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ep.33 その力は心を映す

 服を選ぶという事は、その人が持つ価値観を映し出す。服のデザインを選び、色合いを選び、組み合わせを考える。服装一つでその人の持つセンスを問われるのだから、安易には買うことができない。服を選ぶことすら周りの視線を気にするなんて、我ながら不器用な生き方をしていると思う。だから、いつも決まった服装になっている気がする。それはそれでいいの?とツッコまれたりするけど、良いコーディネートなんて思い浮かばないのだから仕方がない。特に俺の髪は黒い。それだけで目立つというのに、突飛な服装をして注目を集めるのは勘弁だ。服装なんて何でも良いと言う人を見かけることもあるけど、俺はその考え方には賛同しかねる。


 城門前を後にし、街の中心部まで戻ってきていた。日はそれなりに傾いているけど、まだまだ約束の18時までには時間がある。リアの提案で俺の服を買いに行くことになったが、正直有り難い提案だ。何せ、王国領に来てからというもの、替えの服がない。風呂の時に身体と一緒に服を洗う毎日だ。日本の乾燥機付き洗濯機が恋しくなるが、火属性魔法が扱えるから、乾かすのには困らない。それでもその一手間が面倒なんだよな…。

 リアの案内で、とある店舗の前までたどり着いた。陳列窓には帝都では見慣れないデザインの服が展示されている。細身のシルエットのものが多いが、タイトになりすぎない絶妙なラインを攻めている。ほどよく筋肉質な体格の男性が好まれそう気がするんだけど、王都での今の流行りが細身のスタイルなのかもしれない。

「ほら、カミルのスタイルに似合いそうな店舗っぽいだろ?」

 リアの目からしたら、俺のスタイルは細いらしい。自分でもひょろいと思っているから、正しい評価だと思う。細身からの脱却を目指して筋トレをしているつもりだが、トレーニングメニューが悪いのか、食事管理が不十分なのか、身体が大きくなることはなかった。

 ここ数日、食事をまともに取れてなかったし、筋肉が分解されていてもおかしくはないか…。

「そうですね。でも、これでも筋肉をつけようと努力してるんですよ?その内サイズが合わなくなってくるかも?」

 リアが身体をじ~っと見つめる。こちらの目を見たと思ったら、視線は徐々に下がっていく。首筋、胸元、腹部と眺めていき、足の先までじっくりと見られた。どこか艶めかしい瞳で見つめられると落ち着かない。

「な、何か?」

「カミルはまだ成長期だし、まだまだ身長は伸びそうだね。もう少し肉を多く食べた方がいいかもな」

 最後に測った時の身長は167cmだった。15歳の男性なら平均的な身長だろう。それでもリアの身長には届かない。拳ひとつ分以上リアの方が大きい。女性のエルフの平均的な身長はわからないから、リアの身長が高いのか低いのか判断できない。できればリア以上に伸びてくれることを祈っている。女性よりは大きい身体を手に入れたいと思っているから、現状は少し歯痒い。

「どの道サイズが合わなくなってくると思うから、そんなに気にしなくてもいいと思う」

「気に入るものがあれば検討しようかな」

「数着なら買う余裕はあるから、じっくり見るといいさ。何せ、まだ2時間近く待たないといけないし」

 お店の扉を押し、中へと入っていく。チリン、チリン、入退店を知らせるベルが響くと「いらっしゃいませ」と元気な声が聞こえてくる。

 先導するリアは迷うことなくとある場所へと移動する。

「いくつか候補はあるんだけど、あとは実際に着てもらおうと思ってね」

 姿見鏡の前に連れて行かれると「服持ってくるから待ってて」と売り場に消えていく。

 自分の服じゃないのに、やけに張り切ってる気がする。人の服を選ぶのってそんなに楽しいものなのか?

