表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/93

ep.32 信じ挑み続けることが原動力となる

 いつの頃からだろうか?人よりも優れた存在になりたいと思ったのは。思い返してみると、きっと始まりはアズ村で、当時10才だったクヴァが剣術で大人を打ち負かした時。今でこそ、帝国騎士団の闘技大会の新人の部で優勝した実力者として、ある程度知名度を持ったけど、昔から剣の腕は凄かった。剣の才があったのはもちろんだけど、驕ること無く努力し続ける才能?とはちょっと違うかな。好奇心旺盛で、様々な角度から物事を見て、実際に動いているようだった。所謂、トライアンドエラーを繰り返す癖を子供の頃から持っていたのだろう。その甲斐あってか、同年代の子供から頭一つ抜けた剣術を身に着け、ついには大人をも打ち負かしてしまう実力を身に着けたのだ。

 俺はいつもその姿を追いかけていた。小さな英雄。それが幼少だった俺のクヴァに対するイメージだった。当時の俺は5才。5才からすれば10才のクヴァは、子供とは言えかなり大きなお兄さんだ。子供時代の1才の差は大きいもの。それが5つも離れれば、自分には出来ないことを何でもこなすすごい人に映ったとしても不思議ではない。

 自分も人に認められるような存在でありたい。特別だと思いたい。そう思わせたのは、クヴァという存在がいたからだろう。

 クヴァは無事だろうか?帝城での爆発に巻き込まれていないだろうか?

 帝都まで帰れるのは早くて数カ月後だろう。距離もあるが、王国での旅費が全くない。まずは稼がないと…。早く帰れるように努力しよう。



「カミル、いつまで寝てんだ。早く起きろ」

 朝になっても起きてこない。確かに王都にたどり着くまでは大変だったし、帝都では怪我まで負っていた。それを考慮したとしても、朝という時間が終わりかけているのに、カミルは姿を現さない。部屋の前まで来て呼びかけるも、中からの反応がなくお手上げ状態だ。

 起きてこないカミルを(ほう)っておいて、先にやるべきことをやっておこう。


 一人で街に繰り出すと、素材の買い取りをしてくれそうな店を探す。何をするにもまずは現金が必要だ。それを昨日集めた怨竜(えんりゅう)の鱗で賄えないかと考えたのだ。

 とある店の前に立ち止まると、中へ入っていく。


 カミルには悪いが、怨竜(えんりゅう)の鱗のほとんどをを換金してきた。自分達用に一枚ずつは手元に残しておいたが、他はすべて現金化した。竜の鱗という、私も扱ったことのない素材がどれだけの値が付くかは不安の種だったけど、王都では珍しい品ではあるものの、まったく出回っていないものではないらしく、それなりの値で買い取ってもらえた。これで、当面の生活は保証されたようなもの。

 生活資金を捻出する為に換金してきたのもあるが、私にはそれ以上の使命がある。着替えを用意することだ。これは生活をしていく中では避けては通れないだろう。一日身に着けた衣服は、汗を吸い臭いがきつくなる。衛生的な面でも不安が出てきてしまう。宿が取れ、食事もすることができる。なら次は服を調達しなければならない。

 リアの足が軽やかに弾む。

 新しい服を買いに行くとなると、毎度ながら心が躍るようだ。王都ともなると、帝国とは違った服があるかも知れない。そう思うと心も身体も軽くなる。

 でも、その前に……。


 リアは今、色とりどりの下着に囲まれていた。デザインも様々あり、一通り見るだけでもかなりの時間を要してしまう。

 服を買う前に下着を買って置かないと、お金が足りなくなる可能性がある。妥協してダサい下着を身に着けようものなら、気分が落ち込んだ毎日を過ごさなくてはならなくなる。それは避けたい。デリケートな部分を覆うからなるべくなら質も求めたい。そういった物は必然的に値が張って来る。今の金銭事情に合ったものを探さなくては。

 店内をぐるぐると見ていると、扇情的なデザインの物と出会ってしまった。展示されている下着は一見かわいいデザインで、女性をより魅力的に見せてくれる。だが、明らかに他と違うのは……、意図的に大事な部分が見えるようにデザインされている。

