段はかなり急勾配で、足を踏み外せばどこまで落ちて行くかはわからない。踊り場は作られておらず、ただ真っすぐに降っていくのみだ。
「かなり下まで続いていますね」
思ったことをそのまま口にした。
「ニグル鉱石は黒の元素の影響を色濃く受けた鉱石ですからね。光の届きづらい地中深くにあることが多いのです」
この世界は元素の影響が色濃く反映される。今回探すのは黒の元素の影響を受けたニグル鉱石。光が届かない洞窟や地下で見つかりやすい。
「地下は道が入り組んたように見えますから、逸れずに着いてきてくださいね」
「長年採掘していればそうなりますよね」
伸びる階段の先を見据え、暗く長く伸びているであろう中の様子を想像した。
「いえ、計画的に採掘は行われていますから、我々であれば道の把握は容易なんてすよ。ただ、地盤が脆くならないように、採掘する場所を少しずつずらしながら行っていますから、初見の人では迷い易いのです」
「確かに…。ここが崩れたら一溜りも無さそうですね…」
採掘中に崩れてくる情景を想像し、身体をブルっと震わせた。
「そうならない様に努力してますからね」
降りながら採掘の説明に入った。
「今照明として使っているランタンですが、実は採掘をする上で欠かせないものとなっています。魔力を流すと発光して、今みたいに辺りを照らし出しますが、それと同時にニグル鉱石へと干渉するのです。ランタンの中に黒の元素の結晶が入っていまして、周囲にニグル鉱石がありますと、黒の元素が干渉して鉱石がランタンを点けている間硬化します。ツルハシでガンガン削ろうが、傷が付かなくなりますので、形状を壊してしまうことがなくなるのですよ」
つまりは、ランタンを灯しておけば、力任せにツルハシを振るおうが問題ないということか。慎重に作業をこなさないで良いのであれば、幾分か気楽になれる。
階段を降り、道なりに進んでいくと通路が三つ現れた。綺麗に90度ずつに別れて道が作られているのは、崩落予防の一貫だと思われる。
この先も幾つかの別れ道を進み、採掘場所までたどり着いた。地下の奥地まで来て酸素は大丈夫なのか?と思い、聞いてみたら「一定間隔で空気の通り道を作っていますよ」と穏やかな笑みで答えられた。「なかなか換気までは気が回りませんから、気付けるだけで素晴らしいです」と添えられれば悪い気はしない。
背負っていた籠を下ろし、採掘の準備に入る。すると、スッと誰もいないはずの背後から、誰かが横切る気配と風が吹き抜けた。
咄嗟に振り返ってみたが、何もいない。念の為にランタンを向けてみるも、矢張り何も見つけることはめきなかった。
気の所為か?
「どうした?そんな背後を気にしたりして。……まさか死人かぁ?」
ニヤニヤしながらニステルが冗談っぽく茶化す。
「死んだ人間が動くはずないでしょ。そんな非科学的な」
「なんだよ、そのヒカガクテキってのはよ」
訝しげな顔を浮かべる。
「そんな不思議な存在いるわけないってこと」
科学が進んだ世界ですら証明されていないものを信じられるはずがない。
「夢のねぇヤツだな」
「この目で見るまでは、そういった類のものは信じないことにしてるだけだよ。ニステルは信じてるの?」
一瞬、ニステルの瞳が光ったような気がした。
「俺は信じてるぜ。そっちの方が夢があるし、何より偉人達に会ってみてぇからな。この村で死人に会えるんなら、出てくるのは王国に名を刻んだ者達だぜ?会えたらすげぇじゃねぇか!」
「まったく、話せるかどうかもわからないし、生者を襲って来る可能性もあるってのに」
呆れたようにニステルをみていると、
「死人は存在しますよ」
キョウカさんが突拍子もないことを言い出す。
「ぇ゙?」
思わず間の抜けた声が漏れた。
俺の反応に、キョウカさんは慌てて口を両手で覆った。視線を外し、動揺しているのが伝わってくる。
「あの噂は本当だったんですか!?」
前のめりな姿勢で質問すると、リアが片手で軽々と俺の身体を押し戻す。
「そんな怖い顔で女の子に迫るなよ」
キョウカさんのタレ目は見開かれ、距離を取ろうと身体を後方へと反らしている。
「ご、ごめんなさい。まさか村の方からそんな発言が出るとは思わなくて……」
頭をペコペコと下げ謝罪した。
「いえ…。こちらも口を滑らしてしまいましたしね」
困ったように笑っている。
「で、本当のところはどうなんだ?死人は存在すんのか?」
ニステルの言葉に、キョウカさんの視線がキョロキョロと慌ただしい。話すべきか、話さないべきか決めかねているようだ。何かを諦めたかのように、息をふぅっと吐き脱力する。
「村の皆には、私が話したことは内緒でお願いしますね」
「内緒」の言葉に、人差し指を艷やかな唇に添えている。朗らかに微笑むと言葉を続けた。
「死人は夜な夜なこのアクツ村に溢れます。どういった原理で現れているのかはわかりません。ただ、確実に存在しているのです」
言葉を一旦切り、三人に視線を順に巡らせていく。
「現れるのは、霊廟に納められた王族や貴族、王国に格別な忠義を尽くした兵士のみです。私も実際に目撃しておりますが、霊廟に納められた方々の顔を知りませんので、伝え聞いた話ではありますが……」
スッと、また背後に気配と風を感じた。
咄嗟に振り返る。
矢張り何の姿を捉えることができない。
今度はリアとキョウカさんも振り返っていた。
「何だ……?」
「今、何か通りましたよね……?」
顔を強張らせる二人とは対照的に、ニステルだけが呑気な顔を浮かべ「お前ら話に引っ張られすぎ。俺は何も感じなかったぜ?」嘲笑っているかのようだ。
何もいなかったことは事実として受け入れざるを得ない。
「そ、それでは採掘を始めましょうか……」
キョウカさんは、何もなかったことにして、採掘の準備を始めた。
『なんだ、死人の話はもう終わりか?』
低い男性の声が辺りに響いた。カミルの声でも、ニステルの声でもない。そもそも、その声は背後から聞こえたのだ。仮に二人が声を出したのなら誰かが気付けたはずだ。
背後に気配を感じ、背中がぞわぞわする。
『もう死人の話はせんのか?』
再び低い男性の声が響く。先ほどよりも近い位置で。カミルは背後に気配を感じ取っていた。
確実に誰かが背後に立っている……。
そう思ったのは、声が聞こえたからではない。気配を感じたからでもない。
確かに感じたのだ。
響く声と共に、耳にかかる生暖かい吐息を。