 店の中を改めて見渡す。少し肌寒い気候のせいか、上に羽織るものが多く陳列されている。上着をそれらしいものを着れば様になるから楽ちんな気候だ。男目線で言うなら、女性の露出が少なくなるのは残念ではある。

「カミル、これ着てみてくれ」

 振り返ると、腕にいくつかの服を抱えたリアが立っている。差し出されたのは焦げ茶色のジャケットと白いセーター。無難な組み合わせだけど、一組持ってても良いと思う。

「意外と無難じゃない?ちょっと拍子抜けしたかも」

 上着を脱ぎ、薄手のTシャツの上に手渡されたセーターを着る。

「着回しがしやすい物は絶対に必要だろ?色味的にも組み合わせるのに楽な色だし」

 次いで、リアの手からジャケットを受け取る。バサっと勢い良くジャケットを広げると、袖を通していく。サイズ感も悪くない。

 両手を広げるとリアに「どう?」と感想を求めた。

「想像通りの細身のスタイルを活かしたスッキリとしたシルエットが爽やかでいいと思う」

「細身だとそんな印象なんだ」

「人に寄るけどな。あと、それに合わせる用の細めの黒パンツも用意してる」

 手に掴んだ畳まれていた黒いパンツが重力に従って伸びていく。

 トータルコーディネートしてくれるらしい。こうやって誰かに服を選んでもらうのは初めてかも。客観的に見てくれるから、俺が選ぶより遥かに信頼ができる。

「一旦それ脱いで、次はこっち」

 次にリアの手に握られているのはカーキ色のマウンテンパーカー。ジャケットとおセーターを脱ぎ、一旦リアに預けるとパーカーを受け取る。

「こっちはちょっと大きく見えるね」

 厚みのあるパーカーは少しゴツゴツした印象を受ける。重みのあるパーカーに腕を通していく。

「そっちは細身のシルエット隠しも兼ねてるからな」

 姿見鏡で自分の姿を確認してみる。

 パーカーを羽織った分、上半身が大きく見え、気持ち逆三角形の体形に見えなくもない?

「ほら、ちょっとガタイが良くなったように見えるだろ?」

「確かに…」

「筋肉量が少ないのを気にしてそうだからな。それをカバーできる服もあった方がお洒落を楽しめるだろ?それと、これな」

 追加で見せてきたのはベージュのパンツ。カーキ色との相性は良さそうに見える。

 パーカーを脱ぐと「預かるよ」とリアが手を差し伸べてきたから手渡した。

「ほら、カミルも服選びなよ。こっちのは会計済ませておくから」

 リアが頬を赤らめ視線を外す。

「下着は…、自分で買ってくれよ?」

 それだけ口にすると、そそくさと会計へと向かっていく。

 女性に下着を買わせるヤツだと思われているのだろうか…?ま、服は最低限あればいいだろう。シャツと下着を数着ずつ、あまり荷物を増やしても移動が大変になる。上着があれなら、インナーはそこまでこだわる必要性もないだろう。

 シャツと下着をさくっと選び、会計を済ませて店を後にした。


 一旦、荷物を宿へ置きに行き、約束の酒場『ツラナミ』へやってきた。待ち合わせまでには少し早いが、見知らぬ街をぶらついて時間に遅れては元も子もない。

 キョロキョロと店内を見渡し、空いているテーブル席で腰を落ち着かせた。

「ずいぶん早く着いちゃったね」

「微妙な空き時間だったから仕方ないさ。適性試験に出向くには時間が短いし、やれることと言ったら武具の手入れくらいだしな」

 リアが店員に向け手を挙げ、注文の意思を示した。

 気付いた店員がテーブルに向かってくる。

 酒場ともなると、どこも女性店員が多くなる傾向にある。この店も例外ではないらしく、こちらに向かっている店員も女性だ。過激な衣装で客を呼ぶ店もある中、この店は反対に露出を控えたビシッとした服装をしている。白いシャツに黒いカマーベスト、スラックスという姿。臙脂(えんじ)色のネクタイが良く映えている。店員の姿勢も良く、格式高い店舗なのかも知れない。

「アルコールの入っていないカクテルはあります?」

「はい、ございます。季節の果実を使い、カクテル風に仕上げたモクテルがオススメです。鮮やかな色合いと果肉をふんだんに使っておりますので、瑞々しい食感も楽しめますよ」

 首を傾げ、少し考えると素振りを見せる。

「苺のモクテルがあればそれを。無ければ甘酸っぱいものをお願いするわ」

「かしこまりました。お連れ様はどうなさいますか?」

「柚子を使ったモクテルはあります?」

「はい、ございます。では、苺のモクテルと柚子のモクテルですね。少々お待ち下さい」

 一礼すると、店員はオーダーを告げにカウンターへと去っていく。

 広々とした店内は、黒と白を基調とした落ち着いた造りだ。魔具を利用した照明はオレンジ色の硝子を透過し、店全体をオレンジの光で照らし出している。感動したのは、間接照明が採用されていること。部屋の中を立体的に見せ、反射した柔らかな光が落ち着いた雰囲気を作り出している。一言で言ってしまえばお洒落だ。