 こんなもの……誰が買うんだ!?下着としての役割を果たせそうにないだろ……。

 自分が身に着けている姿を想像し…、羞恥で顔が一気に赤く染まっていく。

「こちらは下着を着けたまま行為ができるものですよ。いつもとは違った姿に、男性も喜んでいただけるかと」

 振り返ると満面の笑みを浮かべる店員がいた。おかしな姿を想像していて、近づいてきたのに気づけなかったらしい。

「マンネリ防止にも繋がりますので、一組お持ちになられてみてはいかがでしょうか?」

 とんでもないものをサラッと押して来るものだ…。そもそも、私はまだそんなことをしたことがない…。

「わ、私には、刺激的、過ぎるかな~?」

 店員の目が見れず、視線が泳ぐ。

「そんなことはございません。お客様はスタイルがよろしいので、よくお似合いになると存じます」

 押しに弱そうに見えたのか、グイグイと押してくる。

「いえいえ、店員さんのスタイルには敵いませんもの。その下着はまたの機会にでも…。もう少し落ち着いたデザインのものでも見てきますね」

 そそくさと店員の前から逃げ出した。何故か私の方も(へりぐだ)った態度で接してしまった。実際に店員のスタイルはとても良い。起伏がしっかりとあり、女性らしい美しい曲線を描いている。

 胸を大きくする運動、もっと頑張るべきかな…。


 店員の下を離れ、散々悩んだ結果、二組購入した。どちらもレースで女性の色気を強調するもので、チラリズムを強く意識デザインのものだ。それでも大事な部分はしっかりと保護してくれる。本当ならシルクの肌触りの物が欲しかったが、金銭的にコットン生地のもので妥協するしかなかった。色は白と淡い黄色で、清楚で柔らかな印象の物を選んだ。鏡に映る自分の姿を眺め、自分の気持ちを上げてくれる色、それがこの二色。

 下着を購入するだけなのに、かなりの時間を使ってしまった。カナンとユリカと一緒に買い物をすると、二人から「遅い」と文句を良く言われていたな。服の購入はなるべく早く済ませよう。

 そう誓ったのにも関わらず、宿に帰ったのはお昼を遥かに回ってからだった…。



 リアが宿に帰ってきたのは、お昼を過ぎ、少しずつ西の空へと傾き始めた頃だった。食堂まで向かおうと廊下へ出ると、帰ってきたリアと鉢合わせし、問答する為に部屋へと連れ込んだのだ。両手には何を買ったのやら、紙袋を携えていた。持ち合わせが少なかったはずなのに、どこから工面したのだろう。

 リアはばつの悪そうな顔を浮かべている。

「遅い」

「ごめん」

「もうお昼を回ってからだいぶ経ってますけど?」

「つい、服を選ぶのに夢中になっちゃって…」

「冒険者登録もしないといけないのに」

「それはカミルが起きなかったから遅れたんだろ?」

 一通り言い合うと、沈黙が場を支配する。

 ふぅーと息を吐き出し身体を脱力させた。

「過ぎたことだから、これ以上は何も言わないけど…。これだけは教えて。それ買ったお金はどこから出てきたの?」

 視線を紙袋へと注ぐ。

 少し言いづらそうな表情を浮かべている。

「……昨日、怨竜(えんりゅう)の鱗を集めただろ?それを売って現金に換えた。勝手な行動をして、悪かったよ」

 素直に謝られては、もう何も言うことはない。

「とりあえず、冒険者登録に行こう。日が暮れたら元も子もないし」

 過ぎた時間は帰ってこない。今やるべきことを優先するべきだ。

「荷物置いてくる。食堂で待ってて」

 リアが自分の部屋へと帰っていく。

 いつでも出かけられるようにしていた為、特に準備することもなく部屋を出た。食堂での一件で少し近寄り難い。でも、外に出るにはどうしても通らざるを得ない。ゆっくりと廊下を進み、階段を降る。食堂の人の入りは疎らで、窓から射す光が空いているテーブルを照らし出している。適当なテーブルへと向かうと椅子を引き腰を下ろした。

 数時間前に、ここで時を巻き戻す力が発現した。部屋に戻ってから、本当に時を巻き戻すことができるのか試みたが、発動条件がわからず再現性は取れていない。女性に思いっきりビンタされたことで集中力が足りていなかったかもしれないが。何にせよ、急ぐ必要性はない。発動した状況をもう一度思い起こしていけばいい。

