ep.29 心揺さぶられようとも
初めての竜との戦闘。できれば生涯遭遇したくない存在。怨竜の知識などないし、手探り状態で戦わなければならない。
強固な鱗に覆われた身体は物理攻撃が通りづらく、魔法さえも拡散し受け流す。生命力に溢れ、気性が荒い。
カミルが知っている知識などその程度。伝承に残されていたものから吸収した知識だから、本当かどうかも疑わしい。
駆けるリアを見送ると、魔力を圧縮し始める。攻撃するにしても、威力を極大化してもダメージが通るのかわからない。それでも、今自分ができることをやらなければ、生き残れない。
上級風属性魔法シルフィードの暴風が霧散していく。地上に降ろしたとは言え、脅威度が下がったわけではない。
怨竜の瞳がギョロッギョロッと動き、周囲の状況を確認している。暴風が消えたことにより、再び空へと舞い戻りたいのか翼を羽ばたかせている。
……様子がおかしい。幾度となく羽ばたくも、空へと上がる様子がない。これもシルフィードの効果なのだろうか?
男性の左腕が輝く。さきほど見た輝く槍に変化し、馬が駆け出した。
男性の動きに気づき、怨竜はその場で身体を横に一回転させる。遠心力で肉付きのない骨のような尻尾に勢いが乗り、鞭のようにしなり男性を薙ぎ払う。
男性は馬ごと宙を舞い、弾き飛ばされていく。
薙ぎ払った際、輝く槍に触れたのか、怨竜の尻尾に僅かながらダメージが入っている。
男性が薙ぎ払われた姿に、都市外戦闘訓練の記憶がフラッシュバックした。エルンストが宙を舞い、ゼルが木に叩きつけられた姿が脳裏に蘇る。
歯を食いしばり、頭を振る。
あの時は絶望的な状況でも乗り越えることができたじゃないか!今回だってそうさ。乗り越えられるはずだ。状況が最悪でも、思考を止めるな。
意識が男性に向いていることを利用し、リアは死角から距離を詰めていく。
怨竜の姿に既視感を覚えた。
カオティックヒュドラが持っていた黒い鱗に、怨竜の赤黒い鱗が似ているせいか?ヒュドラも高い生命力を持っていた。その上位互換の相手だと思った方が良い。
尻尾にできた僅かな傷。見ている限り、再生していく様子がない。ダメージを負わせれば倒せるのか?いや、尻尾は身体の末端のひとつ。そこに再生能力が備わっていない可能性も考えたほうがいい。都合良く考えてしまうのは止めたほうがいい。常に最悪を想定して動かなければ。
まずは一度攻撃を加えてみるか。
刀身に火の元素を纏っていく。未だにこちらを向かない怨竜に向かって武技を発動させる。
「炎陣裂破!」
翼の付け根に向かって剣を振るう。
ガキィィィィィンッ
強固な鱗に、リアの剣は阻まれる。鱗と接触したことにより、火の元素は燃え上がり、盛大に炎を撒き散らす。
鱗の境目に当たって欲しがったが、そうことは上手く運んでくれないか。
炎が晴れ、攻撃した翼の付け根を確認する。
……傷一つ無し。わかっていたとは言え、実際に目の当たりにするとショックは大きい。
背中を蹴る反動で、怨竜から距離を取る。その瞬間、怨竜の首がズズズッと捻られ、濁った瞳がリアの姿を捉えた。
咄嗟に右手を前へ突き出し、拳銃の形を取った。
カミルの人差し指の一点に、蠢く炎が現れる。
「フルメシア!」
上級火属性魔法フルメシア。苦労して習得したカミルが今扱える最大級の魔法。圧縮魔力で炎を生み出し、炎でさえも圧縮された炎。圧縮した分、見た目こそ小さいが、威力は通常のフルメシアを遥かに凌駕する。その反面、当てるのが困難になっているが、怨竜のでかい図体ならどこかしらに当たるだろう。今はリアから意識を引き剥がしたい。
撃ち出される圧縮された炎弾。真っすぐに怨竜に向かって飛んでいく。弾速までは拳銃を模倣できないものの、視認していても避けるのは困難な弾速だ。ましてや、怨竜はカミルのことなど眼中にはない。
炎弾が右翼に着弾した。鳥で言うなら風切部分、翼竜であれば翼膜だろうか?鱗で覆われた身体の一番脆そうな場所。当たると炎弾は弾け、炎を周囲に撒き散らす。
グァァァァァッ!