「酒場ってお洒落な造りをしてるだね。もっと雑多な空間を思い浮かべてたよ」

「いや、ここがお洒落なだけで、大衆的な酒場ってのはもっと騒がしいところだよ。落ち着いて話しをしようってんで此処を選んだんだと思う」

「へえ、用途によって店まで変えるんだね」

 未成年の俺にはまだまだ縁遠い話かな。

「持ちかけたい提案があるとか、取り付けたい商談とかがある時には、積極的に良い店を選ぶといい。良い気分の時は、良い返事が貰えることが多いからな。美味い食事とか良い酒があると幸福感に包まれるだろ?それが話された内容と結びついて、それが良いものだと思っちまうんだよ」

 話しをする前から、良い返事が貰える環境を整えるってことか。

「それって経験談なの?」

「いーや、贔屓にしてる店主からの受け売りだ。商人は人の心の機微に敏感だから信用できる教えだと思ってる」

 こういった話は有り難い。生きていく上で使えるテクニックだろう。

「大変勉強になります、リア先生」

 リアに向かって敬礼をする。

「リア先生って何だよ」

 先生と呼ばれたのが可笑しかったのか、目を細め微笑んでいる。

「人生で役立つ知識を与えてくれる存在だから先生でしょ?」

「そんなこと言い出したら、周りにいる人皆が先生になるだろ」

「そうだけどさ」

 学ぶことがあるのは、目上の人とは限らない。年下だろうが、子供だろうが、自分の生き方に影響を与える存在なんて、いくらでもいる。その都度先生なんて呼んでいたらキリがないか。