「お待たせ」

 荷物を置いてくるだけのリアはすぐに現れた。

「それじゃ、冒険者組合(ギルド)に行こうか」


 冒険者組合(ギルド)は宿から北西の位置にあった。「買い物だけをしていたわけではない。冒険者組合(ギルド)の場所も調べといた」とリアが案内してくれた。

 人生二度目の冒険者組合(ギルド)の扉を開いた。

 ギルドの建物は豪華な造り。帝都に比べて品格の差というものを感じてしまう。建物自体は歴史を感じる古風な雰囲気を感じるのに、現代の建物の中にあって違和感がない。無駄に物を置かずに、建物の造りと空間の使い方で、落ち着きとゆったりとした時間の流れを感じさせているようだ。

 帝都のギルドとは違い、酒場のような施設は無く、パーティーの登録や依頼の処理を行うだけの場のようだ。依頼状況の確認をしているのか、左手にある掲示板に四人のパーティーらしき人達がいる。

「さっさと登録を済ませよう」

 リアの先導で受付へと歩いていく。

 そこで俺達は、信じられないものを見た。

「エルフ…?」

 咄嗟にリアの顔に視線を送る。

「………」

 リアの目は見開かれ、動きを完全に止めている。

「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょう?」

 にこやかに接客をするエルフの女性。見た目は20代だが、長命のエルフの実年齢を測るのは難しい。姫カットを毛先を内側に巻いた()()に、()()()を併せ持つ、エジカロス大森林で出会ったサティと同じ特徴を持ったエルフが受付役をしている。

 固まったままの俺達を訝し気に眺め、「あの~」と呼びかけられる。

 動かないリアに代わり「冒険者登録とパーティーの登録をお願いします」と要件を伝えた。

「かしこまりました。では、こちらの用紙にご記入をお願いいたします」

 受付の机に三枚の紙が並べられた。二名分の冒険者登録とパーティー申請の用紙だ。

 リアに再び視線を送るも、未だに動く気配が感じられない。

 仕方ない。差し出がましいかもしれないが、受付のお姉さんに聞いてみるか。

「お姉さんってエルフ族ですよね?」

 こちらの質問の意図がわからないのか、困惑した顔を浮かべている。

「姿を見ていただければわかるかと存じますが、私はエルフ族でございます」

 受付のお姉さんの口から「エルフ族」と言う言葉が飛び出すと、

「そんなわけがない!エルフ族は私のような姿をしているはずだ!何故そんな嘘を吐く!」

 リアの感情が爆発した。

 リアの方へと振り返ると「リア、声を抑えて。周りに迷惑がかかるよ」と諭す。

「でもッ!」

 納得がいかないのか、声の大きさが変わっていない。「リア」再び呼びかける。

 リアは押し黙り、目を伏せた。

 これは申請する前に、エルフの姿についての疑問を解決しないといけないようだ。

 受付のお姉さんに顔を戻すと、疑問を口にする。

「すみません、こちらのリアもエルフ族なのですが、二人の見た目の違いが何なのかわかりませんか?」

 きょとんとした表情のお姉さんは、リアへと視線を送ると、左手首にある紋様のところで目を止めた。視線がリアの目へと移る。

「左手首にある紋様。貴女…、どうして精霊の刻印が解除されていないの…?」

「精霊の…刻印?」

 耳馴染みがないのか、リアが言葉を繰り返す。

「私が生まれる前の出来事ですから詳しくは存じませんが」と前置きをし「もう1000年以上前に精霊の時代が終わりました。その折りに、エルフ族、ドワーフ族にかけられた呪いが解除されたと伝え聞いています」

 呪いが解除された…。つまり、本来のエルフの姿はサティや受付のお姉さんのような、金髪に長い耳を持つ姿、ということになる。それじゃあ、今のリアの姿は…。

「待ってくれ、精霊の時代が終わった?1000年以上前に?」

 そうだ。確かにそんなようなことを言っていた。エルフに関する内容ばかりに気を取られすぎて、大事な情報を聞き流すところだった。

「はい。歴史書にそう記されておりますから」

「………」

 腑に落ちないのか、リアの表情は険しい。

「王都には私よりも事情に詳しい者がおります。お会いになられますか?気難しい方ですが、同胞が悩んでいるのを放っておくことのない優しい方ですよ」

 エルフという種族の問題に、俺がどうこう言えるような立場ではない。リア自身が考え、決めることだ。

 彼女の言葉が本当ならば、今のリアの姿――銀髪に丸い耳、腕の紋様を持つエルフは歪な存在だ。サティは知っていたのかもしれない。本来の姿を失ってしまった銀髪のエルフの境遇を。