着弾した衝撃に怨竜が吠える。
当たった…。当たったぞッ!!
どこかには当たるだろうと考えてはいたが、内心外れるかも?という不安は拭えなかった。蓋を開けてみれば、怨竜に当たっているのだから、思い悩まずやってみることが重要なんだと感じた。
弾けた炎と、そこから発生した煙が収まっていく。
右翼に裂傷が刻まれていた。翼の先が僅かながら裂け、翼越しにその先の空間を映し出していた。
攻撃が通った!いける、いけるかもしれない!
怨竜に傷を負わせることができ、感情が昂った。思わず口角が上がっていくのを感じる。
怨竜の翼に傷が入った…?それなら……。
着地したリアが再び駆ける。
あの翼の傷にもう一撃入れられたなら、傷が広がりまともに空を飛べなくなるはず。
駿動走駆で加速し、剣に炎の元素を纏わせていく。背中側に回り込み、視界から消えるように立ち回った。怨竜との距離が迫り、身体を捻らせる。
「炎陣裂っ――」
リアの言葉が止まる。
振りかぶるリアに怨竜の尻尾が跳ね上がっていた。
視界に入った尻尾の動きに、瞬時の判断を迫られた。
「炎陣裂破!」
再び武技名を紡ぐ。
迫りくる尻尾にリアの剣がぶち当たる。
ガキィィィィンッ!
鱗と剣の衝突音が響き渡った。
尻尾に剣を当てることで、直接攻撃をもらうことを避けた。火の元素から炎が生じるが、リアの身体を押し進み続けているため、炎がまったくの意味を成していない。
尻尾の動きが止まる。
慣性でリアの身体が上空へと打ち上げられた。怨竜の遥かに頭上にリアの身体が高々と舞う。
怨竜の顔がリアの姿を追い、落ちてくるであろうリアを喰う為に口が開かれた。鋭い牙が並ぶ虚空の穴。その中で踊りうねる舌が何とも気持ち悪い。
落下を始めるリア。その顔に焦りの色はない。
突風が吹き荒れた。
風はリアの身体を怨竜の背後側へと押し流す。中級風属性魔法フューエルで自身の身体を吹き飛ばした。
身体を回転させ、空中で体勢を立て直すと、着地のタイミングで、初級風属性魔法エスタを地面から吹き上げる風として発生させ、着地の衝撃を和らげた。
怨竜の身体がこちらへと向いた。吹き飛んだ男性からこちらへと狙いを完全に移したようだ。
ピリピリとした緊張感がリアを襲う。
さっきまでは背後からの奇襲だったからまだ攻撃の形になったが…、正面からやり合うならどうする……。刃は通らない、魔法は拡散する、どこを攻撃すれば……。
今しがた目にした光景が頭を過った。
大きく開かれた口。あの中はどうだろうか?表面は鱗に覆われているが、身体の中ならもしかしたら。
背後に居るカミルの姿をちらりと見る。
一直線上に並んでいてはダメだ。私が避けられたとしても、カミルが避けられるわけではない。何とかして挟撃のような形に持ち込まないと…。
リアが渦を描くように、怨竜の周りを駆け出した。
カミルの魔法で傷を負っている。なるべく近づいてこちらに意識を持ってこなければ。
リアの動きに合わせて怨竜の身体の向きが変わっていく。
食いついてくれた。このまま反対側まで――。
怨竜の口が開かれ、闇火が再び蠢いた。
まずい!