 言葉が途切れると、タイミングでも計ったかのように、頼んだドリンクが運ばれてきた。

「苺のモクテルでございます」

 リアの目の前にそっと差し出される。その所作は優雅で、見ているだけで美しい。

 こちらへ移動し、

「柚子のモクテルでございます」

 いざ自分に提供されると、貴族にでもなったのでは?と思わせてくれる。確かにこれは気分が良い。リアが店は選べと言う意味がよく分かる。

 一礼をすると、テーブルから離れていく。

 品性というのは努力の賜物だ。繰り返し優雅に映るように振る舞い、言葉遣いを口に馴染ませる。意識的にやらなければ中々身に付くものではない。

「ああいう姿を見ると、私も言葉遣いを直した方がいいかも?とは思うんだけど、なかなか矯正できねーもんなんだよ」

 自分の言葉遣いを気にしてたんだ。あまり執着していなさそうな素振りしかなかったけど、美しさには拘るらしい。

「なら、今がチャンスじゃない?」

 首を傾げ、「なんで?」と聞いてくる。

「帝都に帰るのに暫くかかりそうでしょ?その間に直しちゃえば、聖なる焔の人達をびっくりさせられるじゃない」

 悪戯な笑みをリアに送ると、こちらの意図を理解したのか、リアが二ッと悪い笑みを浮かべる。

「カナンとかプロフとか、面白い反応しそうだな」

「ガストンさんとユリカさんは、サラッと流しそうですけどね」

 聖なる焔の面々の反応を想像し、二人してケラケラと笑い合う。

「この後ラグラルスさんが来るから、言葉遣いを崩さずに乗り切れるかやってみたら?」

「まずは馴らしからだ……、馴らしからですね」

 言葉遣いだけでなく、急に(たお)やかな仕草を取り始めるものだから「ぷっ」と噴き出してしまう。

 途端に怒りの形相に変わり「おい!私が上品に振舞ったらおかしいか?おかしいって言うのか!?」胸倉を掴まれ怒鳴られる。

 店員とお客の目が一斉にこちらに向き、慌てて「そんなことないって。急に手のひらを反すからだよ」必死に場を収めることに全力を尽くす。

 胸倉を掴む手の力が抜けていき、リアの手から解放された。

 乱れた服を直しながらリアの様子を窺うも、眉間に皺を寄せ明らかに不機嫌そうな表情だ。悪ノリが過ぎた。

「いつもの頼りになるリアも好きだけど、淑やかなリアも素敵だと思うよ」

 取って付けたような言葉だが、これは俺の本心だ。

「どうだかねー」

 完全にそっぽを向かれてしまった。

 今の今で気持ちを伝えたところで響かないとは思う。でも、言葉にしないと伝わらないこともある。

「リアは見た目も綺麗だし、言葉遣いも綺麗になったら振り向かない男はいないって」

 リアの様子に変化はない。

「ほら、こっち向いて。乾杯しよ」

「ったく」短くそう呟くと、ようやく顔をこちらに向けてくれた。その表情は怒りというよりも、拗ねたような表情だった。

 グラスを手に取ると、リアがグラスに手をかけるのを待つ。

「ほら、グラス持ってよ」

 リアの手が渋々グラスを持つも、こちらに近づける様子はない。

 完全に拗ねちゃってるな。仕方ない…。

 自分のグラスをリアのグラスに近づけ「乾杯」とグラス同士をぶつけた。カチャン、と音を立て、口元へグラスを近づけていく。グラスの向こう側が透けるほど淡く透き通った綺麗な黄色。炭酸水で割っているのか気泡が踊り、パチパチと弾けている。スライスされた柚子がグラスに刺さり、爽やかな見た目だ。グッと一口含むと、柚子の香りが駆け巡る。粒状の果肉が炭酸の中で泳ぎ、その存在を主張してくる。噛み潰すとプチっとした食感と柚子の香りが強くなる。香りが強い分、味を抑えあっさりとしていて心地良い。

「美味しい」

 リアから発せられたその言葉は救いだった。少なくとも、不機嫌なさきほどまでの感情が多少は払拭されたであろうし、何よりも。

「美味しいね。王都はいいなー、こういう店があって。アルフや帝都で似たような物が飲める店はないの?」

 話題を変えるきっかけになってくれた。

「似たような飲み物はあるけど、お店の造りが全然違うのよ」

 俺が言った言葉を多少は信じてくれたのか、何となく言葉遣いが丸い感じがする。

「それじゃ、帰ったら連れてってよ。奢るからさ」

 リアの顔がこちらへと向く。

「連れてくのは良いけど、奢るとかそんなのはいいよ。学生は金銭面大変でしょ?自分の為にお金を使ってほしい」

 確かに金銭事情は芳しくない。普段は給金の良い夕方から夜にかけて飲食店でのバイトを入れたり、深夜帯の単発バイトをこなして生計を立てるほどだ。必然的に時間対効果が良いものを選ばざるを得ない。それでも男としてのプライドは持ち合わせているつもりだ。格好良く奢らせてほしい。

 そう言えば……、バイト先に帝都に向かうって連絡を入れてなかった……。マズったな。

「うん。だから自分の為に使うつもり」

 リアに微笑むと「俺がリアに奢りたいから奢るんだよ」と無理矢理に理由付けをした。

「まぁ、カミルがそうしたいならいいけど」

 リアの顔がそっぽを向く。良く見れば頰が僅かに釣り上がっている。わかりやすい照れ隠しだ。

「約束ですよ?」

「ああ、約束だ」

 帝国に帰ってからの楽しみが増え、帰還の為の資金づくりを頑張ろうと奮起するのであった。



 18時まであと5分。そこまで時間が迫った時、出入口の扉が開かれた。男女二人が入店してきたようだ。胆礬(たんば)色のツンツン髪の男性は、店内を見渡すとこちらへ視線を送ってきた。浅葱(あさぎ)色の姫カットの女性に何かを一言二言話すと、二人がこちらへ歩いてくる。

「君がカミル・クレストかい?」

 男性の顔を見上げる。彫りの深い顔立ちで、やけに頰がこけている。疲れたような印象とは裏腹に、灰色の瞳は力強い。

 椅子から立ち上がる。

「はい。私がカミル・クレストです。ラグラルス・ゲーゲンさん、でよろしいですか?」

「ああ。俺がラグラルス・ゲーゲンだ」

「どうぞ、お掛けください」

 二人の着席を促した。

 手早くドリンクを頼むと、お互い連れが気になり、ひとまず紹介という流れになった。

「ちょっとしたトラブルに巻き込まれて、一緒に旅をしておりますリアスターナ・フィブロです。よろしく」

 初対面の人ともなると、さすがにしっかりとした挨拶をしている。

「私はフィリカ・エルザクス。言付けを預けたっていうナイザー・エルザクスの血縁者よ」

 浅葱(あさぎ)色の髪を姫カットにし、毛先を内側に巻いている。肌が白い、というよりも青白い。とても健康体とは思えない色をしている。キトンを想起させる白いドレスを着ているせいで、余計に不健康な姿に見える。