 暫く悩んでいたリアは、意を決したように口を開いた。

「ぜひ、会わせてほしい。私は知らなくてはならないと思う。エルフという種族の本当の姿を、何故そうなってしまったのかを」

 受付のお姉さんは頷いた。

「かしこまりました。書状と地図を後でお渡しいたします」

「その前に」机の上に並べられた用紙を手で差し示すと「冒険者登録とパーティー申請の手続きをさせていただきますね」にこやかに業務へと戻っていく。

 リアの表情が緩み「肝心なことを忘れるところだった」と穏やかな笑みを浮かべた。


 滞りなく書類の処理が終わると、次の説明へと移る。

「書類の申請は終わりましたが、まだ仮登録の状態です。これから適性試験の為に、いくつか仕事をこなしていただきます」

 書類を出して終わり、というものではないらしい。

「簡単な依頼ですので、そう畏まらずに。一つ目は王都の地下水道の掃除。二つ目は回復薬に使われる薬草の採集。三つ目は山林を根城にしているドムゴブリンの討伐。これら三つの依頼を一週間以内にこなしていただきます。地下水道への入場のみ申請が必要になりますので、お手数ですが事前にギルドまでお越しください」

 内容を聞く限りでは、そこまで苦労しそうな内容では無さそうだ。汚れ仕事をこなせるか、目標の物を探し当てれるか、最低限の戦闘能力を持っているのか、そんなところだろう。

「地下水道の入場申請は今行っても大丈夫なのか?」

 どうやらリアは、この場で申請を行うらしい。

「はい。ですが、本日分の受付は既に終了しておりますので、翌日以降になりますがよろしいでしょうか?」

「もちろん。明日の夕刻に終われるように時間調整をお願いしたい」

「それでは、3時間ほどの労働になりますので、お昼過ぎの13時からになりますがよろしいでしょうか?」

「ああ、それでよろしく頼む」

「かしこまりました。では、明日の13時、中央広場までお越しください。係の者を待機させておきます」

 リアの慣れ方からすると、帝国のギルドも同じような登録方法なのかも知れない。

「これで登録の申請は終了となります。では、紹介状と地図の準備をして参りますので、空いている席でお掛けになってお待ち下さい」

 受付のお姉さんは一礼をすると、奥の部屋へと入っていく。

 俺達は適当な席へと移動し、腰を下ろした。

 リアは机の上で手を組むと、まっすぐにこちらを見つめてきた。

「なんか、すまねぇな。エルフのことはカミルには関係ない話なのに」

「俺も気になることだから気にしないで。それより、リアは大丈夫そう?衝撃的なこと言われたわけだし…」

 今まで信じてきた自分の姿、エルフの常識が揺らいだはずだ。心穏やかなではいられないだろう。

「大丈夫…、とは言い切れないけど。これは避けては通れない道だからな」

 リアの目が伏せられ、どこか物寂しげな雰囲気を漂わせている。普段の勝ち気な雰囲気からはほど遠く、保護欲を刺激されてしまう。

 何とかリアの役に立ちたい。

「一緒に確かめよう。エルフの真実ってやつを」

 リアの視線が再びこちらに向くと「ありがとう」短い感謝の言葉が聞こえてきた。

「にしても、あのサティって女の言ってたことが本当かもしれないってのが一番ショックだわ」

 サティの顔を思い出したのか、忌々しげに顔を歪ませ始めた。

「悔しいが、あいつが自称エルフって呼んでいた理由も、それなら納得できるしな」

「でも、エルフには変わりはないんだし、サティも口が悪いよ」

 ふと、リアの瞳が真剣な眼差しに変わる。

「カミル…、今の私と、金髪長耳の姿の私。どちらが良いと思う……?」

 真剣にこちらを見据えるその双眸には、不安や恐れが見え隠れしている。自分の身体に起こるかもしれない変化や、姿が変わることで起こる、周りの反応に不安を感じているのかもしれない。だから俺は、ゆっくりと落ち着いた声を意識しながら自分の気持ちを素直に伝える。少しでも不安が消えるように。