「駿動走駆!」
移動速度を上げ、駆け抜ける。
肥大化した闇火が撃ち出された。
迫りくる闇火。撃ち出されたその闇火の速度は速く、駿動走駆で強化したリアの脚力でも避けられない。
安易に近づきながらの移動が裏目に出た。十分な距離が確保できていない。
苦し紛れにフューエルで自分の身体を押し出してみるも、回避しきるまでには至れていない。
攻撃を受ける覚悟を決め、魔力で身体を包み込む。
「硬殻防壁!」
魔力に反応し、地の元素が身体を纏い防御を固めた。
闇火が降り注ぐ。周囲の草に黒い火が広がり、一瞬で燃え尽きていく。
闇火とリアが激突する。硬殻防壁で守られたリアの身体には引火しない。それでも闇火が移動するエネルギーに押し出され、地面に向かって弾き飛ばされた。燃え尽きた草の大地を跳ね、転がっていく。
「リア!?」
リアの下へ駆け寄ろうと走り出すも、その足はすぐに止まる。リアがこちらに掌を差し出し、「来るな」と示している。
良かった。生きている。
伝承上の竜の一撃をもらっても切り抜けている。リアの実力の高さを喜び、竜と戦う事ができているということに希望を見出した。
リアは立ち上がり、怨竜の周りを駆けていく。
怨竜がリアを追いかける。足を動かす度に、ドシンッドシンッと地を鳴らす。見かけは皮と骨のような姿なのに、意外と質量があるらしい。
完全にこちらから視線が外れると、カミルが再び動き出す。
今なら死角。何時でも攻撃できる準備はしておかないと。
右手を前へ突き出し拳銃の形を取る。
圧縮魔力でのフルメシアなら傷をつけられた。もう一度試す価値はある。
魔力を圧縮し、指先に炎が揺らめく。
狙うは背中のど真ん中。逸れたとしても、リアに影響が出ない場所。
リアが怨竜の影に隠れるのを待つ。
もう少し、もう少し……。
攻撃のタイミングを計っていると、怨竜の動きが止まる。
何だ?不自然なところで止まってる…。
理解できない動きをされると不気味なものである。
不意に、怨竜の首がぐるりと回る。
な!?こっちを見た!?なんで急に!?
煌々と燃え盛るフルメシアの炎。
まさか…。火の元素に反応した!?
最初にフルメシアを放ったのは、男性とリアの二人の攻撃に便乗した形だった。意識が分散し、目の前の敵に意識が集中したのも納得できる。それに比べて今の状況はどうだ?男性は吹き飛ばされ、リアは移動で攻撃する素振りがない。火の元素の反応を感じ取ったカミルを攻撃対象にしてもおかしくはなかった。
魔法を発動させるタイミングをしくじった…。確実性を求めるあまり、状況を正しく認識できていなかった…。
火の元素を感じ取った怨竜は、カミルに狙いを定めると口を開いた。
闇火が来るッ!?
直感的に動きの先を読むと、「フルメシア!」を放った。その後、直ぐ様右へと走り出す。
炎弾は突き進み、怨竜の腹目掛けて飛んでいく。
フルメシアに呼応するように闇火が放たれた。
二つの炎は引き合うようにぶつかる。
大きな身体を誇る怨竜が放つ闇火は大きく、圧縮されたフルメシアと比べると西瓜と豆粒のようなもの。一息でフルメシアは飲み込まれてしまう可能性すらある。
期待せずに眺めていると、予想外にフルメシアが闇火を貫通した。
突き抜けた!?
大きな闇火を抜けると怨竜の腹部に吸い込まれるように着弾した。弾速がある分、フルメシアが先に届いたようだ。時間差でカミルがフルメシアを放った場所へと闇火が着弾し、大地を焼いていく。地面は抉れ、草原だった大地に大きな凹凸を作っていた。
視線を怨竜に戻すと驚愕した。すでに第二波を放とうと、闇火が蠢き形を成していた。
「駿動走駆!」
移動速度を強化し懸命に走る。
止まればあの炎に焼かれて死ぬ!?走れ!走れ!走れッ!!
闇火が再び放たれる。
連射するとか、どれだけフルメシアに苛ついてんだッ!?
闇火が迫ってくる。進行方向を計算に入れているのか、カミルの進む少し先目掛けて。
このまま進めば直撃する…!