「ナイザーの血縁者ですか…」

 今から伝えなければならない内容に、気が重くなり胃が痛み始めている。

「そんな顔をしていると言うことは…、ナイザーに何かあったのか?」

 険しくなるラグラルスの表情。鋭い視線がやけに心を締め付ける。

 でもこれは、しっかりと二人の顔を見据えて話すべきだ。

「単刀直入に言わせていただきますが、ナイザーは怨竜(えんりゅう)との戦いで命を落としました」

 ナイザーの死を告げたにも関わらず、二人の表情に変化がない。

「言付けって言葉を耳にしてから、覚悟はしていたわ。そっか…、ナイザー……死んじゃったんだね」

 やけにあっさりとした態度に面食らった。

 ラグラルスさんも覚悟していたのか大きな動揺はない。フィリカさんとは違い、その瞳には悲しみが宿っている。悔しさを隠しきれていない。テーブルの上で握られた拳が震え、詰めが食い込んだのか、指の隙間に血が滲んでいる。

 沈みがちな雰囲気を切り裂くように「お待たせしました」と店員が二人分のドリンクを持ってきた。ラグラルスさんの前には琥珀色のドリンクが、フィリカさんの前には赤紫色のドリンクが置かれる。

 一礼して去っていく店員を見送ると、ラグラルスさんが口を開いた。

「ナイザーの最期……聞かせてくれねえか」

 頷くと、アマツ平原での出来事を事細かく二人へと説明を始めた。


「そう、ナイザーは竜人化を連続で使ったのね」

 相変わらずフィリカさんの顔には陰りはない。ナイザーとの関係性が良くなかったのかも知れないが、人ひとりが亡くなったというのに無感情すぎる気がする。

「すみません、俺を庇ったばかりに…」

「ナイザーが死んだのは、カミルのせいじゃねーよ。竜人化を連続で使ったのが原因だろうよ」

「そう、なんですか?確かに本人もそのようなこと言ってましたが」

「ナイザーから聞いた話では、一度の変身で身体に極度の負担がかかるらしい。変身中は竜の力を存分に行使できるみたいだが、解除した時の反動が酷いって話だ。そんなもんを連続で使えば、肉体が破壊されてもおかしくはない」