「良いも悪いもないよ。姿が変わってもリアはリアでしょ?どんな姿になっても、俺は受け入れるよ。まさか、姿が変わったら中身まで変わると思ってるの?」

 きょとんとした表情を浮かべるリア。次第に口元が緩み始め、頬が上がっていく。目を細め、最後には笑い出した。

「あはははは!そうだな、お前はそう言うヤツだよな!」

 リアは前髪をかき上げた後、右手で肘をつき、顔を乗せた。かき上げられた髪がさらりと流れ、元の位置まで戻っていく。

「まっすぐ過ぎてこっちが恥ずかしくなるよ」

 その言葉通り、頰が僅かに朱に染まっている。

 今更ながら自分が口にした言葉が気恥ずかしくなってきた。自分の想いをまっすぐ伝える。そんなこと、生きてきて初めてだった。本心を人に伝えることは怖い。だから、いつもは心の中にそっと留めておく。もし、伝えて拒絶され否定されたなら、心に傷を負ってしまう。そんな目に遭うのは嫌だ。

 でも、今は違う。あの不安そうな表情を見たら、まっすぐに向き合わないといけない。そうしなければ、リアが離れて行ってしまう、そんな気がするから。

「ほら、俺って純粋な男だし?」

 気恥ずかしさのあまり、おどけてしまう。

「そうか?どちらかと言えば、本心を隠してビクビクしてるタイプに見えるけどな。なのにスケベ心は隠しきれてないし」

 見透かされていらっしゃる。

「スケベなのは男としては当然だと思うけど?」

 そう、男とは大体がスケベだ。表面上は取り繕っていても、心の底では欲望が渦巻いているものである。極稀に、性欲のまったくない人もいるみたいだけど、少なくとも俺はそんな人間に出会ったことがない。

「はは、開き直ってやがる。ま、変に否定されるよりかは清々しいか」

 いつものリアに戻ったようだ。

「でも、金髪姿のリアの姿、本当に見てみたいと思うよ」

 嬉しそうに目を細めると「そうか」と笑ってくれた。


 暫くして受付のお姉さんが紹介状を持って戻ってきた。

「こちらが地図と紹介状にになります。手土産にお酒でも持っていかれると、話しがスムーズに進むと思いますよ」

 朗らかに微笑みながら手渡してきた。

「ありがとう。恩に着るよ」

 差し出された紹介状と地図をリアが受け取った。

「同族のよしみですからね。お気になさらずに」

 はっと思い出したかのよう表情を浮かべると、

「自己紹介がまだでしたね。私はティアニカ・ウォルンと申します。以後、お見知り置きを」

 リアに微笑みかけていたが、視線がこちらに流れてきた。視線が交差すると、悪戯っぽくウィンクをしてきた。

 僅かに心が跳ねる。仕事を真面目にこなす女性が、不意にウィンクを投げてきたら、ドキッとするだろ?自分に気でもあるんじゃないかとか、勘違いしそうになる。今、俺の表情はにこやかに緩んでいるだろう。

「痛ッ!」

 唐突に脛に痛みが走った。

 そんなことするのは、目の前にいる銀髪のエルフしかいない。

 リアに視線を向けると、何故かジト目でこちらを見ていた。どこか拗ねたような、そんな表情を浮かべながら。

 クスクスとティアニカさんが笑っている。

「お邪魔してしまったようね。では、私はこの辺で」

 お辞儀をすると、受付の中へと戻っていった。


「それで、事情に詳しいって人はどこに住んでるの?」

「…王都の南、門に近いとこ」

 リアは受付の方に視線を送り、こちらを見ようともしない。

 なんか、一気に素っ気ない態度に変わってしまったな。女性の扱いってのはなかなかに難しい。どうしたものかと悩んでいると、

「そろそろ、王城の方へ行ってみるか」

 リアから移動の提案を持ちかけられた。

「ん?リア、王城に用があるの?」

 頭をガクリと下げると「はぁー」と盛大にため息をつかれてしまった。

「お前がナイザーから言付けを預かったって言うからだろ」

「いや、門兵に聞くもんだと思ってたから…」

 昨日の会話の流れからして、門兵にナイザーの情報か王国軍の施設の場所を聞くもんだと思っていた。そうか、王城の方へ行けば必然的に軍関係の施設に近づくことに繋がる。情報を得てからの移動が少なければ、時間を無駄にしない。俺はもう少し視野を広げて物事を考える必要がありそうだ。