駿動走駆を解除し、足を止め滑りながら勢いを殺す。
「駿動走駆!」
圧縮魔力で跳ねるように左へと飛んだ。
闇火が足の際を掠め靴の底を焦がす。
ギ、ギリギリ…。首の皮一枚で何とか…。
咄嗟に飛んだ影響で、着地が上手くできずに草原を転がる。体中に擦り傷ができているが、消し炭になるよりは遥かにマシだ。
炎弾二つを捌ききったカミルが地面を転がっている。もう一度炎弾を飛ばされたら、カミルはあの炎に飲まれてしまうだろう。
握る剣に力を込め直し、怨竜の背中目掛けて駆け出した。
狙うは傷の入った翼。いつまでシルフィードの飛行阻害が働くかわからない。早い段階で翼を断ち切っておきたい。
難なく間合いに入り込む。
今のお目当てはカミルかよ。それなら、ちょっとこっちを向いてもらおうかッ!
「鳳刃絶破!」
振りかぶる剣に風の元素が集まり、剣先に向かって収束していく。凝縮された風の元素が剣の先端から半分を覆う風の刃を形成し、緑色に輝き始めた。
濃密な風の元素の反応を見過ごせなかったのか、怨竜は首を捻り、リアの方へと動かし始める。
すでに間合いに入っているリアが攻撃するには十分すぎる時間だ。翼の真下に移動し終えると、翼の傷目掛けて斬り上げるように跳び上がった。
私が持てる最高火力の一撃。これが通らなければ、完全にお手上げだ。
風の刃が翼の裂け目に触れ、ジリジリと斬り裂き始める。
よしッ!このまま断ち切る!!
目の前で広がり続ける翼の裂け目に、確かな手応えを感じ取り、リアの瞳が希望という色に輝き始めた。口角が上がり、自分でもニヤついているのがわかる。
必死の戦いの最中だってのに、この湧き上がる高揚感はなんだ?私はそんなに戦闘狂だったのか?
竜相手に自分の全力が通じる、これほどの喜びは早々味わえない。
裂け目は真上へと広がるも、跳躍だけでは十分に斬り裂けない。足りない高さを補う為に、フューエルを自身の真下から押し上げるよう風を生み出し身体を上昇させる。裂け目は更に広がりを見せる。
グャァァァァァッ!!
怨竜の叫び声が響いた。確実にダメージが入っている証拠だ。
リアの身体が真上へと進み、翼を支える骨が迫ってくる。
あの骨さえ断ち切ってしまえば!
キィィィィンッ
骨との接触により、甲高い音が周囲に響く。
風の元素を凝縮させた風の刃。戦いの中で幾度となく使い続けたことで、周囲には風の元素が満ちている。それはリアが放つ鳳刃絶破の威力を底上げしてくれる。リア自身が最高火力と断言するほどの一撃が翼の骨へと到達し、リアの剣とぶつかる。
翼の骨は――断ち切れなかった。
期待を裏切るような重たい衝撃が手に、腕に、身体へと伝わった。衝撃で腕がビリビリと痺れてくる。
剣が通らない、その現実に呆然とした。が、瞬時に思考を切り替える。戦闘で動きを、思考を止めたやつから死んでいく。長年の経験からリアは痛いほど実感させられている。
すべてが上手くいくなんて、都合良すぎだよなッ!
右手を翼の骨へと突き出すと、掌に光が集まり始めた。光は掌を中心に広がり、翼を包みこんでいく。光に触れた翼の表面が、グチュグチュと沸き立つように蠢き、赤黒い鱗が色を失い白化していく。
ルストローアの浄化が効いた!?
上級光属性魔法ルストローア。光を操る魔法だが、魔性の存在にはダメージを与えることができる。条件はまだ特定されていないが、稀に浄化作用が働くことが確認されている。
なんてことだ…。カオティックヒュドラのことが頭をチラついて、勝手に光属性魔法が効かないと思い込んでいた。まずやるべきことは、確認することだっただろうに…。しっかりしろ!
痛みに苦しむ怨竜の尻尾が跳ねる。リアを狙って動かしたというよりも、痛みに身体を悶えさせた弾みで動いたような形だ。
避けきれない!
尻尾がうねり、リアの左腕へと激突した。
「ァ゙ァ゙ッ!」
普段聞き慣れない、濁った悲鳴を上げ宙を舞う。
鱗が皮膚を削ぎ、血飛沫が飛び散る。激突した衝撃で身体が回転したのが幸いした。ぶつかった衝撃が回転運動へと流れた為、左腕以外にリアの身体は傷つくことはなかった。
くッ!左腕をやられたかッ!