「最初にナイザーと出会った時、身体を動かすことすら困難そうでしたからね…。落馬による怪我が原因かと思ってましたけど、あれは竜人化の反動だったのね」

 まだ耳馴染まないリアの言葉遣いにこそばゆさを感じる。

 テーブルの上で手を組むと、意を決したようにラグラルスさんが口を開いた。

「それで、ナイザーからの言付けってのは何だ?」

 居住まいを正すとラグラルスさんの目を見据える。

「『アリアミーナレスを君に委ねる』。そう伝えてくれと言われました」

 ラグラルスさんとフィリカさんが顔を見合わせる。

「だとさ」ラグラルスさんがフィリカさんに呟く。

「最期まで勝手なヤツだな」

 預かった言付けがどういった意味合いだったのかわからないが、どうやら二人にはしっかりと通じたらしい。心なしか、二人の間に流れる空気感が良くなった気がする。

 そうだ!ナイザーと血縁関係にあるフィリカさんなら、あの力の謎を解き明かせるかも知れない。

「フィリカさん。一つお聞きしたいことがあるのですが…」

 表情が柔らかくなったフィリカさんがこちらへと顔を向けた。

「何だい?」

「ナイザーの右目から放たれた光が、俺の左目へと移ったのですが、あれが何だったのか知りたくて…。何かご存じありませんか?」

「ほう…」フィリカさんが目を細め、興味深そうにこちらを覗き込む。

 ラグラルスさんは何のことかわからず、訝しげに首を傾げてた。

「その光を受けてから何か変わった出来事は起きなかった?」

 ゆっくりと頷く。

「今朝、とある事が起きました」

「聞かせてくれる?」

 俺は、今朝起きた『時を巻き戻す力』について話した。出来るだけ詳細に、記憶している限りすべてを。


「そんなことが起きてたの?私は一言もそんなこと聞いてないんですけど?」

 笑顔を浮かべたリアの顔が迫ってくる。目だけ笑っていないのがホラーだ…。

「目眩に似た感じだったから、半信半疑だったんだよ」

 負けずとこちらも笑顔で対抗する。

「そう」人前ということもあり、今回のリアはあっさりと引いてくれた。

「その現象については詳しくはわからないわ。でも、それが起きた原因になら心当たりがある」

「本当ですか!?」

 力の謎を解き明かせるかもという高揚感に、思わずフィリカさんの方へと身を乗り出す。

「はい、落ち着け」

 冷静なリアにベルトを掴まれ、後ろへと引っ張られる。浮いた腰が椅子に収まり、ガタンと椅子を鳴らした。

「すみません…。それで、原因ってのは何なんですか?」

「カミル、貴方が受け取ったのは言ってしまえば力の種よ」

「力の種?」思わぬ言葉に首を傾げる。

「そう。私達の一族には特別な力があるのよ。そんなもの、望んでいないんだけどね。私からしたら呪いみたいなものだし」

 フィリカさんは肩をすくめた。


 天技なぞ、ただの呪いだ


 いつか見た夢で聞いた一言を彷彿させる。

「力の発現は人それぞれ。カミルの場合は『時を巻き戻す力』として現れたんだと思う」

 それのどこが呪いというのだろうか?

「この力の発現にはある法則があって、忌むべき記憶、後悔した体験に結びついたものが力と成って現れるの。その力は心を映し出す。だから、一族の中では『心技』と呼ばれています」

 後悔した事が力と成って現れる…?その結果が時を巻き戻す力…?心当たりがない。

「私の一族は、竜の血を受け入れたことで心技が発現するようになったと言われているんだけど、ナイザーもその力を忌み嫌っていたわ。力を得た代わりに一族は危険視されて迫害されてしまったからね」

 人よりも優れた力は称賛を浴びると共に、妬みの対象にもなってしまう。力を巡って何かがあったのだろう。

 フィリカさんの手がグラスへと伸びる。カランと氷を鳴らし、赤紫色のドリンクで喉を潤している。

「ナイザーは竜を嫌い、力を恨んだ結果『竜人化』という形で力が発現したの。嫌った相手の姿や力を宿してしまうなんて皮肉なものよね…」

「フィリカさんも、望まない力を手にしたと…?」

 フィリカさんは自嘲気味に笑う。

「私の一族ってもう私しかいないのよ。力があるから最前線に送られることが多くて、亡くなって遺体で帰って来る人も多かったの。遺体を見るのが辛くてね…、もう人が亡くなるのは見たくないと思うのは必然だった。それが災いしてとある力に目覚めてしまったの…」

 フィリカさんの双眸が、すぅっとこちらを見つめてきた。

「私の力は、人が亡くなる瞬間の姿が見れるの。どう亡くなってしまうのか映像として見えてしまうの。限定的な『未来視』みたいなものね」

 そりゃ、呪いと言うわけだ。人の死に様を好んで見たいと思う人は基本的にいないと思いたい。

「力を使って未来を見れば、その人の死因は変えらたり、延命できるかもしれないよ?でも、その人が亡くなる姿を見せられるのは勘弁だわ」

 人の死に目を見続けてしまうと、精神を擦り減らして病んでしまうかも知れない。たとえ未来を変えられる可能性があっても、実行したくはないだろう。

「話しが大きく逸れちゃったわね。時を巻き戻す力の原因は、心技の発現ということよ」

 力の謎はわかったけど、力が齎す恩恵と弊害を考えるとスッキリとした気分にはなれない。竜を嫌っていたナイザーは、俺達の命を繋げる為にその力を使って命を散らせた。俺がこの力を使い続けたら、どんな結末が待っているのだろうか…。