「とりあえず移動するぞ」

 リアは席を立つと、出入口へと歩き始めた。

「リア?何かちょっと怒ってる?」

 席を立ち、後を追う。

「怒ってない怒ってない」

「やっぱり言葉に棘があるじゃん!」

「気にしすぎだ」

 一向に顔を向けてくれないリアのご機嫌を取りつつ、王城へ向けて歩き始めた。



 王都の街の造りは、かなり景観を重視していると思う。帝都はどちらかと言えばビルの建設が多く、時代の先を歩く街並みだったけど、王都は建築美を重視している。街の中を走る川を整備し、建物の形や色彩を統一した街並みが続く。街全体で一つの作品のような印象を抱く。王国は芸術に重きを置いているのかもしれない。

 石でできたアーチ型の橋を歩いていると、川の上で揺れるボートに目が止まった。二人乗り用のボートがいくつか川に並んでいる。どうやら貸し出し用のボートらしい。デートスポットになっているようで、男女がボート上ではしゃぐ姿が見られる。少し羨ましくあるその光景を横目に、王城へと歩を進める。

 初めて訪れる場所って何でこうも心が躍るのか。街並みを眺めながら歩くだけで一日潰せそうな気さえしてくる。

 そうこうしている内に、王城が見えてきた。帝都とは違い、城壁に覆われているだけで堀が存在していない。その代わりに石が積み重なり、高い位置に城が築かれている。城門は北側に一つ。門の左右に兵士が一人ずつ。門の上に二人配備されている。

 門までたどり着くと、門兵に止められた。

「本日の登城予定の者はすでに入城が終わっている。お前達は何をしにここに来た?」

 一歩前へ出ると、

「王国軍に所属しているラグラルス・ゲーゲンに取り次ぎをお願いしたく参りました。ナイザーなる王国兵士の最期を看取り、言付けを預かっております」

 用件を伝えるも、門兵は訝しげだ。

「ほら、ちょっと前にあった物資の移動のやつじゃないか?被害が大きかったっていう」

「ああ、怨竜(えんりゅう)が出たってやつか」

 兵士の一人がこちらを向くと、

「確認だけはしてやるから、待っていろ」

 門兵の一人が門の中へと消えていく。

 俺達は門から少し離れた場所にある東屋に移動した。待合室代わりのようなものだろう。


 暫くぼぅーと待っていると、徐ろにリアが立ち上がった。

「何もせずに待っているなら…」

 リアがこちらに視線を送ってくる。その顔は何故かにやけていた。何かを良くないことを絶対に考えている…。

「よし、新しい武技を教えてやるよ」

 新しい武技という響きに、俺は即座に食いついた。

「本当!?」

「ああ、と言っても、技能講習の時に伝えた硬殻防壁(こうかくぼうへき)だけどな」

 硬殻防壁(こうかくぼうへき)。魔力で身体を覆い、地の元素を吸着させ防御力を上げる武技。

 技能講習時は駿動走駆(しゅんどうそうく)を選んだから、硬殻防壁(こうかくぼうへき)は初の試みだ。

「攻撃面ばかり習得してきたから、防御を固める術は有り難い」

「纏ができるんだから、硬殻防壁(こうかくぼうへき)もすぐできるって。一回、全身を覆う纏をやってみ」

 立ち上がり、東屋から少し距離を取るように移動する。

 全身を包み込むように魔力を流していく。

「纏」

 言葉を口にすると、全身が淡く白い光に包まれた。

「これでいい?」

「そう、それでいい。纏は流した魔力を留め、内から外に向かって放つように力を行使する。これからやってもらう硬殻防壁(こうかくぼうへき)はその逆だ。全身に流した魔力を留め、外から内に引っ張るように地の元素を吸着させるんだよ」

 今の説明だけで何となくイメージは掴めた。

「やってみます」

 纏を解除し、再び全身に魔力を流していく。

 外から内に、外から内に…。

硬殻防壁(こうかくぼうへき)