激痛に耐え、傷ついた左腕に視線を送る。白い肌は赤くなり、血が滴っている。
腕よりもまずは何とか…着地しないと…。
ヒューエルを発動させ、怨竜から遠ざかるように風の力で身体を押す。リアの身体は流れ、地面に向かって落下を始める。
身体がだるい…。魔力が減ってきたか…。
エスタを地表から上空へ発動させ、落下のエネルギーの相殺を目論む。
落下する速度は落ちたが…、体勢が悪いッ!
リアの身体は背中から落ちている。このまま行けば肩甲骨辺りを強打し、最悪意識を失いかねない。
衝撃に備え、目をギュッと瞑った。
……衝撃が、こない?
衝撃の代わりに、誰かに抱きかかえられているような揺れる感覚がある。
誰だ…?
ゆっくりと瞳が開かれる。日差しが視界に入り、白く霞んだ世界が目に入って来た。次第に霞は晴れていき、そこにいたのは…馬と共に薙ぎ払われた男性だった。
「お前!無事だったのか!それに…、その翼は…」
男性の背中には、白く輝く翼竜のような翼が生えている。
「出し惜しみは出来ない、ということさ。これ以上迷惑はかけられない」
薙ぎ払われたというのに、鎧には凹みが増えたが傷は一切付いていない。よく見れば、男性の右肩に空いていた穴が塞がっている。傷跡すら残さず、まるで傷など初めから存在しなかったかのように。
リアの足を地面に着け「立てるか?」と促してきた。
「あ、あぁ」
生返事のような声が出た。腕から解放され立ち上がると、男性は背を見せる。
「なら、そこで見ていろ。人が持つ魂の輝きをッ!!」
男性の姿が眩い光に包まれる。
いたたたた……。なんとか闇火をやりすごしたけど、のんびりしている暇はない。
両腕に力を入れ、カミルは半身を起こした。立ち上がる為に片膝を立てようとすると、右足首に痛みが走る。
「うっ…」
転がってぶつけたのか、捻ったのかはわからない。だけどこれだけはわかる…。致命的な傷を負ってしまった…。
恐る恐る足首に触れてみる。「がぁッ!?」触れた瞬間、電流でも流れたかのような痛みが広がった。
グヤァァァァァッ!!
遠くで響く怨竜の叫び声に、顔を上げた。見れば、怨竜の背に輝く白色の光が広がっている。きっとリアが放った光属性魔法。怨竜が痛がっている素振りを見せているから、効き目があったのであろう。
次の瞬間、自分の目を疑った。リアが宙を舞っている。
立て。
立つんだ。
痛みがどうした。
今動かなければリアを失うかもしれないんだぞ。
グッと奥歯を噛み締め、立てた片膝に力を入れる。
痛みがビリビリと広がり、身体がやめろと訴えてくる。だけど、ここで止まるわけにはいかない。痛みに耐え、スッと立ち上がった。
脈を打つ度に、ズキン、ズキンと痛みが走る。顔が歪む。噛み締めた奥歯を緩めることができない。力を抜いてしまえば、地面に崩れ落ちてしまう。そんな不安に駆り立てられる。体中にじんわりと纏わりつくように冷や汗が出てくる。肌着が汗を吸い取り、肌に張り付く気持ち悪さを感じるが、そんなことに構っている場合ではない。
無意識に黒い日本刀を抜いていた。刀身に視線を落とすと、刃にひどい顔をした自分の姿が映っていた。
「フッ」思わず笑ってしまった。何とも情けない自分の顔に、呆れてしまう。
変な力みが抜けた。
さあ、行こう。リアと共に生き残る為に。
カミルの瞳に闘志が宿る。それに呼応するかのように、胸のペンダントが蒼い輝きを灯した。輝きは膨れ上がり、カミルの身体を包み込む。
不思議と右足首の痛みを感じない。
怨竜へと視線を向ける。
尻尾を大きく振り払いながら、その反動を利用して身体を反転させていた。軸足部分となった大地は抉れ、土を盛り上げている。
その奥に白く輝く光が見えるが、怨竜の影でその正体は掴めない。
刀を握る手に力を入れ直し、振りかぶった。圧縮された魔力を刀身へと流していく。
「衝波斬!」
刀を振り切ると、魔力が蒼い輝きを纏った斬撃となって飛び出した。
怨竜の背中を目指して蒼い衝撃波が飛んでいく。
右翼が千切れかかっている…。さすがはリアだ。竜相手でも着実にダメージを与えれるなんて。
蒼い衝撃波は進み続ける。進むほど大きくなり、5mほどに成長している。
怨竜とぶつかる。そう思った時、怨竜が一歩踏み出し、身体が前傾姿勢となった。
運が無い……。渾身の衝撃波が身体の後ろを通過してしまう……。
歯痒い想いを抱いていたが、天はカミルを見捨てなかった。
身体を動かした反動なのか、怨竜の尻尾が大地を叩き、大きく天に向かって伸びていく。そこに蒼い衝撃波が激突した。尻尾を蒼い衝撃波が飲み込んでいく。蒼い輝きが触れる度、塵芥残さず尻尾は消滅していく。
ギャァァァンッ!!