「話し辛い内容だったのに…、ありがとうございます」

 深く頭を下げる。

「ナイザーの言葉を持ち帰ってくれた礼だと思ってくれればいいさ」

 フィリカさんの表情は穏やかだ。

「こちらもナイザーの言葉を届けられて良かったです。せめてもの恩返しができて…」

「気に病むことはない。アイツが選んだことだ、尊重してやってくれ」

 穏やかに微笑むラグラルスさんが、琥珀色のドリンクを一気に煽る。飲み終えると、同じドリンクを追加で注文していた。

「さぁて、今日は飲むぞ!」

 ラグラルスさんは陽気に笑っているように見えるが、表情の端々に悲しみや寂しさを隠しきれていない。

「あんたは何時だって飲んでるじゃない」

 いつもの事なのか、フィリカさんが呆れ気味にツッコみ、赤紫色のドリンクを口に運んだ。

「今日はナイザーの分まで飲んでやらないいけないからな…」

「そういうことにしておくわ」

 この二人の関係性、雰囲気から何となく察することができる。

「俺達はお先に失礼しますね」と退店する準備を始める。

「ちょっと待ってて」とリアが立ち上がり、キョロキョロと店内を見渡している。

「どうしたの?どこに行こうと…「「カミル」」

 言い切る前にラグラルスさんとフィリカさんに言葉を塞がれた。何故か圧を感じる笑顔を浮かべている。

 その間にリアは歩き出していた。

「カミル、そこは察しろよ」

「そうよ、行く場所なんて一つしかないじゃない。聞くなんて野暮よ」

 そこまで言われてようやく気付いた。リアが向かったのは化粧室だ。

「まだまだ女性との接し方は勉強中なんです」

「ははは」と笑って誤魔化した。

「でも、何でナイザーは俺に力を託したんですかね?忌み嫌っていた力なのに」

 そこだけが腑に落ちなかった。呪いにも似た力を人に渡すとは考えにくいが。

「カミルが頼りなく見えたんじゃない?ナイザーは力の無さを悔いたことがあるから、似た匂いを感じ取ったのかもね」

「ははは、笑えないッス」

 傍から見て俺はそんな風に見えるのか。

「力が欲しいなら私からも力を贈ろうか?」

 唐突にとんでもない提案が…。

「さすがにそれは…」

「はははは、呪いって言われた力なんて貰いたくないわよね。でも、その気があるなら、また会いにいらっしゃい。私は広場の近くに住んでるから」

 あれ?力が人に与えられるなら、何故エルザクスの一族が迫害されたのだろう?力を与えられる一族なら重宝されるだろうに。

「力を与えるって行為に、代償とかないんですか?」

 フィリカさんの眉がピクっと動いた。「ほう、そこに気づくのか」と膝を打つ。

「代償はもちろんある。が、与える側からしたら恩恵でしかない」

「それは一体……」

「単純な話だよ。力を与えた側の力が失われる。ただそれだけさ」

 つまりは、力を扱える人数は変わらない。

 力を持て余すようなら、誰かに明け渡した方が有効活用してもらえるかも知れない。

「俺も、誰かに力を与えれば解放されるということか…」

「それは違うよ」

 即座に否定され「え?」と声が漏れた。

「力を他者に譲渡できるのは、エルザクスの一族だけだから。呪いって言っただろう?力を押し付ける罪悪感。力を与えられた苦悩。それと向き合って生きるしかないんだよ」

 そんな力を俺は手にしてしまったんだ…。優れた力が欲しい、特別な存在で在りたい。そう願っていたが、力を持つ苦悩という点は考えたことがなかったな。

 隣の芝生は青い。

 そんな言葉が日本にはあったっけ。

「どうしたの?この空気」

 いつの間にか戻ってきたリアが傍らで立っていた。

「何でもないよ」と誤魔化し「それじゃ行こうか」と退店を促した。

 支払いをしようとすると、「俺達からの奢りだ」と店外まで追いやられてしまった。人に貸しを作ることはしたくないけど、今回は二人の好意に甘えさせてもらおう。何せこちらは金欠なのだから……。


 もうすっかり日が暮れ、夜の街の姿が視界いっぱいに広がっている。照明に照らされた街並みはキラキラと輝いて見えた。電気というエネルギーを未だ持たないこの世界では、魔力を用いた魔具で光を生み出している。大通りは明るいけど、一本奥の道に踏み入れると夜歩くには怖いとこもありそうだ。王都の治安がどうこうというより、単純に暗すぎて足を踏み入れるのを躊躇してしまう。

「明日もまだまだ予定は詰まってる。今日は早く休むもう」

「適性試験にエルフの真実。落ち着くまでもう少しかかりそうだね」

 中央広場を抜けると明るさが一回り暗くなった。その分、夜空に輝く星空が少し顔を覗かせている。

「ぶっ倒れないようにしっかり休んどきなよ?」

 他愛もない言葉を投げ合い、宿への帰路についた。

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