 身体を覆う魔力が地の元素に干渉し始めた。周囲に地の元素が満ちてくるのを感じ取れる。身体を包み込むように黄色の光が現れ始め、定着した。

「とりあえずは成功だな」

 リアが嬉しそうに微笑んでいる。

 原理もわかりやすい、発動させるのは簡単だったな。何でもっと早く教えてくれなかったのか…。そうすれば無駄に回復薬を使わなくて済んだのに…。

「簡単に発動できて拍子抜けしたか?」

「正直、そう思った」

 リアの顔がわかりやすくにやついた。

「なら試してみよう。今から私がお腹目掛けて拳を突き立てるから、硬殻防壁(こうかくぼうへき)で防いでみろ」

 頷き、リアのにやけ顔に不安を抱きながら「わかった」と承諾した。

 リアが右手に力を込め、拳を握る。

「いくぞ!」

 一歩、左足を踏み込むと、右の拳を引いていく。拳の動きが止まると、腹部目掛けて拳が空を切り裂き迫ってくる。

 リアの腕は細い。だけど、それは見せかけだけだ。独自の魔法で、見た目に変化をつけずに魔力で筋力を底上げしている。女性の細腕だと侮ると、一撃で体格の良い男性でも沈めてしまう。

 だから俺は侮らない。硬殻防壁(こうかくぼうへき)で守られてるとはいえ、棒立ちでいるのはまずい気がしてならない。腰を落とすと腹に力を込めた。

 リアの拳が当たる!


 ドォンッ!


 低く重い音が響く。硬殻防壁(こうかくぼうへき)にぶち当たったのか、身体にまで衝撃は伝わってこない。さすがのリアの拳とはいえ、筋力を強化しただけではダメージを与えることができないのかもしれない。

 そう思った時、


 パリィィィンッ


 硝子が砕け散ったような高い音が鳴り響く。それと同時に腹に強烈な痛みが走った。

「ぁ゙ぁ゙ぁ゙…」

 痛みのあまり膝が折れ、地面に(うずくま)る。

 頭上からケラケラと笑うリアの声が響いてきた。

「簡単に発動できるものを技能講習で教えないっての。いや、発動自体はできるけど、強度が足りないというのが正確か?」

 こ、これがにやついていた理由か……。

硬殻防壁(こうかくぼうへき)で重要なのは、覆う魔力量と地の元素の吸着力さ。魔力を多く込めただけでは吸着力を上げることはできないから、緻密な魔力操作が肝となる」

 腹を押さえながら、ゆっくりと半身を起こした。そこで目にしたのは、満足そうな笑顔を浮かべながら見下ろすリアの顔だった。

 これ、絶対にさっき不機嫌になった腹いせだろ……。

「ほら、早く立ちなよ。門兵が戻って来るまでが訓練だからな?」

 リアが満面の笑みでこちらを見ている。

 俺は切実に願った。


 門兵さーん、早く戻ってきてくれぇぇ!!



 あれから幾度となく腹を突かれ、胃液が逆流しかけながら訓練は続いた。門兵が戻って来たのは、訓練が始まってから30分もの時間が経ってからだった。

 リアの表情からは、ギルドで見た拗ねた様子はもう感じ取れない。存分に腹を突いたおかげ?なのか、その顔は晴れやかだった。

 やはり、リアはヤる時はヤる女性だ……。

 痛みの代償として、硬殻防壁(こうかくぼうへき)をある程度形にすることができた。実戦で使えるまでになったのかは、次の戦闘で試せばいい。

 トライアンドエラー。クヴァから学んだ大切なことだ。実戦を積み重ねてものにして行けばいい。


 戻ってきた門兵が近づいてくる。

「ラグラルス・ゲーゲンから言付けを預かった。今日の18時頃、中央広場にある酒場『ツラナミ』で待つ。ということだ。確かに伝えたぞ」

 淡々と言葉を伝えると、持ち場に戻っていく。

 リアに顔を向けると、

「だそうだけど、時間までどうする?」

 18時までまだ2時間と少しある。

「丁度いい。カミルの服を買いに行くぞ。目ぼしい店は調べてあるから」


 濃ゆい一日はまだまだ続く…。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