悲鳴のような、咆哮のような怨竜の声が周囲を揺さぶる。身体は頭を天へと伸ばすように伸びきり、ガクガクと震えているように見える。
尻尾の付け根から尖端を1mだけを残して、丸々蒼い衝撃波に飲まれ消滅していった。
カミル自身、目の前で起きた出来事に驚いている。鱗一枚剥ぎ取れれば上出来、本気でそう思っていた。蓋を開けてみれば、触れたそのすべてを根こそぎ持っていっている。先ほどまでの苦戦は何だったのか…、努力とは何なのか…、自分が扱うこの蒼い輝きは何なのか…。途端に心に不安が湧き上がった。
不安を拭い去るような、怨竜の腹部を貫通し、背中側へと突き抜ける光の柱が現れる。
強く輝くその光に、思わず腕で瞳を覆った。
何だッ!?この輝き…、いったい…?
暫くして光は消失した。
尻尾を失い、腹を貫かれた怨竜の行動が止まる。
終わったのか…?
期待感を胸に、事の次第を見守る。
……。
…………。
………………。
怨竜に動きはない。完全に沈黙してしまっている。生命力に溢れる竜という存在が、この程度で終わるのだろうか?
一抹の不安を感じていると、怨竜の奥側で再び白く輝く光が溢れる。
トドメでも刺すつもりか!?
光は一筋の柱と成り、天へ伸びていき、怨竜に向けて振り下ろされた。
その直後、動きを止めた怨竜の瞳が真っ赤に輝いた。その瞳は、多くの人が知るであろう瞳。
魔族特有の赤き瞳だった。
怨竜の身体が赤黒い霧に包まれていく。
振り下ろされた光の柱と赤黒い霧が激突する。
お互いがお互いを打ち消そうとジリジリと押し合い、侵食し合っていた。
手負いの獣。怨竜の最後の悪あがき。そう捉えれば納得できそうなものだが、やけに胸がざわつく。
「…嵐の前の静けさ」
嫌な言葉が口に出る。
真っ赤な瞳の輝きを見てから鳥肌が止まらない。あの輝きは間違いなく魔族だ。何度も死の淵まで追いやってくれた存在が放っていた瞳の色だ。忘れるわけがない。
魔族は竜の成れの果て…?
安直な考えが頭を過る。
まさかね…、そんなこと…。
可能性がないわけではない。オーウェンという存在は、翼竜のような翼を持っていた。闇の元素を操り、真っ赤に輝く瞳もある。
類似点がそれなりにあるのは偶然なのか…?
ドッゴォォォンッ!!
余所事を考えていると、光と霧のぶつかり合いからか、大きな爆発が巻き起こった。爆風がカミルを襲う。僅かに鉄臭い血の臭いを漂わせてくる。
ゼーゼマンとオーウェンの元素のぶつけ合いで発生した空間の穴が、また現れるんじゃないかと警戒するも、空間が歪んでいるところは見受けられない。純粋なエネルギーの爆発だけで収まったようだ。
煙が拡散し、爆心地の様子が見えてくる。
そこに、赤黒い霧も怨竜の姿も無かった。あるのは人型をした何か…。
真っ赤な瞳を輝かせた二足歩行をする蜥蜴の姿だった……。




